役に立ちたい

 妻が近くのスーパーに買い物の際は「運動を兼ねて歩いて行って来ます。雨降らないかしら」と時々私に聞く。少しでも持ち物を軽くするためにこうもり傘を置いていきたいらしい。発病以来ただ飯食っていた私は、良い仕事が見つかった、これで少しは妻の役に立てると喜んだ。テレビの天気図は毎日見ているし、基礎知識はあると思っている。あとは予報の経験を積むだけだ。
 晴天でない日の予想が面白い。風向きは雲の流れでつかむ。流れは一方向か多方向か。交錯している時は寒気と暖気を見極める。どんよりとして風の方向が掴めない時は空の明るさ、および地上の風の有無と強弱を見る。今の季節はこれで、大雪になるか、里雪か、吹雪か、あるいは小康状態か見当がつく。練習した結果、我が家周辺の一時間程度の天気ならテレビの予想にひけを取らなくなった。
 私の観測所は南東向きの掃きだし窓のそば、設備はリクライニングチェアとサイドテーブルだけ。リクライニングチェアは2、3年経つうち体に馴染んで、病気の私が長時間座っていても疲れない。サイドテーブルはガタついているが洒落た作りで重宝している。このテーブルには私が注文した物がそろう。茶、果物、孫の肩たたき券、時には競馬新聞など。野鳥の図鑑はいつも置いてある。私はこのお気に入りの場所で空や庭を眺めながら日中の大部分を過ごす。
窓は隣家の屋根に視界を遮られるが、高い空を見上げるのに十分である。揺れ動きながら落ちてくるぼたん雪や、晴れた朝にダイヤモンドダストのような粉雪を見ていると何時までも飽きない。小鳥たちも私を見つけて餌をねだりにやって来る。彼らに話しかけるのも楽しい。
 さて、我が家の天気予報室をそろそろオープンしよう。妻がコーヒーとビターチョコをサイドテーブルに置きに来た時、私はその旨を告げた。
「あら、丁度良かったわ、これから図書館に行こうかと思っていたの。ついでに青空市場でイチゴを買ってくるわ。お天気はどうかしら」
早速来たぞ、私は「任しといて、お茶の御礼に予想してあげるから」と初仕事に張り切った。コーヒーを口に含みながら窓越しに空を見上げ「どれどれ、えーと、北西の風の下に南西の風がもぐりこんで来たから間もなく雪になるよ。黒い雲だから雷が鳴るかも。早めに帰っておいで」と胸を張った。予想は当たった。
 こんな調子で私は妻のために晴れ、曇り、雨、雪、嵐、雷の予報を出していた。勝ち馬を予想するよりずっと簡単だ。
私は信用されるにつれて自信過剰となり、いい加減な勘で予報を出すこともあった。
ある日、妻が「途中で大雨になって、びしょぬれよ。ひどい目にあったわ」と帰ってきた。妻の機嫌は出かける時「高気圧」だったが、帰って来た時は「低気圧」に変わっていた。失敗は私の勉強にもなった。シマッタ、テレビの予報士をまねて「所により雨」と言っておけばよかったのだ。
 まだ寒い日が続いているが、次第に冬のすじ雲は春の霞、夏の入道雲、秋のうろこ雲へと移っていく。私は年間通して「家庭の天気予報士」として妻や家族の役に立ちたいと思っている。  2018/2/26

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