*星空文庫

エメラルド色の夢

宮田賢人 作

エメラルド色の夢

現在参加させて頂いている小説サークルのメンバーの方が書かれた児童文学等に感化されて、子どもの視点で戦争にまつわる物語を書いてみようと思いました。戦争を扱っていますが重くなくファンタジー要素もある物語なのでぜひご一読を(^_^)

※トップ写真は、写真素材 足成【フリーフォト、無料写真素材サイト】に投稿されている真夏さんのお写真を使わせて頂きました↓
http://www.ashinari.com/2016/09/29-394246.php

 小学五年生の夏休み、私――千夏――はお父さんとお母さん、小学二年生の弟と四人でサイパン――日本から遠く南にある緑豊かな常夏の島――に一週間、旅行に行った。その時に不思議な体験をした。
 初日から私たち四人は、ベランダから海がよく見えるホテルに泊まった。私たちは、近くのレストラン街でトムヤムクンやグリーンカレーといったタイ料理を食べた。四人でスキューバダイビングをして楽しんだ。

 四日目。お父さんが、ずっと北にある岬までレンタカーで行こうと言った。岬に辿り着くと、そこは平地になっていて何人か観光客の人たちもいた。私は高い崖の上から、水平線まで見渡せる真っ青な海に思わず息を飲んだ。
 ――なんて綺麗なんだろう。
 お父さんは弟と手を繋いで、遠く海の先を指さしながら話しかけている。私は思わず目を閉じて深呼吸をした。透き通った暖かい空気が喉にすっと入って来た。でもその空気を吸って、私の胸になぜだか悲しい想いが広がった。お母さんは、目の前の崖沿いに並んでいる白や灰色のお墓の前に立って手を合わせている。私はお母さんの方へ駆け寄った。 
「何してるの?」
 不思議そうに尋ねる私に、お母さんは悲しそうに微笑んだ。
「ここで亡くなった千夏のひいお祖父ちゃんや日本の人たちが、天国で今も幸せに暮らしていますようにって」
「ひいお祖父ちゃん……?」
 私は思わず声を漏らした。いつの間にか、弟と手を繋いで私の横に立っていたお父さんがしみじみと言った。
「千夏は知らないだろうな。今から八十年前に太平洋戦争っていう大きな戦争があってな――」
 私はとっさに口を挟んだ。
「知ってるよ。その頃、日本はアメリカと戦争をしてたんだよね?」
「お、学校で習ったのか?」
「うん、ちょうど一か月前の平和学習の時間に少しね」
「そうか」
 お父さんは感心した様子だ。お父さんは続けた。
「その頃、この島は日本の領土だったんだ。それを奪うためにアメリカがこの島に攻めて来たんだ。八十年前、この島は戦場だったんだよ」
「そうだったの」
 私は思わず声を上げた。
 ――こんな穏やかで温かい島で昔戦争があったなんて。
「日本はこの島の戦いで負けた。そして最期に、日本の兵隊やここに住む大勢の日本人や現地の人達が、この崖まで追い詰められた」
「それで、その人たちはどうしたの?」
 私は思わず早口で尋ねた。
「みんな、ここから飛び降りたんだ」
「え? 何で飛び降りたりしたの」
 私は恐くなった。お父さんは目を伏せた。
「敵に捕まるくらいなら死になさいと、みんな教えられていたんだよ」
 お父さんは崖の下の方を見ながら続けた。
「一万人の人たちが――って言っても千夏にはピンと来ないか」
「……」
 私は何も応えられずにいた。けれど、さっき深呼吸した時に感じた悲しさの原因が分かったような気がした。弟はお母さんのスカートの裾を引っ張って、すぐ先にある観音像の方へ行こうとだだをこねている。お母さんは弟を連れて観音像の方へ行ってしまった。
 お父さんは溜め息をつきながら続けた。
「千夏のひいお祖父ちゃんも、ひょっとしたらここから――」
 途中でお父さんは言葉を飲んだ。
「飛び降りたの?」
「それは分からない。ただ、ひいお祖父ちゃんも日本兵としてこの島に戦いに行ったきり、帰ってこなかった」
「……」
 お父さんの目線の遥か下の海の水が、白いしぶきを上げながら波打っては泡となって消えている。その繰り返しを私は見つめた。私は遺影でしかひいお祖父ちゃんを見たことがない。私には、ひいお祖父ちゃんが沢山の泡の一つに映った。
 ふと横を見ると、お父さんは背の高いお墓の前で、静かに目を閉じて手を合わせている。私も隣の背の低いお墓の前に屈んで、手を合わせて目を閉じた。立ち上がり、しばらく海と空が交わる水平線をぼんやり眺めていた。
「さあ、行こうか」
 微笑むお父さんに肩をポンと叩かれて、私は我に返った。
「うん」
 私はそう応えると、観音像の前のお母さんと弟の方へ向かうお父さんの背中に続いた。

 泊まっているホテルがある街まで戻った頃の空は夕陽で輝いていた。私たち四人は、ホテルの近くのレストラン街で食事をした。帰りの車の中ではしんみりした空気が漂っていたが、美味しい料理にパッと華やいだ。
 ホテルに戻った時には、空は濃い紫色になっていた。弟はこの四日間で遊び疲れたのか、部屋に入るとすぐベッドで眠ってしまった。お母さんはソファに座り雑誌を読んでいる。私は、部屋のベランダの手すりから遠くの空を眺めながら、お父さんに話を聞いてもらっていた。一学期の授業のことや、友達と遊んで楽しかったこと、将来へのぼんやりした不安など、色々話した。
「ちょっと、近くの浜辺まで行ってみようか」
 お父さんがふと呟いた。
「なんで? もう真っ暗だよ」
 私は不思議がって応えた。ホテルの前の通りを挟んで向こうに広い公園があって、その近くの浜辺に行こうと言うのだ。
「いいからいいから、いいモノが見える」
「ええっ?」
「ほら、行こう」
 お父さんは、ベランダの手すりに寄りかかっていた私の肩を叩いた。

 ホテルを出てすぐ目の前に公園の入り口はあった。公園といっても、だだっ広い芝生にヤシの木が疎らに立ち並んでいるだけだ。浜辺へ続く広い砂利道の両脇には、ぽつりぽつりと電灯が立っている。その光とお父さんの持った懐中電灯の光を頼りに、お父さんと私は浜辺へ向かった。公園を抜けて、海岸が目の前に広がった。
「わあ」
 私は思わず声を上げた。波打ち際の水面が、うっすらと青いネオンのように光っている。
「お父さん、何なの? あの光は」
「夜光虫だよ」
「ヤコウチュウ? もしかして私に見せたかったものってあれ?」
「ああ、きれいだろ。夜光虫は海にいるプランクトンのことで――」
 お父さんの話を聞き終わる前に、私は駆け足でその光の方へ走って行った。海水にくるぶしを浸けると、その周りにきらきら鮮やかな青が広がった。しばらくして背後に温かい光を感じて振り返ると、懐中電灯でこちらを照らして微笑むお父さんがいた。
「すごいね」
 私は溜め息交じりに言い、海辺に再び目を移そうとした。その時だった。遠くの波打ち際に、オレンジ色の光に照らされた小さい人影があった。シルエットで女の子だと分かった。
「お父さん、あそこにいる子、こんな時間に何してるのかな?」
「え?」
 お父さんも、私の視線の先を向いた。
「さあ。お父さんたちみたいに夜光虫でも見に来たんじゃないか」
 お父さんは笑いながら言った。でも私はあの女の子が、何かを私に伝えたくてあそこでずっと待っているような気がした。そうじゃなくても、親とはぐれて迷子になっているのかもしれない。
「ちょっと、声をかけて来る」
 私はお父さんにそう言い残して、オレンジ色の人影の方へ走って行った。
「おい、千夏」
 背中からお父さんの呼ぶ声が聞こえたが振り向かずに走った。
 その人影がはっきり見えるところまで近づいた。背が私より一回り高いから年齢は小学生高学年くらいだろうか。黒いストレートヘアで浅黒い肌をしたふっくらした女の子だった。白い花飾りを頭に付けて、ベージュの胸あてと細長い葉っぱを束ねたようなスカートを身にまとっている。その姿から純粋な日本人じゃないことは分かった。ランプを提げて立ったまま、遠くの暗い海を眺めている。その横顔はどこか悲しそうだった。 
「こんにちは」
 私は恐る恐る声をかけた。
「……」
 女の子はこちらを向くと、にっこり微笑んで応えた。
「こんにちは」 
 私は、女の子が日本語で返してくれたことにほっとした。
「日本語が話せるのね。この島の人?」
「ええ、ずっとここに住んでるの。チャモロ人よ」
「チャモロ人? かわいい名前ね」
 私は小さく笑った。
「ありがとう」
 女の子も微笑み返した。
「私の名前は千夏、よろしくね」
「チナツ……今日はありがとうね」
「ありがとうって?」
 私は想いをしばらく巡らせた。何かお礼を言われるようなことをしただろうか。
「お昼に、お墓が沢山立ってた崖に居たでしょ?」
「ええ、居たけど……」
「一緒に手を合わせてくれたのはお父さんかな?」
「え? あなたは……?」
 私の問いに女の子は微笑み返すだけだった。なぜかその表情に心が温まるような安心感を覚えた。お父さんの方を振り返ると、お父さんはこちらを見て二度頷いた。私には、それが「話が終わるまで待ってるよ」という風に思えた。
 女の子に座るように促され、私は腰を降ろした。女の子もランプを前に置き、私と並んで座った。温かい光が二人を包んだ。私は女の子に聞いた。
「何を見ていたの?」
「遠く海の向こうの人たちはどうしてるのかなって……陽が沈んで暗くなると、いつもそのことばかり思うの」
「『海の向こうの人たち』って?」
「今、この地球に住んでいるみんなのことよ。争わずに平和に暮らしているかな――って」
 今日のお昼にお父さんが、あの崖で亡くなったひいお祖父ちゃんの話をしていたことを私は思い出した。
「もしかして『戦争』をしてないかってこと?」
「ええ。実は私、八十年前の戦争の時にあの崖に居たのよ」
「え? 八十年前に。どういうこと?」
 女の子はそれには応えず静かに続けた。
「大勢の日本人やチャモロ人がアメリカ軍に追い込まれてあの崖から飛び降りて亡くなったのよ。その中にはチナツや私くらいの歳の子もいた」
 私は声を落として言った。
「そんな小さな子までいたなんて。じゃあ、あなたは……?」
 女の子は溜め息交じりに言った。
「戦争をするのは決まって大人たちだわ」
「うん、私も先生から『大人どうしがする喧嘩』って習ったよ」
 私は続けた。
「でも、何でお互いを殺し合ってしまうような大喧嘩になるのかは……あまり分からなかった」
 女の子はまじまじと私を見た。
「食べ物や土地を奪いあったりするんだよ。そして、勝った方は負けた人達を自分達に従わせようとするの」
「何だかこわい……わたしの知ってる『おとな』にはそんな人たちはいないよ。少なくとも日本には」
「なら、安心したわ」
 硬かった女の子の表情が少し緩んだ。女の子は夜空を見上げた。私も女の子の視線の先を見た。無数のきらめきが藍色の夜空に広がっている。
「宇宙の中に、この地球みたいに青い星はそうないと思う」
 ぽつりと女の子が言った。女の子は続けた。
「こんな綺麗な星で、誰かを仲間外れにしたり、誰かが傷つくような争いごとがあっていいわけないよね」
 私は黙ったまま頷いた。私の頭に、最近喧嘩をしたクラスの女の子や、最近までイジメられていた同級生の女の子の顔が思い浮かんだ。喧嘩は、その子に嫌味を言われた私がその子をぶったことで始まり、お互い謝ることなく、それ以来口を聞いていない。イジメは、担任の先生がイジメてたグループを叱って何とか収まった。けれど、私はイジメられた子と仲がよかったにも関わらず、イジメを止めることができなかった。
 それから私は女の子に、さっきホテルでお父さんに話した学校生活や友達、将来の不安のことを話した。女の子は私に、この島の、戦争があった頃よりずっと遠い昔から今までの話をしてくれた。この島の歴史や自然、昔から住んでいる人たちのことを。
 お互い一通りの話が終わり、ふと私は公園の向こうの街の方を見た。ホテルの灯りが、さっきここに来た時よりも少なくなっていた。私は少し慌てて立ち上がった。
「そろそろお父さんのところに帰らないと」
 女の子は座ったまま私を見上げた。
「ありがとう、長い話に付き合ってくれて……チナツと話してるとついつい」
「私も楽しかったよ。あなたはお家に帰らないの……?」
 女の子は遠く向こうを見つめた。
「私はもう少しここで景色を眺めているわ」
「そう」
 私は小さく頷いた。が、「あっ」と思い出したように目を開いた。
「それで、さっきの将来についての話しだけど……」
「……」
 女の子は黙って次の言葉を待っている。私は目を伏せた。
「私はこれからどう生きていったらいいのかな?」
 女の子は立ち上がると、私の肩にそっと手を置いて一言一言ゆっくりと言った。
「穏やかで広い海のような大らかな心と、突き抜ける青空のようにまっすぐな心で――」
 私は、地面に置いたランプに照らされた女の子の目をじっと見た。
「今日ゆっくり眠って明日起きたら、その意味が分かると思うわ」
「そう……だといいけど」
 私はしばらく黙っていたが、想いを振り切るように顔を上げた。
「じゃあ、私帰るね」
 女の子は、手を上げて背中を向けようとした私にそっと言った。
「私、明日もこの浜辺にいるわ。また会えたらいいね」
 私は女の子に向き直り、間を置いて応えた。
「うん」
 女の子は私に微笑んだ。私はお父さんの方へ波打ち際を駆け足で戻っていった。

 その夜は、ホテルの部屋のベッドに横になっても、なかなか寝付けなかった――。
気付くと私は、透明なエメラルド色の中に浮いていた。体にも違和感があり、よく見てみると手足はなくなっていて、胴体の両脇に胸びれとお尻には尾びれが付いていた。私は小さな魚になって深い海の中に居るようだ。辺りが薄暗いのは周りを岩で囲まれていたからのようだ。この岩の中は居心地が良くて、心がとても温かくてほっとする。でもしばらくすると、岩と岩の間の小さな隙間の向こうから、うっすら差し込む光の方へ行きたくなった。私はゆっくり隙間の方へ進んで行った。光を浴びた時、外の世界に対する期待と、心地よい場所から出て行く不安を感じた。思い切って隙間を抜けると、私を歓迎するかのように数匹の魚が私の周りに集まってきた。その時だった。後ろの方から、大きさや色も形もさまざまな魚の群れが押し寄せてきた。私は、その群れに飲み込まれるのが恐くて、急いで進路から逸れた。背後から私の前にやって来た、一匹の白い花飾りを頭に付けた魚が、顔を振ってその群れに加わるように促した。よく見ると、大きな魚たちが子供の魚を囲んで一緒に進んでいる。流れから外れそうになった魚を群れの方へ連れ戻す魚もいる。色も形も違うのに助け合いながら大きなうねりを作っている。私は、その魚が言う通りに、そのうねりに身を任せた。その流れは、少し忙しないけど仲間に囲まれた安心感のある、そんな流れだった。やがて群れは陽射しが差し込む海面へと昇っていった。

 私は静かに目を開けた。仰向けになっていた私は思わず顔に手をかざした。部屋は開かれたカーテンの窓から差し込む光で満ちていた。
「おはよう、千夏」
 タンクトップ姿のお父さんはそう言うと、黄色のポロシャツに袖を通した。私はゆっくり上体を起こすと、目をこすって部屋の壁に掛けてる時計に目をやった。午前九時を指していた。私はなぜか清々しい気持ちに包まれていた。
 私はすぐさまベッドから降りると、Tシャツと短パン姿のまま玄関に向かった。
「おい、千夏。どこへ行くんだい」
 背後から慌てた様子のお父さんの声がしたが、私は構わずサンダルを履いて、ドアの外に出た。エレベーターで一階に降りてホテルを出ると、昨夜女の子がいた浜辺に向かって駆けて行った。
 女の子は昨日と同じ場所に立って、澄んだ空とエメラルドの海との境界線を見つめていた。周囲の青と日に焼けた肌のコントラストが美しく見えた。立ったまま膝に両手をついて息を切らしている私の方を向いて声をかけてきた。
「おはよう、チナツ」
「やっぱりいた。待ってくれてたの?」
 息を切らして私は言った。
 女の子は優しく微笑んだ。私は、今度は息を整えて言った。
「昨日の――これからどう生きていったらいいかの――答え。あなたが教えてくれたのね。ありがとう」
「よかったわ」
 女の子は静かな口調で言った。
「私もう行くね」
 女の子は私に背を向けた。その時、私の胸に寂しさがどっと押し寄せた。
「ねえ、また会えるよね?」
「……」
「待って」
 女の子の背中に手を伸ばしたその時だった。さあっと生暖かい風が吹いて女の子の頭の白い花飾りがふわりと舞った。そのまま砂浜にパサッと落ちた。女の子は振り返った。私はすぐに拾って女の子に差し出した。
「それ、チナツにあげるよ」
「え?」
 私は立ち尽くしたまま、波打ち際に沿って歩き出した女の子の背中を見つめていた。

 それから二日後、私たち家族四人は日本へ帰った。あのチャモロ人の女の子が人間だったのかどうかは分からない。でも、女の子と話してあの夢を見て、女の子が何を私に伝えたかったのか分かったような気がした。女の子は今日もあの島を訪れた子供の前にふっと現れて、そのことを伝えているのかもしれない。私は、部屋に飾ってある白い花飾りを見上げた。
(了)

『エメラルド色の夢』

ここまで読んでくださりどうもありがとうございました。

『エメラルド色の夢』 宮田賢人 作

小学五年生の千夏は夏休みに家族とサイパン――日本から遠く南にある常夏の島――に一週間の旅行をした。タイ料理やスキューバダイビングを楽しんだ最初の三日間だったが、四日目に父が北にある岬に行こうと言った。岬に着いた千夏は父から、崖沿いに並んである墓が八十年前の太平洋戦争で亡くなった日本人によるものだと知った。その日の夜、千夏は、父と夜光虫を見に宿泊先のホテルの近くの浜辺に行った。その波打ち際で、チャモロ人の女の子と出会った千夏がその夜見た不思議な夢とは――。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2018-06-11
Copyrighted

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