ドラマティックベースボール

ちぃひろ 作

「拓海か?」そう俺に呼ばれて、人影が振り返った。十数メートル先、田舎の農道。夕日で顔はよくわからなかったが、さっき見たあの背中は間違いなく拓海のものだった。
俺はエナメルバックがばたつくのも構わず、拓海に駆け寄った。拓海も立ち止まって俺を待っていた。
「おお、駿か。よりによってこんな日に会うなんてな。まあ、家は近いし、会っても当然か」
「でも、中々会わねえじゃねえか」
「学校から帰る時間が違うんだろ。俺の学校遠いからさ」
「今日は早く終わったのか?」
「明日に備えてな」
「そりゃ、そうか」何がおかしいのかわからなかったが、俺はケラケラ笑った。それにつられて拓海も笑った。
俺は拓海の笑った顔が好きだった。昔から好きだった。家が近所だった俺らは、小さな頃からよく一緒に遊んでいた。
野球も拓海に誘われて始めた。リトルリーグでも、中学校の部活でも俺らは一緒だった。
あの頃から拓海は上手かった。バッティングセンスがずば抜けていて、拓海の打った球が、外野の遥か頭上を抜けていく様を見るのは爽快だった。
だけど俺だって、たぶんそれ程負けてはいなかったはずだ。拓海のような力強いバッティングはできないが、ミート力には自信があったし、野手としてなら拓海より活躍できると思っていた。
けれども、俺は拓海と同じ高校には行けなかった。俺に推薦の枠はなかった。何が足りなかったのかわからない。
しかし、名門私立高校、そしてその先への道が断たれたというのはその時点では事実だった。
だけど。だけど、まさかここまで来ることができるなんて。
名も無き地元の公立校。偶然揃った最高のメンバー。二年半で培った団結力。
三年前は見向きもされなかった学校が、少しずつ少しずつ実力をつけ、今や県大会の優勝候補だ。
毎日の野球が面白かった。めきめき殻が壊れる音を聞いた気がする。日々新しく成長していくチームが誇らしかった。
拓海のような名門校にいては、この感覚は味わえまい。この学校に入学して良かったのだと、今は痛いほど強く思っている。
「いよいよ、だな」俺は言った。
「だな」拓海も言った。
明日は県大会の決勝戦。勝てば甲子園。明日、拓海と会うときは、グラウンドの上だ。
「俺さ。おまえの学校行けないってなった時さ、人生終わったって思ったんだけどさ。今はこう思うわ。おまえと戦うために、公立行ったんだって」
「それなりのドラマだよな。よく、ここまで勝ち上がってきたもんだよ、本当に」
「そりゃ、努力したからな。自分でもすげえって思うよ。公立だから、お金もない。設備もない。全て一からだぜ。根性が他とは違う」
俺は最後の「他」という言葉に力を込めた。
「え。何。おまえ何が言いたいわけ」俺の言葉に拓海が反応する。ぎろりと睨まれた。
俺はふふっと笑って言った。
「宣戦布告。名門私立だかなんだか、知らないけどな、俺の学校、おまえらなんかに負けないから」
根拠はない。新聞や秋の大会で何度も拓海や拓海の学校の活躍は見てきた。勝てる保証なんて全くなかったが、でも、それでも、俺たちの勝利を信じて疑わなかった。俺たちが創り上げてきたこの部が負けるはずがない。
拓海はしばらく黙っていた。でも、俺は彼の口元が必死で笑いを堪えているのに気づかないわけにはいかなかった。
「おい。言いたいことがあるならさっさと言えよ」
拓海は吹き出して、俺を見た。
「俺のあとをついて回ってばかりいた甘ちゃんがでかい口叩くようになって。なんだよ、それ。そりゃ、すげーのは確かだけどさ。でもな。駿」そう言って、不敵な笑みを浮かべた拓海の顔は、俺が昔からよく知っているあの揺らがない強い顔だった。「おめー、ドラマやってんのは、自分らだけだと思ってるだろう」

次の日、グラウンドに拓海の姿はなかった。前日の練習で手首を痛めてメンバーを外されたのだということを俺が知ったのは、それより大分後のことだった。

ドラマティックベースボール

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ドラマティックベースボール

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2018-08-26

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