*星空文庫

日常

藤里 圭 作

「日曜日」

昨日食べた金平糖が瞬きしたら飛び出した。驚いていたら、日が暮れた。
砂糖に夕陽が反射する。
わたしは窓を開けた。隣の部署のあの人が暮らす街の方を眺めた。


「月曜日」

お昼休みに分かれてみた。
私の精神にカッターを突き立てて、深々と刺したら切れた。わたしと存在がぷっつり切れた。「死んだ」「死んだ」一緒にランチをしていた同僚が呟いた。チャイムが鳴ったので生き返った。
何事もなくデスクに向かったらひそひそと話す声がカッターよりも鋭利な切り口でわたしの心臓を切りつけていった。


「火曜日」

今度は幽体離脱をしてみた。実行したのは仕事中だった。
寂しくなってしまったから。分断したのだ。
どうしてもあの人に会いたかったから体がどうしても邪魔だった。隣の部署のあの人に会いたかった。用事がないから会えなくて、仕方なく幽体離脱した。兎に怒られた。「そういうものじゃないよ。」


「水曜日」

隣人が行方不明になった。どこかの国へ忘れ物をしたと言っていたと思う。そういうことを隣人のよしみで警察に喋ったけどわたしの話は聞いてもらえなかった。わたしは兎を膝に乗せて不貞腐れた。隣の部署のあの人は有給休暇を取っていた。思わず屋上で鳴いた。「むなしい」
スズメが哀れむようにわたしを見ていた。「酷い声」



「木曜日」

誰とも約束が無くて、存在が薄くなってきた。このまま消えそうだと思ってたら何もかも薄くなっていく。ほっとしてたらデスクの電話が鳴る。仕事をしていたら1日終わっていた。今日も消えることはできなかった。今日も隣の部署のあの人はわたしのことを見てくれない。「存在してるってなんだろうね」猫が浮いていたから聞いてみた。「さぁね」至極くだらないことだと言わんばかりに吐き棄てられた。
消えてないからまだ居る。わたし。



「金曜日」

終末にはお薬頂戴ね。伝書鳩に依頼する。廃墟のビルから西にあるクリニックに飛ばす。それなのに伝書鳩は南に向かって飛んで行った。失敗したら大雨が降った。廃墟のビルから這いずり出て、隣の部署のあの人の名前を呟いた。雨音に掻き消された。救われなかった。暗転の後、ずぶ濡れになって、書類に押し潰されて、下敷きになったわたしの上を兎と猫と同僚がトコトコ歩いて行った。
「きもちわるい」兎と目が合った。
ビチャビチャしたわたしの体が床に溶けていった。


「土曜日」

クリニックに向かう。隣の部署のあの人の影を電線の上、神社の階段、葉っぱの葉脈に見かけるたびに立ち止まっていたら約束の時間を過ぎてしまった。隣の部署のあの人の名前を呟いた。奇跡も救いも無かった。通りすがりの犬に吠えられて、クリニックの受付で睨まれて、何もかもが駄目な日だった。「手遅れでした」
祈る思いで隣の部署のあの人の顔を思い描いた。それもうまくいかなかった。


「紀元前」

体が熱かった。
恋をした人に触れられていた。
余すことなく触れられていた。


「神話」

わたしと恋をしたその人はよく喧嘩をした。よく世界をぐちゃぐちゃにしていた。人間はいつも迷惑していた。


「進化論」

わたしは恋をした人とばかりいたら、「そういうものじゃないよ」と兎に怒られたので思わず、最近生えた脚で蹴り飛ばした。兎は怒って恋をした人を連れ去った。


「文明」

わたしはなんだか抜け落ちていた。
埋め合わせられそうなものを見つけても、わたしの体には埋め合わせたいと思ってもらえる魅力が無かった。
火を灯すと、進化前のことを思い出せた。マッチを売っている女の子のところへよく通った。女の子はクリスマスの日にいなくなってしまった。



「海」

無関係なふりをしてもよくつかまった。恋をしたことを振り返る。
ここで、生まれた。恋をしたあの人とわたしは、なんだかずっとずっと一緒にいた。シャチに抱きつく。砂浜で眠る。何もかも儀式だった。


「歴史」

生まれた。また。誰かが夢を叶えたり誰かが夢に敗れたり。誰かが誰かを信じたり、誰かが誰かを裏切ったり、誰かが誰かに失望したり、そんなこと繰り返してたら結構分厚いものになっていた。分厚いわりにわたしと恋をした人とのことはどこにも出てこなかった。


「本日」

隣の部署のあの人のことだけ考えてた。余すこと無く触れてみたい。余すこと無く触れられてみたい。血が流れているうちに、なるべく早く。


「創世記」

存在ができていく過程を寝そべって見ていた。「あんなとこ行きたくないよ」創ってた存在に伝えたら、「片割れを連れて行きなさい」と言われた。その時初めて話した片割れをいつもいつもそばに置いた。触れ合ったりキスしたり、ずっとずっと密着してたらどんどんくっついていけて、このまま私自身が片割れになろうとする頃、ベリベリと剥がされた。


「納期」

血を吐くような、疲労感に、喪失感。デスクでパソコンを操作する。
隣の部署のあの人に会おうとしても邪魔が入る。幽体離脱したまま彼の喉元をくすぐったり、頬に口付けしていたが、罪悪感しか生まれなかった。



「当日」

戻れませんか?と隣の部署のあの人に夢の中で言った。触れ合ったり抱き合ったりもした。
何も生まれなかった。



「日常」

わたしの寿命はもう少し、この度も片割れを片割れのままにして、困ってしまった。恋をした。地球が始まる前から恋をしていた。

『日常』

『日常』 藤里 圭 作

  • 自由詩
  • 掌編
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2017-09-12
Copyrighted

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