旅の計画

 友人と二泊三日の旅行をすることになった。彼女とは中学校からの仲だが、今回の旅先は修学旅行での訪問地と少しだけかぶる。ここは行ったからもういいよね、と予定を立てているうち、そもそも修学旅行の行程はどうだったか、という話になった。
 まずは新幹線で広島。平和記念公園と原爆資料館を回ってバスで山口へ。青海島と萩と秋芳洞と、なんかサファリパークも見たよねえ。
 行った場所はあれこれ出てくるけれど、どういう順番で回ったのか、けっこう思い出せなかったりする。しかし友人はあそこで泊まって、その次どこに行って、としっかり記憶している。
 すごいねえ、と感心していると、彼女は「だって私はほぼ同じルートで二回いったもの」と言った。
 それはつまり、大学とか社会人になってからもう一度旅行したという事?と尋ねても首を振り、やや自嘲気味に笑いながら「学校で修学旅行についてのプリントをもらって、家で見せたら、母親が「私はまだ広島も山口も行ったことないから、家族旅行しましょうよ」って言いだしたの」と答えた。
 あなたが修学旅行に行く、その前に?同じ場所に?さすがにそれはやめてよ、とか言わなかったの?
「それが言えないのよね」
 お父さんも、止めたりしなかったの?
「しなかったよ。言われた通りにホテルとかチケットとか手配して、予定表作って、これでいいか?なんて感じ」
 でもさ、私はまた行くんだから、留守番してるよ、って選択肢もあるんじゃないの?おばあちゃんと一緒に住んでたから、子供一人で残るわけでもないしょ。
「いやあ、無理無理。うちの母親って、少しでも反対意見言っただけで、なんで私の言うことがきけないの、って感じで大騒ぎするのよね。だからもう、あれに比べれば黙って耐えておく方がずっとましだって事が身にしみついちゃって。父親もきっとそうなんだろうと思うよ」
 学習しちゃうんだね。
「そういう事。だから私、修学旅行で行ったところ、ぜーんぶ二度目だったの。正直なところ、何も面白くなかったよね。あ、でも原爆資料館だけは初めてだった。母親はああいう場所、苦手なのよ」
 なるほどねえ。
 口に出してはみたものの、私は内心穏やかではない。たしかに彼女の母親はかなり「重ため」だと聞いてはいたけれど、そこまでとは。正直言って、大人げないにも程があると思う。
 こんなお母さんで、よく友人がグレなかったもんだと今更ながら感心したけれど、たぶん非行に走るエネルギーさえ吸い尽くすほどに、家庭内での母親の権力は強大だったのではないだろうか。
 子供。生殺与奪は自分の手中にある。配偶者。強引に自分の言い分を通せば黙って従う。
 この条件が揃ってしまえば人は家庭内で権力者になれるし、独裁者にもなれる。いったんそうなってしまったら、誰もお前は独裁者だと指摘しないし、権力を奪おうともしない。自分の身の安全の方が大事だから。
 そしてうまく生き延びた子供は、進学や就職、結婚といった「ビザ」を手に入れて脱出するのだ。
 もし彼女の母親が何かのきっかけで、娘の本音を知ることがあったら、何と言うだろう。たぶん何を聞かされても「だってあなた、嫌だって言わなかったじゃない」ではないだろうか。あるいは「まさか、そんなはずないじゃない」で全否定。いずれにせよ、謝罪や悔恨ではないような気がする。
 ともあれ、友人は母親と絶縁してはいない。「ほんと、何でも自分の思い通りにならないと機嫌が悪いのよ」と愚痴を言いながらも実家を訪れ、父親の健康を気遣っている。気立ての優しい、穏やかな人だ。
 そんな彼女との旅行である。間違っても強引に我を通すような振舞いは避けなくては。いや、もしかしたら十分やらかしているのに、見過ごしてくれているのかもしれない。この人に何を言っても無理、とか思いながら。

旅の計画

旅の計画

あなたの修学旅行先、お母さんまだ行った事ないの。先にみんなで家族旅行しましょう。

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-01-15

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