*星空文庫

【連載】吾輩は猫ではない(プロローグ)

万田 竜人(まんだ りゅうじん) 作

プロローグ(第一幕)

吾輩は猫ではない

ましてや、自分は犬だとも思っていない。
公園で、同系のミニチュアダックスフンドが親し気に近づいてきても嬉しくもない。

グランパにトリミングに連れて行ってもらって、トリミングが終わると茜(あかね)
お姉さんがカズさん(グランパの奥さん)にお迎え頼むの電話をかけると決まって
吾輩の・いや・私の耳の後ろに、しっかりとリボンを取り付ける。

茜お姉さんは、このリボン選びが楽しいらしくて、私のトリミングが仕上がった顔
を見ながら、これも、茜お姉さんが考えた秘訣らしく、次のトリミングまでリボン
が外れないように、リボンの台座を作って、リボンをしっかりと取りつける。

グランパは、茜お姉さんのトリミングが完了すると、大げさに迎えに来る。
「ももちゃんカッコいいね!」と云って両手を広げて来るので、しょうがないから、
いかにも嬉しそうに全身で喜び表現をしてグランパの胸に飛び移る。

茜お姉さんも「やった!」と云う顔をして、私の顔を見てくるので、感謝の気持ち
を尻尾を振ることで意思表示してみせる。

そしてグランパがお気に入りのフィールダーと云う車に乗って自宅に戻ると・・・

「お帰り!」と云って、カズさんが、出迎えてくれて、
「お腹、空いたよね!」と云って、夕食にありつく・いや・夕食をいただく。
「夕食は、鶏のむね肉を電子レンジでチンとばかりにロースト風にして、食べやすく
刻んだものと、キャベツおよびドッグフードの三種盛り」になっている。

この三種盛りは、先代のシェリー先輩から続くもので、ダイエットを考えてグランパ
とカズさんが一緒になって工夫しながら考え出したらしい。私の時代になってからは
ドッグフードに粉末牛乳を振りかける工夫が加わったと云う(この経緯は後述)。

しかして、この「三種盛りドッグフード」の工夫には、物語風のエピソードがあって、
プロローグにおける華の話題にすることにしよう。

私は、埼玉県入間市の「入間ケ丘」で暮らしているが、先代のシェリー先輩は入間市
久保稲荷で暮らしていたので自転車で10分くらいの距離だが住環境は少し異なる。

「なんでも、その事件は、隣接する小学校の秋の運動会の時に起こった」のだと云う。
「シェリー先輩は、日中は外で暮らして、夕刻にグランパが帰宅すると屋内に入って、
翌朝、グランパが出勤するまでは、室内犬として暮らしていた」のだと云う。

「その日、隣接する小学校の校庭では、運動会で、お馴染みの小旗が風に吹かれて棚
引き、シェリー先輩が庭の木陰で通りを見渡していると、校庭で、騒ぎまわっている
子供たちに向かって母親たちが道を急いでいるので嫌な予感がした」のだと云う。

「やがて運動会が始まり、シェリー先輩が苦手なピストル音が鳴りだし、これは危な
いと思ったのだと云う。なんとかして逃げることは出来ないかと考えて庭をぐるぐる
と巡回して、グランパが閉めていった鉄柵の端に鼻先が突っ込める隙間を発見した」

「ここなら、鼻先でこじ開ければ、外に出ることが出来る」と判断したのだと云う。

「外に出ると、ひたすら遠くへと思い、グランパと散歩で時折出掛けた林を抜けて、
さらに公園を抜け、バイパス道路を横断して、大型パチンコ店の駐車場まで逃げた」

「このバイパス道路は、飯能市と狭山市をつなぐ道路で車も頻繁に通るが、たまたま
道路が空いていて、すんなりと渡り切ることが出来た」のだと云う。

「そこから森林までは近く、ゴルフ場の森林に繋がる広い空間が果てしなく広がって
いるので、しばらくは、そこで昼寝をしたのだ」と云う。

「昼寝をした場所も、グランパと散歩したことがあるので不安感はなかった」と云う。

いいかげん、昼寝をして気持ちも落ち着いてきたので、さて帰ろうかと考えて、大型
パチンコ店の駐車場に戻り、バイパス道路を横切って家に戻ろうと考えたが、どうに
も車の流れが止まず、右往左往していると・・・

若いお兄さんが側に来て「危ないよ!」と声をかけてくれた。

「どっから来たのかな?」
と云いながら、お兄さんが車に乗せてくれた。

「グランパの車は4ドアだが、お兄さんの車は若者らしく2ドアだった!」

しばらくして、入間市のアウトレットにつながる道に出て、お兄さんの勘が働いたら
しくて、林の中に人家がまばらにある地域に車を止めて・・・

「この辺りの住宅で飼われていた犬が迷って大型パチンコ店に来たもの」と判断して
「この森の中に放してやれば自分で自宅に帰るに違いない」と考えたらしいと云う。

「シェリー先輩にしてみれば、まったく、見当違いの場所なので、お兄さんの車から
降りる訳に行かない、車の中で踏ん張って、車から降りなかったのだと」云う。

お兄さんも、困り果てて、近くにあった自動車の修理工場に車を止めて・・・

修理工場の簡易事務所の窓口を覗くと、修理工場の奥さんが出てきたので、
「今、バイパス道路を渡ろうとしていた犬を助けたんですが、この辺で犬の飼い主を
探すには、どうしたらいいでしょうか?」と助けを求めたのだと云う。

「私の処で預かってもいいわよ」と云って、お兄さんの車の処まで、来てくれて、

「あら、綺麗にブラッシングされていて大事にされているワンちゃんじゃないかしら、
とりあえず警察に届け出て、うちで預かっておくわよ!」と云われ、お兄さんは安心
してシェリー先輩を無理やり車から降ろして、奥さんに抱き渡したのだと云う。

「うちならば、夜は修理工場の中に放し飼いに出来るので、飼い主が見つかるまでに
時間がかかっても大丈夫よ!」と云われて安心して預けたのだと云う。



プロローグ(第二幕)

我が家のグランパは、一生涯学生作家として小説家を目指しているが、最近になって
「どうも、自分は小説家と云うよりも、散文家のほうが向いているのではないか?」
と考えるようになってきた節が見受けられる。

その根拠は・・・

最近になって放送大学のテキスト「日本文学の名作を読む」島内裕子 放送大学教授
から「名作とは長く読み継がれるもの」と云う一文に納得、そして、

「夏目漱石は小説家、森鴎外は散文家、そして、鴎外は史伝と云う独自の世界を切り
拓いた」と云う大ぐくりの解説に納得した。

そして最近では・・・

平成30年(2018年)前期の授業において「枕草子(上巻)を読む」の申し込み
をして受講が認められ、島内裕子教授の楽しくて・分かりやすい授業に期待しながら、
カズさんの蔵書「枕草子」秦恒平著を借りて現代語訳で予習を進めている。

その予習の過程で・・・

枕草紙が執筆されていた時代に、宮廷文化には「三つの流れ的なサロン形成」が散見
されると云う記事を見付け、グランパにとっては大いなるヒントを得たようである。
(順不同で列挙すれば)

◇一つ目は、大斎院(だいさいいん)と呼ばれた選子内親王による女文化の集団で
和歌の贈答を中心に、すぐれて優雅な文芸的雰囲気を特徴としたサロンであった。

◇二つ目は、一条天皇の中宮彰子が率い、父道長が精一杯惜しまず貢献を果たした
と云われている、紫式部を中心とした「源氏物語」づくりで後世にいたっても大い
なる評価を得たサロンである。

◇三つ目は、皇后定子に向けた以心伝心的な女文化の集団で清少納言を文筆の中心
に据えて「枕草子」を世に残したサロンである。

そして、三つのサロンを通じて・・・

◇一つ目は、もちろん「韻文的」な表現であり

◇二つ目は、もちろん「小説的」な表現であり

◇三つ目は、もちろん「散文的」な表現と云える。

そしてかつて「徒然草」兼好著を島内裕子教授の授業を通じて学んだことがあるが、

◇徒然なるままに、自由なテーマ設定で、深く人生の在り方を見つめ、散文的であり
ながら全編を通して読むと壮大な小説的とも云える人生観が伝わってくる。この全編
の文章の流れを称して、島内教授は、モーツアルトの楽曲のようであると云う。

そして小説的な表現に憧れながらも、散文的な表現から脱しきれないグランパとして
は「吾輩は猫である」夏目漱石著には大いなる憧れがあり、猫の視点から小説を描く
と云う着想に置いて、出発点から、グランパには小説家としての資質に欠けるのでは
ないかと思い知ることとなり、しからば「吾輩は猫ではない」と云う視点から・・・

大いに、もがいてみることで、散文家と小説家の間を行ったり来たりのカオス(混沌)
の世界を棲家にして、ハーフ&ハーフな世界を楽しんでみたいのだと云う。

そして、もう一つの憧れは、村上春樹ワールドであり、特に「1Q84」の主人公が
小見出しごとに入れ替わる表現には、読み始めた瞬間から引き込まれて、グランパも
いつかは、一つの表現方法として真似してみたいと云う思いを持ちながら、あの三冊
シリーズをグランパの蔵書に加えて、時々、読み返しているのだと云う。

そこで、本稿においても、吾輩は猫ではないの私「主人公」と脇役の「グランパ」で
交互に文筆して行く形態にチャレンジしてみたいのだと云う。

そのような訳で、プロローグ(第一幕)は、私からの視点で書き綴ったので・・・

プロローグ(第二幕)は、グランパの視点から、書き綴っていただくことにする。
(以降は、吾輩は猫ではない私と、グランパとで交互に執筆することにする)

それでは、グランパ、どうぞ!
(以降は掛け声は省略して以心伝心とまいりましょう)

・・・・・・・・・・・・・・・

迷い犬の「太めのコリー」は我が家のシェリーなのか?

たまたま、私が、定時退場して早目に帰宅したものの、いつもなら庭を駆けて玄関脇
まで、お迎えに出て来るシェリーが顔を見せないので不思議に思って鉄柵のフェンス
を開けて南側に回ってみたが姿がみえないので、念のため西側も確認・・・

「どうしたんだろう?」と思って、家の近所を歩き回ってみたのだが、家の周辺にも
姿は見当たらない。

「そういえばシェリーが我が家に来て六か月目くらいの時に近所の北さんがシェリー
を抱きかかえて、我が家まで届けて下さったことがあった!」。

あの時は、カズさんが、一番目に帰宅していて・・・

「シェリーちゃんを預かっていました」と云って駐車場で車から降りてきたカズさん
にシェリーを抱き渡してくれたと云う。

驚いた様子のカズさんに、北さんから、詳しい状況の説明があったと云う・・・

この辺では、あまり見たことのない子供たちが、子犬を縄につないで、嫌がっている
のに、無理やり引っ張りまわしているので、子犬の顔をみたら、見慣れた子犬なので、
「これ佐久間さんのところの子犬よ?」と云うと黙っていて返事がなかったと云う。

「どこから連れてきたの!」と云うと、今度は、皆、一目散に逃げて行ったと云う。

そのような訳で、経過は良くは分からないが、我が家の誰かが帰宅するまで気に留め
ながら、シェリーを預かってくれていたのだと云う。

北さんとは、以前、同じ近郊のマンションの同じ号棟に住んでいて、この一戸建住宅
街にも一緒に引っ越してきたと云う間柄で、住宅の登記の際などは同じ車に同乗して
大宮まで一緒に手続きに行ったこともあり長い付き合いである。

そのようなことを思い出しながら、北さんのお宅の脇を通り抜け、一通り町内を一周
してみたが、シェリーらしき気配はなかった。

その時に、一瞬、脳内をよぎった思いは・・・

「野犬として扱われ保健所に届けられて処分の対象にでもなっていたらたいへん!」
と急いで車を走らせて、近郊の保健所に向かったが、保健所の入り口は時間外扱いの
ため閉鎖となっていた。

すぐに、帰宅すると、カズさんが駐車場に車を入れているところだった。

「シェリーが居ないわね~」と聞かれて・・・

「私が帰った時に、既に、シェリーが居なかったこと」を説明した。

「二人で手分けして近所の道路づたいに探してみよう」と云うことになり、小走りに
探し回ったが、どこにも姿はなかった。

道路などを横切って自動車に、はねられたと云う可能性もあるので、道路わきの茂み
などにも念のため目を走らせた。

かなり広範囲に探し回って、家に帰ると、さすがのカズさんも疲れ切って帰ってきた。
玄関に入ろうとした時、次女のヒトさんが帰ってきた。
ただならぬ様子に「どうしたの?」と聞いてきたので状況を出来るだけ詳しく伝えた。

「それだけ探していないと云うことは、自動車にはねられて、どこかの獣医さんの処
に預けられたか、最悪、片付けられてしまった」と云う可能性も考えられるわね。

「どうしようか?」と三人で顔を見合わせる。

「こう云う場合に、一筋の手がかりとしては警察などになんらかの連絡が届いている
可能性があるかもしれない」と云うことで意見が一致して、最寄り駅の交番を訪ねて
みることにした。

最寄り駅では月極めで、カズさんが駐車場を契約しているので、駐車場に車を止めて
三人で交番に向かったものの、あまりあてにはしていなかった。

「失礼します」と三人で交番に入って行くとディスクで執務をしていた警官が・・・

「何事ですか?」と云う顔つきで立ち上がって対応してくれた。

「我が家の飼い犬が行方不明でして」と云うことで、話を始めると・・・

「太ったコリー犬なら、狭山警察署の方で預かっていますが?」と云う説明があって、
詳しい状況の説明から、ほぼ、我が家のシェリーに違いないと判断した。

しかし、シェリーは、シェルティ犬でコリー犬には似ているが大きさはだいぶ違う。

シェリーは、近郊のダイクマ店のペットショップで購入・・・

「この時も、私(グランパ)とカズさん、そして次女のヒトさんの三人でダイクマに
買い物に出掛けて前から飼い犬願望があったため、三人でペットショップをのぞいて
みたのであった。いろいろな種類の子犬たちがショーケースの中で遊んでいた」

その中で、シェルティーの子犬とグランパの目が合った。
可愛いなと思って私がケースの中をのぞきこんでいると、店員の方が・・・

「抱っこして見ますか?」と声をかけてきたので、
「お願いします」と云うと、ショーケースの裏側に回って、シェルティー犬を抱きか
かえてきて、膝を折って床に腰を下ろしている私の前に降ろしてくれた。

すると、すぐに、私パの側に来て、差し出したグランパの手を盛んにしゃぶってくる
ので、思わず抱き上げると、今度は顔を舐めてくる。店員の女性の説明によれば子犬
は嬉しくて、手を舐めたり、顔を舐めてきているのだと云う。

私は即座に決めた。そして、カズさんとヒトさんに向かって・・・
「いいよね!」ということで連れて帰ることに決めた。

その直後に、後ろから、声がかかった。
「その子犬は、売れてしまいましたか?」

店員が「はい」と答えると・・・

「私たちも、先程、その子犬が気に入って、その前に買い物を済ませようということ
になって、今、戻ったところなのですが、飼い主さんが決まってしまいましたか?」
と残念そうな様子であった。

シェルティも子犬のときは、小さいので、ケーキ箱のようなケースに入って我が家に
到着、早速(躾が出来るまでは)、糞と尿との闘いに奮闘(糞闘)することになる。

歯が伸びる時期には歯が痒いらしくて、入れ替えて庭に出した古い応接用のテーブル
を丸ごと噛みつくした。

名前は、シェルティ犬なので、そのまま「シェリー」と名付けた。英国にはシェリー
と云う詩人もいるので、イギリス系の風貌の子犬には相応しいと考えた。

元気な子犬で、健康そのもの、食欲も旺盛で良く食べる。
カズさんも、子犬が喜んで良く食べるので、子犬に、ついついドッグフードの他にも
人間の食べるものを与え続けた。

定期健診を兼ねた予防注射の時に、獣医さんから・・・

「ドッグフード以外の物は与えないで下さい」と常々、云われながら、与え続けた。
結果、シェルティ犬は規格外の大きさと成りコリー犬に近づいた。

その様な経緯を脳内で反芻しながら・・・

「たぶん、その太めのコリー犬は、我が家の飼い犬に違いありません」と答えた。

「そうですか、分かりました」と笑顔の警察官から応答があった。

「それでは、その犬は、現在、自動車の修理工場で預かっていただいておりますので、
明日にでも本人確認をしていただいて、間違いなければ、狭山警察署に出向き手続き
を取るようにして下さい」と云われ、自動車の修理工場の場所を教えていただき交番
でお礼を述べて、交番を後にした。

帰宅すると、全員がリビングに集まっていた。今日は金曜日・・・

「カズさんのアイデアで、金曜日は、CDカセットで、セミクラシックを聴きながら
夕食を摂ることにしている。今日は夕食がだいぶ遅くなった」

「夕食では、家族六人から、いろいろな情報が飛び交うことになる」

「長女は、T自動車の販売店で近郊に通っている」
「次女は、都内の商社系事務」
「三女は、H自動車の事業所で総務系の事務」
「末の長男は、都内の高校に通っており、下校後に同じ都内の予備校に通っている」
(後に、頑張り効果として、都内のM大学に合格)
「カズさんは、都内の商社系管理職」
「そして、私(グランパ)は航空エンジンの事業所で管理工学の専門職として勤務」
(守備範囲の二か所の事業所からは、車で、一時間以内に帰宅できるため、なにか
あれば、あてにされることが多い)

「その後、四人の子供たちは、伴侶を得て、それぞれに結婚式を機会に、我が家から
巣立っていったが、カズさんのアイデアを踏襲して、セミクラシックを聴きながらの
夕食を家族で楽しんでいるか?」聞いたことはない。

その日は、当然、シェリーが行方不明になった話題が中心となり・・・

「はたして、太めのコリー犬は、ほんとうに、シェリーだろうか?」と云うところで
話の核心はそこに突き当たった。

しばらくの沈黙の後で「今から、その修理工場に行って真相が分かるかどうかは分か
らないが行ってみた方が良いのでは?」と云う結論に達した。

しかし、六人も居ると風呂の順番もあり、末っ子の長男はいつも夜中に風呂に入るの
で番外として、ヒトさんとカズさんと私(グランパ)の三人で現地を確認することに
して、留守役の二人(長女と三女)には、先に風呂に入ってもらうことにした。



プロローグ(第三幕)


大型シャッターの向う側

自動車のナビは便利すぎると云って、グランパが驚いていたと、カズさんから聞いた。

グランパが、太めのコリー犬を預かっていると云う修理工場の住所をナビに登録して、
車を走らせると、約15分で、該当の場所に着いたのだと云う。

最近は、必要以上に個人情報に神経質になり過ぎていると云っていたグランパもこの
便利さを体験して、個人情報には神経質になるくらいがちょうど良いのだと、考えを
改めたと云う(今や、個人情報を取り囲む環境が便利になり過ぎているのだ!)。

車から降りた三人が、修理工場の前に立つと、辺りは薄暗く、人の気配はなかった。
「この場所に間違いない!」と確信したグランパが、先頭に立って、修理工場の建物
の前に立つと、突然、非常ベルが鳴りだした。

しかし、シェリーであることを確認したいグランパにとって、非常ベルへの恐怖心は
なく、どうしたら確認することが出来るのか、そのことに気持ちが走ったと云う。

非常ベルは、ずいぶん長い時間にわたって鳴り響いていた印象があるが誰も来る気配
はなく、やがて鳴り止んだと云う(内心では誰かが来てくれることを望んでいた)。

建物の前側からでは、内部の状況は確認のしようもなく、呆然としていると、今度は
暗闇の中で建物の周囲から犬たちがいっせいに吠え出した。犬たちが、吠える声から
想像して、建物の周囲には、3匹くらいの犬たちが繋がれているようである。

一瞬、静かになったので・・・

「これじゃ確認のしようがないから帰ろうか?」
「そうね、明日、あらためて、こちらにお伺いするよりないわね!」
「私は、明日は用事があるので、グランパとカズさんにお願いするわ!」

などという会話を交わして帰ろうとすると、

目の前の大きなシャッターを内側からカリカリと引っ掻くような音が聞こえるので、

「シェリーなの?」
「シェリー?」
「シェリー!」ね、

と声をかけながら、大型シャッターの前に三人でしゃがみ込むと、シャッターの向う
側に、犬の気配を感じ取ることが出来たのだと云う。

「これは、シェリーに、間違いない」と三人で顔を見合わせた。

それからの時間は、シェリーが安心出来るように、いろいろなことを、三人で代わる
代わるに話しかけていった。そして、シェリーが安心した気配を感じ取り・・・

「明日、迎えに来るからね!」
「お休み、またね!」
「大丈夫だよ!」

などと、声をかけて帰って来たのだと云う。

グランパにとってはシャッター越しに、シェリーの微妙な息遣いを感じ取るに際して、
新入社員時代の感覚が呼び覚まされ、シェリーであることに確信を持ったのだと云う。

・・・・・・・・・・・・

グランパが、新入社員として働き始めたときには、東京都内の永福町の寮にねぐらを
構え、寮母さんの作る食事をかっこんで、朝夕を忙しく過ごしていた。

当時の新入社員教育は、大事な業務の一環として、約三か月間と云う長期間にわたり
徹底した社員教育が行われたと云う。
(それは、即戦力というよりも、中長期的な人材の育成を目指すものであった)。

当時の土光社長の意を汲んだ人事部長の講話は、まさに、中長期の指針から来るもの
であり、新入社員にとっては、職場配属後、自由闊達に活躍できるパラダイムが自ず
と形成されるように、熟慮された教育プログラムを伴うものであった。

当時の人事部長の講話は、次のような内容で始まったと云う・・・

「皆さんが、職場に配属になると必ず『〇〇長』といって、肩書に長が付く人が存在
します。世間一般では長が付く人は偉い人と云う印象がありますが、当社では、この
長が付く人は、該当の部署をまとめる責任がある人という位置付けであり、けっして
偉い人とは思い込まず、新人として気付いたことは、ドンドン意見具申して下さい」

この講話を新入社員として脳内にすりこまれ、真に受けて定年まで、そのままに貫徹
したグランパにとっては、企業人として成功であったのか否か、本人をしていまだに
定かではないようであるが、中途半端にNHKの大河ドラマなどを世間の常識として
手本にして、上司の考えだけに盲従しなかった点では、グランパが定年まで走り抜け
た感覚では良かったと考えているようである。

ただし、出世が一番と、考えている人には、この人事部長の勧めは、建前として聞い
ておいたほうが安全であるとグランパは云う。

また、新入社員教育としての対象範囲も、配属部署が、既に、航空エンジン分野に決
まっていたものの、全社すべての事業部門や製品などに接触する機会が設けられた。

今にして思えば、全社的な活動において、製品群における事業部間や、職位における
上下間において壁を作らず、風通しの良い社風を、新入社員約500名に浸透させて
行きたいと云う明確なポリシーの下で、人事部長の言葉は発せられたようである。


しかし、これは人間世界の話であって「吾輩は猫ではない」私たちの世界では・・・

◇飼い主の云うことは絶対であり、その習性は、DNAにすりこまれている。
◇飼い主である家長は、家族をまとめるために存在するのであって、決して、偉くは
ないなどと云う考えはけっして持っていない。

しかし、身近なところで、例外はある・・・

◇猫族においては、必ずしも飼い主の云う通りにはならない傾向があるようである。

◇また、先日は、グランパがビデオでギャング映画を観ていたので、昼寝をしながら
側で聴いていたのだが・・・

ギャング組織の一員が組織の指示を無視した行動に出たために、制裁を受けて革靴で
顔を踏みつけられて、「飼い犬なら云われたとおりにしろ」とリンチを受ける場面が
あったが、人間世界でも、犬族よりも酷い扱いをうけることがあることを知った。

◇そして「飼い犬に手を噛まれた」の類の話は、人間を犬の習性に例えての話である。

そのようなことを考えて、当時の人事部長の講話を自分なりに振り返ってみると社会
人としての一歩を踏み出す時に、人事部長を経て身に付けることが出来た土光イズム
は「人生航路における羅針盤を決定づけたもの」と云えるかも知れないと云う。

最近における至近な例をみても・・・

◇日大のアメフトにおける暴力事件においては、例え、監督やコーチと云う集団的に
は長の付く立場の先輩からの暗示であってもそれが不適切なものであるなら遠慮なく

「上司に対して自分の考えを伝えよ!」と云うことであり、土光イズムとは真逆の事
が現代社会において起きていることは、それが日本を代表する教育現場で起きている
ことだけに・・・

新入社員の時代に、土光イズムに触れる機会を持つことが出来たグランパにとっての
貴重な体験は得難いものであったと云う。

◇日大の暴力行為に及んでしまったアメフト選手の場合も、日大のアメフトチームの
一員としては、監督やコーチの暗示によって、暴力に及んでしまったが・・・

選手自身のそれまでの経験において正しくない行為に及んだ自分に気付いた背景には、
それまでの教育過程において「それが正しくない行為であること」を気付かせる素地
の積み重ねがあり、結果として「自己の行為を、自ら正す」と云う記者会見に臨んだ
姿勢には、遅ればせながらも、評価に値するものがあると、グランパは云う。

◇そして、この日大の青年の記者会見における自らの意思表示の行動は、是枝監督に
よる映画「万引き家族」における、自我に目覚めた少年の行動につながるものがある
とグランパは云う。

万引き家族の一員として暮らしていた少年が、自ら、自我に目覚め、その葛藤の中で
行動を起こす。それは正しくないことから脱出するための行動であり、少年の行動を
きっかけとして、社会の仕組みが少年を救い出して行く。

しかし、その描写は正義感に溢れたものではなく、少年が未来に向けて、自分の手で
確実に正しいと思われる道筋に光明を見出したところで、万引き家族の長には、自分
の意思で、警察に捕まったことをさりげなく伝えていると、グランパは云う。

この映画評として「万引きと云う犯罪を助長する恐れがあるのではないか?」と云う
意見もあるが、一方で、少年が自我に目覚め、正しい生き方を求めて、自らの正しく
ない行動を自らの意思で露見させたときには、世の中には、少年を正しい方向に向け
て、救いだす仕組みが作動開始することを示していると云う。

ただし、これもギラギラとした正義感を前面に打ち出したものではなく、映画鑑賞後
に脳内で映画のシーンを反芻することで、考えが、そこに到ると云う仕掛けが施して
あるので、この映画の深みは、そこにあるのかも知れないとグランパは云う。

そして、この作品の深みは、認知心理学の「対象性の認知」における図と地の分化に
通じるところがあると考えて、あの有名な「ルビンの盃」と「嫁と姑」の図柄をあら
ためて見直してみたが、感覚的には、近いものがあるかもしれないと云う。

最近の映画やテレビの監督は、視聴者の眼目に問い掛けて来るような、チャレンジを
仕掛けてくることがあり、この「万引き家族」に次いで、最近のテレビドラマにおい
ては「モンテ・クリスト伯 華麗なる復讐」のラストシーンで、「主人公の生還」が
ビデオによる再確認によって辛うじて汲み取れたと云う経験をしたと云う。


新入社員教育の話が、時空を越えて、現代社会にまで飛び込んでしまったが・・・

新入社員教育が終わって、三か月後に航空エンジン事業部門に配属になったグランパ
は、ちょうど区切りも良いことから、群馬の実家に帰省することにしたのだと云う。

帰省すると、実家では、新人が家族に加わって出迎えてくれた。

それは、シェパード犬のジョン君であった・・・

グランパの入寮が決まっていた都内の永福町までは、父親が車で送ってくれたと云う。
それは日常生活に必要な衣類などを竹細工の行李に詰め込んで蒲団類と一緒に自動車
に積み込んでの上京であった(父親とも三か月ぶりの再会)。

グランパの学生時代は、両親とグランパ・妹・弟の五人暮らしに猫が一匹居たと云う。
弟はグランパよりも七歳年下で、グランパが上京するときに、弟はグランパから自転
車乗りを教えてもらったばかりで、二人で毎日のように自転車乗りを楽しんでいたこ
ともあって、母親の目から見ても、弟の寂しさは、ひとしおのようであったと云う。

そのような折に、ご近所でシェパードの赤ちゃんが誕生、母親とは仲良し家族と云う
こともあって、井戸端会議の席上で、「シェパードの赤ちゃんを育ててみない?」と
云うことになり、寂しさいっぱいだった弟を連れて、シェパードの赤ちゃんの見学に
行ったのだと云う。

結果、一も二もなく、その足でシェパードの赤ちゃんを連れて帰ったのだと云う。

帰省したグランパにも、シェパード犬は良くなついて、帰省の度に、グランパは散歩
役をかってでた。グランパも二か月に一回は帰省をするようにしていたので、子犬も
良くなついてグランパの帰省を楽しみにしていたようであったと云う。

シェパードは家族から「ジョン」と命名され、良く食べて、良く育った。当時は当然
のように犬は家の外で飼われていたので、グランパが週末の仕事を終えて帰省すると
夜遅くのタイミングであったため、ジョンは暗闇の中でグランパを迎えた。

グランパの勤務先は、新入社員の三か月間は都内の豊洲地区であったが、職場配属先
は武蔵野の事業所であったため、金曜日の仕事が終わると、東京駅まで出て高速バス
で群馬の実家まで帰省する方法を取っていた。

週末の夜中に帰宅すると玄関で帰宅を知らせる前に、ジョンの犬小屋に直行して再開
を喜び合い、翌日は、農村地区の畑一面の場所まで散歩に連れて行き、首輪から紐を
外して畦道を全力疾走させるのだが、だんだん走り方が逞しくなっていったと云う。

グランパがいつも面白い表現をする。

◇最初に接した「ジョン(シェパード犬)」は、成犬になってから、他所の犬などが
グランパに近づいたときに、グランパの前面に出てガード(守る)する姿勢をとった
と云う。

◇二番目に接することになった、埼玉の初代の飼い犬「シェリー(シェルティ犬)」
は他所の犬が近づいてくると、グランパの後ろに廻り込むようにしていたと云う。

◇三番目に接することになった、「吾輩:もも(ミニチュアダックスフンド犬)」は
と云えば、他所の犬がグランパに近づいてくると、自分よりも、大きな犬であっても
吠えて威嚇して、撃退するので、グランパとしては驚いているようである。

しかし、どのワンちゃんも、グランパに対しての甘え方は同じで、特に外からの帰宅
時の甘えぶりは、お腹を見せての不用心ぶりで共通していると云う。

また、グランパとの再会の場面での息遣いも、共通しており・・・

グランパとカズさんとヒトさんが、修理工場の大型シャッターの前で、ご対面した時
の息遣いは「シェリー」が家族だけにみせる独特のものであったと云う。


(続 く)

『【連載】吾輩は猫ではない(プロローグ)』

『【連載】吾輩は猫ではない(プロローグ)』 万田 竜人(まんだ りゅうじん) 作

新たに「吾輩は猫ではない」の連載を始めます。最近、学んだ「徒然草と枕草子の比較論」などと絡みが出てくると面白いかもしれませんね。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2018-06-27
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