*星空文庫

桃の季節

コバヤシライタ 作

そして大学生になった僕の最初の夏休みがやってきた。
大学生になると夏休みが2ヶ月もある。とりあえずここまで長いとどうすれば良いのか迷ってしまうものだが、8月のうちはバイトにつぎ込もうと決めていた。今日はおじいちゃんの一回目のお盆だ。なんとお坊さんが来ておじいちゃんを迎えに来てここ3日間だけは仏壇にいてくれるらしい。どうせ戻ってくるならずっと戻ってきていてほしいし、むしろ仏壇までとか言わずに目の前まで戻ってきてほしい。そこらへんが僕が宗教にのめりこまない、一つの理由になってきているのだと思う。どうせ宗教は人間が作り出したものでその神が世界を作っていると言うことは、結局人間が作り出したことになるわけで第一今おじいちゃんが戻ってこないのは神が生き返らせることが出来ないんだから、人間とまるっきり変わらないんじゃないか。全く素晴らしい屁理屈だ。今の僕は午前中のバイトのせいで家族でおじいちゃんを迎えに行くことが出来ず、遅れておばあちゃんが住んでる町に到着した頃には、家族はもう帰ってしまったのだ。まぁ僕がひとりでに会いに行くなんて考えられなかったんだろう。別にそんなことはいい。今回は一人でお線香をあげよう。
おばあちゃんはすごく喜んでいた。もう何回聞いたか分からない昔話を聞かされた。決してボケているわけではない、そのくらい嬉しいらしいのだ。それに僕も少しくらいは答えないと申し訳ないような気がして、もう昼ごはんは済ませておいたのだが、そうめんが昔から好きだったろうとか言い初めたので、お願いすることにした。その間におじいちゃんにお線香をあげようと思っておじいちゃんの部屋に入った。


今年の冬。
僕の大好きだったおじいちゃんが亡くなった。
時期は世に言う受験シーズン真っ只中だった、というかなんとセンター試験二日目なのだ。二次試験のテストが得意だったので、僕の最初で最後の関門はセンター入試だった。その一日目が終わったころ、大好きだったおじいちゃんは静かに息を引きとっていた。そんなことも知らず、全日程を終了した後、家に帰ろうとすると喪服を着た親に葬儀場に連れて行かれたのだ。僕が葬儀場に入ったとき、遺族が泣き始めた。おじいちゃんに泣いているわけではない。

――やっと嘘をつかなくて済む――

そんな空気がおじいちゃんの周りに広がっていた。僕が親に始めて嘘をつかれた瞬間であり、おそらく最後の嘘をつかれた瞬間だった。あまりに突然のことだったので涙を出すことが出来ず、ただただ呆然としている姿にまた会場は涙に包まれたのだった。
その後のお通夜は意外にも楽しそうだった。お通夜に出たことが一度も出たことがなかったので、お通夜というものが、こうもケロッとして思い出話に花を咲かせることが出来るのかと、感心してしまったのだ。
どうしてもそんな空気に入ることが出来ずに、雰囲気から避難を続けるうちにおじいちゃんの棺の前に来た。罰当たりな言い方だが、今にも動き出してきそうな人形のようだった。こともあろうか少し冷静になってしまった僕は、おじいちゃんの肌に触ってみた。

――血液は体温の維持に役立っている――

おじいちゃんは必要以上に冷たいのだ。当たり前ではあるが人間味を感じない。すると不思議なことにというか、やっとというか僕の目から涙が出てきた。頬にふれた右手はどうしても離すことが出来ない。まるで冷たくなったおじいちゃんが僕の体温をもらって生き返ろうとしているこのようだった。

――寒い、寒いよぉ…――

そんなおじいちゃんの声が聞こえてきた。僕の体温で生き返るならずっとさわっていてあげるよ。大丈夫、僕は炭水化物を摂取する限り体温は維持できるから。大丈夫…。


やはりお盆になってもおじいちゃんは写真になったままだった。結局のところ神は…。また宗教批判をしそうになったので考え直した。とにかく一度死んでしまった人をこうやって永遠に忘れないようにしている文化は、ある程度素晴らしいと思ったからだ。お線香に火をつけて一応常識的に手で火を消したら、独特の切ない香りが漂ってきた。命の儚さが、今この細い煙が物語っているような気がする。僕の気持ちが少しでも死んだおじいちゃんにも伝わればそれでいい。おじいちゃんが期待したほどには及ばないかもしれないけど、このとおり僕は頑張っているよ。天井まで上らず消えてしまう煙に自分の心も熔かしながら手を合わせてみたが、やっぱり泣けない。どうしても思い出にすることが出来ないのだ。まだやっぱりどこかにいるような気がして…。

――ごめんね。絶対に忘れないから――

涙はないがこれが大のおじいちゃんっこだった僕なりの別れの方法なのだと納得するようにした。

そうめんが出来たらしい。相変わらず凄い量のそうめんを作ってくれた。まぁ大好きなので食べれるわけだが、さすがに昼ごはんを済ませている腹にはきつい。少しずつ攻略しようとテレビをつけた。甲子園だ。少し前までは自分と同じ年の人たちが最後の夏に夢をかけて挑戦すると言う感情移入しやすいものだったのだが、もう僕は大学生である。出ている選手はみんな年下なのだ。少し前は高校生だったくせに何を言ってるのかって感じなのだが、まぁそうめんのお供である。2回の表からの観戦となった。
試合は都会の有名私立校と地方の県立高校の試合となった。かたや古豪復活をかけて上位進出を狙う私立校、かたや5年に1度その学校で出るか出ないかの4番なエースがチームを引っ張る県立進学校。体格からみても力の差は明らかだった。
しかし序盤は県立高校の小さな大エースが私立高校の打線を翻弄する。同点を繰り返していたのだが、じりじりと打線がエースのボールのタイミングに合い始める。そしてスコアだけは確実に点差を広げていった。県立打線は私立高校のエースに終盤までに二桁の三振を奪われ、なかなかランナーが出ない。そしてそのままドラマの代名詞「9回の表」のスコアボードにランプが点いた。
これまでに6本しかヒットが出てないのに、点差は6点。勝利をあきらめた監督が行う、これまたお決まりの采配。「玉砕代打3人」を投入してきた。一人、二人とスライダーにバットが当たらずに赤い光だけを増やしていたが、僕はなぜか選手たちから目を離すことが出来なかった。どんなに負けていても絶対ボールから目を離さない選手に逆に僕が目を離せないでいたのだ。一人のエースを信じて地方大会を勝ちあがってきたプライドがそこにはあった。きっと進学校なので野球部に特別な優遇なんか認められるわけがない。みんなで掴み取った一勝を積み重ねてきた結果、今この舞台が用意されているのだ。その晴れ舞台が今ここで終わろうとしていたとしても、あきらめるわけがないのだ。たとえ地方大会で出番のないような補欠選手が次々と代打に送られていても次は必ずランナーが出ると信じている。そして必死でベンチから声援を送っているのだ。
久しぶりに見たいい試合だ。間違えなくそう思った。たとえどんな逆境でも、一つのことを信じてあきらめないでいれば、みんな必死になってついてきてくれる。少なくとも僕と、そして県立高校の命運を一人で握り締めてきた小さな大エースは感じていただろう。


そうめんをやっと食べ終えた。正直もう今日は何も食べたくなかった。なるべくおなかに刺激を与えないように石になっているところに、油のはじけるいい音が聞こえ始めた。あまりに嬉しいおばあちゃんが僕にテンプラを作っていたのだ。そうめんの後にテンプラ。このまま冷蔵庫にあるものをすべて食べさせられるのではないかと言う恐怖心に似たものを感じたので、この日始めておばあちゃんの親切を断りデザートと言うことでアイスにしてもらった。
そろそろ帰らなければならない時間だ。当然のように紙袋いっぱいのお土産をくれた。さっき揚げていたテンプラ、そしてお中元のお菓子、そして桃を3つ入れてくれた。
このところおばあちゃんに会うたびに桃を感じないときはない。そのくらいおばあちゃんの家には桃ばかりが置いてあったのだ。どうしてそこまでおばあちゃんは桃ばかりを食べているのか。それには僕以上におじいちゃんの死を悲しんでいるおばあちゃんの愛があった。
喧嘩もしない仲良しな夫婦だったのだが、老人の愛などは少年の僕にとっては分かりやすい行動が無いので全く分からなかった。おじいちゃんの体が悪くなり誰かの介護が必要になってからも、おじいちゃんの体の悪口をおじいちゃんの聞こえるところで言うので、正直聞くのが辛かった。しかし介護施設に行くことを頑なに嫌がったのはおじいちゃんだった。検査のたびに元気を振り絞り体調が良くなるので、どういうわけか後一歩のところで介護施設に入れられるわけでもなくおばあちゃんとの生活を続けていたのだ。
とうとう30年のも付き合ってきた糖尿病が魔の手をふるい、おじいちゃんはこん睡状態で入院することになった。元気な頃から死ぬ直前は悪あがき的な手術はしないでくれと言われていたが、医師の要望から手術を行うようにしようと準備をすれば、突然熱が上がりまるで、おじいちゃんの意思があるかのように手術を中止させてきた。そのとき家族の反対を振り切って老いた体に鞭をうち病室で寝泊りをしていたのは、紛れもないおばあちゃんだった。そして二度とおきることはないだろうと医師にも言われていたのに、毎日桃をこしらえてあげるのだった。

――おじいちゃんが起きなくなる前にね、桃を切って渡したらおいしいって笑ってくれたの――

そのとき初めておばあちゃんが世界で一番おじいちゃんを愛しているのだと知った。そしておじいちゃんの大好きだった桃は、いつしかおばあちゃんの大好きな桃となり、おそらくずっとおばあちゃんは毎日が桃の季節として巡りめく孫たちの生活を見守り続けるのだろう。いつかこういう恋愛がしたい。本当にそう思った。

人はここまで別れを悲しそうに出来るのかと感心するくらい名残惜しそうに僕の後姿に手を振っている。おじいちゃんが死んでしまった今、おばあちゃんは自分勝手に自分の仕事は終わったと思っているのかもしれない。会うたびに小さくなっているようなおばあちゃんの手を背中に感じながら、曲がり角まで手を振り続けた。
 紙袋の中の桃はテンプラと共に僕の家に帰る。そして僕の家庭でおばあちゃんの桃を食べることが出来る。まるで役目を終えたドラゴンボールみたいだと縁起でもない比喩をしてしまった。

桃の季節は終わらない

たとえ小さな恋が終わっても

後に続くみんなの

笑顔があるから


―完―

『桃の季節』

『桃の季節』 コバヤシライタ 作

大学生に成り立てて、自立しているわけではなく、依存したいわけでもない。 そんななんでもない大学生が素麺を食べている間の出来事の記録。

  • 小説
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  • 青春
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  • 全年齢対象
更新日
登録日 2017-08-13
Copyrighted

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