*星空文庫

フクスイ盆ニカエラズ

遠藤健人 作

 いまだに誰なのかわからないおじさんの話をする。
 十年前、祖父が亡くなって、父の実家に帰省することになった。祖母はすでに亡くなっていて、祖父は父の弟(僕の叔父だ)と二人で暮らしていた。葬儀の諸々は叔父が取り仕切り、母は慣れない土地でいろいろと気を遣わなければならないことが多く、長男である父がいちばん他人事のような顔をしていたのはいかがなものか、などと子供心に思ったかどうかは覚えていないが、とにかく大人たちにとっては慌ただしい数日間だった。十歳の僕は隙を見つけてはポケモンを育てていた。
 火葬を終えた後の精進落としの席でのことである。自分にこれほどたくさんの親類縁者がいたのかと驚くくらいの大所帯だった。僕は目ぼしい料理をあらかたつつき尽くすと、ここぞとばかりにポケモン育成に勤しんだ。隣の席の母はお酌にまわるため席を外していたのだが、そこに初老でガタイのいいおじさんがどかっと腰を下ろした。前歯が数本抜けた顔で笑みを浮かべている。おじさんは、
 「けえ」
 と言って、母のものであるはずの茶碗蒸しを渡してきた。「食え」と言ったらしいが、僕はこの地方の甘い味付けの茶碗蒸しは苦手だったので「いりません」と答えた。
 「ほうか? わーが食うど? ほんにええが? ぼんず、『フクスイボンニカエラズ』ゆうこどわざ知っとうか?」
 「知りません」
 「ほうか? 一度しだごだあ、取りがえしがつがねえどいうごっだ」と言っておじさんはコップに入った母のビールを一口飲んだ。
 「昔、中国にフクスイちゅう坊さんがおっでな、たいそうな寺で修業しなさってたんが、盆と正月にゃあ必ず母親ど可愛がっどる犬のおる家にけえってたんが、あるとぎな、盆にけえるどな、ぼんず、キュウリどな、ナスビに割り箸刺しどるもん見だごどあるが?」
 「あります」と僕は言った。
 「ほうか? そのキュウリをな、バガ犬が箸ごど食っぢまっで、ほいで犬ば死んじまっで、わーがよぐ見どればど坊さんば嘆いでな、ほれから坊さんば悲しうて盆にゃあけえれねぐなっぢまっだんだど。ほいで、取りがえしつがねえごどを『フクスイボンニカエラズ』いうようになっだんだど」
 ここまで話すとおじさんは母のビールを一気に飲み干した。おじさんが黙ってしまって気まずいので、僕は「そうなんですか」とかなんとか呟いた。するとおじさんは「けえ」と言ってまた茶碗蒸しを僕に差し出した。「いりません」と言うと、おじさんは「ほうか?」と言って茶碗蒸しを持ったまま席を立ち、どこかに去っていった。
 僕はほっとしてポケモンに戻り、そのままおじさんのことは忘れていたのだが、自分の家に帰ってから一、二ヶ月後くらいだったか、国語の授業で「覆水盆に返らず」の本当の意味と由来を知り、あのおじさんを思い出すことになった。
 祖父の一周忌で、また父の実家に帰ることになった。葬式のときとは違って、寺で読経を聞くときも、その後の会食でも、そんなに多く人が集まることはなかった。
 僕はあのおじさんが来ていないか探してみたが、姿は見えなかった。去年は背が高くて歯が抜けているおじさんがいたよね、と母に訊いたが、「そう? 私あのとき忙しかったから」と思い出したくもないと言いたげな苦々しい表情を見せるだけだった。叔父にも訊いてみたが、「わがらねえなあ。歯抜けのおっさんは何人もいた気ぃすっけどなあ」と言って、ただ父と笑い合っていた。
 その後も何度か父の実家に行く機会はあったが、やはりあのおじさんに会うことはなかった。おそらく遠い、僕と関係があるのかないのかわからないくらいの親戚なのだろうが、お盆の時期になると彼のことをどうしても思い出す。僕が有名にでもなれば、ひょっこり現れたりするかもしれない。
 僕は大学に入ってから一人暮らしを始め、普段は両親と連絡さえあまりとらないのだが、盆と正月には必ず家に帰ることに決めている。

『フクスイ盆ニカエラズ』

『フクスイ盆ニカエラズ』 遠藤健人 作

いまだに誰なのかわからないおじさんの話をする。1,575字。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2018-07-12
CC BY

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