*星空文庫

散歩

三十錦織 作

くだらない作品ですがよろしくお願いします

散歩、散歩

 「無」という一言で言い表せるほど、今日は何もない一日だ。だから、散歩に行こう、と思い立つのは特段不思議ではない。僕は靴を履き、ドアを開け、久しぶりの外界の空気を肺いっぱいに吸い込んだ。なんて気持ちいいんだろう。少し蒸し暑いけれど、それでも時折吹く風が僕の細胞間を通過するようで、なんて清々しいんだろう。今までの無が嘘のように心は快晴、なんだか今日はいい一日になりそうだ。僕は近く川へと歩き出した。途中、僕の住むアパートの大家が視界に入ったので、軽く会釈してその場を去った。その後、何故僕は会釈せねばならなかったのか、あの老婆へ礼儀を尽くすことに何の得があろうというのか、と考えると胸糞悪くなった。せっかく良い一日を謳歌しようとしていたのに邪魔が入った。僕は直ちに大家のババアを記憶から消した。
 川へ着いた。途中障害はあったものの、何とか清々しい気分を保ったままこの散歩地へと来ることができた。川に沿って歩くことで漸く散歩を開始した。僕はよくここへ来る。というのも、整備された道はないここは、自分の歩いた所が道となる、つまり道に自由性が保証されているのだ。ただ歩いているだけでよい、道は僕が作るから。このワクワク感はかけがえのないものだ。僕は歩く。名前の知らない雑草で覆われた道なき道を歩く。
 道にバッタが居た。僕は昆虫が嫌いなのですぐに踏み潰して、そして天を仰いだ。懺悔、とでも言うのだろうか、僕は五分の魂が天へ登っていくのを見送った。その刹那であった、僕に罰が下った(まるで僕がそうすると待ち構えていたように…)。バッタを踏んだ所に犬の糞が隠れていたのである、そうとも知らず私はそれを踏み躙った。滑稽である。そうして一拍間をおいたと、激臭があたりを立ち込めた。犬の糞に込められた生命の神秘の香りである。くさい、くさい、くさい!僕は絶叫した。なんて一日だ、これなら外へなんて来るんじゃなかった。僕は後悔した。そして靴の裏にこびりついた糞を、脚を引きずりながら歩くことで、これを除去しようと試みた。自分の脚が動かなくなった人はたぶんこういう歩き方をするのだろう。
 やがてその匂いは、糞と雑草の青臭い匂いが混じり合って、どこかクセのあるものへと変貌した。これが意外にも心地よい匂いだった。僕はその匂いをタバコの煙のように吸い込みながら、相変わらず脚を引きずりながら、歩いた。ふと空を見ると、そこには昼間なのに宇宙が見えた。いや、確かに空は宇宙だが、みなさんがよく見る空色の空とは全く異なる、本物の宇宙が見えた。よく見ると、星星も、銀河も、月も太陽も、皆笑っているではないか。なんだか楽しそうだ、僕も楽しい気分になってきた。辺りを見渡すと、川にはミルクが流れ、大地は虹色に、雑草は私の好物である鮪の刺し身になっていた。私が忌み嫌う昆虫どもも、なんと私の背丈ほどの大きさとなり、スーツに身を包み、Beethovenの交響曲第5番を弾いているではないか。ここには私の理想の全てがある。そう思った瞬間、なんだか冷めてきた。こんな幼稚でメルヘンな現実逃避に僕は惑わされない!僕をナメるな!そう一喝するとすべて幻に消えていった。そうして残ったのは、犬の糞と一抹の寂しさだった。僕はまた歩いた。
 川を見ると、僕は怖くなってしまう。別に過去に溺れたとかそういうことはない。ただ、僕が無力だと思い知らされるから、僕は川との距離は7メートル以上空けている。これが川と僕との最適な距離だと、長年の付き合いで発見したのだ。ただ、恐怖に思っている川が、時折僕を手招きして呼ぶのだ。怖いのに、怖いのに、行きたくないのに、行きたくないのに、ふと川へと近づくことがある。そういうときに川は僕に牙を剥くのだ。だからいつもギリギリのところで思いとどまるのだ。今日は特に川からの呼び声は無い。安心して川沿いを歩くことができる。
 クワーンクワーンと鐘が鳴る。もう夕方だ。僕は帰ることにした。最初にあった清々しさはもう無いが、今はたっぷりの充実感がある。ふと川を見ると水面が夕焼けの朱を反射して燃えている、その美しさに暫し見惚れた。そうして踵を返して自宅へと向かった。犬の糞という罰を背負いながら、僕は明日もまた歩こうと思った。

『散歩』

小説を書くって難しいですね
勉強不足を痛感しました

『散歩』 三十錦織 作

僕がただ散歩するだけの話

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2018-06-13
Copyrighted

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。