水底の友達(体験的オカルト)

上松煌

          1

 氷川キャンプ場に向かうバスの中で、おれたちはけっこうハイになっていた。
東京都の小学校はどこでも夏に林間学校がある。たいてい2泊3日で、自然や友達や先生たちがとても身近に感じられる楽しい行事だ。
「おい。こら、上松ぅ。今年はあんまりハメはずすなよ。学年主任の先生が、去年みたいなコトしたら、そっこーで家に帰すって言ってるぞぉ」
担任のケーシー先生がさっそくクギをさしてきた。名前が千倉健二でK・C。思いやりのある、とってもいい先生だ。
ええと、去年みたいなこと?ああ、そうだ、5年生の去年は軽井沢だった。
クラスごとに3軒の民宿に分かれたのだが、おれはそこで地元の小学生5人と友達になった。いいやつばっかりで、こっちの友達3人も紹介した総勢9人で「スグリ合戦」という遊びをやらかした。
発案者はおれで、民宿の庭にたくさん実っていた西洋スグリを引きちぎって投げ合う、単純なものだった。
ルールが単純なだけに、これはすげーおもしろかった。
みんな夢中になり、気がついたころには、3本あった木をボロボロにいためてしまっていた。しかも、マズイことにこのスグリは、宿の奥さんがジャム用に育てていたものだったのだ。
当然、学校側に苦情が入り、首謀者のおれは先生や大人たちから、厳重注意ちゅういを受けた。
本当にこれは反省している。
悪気はなかったのだけれど、結果としては最悪だった。宿のおばさんのがっかりした顔は今でも忘れない。
「はい。もう、しません。だから、できればつりざお貸してください。おとなしくつりでもします」
ケーシー先生がつりざおを持ち込んでいるのは見えていた。
「あ?おまえ、つりできんのか。う~ん、そうだなぁ…」先生はちょっと口ごもった。「おれもつりたいし…。でも、おとなしくするってんなら、ま、いいか」
そして決心したように言った。
「よ~し、貸してやる。ただし、折るなよ」
「ええ~?」
友達たちから、不平の声が上がった。
(せっかくいっしょに遊ぶ計画だったのに)
みんなの顔はそう言っていた。
先生はちょっと笑って首をふり、それを無視した。
「と、いうことでおまえら、今日のところはとにかく上松ぬきで遊べ。明日はまた考えてやる。いいな」
これじゃあ、否応なかった。


          2

 キャンプ場に着くとすぐ、むきだしの川原にテントを張った。
一応、先生たちが管理人に確認したらしかったけど、ここしばらく雨らしい雨が降ってないということで川原の幕営が許可されたんだ。
川原は楽に張れるので、おれたちは大喜び。たちまちはり終えてしまった。
だから、夕飯自炊の前の自由時間がかなり伸びた。
真昼間だから魚の食いは怪しかったけれどつりざおを借り、みんなからはなれた淵=川がのあたりに座をしめた。
心が空っぽになって、眠いような気だるいような、軽い陶酔がやってくる。
その時、おれはきみょうな複数の声を聞いていた。
川音にまぎれるかん高いもので、笑いさざめきながら名前を呼んでる。
「きゃははは、タカちゃん…ふふふ。あはははは…ちゃん、タカ…ちゃん、ハハハ…」
「タカちゃん、タカちゃん、あは、あはは…タカ……タカちゃん!クスクス」
子供か女性の声みたいで、小さいころのなつかしい呼び方だ。
おれは上松隆(うえまつたかし)だから、タカちゃんだった。最初は、ときほぐされてうっとりするような、次にはみょうに本能が警戒する、矛盾した感覚。
いきなり、右にタタラをふんだ。驚くほど目の前に淵の水面があった。
無意識にジリジリと前に進んでいたのだ。じっとりとイヤな不安につつまれて、急いで糸をまいた。
(ここはよくない)


         3

 氷川キャンプ場の川原は、蛇行する流れにそって弓なりになっている。
上流の断がいにかかる橋の下に行ってみた。川をせき止めた広い人工のプールがあって、ハヤかなにかのかげがいくつも走っている。
(おお~)
素直に感動した。あの呼び声も聞こえない。
ここがよさそうだ。
川岸のキイチゴのやぶにかくれてはいるが、そんなに遠くないところで友達たちの声も聞こえる。去年の軽井沢の「スグリ合戦」を再現しているらしい。自然に生えているキイチゴなら、投げあいに使っても文句は出まいと考えたようだった。
(つりやめて、こっそりまざろうかな)
あの楽しさがよみがえって、そんなことを考えたときだった。
目のはじのプールの中にだれかいた。
校章の入った夏用の体そう着ではないから、たぶん地元の子だ。一人で夢中になってなにかしている。
気になってしばらく見ていると、向こうも気がついたらしくこっちを見た。
ニヤッとテレかくしに笑って、そのまま動作を続ける。流れの静かな川底をすかしたり、もぐったり、向こう岸の岩の間をさぐったりして何かをとっているのだ。
興味がわいた。友達になれそうだった。
目の合った阿吽の呼吸だけで友達認定できるのは、だいたい中3くらいまでの子供の特権だ。それ以上の年齢になると、お互いにこの技は使えなくなってくる。
声をかけたいのをおさえて、しばらく川岸で見ていた。さっきまでの友達の声は聞こえなくなった。ハデな投げ合いにあきて、どこかに移動したのだろう。
「やっりぃ、ほれっ。岩場ぁ、かくねてんだど」
地元の子の声で、バシャバシャ川の中にかけ込んだ。
「おお~。すげえ」
ニジマスだった。上流にいくつもある国際マスつり場から逃げてきたものだろう。20センチ越えを手づかみにするとは、さすが奥多摩の子だ。
「いしに、くれるわ」
おぬしにやる、と言っているのだ。
「えっ、ほんと?あっりがとお~、サンクスッ!」
いきなり、最高の友達認定だった。なにか、お返しをしたかった。持ってきた菓子なんかでは芸がない。
そうだ、キイチゴもあるし、川もある。「水中キイチゴ合戦」ってのはどうだろう。
ためしに、あんまりじゅくしていない固いのを投げ入れると、空気中より水のほうが抵抗があるから、スピードが多少そがれて、実のゆくえが目で追える。
人工プールは対岸にかけて徐々に深くなるように川底がならしてある。、飛込みができる向こう岸の一番深いところは水深が180センチは優にあるのだ。
(いける!)
楽しいイメージがたくさんわいてきて、思わず声がはずんだ。
「ねえ、友達呼んでこない?プールん中でこれを投げ合うんだ。去年、軽井沢でやって、すげえ面白かった。陸上だったけどさ。水中のほうが絶対、もっと面白い。深いところで泳ぎながら、投げて当てる」
「おお~」
相手はすぐ納得して目を輝かした。
「いし、おぞい(頭がいい)。たまげたわ。さくい(気さく)の、いっぺえおるから、すいて(仲間に入れる)くれよな」
「もっちろん!でも、こっちはおれ一人でいい?」
友達は呼びたいけど呼べない。バレれば学年主任の先生はおこるに決まってる。
「いい、いい。そんでもどーせなら、夜にやんべえ。明かりつけっと、きらっきらきれーだわ」
「おお~。あったまいい~」
今度はこっちが感動だった。ライトアップされた水中はどんなに美しいだろう。
「あ?てい(集団)で呼んどるど」
いなかの子は耳もさとい。
きっと夕飯自炊(の時間なのだ。
そういえば班の連中だけでなく、ケーシー先生の呼び声も聞こえる。
早く決めなきゃ。
「こっちは夕方6時には食べ終わって、自由時間になるよ。でも、君たちがご飯かな?」
「いいって。やんべ、やんべ。でーじょぶだぁ。親にゃ、いいかげんぶしに薄らっぺ(ウソ)こいとく」
これで決まりだ。わくわくした。お互いにクスクス笑いながら、ここでまた落ち合うことにしてそれで別れた。


         4

 ケーシー先生につりざおを返しがてら、もらったニジマスをお礼に差し出すと、
「おっ、すげーじゃん。つれたのか」先生は目を丸くした。「だが、ま、おまえの腕より、おれの作った手製の毛バリのせいだな」
それでも、うれしそうに頭をなでてくれた。
「じゃ、おまえの釣果をありがたくもらって、先生たちみんなで一口づついただくワ」
自分でつったことにしたのはイケなかったけど、なんか誇らしかった。
おれは上きげんで班にもどり、率先してタキギを運んだり、火をおこしたりした。
6時からの自由時間が楽しみで楽しみで、自然に顔がほころんでしまう。
星座観測を口実に、6時きっかりにテントをあとにした。今日の日没は18時23分ごろだが、谷あいの川は暗くかげって、もう夕闇が迫っていた。
シルエットになった奥多摩の山々を見上げると、山頂近くにちらちらと動く赤っぽいものが見えた。
ぼーっとにじんだ弱い光で、10個以上が並んで少しづつ山を下ってくる。
話に聞く「キツネっぴ(狐っ火)」だった。
平成のはじめまでは条件がととのえばまれに見えたと言うけど、いまどき見られるのは本当にラッキーだ。


         5

 「どした?」
いきなり肩をたたかれて、急いで振り向くと、地元の連中が来ていた。中学生くらいから幼稚園年少組ぐらいまで、総勢11人。
みんな楽しそうにニコニコして、さくい(気さく)やつばかりだ。
「おれはヤっちゃん」
そうだ、ニジマスまでもらったのに名前すら教えていない。
「あ、ごめん。おれはたかし。タカちゃん」
「おう。タカちゃん、知ってんど」
当然のように言って、全員をはしから紹介してくれる。
「これはヨシちゃん、あれはハっちゃん、リョウにマサにキョウちゃん、ガクにシンジにカイト。あのてごっぱたぎ(末っ子)がヨっちゃんとショウちゃん」
とてもいっぺんには覚えられない。だが、あせらずとも、時間がたてば自然に覚える。
ルールと言っても別にないけど、遊びのあらましはヤっちゃんが話してくれたらしく、小さい子もキイチゴの実をめいっぱいむしり、なれた様子で人工プールにつかっていく。
幼くても、東京っぺなんかよりよっぽど泳ぎは得意そうだった。
だが、彼らの持ってきた明かりを見て、正直、ちょっとびっくりした。
「これ、なに?かい中電灯じゃないの?」
「あ?あに(何)って、今日は盆の16んちだもんなぁ。これっきゃ、ねっしょ」
最初に紹介されたヨシちゃんが言った。背が高くて、しっかりした体をしている。年も一番上だろう。
「かい中電灯は目がしゃっぺえ(つかれる)ど」ヤっちゃんが楽しそうに笑った。「ま、東京もんは、おったまげるだがん」
「そりゃ、ちょっとはね。だってこれ、お盆ちょうちんでしょ。持ち出して叱られないの?」
「んな、わきゃあねえよ。盆ちょうちん下げて川っぱた行ぐんは、このへんじゃ、あったりめえだに」
ヨシちゃんをはじめ、みんな当然という顔だ。
そうなのか。
そういえば、おれの祖父母が子供だった昭和30年代には、近くの川まで盆ちょうちんに明かりをつけて行き、川におごり物を流して帰る風習があったそうだ。
盆の16日は、送り火の日なのだ。都内ですら、昔はそうだったのだから、このあたりにそれが残っていても不思議はない。
「このへんはな、お盆の魂は奥多摩の山の向こうの極楽浄土に帰るん。盆飾りは川に流す。海へ流れて、そんでぐるっと回って極楽に届くんちゅうな」
「な~るほど」
ヨシちゃんの説明でなんとなく納得した。。
それに、たしかにかい中電灯は目にギラギラする。
水深のある向こう岸に11個のちょうちんをズラッと並べると、やわらかな水色の光が夢見るように美しかった。
所々、新仏用の白いのもあって、それがいいアクセントだ。
「ちんまいのがいっから、10回当たったらおカユかっこむべえ。そんで自分っからあばするわ。こんなんでいいだいねぇ?」
ヨシちゃんが言った。「だいねぇ」は敬語だ。
「小さい子がいるから、10回、実が当たったらこうさんにしよう。自己申告でさよならする。それでいいですか?」
と言ったのだ。
ルールに関することなのでこっちを尊重して、年上なのに気を使ってていねいに言ってくれたんだ。
もちろん、大賛成だ。


         6

 「ほんじゃ、いっこむ(もぐる)べえっ」
ザブンとばかりに、いっせいに潜水する。
むし暑い大気中から、気持ちのいい水中に沈むと、冬の月光のように青く輝くちょうちんの光に包まれる。ものすごく気分がよくて、息つぎを忘れそうだ。
軽く泳ぎながら、自然に6人づつ2手に分かれた。
ヤっちゃんはもちろん、おれといっしょに上流側だ。
2人いるてごっぱたぎ(末っ子)の一人が、はにかみながらこっちに付いた。戦力はこれで五分五分だろう。
せーの、で戦闘開始!
たちまち、川下側からキイチゴ弾が飛んでくる。
キイチゴはつぶつぶがあるから、そこに空気がふくまれるらしく、魚雷のように小さな泡の航跡を引く。
水中を切りさいて飛びかうのが肉眼ではっきり見え、ぎりぎりでよけたり、手でつかみとったりできる。
自分の体も水にささえられ、重力の呪縛から脱して回転したり、宙返りしたり、自由自在だ。
マトリックス、そう、映画のマトリックスの世界だった。
三次元を思うさま舞うのが、こんなに楽しいなんて。おれたちは指令船の中の宇宙飛行士みたいに、空気中ではできないあらゆるポーズをためしながら、弾を投げ、かつ、よけ続けた。
攻撃も防御も、CG画像みたいにカッコよく決まる。
全員、映画やアニメのヒーローだった。
だれもが戦闘シーンの主役だった。
水深もいつの間にか、ずいぶん深くなっていた。4メーターはあるだろう。
上流にダムでもあって危険防止のため、みんなが水浴びしない夜間に放流しているのかもしれなかった。その分、活躍できる空間がふえるのだから、好都合だ。
思った以上におもしろくて、想像以上に楽しかった。
おれたちは生れついての戦士みたいに果敢に戦った。


         7
 
 息つぎとキイチゴの補給のときは、必然的に無防備になる。
援護が必要だと考えたのは最初だけで、あとはなりゆきにまかせた。、
キイチゴは補充しなくても、流れ去ってしまわずに水中に浮いているし、息はなれたせいかずいぶん続いている。
まるで水のモノになったように、驚異的な肺活量を自覚できた。
それでも小さい子たちから、やっぱり戦列を離脱していく。相手側のてごっぱたぎ(末っ子)に続いて、こっちのショウちゃんも手のひらをめいっぱい開いて「10回」と合図して帰っていった。
新仏(にいぼとけ)用の白いのを持ってきたらしく、ちょうちんの白っぽい明かりがチラチラ遠ざかっていくのが、水中からも見えた。
敵も味方もだんだんに人数がへっていく。
猛者ばかりが残るから、戦線は苛烈になる。
中でも泳ぎの上手いヨシちゃんはダントツに強い。
いつの間にか川下側は彼一人になっていた。
それでも鋭くて早い弾をビシビシ投げては、サッと移動していく。こっちはヤっちゃん、リョウちゃん、おれの三人が残っているが、手ごわくて油断できない。
リョウちゃんが岩かげに追いつめられる。
周りにキイチゴ弾は浮いていない。万事休す。
おれとヤっちゃんが集中攻撃で援護する。それでも相打ちになってしまった。
ヨシちゃんは本物の海兵隊員みたいにカッコよく敬礼して、リョウちゃんと肩を並べて去っていく。
2人がちょうちんを持ち去ると、暗さが増して本物の戦場みたいな臨場感がせまってきた。
ヤっちゃんが、サッと川下に移動する。
いよいよ、決戦だ。さっきの友はいまの敵なのだ。
おれは五本の指の間に弾を5個以上はさんで、一気に振り飛ばす奥の手を使った。装填にちょっと手間どるが、効果は絶大だ。
だが、ヤっちゃんは本当にすばやい。
さすがニジマスを手づかみするだけのことはある。
自然、戦闘はおれが主に攻撃し、ヤっちゃんがたくみに回避する形になった。
孫子の兵法でなくても、攻げきは最大の防御だから、上からの俯瞰が有利だ。
おれは水面近くに位置を占め、見下ろす位置でヤっちゃんの速攻をふうじ込めようとした。


         8

 いきなり、ザッザッと川石をふむ音がする。
ドプンと何かを突きこむ水音がして、川底でヤっちゃんが硬直した。
(えっ??)
尋常じゃないその表情に、ふり向いて総毛立った。
手!。真っ白い、長い長い人間の手。
それが伸びに伸びておれを引っつかんでくる。
青白いけどまぎれもなくごつごつした男の手で、それがマネキンでない証拠に、ちゃんと手のしわまで見えた。
恐ろしかった。死に物狂いで水をけった。
「ヤっちゃん!」
さし伸ばした指先を、つかんでくれるはずだった。じっさい、ヤっちゃんは途中までそうしかけた。だが、なぜか手を引っこめた。
「ヤっちゃん??」
叫んでガバッと水を飲んだ。
しまった、息つぎをわすれてた。ぎりぎりまで息を止めてたんだ。
猛然と苦しくなって、平泳ぎがイヌカキになった。それでも潜水して、手からのがれなくてはならない。
「ヤっちゃんっ!」
また、猛烈に水を吸い込んだ。
薄暗がりの青い水底で、ヤっちゃんが呆然とこっちを見ていた。顔にはもう、最初の恐怖はなく、ぞっとするような絶望と悲しみが、表情をつらそうな泣き顔に変えていた。
くずおれそうな悲嘆が伝染してきて、おれは幼児みたいにわっと泣いた。
いや、泣き叫んだ。
あの手ががっしりとつかんでいた。大人の男が死に物狂いになったときのものすごい力が、おれを水から引きずりあげた。
「カハアッ」
息ができた。同時に、あの気味悪い手がケーシー先生だったこともわかった。
それでも、おれは水底にもどろうとした。
ヤっちゃんが悲しんでいる。大事な友達が、青い水の底からなすすべもなく、おれを見上げて泣いているのだ。
残しては行けない。
おれ一人が陸上にもどってはいけなかった。
ヤっちゃんといっしょに、水底から生還しなくてはいけないのだ。
ものすごい鉄拳がきた。
おれはひとたまりもなく吹っ飛んで、川原のジャリに転がった。
同時に水をはいた。頭がくらくらして周りの景色が点滅するのに、川だけは唯一の目標のようにしっかりと見えていた。
おれは必死でその方向にはった。
情け容赦なかった。えり首とかみがつかまれ、草むらにふり飛ばされた。
おれを必死に川から遠ざけようとしていた。草いきれがムッときて、延髄のあたりがピキッと鳴った。
そのときはじめて、おれの動きが止まった。
「なにやってんだぁ、バカッ」
ケーシー先生の聞いたこともない、激しいどなり声がした。
「おぼれてえのかっ」
なぜか自分の体がわなわなとふるえてた。おれはガクガクしながら、やっとの思いで川を指さした。
ヤっちゃんがいるのだ。
先生は瞬間的に顔をくもらせた。
「アレか。アレが原因か!」
言うが早いか、さらにおれを引きずって、茂みの中に連れ込んだ。
声をひそめていた。
「いいか、先生も見た。アレは人間じゃない!」
(えっ?何を言ってるの??)
声にはならなかった。先生は、きっとちがうものを見たのだ。そう、まったく違う別のモノを。


         9

 「上松、ちゃんと聞けよ。おれがなぜここに来たか、話してやる」
先生はおれを強く自分のほうに向かせた。
「夕飯の後、先生はバンガローにいたんだ」
そうだ、先生たちはテントには泊まらないのだ。
「バンガローはちょっと高いところにあるだろ、川がよく見える。そしたら、向こう岸に何か青いものがいくつもある。よく見るとそれが鬼火なんだ。並んでチロチロ燃えてる」
(ええ~?盆ちょうちんを見まちがえたんじゃないの?)
「同時にものすごい胸さわぎがした。なにか、とんでもないことが起きてるんじゃないかって。そんで、とにかく川に急いだ。プールんとこまで来たら、おまえがうつぶせで、プカーッとういてるじゃないか。もう、仰天したワ」
(ちがうよ、先生。潜水しながら遊んでたんだ)
「正直、おまえはもうダメかもと思った。とにかく水から上げようと近づくと、化け物みたいなすげえ力で抵抗するじゃないか。半分、安心したけど、大変だったそ。おれまで水に引きこまれそうだった」
(化け物は先生だ。無性にこわかった。にげようとしたんだよ)
「それからあとは、おまえもわかるな。…とにかく、見たモノはわすれろ。おまえはとんでもない経験をしたんだ」
「先生」
おれはやっと口をきいた。
ハアハアしたあらい息づかいをやっとのことでととのえていた。
「ちがう、ぜんぜんちがう。川底にいたのは友だち。ヤっちゃんっていって、すごくいいやつ。地元の子なんだ」
そのまま、いきさつを話した。
だけど自分で話しながら、いくつもの矛盾点に気づいていた。
4メートルもあった水深。先生はなぜか、その中を歩いてきたのだ。
時間の経過もおかしい。
異様に長く続いた息つぎ。通常、息をしなくてもそんなにもつものだろうか。
そして、おれがヤっちゃんに助けを求めたとき、ヤっちゃんは途中で動きを止め、とても悲しそうに泣いたんだ。
それはなぜ?
つかめたのに、おれの手をつかまなかったのはなぜ?


        10

 「盆ちょうちんを持って、川やぼ地で御霊を送る風習は、今でも全国にある」
話を聞き終わってから、ケーシー先生は真剣な顔で言った。
「それ自体は不思議じゃない。だけどおれが問題にしてるのは、アレが送る側でなく、送られる側だったってことだ。おまえは友達、友達って言ってるが、この世の友達ならいい。だが、この世の者でなかったら?そこをよく考えろ」
考えたくなかった。
あのままふつうの友達だと思っていたかった。
だけど、今なら思い出せる。
あの時、盆ちょうちんに照らされて、だれも影を引かなかった。光はあっても影はなかったのだ。
自然に涙があふれた。
別れ。とてつもなく遠い別れの悲しみだった。
「もう、会えない。もう、会えないんだね。ほんとの友達だったのに。ほんとに心のかようやつらだったのに」
「そうだな」
先生はため息をついた。
「きっと、本当の友達だったんだな。おまえを連れてけたのに、そうしなかったから。だけど、それはこの世でおまえをほんとに思っている親や友達やほかの先生やおれがいたからでもあるんだ。生きてる者の思いはそれくらい強いんだ」
おれはケーシー先生の言ってることがわかった。
まだまだ未熟な小学生のおれたちを、いつもそっと見守ってくれている人たちの思いがあるんだ。
その人たちはいちいち口に出さないから、じっさいにはなかなか気づかないし、気がついたとしても、うっとおしくてついつい反発してしまう。
おれたち子供は、あたたかい思いやりや善意にであうと、わかっているくせにどうして心ない言葉や態度を返してしまうのだろう。
もちろん、いつもじゃないし、ほんとはごめんって思っていることもあるんだけど…ね。
おれはケーシー先生にに抱きついて思いっきり泣いた。
うれしさと深い感謝はほかに表現のしようがなかった。
「あはは、タカちゃん、タ…ゃん、きゃはは、タカ…タカちゃん、クスクス」
かん高いあの声が再び心にひびいてきていた。
おれは今、その声の一つ一つを聞き分けられた。
ヤっちゃん、ヨシちゃん、ハっちゃん、リョウちゃん、マサちゃん、キョウちゃん、ガクちゃん、シンちゃん、カイちゃん、てごっぱたぎ(末っ子)のヨっちゃん、ショウちゃん。
楽しげなさざめきは、そのまま別れの表明でもあったのだろう。
「ほら、帰ってくぞ」
先生の声で見上げると、黒々した奥多摩の山頂に向かって、ちらちらと狐っ火が遠ざかっていくところだった。
多摩は古くは魂(たま)と、書きならわしていたそうだ。
たましいの帰る多摩の山々は、川や海を介さずに、そのまま西方極楽浄土につながるのだ。
「さあ、こっちも帰るぞ。学年主任の先生には、おまえが星座観察の途中で浅瀬にころげ落ちたって言っとくワ。びっしょりだし、おれにぶんなぐられてだいぶアザがあるからな」
そうだ。おぼれたなんて言ったら、主任の先生はカンカンになっておこるだろう。
かばってくれるケーシー先生の言葉はありがたかった。
あたたかく強い手に肩を抱かれて、おれは班のテントに向かって歩き出した。

水底の友達(体験的オカルト)

水底の友達(体験的オカルト)

初期の作品です。「九月の葬奏」の前あたりのものです。未熟で申し訳ないのですが、そのまま掲載します。 体験的オカルトで、小学6年の上松隆の林間学校の話です。友達になった地元の子たちが、実はこの世のものでなかったというもので、作中に出てくる奥多摩地方の方言は、そのまま埼玉・群馬を含む現実の武州弁です。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 冒険
  • 全年齢対象
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