或る爺の話

或る爺の話

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おや,珍しいお客さんだね.どれ,少し長くなるが爺の話でも聞いていかないか.少しばかり怖い描写がある故に閲覧は自己責任で頼むが…それでも良いと云う方は聞いて言ってくれ.

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昔或る所に一人の娘が居たという.その子は産まれた瞬間親に捨てられ施設という上書きの訓練所に入った.其所では音楽,頭脳,戦闘,接待等,能力を高くする為に訓練していたそうな.総人数は凡そ二千人強.‪其所に居た子等は皆捨て子だったそうで,それはそれは酷く軍事的教育だったそう.其の時の教官は無慈悲にも“此奴等は只の機械だ.正常でない物は捨てるだけだ”と言っていたとさ.‬

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‪施設に入り数年が経った頃,或る試験が行われた.試験は凡そ半年間続いたそうな.試験の段階は三つ.一番目「筆記」頭脳明晰で無い子供は此の時点で処分され,次の試験には全員の三分の一にも満たなかったそう.続いて二番目「我慢」数日間御飯を食べず空腹状態で挑み目の前で鱈腹食べるのをただ見ていたり,目の前で娯楽を楽しむ様子を見ていたそうな.之は心を無心に,欲を無くすという目的だったそう.この試験での合格者は殆ど,見事なものだ.‬

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‪三番目「殺し合い」之はその名の通り,ナイフや斧,無論拳でも殺し合う事.此の試験には殆ど試験期間の半分以上費やされたそうな.其れも其の筈,最後の一人になる迄殺り合うのだから.最後の一人になった時,その時のあまりの悲惨な光景に教官達も息を呑んだという.鉄格子で囲まれた其所は血生臭く,人々の内蔵は溢れ床に垂れていて,倒れていた者は皆絶望に満ちた顔だったと云う.‬

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‪人々が積まれていた山の上に一人の少女が居た.其の少女は表情一つ変えず恐ろしい程に紅い目で教官を見つけた時こう言ったそう.-「教官,任務は終了ですか.此の部屋を真っ黒に染めてしまい申し訳ありません.」-あまりの恐怖に教官は思わず銃を抜き、衝動的に引き金を何度も引いた.だが弾は一向に当たらず,其の間少女は教官との距離を詰めていった.‬

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‪-「何、為さってるんですか.」-何時の間にか教育が所持していた銃は少女の手の元に.教官は“許してくれ,頼む,まだ死にたくない!!”と泣きながら幾度となく叫んだそう.少女は言っている意味が分からず,“第九十八条,教育の命令は絶対.どんな事が有っても逆らわず従う事.ですよ.”と言っていた.すると其の時,少女の不意を付き或る男が口元に瞬間睡眠薬を呑ませ,事無きことを得た.‬

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‪其の後少女は身体検査を受け,嘘偽りの無い結果が出た.彼女は先天色覚異常である事が発覚.-「真っ黒」-とはそういう意味だったのか.そう思うと何と悲壮なものだと考えさせられるものだ.少女を眠らせた男の名は“安齋”と云うそう.‬

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‪安齋は元より良い所の出身で,世に云うお坊っちゃんだったが,人一倍正義感が強く霊力も強い為是非,と政府の或る班に配属された.班員は皆実力者ばかり.殆どが歳がまあまあいった爺や婆だったそうで.それも其の筈,彼等は何年も続けているベテランだったのだから.安齋と共に配属される者は安齋含め二人だけだったと云う.安齋の最初の任務はもう一人の班員を確保する事.最初は意味が分からなかったが安齋は素直に従った.‬

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‪数分後,安齋は意味を理解したそうな.地下室へ行くと沢山の死人の中に一人立っている少女が居たのだから.その姿は血に塗れ,何とも無様だったと云う.だが安齋は内心喜んでいた.今迄のつまらない日常が此の少女と共に変わるのだろう.と不思議にも断言出来たのだ.そして安齋は初めての任務を終えた.‬

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‪数分後,検査中の少女の身体を見て驚いた.身体中に鞭や包丁での傷跡が幾重にも痛々しく残されていたからである.加えて先天色覚異常という結果を聞かされた時,彼は酷く同情したそうな.自分にだ.此の子の見ている世界は何とも暗く,色の無い世界なのだろう.だからこそ俺には見えない世界が見える.今迄の生活に不満を持ってた自分に酷く怒りを覚えた.‬

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‪数日後,初めて安齋と彼女は対面した.安齋は少しばかり年の離れた少女に向かって緊張を覚えていたが,彼女は表情筋を一切変えなかった.否,変えてはいたが完全なる作り笑いというやつだったそう.安齋は考えた.そして考え抜いた策は“外の世界に連れて行く事”安齋は彼女の好きなものや嫌いなものを必死に観察した.だが最初は酷く苦労したそうな.其れも其の筈,彼女は並ではない教育を受けてきたのだから.‬

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‪時は流れ数年後,安齋と彼女は上手くやっているそうな.良く喧嘩をし,良く笑い.良く食べ.安齋が尽くし過ぎたのか,時間の流れというものは怖いもので,彼女は今では問題児であるそう.仕事は良くサボるわ食欲は無駄に旺盛だわ.だが彼女,身体を動かす事は好きな様で.良く深夜に抜け出しては遡行軍を狩っているとか.反面安齋は彼女に厳しくなっている.こうなってしまったのは自分の責任だ…と暗示のように言いながら毎度上に報告している姿が良く見られるそう.‬

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‪おっと,長くなってしまったが今日の所は此の位にして置こうか.また話が聞きたくなったら何時でも待っている.最後まで聞いてくれて有難うな.‬

或る爺の話

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おや,もっと知りたいと.ははっ,もの好きな者もいるんだねぇ.それじゃあ後少しだけ教えてあげようじゃないか.



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班に入り数年経っても少女の笑顔は変わらなかったんだ.関わる人間殆どが上辺だけ良い顔をしていて,必ずと言って良い程影で声を合わせてこう言ったそうな.-「人殺し」-少女は気づかない振りをした.感情はとうに消したと心の何処かで,まるで自分を抑えるように暗示していたのさ.

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見かねた安齋は彼女に言った.“辛くないのか”と.無論彼女は平静を保って“どうも思わない.私は人殺しで間違いはないから.”と目を逸らしたながら言ったそう.安齋は表情を変えずに再び言った.-「嘘つけ.そんなに苦しそうな顔をして何がどうも思わない,だよ.」其の瞬間,少女は初めて安齋の目を,真っ直ぐ見たそうな.

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其れからというもの,時間さえ掛かったとはいえ,少女は安齋に自分の気持ちを話し始めた.時には自身のしてしまった過去の事実に囚われ自害しようかと何回も試みたそう.-「何で私が,私じゃなければ.生まれてさえ来なければこんな思いしなくて良かったのに」-と何回も泣き叫んだと.

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こうして少女は心を開き始めたとさ.どうだ,彼女は今や時の政府とか云う場所で働いているらしいじゃないか.時は過去を忘れて楽しむ事も大切だと,何処かの爺は思っているよ.
さぁ、今度こそ此の話はお終いだ.ては,また縁があったらな.



http://slib.net/80625

少女の見てきた世界が描かれています.割と閲覧注意デス.

或る爺の話

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-01-04

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