*星空文庫

会話

犬棒あたる 作

 私はもともと会話が苦手である。流暢に話せないうえに、声が小さい。ぼそぼそともたついていると相手はイライラするのだろうか、話の腰を折られたり、無視されたりする。最後まで聞いてくれる人は少なかった。自然と私は誰とでも楽しく話すということが出来なくなり、口は閉じ、耳も塞がるようになった。
妻に「貴方は結婚当初から人と話はしないし、人の話も聞いていない」とよく言われていた。これに対して私は反発したい。私の話をよく聞いてくれる人なら、その人の話だってよく聞こうと思っているのだと。
 これまで私は幼い孫娘と話すのが楽しみだった。孫が成長と共におじいちゃん離れしてしまってからは妻が相手である。妻は病気で呂律が回らなくなった私の話を我慢して聞いてくれる。しかし注意が必要だ。私が発音練習も兼ねて何でも喋ろうとすると、時として相手にされなくなるからである。それは私が「ワル」になって妻をからかい、怒らせた時だ。妻との会話が一日でも途切れると、私はとても寂しい。
 過去に私も会話が楽しいと思った時があった。仕事上で必要だったし、海外旅行でも役立つと思って英会話を練習していた。それが縁で二、三人の外国人と友達になり、一緒に食事をしたり、出かけたり、彼らが帰国してからも電話や手紙のやり取りをした。日本語の下手な彼等と英語の下手な私達夫婦のフリートーキングは実に楽しかった。言葉が出ない時はジェスチャーを交えて笑い合う。会話の中で便利な言葉も多用した。例えば、How about you? で話し手と聞き手を入れ替え, By the way, で話題を変えた。そして、相手の話に共感した時はすかさず I think so. や Me too. Me neither. などの相槌で雰囲気をなごやかにした。 つまずきながらもピンポン会話で充分楽しむことが出来た。
 残念ながら、十年以上続いた英会話練習は私の発病で終わった。そして私の日常会話の拙さも戻って来た。「前よりも良くなったが、まだまだ」と家族に指摘される。
妻には「貴方は自分の興味のある囲碁や釣りのことになると話すが、それだけでは駄目よ。自己中心の会話にならないように、世の中の様々なことに目を向けて視野を広く持つことが大切だわ。テレビを見たり、本を読んだりしたらどうですか」と言われる。確かに、妻から教育されずとも理屈は分るが、今となってはリモコン操作やページめくりが不自由になった。
息子には「お父さんの話はいつも説教調だから面白くない」と言われる。これも分かるのだが、一人前の息子に、つい、つい、うるさく口を出してしまう。これが「親のサガ」というものか、何時になっても子供のことが心配なのだ。最近は息子達も諦めて迷惑な「おやごころ」を上手に聞き流しているようだ。
 会話は目的、内容によらず話す人と聞く人で成り立つ。良い会話になるためには両者の気配りと話の中身が大切だと思う。私はこの点で反省しなければならない。しかし、私の会話能力と会話範囲では今更如何ともしがたい。だからと言って、話しをブロックされるのが嫌で、会話に加わらないというのも不甲斐ない。  それならやはり、静かにゆっくり話し、耳を澄まして私の話も聞いてくれる人に会えるのを待つのが良いだろうか。   2018/6/10

『会話』

『会話』 犬棒あたる 作

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2018-06-10
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