哀しき美女たち

 日本の即身仏は高僧が本願成就したあと掘り起こされて民衆から崇拝の対象となり、永劫に仏の教えを説くといわれる。そうであれば即身仏の発掘はミイラになった人の目的にかなっているので何の問題もなかろう、と、こんな事を考えていたら何処からか男女の会話が聞こえてきた。
「ぼくにはピラミッドのほかに印象深く記憶に残ったものがある」
「なーに?」
「気の毒な女性たちに会った事だ。涙を流しているように見えた」
「えっ、どこで会ったの?」
「エジプト考古学博物館さ。奥まった場所に歴代の王妃達のミイラが何体か横たわって陳列されていただろう」
「うん、彼女達は月の砂漠をラクダに揺られて、王妃として迎え入れられ、宮殿で夢のような日々を暮らしていたのね。幸せだったと思うわ」
「問題はその後さ。この世を去った後も再び戻って来るためにミイラになった」
「そうね」
「だから何千年もの間、棺の中で眠っていてもひとたび魂が吹き込まれれば元の美しい姿に戻る手筈になっていたのだ」
「それはいつかしら」
「ところが後世の人々はそれまで待つことが出来ない。金銀財宝目当てに盗掘する者も居れば、学問上の手柄を立てようとする者も居る」
「そう、古代歴史を解き明かそうとして古い墳墓やピラミッドが発掘されたわね。いまも続いているわ」
「王家の谷でツタンカーメンの墓を掘った人が謎の死を遂げ、その後も発掘調査にかかわった人が何人か続いて亡くなった。王の呪いによるものだと言うのは有名な話さ」
「まぁ、こわいわね。恐れ多くも王の墓を暴き、ミイラを見たからかしら。王が甦ったら皆殺しにされるかも。わたし達は観光旅行で古代の王様に御挨拶しただけだから大丈夫よね?」
「おや、脅かしてごめん。それは別として、ぼくは美女たちが甦った時に首輪や指輪が無くなっていたら悲しむだろうと思うのさ。博物館で見た彼女たちの変わり果てた姿からは美しさが消え、わずかに残った黒髪や金髪はあまりにも哀れだった。再生を夢見て静かに眠っていたところを暴かれ、あげくに展示室で見世物にされてしまったんだからね。彼女たちの無念さはいかばかりか ・・・」
「ほんとにお気の毒だわ。わたしは女性だから王妃様たちの哀しい気持は痛いほどよく分かるわ ・・・」
と、二人の話はザッとこの様な「ごもっとも」とうなずける内容だった。
 私は子供の頃からお月様にかぐや姫が住み、うさぎが餅つきをしている話にロマンを感じていた。しかし、宇宙飛行士が降り立った殺風景な月面を見てからは、そのような気持は冷めてしまった。
同じように、博物館に陳列されているミイラを見てからは、今まで抱いていた美しい王妃達の幻影は消えた。
学術調査の重要性を言われてしまえばそれまでだが、個人的な心情を言えば、ミイラには発掘してよいものと、発掘すべきでないものがあるように思う。日本の即身仏と古代エジプトの王妃とは違う。夢とロマンが壊れるから、手当たり次第に神聖な墓を発掘しては欲しくないと思う。大王のミイラが甦って再び君臨するまで待てないとしても、せめて王妃については甦って再び美しい姿を民衆の前に現すまでソッとして待ってあげることは出来ないだろうか。
  2017年11月30日

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