連載  『芥川繭子という理由』21~25

時枝 可奈 作

  1. 連載第21回。「TINY RULERs」
  2. 連載第22回。「暴動ラジオ」
  3. 連載第23回。「歌のチカラ」
  4. 連載第24回。「伊藤乃依について」1
  5. 連載第25回。「伊藤乃依について」2

昔から、架空のバンドを創作して妄想するのが好きでした。自分の理想とするバンド、そのメンバーならこんな事を話すだろう、こういう風に生きるだろう、そんな思いを会話劇にて表現してみました。既に完成しており、かなり長いです。気長にお付き合いいただけると嬉しいです。

連載第21回。「TINY RULERs」

2016年、8月19日。



「タイニールーラーさん入られまーす」
声を張り上げ、ビデオカメラに向かってチャーミングな笑顔でメロイックサインを送るのが、バイラル4スタジオのスタッフ、上山鉄臣氏である。ダークブラウンのウルフモヒカンに、手書きの『DAWN HAMMER』ペイントライダース。見ようによっては強面なルックスとお茶目なウィンクからはいささかの緊張も感じられない。今最も世界を揺るがす日本の『可愛い』代表をお迎えしても、なんら気後れは感じれられない。
事情が変わり、ドーンハンマーとタイニールーラーの対談はバイラル4スタジオで行われる運びとなった。弊誌副編集長・庄内の話では先方の希望という事だが、タイラーの所属するアレイズの自社ビルの方が規模も設備も何もかもが大きい。以前伊藤織江が対談場所を気にしていたのもそれが分かっているらであり、そこを踏まえた上での決定という事は、アレイズ側というよりもタイラー自身に思い入れに似た何かがあるように感じられた。
当日は普段事務所にあまり顔を出さない上山を始め、SEでありレコーディングを担当する真壁、音響担当渡辺、その他数名のスタッフが総出でアレイズ側を出迎えた。
ただ当のドーンハンマーは池脇と神波と繭子の3名であり、伊澄の姿はない。
上山の呼び込みと共に伊藤がドアを開け、TINY RULERsを練習スタジオ内へ招き入れる。


「よろしくおねがいしまーす」


黒と赤をモチーフカラーとしたステージ衣装に身を包んだ可憐な少女が3人、その姿を現した。空気が変わったのが分かる。いい意味での緊張感が漲る。
弊誌からは私と他1名が同席し、カメラのシャッターを切った。庄内が遅れて入室し、伊藤に挨拶しているのがチラリと目の端に映る。
普段ドーンハンマーが使用している応接セット(コの字型の大きな革製ソファーと膝高ぐらいの大きなテーブル)は本日隅に追いやられ、会議室から運び込んだ机と椅子がスタジオの真ん中を占領している。入口を見据える形ですでに着席していたメンバーが、タイラーの入室と共に立ち上がる。
「お久しぶりです」
と口々に少女達は頭を下げ、机の所まで来ると並んでカメラに向き直る。
「ROAです」
「YUMAです」
「AOです」
「私達、」
『TINY RULERsです!』
胸の前でバッテンを作って下目使い。
『よろしくお願いします!』
礼儀正しく頭を下げる3人の少女。
大人達の拍手と、雑誌取材でもやるんだなあーという池脇の突っ込みにひと笑い。
-- どうぞ、お座りいただいて。まずはタイニールーラーの皆様、本日はお忙しい所お越しくださりありがとうございます。そして今回場所を提供していただいたドーンハンマーの皆様にも深く御礼申し上げます。本日この場を担当させていただきます、詩音社の時枝と申します。よろしくお願いいたします。
「お願いしまーす」
「うぃー。よろしくー」


池脇(R)、神波(T)、繭子(M)、ドーンハンマー(DH)。
ROA(RO)、YUMA(YU)、AO(AO)、タイニールーラー(TR)。


-- 弊誌読者に対して少し説明させていただきますと、ドーンハンマーとタイニールーラーの皆さんは今日が初対面ではありませんね。昨年海外遠征の多かったお二方の出会いは、ソニスフィアだったと思います。その時の事を覚えていらっしゃいますか?
RO「もちろんです! 私達にとっても、海外でのワールドツアーが本格的になり始めた時で」
AO「ロアちゃん、海外でのワールドツアーって言ってるよ」
RO「え? 何なに、変だった?」
AO「大分緊張してるね」
YU「緊張するよね。こんな風に、動けない状態で面と向かって話した事ないかも」
RO「あはは」
DH「(苦笑)」
R「大丈夫、オッサン達の方が緊張してっから」
(一同、笑)
M「でも今凄い話をサラッとしたね。10代の女の子が、ワールドツアーだって」
R「あ、お前そういう事言うとすぐ終わるぞこの対談」
M「え!? 褒めたんですよー」
RO「(笑)、嬉しいです」
R「びっくりしたもんだって、今向こうで一番受けてる日本代表が、こんな小さい女の子でよ、しかもアイドルとメタルの融合?合ってる?っていういかにも賛否両論巻き起こす為にやって来ました!みてたいなパフォーマンスするからさ」
M「やばいやばいやばい、庄内さん首振ってます。終わりますって早くも(笑)」
(一同、笑)
R「お前何サボってんだよ。部下に任せてねえでお前もこっち来いよ」


完全に置いてけぼりを食っている少女3人に、「ごめんね、何も怒ってないからね」と神波が優しくフォローを入れる。入口付近でこちらの様子を見ていた弊誌副編集長にお呼びが掛かった。ドーンハンマーのメンバーと庄内は旧知の間柄だ。庄内は机の側までへコヘコしながらやってくると、温厚ではないかもしれないが、本当に気持ちが良いくらい素敵な人間の集まりだから、何も緊張しなくて良い。こっちで上手く編集して掲載するので、インタビューだと気負わずに雑談だと思って、肩の力を抜いて下さいねと、タイラー側に説明してまた入口へ戻っていった。


AO「ドーンハンマーさんって、私達のステージって見て下さったことあります?」
R「生ではまだないかな。DVDでならあるよ、テレビとか」
YU「(AOを見ながら笑顔で)一緒にMステ出たじゃん!」
AO「あ!」
R「あー、そうだわ。見た見た、見てたよ、うん」
RO「どうでしたか?」
下の少女2人より少しだけお姉さんのROAが不安げな笑顔で尋ねる。
R「…どうでしたか?」
-- 10代の少女3人が爆音の前で歌い踊るパフォーマンス自体が新鮮な為か、そこばかりを取り上げられる傾向がまだメディアでは根強く残っています。しかし既に彼女達の歌や踊りや楽曲は、そういう色物として捉えられがちなスケールを超えてしまっていると、私共も考えています。やはり彼女達の魅力もまた皆さんと同じく、ステージにあるのではないでしょうか。
M「(カメラに向かってウィンクする)」
R「うーん。いや、本当に、凄い子達だと思うよ」
盛り上がるタイラー。
R「単純に体力がまず、凄いなと」
M「こんな言い方するとあれだけど、極端な話音消してただ3人が動いてる姿を見てるだけでもグーっと引き込まれる。そのぐらい力強さとか、表情とか、躍動感が伝わってくる。運動神経も抜群に良いなって、ほんと羨ましい」
ガッツポーズを取るAO。笑顔で拍手するYUMA。嬉しそうに2人を見つめるROA。
R「体力に関してはまだ俺らも自信ある方だけど、やっぱり若さからくる無尽蔵な勢いは見てて気持ちいいよな。あと、やっぱり俺はボーカルだからロアは気になるな」
RO「嬉しいです。もっと直した方がいい所、ありますか?」
R「あはは。ないよ、そんなん、ないない」
RO「えー、いや、でも、えー?」
R「直したい所があるのか?」
AO「やっぱり池脇さんから見ても、ロアちゃんの歌は良いと思いますか?」
RO「聞きたいですね」
T「それは俺も正直聞いてみたかった」
R「なんでお前が?」
T「俺って多分こいつの歌を聞いてきた時間だけ言うとメンバーの中で一番長いんだよ。だから慣れてるっていう言い方は失礼かもしれないけど、全てが池脇竜二基準だから、それ以外の人で歌が凄いとか声がデカイとか言われても、はあ、ってなるんだよ」
一瞬間が開いて、池脇が急に慌てる。
R「うわ、びっくりした。今俺褒められた!? 気持ち悪!」
T「(笑)」
RO「あはは、いやでも実際、凄まじい人だなって思います。特にマイクを通して会場とかで聞く声って、やっぱり海外のバンドさんって桁違いなんですけど、ドーンハンマーさんのCDを初めて聞いた時も同じ感覚になって。最初は同じ日本人だとは思わなかったです」
R「うわうわうわうわ、怖い怖い」
TR「(笑)」
R「素直に、ありがとう」
T「ただステージ映像とかを見ててさ、この子はおそらく抑えてこの感じなんじゃないかなって思うんだけど、どう? 本当はもっと(声)出るよね?」
RO「えへへへ。まあ、はい」
AO&YU「うおおおお!」
T「いや、でないとあんだけ、あのクラスのでかいステージで音程保てないって。うちの音響も褒めてたよ、10代でこれかよって(笑)。だからどっちかだよね。ブチギレるか、抑えてちゃんと歌を聞かせるか。うちの竜二はブチギレる側だけど」
R「待て待て、違う違う。っははは!」
RO「あはは。でも、んー、マックスこんだけっていう限界を出して歌える歌が限られてるのは自分でも分かるので、リミッター的な物を、じゃあ外してって言われても出来ないんですよ。いつでも出来る訳じゃないですね。ただ単純に、あー、とかだけならもっともっと出せます。あとは、1曲しか歌わなくていいなら全力出せます」
R「(違いは)そこだなあ。俺はだから、リミッターを外した状態で歌える曲と時間を増やすための練習を続けたきたから今があるんだよ」
RO「喉がすぐに潰れませんか?」
R「だから、潰す。昔は全力で10の声で歌うと1回の練習で潰れてたけど、それが丸1日、2日、3日、1週間と続いても10の声では潰れなくなるんだよ。そうなる頃には自分の限界は10じゃなくて50になってる。そしたら50で歌って潰れるまでの日数を伸ばしてく」
AO&YU「ええええええ!」
RO「う、歌えなくなるかもしれないっていう恐怖はないんですか?」
R「あるよ。だけどそんくらいやらないと、世界で歌う事は出来ないと思ったんだよ」
M「基本的にトレーニングってそういう事なんだけど、この人は極端だから、絶対真似したらいけないんだからね?」
RO「あはは!真似出来ないですよ!」
R「いや、でも、え、まだ10代だよな? 天性だと思うけど抜群の歌唱力と声量だと思うよ。あと目付きが好き。私を舐めるなよっていう顔が好き」
RO「そんなこと思ってません(笑)、でもありがとうございます」
AO「日本一だと思います!」
YU「実際女の子のボーカルだと、本当に1番凄いと思う」
R「自信持って良いと思うよ。まあ、持ってるか既に。じゃないと人前では歌えないよな?」
SM「自信とかではないですけど、気持ち良いなとは思います」
T「竜二がここまで褒めることないよ。凄いね。実際どうなの、お前の中で」
R「あー(笑)。真面目な話すると、あれだよ。URGAさんがいるから」
T「あ。うん、あはは、余計な事言っちゃった」
M「知ってる? URGAさんっていうシンガーソングライターの女性がいるんだけど」
RO「えっと、はい、お名前だけですけど」
M「機会があったら聞いてみるといいよ」
TR「はい!」



R「うちにはもう一人、イスミっていうギタリストがいるんだよ」
YU「あ。あの物凄くギター上手い人ですよね。以前ここで練習されてるの見掛けて、ほんと鳥肌立ちました」
R「あー、そうそう!へー、喜ぶよ。あいつが前に言ってた事があって。(タイラーは)エンターテイナーとしては俺らより一つ上を行ってるって」
TR「ええええ!」
思い思いの表情と表現。3人の取る仕草がどれも違って面白い。
R「それを聞いて皆納得したというか。前にMステ出た時に痛感したのがさ、俺らってやっぱりテレビ向きじゃないんだよ」
RO「そんなことは」
AO「ないない」
YU「全然大丈夫です」
(ドーンハンマー、爆笑)
R「いや、そうなんだよ。それが何でかっていうと、あー、んー、逆になんでお前、あ違う君達が凄いかっていう話の方がいいな」
M「え?まだ緊張してます?」
R「違う違う、大人しく喋ろうと思って。うるさいって言われると凹むし」
(一同、笑)
RO「いえ、うちの子達も相当煩いですから全然平気です。もう、ガンガン言ってください。今日木山さんにも事前に、色々勉強させてもらっておいでって言われてますから」
AO&YU「(何度も頷く)」
T「今日なんで来てないの?」
RO「木山さんですか?忙しいみたいです」
R「にげ」
T「(咳払い)」
M「あははは!」
R「まあいいや。でさ、やっぱり君達3人がアイドルだっていう事の強みが最強たる所以だろうなって思うんだよ」
M「可愛いは正義!」
TR「ありがとうございます!」
R「映像とかビジュアルが武器として、ひとつ乗っかってるわけだから、君らには。そこがテレビで戦える凄さなんだけど、俺達にそれはないわけだ。要はテレビの中でどんだけ爆音鳴らして格好良い曲やったって、そのまま伝わらない事は分かってるし、そこで本気になれない卑屈さがあったりするんだよ」
AO「(目を見開いてキョロキョロしている)」
繭子が上半身を前に体を倒して「難しい?」と少女の顔を覗き込む。
AOはにっこり微笑んで、「ちょこっと」顔の横で指を丸める。
R「うっそ」
M「(笑)、例えばね。これは3人ともそうだけど、めっちゃくちゃ難しい振付を覚えるじゃない。そいで舞台でやるじゃない」
TR「はい」
M「それは私達も楽器を持って同じ作業をしてるのね。だけどあなた達にはプラスαがあるの。そのαが『可愛い』なんだけど。その可愛いは、君達がアイドルである意味なんだよ。アイドルってそうじゃない。可愛くある事が大前提でしょ?」
TR「はい」
M「自己表現が完璧に出来るというか、それも込みでの振付というか。歌、ダンス、可愛い、その全てで戦ってるエンターテイナーだねって、そういう話」
R「そうそう、それそれ」
YU「それはやっぱり、アイドルとしての側面が強いって事ですか?」
R「だって、アイドルだろ?」
YU「えーと、アイドルとメタルの融合、です」
R「んー」
池脇はそう唸って、庄内を見た。庄内は腕組みをしたまま真剣な顔で、頷いた。
R「それはさ、トータルバランスの話だろ?」
TR「(固まる)」
T「お前わざとか?」
M「わははは!」
R「あはは、いやだってここに木山がいねえと分かんねえよな、何が正解かは」
T「まあね」
RO「トータルバランス? バランス?」
AO「あ(元気よく手を上げる)、はい!」
R「はい、アオ君」
池脇が名前を呼んで指を差すと、彼女は名乗りを上げる時の決めポーズを作って応える。
AO「どういう意味ですか!」
(ドーンハンマー、爆笑)
R「面白い子だねえ、今完全に何か閃いたノリだったけどな。いいね、俺もそれ使おういつか」
M「あー、お腹痛くなってきちゃった」
R「えーっと、何だっけ。そう、例えば結論だけいうと、君達には純度100のアイドルでいて欲しいなーなんてオッサンは思うわけだ。変わらないで欲しいというか」
YU「あ!」
R「お、ユマ君」
YU「あ(AOに習って決めポーズを作る)。あの、私もそれ思った時あって」
R「おお。気が合うね」
YU「私普段、こういう派手な服も着ないし、うちでヘヴィメタルも聞かないんですよ。だけどこないだテレビ見てて、なんのテレビか覚えてないんですけど、突然メタリカさんの曲が流れて、え!?って反応しちゃって」
AO「分かるー!」
RO「それはあるね(笑)」
YU「なんかー、最近、色々違和感がなくなってきたというか。こないだ出たアルバムなんかでも、PV撮影中とかでも、なんか、なんていうの? こう、こういう顔」
ファイティングポーズを取ってキリっとした表情を作るYUMA。
R「おう、可愛い可愛い」
YU「え? 言おうとしてた事と違う(笑)。あれ?」
M「あー、なんか分かるな。自分の反応とか自然にやってる仕草とか、よりメタル寄りに近づいちゃった事に気が付いたんだよね」
YU「そー!そうなんです。だからー、それって」
R「それが木山や、周りの大人の目指す物なのか違うのか分からないから断言は出来ねえけど、俺の希望としてはアイドルのままでいて欲しいと思ってて」
AO「それが、トータルコーディネートですか?」
R「バランス!というか、バランスって何か一つの要素で取るもんじゃねえだろ? お前らがもう、3人で芸能界を無双出来るレベルのアイドルとして突っ走る事が出来るなら、後ろの面子も全力でメタルミュージックをプレイする事が出来ると思うんだよ。そこでな、例えば今ユマが言おうとしたみたいに、ちょっと最近メタルって良いなって思うんすよ、みてーなさ。そういうノリになって来ると今度は、大人達の方が逆に君達にアイドル要素を付け足さなきゃいけなくなるんだよ。分かる?」
RO「分かります。もおー…めっちゃ分かります!」
R「そこはまず手を上げないと」
RO「あ、はい!」
R「ロア・遅い・タイラー君」
M「格好いい(笑)」
RO「めっちゃ分かります!あはは、同じ事2回言っただけだ」
(一同、笑)
M「はー、可愛い、どうしよう、やばいな。可愛いって凄いな」
RO「(笑)、私達まだ10代なんですけど、『桜桃スクール』っていうアイドルグループに在籍していた頃から、『桜桃スクール重金属サークル』としてタイラーの活動をしてるんです。それって2011年からだから、もう、5年程になります。5年が長いか短いか分かりませんけど、少なくとも、その2011年より前の頃とは全然違って、ヘヴィメタルがとても近くにあるんです。自分達が経験した事のない音であったり、曲の展開であったり、初めての連続だった事が今は当たり前になって来たというか。だけど、これを言って大丈夫なのか分からないんですけど、元々ヘヴィメタルが好きな3人が集まって始まったグループでは、その、ないので…」
R「ああ、うん、素直でいいじゃねえか。好き好き、そういう事ちゃんと言える人」
M「えらいね。ボツになるかもしれないけど、ちゃんと言ったね」
RO「あはは、えへへ、ありがとうございます」
ROAの頬が紅潮し、少しだけ瞳が潤んでいるようにも見えた。
RO「2人にとってもそうだと思うし、私にとってもタイニールーラーは大事な家族だし、生きる場所だから、大切に思ってます。だからこそ、考える時もあるというか」
R「そらそうだよな」
T「ただ好きだからここにいるって言えたら一番それが幸せな事だろうけどね。俺達だって同じだよ。どっかで仕事っていう感情はあるよ。それでお金稼いでるんだし。だからそういう意味でのバランスっていう意味もあるよね」
R「そう。周りが何を求めているか考えて、自分達が今出来る事を全力でやるのが正解なのか、出来ない事を求められてもそこに向かって努力する事が正解なのか、とか色々考えるもんな。もし俺がタイラーの監督だったら、お前らにはアイドルらしさ意外は求めないかな」
T「そうだね。うん、俺もそうだ」
AO「でも、…より世界で人気が出るように、メタルの要素を、足して行こうねって言われたら、どうしたらいいですか?」
一瞬、場が静まる。
今この場にプロデューサーがいない状態で、彼女らの将来について言及して良いものか、
ドーンハンマーなりの葛藤もあったように思う。
M「君達が選べるんなら、選びたい方を選びなよ。アイドルのままいたいか、メタルと融合した新しいアイドルになりたいのか。だけど、結局そこには葛藤がついてまわる気がするよ、分かってると思うけどね」
AO「…ああ」
YU「はい」
R「ロアは辛いよな。ダイレクトにボーカルで変化や成長を求められるもんな」
RO「そうですね。歌も、ダンスも両方好きなので、どちらもずっと楽しんで行けたらいいなとは思うんですけど。あれ、これってJ-POPでもアイドルソングでもないけど、どういう気持ちで歌うのが正解だろうって、考えちゃう事もありますね」
R「あー、やっぱりそうなって来てるんだな。おま、君達を取り巻く大人達とか環境そのものが、多分大分メタル側に寄ってんじゃねえかな。見てないから偉そうに言えないけど。その、なんとかスクールはもう今やってないんだろ?」
RO「卒業しました」
R「だろ。ちょっとアイドル要素が足りてないと、今度は反対のメタル側に向き合おうとする意識が高まると思うんだよ、3人とも真面目そうだし。それってどうなんだろうなあ。ロアがそうやって悩みながらも全力で歌ってる目の前では、この2人が踊ってるわけだろ? 見ててどう思うんだ?」
RO「心強いですよ」
R「嫉妬とかはねえのか?私も可愛く踊りたいんだ!みたいな」
RO「あはは、嫉妬はないですね。私も全く踊らないわけではないですし、可愛くもあり、また激しいダンスでもあるので、見てて勇気をもらいます。泣けてくる時だってあります」
R「へー、そうなんだ。2人はどうなの?私らにも歌わせろ!もっと来い!みたいなのないの?」
(一同、笑)
YU「んー、私も歌うの好きなんですけど、やっぱずっと側でロアちゃんの歌を聞いてるから、そこは張り合えないですね」
AO「すっごいよね。声おっきいし、上手いし、綺麗だし」
R「何だあ、後でお菓子でも買ってもらう魂胆か?」
(一同、笑)
RO「彼女達も桜桃スクールにいた頃からボーカルパートを持って、歌って踊ってして来ましたし、今でも彼女達のソロ曲というか2人の曲があるので、そういう意味でのバランスは丁度いいのかなという気もします。だけど私がソロで歌う事になるとは正直最初は思っていなかったので、そこの不安はありました」
M「『弦月』とかだよね。不安って?」
RO「体を休ませる為のインターバルっていう捉え方をすれば納得だし、ステージ構成上必ずソロパートが来るのは分かるので、今となってはどういう種類の不安だったかはっきり覚えていないんですけどね(笑)」
R「単純に、側にチョロチョロしたのがいない寂しさって事じゃなくて?」
YU「ちょろちょろ(笑)!」
AOが頬を膨らませて池脇に顔を近づける。
R「悪い悪い」
RO「それもあったと思います(笑)。ただ、…うーん、アイドルとしてはソロ曲を貰えるって光栄な事だし本当に嬉しい思いがあるんですけど、要はアイドルソングではない曲なので、そこをDバンドと私だけでってなった時の、心細さみたいのはありました」
M「今も?」
RO「マシにはなりましたけどゼロかって言われたらゼロではないです。ノリノリの曲なので、勢いとか興奮とかで、ええーい!みたいな気持ちは大分出せるようになったんですけど」
M「まだどっかで、これでいいの?あってる?みたいな」
RO「はい」
R「真面目だなあ」
T「いや、正しい」
RO「(ほっとしたように頬を染めて笑う)」



YU「一度聞いて見たかった事があるんですけど、怖くて聞けなかったんですけど」
YUMAの言葉にドーンハンマー側も一瞬身構える。池脇の目がカメラを捉える。
YU「私達って、皆さんから見てどういう風に映ってますか?」
R「…ん?」
AO「結構そのー、自分達では見ないように、聞かないようにしてはいるんですけど、やっぱりー、賛否両論あるっていうのは、知っているので」
M「えええ。そんな事気にしちゃ駄目だよ!」
T「いやー…ははは、切ないね」
R「こんなの本当に木山抜きで話してて良いのか?」
池脇が庄内を見やると、彼が再び机の方へ歩みよって来た。

(事前に話はしています。ある程度の質問内容は彼女達に一任しているみたいですが、もちろん後で再確認して掲載するか否かの判断は別でしますので。とりあえずはゴーで)

AO「えっと、そんなに重い内容のつもりで、聞いてはいないんですけど?」
RO「Dバンドの皆さんとお話していて、本当によくドーンハンマーさんの名前を聞くので、今度対談しますって言ったらめっちゃ羨ましがられて」
YU「そうそう。私達にとってはDバンドさんの演奏が神なのに、その人達が羨ましがるってよっぽどすごい神なんだなって。だから聞いてみたくって」
M「うーん。あー…」
繭子が頭を後ろに倒して天井を見上げる。目を閉じて、真剣にどう答えようか悩んでいるように見えた。
R「その賛否両論て、タイラーがありかなしかって意味? それとも俺達みたいなバンドとか音楽ジャンルを好きだっていう奴らには、自分達が色物として映ってんじゃねえかっていう意味?」
YU「ええーっと、どうだろう」
RO「単純に私達って今、何者ですか?」
R「それはでも木山が定義するもんじゃないの?タイニールーラーは音楽ユニットです、でもいいし、アイドルとメタルの融合をテーマにしたバンドです、でもいいし。俺達はジャンルとしてのそこを考えた事はないよ。というか俺はね。さっき伊澄っていう男の言った事がそうで、エンターテイナーだと思ってるよ」
AO「ありなしで言うと、ありですか?」
R「大アリだろそんなもん、他に同じ事やれる人間がいない事をお前らはやってるんだから、自信持てよ!」
AO「ドーンハンマーさんてどこを切っても、ヘヴィメタルだと思うんです。例えばメタリカさんやジューダスプリーストさんみたいな人だと思ってるんです。だけど自分達はそうじゃないって思ってるんです。自分達のやってる事には自信を持っています。だけど同じステージに立たせてもらってる先輩方とは違うとも、分かってはいて」
T「うん」
R「うん」
M「…」
こんなに真剣な目をした彼らを見た事がなかった。一体少女達の質問のどこに彼らがここまで感じ入っているのか、正直この時の私は理解出来ていなかった。
R「ちょっとごめんな、我慢出来ねえ、トイレ行って来る」
M「あはは、ごめんね」
私は立ち上がってスタジオを出て行こうとする池脇が、ひょっとして泣いているんじゃないかと思った。そんな雰囲気が彼の表情にはあった。実際、繭子の両目がうっすらと光を帯びているは見て取れた。少女達は何も悟ってはいない。ただ笑って池脇を見送る。
T「なんていうかな。誰の、何を言う言葉にも動じずに、君達だけの道を突っ走って欲しいなーと思ってるよ。メタルだとか、メタルじゃないとか、アイドルだとか、そんな事はもうどうだっていい気もするな。君らは全力で可愛いを追及して、バックバンドが全力でメタルを奏でたらそれで最強なんじゃじゃない?」
TR「はい、ありがとうございます!」
M「ごめんね、なんか泣けてきちゃった」
TR「ええええー!」
RO「どうしよう」
急な繭子の言葉に、座ったままきょろきょろし始めるタイラーの面々。言うほど激しく繭子は泣いていない。指で目尻の涙を掬い取る程度なのだが、理由の分からない少女達には衝撃だったようだ。かなりの動揺が広がっているのが分かった。
-- 一旦休憩しましょう。



-- タイニールーラーの3人は、ドーンハンマーのアルバムを聞いた事はありますか?
TR「あります!」
YU「このスタジオに初めて来た時に生で演奏を聞いて、感動してその帰りにCD買いました」
R「おー、ありがとう。おかげで飯が食える」
M「あはは!やめてくださいよ。少女の夢を壊さないで下さい」
T「そもそもなんで俺達の事知ってたの? それか、ソニスフィアでたまたま?」
RO「桜桃スクールの重金属サークルとして活動を始めたころに、ヘヴィメタルを全然知らなかった私達に、教科書代わりとして渡されたCDに入ってました」
T「そうなんだ。メタリカとか?」
YU「えっとー。メタリカさんとー、アイアンメイデンさんとー、アンスラックスさんとー、ジューダスプリーストさんとー、ドーンハンマーさんとー。あと誰だっけ」
AO「えーっと。ドーンハンマーさんとー、ドーンハンマーさんとー、ドーン」
R「あははは!織江!お菓子!早く!」
AO「イカゲソでお願いします!乾きものでもいいです!」
割れんばかりの笑い声と拍手で、空気に柔らかさが戻った。
-- その中で気になったバンドを覚えてますか?
RO「やっぱり名前だけは知っていたのもあって、メタリカさんですね。あとドーンハンマーさんは後で日本人だよって聞いてびっくりして、その衝撃が今もあります」
M「えー、どの曲聞いたかな気になるな。それって一枚のCDに纏められてたってことだよね?」
YU「私覚えてますよ。『Hanging my own』と『ALL HUMANS WILL DIE』と」
M「うわうわうわうわ、濃い、そしてやっぱ古い」
YU「あ、あと、『strike on holy pray』です」
R「どういう選曲なんだ? よく覚えたなあ」
T「アルバムがバラけてるのは良いね」
M「もう少し最近の曲聞いて欲しかったな」
RO「5年前なので(笑)。ちゃんと去年のアルバムも買いましたよ」
M「わーい」
RO「その教科書CDの中ではドーンハンマーさんが一番激しいです」
R「おお、嬉しい」
-- 海外での公演が多いタイニールーラーですが、同じ日本人としてドーンハンマーの魅力はどのように感じておられますか?
YU「格好良い!これが言いたかったです、今日ずっと」
AO「うん、格好いい。私もちょこっとギター練習して弾けるようになったんですけど、全然違う。同じ楽器だとは思えないです」
RO「よくこういうインタビューとかでお答えするのが、音楽は国境を超えるとか、私達の事を全然知らない人達が、日本語を覚えて一緒に歌ってくれるのが嬉しいっていう、音楽を通してのコミュニケーションで衝撃を受ける場面がとにかく多くて。だけど実際私達の何を、どこを、皆応援してくれているかとかまでは一人一人に聞いてみないと分からないんですよね。それが楽曲の良さなのか、ビジュアルなのか、舞台演出なのか、Dバンドさんの演奏なのか。あるいはそれをひっくるめた全部なのか。だけどドーンハンマーさんを見て、格好いい!って思った衝撃って、こういう事だなって思って、分かってしまったというか」
AO「ぐわーん!がーん!どががーん!」
R「何やってんの?」
AO「って来るんです!」
YU「あははは!」
RO「独特なんです、すみません」
R「いやいや、最高だよ、最高の褒め言葉だよな」
T「嬉しいね」
RO「一緒にツアー回れたら嬉しいです」
R「ああ、面白いなー」
-- 絶対ウチが同行します。
R「気がはえーなぁ(笑)」



RO「今日、本当に楽しみだったんです、繭子さんにお会いするの」
M「私?」
R「おし、帰るぞ大成、撤収」
T「お疲れ様でした」
AO「ハイ!ハイ!」
YU「ハイ!違います!皆さんにです!」
(一同、笑)
RO「あはは、でも本当に繭子さん尊敬してるんです。別格です」
AO「私ロアちゃんより綺麗な人、初めてかもしれない」
YU「ねえ、すっごいよね。前に見た時と髪色違うけど、凄く似合ってます」
M「ありがとー。どーしたー?お姉さんはこういうのが真剣に苦手だ(笑)」
-- 以前このスタジオで芥川さんが歌っている姿を見て、面食らってましたね。
RO「ちょっと凹んで帰りました」
M「え、やめてよぉ」
RO「ただでも、良い刺激になったと思います。個人的ターニングポイントです」
-- どういった点がですか? 歌唱スタイルは全然違いますよね。
RO「違い過ぎて。池脇さんもそうですし、繭子さんもそうですけど。さっきの声の大きさの話に近いんですけど、私の歌ってアイドルの延長線にある歌い方をあえて変えてないというか。よくクセの無い歌い方だねって言われるんですけど、逆にクセを出せないんですよ、タイラーの曲って」
M「あー。ロアの歌い方だとそうだよね」
RO「はい。だからそこをスパっと、ダメ!って言ってもらえたというか。これは私には出来ない!やっちゃ駄目だ!って思ったというか」
-- デスボイスのことですか?
RO「はい」
М「ダメなんて思ってないよ(笑)」
-- 試そうとした事はあるんですか? タイラーとして。
RO「禁止されてます。声が一発で飛ぶので」
R「歌い方次第だよ」
RO「いやー、どうなんですかね。ただ私達の曲でも、バックで『ギャー!』って叫んでる声とか入ってますけど、私歌ってるふりしてそこは声出せないんです。勢い余っても言わないでくれって」
R「喉は強いと思うけどね。ただまあ、ある程度鍛錬は必要かもしれねえな、歌い続けるとなると」
AO「繭子さんも練習されるんですか? ギャアアアって。ゲホ、ゲホ」
(一同、笑)
M「ううん、しないよ。遊びの枠を超えたくないからね。普通にカラオケで絶叫したりもするんだけど、その延長だったよ最初。あとは竜二さんがそこはプロだから、教え方が良かったし。だけど今だってそんな1時間も2時間も歌えないと思うよ」
そこでタイラーの3人が顔を見合わせて笑う。
M「?」
AO「見たいなー(繭子を見つめて上目遣い)」
YU「聞きたいなー」
RO「どうも、すみません」
そう言って最後は三人揃って机の上で頭を下げた。
沈黙。
M「…え。何? 私が歌う流れ?」
-- そのようですね。
R「すげえ。大手事務所の圧力すげえ!」
T「あはは、堂に入ってんなあ」
M「いやあ、でもなあ。今日翔太郎さんいないですもんねえ」
YU「え、さっきお会いしました」
M「どこで?」
あれ、これ言っちゃいけないっけ、という顔をして他の2人に助けを求める。
YU「え、あれ。さっきお手洗借りた時に、上の階から降りて来られたと思うんですけど、あれ、伊澄さんじゃないのかな、人違い?」
池脇が伊藤を見やると、彼女は既に携帯を耳に宛てて左手で待ての合図を出している。
M「話した?」
YU「いえ、してないです。ちょっと怖かったので」
T「あははは!」
-- どうして怖いと?
YU「なんでだろう。人が下りて来ると思わなくてびっくりしただけかも」
AO「前にもスタジオでギターを弾いてる姿を何度か見たんですけど、もの凄く真剣だったので、なんか、いつもみたいに、わー!って行けない雰囲気の人でした」
-- ROAさんも怖いですか?
RO「怖い…かなあ。怖いというか、私達の事を嫌いなんじゃないかなって思った時があって、だからさっき褒めてもらった事でちょっと印象が変わりました」
M「一度も話した事ないんだって?」
RO「御挨拶はありますけど、そうですね、喋った事はないですね」
M「へー…」
-- なんで繭子ニヤニヤしてんの?
M「え?いやー。勿体ないなーと思って。超面白い人なのにね」
-- そうですね。だけど確かに怖い一面もあります。あなた方を嫌いなんじゃないかと思ったのは何故ですか?
私の問いに、答えようとしたROAが急に笑って、両手で口元を覆った。
RO「えへへへ、これ、言いたくないなあ」
-- あ、じゃあオフレコでは?
そう言って彼女から聞けた内容は、確かに誤解を招く恐れがあるので掲載は出来ないのだが、確かに伊澄らしいと言えば彼らしい反応を初対面で見せたせいで、少女達を勘違いさせてしまったようだ、とだけ書いておく。
R「お」
見ると入口横で、伊藤が右手でオッケーサインを出している。
M「マジかー!」
繭子がのけぞる。
どうやら伊澄の了承が出たようだ。



伊澄翔太郎がスタジオ内に現れた。
「お疲れさん」
そう言ってタイニールーラーの側まで歩いてくると、テーブルの上に肉まんがたくさん入った袋を置いた。
「差し入れです」
大盛り上がりのタイラー。
伊澄はメンバーに向かってにっこり笑うと「さて」と促した。
「あーい」
繭子は言って立ち上がり、続いて池脇と神波も立ち上がった。
至近距離で4人が揃ってそこにいるだけで、やはり震えがくる程の特別なオーラが漂っているのが分かる。大気を揺るがす振動と爆音を生み出す4人の魔法を待ち望み、体と心が身構えるのを感じた。全身を鳥肌が駆け巡る。いきなり現れた伊澄に挨拶もろくに出来ないまま、タイラーの3人は頬を紅潮させて彼らを見つめている。
-- どうですか? 4人揃いましたね。
「なんだろうね、…凄い」
「凄いね。ええー、凄いね、格好いい」
「わくわくしますね、鳥肌がやばいです!」
口々にそう答えるタイラーの誰もが、演者ではなく一人のファンとしての興奮をその笑顔に浮かべていた。



急にガヤガヤと声が聞こえ、スタジオ内に大人達が集まってくる。一旦外へ出ていたバイラル4側のスタッフとアレイズ側のスタッフが、全員中へ入って来たようだ。
何事だろうと庄内を見やると、彼が一番興奮している。どうやら生で見れる機会などそうあるものではないと、ドーンハンマーの演奏を見学しに集まったようだ。
興奮と言えば余談になるが、伊澄の到着をスタジオの外で待っていた伊藤が後日教えてくれた事がある。3階の楽屋階から肉まん入りのビニール袋を片手に降りて来た伊澄は、スタジオの外で待機していた両社のスタッフ達には一瞥もくれず、企みを帯びた優しい微笑みを浮かべていたという。伊藤は何故か彼の横顔を見た時初めて友達としてではなく、スター性のある伊澄の立ち姿に鳥肌が立ったと言う。スタジオ入りする瞬間、側にいたアレイズの女性社員が会釈すると、伊澄は微笑み返して中に入った。残された女性社員は口を手で覆って顔を赤らめていた、との事だ。世界の表舞台に立つ男なんだな、と伊藤はそう実感したそうだ。
そんな男達が4人揃って今まさに楽器を手に持ち場に付こうとしている。しかし今から行われるのはドーンハンマーとしての演奏ではない。マイクスタンドの調節をしながら、繭子が野次馬に気づいた。
「ちょっとー、困るなー」マイクを通して言う。
「まあ良い機会だろ。盛大にお披露目と行こうか」
ドラムセットに腰を降ろした伊澄が言うと、繭子は勢いよく伊澄を振り返った。
『図ったな』という顔。繭子はそれでも少しだけ拗ねた表情を一瞬浮かべただけで、怒りはしなかった。それどころか余裕のある微笑みすら見て取れる。
普段と配置の違う楽器パートに大人達がザワつく。知らずにここへ来たのだろう。庄内が私を呼ぶ。お遊びで行われているマユーズというシャッフルバンドの事を説明すると、目を見開いて興奮する我が副編集長。どうしてそんな面白い話を俺に言わないんだと口では言っているものの、目は繭子に釘づけになっていた。バイラル4側のスタッフは少しだけ自慢げで、誇らしそうな顔で周囲の反応を楽しんでいる。そんな彼らを不思議そうに見ているアレイズ側のスタッフ達。今日の主役は本来タイニールーラーの3人なのだが、今は誰も彼女達を見ていない。当人達ですらその事には気づいていない。
場が混沌とし始めた。
ドンドンドンドン、ズダダダン!
伊澄が軽くキックペダルを踏んでスネアを叩いただけで、一気に緊張感が漲る。
お遊びだと分かっていてこの期待感である。練習とはまた違う音の鳴り方に、私も興奮を抑えきれない。PA担当の真壁や渡辺はもとより、上山などはいきり立っていると言っても過言ではない。暴れ始めやしないかとドキドキする程だった。何度もこのスタジオで彼らの練習を見ている私ですら血が滾るのだ。やがてアレイズ側の若い男性スタッフなども顔が紅潮し始め、隣に立つ女性スタッフはもはや瞬きもせず4人を見つめている。



「ちょっと近いね、大丈夫かな。…もうちょい」
繭子が最前列に並んで立つタイニールーラーを少しだけ下がらせた。
映像を先にご覧になった方は気づいただろうが、バイラル4の真壁というスタッフは右足が悪く、動かせない。常に松葉杖か、長時間の作業に入る時は車椅子を使用している。今も渡辺に腕を掴まれながら杖を付いているのはその為だ。
タイラーの右斜め後ろに彼ら2人が立ち、その左後ろには上山が、その左側には庄内や伊藤織江が少し間隔を開けて立っている。他のスタッフも入口付近ではなく空いた空間に陣取り、さながらライブハウスの様相を呈してきた。
ベベベベン、ボボボ、ボボン。
「さあ。リハなんて野暮なことは言わずいきなりぶちかましますか」
ベースを担いだ池脇がそう言うと、イエー!と上山が大声を張り上げた。
タイラーがびっくりした顔で振り替える。
「おお、いいねえ。期待してくれてんのはそこのモヒカン兄ちゃんだけか?」
ネックのつまみを弄りながら池脇がそう言って笑うと、負けじとAOとYUMAが「イエーイ!」と叫んだ。
「あははは、よーしお姉さん気合入れて歌いますよー。…ってか何演るの?」
そう言って繭子がメンバーを振り返る。いつでも演れる準備は出来ている、だから打ち合わせなどしていない。そういう事だろうか。
ガガガガ、ガガガガガ。
慣れた手つきで伊澄のギターを鳴らす神波が繭子の問いかけに答える。
「オリジナルはそんな、やっても誰も分からないしね。なんかリクエストなどあれば」
「嘘ぉ?」
と繭子が笑い、
「言い出しっぺが全然出来なかったらどうすんだよお前」
と伊澄が神波に突っ込みを入れる。
(一同、笑)
「なにか聞きたい曲とかある?」
神波がタイラーの3人に向かって尋ねると、彼女達はあらかじめ決まっていたかのような笑顔を見合わせて頷いた。
「メタリカさんでお願いします!」
「え、意外!」
繭子が即答し、笑い声に湧く。
「よーし、どれ行こうか。繭子選んでいいぞ」
「あい。えー」
池脇の言葉にそう答えた繭子は天井を見上げ、一旦マイクスタンドスタンドから離れて伊澄のもとへ歩み寄った。まず彼に耳打ちし、黙って伊澄が頷くと、池脇、神波にも同様に小声で曲名を告げた。メンバー以外にはその声は届かない。繭子がマイクスタンドに戻って来ると、一層緊張感が増した。ROAがAOとYUMAに耳打ちし、せーのと声を合わせる。
「マーユコー!」
「よっしゃー!」
ワーン・ツー・スリー・フォーアッ。
伊澄が思い切りバスドラを踏み叩いて曲が始まった。
開始数秒で、上山、渡辺、真壁、庄内が興奮の雄叫びを上げる。
METALLICA屈指の名曲、『St.Anger』だ!
私も我を忘れてカメラの後ろで叫んでいた。だが誰も振り返りなどしない。まるで目の前でメタリカ自身がプレイしているかのように、誰もが子供のように目を輝かせてマユーズの演奏を見つめている。とてもシャッフルバンドとは思えない安定した轟音と演奏技術だ。誰も手元を見ないし、前を向いて「観客達」に笑いかけている。圧巻なのは繭子だ。ジェイムズばりのダミ声を、まるでジョークを飛ばすような余裕の笑顔で出している。声量のある低音の歌声。豊かな感情表現。確かな発音。歌唱力。そして何より楽しそうに歌っているのが良い。
私は三脚にセットしていたビデオカメラを外し、観客の表情を捉えようと移動する。
贅沢なのは池脇がジェイムズの声真似をしながらコーラスに回っていることだ。こんな事はマユーズでしか実現しないだろう。世界レベルのボーカリストが、ドラム担当のコーラスをしているのだ。


He never get's respect…


繭子がねっとりと語尾を伸ばして歌い上げる。
ゾクリと背中が撫でられる。
スローテンポで始まる曲が一気に転調する。


マイクを握りしめて繭子がタイラーを睨み付けて歌う。
そしてこの曲一番の聞かせ所、速いテンポで波打つアンニュイなボーカルとコーラス。
サビの部分で繭子と池脇の贅沢なダブルボーカルが放たれる。足がガクガクと震えた。
ドーンハンマーとはまた違った魅力に膝から崩れ落ちそうだ。
他人の曲をここまで完成度を高めてプレイ出来るものなか?
見れば満面の笑みで両手を高く掲げるタイラーの3人は、笑顔のまま涙を浮かべている。
泣いているわけではない。自然と込み上げた感情が溢れ出たのだろう。
そして誰もが歓喜に目を見開き、両腕を高く突き上げて叫んでいる。
歌っているわけではない。歌詞が分からなくとも興奮を抑えきれないのだ。
たった一曲で見る者の感情を引き摺り出す事の出来るバンド。
それがマユーズであり、ドーンハンマーの実力だ。


曲が終わっても熱気が冷めやらない。
一番長くバンドの側にいるはずの伊藤ですら、ずっと叫びっぱなしだった。庄内もアレイズのスタッフも、そしてタイニールーラーの3人も、誰も彼もが笑顔で頭上高く手を叩いていた。「やっぱり凄い。やっぱり凄いな!」無意識で呟いていた私の声が記録されているのが申し訳ない所だが、この場の興奮は完璧に収められたと思っている。


「じゃあ、せっかくなんでやりましょうか」
伊澄の言葉に繭子が振り返ると、伊澄は胸の前で両手をクロスして見せる。
え?という顔でタイニールーラーの3人がお互いを見た。
昔から見慣れた伊澄のあの手のポーズは、今や彼女達のものと言っても過言ではない。
「間に合ったんですか?」
といたずらっぽい声で繭子が聞くと、伊澄は「ギリギリなんとか、ぶっつけだけど」と答えた。後に聞いた話だど、本来ならこの一曲だけを演奏する予定だったそうだ。神波の振りに「嘘ォ?」と繭子が笑ったのには理由があったのだ。彼ららしいサプライズと言えばそうなのだが、どこまでが芝居でどこからが本気なのか、映像を見返しても分からない程の自然体だ。何より全く打ち合わせなく完璧な「St.Anger」を演奏してみせたのだから、凄まじいの一言である。


「『ヒカリ、ヤミ、クラエ!』」
繭子がそう叫んだ瞬間タイニールーラーの代表曲が爆音で鳴り響く。
3人の少女が歓声を上げて飛び上がった。
ああ、この曲までもマユーズで演ってしまうのか、と私は溜息をつく。
確かに普段ドーンハンマーがプレイしているような変態的難易度ではないかもしれない。
それでもギターのザクザクと刻む攻撃的なリフや速弾きのギターソロはあるし、普段神波が使用しないベースのチョッパーや高速のツーバスなどが多様されており、少なくともお遊びのシャッフルバンドで慣れ親しんだ曲展開とは言えないはずなのだ。
それでも彼らは手元を見る事なく笑っている。
インタビューに伊澄が参加していなかったのは嫌だったからではなく、この瞬間の為に上の階でドラムの譜面を覚えていたからだと聞いた。そんな離れ業をやってのけられるのは伊澄翔太郎だけだろう。
間奏に差し掛かった所で、並んで立っていたAOとYUMAが二手に分かれてスタジオの両端に寄った。
思わずアレイズのスタッフが止めようとしたが、2人の顔があまりにも本気だったので止めようがなかったとの事だ。
自分達の曲とは言え他人が演奏している初めて聞くと言ってよいその音に、彼女達はドンピシャのタイミングで走り出した。
それでも決して広々としたスタジオではないし、大人達がばらばらに立っている。
安全面を考慮すれば止めるべきだったかもしれない。
しかし2人がバンドメンバーの真ん前でクロスして駆け抜けた瞬間の楽しさは、そんな憂慮を吹き飛ばす程の興奮を巻き起こした。いても立ってもいられなくなり、ROAが繭子の隣に立って歌い始める。バイラル4側のヤンチャな大人達が飛び上がって歓声を送る。
神波のギタープレイは、普段伊澄の演奏を見慣れている人間ですら溜息が出る程に神がかっていた。本来タイニールーラーはギターが二本編成である。しかし今回は神波の一本だけ。
それでも全く音負けしないのは、リフとソロをしっかり一人で弾き分けられる構成力の高さ故だろう。
この曲に関して言えばコーラスの無い池脇が一番動いていた。
ドラムを叩く伊澄の前でお道化てみせたり、「観客たち」を煽ってみたり、目の前を駆け抜けた2人の少女を雄叫びでサポートしたりと、実に自由で楽しそうだった。
伊澄はやはり、言いたくないが天才としか形容のしようがない。彼はギタリストだ。使う筋肉も動かす体の部位も全部違う。それでも叩く。それでも間違えない。それでも顔を上げて楽しそうなのだから恐れ入る。一瞬、ノリノリで楽し気に歌う繭子が伊澄を振り返って首を傾ける場面がある。そしてまた前を向いた時には笑っていたのだが、伊澄のあまりの巧さに腹が立って舌を出して見せたそうだ。
そんな繭子もまた規格外の才能を持っている。
知らない人間が見れば彼女が本来ボーカリストでない事を誰も信じないだろう。それ程堂に入った歌唱力と声量であり、魅力に満ちた歌声だった。
そんな彼らに混じって笑顔で歌い、飛び跳ねるタイニールーラー達。心底嬉しそうに、尊敬する繭子と同じマイクで歌声を響かせるROAと、本番さながらキレキレのダンスを披露するAOとYUMA。
10代で世界へと飛び出した彼女達にとって、これほど頼りになる先輩がいることは大きな安心となっているに違いない。自分達の前を走り続ける彼らがいる限り、少女達は自由でいられるのだ。もう既にその事に気付いているかのような、天真爛漫な笑顔がそこにあった。

連載第22回。「暴動ラジオ」

2016年、8月23日。
その日の夜、応接セットにて休憩中の池脇に声を掛けた。


-- 来月、ラジオ出演の依頼もあるとお伺いしました。
R「おお? さすが、どっからそんな早く情報仕入れてくんの」
-- 何を仰いますやら(笑)。織江さんに決まってるじゃないですか。
R「そか、そらそうだよな!」
-- ゲスト出演だそうですね。
R「決定かどうかは聞いてねえな。そういう話が来てるのは知ってるけど、どうなんだろう。来月は来月で色々立て込んでるからな」
-- 断る可能性もあると。一応うちもスケジュール押さえて、同行させてもらえると助かります。決定すればなんですが。
R「関西だけど行けんのか?」
-- どこでも行きますよ。
R「はは、来年ヴァッケン(ドイツ)来るって息巻いてるくらいだもんな。大阪くらい来るか」
-- ワケないですね。そう言えば、PV完成したらMTVでガンガン流すってファーマーズ側が宣言してるそうですね。忙しくなりますよ。年に一度の大々的な披露試写会も来月開催されますし、隙間を塗ってラジオもですか。大変ですね。
R「実際はそんなでもねえよ。去年も色々と重なった時期あったけど、そいでも暇よりは全然いいからな」
-- ふんぞり返って大御所感を出すよりも、色々と精力的にこなす姿がバンドにはお似合いだと私も思います。あちらでの完成試写会も当然出席ですか?
R「行くだろうなあ、そこは。イベントの内容的にはうちのっていうよりあっちの(ファーマーズの)作品の完成お披露目って感じらしいけど、でもまあ、立場的に無視はできねえな」
-- こちらとしては去年出したアルバムの、しかもシングルカットもされてない曲ですからね。確かにファーマーズ作品としての意味合いの方が強いのでしょうね。年に一度行われる大規模なショーですから、既にあちらのノリはお祭り状態です。
R「っへー」
-- 竜二さんお一人で行かれる予定なんですか?
R「それもまだ分かんねえ。パーティーみたいなのに出て適当な事喋るだけなら俺だけでいいし、PVの曲をライブで演れって言うなら全員行かなきゃなんねえしな」
-- ニッキーなら絶対言いますよ。
R「やっぱそうかな。あー、○○○○え」
-- 絶対NGですよ今の。
R「あははは!あ、一緒に来る?」
-- いいですか!? 会社に確認取ります!
そこへ楽屋へ戻っていた神波と繭子が帰って来た。
池脇の豪快な笑い声に釣られてか、自然と応接セットへ参加してくれた。
T「とても良からぬことを考えてる時の笑い声が聞こえた」
-- 来月ファーマーズで行われる映像作品の完成披露試写会に、皆さんで参加するかどうか、というお話です。
T「そんなもの強制だろ。断れないだろうな」
M「そうですよね。きっとそうなるだろうって話は、もう向こうで撮ってる段階から言ってましたよね。楽しいよ~ってジャックも言ってたし(笑)」
-- 羨ましい(笑)。そこはやっぱり全員で?
T「そらそうだよ。来月はそこ中心にスケジュール組まないと」
-- ラジオ出演もありますね。
T「それは別に一日で終わるからいいけど、あっちは移動とか前乗りとかパーティーとかインタビューとか、やたら時間食うからね」
M「でもいちいち大袈裟ですよね。PV撮るってそんな凄いことなの?って感じ」
-- 大袈裟じゃないよ(笑)。繭子はまだファーマーズがどれだけの組織なのか分かってないんだなあ。向こうはそれがメインビジネスなんだよ。自分達の作品を多くの業界人に見せてファーマーズの力を誇示する事も大事だし、試写会を大掛かりな恒例行事にして公共の電波に乗せる事で、それらを取り巻く環境に影響を及ぼす所まで、全部計算に入れてるんだからね。PV一本撮るだけでも、色々な業界が連動して動く世界なんだから。
M「へー。もうあれだね、完全に私達の曲じゃなくても良いみたいな話になってるね」
-- 極論そうだよ。だけど普通は、お願いしますハイ分かりました、っていう相手じゃないからね。目を付けられる・選ばれる事がもう凄まじい幸運だもの。自社ブランドの映像作品をどのグループを使って撮るかって、結構重要なファクターだよ。これ本当に皆さんピンと来てない印象だけど、並み居る強豪を薙ぎ倒したっていう自覚を持った方が良いですよ。
M「なんで?」
-- なんでって。今はまだお披露目前だからなんとなく周囲がザワつく程度で済んでるけど、世界的に発信された後はファーマーズはもちろん『このバンドはなんだ、どこの誰なんだ』ってなるから。世界中の目が海を越えてぶっ刺さって来るし、そんな時にポカーンとした顔してたらニッキーの顔に泥を塗りかねないよ。堂々と、俺達がドーンハンマーだって余裕の笑顔で踏ん反り返ってないと。
M「あははは。え、いつもの3人じゃん」
-- あ、ほんとだ。ってか、繭子も!
T「ありがとね。勉強になるよ」
-- いえいえ、偉そうに講釈垂れました。ただでも、前回(ファーマーズで)の映像を拝見した限りだと、竜二さんさえいればなんとかなるなっていう安心感はあるんですけどね。
R「俺!? 急に俺?」
M「なははは、いや、そうだよね。ホントそう思う」
-- ことプレイに関して言えば全員が全員天下取れる猛者だと思いますけど、やっぱりフロントマンの凄さってちょっと、言葉が見つからない魅力があるなあって思って何度も見返しました。
R「何の話してんだよ」
-- やっぱり感激したのが、スタジオ内でギャラリーに笑顔で声を掛けるアピールシーンと、イレギュラーなお葬式でのスピーチ。あの2つの場面は永久保存でずーっと見返して生きていくと思います。
R「ははは。あれなあ」
T「ああいう瞬発力というか本番で動じない神経の太さって、昔からだけど確かに誰も真似出来ない事だと思うね」
R「おお、そうなんだよな。…もう一回言ってくれる?」
T「な?こいつこういう事平気で言うキャラだけど、実際キャラじゃないんだよ。まじでああいう事をやれる、ちょっとそこらへんにはいない奴だから。普通事前に考えてたってあんな風に出来ないよ。それをその場で言えるっていう…ちょっと言ってて恥ずかしくなるからやめようか」
(一同、笑)
-- いつでも自信に満ち溢れている竜二さんですが、凹んだり、苦手意識があったり、そういうネガティブな一面はないんですか?
R「うーん、ネガティブ…」
腕組みをして真剣に考えている様子ではあるが、きっと面白い返事を捻り出そうとしているのだろう。そういう空気も、なんとなく分かるようになってきた。
M「だからある意味、その、こないだのビデオにも撮られてたけど、私みたいなネガティブ全開な奴が相談しても刺さらない時があるのは感じる」
-- 刺さらないとは?
M「理解されてないとは思わないけど、もう目線の高さが違い過ぎてアドバイスすら受け取れないというか」
R「それはでも、…ええ、そうか?」
M「三者三様にきちんと言葉をくれるのは間違いないんですけど、うーん、なんて言おうか」
-- じゃあ誰が一番刺さる?
M「それはその時によると思うけど、基本ネガティブな相談は誰にも刺さらない」
R「あははは!」
T「うわー、ダメなオッサン達だなー」
-- 名言出ましたね。『誰にも刺さらない』。
M「うん。ああ、うん、そもそも3人ともネガティブな事言わないもんなあ。私だけかもしれない、愚痴とか文句言ってるの」
-- この4人の中でネガティブな意見が出る時って例えば何? 曲作りとか練習とか?
T「文句言ってるイメージ全然ないけど」
R「うん。こないだのって飛行機の中での事か?あんなんでネガティブなんて思わねえよ。逆にやっぱスゲー真面目に取り組んでんだなーってポジティブに捉えたぐらいだよ。少なくとも4人の中で一番真面目で努力家なのが繭子だと思うけど」
M「えええ。全然知らないだけですよ、めっちゃ言ってますもん!」
-- だから例えば何を?
M「ええ?ええーっと、あ、最近だとあれ、ドラムマガジンのコーナー連載断ったね」
-- ああ、そうだね。どうしてだっけ。
M「上手くなりたいなら練習しろとしか言えない」
-- ネガティブではない!
(一同、爆笑)
笑われた繭子は揶揄われたような感覚なのか、眉をハの字にして身悶えする。
M「なんでなんで、笑う所かなー」
R「いや、うん。本当に凄いと思う。正しいよ。だって俺達がそういう連載とか特集ページで手の内明かさないのも同じ理由だもん。誰だって上手くなりたいし、それを優しく言葉で説明してやる奴がいてもいいと思うけど、俺達は誰にも教わってないし、ただ純粋に自分達の考える格好良さを追求して来たから今があるわけだよ。それをおいそれと他人に伝える気はねえもん。死ぬ気で弾け、死ぬ気で叩け、話はそれからだ」
M「でしょ!?」
T「織江はでもびっくりしてたよ。俺ら3人に思考が寄り過ぎで怖いって」
M「あははは。いやいや、光栄です」
-- 例えば他のプレイヤーとドラムについて意見交換したり、何人かで集まってドラム談義したり、みたいな企画も嫌かな?
M「Billionで?」
-- 例えばね。
М「…ごめん、嫌かな」
R「それも嫌なのか」
М「はい」
T「なんで?」
M「話す事ないですもん、私から。人がどう思ってるかも知りたくないですし。だったらその人がプレイしてる映像かなんか見て盗める所は盗んで、興味ない部分は無視して、とかそんなんで十分です」
R「…お前友達いないだろ」
M「何ですかそれー!」
R「他人に興味なさすぎだよ、ちょっと引くわー」
M「嘘!? やだー!」
(一同、笑)
T「アキラのせいってのもあるんじゃないかな。お前より先にあの場所に座ってたせいで、基準があいつになってんだよ。今更お世辞でもなんでもないけど、大抵の、お前くらいの世代って今でも大体アキラ以下だろ。そのアキラを超えちゃった繭子が今更誰に興味あるんだって言えばもう、世界に数人って所なんじゃないの。ジーン・ホグランとかフロ・モーニエとか、手数と正確さで言うとその辺だけが上にいて、更に言えば誰かを意識して叩いてるわけじゃないっていうスタイルを見れば、誰一人繭子の前には立ってないんじゃないかな」
真剣に耳を傾ていた繭子は、神波の言葉に少し遠い目をした。
M「(善明アキラを)全然超えてはないですけど、でも大成さんがそう仰るなら、そうなんだと思います」
-- (言葉が出てこない)
M「え、引いてる? 自信家とかそういう話じゃないんだけどね。他人に興味がないっていうのも、確かにそうだし、ドラマーとして結局は誰かに似てたり、実力で誰と誰の間くらいみたいな言われ方はあっても、私自身がそこをなんとも思ってないっていう感じなのかな」
-- 引いてません。あり得ないけど、繭子があと3人いたら、4人で話してみたい?
M「んー、ふふふ、面白い事言うねえいつも。ううーんと、でもやっぱり興味ないかな、ごめんね」
R「時枝さんは、繭子と誰かを対談させたいのか?」
-- 正直興味はありますよ。というのも、これだけ凄いプレイを見せる繭子でも、ドーンハンマーの中ではきっちり4分の1なんですよね。存在意義というか。バランスが。
M「うんうん」
-- そこを飛び出て、例えば日本で上手いとされている、まあ仮にタイラー、Dバンドの青山君なんかと一対一になった時って、初めて彼女の凄さがドーンと前に出る気がするんです。青山君が噛ませ犬になると言う意味ではなくて、4分の1じゃない繭子が見れるというか。
M「ああ、なるほど、そういう意味か」
-- うん。単純にギターヒーロー対決、みたいな企画ってみんな好きだし。知ってる誰かと誰かを合わせて化学変化を見てみたいっていう願望もあるし。
R「繭子が外の人間と面白可笑しく話をしてる場面を見た事ないから、見てみたい気もするな、確かに」
T「確かにそれはあるな(笑)。10年一緒にいて思うもん。こいつほんと出不精だし、練習の虫だよな。あの翔太郎ですらちょくちょく人と飲みに行ってるってのに」
M「うふふふ。今翔太郎さんいないから言えますけど、そういうのは誠さんがいたから全然間に合ってたんです。そもそも同業者と話したくないし、練習終わった後は寝たいし、大成さん家に転がりこんで織江さんと飲むか、誠さんと飲むか」
R「飲んでばっかりだなお前!」
M「人の事言えないでしょ!?」
R「違えねえ!」
-- (笑)、お酒好きなんだっけ?
M「弱いけどね。好きは好き」
T「弱くはないよ」
R「そう言えば俺繭子とサシで飲んだことないなあ。翔太郎とどっちが強いの?」
T「お前誰と比べてんだよ(笑)。そらそんなもの圧倒的に翔太郎だけどね。上から翔太郎、竜二、繭子、織江、俺、誠だと思うよ」
M「私竜二さんとサシ飲みしたことありますけどね!」
R「…ごめん」
M「ってかやっぱり翔太郎さんと竜二さんて改めて異常ですよね」
T「うん。特に翔太郎はちょっと心配になるね」
R「あいつはちょっと色々おかしい」
-- そのうちお腹出てきませんかね。
M「え?」
-- え?
T「あ、知らないっけ。あー、え?」
-- え? なんですか?
M「トッキー私達の事詳しいから知ってると思ってた。まあ、あんまし脱がないから見逃してるかもしれないけど、翔太郎さんて身体バッキバキだよ、筋肉」
-- ええええ、全然イメージない。
T「うん、顔とイメージ違うから脱ぐなって言うもん俺」
R「うははは、無茶苦茶言うな。上げて落として!」
-- そうだったんですね。やはり意識して鍛えていらっしゃるんですね。体が資本ですもんね。竜二さんが凄いのは存じ上げてますが、翔太郎さんもですか。大成さんも?
R「こいつガリガリ」
T「あははは」
M「そんな事ないよ、ウソだからね(笑)」
-- 細いですものね。だけど大成さんも腕の筋肉物凄いですよね。
M「私も凄いよ、腕とふくらはぎ」
-- でも細いよねえ。
R「割と身長あるからそう見えるんかな」
M「え? 酷い、今日なんか色々酷い」
(一同、笑)
-- 話変わりますけど、ラジオ出演の依頼って局からですか? 出演者の紹介とかですか?
R「あー、えー、『ゼットン』っていうバンド知ってる?パンクバンド」
-- 名前だけですけど。結構昔のバンドですよね。80年代とかの。
R「そうそう。そこのボーカルが今ソロでやってんだけど、昔から関西行ったら可愛がってくれる先輩でね。最近行ってないから番組に呼んでくれてるんだけど、まさか来月とはなーっていう話」
-- なるほど。
T「殿岡洋平って人知らない?」
-- んんんー。ごめんなさい!
T「いやいや全然。時枝さん物知りだからもしかして、と思っただけ」
M「私も実は喋った事ないんだよ。もちろん関西でライブやった事もあるしゼットンも知ってるし殿岡さんも知ってるけど、実際にちゃんと喋った事ないの」
-- タイミング?
M「それもそうだし、なんかちょっと怖い人っぽいんだよね。織江さんが気を使ってくれてるみたい」
-- そうなんだ。私同行しようと思ってたんだけど、全然彼を知らない私が行くと余計揉めるかな。
R「いやいや揉めない揉めない。あっちもいい年したオッサンだし、丸くなったもんだよ。ただいつも酔っ払ってるイメージあるし、そこらへんのメリハリの無さが織江とはソリが合わねえんだろうな」
T「基本おしゃべり好きの面白い人だけどね。まあ万が一揉めた所で、結局俺らと喧嘩する度胸はないだろう、今更」
R「若いころは勢い余ってってのもあったけどなあ」
-- なんで男の人って喧嘩の話大好きなんですか。いつまでも子供みたいに笑って話しますよね。誰が強いとか、誰がヤバイとか。私の友達で主にパンクバンドの記事を書いてたライターも、それが嫌で辞めたんですよ。メタル畑はまだマシですけど、インディーズパンクとかちょっとした無法地帯ですよ。
T「急に怒られた」
-- 怒ってません。ドーンハンマーは違うと思ってましたが、やっぱり男の子でしたね。
R「多かれ少なかれ男は皆そういう闘争本能を持ってるんじゃねえかな。俺達の場合はそれがないと生きていけない場所で育ったのもあるし」
-- ああ、この話になると記事に出来ないから極力広げないようにしてたんだった。繭子はそういう男の喧嘩話とかどういうスタンスで聞いてるの?
M「あー、あはは。私の立場は偏ってるから参考にならないよ」
-- そうなの?
M「私もだって、誠さんや織江さんから色々聞いて来たからねえ。だけど、本人達から武勇伝みたいな感じで聞いた事は一度もないよ。なんというか、この人達が振るわれた暴力と、彼ら自身が振るった暴力の話はそれこそ大袈裟じゃなくて、私にとっては単なる思い出話に聞こえないんだよね。聞いてて楽しくなる話ばかりじゃないし、力を合わせて困難を乗り越えてきた体験談とかさ、そんな印象を受けるからね。そこには若い時代の竜二さんや大成さんがいるわけだし、それを想像しながら聞くのは好きなんだけど。それでも当たり前のようにさ、楽しかった昔の思い出話のような顔をして、暴力的な事とかが出て来るからさ。興味を持って色々聞いて来た分、きっと人よりは麻痺してると思うよ」
-- なるほど。そういう感じなんだ。暴力が日常って聞くとやっぱり怖いんだけど、武勇伝とか自慢話をする人達ではないんだろうなとは、私も思ってるしね。
M「うん、本人達は全然そういうのはない。でも、本当言うと最初はうんざりした部分もあったけどね」
(一同、笑)
М「だってねえ、喧嘩が好きなわけじゃないし。なんでそんなに皆、暴力的な話ばっかりするんだ?って思ったよ。ただナベさんとかマーさんとかと話しててさ、あいつってこういう所あるだろ?実は昔もこんな事があってね、っていう感じで話始まるじゃない。2人とも話面白いからさ、笑い話なのかなーって聞いてたらめちゃくちゃクレイジーな内容だったりするの。結果今があって、今が楽しいから笑えるんだけどさ、聞いた時はやっぱり怖いなって思う事も一杯あったよ」
-- そうなんだ。怖い物見たさでちょっと聞いてみたい気持ちもあるな。
М「聞いて見ればいいじゃん」
-- えー、どうなんだろう。…やっぱり怖いな。
R「(笑)」
T「黙って聞いてればこれだ」
R「この何か月で喧嘩がどうとか話したのってこないだが初めてだってのによ、この言われようだぜ」
T「もうカタギじゃないみたいに言われてるな」
M「これでも全然オブラートに包んでますよ!誠さんから聞く話が一番生々しいんですけど、もっと付き合いの長い織江さんやナベさん達の方が内容柔らかいのは、やっぱ優しさですかね」
T「そうなんだ?面白いね」
M「他人事(笑)」
R「多分物事の背景とかを知らずに見た事起こった事だけを話すと、生々しい嫌ーな内容になるだろうな」
-- 3人が殴り合いの喧嘩した事あるんですか? ドーンハンマーになってから。
R「ないよな?」
T「あるよ!」
R「え、ねえよ!」
T「お前翔太郎に殴られてるだろ!」
R「あ、…そっちかぁ」
T「人の事言えないけど(笑)」
-- へえー(引いている)。
M「あー、それ見た。見てましたー、超怖かったです。その後竜二さん殴り返すかなと思ったら殴り返さないし、余計なんだろ、辛い気持ちにもなったし」
-- へ、へー。そういう事もあったんですね。でもそこは敢えて聞かないですけどね。
(一同、笑)
R「面白い、今のいいな、いつか使おう」
-- 翔太郎さんってそういう直接的な事しなさそうなんですけどね。
T「そりゃ買い被りすぎだよ。すぐ殴るよあいつ」
R「めっちゃ殴るよ。順番で言うと翔太郎、大成、アキラ、俺、だよ」
T「違う違う、翔太郎、竜二、アキラ、俺だよ」
R「違う違う、はああ? 違う違う」
T「あははは!」
R「いやいや、繭子ー、翔太郎ー」
M「あははは!」


その夜は久しぶりに、子供のような顔で思い出話に花を咲かせるメンバーを見る事が出来た。私はバンドマンが夢や音楽についての思いを語る場面ももちろん好きだが、こういう人となりが見える何気ない笑い話を聞くのも大好きだ。
特にここ最近バンドにとってもメンバーにとっても精神的な消耗が激しい日々が続いていたこともあり、内容がどうであれ少年少女のように大口開けて笑っている姿を見ることが出来たのは喜ばしい事だった。
ただこの日の話の内容と、ラジオ収録当日に起こった出来事を合わせて考慮すれば、彼らの日常には暴力が付きまとっていたという過去の思い出語りが一気に現実味を帯びて聞こえるようになるのは、皮肉な運命だと言えた。



結論から言えば、ドーンハンマーが収録に臨んだラジオ番組は放送されない。
理由はいくつかある。
以前からその様な事が何度かあったらしいのだが、今回ドーンハンマーをゲストに迎えるに当たってより顕著となったのが、メインパーソナリティーであるexゼットンのボーカル殿岡洋平氏を中心に、収録現場の空気が著しく剣呑であった事がまずあげられる。
簡単に言えば険悪を通り越して現場が凍り付く程、揉めたのだ。
同席した私の客観的な感想で表現するならば、「何故誰も警察を呼ばないんだ?」である。
そして何より最大の理由は、殿岡氏が収録日の翌日未明、交通事故によって急逝した事だ。
関係者の証言により、数時間前に氏と騒動を起こしたドーンハンマーのメンバーが事情を聴取された事もまた、公平を期すためには付け加えておかねばなるまい。
そしてもちろん警察の判断として、その晩彼らの間にあった諍いと殿岡氏の死因にはなんの因果関係も認められなかった事も、はっきりとここに記しておく。
それらを踏まえた上で、許される範囲のあらましをここに残そうと思う。
2016年、9月4日。この日の出来事は今も遺恨として残っているかもしれない、殿岡氏のファン、ゼットンファンのためにも、その晩ドーンハンマーとの間に何があったのか、私には伝える義務があると思っているからだ。
収録に臨んだのはメンバー4人と、マネージャーである伊藤織江。そして今回現場が県外であった為にドライバーとして、バイラル4スタッフ上山鉄臣氏も参加した。
そして撮影班という立場で、詩音社の時枝。
殿岡氏がメンパーソナリティを務めるFMラジオ「Garage Life」からは殿岡洋平氏。
女性アシスタントでラジオDJの浮田ナミダ。そして、殿岡氏の付き人してと紹介された30代後半から40代と思しき男性、前田氏。この前田氏の事は今もよく存じ上げないままだ。
こちらとしては後日改めて話をお伺いしたかったのだが、現在も消息が分からないままであり、実を言えば前田氏というのも仮名である。
当日、本番が始まるまでの間に殿岡氏と前田氏にお会いする機会はなかった。
というのもスケジュールの都合上、バイラル4側が大阪に滞在できる時間があらかじめ決まっていたにも関わらず、殿岡氏が遅刻。打ち合わせは局のスタッフとアシスタントを交えて行ったが、収録が始まるギリギリまで本人とは挨拶もできなかった。
生放送ではなく収録の為あちらもそこまで焦ってはいない様子だったのだが、こちらの都合で時間に余裕がないと分かった時、氏は笑顔ながらも「へえ、忙ししいのはええことやな」という言葉どおりの感情では無かったように、私には感じられた。
まず、これは後にあちらのスタッフも浮田ナミダも言っていた事だが、これまで殿岡氏がラジオ収録に付き人を連れて来たことは一度もない。つまり私たちの前に現れた前田氏という男性に対しては、誰もが初対面であった。
そしてまさか収録本番にまで同席するとは誰も予想しておらず、殿岡氏の口から「いやいや、おったらええがな」という言葉が出た時、ドーンハンマー4人の顔つきが少し変わったように、映像を確認した私には見えた。
内心バイラル4の上山氏は面白くなかったようで、「じゃあ俺も参加させてもらおうかな」と言ったそうである。
その時私は別室で準備中であり直接見てはいないのだが、前田氏と上山氏は本番前からバチバチだったそうだ。
部外者からしてみれば、付き人も事務所スタッフも同じような立場に見える。
だが殿岡氏にしてみればドーンハンマーは年下でありキャリア的にも後輩である。
いくらこの10年で人気に差がついてしまったとは言え、そこを無視できるほどドーンハンマー側も子供ではない。そのことを知ってか知らずか、上山氏が申し出た時、殿岡氏はあからさまに嫌そうな顔をしたそうだ。年下の、後輩の、しかもバンドマンですらない事務所スタッフが「しゃしゃり出てきた」と。
そこでグイっと前に出て来たのが前田氏だ。もちろんある程度ドーンハンマーの4人(あるいは初めから3人だったかもしれない)に対しては一定の遠慮はあったようだが、演者でもローディーでもない生意気なスタッフになど容赦はしないぞ、という態度で上山氏に近づいたそうだ。
そしてスタッフの全員が驚いた事に、当の上山氏が顔色一つ変えずに全く引く気配を見せなかった。伊藤織江が声を掛けて外に連れ出さねば収まりがつかなかったかもしれない空気が、スタジオ内に充満していたという。
さすがに事務所スタッフである上山氏の態度をどうこう言う意見もあったが、ディレクターやゲストの了承を得る事なく収録現場に堂々と居座るばかりか、相手側のスタッフに睨みをきかせたのだ。初対面の人間に対し前田氏がどのくらい好戦的な態度だったかは、この場面だけで分かりそうなものである。
ともかく収録はスタートした。
時枝もここからスタジオ内で撮影を開始している。
初めのうちは浮田ナミダの手慣れた進行のおかげもあって、自己紹介、殿岡氏との関係、曲紹介、と滞りなく収録は進んだ。
その間特に前田氏に動きはなく、殿岡氏の後ろに立ってドーンハンマーを見下ろしているだけだった。実際彼がなんの為にそこにいたのかは今もって理由が分からない。分からないが、私にはボディーガードかSPか、そういった役回りの人間に見えた。
何故ならドーンハンマーは昔からとにかく揉め事を起こしてきたせいで、歓迎されない地方やライブハウスが今でも多く存在する。殿岡氏はその時代をよく知っているので、4対1の構図で気遅れしないように強面の付き人を連れて来たのではないか、と考えている。
しかし今回初めて殿岡氏と対面したという繭子の存在もあってか、次第に殿岡氏に明るい笑顔が戻ってきたように見えた。
実際に挨拶以外の言葉を交わすのは初めてだが昔からステージは見ているし、腕前の確かさもルックスも、お酒が好きな所も最高だ、と繭子に対して大絶賛だった。
繭子は繭子で、ようやくちゃんと話が出来て光栄だという事、ゼットンのCDを持っている事など、関西弁を相手に苦戦しながらも慣れないラジオでよく会話に参加しているな、という好印象を持って私などは見ていた。
ところがだ。
繭子の、誰を相手にしても絶対に自分を曲げない実直さが、この晩起きた事件の引金となった事は抗いようのない事実だった。
会話が食い違ったのは、殿岡氏が口にした「それがパンクっちゅうことやね」という決め台詞のような言葉だった。
氏は、やはりこの日も本番前からお酒を飲んでおり、気分が乗ってきた所で何かにつけて「パンクやね」と言い始めた。面白いものもパンク。格好いいこともパンク。格好悪いこともパンク。遊びもパンク。仕事もパンク。男もパンク。女もパンク。アイスクリームもパンク。たこ焼きもパンク。全てがパンク。パンク、パンク、パンク。
浮田ナミダによればいつもの事らしかった。そもそもゼットンはパンクバンドだ。
会話の端々に自分の好きなもの、自分の人生のキーワードを放り込んで面白おかしく話を回す事になんら不自然さはないし、むしろ関西人のノリとバンドマンのプライドが合わさり、ラジオパーソナリティーとしてもノッテ話が出来ているこの場面は、キナ臭い始まり方をした今日の収録で1番和やかなムードが出来上がった瞬間でもあった。
そんな時、繭子が言った。
「でも私、パンクっぽい事とかそういう人って、実は苦手だったりしますねー」
もちろん悪気などない。空気が読めないようなバカな女でもない。
ただ、我慢が出来なかったらしい。
繭子の言葉に一瞬場が白けた。
しかし浮田ナミダが大袈裟な笑い声をあげて、「あああ、分かるわぁ、それもー」とフォローを入れたおかげで、その場は収まるかに見えた。だが殿岡氏は笑顔を浮かべながら、こう聞き返す。
「どういう意味?」
池脇が助け舟を出す。
「まあまあ、トノやんみたいな男とそこらへん歩いてるファッションパンクスはやっぱ全然意味合いがちが…」
「ちゃう、お前に聞いてないねん。どういう意味?」
椅子の背もたれにふん折り返っていた殿岡氏が前のめりになって繭子に顔を近づける。
無視された池脇の顔が変わる。そんな池脇と、殿岡氏を冷ややかな目で見つめる伊澄の二人を、上から前田氏が睨みつけている。その前田氏を、サングラス越しではあるが神波が見上げている。
以下、繭子の語った思いである。
「私昔っからパンクロックって音楽ジャンルとして聞いた事なくて、どっかでその人達の人生を読んでるような、聞いてるような感じだったんですよ。だから人に興味がないとそのバンドにも興味が持てないっていうか。そういうのって音楽ジャンルとしては珍しいと思うんですよ。ロックとか私らがやってるメタルって、格好良ければ相手の姿がわからなくても聞いただけでゾクっとくる瞬間、あるじゃないですか。でもパンクロックってやっぱり『人』だなって思うんです。だから逆に、パンクっぽい物とか人とかファッションとか、そういう表面を形作る何か、言葉で表現出来る何かが、すごく嫌なんですよね。昔からルーザーズパンクとか言うじゃないですか。そういう、負けたやつの音楽とか弱者の為の音楽とか、あるいはそういう立場の代弁者みたいな、ノリというかカテゴライズされた枠も苦手です。出来なくてもいいとか、下手でもいいとか、初期衝動さえあれば格好いいとか。それってパンクなの?言い訳じゃない?ってずっと思ってましたし」
そこまで言い終えた繭子に、
「今日お前辛いなー(辛口だな)」
と笑って伊澄が突っ込みを入れた。
彼なりのブレーキだったと思うのだが、繭子は何故か立ち止まろうとしなかった。
その理由は以下の通りだ。
「そうですか?こないだ、タイラーと対談したじゃないですか。私ちょっと、うるっと来ちゃったんですよね。彼女達の直向きな真面目さとか苦悩とか、それでも笑顔を絶やさない強さとか。今、彼女達が全力で取り組んでいる音楽っていわゆる先駆者がいないと思うんです。だから前が見えないと思うんですよ。メタルか、アイドルか、色物か、本物か。自分達は間違っていないか、誰かをバカにしてないか、好きなことを本当にやれてるか。彼女達の笑顔にそういう思いが全部見えた気がして、たまらなくなりました。やっぱり、音楽って人だなって思うんです。だから余計と…」
「さっきから何ベラベラ喋っとんねん、長いわ」
いきなりそう口を開いたのは前田氏であった。
さすがに殿岡氏も「やめとけお前、あほか」とやんわり諫めはしたものの、顔には笑みが浮かんだままだった。繭子は特に怒りもせず、鼻からため息を逃がして口を閉じた。
浮田ナミダがここでも助け舟を出している。
「へー!タイラーってあのアイドルの子らやんねえ、今めっちゃ人気ある。ちっちゃいのに頑張ってると思うわぁ。言うてみたらあの子らもパンクなんちゃいますー?」
殿岡氏は浮田を一瞥し、
「いや、知らんけども」
とにべもない。
「え、なんなん、繭子はパンクの何を知ってんの?逆に今自分が言うた、全否定的な考えがパンクバンド以外には当てはまらへんって本気で思ってんの?パンクロックにどんだけの人間が励まされてきたと思う?」
「いやいや、だから私が言ってるのは」
「ちゃうやんちゃうやん、お前自分のジャンル棚に上げんなや。下手なメタルバンドかておるやろが。こっちも死ぬ気でやってるパンクマンなんぼでもおるわ。目の前に連れて来たろか?」
「えーっと、そういう事ではなくて」
そこでもまた前田氏が口を挟んでくる。
「いやお前聞けって、今洋平さんが喋ってるやろが。何お前言い訳しようとしてんねん」
沈黙。
繭子が下唇を噛んで下を向く。誰も言葉を発することなく、殿岡氏だけが微笑っている。
私にはその状況が不気味に思えて仕方がなかった。
腕組みしたまま動かない池脇、伊澄、神波の3人が、このまま黙って終わるとはどうしても思えなかったからだ。スイッチはきっともう既に入っている。あとは切っ掛け待ちに見えた。
「だからな、繭子がどんだけ偏った意見を持っとって、俺らをどう思おうが別にかまへんけどや、そもそもお前にパンクを語る資格なんかないんちゃうんか。タイニーなんたらなんかどうでもええねん。お前なんか全然パンクちゃうわ。お前らもそう思わんけ?」
そこでようやく殿岡氏が繭子から視線を外して男達に話を振った瞬間、
「思わねえよ」
と池脇が即答した。
「はあ?」
と殿岡氏。
「下らねえ、泡吹いて何をグダグダ。あのよう、テメエの言いたい事を言いたいように言う、それがパンクなんじゃねえのかよ。資格がなんだ言う前によ、女相手に粋がってるお前のどこがパンクなのか教えてくれよ」
「何じゃあお前コラ!」
前田氏が身を乗り出して叫ぶ。
「いやいやお前さ」
伊澄が前田氏をはっきりと指さして言う。
「お前さっきから何なんだ。と言うかまず誰だよ」
浮田が半泣きの顔で「ちょっともう、やめてよ~」と止めに入る。
「あんたはここから出てくれる?」
と神波が浮田を見ながら言う。サングラス越しなので表情が読めず余計に怖い。
浮田は何も言わず席を立つ。
「おいおいおいおい、仕事仕事、どうすんねんこれ」
殿岡氏が少しだけ焦った様子を見せて、場を見渡す。
下を向いたままの繭子が小さな声で言った。
「ごめんなさい」
その瞬間だった。それが、伊澄にとってのスイッチだったようだ。
ドーン!と音がして、伊澄が左腕で机をぶっ叩いた。
衝撃で机の上にあった書類が何枚か下に落ち、飲み物の入ったカップが一つ倒れた。
繭子の体がビクっと震えた。
「そんな簡単に謝るくれえなら喧嘩なんか売ってんじゃねえよ!」
こんなボリュームで声が出せたのかと思うくらい、伊澄の口からは聞いた事のない怒声だった。少なくとも私には、彼が本気で怒っているように見えた。繭子は何も答える事が出来ず、目を閉じた。
「はあ?何?お前ら喧嘩売ってんの?」
前田氏がそう凄む。見下ろされている事に我慢の限界が来たようだ。池脇と神波が立ち上がる。
「よし、売ってやるよ。絶対買えよお前ら、特にお前」
神波が前田氏に顔を近づけて言う。早く殴って来いと言わんばかりの距離だ。
「お前もゼットン今すぐ連れて来い!今日またここで潰してやるからご自慢のパンクスありったけ連れて来い!」
池脇が殿岡氏に向かって吠え立てる。殿岡氏は酔いがさめた顔で腕組みし、大きなため息をついた。
「あのなー、お前ら誰に言うてるか分かってんのか?いつまでもええ年こいてキッタハッタやってんちゃうぞ」
「おいおい、今更芋引いてんじゃねえよ。いいから呼んで来い、能書きはいいからよ」
「やるぞ喧嘩。俺らは引かねえからな。少なくともお前らは2人とも今潰す」
「こいつがしょうもないイッチョカミ垂れてくるから悪いんちゃうんか、お前黙ってんちゃうぞコラ!」
前田氏が繭子に向かって叫ぶ。繭子は俯いてこそいるものの泣いてはいなかった。前田氏の言葉に顔を上げた繭子は、彼ではなく殿岡氏に向かってこう言った。
「やっぱり、私間違ってないです。謝ったの撤回させて下さい」
すると腕組みを解いて伊澄が立ち上がり、殿岡氏の頭を掴んで引き寄せる。
「そういう事だよ。これっきりだなトノやん。俺達が誰だか忘れたか。相手見て喧嘩しろって前にも言ったろ。なあ、…おい、…俺を見ろ!」
伊澄の言葉に、殿岡氏の顔が初めて青ざめた。



上山氏がスタジオに飛び込んで来る。
伊藤織江と局の従業員が止めに入る。
泣き出す若い女性スタッフ。
見ないふりを決め込む浮田ナミダ。
飛び交う怒声。
物がぶつかり合う音。
上山氏が繭子を連れ出した。
繭子は悔しそうな顔で一度だけメンバーを振り返り、退出した。



確かに、これだけのことがあったのだ。
まさかその翌日に殿岡氏を悲劇が襲うとは誰も予想駄にしなかったが、警察がドーンハンマーに話を聞きたくなる事情も理解できる。だが忘れてならない事実を書いておくと、その後繭子を除いたドーンハンマー3人と殿岡氏は、夜の繁華街へ飲みに出かけている。
後にメンバーから聞いた話だが、ドーンハンマーと殿岡氏は過去にも何度か衝突している。
その時もゼットンのメンバー含め、喧嘩の後には関係を修復すべく必ず飲みに出かけるのが習慣となっていた。つまりは彼らにとってこの程度の喧嘩は大した問題ではないし、それは殿岡氏にとっても同じの筈だというのがメンバーの見解だ。
「これっきりだな」と言った伊澄の言葉が記録されているが、こちらに繭子がいる以上またどこかで一緒に仕事をする事はありえない、という意味で言ったのであって、もう二度と会わないつもりで放った言葉ではなかった。実際その直後に飲みに出かけているのだから、嘘ではない。ただそこに前田氏の姿はなく、その後も彼がどういう素性の人間なのかは分からいままだ。
結局ドーンハンマーはスケジュールを変更してまで殿岡氏と飲み明かし、別れたのは始発が走り始める時間になってからだった。
上山氏の運転する車に乗って東京へ戻ってくるや否や、伊藤織江の携帯に連絡が入る。
横断歩道を歌いながら渡っていた殿岡氏を、左折してきた黒のワンボックスが跳ねたらしく、ほとんど即死だったそうだ。
たまたまその日、上山氏が用意していた移動車が黒のワンボックスであった事もまた、彼らが呼び戻される原因の一つであった。



『ジャンルは違えど間違いなく、我々と同じ時代を生きた戦友であり、
飲み仲間であり、喧嘩仲間であり、音楽馬鹿であり、たこ焼きマンであり、
そして、バンドを可愛がってくれた数少ない先輩でもありました。
関西を代表するパンクマン、「ゼットン」の殿岡洋平氏に、
心よりご冥福をお祈りいたします。R.I.P』

━ ドーンハンマー、バイラル4スタッフ、詩音社編集部一同。

連載第23回。「歌のチカラ」

2016年、9月18日。



URGAが再び遊びに来ると聞いて、バイラル4スタジオへ。
メンバー4人の前で行われた、忘れる事の出来ないあの夜のプライベートコンサートから早くも4ヶ月近くが経とうとしている。一つの季節を跨いでいる事実よりももっと、ここでURGAと4人を一緒に見るのがとても懐かしい事のように感じる。
彼女の到着予定時間に合わせて早い時間に練習を終えた池脇達4人だったが、外で食事をとっているとうURGAと伊藤織江を迎えに行くと言いい、神波一人スタジオを出たそうだ。スタジオにいた池脇に声を掛けて話を始めた所へ、伊澄と繭子が途中参加で輪に加わってもらう形で、今回の収録は始まった。


-- お疲れ様です。
R「お疲れさん。え、もう来た?」
-- まだです、先ほど大成さんがお車で出て行かれるのを茫然と見送りました(笑)。
R「ああ、迎えに行ったのかな」
-- なるほど。少しお話しても良いですか?
R「いいよ」
-- 次回作の制作が順調に進んでいるとお見受けしますが、今回もこれまで同様セットリストの先出し、といった印象でしょうか。
R「コンセプトらしいコンセプトを設けないっていう意味ではずっとそうだからな。ただ今回一番初めに出来て、次回作用にレコーディングした曲が多分、これまでの中で最速のリフを持ってんだよ」
-- 『BATLLES』ですか?
R「そうそう。あの曲はどちらかと言えば、爆走というよりテクニカルな部分が前に出るナンバーだし、アルバム全体を見た時にどちら側に振ろうかっていう話で揉めてんだよな。曲自体はもう、しつこいけど、あるから」
-- 選ぶのが難しいわけですね。
R「そう。ただ選べば良いってもんでもねえしな。曲のストックがあるっつっても、そこからレコーディングして肉付けしてく段階でめちゃくちゃ印象変わる事が多いし、出来上がって見れば全然思ってた曲と違うってなる事もあるしな」
-- なるほど。どちら側に振る、というのは?
R「テクニカルな部分を強調していく方向で曲を増やすのか、『BATLLES』だけ特別なキラーナンバーとして浮き立たせて、従来通りの爆走系で埋めていくのかって」
-- それは迷いますね(笑)。前回は7:3くらいで爆走系でしたが、心境の変化もありますか?
R「色々、思う所はある」
-- そうなんですか。
R「爆走系とは言いながらさ、別に簡単な曲を選んでやってるわけじゃねえもんな」
-- それはそうですね、今日本であなた方の曲をコピーできるバンドはいませんから。
R「それは分かんねえけど、そういう中で見ても『BATTLES』ってやっぱり特別なんだよ。やり切ってると思うし。ただそういう曲をせっかくやれるバンドなのに、特別扱いしてていいのか?って」
-- それを当たり前のように量産出来るバンドでいたいと。
R「ああ。どっかで何も考えらないぐらい、ひたすらワンフレーズを鬼みたいな速度で引き倒す曲も、やって楽しいし好きだからな。迷う」
-- バンドの真骨頂はそこの気もしますし、難しいですね。贅沢な悩みだなあって気がしなくもないですけど。
R「普通だろ」
-- 出来る事が多いバンドですもんね。でも迷い甲斐がありますよね。
R「そうだな。ただやっぱPV撮影は大きかった。今更こう言っちゃあなんだけど、まさかのまさかだったんだよ、俺達にしちゃあ」
-- 『COUNTER ATTACK : SPELL』という選曲がですか?
R「びっくりだよ!ただもう作っちまっただろ。あんたが言ったみたいに、今後あれが世界的には俺達の顔になるわけだよな。そこへ来年3月に新作を出すと。やっぱそっち系を期待されんのかなって。でも時枝さんが言うような、俺らが自然な流れでアルバム作ったら7:3で爆走系になるんだよ」
-- なるほどなるほど、PVの件も関係してくるわけですねえ。今の段階だとどちらが優勢なんですか。
R「まだどっちでもねえなあ。単純に今演りたい曲を並べてみて、そこからちょこちょこ変えて行こうかって話はしてるけど。だからそういう意味で言うと一応、考えてはいるよな。そこはこれまでと違うかな」
-- テクニカル系の曲と爆走系の曲と、どっちが楽しいですか?
R「俺? 歌に関してはどっちも面白い。ただ役割分担って言葉をイメージする事が多くてな。爆走系って、特に後半一本調子な歌になりがちなんだよ、ならないように気を付けてはいるけど。でも単純だけどやっぱ最高に燃える。その点テクニカルな曲になるとどうしても歌パートに割く曲中の割合って狭いんだよ。そこで無理くり歌いこなす面白さもあるし、曲の構成力とか組み立ての妙技みたいな所でも楽しめるだろ? そういう時って真ん中に立ちながら、うちの奴らってホント良い仕事するなあって惚れ惚れしてたりすんだよ」
-- あははは、素敵なお話ですね。
R「違った楽しさがあるよな」


伊澄と繭子がスタジオ内に戻ってきた。
ソファーに腰を降ろして一息ついた伊澄へ、こんな質問を投げかけて見る。
-- お疲れさまです、翔太郎さん。次回作に収録予定の『BATLLES』は翔太郎さんの作曲ですが、ご本人としては爆走系とテクニカル系の曲ってどちらがやりやすいんですか?
S「…」
考えている様子。
伊澄の横に繭子が腰を降ろす。手にはラベルの無いペットボトル。中には透明の液体。
-- お疲れさまです。
M「お疲れさま」
S「やりやすいって?作曲しやすいってこと?演奏?」
-- 失礼しました。作曲しやすいのはどちらかという事です。
S「作曲だとただ速い曲かな。極端な事言えばリフが2つしかなくても曲に出来るから」
-- なるほど。
S「ただ俺の場合リフから入るのがほとんどだから、気が付いたら短いリフばっかりを連続して繋ぐみたいな曲が出来上がったりするんだよ。そういうのが『SPELL』みたいな奴」
-- あの曲は本当にびっくりしましたよ、初めて聞いた時。
S「なんで?」
-- 昔のアルバムから順序立てて聞いていくと、失礼ながら、本当に色んな顔を持ってるバンドだな、というのが分かりますよね。ハードコア的な要素もあり、勢いと激しさに重点の置かれた『FIRST』ら始まって、卓越した技術を引っ提げてのメロデス系があり、そこを経てまさかの爆走系へシフトチェンジです。メロデスから更に速く重くなったバンドを私他に知らないので、当時あまりの格好良さに震える程感動したんですよ。チルボドと比較されてる記事を読んだ事ありますけど、私は全然違うと思ってます。チルボドは明らかにメロデス時代の方が曲のクオリティ高かったですから。曲の質よりもサウンドのクオリティや流行のノリを重要視したおかげで消えていったバンドが山程いる中であなた方は…、脱線しましたがそこへ来て前回、更に磨きのかかったテクニカルな要素をこれでもかと入れて来るって、もうどんだけ引き出しの多いバンドなんだよ!って。
S「持ち上げるねー」
M「あはは、語る語る(笑)」
-- はい、私はこういった変遷を大歓迎するタイプですが、ファンの中にはきっと「前の方が良かった」っていう人も出て来ると思うんです。そのくらい、色んな顔を持っているバンドだと思います。SPELLに関してはアルバム曲なので面白いという捉え方が出来ますが、「SPELLみたいなアルバム」を作った時、どんな反応が返って来るか怖くなりませんか?
R「あー、ははは、なるほど」
S「そりゃまあ、曲を書く人間としては考慮する所なんだろうけど、別に怖くはないよ。どういった曲が並ぶんであれ、少なくとも俺は格好良いと思う曲しかやらないし」
M「ふふん。身もふたもないですよ、それじゃあ」
-- 先程竜二さんともお話しましたが、もうすぐ世界的にはドーンハンマーの顔がSPELLになります。その先アルバムを出すにあたって、迷ったりされませんか?
S「俺が? どうだろうな。ソロアルバムじゃないんだし、もちろん皆の意見は聞くよ。ただなんとなくだけど、蓋を開けてみれば何にも変わらねえなって言ってる気がする」
R「それ笑って言う事か?駄目なんじゃねえの?」
S「いや、良い意味でよ?今言えるのは曲自体もそうだけど、演奏とか構成力ってここへ来たまた各自のスキルが上がってると思うんだよ。特に大成がウチにいる意味は大きいよ。いい加減あいつに頼らなくても自分が思う通りの音を作れなくちゃいけないんだけど、あいつのフィルター通して出て来る音聞いちゃうと、ああ、これでいいじゃんもう、ってなるし」
R「あははは」
M「分かります」
-- 例えばどういう事ですか?
S「例えば、『BATLLES』なんかもそうだけど、俺がひたすら無茶なリフを書いたわけ。超マゾい奴。あれって最初っから最後まで俺だけずーっと弾きっぱなしでも良いんだけど、それだともうサーフコースターズみたいに聞こえるんだよ」
M「ははは!これ分かる人いるかなあ。めっちゃ笑えるんだけどな」
-- 速度とピッチ間隔が全然違いますが、分かりますよ(笑)。
S「そこを大成と繭子でどうデスラッシュに仕上げるかっていう段階でさ、例えば俺なんかはもう一個並走する音で厚みが欲しいなって思うわけ」
-- 竜二さんのサイドギターですね。
S「うん、でも無理なわけ。こいつが俺と並奏しながら歌うとか」
-- あははは!あ、ごめんなさい。
R「いやいや、そもそも弾けないってあんなの」
S「俺はだから迫力とか音の厚みとかを考える時どうしても、音を足す方向で考えるけど、大成は俺の音そのものを変えて来るんだよ」
-- ああ、なんか凄いですね、そこから変えて来るんですね。
S「うん。前もちらっと言ったと思うけど、音が見えてるとそういう発想がポンと出て来るんだよ、あいつは。リフとか速さとかは全く弄らないし俺の好きなようにやらしてくれんだけど、音はホントに変えてくるよ、凄い要求される。けどその通りやるとしっくり来るんだよな。大成も繭子も絡んで来やすいみたいだし」
M「格好良い音というよりも翔太郎さんの音じゃないと、私達も絡み辛いのってあるんですよ」
S「それちょいちょい言うけど俺意味分からないもん」
M「あるんです、なんか(笑)」
-- 大成さんもそう仰るんですか?
M「どっちが格好良く聞こえるって言われたら、翔太郎が一人で弾いてる方がクリアな分ズッシリ聞こえるって。音を足すと、はっきりと『足した音』に聞こえるからっって」
R「言わんとしてる事は分かる」
S「俺分かんねえ」
R「ダブルボーカルって際立つけどよ、あ、ダブルボーカルになったって、聞いた瞬間気付くだろ?」
S「うん」
R「そこに気を取られたくないって意味なんじゃねえかな?」
S「ああああ、今分かったわ。え、それで絡み辛いって言われたらお前の立場ないな」
R「あ」
M「全部じゃないですよ!」
(一同、笑)
-- 凄い細やかな話ですね(笑)。でもそれ、どういう世界が見えてるんだろう、大成さんて。ちゃんと聞いてみないといけませんね。
S「で、なんだけっけ。そうだ。結局さ、どういうタイプの曲を作ったとしても、間違いなく前回を飛び越えるクオリティには仕上げるから、爆走とかテクニカルとかそんな枠組み意識しなくても大丈夫だと思ってるんだよ、俺は」
-- なるほど。心強いお言葉ですね。
S「結局一番美味しい所は全部竜二に持ってかれるしな」
M「それも、分かります!」
R「嫌なんか!」
(一同、爆笑)
繭子が携帯を取り出して確認する。
M「お、予想より早かった。ご到着です」
R「めちゃくちゃ久しぶりな気がする。アレ以来だろう?なんか緊張する」
伊澄が背伸びをしながら素直に頷く。
ドアを隔てた廊下の奥から、微かに、少女のような明るく高い笑い声が聞こえて来た。



「ハロー!エブリワン!グラッド・トゥ・シー・ユー!アゲイン!」
両手でドアを開け放ち、頭上高く手の平を掲げたままURGAが入って来た。
薄いピンクのドレスに、黒のコートを羽織っている。
明るい笑顔、明るい声、温かな眼差し、お芝居のような英語、そして完璧な発音。
真っ直ぐに伊澄の前へ歩てくると、そのままハグ。立ち上がった池脇にもハグ、繭子にもハグ。気遅れしてしまう私が深々とお辞儀すると、笑って「なんだよー」と彼女は言った。後から遅れて神波と伊藤織江が入ってきた。
「めっちゃくちゃ会いたかったです、URGAさんに」
繭子が笑顔で両手を広げると、URGAは下から彼女を覗き込んで、
「本当ー?じゃあ、会いに来いよー、ヨーロッパまでー!」と言った。
「あはは、ほんとですね、行けばよかった」
「翔太郎君も会いたかったでしょー?」
当たり前のようにそう言うURGAに、伊澄は苦笑を浮かべて「ああ、はい」と答える。
「この温度差がもうなんか、懐かしいね」
この日は特に何か用事あったわけではないという。ただお互いが海外へ行っていた事もあって、積る話に際限なく花を咲かせたり、お酒を飲んだり、突然歌い始めたり、踊り出したり、お腹を抱えて笑ったり。そんな気軽で気の置けない友人同士の語らいの夜だった。
私はそこを分け入って水を差す気はさらさらなかったので、こちらから何かを質問する事を密かに禁じていた。普段は全員揃って応接セットのソファーに座っている事が多いのだが、今日は何故か各自色んな場所に離れて話をしている。
PA室では神波と真壁がBGMを選曲している。
入口付近では池脇と伊藤織江とスタッフの渡辺が缶ビール片手に談笑している。
楽器セットの中ではドラムに座った繭子の側にスタッフの上山が立ち、真剣な顔で何かを話している。
今ソファーに座っているのは、伊澄とURGAのみであった。
私はこの時会社からの電話に出ていて席を外している。
伊澄の横に腰かけたURGAは、敢えてそうしているのかとても小さな声で話を始めた。
「元気だった?」とURGA。
「ちょっと前に、PV撮った」と伊澄。
「うん、聞いた。ファーマーズだってね、凄いねえ」
「恵まれてると思うよ」
「いつ見れるの?」
「もうすぐかな。タイミングがあるみたい、発表の」
「へー、まだデータ貰ったりもしてないんだ?」
「まだね。うん」
「今度私に曲書いてよ」
「え?」
「翔太郎君の書いた曲に詩を乗せて、歌いたいんだよ」
「PVの話終わった?」
「終わった」
「びっくりした」
「書いてくれる?」
「それは何、今度はお前の番だろ、的な」
「的な。…嘘。違うけど、向こう(ヨーロッパツアー)でね、そう考えてたの」
「そうなんだ。ウチ(ドーンハンマー)でってこと?」
「ううん。伊澄翔太郎でってこと」
「へー。うん。全然構わないよ。気に入るか分からないけど、書くよ」
「本当?」
「うん。ゴリゴリのスラッシュメタルナンバーをプレゼントする」
「あははは。両手でマイク握って、絶叫しなきゃだね」
「あはは、うん、いいね」
「え、真剣にだよ?」
「分かってるよ、ちゃんとやる」
「ありがとう」
「これ、内緒の話じゃないよな?」
「…できれば?」
「撮ってるよ、あれ(カメラ)」
「あーっ。そーだったー」
「あはは。言えばちゃんと消すよ、あの人は」
「ううん、どうせ発表して音源化したくなるだろうし」
「じゃあ、ノーギャラでやります」
「イーエス!助かる!」
「あはは、嘘つけって」
「ねえ?」
「うん」
「元気だった?」
「元気だよ」
「…うん、そうか」
「そっちは?」
「元気だった」
「そっか」
「ごめんね、変な電話して」
「別に。こちらこそ、ご要望に答えられなくて。…怒ってないからな」
「え?…あー、はは、そうか、オリーか」
「何日くらい行ってた?」
「2週間ぐらいかなぁ。もう先々月なんだねえ、まだついこないだな気がする」
「な。俺らも2週間だった。何カ国?」
「んー、5?」
「うは。凄いな。バンド連れてった?」
「流石に全部の国は無理だったけど、いくつかはフルで演奏したよ。あとはギタリストと2人だったり、ピアニストと2人だったり。あ、現地のミュージャンとも共演したんだよ」
「へー、楽しそう。目に浮かぶよ。色んな形で音が出せて、その全部で歌が歌えるって、幸せな事だよな。普通はそんな体験出来ないよな」
「うん、そうだねえ。凄いね、私も同じこと思ってたよ。空き時間にね、私いつも空を見上げてたの。どこの国にいても、空の模様は同じでしょ。だから心細い時に、見慣れたものを見たくなるの。あー、今日はバンド編成だから豪華な音が出せるなー。あー、今日は2人っきりだけどパワフルなステージにするぞー。あー、初めて会う人達と1回のリハだけでライブを作るのかー、凄い事だなー、大変だー、でも幸せだぞー?って」
「あはは。あんたはどこに行っても、誰といても変わる必要がないもんな。URGAさんさえいれば、そこには歌があるもんな」
「そうだよ。凄いでしょ」
「凄いな。空を見れない時は、鏡で自分の顔を見れば変わらない人がそこにいるって事だ、じゃあ」
「レディに年の話はしちゃいけないんだって」
「折角褒めてんのに!」
「あははは。あー…」
「ん?」
「何でもない」
「何だよ」
「間違えた。何でもない」
「そう」
「そ」
カメラの前を時枝が横切る。
切りましょうか、という私の問いにURGAがにこりと微笑んで首を横に振る。
「ありがとう。大丈夫」
そこへ、池脇が近づいて来た。
「URGAさんちょっと良いかい?」
「良いよ」
「…いや、じゃなくて。…ちょっと顔貸して」
「ちょっとー!何よその下手くそな誘い方は!」
ぎこちない池脇と若干照れたようにも見えるURGA。
二人のやりとりに思わず伊澄も笑い声を上げる。
「時枝さんも、カメラ持ってついて来てくれる?」
-- あ、はい。
池脇の真剣な口調に、URGAは少し緊張を帯びた笑顔を浮かべる。
「お、なんだなんだ。今?」
「そう」
悪いな、と池脇が伊澄に向かって言う。事態を掴めてはいないが、特になんの感情も浮かべず両手の平を上に向ける伊澄。いきなりの事でまごついた私の段取りが悪く、三脚からビデオカメラを外す前に、池脇とURGAがスタジオで出て行ってしまった。
どこに行けば良いんですか?と聞きそびれて慌てる私の質問に伊澄は首を横に振る。
そこへ伊藤が近づいて来て「会議室」と教えてくれた。ありがとうございますと答えるや否や、カメラを引っ掴んで小走りに向かうと既に池脇とURGAが待っていた。



「回ってる?」と池脇。
-- 今、回しました。
会議室内のテーブルには、URGA一人が席についていた。その傍らには池脇が立ち、不思議そうに自分を見上げるURGAとカメラに視線を行き来させる。時枝がドアを閉めると、急に静かになった。
「えーっとー。何から言おうかな」
池脇の声に緊張感はないが、本当にどう切り出すべきか迷っているように感じられた。
本番に強くアドリブに瞬発力のある彼にはあまり無い事だった。
URGAは急かす事もせずただ黙って彼を見上げている。
「前に、URGAさんがここで歌を歌った日に言われた事が、なんつーか引金になったというか。自分でも思ってもみなかったくらい、嬉しかったんだよな。そのー、たまにびっくりするくらい良い歌詞を書くって、言われた事が」
「うん? …うん」
「俺はどっちかと言えばそういう、人に届ける歌詞を避けてきたし、意識して書くっつー事が出来ないんだよ。だけど、自分の中にある感情が誰かの胸に届くって、やっぱり良いもんだなって。特にURGAさんに言われた事が、嬉しくて」
URGAがカメラを見やって、ニッコリとほほ笑む。そして池脇を見上げて、「うん」と頷いた。
「それでそのー、まあ、結局何が言いたいかってーと、これが最後、本気で、俺にとって意味のある詞を書いてみたんだよ」
カメラを構える手が興奮で震えるのが自分でも分かった。
「それを、アンタに見て欲しくて」
池脇の言葉に、URGAは頬を染めた。両手で口元を覆い「うわぁお」と感嘆の言葉を漏らす。池脇が財布を取り出し、中から折りたたんだ紙を取り出した。
「びっくりしたなぁ。絶対告白される流れだよーって思ってたら、これあながち間違いじゃないんじゃないのー? どーなのよこの流れー!」
カメラを見ながら、務めて明るい声でお道化た口調を崩さないものの、URGAの照れは本物であるように思えた。
「ちょっと汚いけど」
そう言って広げたB5サイズの紙を池脇から受け取るURGA。
「他のメンバーはどんな反応だったの?」
「まだ見せてない」
-- うわ。
思わず私まで声が出てしまった。
「ちょっと、どうしようか」
そう言って彼女はカメラを見る。嬉しくてたまらない顔をしている。
-- (私だって見たい。読みたい)
「今読んでいいの?…分かった。真剣に書いたやつだね?」
無言で肯き、腕を組んでテーブルに座る池脇。
「じゃあ。お言葉に甘えて。…うわ、全部英語か」
そう言って真剣な眼差しを、白い紙に向けるURGA。と、いきなり彼女が笑い声をあげる。
「え、真剣なんだよね?」
「なんだよ」
「一行目からさあ、『格好良い俺でごめんな』って読めるけど」
-- (笑)。
「馬鹿にすんなら終わりにするけど」
「ごめんごめん。…いや確信犯でしょこんなの。じゃあ、改めて」
1分も経たないだろうか。
微笑みを浮かべて読み進めていたURGAの顔が、いきなり色を変えた。
無表情になったかと思えば、サッと、突然手に持っていた紙を太ももの位置まで下げた。
池脇を見上げ、睨むような顔になる。池脇はただ、そんなURGAを見下ろしている。
ゆっくりと紙を持ち上げて、再び視線を戻すURGA。
そして、静かにURGAの横顔にズームしたカメラが、不自然に揺れた。
カメラが寄った瞬間、URGAの目から涙が流れたのだ。
パシ!と音がするくらい、乱暴に紙を降ろしたURGAは、震える目で池脇を睨みあげた。
「どういう、つもりなの?」
「…何が」
そこでようやく、池脇は自分の想定していたURGAの反応と実際が遠くかけ離れている事に気がついたようだった。
「なんでこんな事するの?」
「なんだよ。何がだよ」
ドン、と机の上の池脇の書いた歌詞を叩きつけるURGA。
明らかにカメラも動揺している。池脇がカメラを見た。
URGAが立ち上がり、会議室を飛び出して行く。
-- 何したんですか?
「何もしてねえだろうが」
-- 追いかけた方が良くないですか?
「あ、ああ」
その時、廊下の奥からURGAの叫び声が聞こえて来た。
翔太郎君!来て!…翔太郎!
明らかに怒っている。ボーカリストであるURGAが出して良い声のトーンではない。
池脇とカメラは顔を見合わせ、困惑。そこへ伊澄を連れたURGAが会議室へと戻って来た。
「なんだよ。何、皆すげえビックリしてるけど」と伊澄。
「翔太郎君も知ってたの」
「何を?」
URGAがテーブルに置かれた紙を拾い上げて、伊澄の胸にパシっと押し付ける。
「おいおい勝手な事すんなよ」
そういう池脇を、URGAが睨み付ける。カメラに背を向けているので分からないが、URGAの顔を見返した池脇は何も言えず、勝手にしろとばかりに不貞腐れた表情を浮かべてテーブルへ戻る。
「何これ」
伊澄がカメラである時枝に尋ねる。
-- えーっと。
「俺が書いた歌の歌詞だよ。それを今この人に読んでもらってた所」と池脇。
「それで?」
「それだけ」
「はあ?」
「なんで怒ってんのか全然分かんねえ」
「読んでよ」
自分の胸にぐいと押し付けて来るURGAの手から紙きれを受け取り、伊澄はそれを広げて覗き込むが、「…読めない(英語が)」とひと言そう言って、池脇にその紙を返した。
URGAは呆れた顔でよろよろとテーブルに歩みより、倒れ込むように椅子に座るとそのままテーブルに突っ伏した。尋常ではない彼女の様子に、伊澄は池脇を見やるが、その池脇本人も事態が全く呑み込めないでいる。
ドン!とURGAがテーブルを叩いた。
空気が張り詰める。
織江呼ぶか?という伊澄の言葉に、池脇が声なく頷く。
程なくして伊藤織江が現れ、事情を聞いた彼女が池脇の歌詞に目を通す。
何行か視線を走らせた彼女もまた、途中で紙を眼前から下げて池脇を見た。
「これさぁ」
池脇が頷いた。
伊藤は再び歌詞に目を戻すも、やがて口元を押えて池脇に突き返した。
「なんなんだよこの茶番は」
伊澄が痺れを切らしてそう言うと、顔を伏せたままのURGAが再びテーブルを叩いた。
伊藤がゆっくりと彼女の横に座った。顔はカメラの方を向いている。というより私の横に立つ伊澄にだが。
「えーっと、ちょっと最後まで読めないんだけどさ。うーんと、きっとこういう事だと思う。…竜二の歌詞には、ノイについての事が書かれてる。あの子に対する思いとか、あの子を失った後の、竜二の気持ちが書いてあるんだと思う」
入口のドアに背中を預けて立っていた伊澄が、伊藤の言葉に反応した。よっぽど意外だったのか、彼の口をついて出たのは「嘘ォ」というやや間の抜けた声だった。
「URGAさんはきっとノイの事を知らないから、ご自分と照らし合わせて、何というか、突き刺さったんじゃないかと思うんだ。そうですよね?」
URGAが顔を上げて池脇と伊藤を交互に見やる。
「どういう事?」
「私には妹がいました。伊藤乃依と言って、竜二の恋人でした。あの子は10年以上前に、病気でこの世を去っています。竜二が書いたのは、あの子への思いです」
やがて、自分が勘違いをしていたのだと気付いたURGAが体を真っすぐに起こした。
だが彼女が言葉を発するより早く、伊澄が彼女を庇う。
「竜二が悪い」
URGAが口をつぐむのを見て、池脇が何度も頷く。
「ああ、そうだな。俺が悪い、ごめんな。本気で、今織江が言うまで忘れてた。アンタにこの詩を読んでもらうことばかり考えて、肝心のアンタ自身の事をないがしろにしてたよ、悪かった」
「…うわー。どうしよう」
勘の良いURGAは伊藤の説明だけでおおよその事は理解していた。そこへ伊澄と池脇の言葉を受けて冷静に立ち返った彼女は、机に両肘を付き、合わせた両手で額を支えて大きく溜息をついた。
「ごめん」
池脇の言葉には答えず、何度か深呼吸して息を整えると、何も言わずにURGAは立ち上がり、
誰にも目を合わせることなく会議室を出ようとした。伊澄が彼女の手を取る。URGAは驚いて立ち止まり、言う。
「びっくりさせたみたいだからとりあえず謝ってくる。ここで待ってて」
「俺も行くよ」


2人が戻ってくるのを待つ間、池脇と伊藤が静かに言葉を交わす。
「はああ。びっくりした。…いろんな意味でだけど」と伊藤。
「驚かせるつもりはなかったんだけどな。あんな状態になるなんて想定外だったし、まあ、忘れてた俺が全部悪いんだけど。あーあ、時枝さんも悪いな。せっかく回してもらってんのに、完全にワケ分かんねえ映像になったな」
-- いえ、私の事は本当に気にしないでください。ただお聞きしたいのが、今回竜二さんが書かれた歌詞は、メロディがついて、竜二さんご自身で歌われる予定があるものなんですか?
「どうだろうな。曲を作る気で書いたわけでもねえかな。分かんねえけど」
-- 差し支えなければですが、改めて乃依さんのお話をお伺いすることはできますか?思い出話だったり、その、歌にまつわるお話を。
「ああ、それは構わないよ」
「え、本当に?どういう風の吹き回し?」
-- 立ち入り過ぎだったでしょうか。
「んー、と言うより」
「いや、URGAさんに読んでもらおうと思った時点で、彼女にはそれがどういう意味なのか説明する気でいたし、そこも含めて時枝さんにも撮ってもらう気ではいたからな。その方が話早いだろ」
-- URGAさんへ贈る詩なんですか?
「違う違う。そういうつもりで呼んだんじゃねえんだよ、何て言うかなー」
そこへ伊澄とURGAが戻ってくる。
「お待たせしました。竜二君、本当にごめんなさい」
「おあああ、やめてくれよ。本当に、マジで反省してるから」
「私の事はもういいけど。じゃあ、改めて読んでもいい?」
「俺はいいけど、大丈夫なのか?」
「大丈夫ではないけど、でももう一度ちゃんと読みたい」
「俺も」と便乗する伊澄。
「お前は読めねえだろ」
「この人が読んでくれるの横で聞いたら多分理解できる。読み書き出来ないけど意味はなんとなく分かるから」
「お前、お勉強の時間じゃねえんだからよ」
「ノイの歌なんだろ?超絶格好いい曲書くから」
伊澄がそう言った時、その場にいた全員の顔色が変わった。
見えない旋律が雷鳴のように轟いたのを私も感じ取った。
「…へえ、…絶対だな」
伊澄笑って池脇を指さし、URGAと共にテーブルに並んで座る。2人ともカメラに背中を向けているので表情を撮れないのは残念だったが、却って打ち合わせなどない人間達のリアルな動きがそこにあり、今この瞬間とんでもない場面に出くわしている興奮が抑えきれなかった。カメラの動きがが安定していないのは、その為だ。
「じゃあ、そっちはいつ、話する?」
と池脇がカメラを指さす。
-- 私はいつでも。大成さんや繭子はどうしましょう。
「ちょっと説明してくるね。いいよね?」
と伊藤。伊澄とURGAから少し離れるようにして立ち、池脇に尋ねる。
「この人(URGA)だけ別で呼び出した意味がなくなっちまったじゃねえか(笑)」
「どうするつもりだったの?」
「どうするも何もただ感想を聞きたかっただけだよ」
「じゃあせっかくだから、この3人で話したら?大成と繭子には私がうまい事言っとくよ」
「せっかくっつーなら織江がいろよ。ノイの話なんだから」
「そうかなあ。それでなくとも最近前に出すぎだっていう自覚あるしなあ」
「そんなの後で時枝さんが何とでもすんだろ。回してる映像全部が外に出るってわけじゃあるまいし」
「ああ、まあ、そう言われればそうか」
-- それは本当に、その通りです。それでなくともちょっと回し過ぎなぐらい回してますから。
「俺は別に全部そのまま出すのもありだと思うけどな。尺の問題があるから現実的じゃないけど」
「ええ? 私ずーっとモザイク掛けてもらわなきゃ」
-- 何故ですか(笑)、掛けませんよ!
「けどこれからだとちょっと時間遅くなるなあ。明日のスケジュールとかどうだってんだろうな」
「彼女の? オフだとは聞いたけどね、さっき」
と、伊藤の視線がURGAに流れたのを追うようにしてカメラをスライドさせた瞬間、異変は怒った。ガタ、と音がして伊澄が立ち上がると、彼は何も言わずに会議室を出て行ってしまった。目を丸くしたまま見送るしか出来なかった伊藤の背後で、
「うー…」
と突如聞こえたそれは、URGAの泣き声のようだった。こちらに背を向けているが、明らかに体全体が震えている。
「どうしたんですか」
伊藤が彼女の肩に手を置くと、URGAはより一層声を上げて泣き始めた。
廊下の奥で叫び声が聞こえる。確証はないが、伊澄の上げた声だと思われた。
投げやりで、怒りに満ちた声だった。続けて何かを殴るか蹴り飛ばしたような音。
見ると、池脇は頭を強く掻きながら、苦渋の表情を浮かべている。
何となく察しがついているという顔ではあったが、そこには明らかな後悔の色が見て取れた。
伊澄や神波ではなくURGAに見せようと思った背景には、伊澄のこういった反応が予想出来た事も一つの要因であったように、私には思えた。
どこに気持ちを繋げていいから分からない様子で、伊藤が困惑している。
どうしようもなくなり、「大成さんを呼んできます」と言って私はカメラを持ったまた会議室を出た。廊下には先程の叫び声と激しい物音に釣られて、神波や繭子、他のスタッフ達もスタジオから出て来ていた。
「何。翔太郎は?」と神波が私に尋ねる。
-- 分かりません、出て行かれました。とりあえずこちらに来てもらって良いですか。
神波はスタッフに伊澄を探すよう指示し、繭子と2人で会議室に入った。
入った瞬間私はカメラを下げた。
入口に背を向けて震えている伊藤。その傍らには俯いて立つ池脇。彼の胸に両拳をぶつけて泣いている無言のURGAの姿を見た。
急ぎ私が事態を説明すると、神波はテーブルの側でそれを握りしめていた伊藤江の手から歌の歌詞を取り上げた。英語かよ、と嘆く神波の声。
繭子がURGAに歩みより、彼女の肩を掴んでそっと池脇から遠ざけた。
目線を池脇に向けたまま、離れていく池脇の俯いた横顔にURGAは言った。
「ずっとそうだったの?」
池脇は答えない。
「ずっと?1年前も?こないだも、さっき笑って話してた時も?」
尚もURGAは問いかける。しかし池脇は答えず、顔を背ける。
「今もなの?」
声を掛け続けるURGAの語尾が震え、また涙があふれ出た。
繭子は黙って彼女を椅子に座らせた。
「貸して」
池脇を見つめたまま、URGAが神波に手を差し出した。
歌の歌詞を受け取った彼女は、数秒池脇を睨んだ後、声に出して読み始めた。
私はこの日の出来事を忘れる日は一生来ないと思っている。
おかしな言い方をすればトラウマに近いのだ。
今まで経験した事のない衝撃に、体の内部から色々なパーツが零れ落ちるような不思議な恐怖を味わった。
私は池脇竜二という男を何も理解していなかったのだと、思い知った。
あれから月日の経った今でも、池脇の横顔を見る度この日の事を思い出す。
彼が楽しそうに笑えば笑う程その反動は大きくなって、私の体内のどこかにあるスポンジをギュッと握られたような感覚になる。
そこには色々な感情が浸み込んでいて、いつもじっとりと濡れている。



「Just perfect guy, sorry baby.

I have nothing for you.
Into parts of my body,
which was to be held.

That regret.To be let alone.
I'm have kept a grudge against me.
In the world without you, no love lost.   

I pray more.
I don't want to here.
Ready to go to hell.
Too much yelling.
Too much yelling in a loud voice.
Long time no reply.

And there nothing more
but blowing by i'll be there

oh I can't believe in like
somebody's same


all for you
i'm spinning the wolrd.
even here the now again
take out soul on me.
and i wants.
give it inside wiht me
somebody's hell」



URGAの読み上げた、彼女なりの訳詞は以下の通りだ。



「格好だけの男ですまない。

お前に何も持たせてやれなかったな。
俺の体の一部を、
ちぎって持たせるべきだったよ。
ずっと後悔しているんだ。
たった一人で行かせた事。


俺は恨み続けている。
お前のいない世界には憎しみしかない。


俺はもう祈らないよ。   
もうここにいたくない。
地獄に行く覚悟はできている。
どれだけ叫んでも。
どれだけ大声で叫んでも。
ずっと返事は聞こえないままなんだ。


そこにはもう何もない。
だけど俺はそこにいるんだ。


俺はもう誰かと同じように、
信じることなんて出来ない。


全てはお前のために、
俺は世界を紡いでいる。
ここで今また、
俺の魂を取り出してほしい。
俺はずっとそれを望んでる。
俺の中に、あいつの地獄を入れてくれ」



池脇は言った。
本気で、自分にとって意味のある歌詞を書いたのだと。
単なる厭世歌では済まされない意味がそこにはあると、認めざるを得なかった。
いつだってガハハと笑い、力強く皆を引っ張てきた男の中にあったのは、虚無と憎しみと後悔だった。
会議室の外からざわめきが聞こえたかと思うと、廊下で「翔太郎さん!」と叫ぶ上山鉄臣の声が響いた。
突然会議室のドアが開き、伊澄が入ってくる。
そして池脇に真っ直ぐ近づいて行くとそのまま彼の顔面を殴り飛ばした。
悲鳴。
後から追いかけて来た上山が伊澄を羽交い絞めにするが、お構いなしに前蹴りが飛ぶ。
最初の一発でテーブルの上に引っくり返った池脇の膝が蹴り飛ばされて、その場にあった椅子に当たって散乱した。
神波が前から伊澄を止めに入り、2人がかりで遠ざけようとするが伊澄の勢いは止まらない。
血走った目で池脇を睨み付け、ギタリストとは思えない叫び声が会議室を震わせた。
上山も神波も伊澄より背が高い。それでも止まらない力が、今の彼にはあった。
しかしテーブルの上で起き上がった池脇にも見た目以上のダメージはないようで、
口元の血を手の甲で拭った以外、特にやり返す素振りも見せなかった。
「もう良いって」
神波がそう言って、伊澄の胸をグイと押した。
池脇を睨んだまま伊澄は数歩後退した。だがそれは助走で、また勢いを付けて殴りかかろうとする。神波も上山も良く分かっているようで、息の合った羽交い絞めでそれを取り押さえた。だが怖いのは、それでもジリジリと前に出る伊澄の本気だ。我を忘れているようにさえ見えた。
いつもキラキラとした目で伊澄を見つめていたURGAの目が、恐怖で震えている。
そんな彼女の前に立って、とばっちりが行かないように繭子がガードしている。
「翔太郎さんまずいですって。今日色んな目があるし」
上山氏が伊澄の背後から小さく声を掛ける。
私とURGAの事を言っているのだろうが、伊澄の目がはっきりとURGAを捉えた。
すっと我に返ったように見えたが、表情は凶暴なままだった。右腕を振り回して上山の拘束を引きはがすと、伊澄は何も言わずに会議室を出て行った。神波と目配せし、上山が後を追う。

私はふと思った。
こういった男達の修羅場を何度も経験して来た私には違和感があったのだ。
というより、タイミングだ。図ったようなタイミングだと思えた。
もしかしたら伊澄はあえて悪者を演じる事で、悲しみに打ちひしがれる者達の意識を全部自分に集めて、気を紛らわせてくれたのではないだろうか。
考え過ぎかもしれないが、それでも今この場は完全に伊澄の凶暴さに支配され、淀んで重たかった空気がピンと張り詰めている。少なくとも、皆の涙が止まっていたのは確かだ。それは伊澄が去った後も変わらなかった。誰も予想駄にしなかった池脇のもたらす悲しみの嵐を、伊澄という強烈な台風が外へ押しやってくれた後には、ただ静寂があるだけだった。


伊藤織江を除いては。

連載第24回。「伊藤乃依について」1

2016年、9月19日。
翌日の、何事もなかったように整理整頓された、会議室にて。
並んで座る、30年来の友人同士が浮かべた表情には意図しない隔たりが感じられる。
一方は普段と変わらない、温かくチャーミングな笑顔。
片や疲弊と困惑を隠せない、悲しみに暮れた微笑み。
誰よりも強い絆を持つはずの2人の顔が今は、相容れない陰と陽に見えた。



池脇竜二(R)×伊藤織江(O)。


-- まず、出会いからお伺い出来ますか。皆さんが中学の頃に出会ったというお話は以前お伺いしましたが、その時ノイさんはおいくつですか?
O「私の2つ下だから、13とかじゃないかな。私達が中3の時に1年生で入って来て、だから」
-- まだまだ子供の頃に出会っているわけですね。
O「そうだね」
-- どんな感じだったんですか? その頃のお二人は。
O「竜二とノイ? 出会ったのがその年ってだけで、さすがにまだ何も。前にも言ったけど、ガキンチョのくせに当時から怖さのある人達だったからね。ノイなんて最初はいつも私の後ろに隠れて、恐る恐る皆を見てる感じだったよ」
-- なるほど。織江さんと似てるんですか?
O「顔は、似てないよね?」
R「似て…ねえかなあ。いや似てるっていや雰囲気は似てるかもしれないけど、顔は違うかな。最初は姉妹だって分からなかったし」
O「私が言わなかったんだよね、確か。乃依だよって紹介した時、ノエっていう響きが珍しかったみたいで翔太郎が『え?何?どんな字?』って食いついて」
R「あはは、怖がってたもんな」
O「うん。しかも字もまた珍しいっちゃー珍しいじゃない。当て字に近いような。書いて見せてもちゃんと読めないし」
-- どんな字なんですか?
O「紙ある?」
-- はい。…あー、へー。確かに。あ、それであだ名が『ノイ』さんなんですか?
O「そう」
-- なるほど。私以前織江さんが仰ってた言葉で勝手に想像していたのですが、ノイさんって結構気の強い方だったのかなーと。
O「うん、大人になってからはね。というかやっぱり竜二と付き合ってからかな」
-- 大人になられてからなんですか?
R「大人ってか、え、17とか18だぞ。あ、俺が大人ってこと?」
O「はあ? あなた今でも子供でしょう?」
R「あははは!」
O「ずっと一緒に遊んでたからね、いつってのは当人同士にしか分からないし、ノイがいつから竜二を見てたかまでは知らないなあ。気が付いたらなんじゃないのかなあ」
-- 初めは織江さんの後ろに隠れて恐る恐る見ていた少女が、いつ、竜二さんにとって掛け替えのない女性になったのでしょう。
R「最初っからだよ」
-- え。
R「最初っからだよ。こいつ良いなあって最初に思ってからずっと、翔太郎達に釘さして、指一本でも触ったら殺すからなって言い続けて」
O「あー!駄目だ、ノイの話は私120%泣く。これは今日ずっと仕事のスイッチ入らないよ。竜二ありがとう」
R「なはは、なんだよ、どっちなんだ。また翔太郎が揶揄いに来るぞ!」
O「あはは、うん、それでもいい!」
-- (笑)。あのー、今回、竜二さんの書かれた歌詞の意味をお伺いしたいと思ってはいます。ですのでそういう意味でカメラを回していますが、あまりにもプライベートな部分なのでそのまま外には出すつもりはありません。記事にする時には外せない情報だけを抜き取りますので、その辺はご心配なく。
R「いやいや、別に全部使えばいいだろ。前から思ってるし何度か言ってるかもしれねえけどさ、俺は別に全部使えばいいと最初から思ってんだよ。見たくない奴は見なきゃいいだけでさ、こっちは何も、編集されてフル加工済みのいわゆる作品を撮ってもらってるつもりじゃないからな」
O「えー、それはだって、竜二が良いなら皆良いとはならないじゃない」
R「問題があるからこそ、撮る価値があるんじゃねえのか? ドキュメンタリーってそういう事だろう。整理されたお綺麗な映像なんて俺達相手に撮れるわけねえし、そんなの密着してまで作る意味ねえと思うけど」
-- なかなか難しい問題ではありますが、私もどちらかと言えば、竜二さんの意見に近いです。ただ、皆さんあっての企画なので、何一つ私は強制しませんし、嫌な部分は遠慮なく言ってもらいたいです。
O「うん。ありがとう」
-- 竜二さんが、ノイさんに永遠の愛を誓ったのは、どういった魅力に対してでしょうか。
R「あははは、永遠の愛か」
-- あの歌詞は読めば読む程、辛くもなりますが、強いを愛情を感じずにはいられません。
R「さっき、ノイの性格が強いか弱いかみたいな話になったけどさ。基本的には怖がりなんだよ。すぐ驚くし、ビビリだし、一見弱っちいんだけど、けど誰よりも芯が強い。それは別に、大人だからとか成長の度合いによってっていうより、俺の目にはもう最初からずっと同じように見えたんだよ」
-- 頑固な面があったり。
R「頑固。…いや、別に人の話を聞かないような固い人間でもねえな」
O「逆かな?順応性の塊みたいな子だよ。頭が固いのは私の方」
R「いやいや(笑)」
O「覚えてるかなー。あの子さ、…あ、前もって言っておくとね、ノイは生まれつき体が弱かったの。心臓に先天性の病気があったから激しい運動ができなくて、虚弱体質だったのよ。気持ちは全然元気だけど、体力が追い付かない事がよくあったね。普段から病気もしがちでよく学校休んでたから、授業受けられる時はもう真面目も真面目。ちゃーんとノート取って、先生に質問もいっぱいして、休んだ分を取り返すんだーって頑張るような子」
-- はい。
R「ノイの書いたノートとか、すげえ懐かしいな。綺麗な字なんだよ」
-- へえ、そうなんですね!
O「それでね。まあそんなだから先生方からの覚えもいいわけだ。私も悪くはないんだけど、側にいるのがこういう男達でしょ。担任や進路指導から大丈夫なのかーっていつも心配されたり、注意されたりね。私は別になんとも思ってなかったけど、ちょっとノイにまで変な噂が立ったりしたら嫌だなあって思ってる所があったのは確かなの。だから学校内ではあまり顔を合わせないようにしたりね。学年も違うし、気を使って生活してたんだけど、それが却ってノイを怒らせたんだよね」
R「覚えてる。あいつさ、せっかく学校来てまともに動けるような日でもさ、授業抜け出して俺のクラスまで遊びに来るようになったんだよ」
-- へー!
O「自惚れないでよ?私達のクラスにだって来てたからね」
R「何自慢だよ(笑)」
O「自分がさ、こうしたいって思う事にはなんであれ頑張る子だったよ。それが勉強だったり、遊びだったりっていうのは世の中の常識や、良い事悪い事で選ぶんじゃなくて、自分の気持ちに正直になって、簡単に好きな方を選べる子だった」
R「それまですげえ頑張ってた勉強そっちのけで俺達の輪に入りだしたから、ちょっと学校内でも問題になったんだよ」
O「伊藤さんが不良になったらしい!どうしたらいいんだ!ってね」
R「ノイ本人は笑ってたけどな。別に普通だけどなーって」
O「あの時もだって、竜二が誘ったんでしょ?」
R「うん。『勉強面白いか?そうかー。でも俺達は俺達で面白いぞ』って。何が?って聞かれて、よく分からないけど、とりあず全部って答えたその日から、あいつ授業抜けてるからなあ。切り替え早いよな」
O「そうだね。それで、実際遊んでる方が楽しいってなっちゃったわけだ」
-- あはは。なるほど。素敵なエピソードですね。
R「中学生が授業抜け出すってそこそこだよな」
O「違うの、抜け出すのは簡単なの。体調悪いんで保健室行かせてくださいってあの子が言えば疑う先生がいなかったから」
R「あー(笑)」
O「それよりもさ、そのまま二つ上の階まで階段上がってさ、竜二のいる3年の教室へ忍び込んで行く方が勇気いるよね。私真似出来ないもん」
R「言われてみりゃそうだよなあ。教室の後ろの扉ゆーっくり開けて、四つん這いで入って来るんだから、勇気あるよ。義務教育でそれやってんだもん、今じゃ考えられねえよ。中卒の俺が言うのも違うけど」
O「そりゃ不良って言われるよね。でもそれは、ただ単に遊ぶ事がっていうより、この人達と一緒に過ごす時間が楽しいっていう事なんだけどね」
-- はい、それは絶対そうだと思います。
R「だから当時、うちの学校じゃあ割と有名だったよ、ここの姉妹は」
-- それも想像できちゃいますね。
O「なんでよっ」
-- 古い言い方になりますが、学園のマドンナだったんじゃないかと思います。
O「私が?んー、…もうちょっと現代風アレンジでお願いします」
R「古いじゃねえか十分。学生時代なんて何年前だって」
O「うるさいなっ」
R「今よりも化粧濃くて、髪の毛も今みたいな洒落た長い感じじゃなくて、やっぱどっかヤンキー風だったよな」
O「あなた翔太郎と違って記憶が曖昧なのよ。全然違うからね、前髪でヒサシとか作ってないからね」
R「工藤静香的な?」
O「違うから」
-- やっぱり、モテモテの学生時代を過ごされた感じですか。
O「不遇だったよ。こんなのがあと3人周りにいるんだから、誰も寄ってこないよ!」
-- それを不遇とは言いません。
O「あはは。あー、そうか。それもそうだね」
R「いやいや。でも確かに変な虫は寄り付かねえけど、評判は色々耳に入って来てたよな、やっぱり。特に織江は見た目ちょっと怖いイメージあったけど、オシャレだったし」
O「オシャレ(笑)」
R「誰にでも分け隔てなく優しかったし、皆好きだったんじゃねえかな。そういう話はよく聞いたぞ。手紙渡して欲しいとか。高校上がってからはあんまり知らねえけど、生徒会に立候補してくれませんかって学校側から依頼があったんだろ?中学ん時から、ノイが1年で入ってくるとやっぱ姉妹で目立ってたからな。作りが他と全然違うぞ、すげえ上品だ、なんだよあいつらって。ダチの嫁さん捕まえて何褒めちぎってんだって話だけど」
O「あはは、ありがとう、とても気分が良い。お酒飲みたい」
-- ああ、いいですね。ダチの嫁さん、か。確かにそうですもんね、すぐ忘れちゃいますけど。織江さんをめぐって男達で波乱があったりはしなかったんですか。
O「どうだった?あった?正直に言ってみな」
R「取り合うって事? いやー、だってお前最初から大成見てハアハアしてたじゃねえか」
O「ハアハアなんてしてないよ(笑)!」
R「してたよ。大成はガキの頃からああいう甘い顔だったし、2人とも煮え切らない感じはあったけど、結局そうなんだろうなって皆分かってたから、特に波乱はなかったな」
-- 皆さん諦めが良いですね。学園のマドンナですよ?殴り合いの一つでもありそうなもんですが。
R「俺はもうノイだって決めてたし。翔太郎はなんでか分かんねえけど、やっぱりあいつもモテるんだよ」
-- 中学生の時からそういう感じなんですか?
O「基本変わってないよね。ただ、モテるんだなあって思ったのは高校上がってからだよ。学校も行かないでフラフラしながら、年上掴まえて遊んでたよね、彼」
R「そう、可愛がられるタイプなんだよあいつ。あいつのどこに母性本能がくすぐられるわけ?」
O「どこって言われてもなぁ(笑)」
R「あんなのバンドやってなけりゃ、ただの狂犬じゃねえか」
O「本能だからね、母性は」
-- 織江さんもやはり、くすぐられる部分はありますか。
O「あるよー。時枝さんはない?多分皆どっかしら何か感じるものはあると思うよ。ノイもカオリも、一度は翔太郎良いなって思う瞬間があったし」
R「これだよ!これ!これなんて言うの?いや、こんな言い方するとまた殴られるけど、大成も俺もいっつも首捻ってたんだよ。何なんだあいつの理由なきモテ方は!?」
-- 分かりますよ。華はありますよね。
R「華!?ギター弾いてりゃあそうかもしんねえけど、ガキのあいつに華なんかねえよ」
-- なんで怒ってるんですか。
R「あいつの良さなんて表面だけじゃ分かんねえだろう。今ならまだしもなんでガキのあいつなんか、あんなにモテたんだよ」
O「色気なんじゃない、やっぱり」
R「はいい!?」
-- ああ。それも分かります。
O「どこか女性的な要素もあるんだよね、翔太郎って。そういうの見た目にも出るんだよ、伝わるというかさ」
R「中性的ってこと?あいつが?」
O「ううん。中性的っていうのとは違うかな。女性的な感性というか、内側に柔らかい部分を持ってる人というか」
R「全然わかんねえ、URGAさんに聞いてみよ」
O「そういうトコ!そういうデリカシーの無いトコは竜二の駄目なトコ!」
R「(爆笑)」
-- 変な質問ですけど、では何故織江さんは翔太郎さんではなく大成さんだったんですか?
O「え、だって、ねえ。あの人一途じゃないし」
R「うはははは!」
-- えええ? 一途だと思ってますけど。
O「いやあ、どうだろうね。昔は全然一途じゃなかったよ。別にそれで私に何か被害があったかって言うとないから全然いいんだけど。それだけ魅力があるんだろうね。でもいざ付き合うとなったらそこは一番に除外したいじゃない(笑)」
-- それは来るものを拒まず的な話ですか。
O「何でもかんでもってわけではないと思うよ、さすがに。でもそういう面もあるよね」
R「うん」
O「ただ倫理的にはアレだけど、言い分も分かるんだよね。昔さ、私面と向かって言われたことあるもん」
R「何を」
O「『優先順位って言うけどな、1番と2番は単なる前後であってさ、2枚の紙をピッタリ重ね合わせたってそこには1番2番が出来んだよ。だけどそこにどんだけの差があるんだ?』」
R「天才かあいつ」
-- 凄ー!聞いたことのない台詞ですね。
O「あ、はいい、って言うしかないよそんなの。私高校生だよ?」
R「うわー、めっちゃ翔太郎呼びたい」
O「私の代わりに竜二がぶっ飛ばされると思うけどね」
R「なんでだよ、嫌だよ!」
-- 大成さんは一途なんですね。
O「ふふ、そう信じたいけどねえ、分かんない」
-- アキラさんはどうだったんですか?繭子の話を聞いていると、勝手な妄想ですが一番社交的で一番モテた人なんじゃないかなって思ってました。
O「うーん」
R「バンド組んでからは、確かにそういう面もあったんだろうけど」
O「顔面で言うと確かに男前だね。大成と竜二の良い所取りしたような。でもなあ、さっき竜二が翔太郎に言ってたけど、狂犬って言葉は私アキラにぴったりだと思うな」
-- そうなんですか?
O「私の目から見てよ。うん、一番厄介そうなのがアキラかな」
R「極端な性格だしな。扱い辛さでは翔太郎の上を行くよ、確かに。荒くれてるとかルックスが強面とかではないんだけど、頭のネジが常に3本ないくらいのイメージ」
-- めちゃくちゃ怖いじゃないですか。
R「怖いよ、あいつと喧嘩すんの正直嫌だったし」
-- でも以前翔太郎さんとアキラさんは、喧嘩してる間も別に嫌いではなかったと仰ってましたよ。
R「あはは、俺も全然嫌いじゃねえよ。ちょっと話が違う方向行ったな」
O「ぶっ飛んでるって話」
-- なるほど。…あれ、何故かドーンハンマーの話になってますね。織江さんが学園のマドンナだったっていう話でしたね。
O「マドンナって表現はどうかと思うけど、私達が高校へ上がって、ノイが中3の時…覚えてる?」
R「何」
O「ギター」
R「…文化祭?」
O「そー。あの子ね、体の事もあってあんまりアクティブな部活には入れなかったのよ。当時すでにギターを始めてた竜二の姿を見て、あの子も軽音部に入ってさ、アコギで文化祭の催し物に一人で出たのよ」
-- 一人で?
O「同じ部員と一緒に練習する時間がとれなかったり、そもそも遊んでたからね。だけど文化祭当日に何かの拍子でポンと空白の時間が出来ちゃったらしくて、頼まれて急遽その間の時間を繋ぐ形で、あの子がステージに立ったの。ギター1本持って、『えー、適当になんか弾きまーす』だって」
-- 根性ありますね!
R「たまたま俺らもその日遊びに行ってて。いやーびっくりしたよ」
O「竜二さ、翔太郎の腕掴んで『大丈夫かな、どう思う?』だって」
-- あははは、可愛い。
O「翔太郎は翔太郎で、なんて答えたか覚えてる?『知るかよ、聞いてこいよ』って」
-- 変わってないなあ!
R「懐かしいな。ステージ上からさ、俺らに気付いて、照れた顔で小さく手を振るんだよ」
O「可愛かったね」
-- 見たかったです。…腕前はどうだったんですか?
R「よくステージに上がって来れたなっていう」
O「あははは!そうだね。まあ、そういうとぼけた感じも込みで、あの子が可愛がられてた理由ではあったね」
R「確かにな」
O「だから学園のマドンナはあの子に譲ろう」
-- 実際に、竜二さんとノイさんがお付き合いされたのはもっと後なんですよね。それは何故なんですか?
R「うーん。多分ここ2人もそうなんだろうけど、同じメンツで一緒にいすぎたっていうのがでかいんじゃねえかな」
O「そうだよ。だって本当に、ずっと毎日同じ顔触れで遊んでたし、そこにマーやナベなんかもいるわけ。高校上がったらテツも加わるしさ、昨日まで友人同士だった関係で、今日からは恋人同士になりますって、なかなか、そうはならないよね」
-- 気を使い合ったわけですね。では、高校卒業された後ということですね。
R「ん?俺らは卒業してねえよ、4人とも中卒」
-- いえ、ノイさんです。
R「ああ。あ、でもノイも卒業してねえよな。日数足りなくて留年ってなったタイミングで、入退院繰り返すようになってたから、自主退学したんだよ」
O「学校側は止めてくれたけどね。でもまあ、なんとなく、学校頑張る気持ちより、竜二達と一緒に過ごせるほうを優先したように感じたな。色々相談はしてたけど、結局決めたのはあの子だし」
-- そうだったんですね。17、8歳の時点で、入院しないといけないような健康状態だったんですか。
O「変な言い方だけど、病弱っていう状態で安定してたんだけどね。よくなることは、なかったかな」
R「でも正しい判断だったと思うよ。あのままの状態で学校にも行かなきゃなんねえってなってたら、俺達と過ごす時間はもっと少なくなってただろうしな」
-- おいくつで、お亡くなりになられたんですか?
O「言ってなかったか。24だよ」
-- …若すぎます。
O「うん」
R「先天性心疾患、慢性心不全の急性憎悪、心臓喘息、いろいろ言われたなあ。色々な病院で小難しい話だけ聞かされるんだけど、治るの?治せないの?っていう答えは結局誰も教えてくれねえんだよ」
O「ドラマみたいに外科手術で心臓移植して、なんてそんなうまい話ないよね」
R「あいつに何が必要で、どんな治療法があって、何をすれば長生きできたのか、俺未だにわかんねえもん」
-- 難病たったんですか。
O「どうだろうね。基本的には…内科治療なんだよね。心臓の機能を上げる薬飲んで、安静にするとか、食事制限とか。毎日ちょっとずつ色んな事に気を付けながら生きていくことが治療なの。終わりのない、治療というか。結局何が引き金になるか分からない不安と戦いながら、それでも毎日を生き抜くの。…うん、毎日明るくね…」
-- そうだったんですね。
2人の顔が、今日初めてこの場で並んで座った時と、同じ表情になった。
池脇は普段と変わらない、チャーミングな笑顔。
伊藤は疲弊と困惑を隠せない、悲しみに暮れた微笑。
沈黙という重たい幕の壁を下から持ち上げるような、静かだが力のある声で、池脇が話し始める。
R「あいつが死んだのは、クロウバーをやめて、ようやくアキラと翔太郎を入れた4人でドーンハンマーの形になったわりとすぐ後だった。気持ちの上では順風満帆だったよ。まだカオリもいて、アキラもいて、ガキだったけど誠もいた。さあ、こっからだって時によ。ノイだけがいなくなったんだ。たった一人で、あいつだけ行っちまった。今から、14年くらい前になんのかな。…だよな?今年41だから、14年前は27だろ?ノイが2個下だから…、25の年で、誕生日は越えられなかったんだ。そこらへんの年月ってちょっと、俺達の中では曖昧というか。忘れる事はできねえし、忘れるはずもねえんだけど、そのあとカオリが死んで、後を追うようにアキラも行っちまうからよ、もうわけわかんねえんだよ」
-- はい。
R「俺は、織江や両親を除けば一番多く、ノイの側にいた他人って事になるんだよ。どれだけあいつが多くの、恐怖と希望を一緒に抱えて1分1秒を生きていたか知ってるから、あいつがいなくなった後の毎日を、俺は一体どうやって生きるべきなんだ?って、そればっかり考えた。だけど気づいたら考えてるフリして、ただずーっといなくなったノイの事を考えてんだよ。あいつには目標があって、夢もあった。そこには簡単に行けないし、努力や日数では解決しない問題をいくつも超えていくしかなかった。それを十分分かった上で、それでもノイは笑顔だったし、俺達を応援してくれてた。…さっきあいつのどこに魅力を感じるかって聞いただろ?もう、それはどこっていうか、あいつが生きてる事全てが、あいつの魅力だったよ。目の前で動いてるだけでいいんだよ。本当にそう思ってた。ノイが聞いたらバカにしてんのかって言われちまうだろうけど、別に跳び箱飛べなくたっていいし、勉強できなくたっていいし、ギターが下手でもいい。だから、結局俺にとっては意味なんてないんだよ、あいつのいない世界なんか」
-- そんな事言わないでください。
R「こればっかりは仕方ねえよ。あいつが死んでからずっとそうなんだから」
-- お隣を見てください。織江さんのこの姿を見ても同じことが言えますか。
仲間を守るためなら世界的アーティストにも食ってかかる程強い伊藤織江が、いたたまれない程震え、泣いていた。そこには恐らく、愛する妹を失った記憶以上の、何か強い感情があるように見えた。彼女の目がそう物語っている。
R「困ったなあ。…今に始まった事じゃねえんだって」
-- 改めてお伺いします。あの歌の歌詞は、…比喩ですよね。例えば、「こんな世の中クソだ、こんな世の中ぶっ壊れちまえ」といった種類の、レベルソングなんですよね?
R「…世の中について歌ったわけじゃねえよ」
-- この世界にはいたくないと、本気でお歌いになるつもりですか。
R「歌うも何も、そういう気で書いたんじゃねえし、そもそも別に死にたいわけじゃねえよ」
そう言って池脇が乾いた笑い声を上げる。
伊藤が怒りにも似た顔で涙を拭う。
R「色々約束だってあるし、やりたいこともまだまだある。けどもし、ノイの所へ行けるってんなら今すぐ行くよ。でも行けねえだろう。死んだってあいつの所にはいけねえ。だから死なないだけだ」
衝撃的な池脇の言葉に、私も伊藤もゴムボールを口に突っ込まれたようになり、呼吸が止まる。
伊藤は両手で顔を覆ったが、やがて押し殺した泣き声が指の隙間から漏れ出た。
O「時枝さん」
泣きながら、伊藤が私の名を呼ぶ。
-- はい。
O「…怖くて見れないの。今、竜二は、どんな顔をしてるの?」
-- とても穏やかな顔をされています。これっぽっちも、嘘はないんだと思います。
O「そう」
伊藤の泣き声が強まると、やがて池脇は苦悶の表情を浮かべた顔を背けて、椅子に浅く腰かけ背中を倒した。
しばらくは、時間の流れるに任せた。
池脇はおそらく、奥歯を噛締めながらそれでも己の言葉を撤回するつもりはないだろうし、私は私で、伊藤乃依という女性を思うがゆえにこの世への未練をなくしてしまった池脇竜二に、何か伝えるべき言葉はないだろうかと馬鹿な頭をフル回転させていた。
やがて、伊藤織江が話始めた。
O「どこかでさあ。どこかで嬉しかったの。竜二が、ずっと妹を思い続けてくれてることが」
-- はい。
O「死んで10年以上経っても、こんな、こういう男の中にずっと住んでいられるなんて、わが妹ながら凄い事だなって。…ああー。私バカだったね。ごめんね竜二、私がバカだった」
R「なんでそうなんだよ」
O「…私はノイからあなたの事をお願いされてたの。あなたが幸せになる姿を見届ける義務が私にはある。それなのに私は、妹を思い続けるあなたに何も手を差し伸べる事をしなかったね。もっと早く、もっと早くノイの事を忘れて幸せになってほしいって伝えるべきだった。あなたの愛情に気分をよくして、その上にあぐらをかいて、得意げな顔をして、全然あなたの事を考えてこなかった」
R「なんで俺が!あいつを忘れなきゃいけねえんだよ!」
O「生きてほしいからに決まってるでしょ!」
R「死なねえよ、俺は」
O「だったらなんであんな歌書くのよ!」
R「どうしようもねえだろ!俺はもうこれでいいんだ!ノイを思い続けたまま、そのまま死んで行ければいいんだよ」
O「ダメだよ…」
R「明日か30年後かの違いがあるだけだろうが。今じゃねえって。ジジイになって、歌をやめても、あんぽんたんになって全部忘れちまったとしても!それでもノイだけは忘れたくねえ。俺の人生は全部、あいつの為に使うはずだったんだから」
O「竜二…」
-- 竜二さん。翔太郎さんがあなたを殴った時、その意味が分かりましたか?
R「…」
-- 今の竜二さんの言葉は、裏切りではありませんか?
R「…」
-- 私もさすがに今すぐ竜二さんがどうこうしようとしているなんて思いません。だけど少なくともこの10年、可能ならノイさんの所へ行きたいと思い続けながらバンド活動をしていた事になってしまいますよ。それでは、翔太郎さんや大成さんや繭子や、アキラさんが、悲しむとは思いませんか。
R「否定はしない」
O「ダメだってそんな事言っちゃあ!」
R「誰だって、色んな物抱えて生きてんじゃねえのか」
O「…」
R「違うかよ。そりゃあ、それが裏切りになるってんならそうなんだろうよ。あいつらが、それを裏切りと言って俺をなじるなら好きにしたらいい。けど少なくとも俺自身は自分を偽ってあいつらと生きてきた覚えはねえよ。今だって、俺は何があろうとあいつらを裏切ったりしないと思ってる。だけど…」


3人ともが感情的になりすぎた。
冷静なインタビューにはならないと判断し、そこで打ち切る事にした。
この日もスタジオには伊澄と神波と繭子が来ており、当たり前のように練習に打ち込んでいた。メンバーが一人欠けたからと言って練習が出来ないわけではないと彼らは言うが、これまで私はそうなる事を避けて来た。だからボーカルがいない状態での彼らの練習を見る事は、今日が初めてだった。会議室でのインタビューを終えスタジオに足を踏み入れると、歌声のない爆音だけが響く空間は、まるで知らないバンドのような印象を私に与えた。
泣き顔を伏せて、伊藤織江がソファーに体を預ける。
肩と首の柔軟体操をしながら池脇がマイクスタンドの前に立つと、演奏が止まった。
一瞬ぞっとした。
まるで池脇を受けつかないかのようなタイミングで、音が止んだからだ。
伊藤が顔を上げ、池脇が下を向いた。
「出来たぞ」
そう言ったのは、伊澄だった。
池脇の左斜め後ろから、彼を見ずに言った。
池脇は振り返ろうとしたが途中で止めて、「何が」と言った。
「曲書いたよ。すっげーやつ」
その瞬間池脇の首から上が硬直したように一瞬震え、今日初めて彼の目から涙が落ちた。
すぐさま彼は手の甲でそれを拭い、「そうか」とだけ言った。
「お前の楽屋のドアに貼って来たから、取ってこい」
伊澄がそう言うと、何も言わずに池脇はスタジオを出た。
言わずもがな、伊藤も私も泣いている。顔を覆って泣いている。
だからこの時、神波や繭子がどんなに優しい顔をしていたか、私達は知らない。

連載第25回。「伊藤乃依について」2

2016年、9月27日。



「もうこの先こんな曲は書けないんじゃないかって、ちょっと勿体ないとさえ思った曲書いてやったから死ぬほど感動して歌えよ」
「凄いな。お前がそこまで言うんだ」
「譜面みた限り、ちょっと短くねえか」
「バラードだからな。Aメロとサビ繰り返す王道なやつ」
「バラードか!」
「翔太郎さんのバラードって新鮮ですね」
「バンドじゃないからな。あとお前の書いた歌詞だとサビがどこなのか全然分かんねえから、メロディに合わせて適当に書き直せよ」
「書き直せってお前簡単に言うけどなあ」
「嫌なら返せ。先約って意味じゃあURGAさんの方が先だし」
「馬鹿言うなお前、歌うに決まってるだろ!」
「あはは、ですよね」
「バックの音はどんな感じで考えてんだ?パワーバラードとか?」
「パワーかどうかはお前の匙加減だろ。俺がバラードっつったらバラードなんだよハゲ」
「口悪いなあ!撮られてんぞバッチリ!」
「ハゲ…」
「良い音考えてあるから、お前は何も心配すんな」
「っは、翔太郎さん素敵!」
「急にお前」
「うはは!腹立つ!」
いつもの光景が戻ってきた。
4人が無邪気な笑い声を上げながらPA室に入ると、待ち構えていた真壁が伊澄の合図を待って、曲を流す。ギター一本で演奏される、静かで美しいメロディーライン。メロディと伴奏を同時にこなす流麗なフィンガーピッキングは、改めて伊澄の巧さをダイレクトに伝えてくれる。ただ外部の私とは違い彼の演奏に慣れ親しんでいるメンバーは、この曲に池脇のあの歌詞が乗るのかと、私とは違った興奮を浮かべた表情で曲に聞き入っている。
仮歌もない、伊澄の弾くギターだけの音源だ。初めて聞けば、歌い出しも歌メロもサビも分からないはずなのに、涙が出そうになる程心の奥底まで感動が入ってくる。そこも含めて伊澄の演奏力の高さ故なのだろう。
イントロから合わせて3分程の曲が終わると、強張った体を伸ばすように、皆が溜息をついて顔を上げる。強くうなずく池脇の顎にグっと力が漲り、繭子は黙って目尻の涙を拭う。
「次」と伊澄が言う。
メンバーの視線が彼に集まる。
「皆大好きURGAバージョンです」
伊澄が告げると、興奮を隠しきれない顔でお互いを見やるメンバー達。
誰も聞かされていなかったようだ。
真壁が流し始めたのは、同じメロディのピアノバージョン。どこまで伊澄と打ち合わせたのか分からないが、先程聞いたギターのみの音よりも、明らかにメリハリの聞いた仕上がりになっている。おそらく、こっちで製作しようとしている伊澄の意図が感じられた。
曲が終わると、繭子がプー!と強く息を吐いて、「凄いですね」と目を丸くして笑った。「これは絶対歴史に残りますよ」。



同日(2016年、9月27日)。
前回スタジオを訪れてからさほど間隔を空けないタイミングで、URGAがやって来た。
新曲製作にピアノ演奏で参加する為依頼を受けての来訪なのだが、まだ前回の事を引き摺っている為か、持ち前の明るさと豪快さはなりを潜めた静かな登場となった。
スタジオのドアを少しだけ開けて、片目だけでこちらを覗き込むURGAをカメラが捉える。その後ろには伊澄が立って笑っている。微かに、入れよという声をマイクが拾う。
ソファに座っていた池脇が立ち上がり、彼女を迎え入れるべく入口のドアに向かうと、URGAは伊澄の背中に回り込んでオドオドとした態度を取る。
愛らしい彼女の動きを見る限り、本当の意味では引き摺っていないようだな、大丈夫そうだなと私は思ったのだが、考えてみればあの日実際に凶暴な一面を見せたのは背後に立つ伊澄の方だった。怖がるべき相手は彼のはずだが、彼女の態度は明らかに池脇に対してのものだ。池脇もそう感じたらしく「なんで俺なんだよ!」と笑って声を掛ける。彼がドアを開けるとURGAがひょっこり顔を見せ、「私来すぎじゃない?」と言った。
「大歓迎だよ、早く入って」池脇がそう答え、彼女を招き入れた。
URGAは両手を広げてバレリーナように踊りながら入ってくると、カメラの前まで来て言った。良かったねえ。そう言った彼女の口からはしかし、声は発せされなかった。
ただ温かい笑顔で、正直な気持ちをカメラに納めさせてくれた。



「とりあえず、クロウバーの曲でアップしようと思うんだけど」
と池脇が提案する。
伊澄曰く、今回の楽曲は『より歌う』曲らしく、ドーンハンマーで培った池脇のデスボイスもガテラルボイスも必要ないとの事だった。今の声でクロウバー時代のような歌い方をしてほしいとの要望に対し、10年以上普通の歌い方をしていない池脇にはさすがに不安もあって、本来あり得ない事だが普段通りの楽器陣で、クロウバーの曲を演奏する事となった。他人が作った楽曲をプレイする事に興味がないと言う繭子も、この時ばかりは喜んでスティックを握った。
「えー。スローバラードだと、大成なにがいいと思う?」
「スローバラード。作った記憶があんまり…」
「初期の頃(の曲)ならスローじゃなくても良いんじゃないですか?」
「初期って。4枚しか出してないぞこいつら」
「あ」
マイクを通し、前を向いたままお互いの顔を見ずに会話する。そんな彼ら4人の姿をURGAが楽しそうな笑顔で見つめている。あの日のコンサートとは立場が逆だ。4人の演者に対し観客は彼女一人。しかしソファーに座る事をせず、普段時枝がセッティングしているビデオカメラの位置よりも更に後ろ、ほとんど壁際に立っている。彼女にはドーンハンマーの音は少し大きすぎるらしく、イヤープラグをしていても応接セットがある距離で聞くのは無理だという判断だ。本当はもっと前で見たいけど、耳が痛いから嫌だ。そんな気持ちの狭間で葛藤しているのが揺れ動く視線と表情から見て取れた。バラードだからそこまで負担はないんじゃないですか?と私が言うと、「そうかなあ?」と明るい笑顔で一歩前に足を踏み出した。本当に可愛い人だな、と私は何度も溜息を漏らす。
「そんな遠いとこで見るのか?」
と池脇が気づいて言う。無言で肯くURGA。
「いやいや始まったら前来るでしょ。ライブと同じパターンの奴」
と伊澄が言うと、URGAはあえて私の持つカメラの方を向いて「あいつ、腹立つね」と笑顔で言った。
「あれは?『color of acid』」と神波。
「あー。どっちかって言うとあれだとミドルテンポじゃねえかな。もっとスローな奴がいいかな」と池脇。
「お前ら適当に言ってるけど、クロウバーに関して言えば演れる曲と演れない曲あるからな」と伊澄が笑うと、
「確かにそうですよね」と繭子も明るく頷く。
「作曲したのはお前なんだし、翔太郎が選ぶのが良いんじゃない? 例えばクロウバーで割と近い、理想的な歌い方の曲とかないか?」と神波。
「歌い方だと『continues rotate』。テンポだと『in called winteroad』」
「すぐ出て来るな!お前の方が詳しいじゃねえかよ。じゃあ、両方やるか」と池脇。
「演れんのか?」と神波。
「出来なきゃ言うわけないだろ。繭子は?」
「間違えても許されるなら、多分大丈夫です」
とそこへ「全然許す!」と言うURGAの一声が割って入る。
ありがとうごいます!と笑顔でスティックを振る素直な繭子の声に、男達は苦笑いでお互いを見た。
そして、誰もが懐かしさに身震いする2つの名バラードが練習曲に決定した。
音源は今でも入手可能なクロウバーのアルバムに収録されているので特別レアというわけではないが、ドーンハンマーとして演奏されるのはおそらく今日が初めてで、そして最後だろう。
まずは『continues rotate』(2nd album「burns right eye」(なんて怖いタイトルだ!)収録の9曲目)だ。90年代という時代を感じさせない抒情的なメロディーと、泣けるギターフレーズがキラリと光る名曲だ。だがその事よりも本当に驚いたのは池脇の『歌声の力強さ』だった。ドーンハンマーのファンを長く続けていると、どうしても彼の声量や喉の強さ、声色の変化の付け方などを意識しがちだが、こうしてストレートに歌い上げるシンガロングスタイルの曲を生で聞いて分かるのは、圧倒的な声質の良さと抜群の歌唱力だった。少し癖のあるハスキーなシャウトは低音から中音域を主としながらも伸びのある豊かさで、体全体に響かせて歌う圧巻の声量、ビブラートの使い所と確かさ、表現力の巧みさ、それら全てが説得力に満ちていた。
「歌うまいなあー!」
1曲目が終わった段階で、我慢出来ずにURGAがそう声を張り上げた。
心から感心している様子だった。
気付いた池脇が照れて頭の後ろを掻いた。
「やっぱ!すーごいんだねぇ!」
目を見開いて彼女がそう言うと、池脇は心底嬉しそうに笑った。
「よ!ジョニー・アンデルセン!」と繭子が囃し立てると、
「誰がスウェーデンのパワーメタルシンガーだ」と池脇が笑って答え、
「よう!ビショップ・オリヴィエラ!」と伊澄が言えば、
「誰がブラジルの○〇シンガーだコラ」と応戦する。
「竜二さんそれ言っちゃダメなやつ!」
「わははは!」
ジョニーもビショップ(故人)も後世まで語り継がれるであろう伝説級のメタルシンガーである。世代的にはロニー・ジェイムス・ディオなどよりも下だが、丁度池脇ら世代が憧れた年代の英雄達と言える。実際こうして聞いてみると、全く引けをとらない。
「もう一曲」と池脇が後ろを振り返りながら言う。
「もうちょっと鼻にかかった歌い方を抑え気味にして、高音は上げすぎないで喉で潰してくれると理想だな」と伊澄。
「偉そうに言うな!」とURGA。
「誰目線なんだよアンタは」
伊澄が苦笑して言うと、池脇は嬉しそうに2人を見やり「了解しました先生」と頭を下げた。
続いて演奏されたのは『in called winteroad』(3rd album「deadly world of sin」収録の10曲目)だ。今度は先程よりも速度を落とした雄大さのあるパワーバラードだ。
伊澄の予言通り、URGAはソファーのすぐ後ろまで歩み出て、4人の演奏を堪能している。



同日(2016年、9月27日)。
ボーカルブースに、池脇とURGAの姿があった。
URGAが心配そうな顔で何度も外の伊澄達を見やる。
池脇はこちらに背を向けている。
URGAがヘッドホンを外して池脇の腕に触れた。
そして彼の顔を下から覗き込んで微笑みかけた後、ブースから出る。
機材側の部屋で見守っていたメンバー達も、言葉なく池脇を見つめている。
出て来たURGAに短く声を掛けて、伊澄が私のカメラに向かって指でバッテンを出した。
URGAの演奏するピアノ伴奏が僅か3テイクでレコーディング完了となり、後は歌を入れるだけだった。
しかし池脇は歌う事ができなかった。
レコーディングブースに入ってヘッドホンを付け、喉の調子を整え、親指を立てる。
ピアノ伴奏が流れ歌い始める段になると、急に喉が塞がるような感覚に陥ったという。
声よりも先に涙が出て来ようとするらしかった。
待つより他ない、というのがメンバーの思いだった。
池脇竜二が初めて、誰かを思う気持ちを連ねて書いた詩。
届くはずのない誰かの元へ、届いて欲しいと願った歌だ。
彼の願いを運ぶのは伊澄の渾身のメロディであり、
それらを包み込む器がURGAのピアノ演奏だと言える。
あとは池脇自身が歌えるまで待つしかなかった。
だが愛する者を失った池脇の気持ちが痛い程理解できるURGAもまた、辛い時間を過ごしているに違いなかった。池脇の姿はかつての自分であり、今も彼女の心の中に存在する生々しい痛みの記憶でもあるのだ。
ブースの中で歌えなくなる自分を恥じて何度も池脇は謝ったが、誰もそれに対して返す言葉を持たなかった。見守るしかないメンバーの顔も辛そうだった。
伊藤乃依がこの世を去ったのは15年近く前になる。あれから何度も同じ季節を繰り返して来たし、彼らの側には常に笑い声と音楽があった。それでも尚、池脇の中には今もあの頃と何も変わらないと悲しみと後悔が生きている。その事をまざまざと見せつけられた。
こうなる事を予想していなかったと言えば、それは嘘になる。
池脇竜二はボーカリストであり、作詞家でもある。
歌えるものなら、もっと早くに歌っていたはずだと、私なら考えるからだ。
精神的な強靭さでは類を見ない彼らの中にあって、強いて言えば池脇は、感情をストレートに表現する分涙脆い人であるというのも間違いではないと思う。それでも私がこのスタジオに通い出してから5ヶ月の間で、彼の流す涙は数える程しか見た事がない。
彼自身が語る、皆色んなものを抱えて生きているという言葉が、激しく私の胸を打った。
私は今まで彼らの強さばかりを書いてきた事を後悔していた。
彼らが今笑っている事も、涙を見せない事も、ステージ上の魅力も、練習に掛ける熱意も、行動力も、何もかも、彼らが強い人間である事の証明であるかのように、書いて来た。
それは間違いではないかもしれない。
だが恐らくは、正解でもないのだ。


同日(2016年、9月27日)。会議室にて。
伊澄翔太郎(S)×URGA(U)。


U「今日もオリーいないの?」
S「織江? あー、朝から見ないな。夕方には戻ると思うけど」
-- ものすごく前の事のように感じますが、それでも半年は経っていませんね。この2ショット、私大好きです。
U「ありがとう、言ってついこないだも来てるんだけどねえ(笑)」
S「なんか申し訳ない。せっかく来てもらったのに何をするでもなく。浪費だよな」
U「いやいや。遊びに来たと思えば十分素敵な演奏を見せてもらったよ。私もピアノの腕前を披露出来たし?」
S「流石だった」
U「イーエス! 3テイクって何だよ(笑)」
S「今更直して欲しい所なんかないから」
U「そっか。…天才だな、私」
S「(笑)」
U「なんか、皆の演奏もレアだったんだよね?」
-- かなり。
U「そう、さっき聞いてね、へー!って喜んでたんだよ」
S「なんだっけ?」
-- 『CROWBAR』の曲をドーンハンマーのメンバーで演奏するのは、初めてじゃないですか?違うにしてもそうそうある事ではありませんよね。友人とは言え他人が作った曲をプレイすることに抵抗があるという話を以前伺いました。
S「ああ。こうやって(カメラを指さす)外に出るかもしれない状態で演奏した事はないかな、遊びでならあるけど。どうだった?」
U「凄かったよー、ちょっと竜二くんに対する見る目が変わったかも」
S「おー。そうなんだ。あいつが実は『歌える』人間だって、今知らない人多いからな」
U「いや、知ってはいたけどね。でもここまで凄いんだっていうのは分かってなかったよ。御見それいたしやした」
S「あはは、どういたしまして。…俺が言う事?」
U「ふふ、でも、今が悪いとは全然思わないけど、ああいう歌う曲をもっと一杯やればいいのになあとは思うよね」
S「それはでも、やった上での今だからな」
U「前のバンドでしょ?でもその頃はメンバーも違うわけだし、今は翔太郎君や繭ちゃんがいて、それぞれの魅力というか、以前とは違ったバンドのカラーが出せると思うけどなあ」
S「演奏って意味ならそうかもしれないけど」
U「ん、曲ね」
S「となると、俺も大成も曲は書くけど詩を書けないんだよ。じゃあ竜二がどういった歌詞を書いてるかっていうと、それはアンタが言った通り、8割意味のない内容だったりして。いざ本気で気持ち入れて書いてみようとしたら、今回みたいな事態になって。その上で今後もこういう方向もありだねえなんて、今はとてもじゃないけど考えられないな」
U「あはは、確かにそうか。あー、うん、難しいね。全部が全部そうなるとはもちろん思わないけど。本当に真面目で、気持ちの強い、うん、なんというか、…人なんだね」
S「面倒臭いだろ?」
U「そんな事ないよ。全然そういう風には思わない。今回の歌に限って言えば私は、気持ちの強さとか容量が、きっと本人が思っていたよりも大きかったっていう事なんじゃいかなって、思うのね」
S「うん」
U「普段からああいう、張りつめた思いを言葉にしながら、声に出しながら生きてるような男の人ではないんだろうし、ずっと胸の奥に閉まってある思いの存在を、きっと分かっていながらもさ、それでも形にはしないまま今日まで来たんだと思うの」
S「うん」
U「私それって凄い事だなって思うの。言葉は悪いけど、自分の外に出しちゃえばさ、楽になる部分だって絶対にあるから」
S「うん」
U「それが例えば、手紙でも良いし、私達みたいな曲としての作品でも良いし、絵で良いし、日記みたいな事でも良くて。何か思いのこもった大切な形がさ、ずっと一人で抱えて生きて行かずに済むような方法がさ、あったはずなんだよね」
S「(頷く)」
U「でも…。抱えて生きて行こうとしていたんだよね、彼はきっと」
S「…そうかもしれないな。分からないけど、まあ、頑固者だしな」
U「(笑)。私にね、良い歌詞書くねって言われたことが彼なりの切っ掛けになったんだって。とても光栄な事だし舞い上がっちゃったけど、ちょっと後悔もしたんだ」
S「なんで?」
U「んー、後悔って言っちゃうと違うか。なんだろうな、良かったのかなあ、だね」
S「竜二に対して?いやそれは、ちょっと優しすぎるし、そんな事考える必要なんてないと思うよ」
U「そうかなあ」
S「うん、そこまであんたが責任感じるような事じゃないよ。あいつがあいつなりに決めて勝手にやった事だし」
U「翔太郎くんも大概優しいよね」
S「初めて言われたよ」
U「えー?それは驚きだな。君の優しさが理解出来ないなんて」
S「言ってやって言ってやって」
U「そういう所も」
S「やっぱりやめて」
U「あはは」
S「優しくはないと思うよ、Sっ気強いなって自分で思う時あるし」
U「っはは!」
-- そうなんですか(笑)?
S「あるよ。やっぱり俺考えるより先にその時の思考がスパーンと言葉に出るんだよな。普通言わなくていいような事も思った瞬間口にしてるし、それで人が嫌がってるの見るとちょっと笑っちゃうし」
U「それは駄目だ(笑)。でもねえ、ちゃんとフォローするんだよね、君はね」
S「いやあ?してないよ別に。あ、それか相手によるんじゃない?」
U「無意識なんだね」
S「もう何言ってもダメだこれ。そうそう、曲の話だけどさ、今回異例のソロ曲にした理由の話。こないだもちょっと聞いてたろ?」
U「異例なの?」
-- これまで竜二さんのソロ曲というのは以前のバンドも含めて一曲も存在しませんね。
U「ソロっていうか、ギター演奏だけとかピアノ演奏だけとかはあるんでしょ?」
-- それもないですね。
S「うん、ない。徹底的にバンドサウンドに拘ってやってきたからね。意味がない、くらいに考えてたよ。俺達もあいつ自身も」
U「へえー」
-- 今回翔太郎さんが作曲したバラードは、竜二さんが作詞された後に作られたものですか?それとも以前から温めていた曲なんでしょうか。
S「今回は歌詞が先」
-- という事は、歌詞を読んで、その曲に合わせたメロディを作曲されたということですが、これも異例ですよね。そして何よりめちゃくちゃ早いですね。
S「そもそもあいつがあんな歌詞書いてたなんて聞いてないしね。歌うつもりで書いたのかも知らないし、思いつきで曲書いてやるーなんて言ったらまさかのヘヴィ極まりない内容で焦ったけど。でも思いついたら一瞬だよ。降りて来るか来ないかだけで、降りてきたらその時点で曲って出来上がってるもんだと思う。違う?」
U「出来上がりとまでは言えないけど、そういう時もあるね。…ねえ、いっつも曲が先なの?」
S「前もその話しただろ。そう、曲が先」
U「そうだっけ。え、毎回?」
S「うん」
U「じゃあ、歌詞を読んでそこに曲付けたの初めて?」
S「…うん、初めて。だから、あいつの歌詞読んだ事がそもそもないんだって」
U「ああ、そうだ、変わり者集団だったね。でも凄いね、ホント良い曲書いたよね」
S「ありがとう」
U「歌詞が先にあった方が作曲しやすい?そうでもない?」
S「どうかな。今回の曲だって、詩を読んでから書いたって言っても言葉数とか韻とか無視してるかさ。インスピレーションって言うの?それしか参考にしてない」
U「ああ、そういう感じなんだね」
S「そういう意味じゃ書き易かったと思うよ。それと所謂作曲っていう作業をちゃんとやったなーって思ったんだよ、今回。メロディをちゃんと構築したというか」
U「うん」
S「いつもは、まあ大成は違うけど、俺は自分の弾くギターリフを組み立てて1曲に仕上げるのが好きなんだよ。竜二がまた凄くてさ、あいつ俺の書く展開の早い曲に歌メロ乗せるのが物凄く上手くて。だから基本的には俺達の作業って骨組みだけ作ってあとは各自肉を付けたすやり方がほとんどなんだけど、今回は全部、要は竜二の歌メロとか曲展開、初めから終わりまで考えたからさ。あー、曲書いたー!って思った」
U「うんうん」
S「歌詞が先にあると、そういう作り方が出来るなーっていうのは勉強になったな、確かに」
U「今後もそういう作り方してみようかなーって」
S「それはないけど」
U「おいー」
S「なんで」
U「めちゃくちゃ良い曲書いたんだよ、自覚ないの?ねえ?」
-- そうですね。素晴らしいと思います。
S「バラードはそもそも書きやすいけどな。でも、確かに自分でも良い曲だなとは思うよ」
U「今後もそういう作り方してみようかなーって」
S「あはは、ないって。なんだよ」
U「言っとくけど私と曲作る場合私の歌詞が先だからね」
S「あははは!俺の曲に歌詞を乗せてみるのも良いとか言ってただろ?」
U「あれはやめた、やっぱり私の歌詞で曲書いて欲しい」
-- カメラ回ってます。
U「大丈夫。逆に証拠になるから」
S「(爆笑)。この人本当凄いよな」
-- 優先順位がハッキリしてて分かりやすいです。全身全霊『歌う人』ですよね。
S「頭が下がるよ」
U「ね?」
S「分かりました」
-- おおお、バッチリ収めましたよ。今回作曲されたバラードには翔太郎さんのアコギバージョンとURGAさんのピアノバージョンが存在しますよね。採用されたのはピアノバージョンですが、どのような経緯で製作されたものですか。
U「もうその日だったよ、連絡来たのは。ねえ」
S「そう。だから…歌詞読んで、あの日ちょっと揉めただろ、あの後すぐ連絡して」
-- あ、もう、そんなすぐですか。
U「うん。大成君に車で送ってもらって帰ったんだけど、その車の中でもう携帯に連絡来たんだよ。あ、そーだよ、ほら、やっぱりそーだ」
S「何」
U「ちゃんとフォローあったよ。だからね、『大丈夫?さっきはごめんな』って」
S「そうかな」
U「そうだよ。それでね、『さっきのあいつの歌詞に俺曲書こうと思うんだけど、ピアノ弾いてくれないかな』って」
-- え!? 書く前からですか?
U「そうなの。そんなんねえ、…断れないじゃない。もうなんか、関わっちゃってるしさあ、私は私で余計な事言ったせいでこんな事態になっちゃったのかなーとかまで考えてたぐらいだし。まあ単純に、翔太郎君から直接お願いされたのも初めてだったし」
-- なるほど。
U「複雑だなぁとは一瞬思ったけどね」
S「え?」
U「まぁた演奏かぁ。いつになったら一緒に制作しようって話になるんだよーって」
S「あははは!…あははは!」
U「笑いすぎだよー!私シンガーソングライターだよー?」
-- そうですよね。世界広しと言えどもURGAさん相手に2回連続で演奏依頼する男なんて翔太郎さんだけですよね。
U「そうだよ、贅沢使いが過ぎるって話だよ。まあ、冗談は置いといてさ。結果的にはピアノアレンジは私がしたから、全くのプレイヤーってわけじゃないんだけどね。原曲があったとは言えね、もう弄る所ないくらい綺麗な曲が出来たからさ。まあ、いいか」
-- 帰り道に翔太郎さんから連絡が来て、曲を渡されたのはいつですか?
U「2日後とかだよ」
-- 早い!
S「曲自体はその日に出来たよ。翌日持ってかなかったのは自分でギター弾いて譜面起こしてたのと、録音失敗したからなんだけど」
-- その日って、あの後って事ですか? いや、分かりませんけど、そんなポポポンと書けるもんなんですね。
U「時枝さんはどっちの曲聞いたの?」
-- え?
S「それ言うなって言っただろっ」
U「あああー!」
-- え?ギターver.とピアノver.という意味ではないんですか?
U「…」
S「今黙っても遅いんだよ」
U「ごめんなさい。もう、もう言わない」
S「あーあ(笑)。いや、別に大した話じゃないし、そんな真剣に口止めしたアレでもないんだけど、2曲書いたんだよ」
-- もう、驚くの疲れましたよ!もう一曲はどこ行ったんですか?
S「どこ行ったっていうか別にまだ何物にもなってないよ。今の所作り直す予定もないし、ボツ案だよ」
U「竜二君の歌に書いた曲だから、それ私に頂戴よって言うのも違うしね。あっちはあっちで良い曲だったけど」
-- そうなんですね。…ちなみに、細かい事気になっちゃったんですけど、翔太郎さんが曲を持って行かれたのってURGAさんのスタジオという事ですか。
U「うん。あ、やっぱりそこ気になっちゃいます?」
-- …あー、今からこれ、私、揶揄われるパターンですね?
U「あははは、鋭い!」
-- 普段このスタジオ以外での皆さんの動きを全然把握してないので、そういうお話が聞けて単純に嬉しいんです。
U「日常生活の話とか聞かないの?変わったライフスタイルしてるかもしれないよ?」
-- 大成さんがそういう話好きじゃないっぽいんですよね。だからなんとなく、他の皆さんにも聞いちゃいけないのかなって。
U「一年密着してるんでしょ?そろそろかネタなくなるよ。音楽の話ばっかりだと」
S「失敬な事を言うな」
U「意外な一面をもっと引き出していけばファンも喜ぶのにね」
-- だから今、嬉しいです。
S「この人のスタジオに行った話が?変なの。いっぱい人来るんじゃない?あそこ」
U「いっぱいは来ないよ(笑)。普通にお友達と、ミュージシャン仲間で信頼してる人達だけだよ。それこそヨーロッパツアー一緒に回るくらいの仲良しさんだったり。あとは事務所のスタッフとか」
S「へえ」
-- 今回が初めてですか?
U「そう」
-- まず翔太郎さんの録音したギター音源があって、それを聞いてその場でピアノverを作ったんですか?日を改めてですか?
U「その日だよ。せっかくお招きしてるのに一旦帰れなんて言えないよ(笑)。本人そこにいる方が相談しながら作れるし」
S「ははは、確かにな」
U「あ、レアな話したげようか」
S「またかよ」
U「あー、あーっと。ん?まずいのか?どうだ?」
S「何がだよ。何でもいいよ」
-- 聞きたいです。
U「自分でギター弾きながらデタラメ英語で仮歌を歌ってくれたんだけど、私翔太郎君の歌声って初めて聞いたんだよ」
-- えええ、私も聞いたことないです。コーラスはありますけど、歌ですか。上手なんですか?
U「天は二物を与えなかったね」
S「(爆笑)」
U「下手ではないよ。下手ではないけど、シンガーにはなれないよね」
S「下手で良いよもう!」
U「あはは!いやあ、でもね、ブルースシンガーとかならイケルのかもしれないね。これフォローね。まあ歌の良し悪しは置いとくとしてさ、何が一番言いたいかっていうとね。彼の音楽に対する取り組み方とか向き合い方とか、真摯な姿勢っていうのかな。それが見れて凄く嬉しかったんだよっていう話」
-- おおー、興味深いですね。
U「ギター抱えてさ、例の採用になった方の曲弾きながら、適当な歌詞で歌ってくれたの。その時点で歌メロがもう翔太郎君の中にはあったみたいで、それを聞かせてくれたんだけど。何というか、…まず、鳥肌立ったね。んー、なんかさぁ、どっかでさ、男の人って格好付けるじゃない。それまでは翔太郎君にもそういう所があるように思ってたしさ、彼なりのスタイルというか、上手く言えないけどそういうのってあると思うんだよね。別にそれが良いとか嫌だって事じゃなくて、普通に一般論としても、男の人は格好付ける生き物というか」
-- そうですね。女性がいつまでも可愛くあろうとする本能と似ていますよね。
U「そうそうそう。でもさ、いざ自分が真剣に向き合っているものと対峙する時に、人って本質が見れると思うんだよ。やっぱり翔太郎君は生粋の音楽家で、全く格好とかつけなかったんだよね。笑っちゃうくらい意味不明な英語で発音も音程も適当なんだけど、気持ちがもうさ、ここにいるのにここには無いっていうくらい、竜二君の歌を歌ってるのが分かって。鳥肌が止まらなくなって震えに変わった時に、これは凄い曲書いたなー!って。自分のプライベートスタジオでさ、この人がこの曲を演奏してるっていう事がとっても幸せな事に思えたんだよ」
-- 私も今鳥肌が止まりません。素晴らしい話ですね!
U「なんか、良いよね。分かるでしょ? 自分の夢の結晶というかさ、夢の空間。まあ贅沢な話だけど、思いのこもった私だけのスタジオでさ、尊敬するミュージシャンが、今まさに新しい命を生み出そうとしてる!ってね。そういう感動があったの」
-- はい。物凄い瞬間を独り占めされたわけですね。
S「いやー。そうかー、俺英語ダメかー」
U「あははは!」
-- そういう話ではありません!そのあとURGAさんが実際にピアノで演奏されて、先ほど聞かせていただいた音源が完成したわけですね。確かに演奏事態はそこまで複雑ではないように思いましたが、どういった点が難しかったですか?
U「音色かなあ。最初のギターの音階でそのままピアノ弾いてもよかったんだけど、やってるうちにもっと重たい方がいいね、という話になって。何度かギターも録り直したし、それ聞きながらまたピアノの音も変えたり。私はピアノはタッチの強弱だけでも音が変わると思ってるタイプなので、そこは結構神経使ったよ」
S「何回同じフレーズ聞かされたか分からないけど、全部微妙に違うんだよ。単純に、この音から始めましょうっていう話じゃないもんな。そもそも単音じゃないし。歌が入るまでの間隔も短いから、インパクトあって、深みのある音でとかいろいろ考えると、ちょっと苦労したね」
-- また揉めたりはしませんでしたか?
U「今回は大丈夫だったね。基本的にはお任せされてたように感じたなあ。うちで飼ってるワンコロ達とずっと遊んでた気もする」
S「それはそうかもしれない」
U「ねえ。さっきから全然話進まなくてずっと気になってるんだけどさ。あの曲をソロにした理由ってなんなの?なんで自分達で演奏しないで私の所へ来たの?」
-- ごめんなさい(笑)、私が話の腰折っちゃってましたね。
S「(笑)」
U「別に嫌だとは全然思わないけど、考えたら理由聞きそびれてたなと思って」
S「それは、うん。…今回あいつの歌詞をURGAさんから聞いて、頭では理解できるし、内容どうこうを否定したり肯定したりする気は一切ないんだけど、これはアプローチの仕方が違うなって思って」
U「ん?」
S「織江の妹の事は俺ももちろん知ってるわけだし、あいつを失って悲しかった思いも経験してるけど、俺はノイの恋人ではないし、竜二と同じ気持ちにはなれないんだよ、どう頑張っても」
U「うん」
S「そういう強すぎるあいつ個人の気持ちを、うーん、言っていいのか分からないけど、一緒にバンドとしてプレイできないって思ったんだよ」
U「どうして?」
S「どうして…。んー、難しいな」
U「そこはちょっと分からないな。竜二君の思いが強いと、どうして一緒にプレイ出来ないの? 歌を自分で作詞するボーカリストは山程いて、皆それをバンドでプレイしてるし、ドーンハンマーだって、これまで竜二くんの書いた歌を演奏してきたんじゃないの?」
S「そうだよ」
U「そうでしょ?」
S「そうなんだけど。…時枝さん悪いんだけどさ、繭子と大成何してるか見て来てくれないかな。呼んでもらえる?」
-- わかりました。
U「竜二君も呼んだげてよ」
S「じゃあ、スタジオに移るか」
U「うん。…待って待って。あのさ、私、怒ってないからね?」
S「え?…ああ、うん」
U「ね」
S「何だよ。分かってるよそんな事」
U「そう?一応言っとこうと思って。怒られ慣れしてなさそうだし」
S「どっちなんだよ(笑)」


練習スタジオに場所を移して。
ドーンハンマー(R、S、T、M)×URGA(U)。

-- というわけで、翔太郎さんのお気持ちを聞いて、皆さんはどのように感じられますか?
R「そら、そうかもしんねえな、としか」
U「(目を丸くして)どうしてー?」
R「どうしてって…、そもそも俺はあの歌を書いてる時、正直こいつらの顔を全く思い出さなかったからなあ。歌詞書いてる時に、そういうのって初めてなんだよ実は。気持ち悪い話になってっけど」
S「それはそれでどうなんだ、気持ち悪い」
T「(笑)」
R「俺は曲書かねえから翔太郎達ほどではないけどよ、一応メロディに言葉を乗っけて考えながら、頭の中では自分なりのプレイをしてるわけだよ」
S「(頷く)」
R「こういうテンションで歌って、翔太郎がこうギターを振り回して、大成が這うようなベースラインでのたうつ、繭子はこの曲は軽めの連打で疾走パターンもはまるんじゃねえか、とかさ。歌ってる自分を想像しながら同時に、この3人の演奏も思い浮かべながら歌詞書いてんだよ。同時進行っていうかな」
U「うん、分かるよ。その割には、アレな歌詞書いてるけどね」
R「アレだけどな(笑)!」
U「さっき翔太郎くんがね、アプローチの仕方が違うって言ったのね。それってどういう意味なのかな」
S「俺がっていうか、それは同時に、普段の竜二とも違うっていう意味でもあって。んー、何だろう、考えて喋るのは難しいなあ」
R「うーん」
-- 繭子は?なんか思う所ある?
M「え?、あー(唸る)」
U「聞くけど、繭ちゃん個人としてはさ、今回の竜二君の曲を一緒にプレイできる?それともできない?」
M「強いて言うなら、出来ない、ですかね」
U「えええ!なんでそうなるの?大成くんは?」
URGAの問いかけに、神波は腕組みしたまま仰け反って笑った。
T「なんか怖いな、この質問!」
M「そうですよね、何かドキドキしちゃいました、今」
同じく繭子も困った笑顔を見せ、URGAは理解不能だと言わんばかりの当惑しきった表情を浮かべた。
U「びっくりだな」
-- だけど竜二さん自身が、そんな皆さんの気持ちをご理解されているという。
R「同じ事考えてんのかは分かんねえよ、それは」
-- 繭子は、どうして出来ないと思ったの?
M「ドーンハンマーの曲…ではないのかなって、思っちゃうかも、んー」
S「うん」
U「だけどボーカルが書いた歌は、バンドの歌って事なんじゃない?」
M「えー。どうだろうな。…違いますね」
U「え、違うの!?」
S「いやいや、うーん、いや、URGAさんの言ってる事が普通だよ。俺達がきっと、違うと思ってるだけなんだよ」
M「難しい話ですね(笑)。改めて意識して考えると哲学的になっていきそう」
T「他のバンドがどうか分からないけど、URGAさんがそんだけ驚くって事はきっと俺達は一般的じゃないんだろうな」
U「これは今までも普通にあったことなの?」
S「例えば?」
U「竜二君が歌詞を書いてきました。それを読んだ他の誰かが、こんな曲はやりたくない、こんなのはドーンハンマーじゃない、みたいな事」
S「ないよ。ないし、そういう話じゃない」
U「う、ええ!? もう、なんだよ、揶揄ってんのかぁ!?」
S「すげえ怒ってんな」
U「あはは、怒ってないってば!でもどういう意味なの?」
S「繭子の言おうとした言葉の続きが聞きたいね。多分それが俺と同じ答えな気がする」
M「嘘ォ?私ですか!?えー、何言おうとしたっけな」
S「バンドの曲じゃないって」
M「あ…はい。そもそも私達の曲は誰かが作った曲じゃなくて4人で作った曲なんです、2nd以降全部。なので、これまで竜二さんの書いた歌詞の意味を知らないとか、読んでこなかったのは、その内容が4人にとってあんまり重要じゃなかったからなんだと私は解釈してるんです。『aeon』みたいに、実はノイさんの事を思わせるフレーズが入ってる曲があったしても、実際そこは、クオリティだけ見ればそんなに問題じゃないというか。やっぱりそれは、私達がメッセージを届けたいバンドじゃないって事が関係してるんじゃないかなあと、思いますね。ただ、ひたすらに、格好良いと思う曲を作ってプレイしたい。そこを4人で共有したいし、そこを、世界中に見て欲しい。ドーンハンマーってそういうバンドだと思ってます。だから、例えば翔太郎さんがどれだけオファーされてもギターのソロアルバムを作らないのと同じ理由で、竜二さんのソロ曲みたいな歌は、ドーンハンマーの曲として扱えないっていう、私個人の思いはあります。竜二さんの武器は歌声だし、私はドラム、翔太郎さんはギター、大成さんはベース。お互いを支え合う楽曲をプレイして初めて、私達の曲になるんだと思います。竜二さんの歌詞の内容がどうだとか、ノイさんだからどうこうとかじゃ、全然ないですよ。むしろ関係ないんですよ。却って竜二さんの思い入れが強すぎる事で、この曲に自分は必要ないなって思ってしまうんですよ。…ごめんなさい、長々と」
伊澄がテーブルに置かれたペットボトルを取って、繭子に手渡した。
繭子は少し驚いて、首を竦めて恐縮する仕草をして見せた。
-- ありがとう。物凄く分かり易かった。
S「もう今後考えて喋るパートは全部繭子にお願いしような」
T「な(笑)」
M「やめてくださいよ、めっちゃ胃が痛いです」
R「なははは」
U「なるほどねえ、あ、だから、私だったのね?」
R「ん?」
U「竜二君、そもそもそれが分かってたから、メンバーに見せないで私の所へ来たわけか」
R「さあ、どうだろうね。それもあるんだろうし、やっぱ一番はURGAさんのおかげで、書いてみようと思ったわけだから、それが筋だろうなと思ったし。ただやっぱり今までそういう詩を書いてこなかっただけに、翔太郎や大成に見せるのは抵抗あるよな」
S「どうした?ってなるな」
R「なんか病んでんのか?って思われるのも違うし」
U「思ったけどね」
S「(口笛を鳴らす)」
R「いやー、うん」
U「私、結構傷ついたんだからね?」
R「それは本当に申し訳ない」
U「あははは。うん、でもまだきっと勘違いしてるね。まあ、真面目に話すとね。私、何が嫌だったってさ、あの詩がね、竜二くんにとってひとつもネガティブじゃないっていう事なんだよ」
-- あああ。
U「え?どした?」
-- ごめんなさい、いきなり。私の中にあったモヤモヤの正体がはっきりと見えたもので。
U「そうなの?」
-- はい。ごめんなさい、続けて下さい。
U「なんだっけ。…そうそう、別にさ、色んな歌詞があって良いと思うの。私の持ち歌にも、今私は傷ついてるよ、しんどいんだよ、ちょっと休みたいよっていう曲はあるしね。前向きじゃないといけないとか考えた事もないし、一口にメッセージソングと言っても、それは自分自身に宛てて歌ってる事だってあるし、いつだって元気一杯に愛の歌を歌わなきゃいけないなんて、そんな使命感重たいだけしね。ただね、いつも自分なりに気を付けているのは、ただ辛いだけの言葉を書き連ねて終わる事だけは避けようって、思ってるの。きちんと、自分だったり、誰かさんだったりを引っ張り上げたい気持ちを込めて、ほんの少しでも良いから、今は出来ないかもしれないけど、いつかは立ち上がるよっていう詩を書くようにしてるんだよね。そうしないと、いつかその詩を歌えない日が来る事は分かっているから。だって、明日はまた元気になるかもしれないし、辛いばかりの人生だと今思ってるとしても、私はこうやって今皆と話をしている事が幸せだし、嬉しいからね。辛い感情ばかりを並べた詩は、いつか自分で嫌いになっちゃうと思う。それは悲しいし、勿体ない事だと思うから。…ごめんなさい、長々と」
URGAはそう言って、伊澄を見つめる。
繭子が伊澄にペットボトルを手渡すまで、彼はじっとURGAを見返したまま気づかなかった。
苦笑しながらペットボトルを差し出す伊澄に、「チ!」と口に出し、URGAは笑った。
U「だからね、何が一番驚いたって、竜二君が別に辛そうな顔してなかったって事なんだよ。あれだけ、んー、どこまで比喩なのか分からないけど、激烈な(笑)、言葉を並べて恋人を思う心に、自分自身が焼け焦げていようと、周りの人間が心配するようなネガティブさを感じない所が、すごく怖かったんだよ。…ってめっちゃ硬いなこれ」
蓋の開かないペットボトルを取り上げ、キュっと回す池脇の顔はとても優しかった。
U「本っ当に我慢強いね!普通もっと悲しい顔しない?」
R「いや、スゲー人だなあと思うと嬉しくて。やっぱりアンタに見せて正解だった」
U「おだてたって駄目なもんは駄目だ!」
R「あははは!」
U「あの詩をさ、今竜二君が歌えないのは、きっとそういう部分と関係あるんじゃないかと私は思うな。だけどさ、嬉しかったのは、本当は嫌だけどさ、翔太郎君が怒って竜二君を殴ったじゃない? ああいうの近くで見るのは怖いけど、でも嬉しかったな。うん、嬉しかったよ」
S「んー。ははは、それはどうかな」
U「おお? 珍しく照れてやんの。あ、ありがとう、ごめんね」
繭子が未開封のペットボトルを持って来てURGAに手渡した。
そして自分が飲んでいたものを受け取ってソファに腰を下ろすと、何故か少し怒ったような顔で伊澄を見た。
M「ダメですよ。URGAさんは翔太郎さんに甘すぎです。プロなんだから、もう喧嘩なんてやめてください」
S「はい(笑)」
U「あはは。繭ちゃんの前では翔太郎君も形無しだね」
M「いやいや、そんなんじゃないですけど。それに…」
U「…それに?」
繭子は俯いて首を振った。URGAが伊澄を見やる。伊澄は池脇を見やり、池脇は首を横に振った。
-- どうしたの? 翔太郎さんが竜二さん殴ったこと、そんなに嫌だった?
M「ううん、そういうことじゃない」
U「私に関係ある話?」
URGAの言葉に、繭子は誤解を恐れたのか意を決したように顔を上げて言った。
M「さっきURGAさんが話をされてる間、翔太郎さんも、大成さんも、同じ顔してたんです。私それがすごく嫌で」
伊澄と神波はバツの悪そうな顔で視線を外した。
池脇はそんな2人を見て、眉間に皺の寄った顔を俯かせた。
M「皆さんきっと、竜二さんの詩を聞いた時本気で驚いたと思います。だけどそれは14年たった今でも竜二さんがあの時と同じ気持ちでいる事を、改めて知った事に対する衝撃なんじゃないかなって、私思ったんです」
U「…それってー、つまりー」
M「今2人の顔を見てて思っただけなんで当てずっぽですけど、竜二さんの気持ちを、2人とも本当は痛いくらい理解してるんだと思います。なんなら2人だって同じ立場なら…同じように考える人達なんじゃないかって。URGAさんが、竜二さんは全然ネガティブに捉えてない、そこが嫌だっていう話をされた時も、2人とも顔色一つ変えず、共感も頷きもしませんでした。そりゃあ仕方ねえよくらいに思ってるんじゃないかって」
U「(頷く)」
-- だけどそうなってくると、翔太郎さんが竜二さんをブン殴った理由は何だと思う?
M「それは…。んー、今思いついた推測だからそこまでは分かんない」
伊澄は、聞いているのかいないのか分からない微笑みを浮かべながら、空中の何もない一点を見ていた。片や視線だけを伊澄に向けているURGAの口元に、微笑みはない。私も繭子と似たような不安を抱いていただけに、この話をこのまま掘り下げて良いものか迷っていた。
URGAが溜息を吐き出しながら、明るく振る舞う。
U「なんか、またドキドキしてくるねっ」
その声は震える寸前だった。
-- お客様に気を使わせてばかりですね。
思い切って私が言うと、弾かれたように4人の背中が伸びた。
R「でもなんか…、俺、歌える気がしてきたなー」
S「とかなんとか言って、ブース入った瞬間大泣きすんだろ?」
T「ティッシュの箱追加しないとな」
M「ちょっと、せっかくやる気になってるのに」
いつものような軽いやり取りを披露する4人に向かって、「私はいつでも行けるよ」と頷きながらURGAはそう言って立ち上がり、トトトと歩いてスタンドマイクの所へ行く。池脇仕様のマイク位置を、了承もなしに勝手に弄って許されるのは、世界で彼女ただひとりかもしれない。
ハー、アー。
U「リクエス?」
少女のような声で歌姫がスカートの裾を広げてみせる。
M「うおあー!」
繭子が喜びの声とともに立ち上がる。伊澄は肩を回しながらURGAに歩み寄ると、ギターを持ち上げて彼女の左斜め後ろに立った。URGAが少女のような目でそれを見つめる。
S「あー、リクエスト?」
U「ワオ」
URGAがカメラを探して大袈裟な顔を作って見せる。
池脇達が笑いながら2人の前に集まると、急な成り行きに照れた様子で彼女は言った。
U「wao! I think so... dreaming! anybody else ?」



私、夢見てると思うな。そう思うでしょ?

連載  『芥川繭子という理由』21~25

連載第26回~ https://slib.net/85262

連載  『芥川繭子という理由』21~25

日本が世界に誇るデスラッシュメタルバンド「DAWNHAMMER」。これは彼らに一年間の密着取材を行う日々の中で見た、人間の本気とは何かという問いかけに対する答えである。例え音楽に興味がなく、ヘヴィメタルに興味がなかったとしても、今を「本気」で生きるすべての人に読んで欲しい。彼らのすべてが、ここにあります。

  • 小説
  • 長編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2018-07-17

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