*星空文庫

星屑の恋愛観察

藤里 圭 作

目を開けると、暗くてあたたかい空間に、わたしは漂っていた。
目を開けた…その感覚で正しいのだろうか。そもそもわたしには、目があるのだろうか。目を開けた…そう思い込んでいるだけで、わたしはずっと目を開けていたのかもしれないし、目を持たないで、ただの思い込みを意識の中で再現しているだけかもしれない。
ここは暗くて、何も見えない。手を動かしてみようにも、手がどこにあるのか曖昧だ。身動きはとれる。身動きをとれる感覚がある。「暗い」「あたたかい」と感知するということは、五感はあると思うのだが、自分で自分に触れようと思っても、「自分」の体が曖昧すぎてうまくいかなかった。
「大丈夫ですか?」優しい声が響く。
声の方に意識を向ける。曖昧な「自分」を総動員して意識を向けた。
「まだ生まれたばかりですから、無理なさらないでください。」声は再び響いた。
わたしも喋れるだろうか。口を思い浮かべて動かしてみる。
「あ り が と う」
思いがけず大きな声が出て、自分でもびっくりした。わたしに声をかけてくれたのはキラキラとした光のような、粒子や点のような存在であった。
生まれたばかりと言われたわたしは、自分がどんな形をしてるのか、その存在に尋ねてみた。
「私たちと同じですよ。」声は優しく返してくれた。
それなら、曖昧になった自分の身体についても納得できる気がした。
「ここはどこですか?」続けてわたしは尋ねてみた。

「「空」と呼ばれるところです。」

「ここで何をするんですか?」

「確認です。」

「何を確認するんですか?」

「1つの恋についてです。」

「誰の恋ですか?」

「私たちを産んだ人の恋です。」

ここまで質問し、その解答を聴いているうちに急に眠くなってきた。

「もうすぐ朝が来ます。」

薄れていく意識の中で最後に聞いた声は今までになく甘く優しかった。

わたしが生まれた理由はやがて明らかになった。「私たちを産んだ人」が、恋をした人に素っ気なくされたからであった。
わたしはどうやら、「私たちを産んだ人」の痛みだったようだ。

「私たちを産んだ人」は酷く傷付きやすく、酷く詩的な表現を好み、酷く自分の傷を抉るのが好きで、酷く悲劇的に陶酔的に相手に夢を見る…そんな人であった。
「私たちを産んだ人」は、恋に流されていた。それでいて、芸術家として自分の恋を観察したいという願望も持っていた。そこで夜間に「私たち」を産んでは「空」へ飛ばし天体観測でもするかの如くこの恋について考えを巡らせていた。
しかし、観察はすぐに頓挫した。「私たち」は毎夜毎夜生まれ、「空」に散らばした「私たち」はどんどん広がって、観察できる範疇を超えてしまっていた。

「「私たちを産んだ人」は、私たちを産んだ目的を既に忘れてしまいましたが、私たちは生まれた理由を全うする他仕方がないのです。」

太陽が沈んだ後、優しい声が説明してくれた。「私たち」は説明された通り、太陽が沈む度に生まれた。
「私たちを産んだ人」の痛みであるわたしは恋の相手をたまに思い出していた。痛みは「私たち」の中でも非常にはっきりとした存在であり、「私たちを産んだ人」の作る下手くそな恋の歌や手紙たちは、存在がぼやけ、感傷的で盲目的であった。

「恨んでる?」

何度目かの夜に、ぼやけた存在がわたしに聞いてきた。
わたしは質問することはあっても質問されるのはその日が初めてで慌ててしまった。

「私たちを産んだ人」は、わたしが生まれる日の昼間、好きな人に話し掛けたのだ。
好きな人は、興味無さそうに返事をしてそのままどこかへ歩いて行ってしまった。「私たちを産んだ人」は、痛みのあまり狂いそうになった。恋をしている時はこの世の真理はその恋した人になるようで、恋した人が愛してくれれば世界は救われ、逆に恋した人が愛してくれなければ他の人の愛すら嘘になり、世界は滅んでしまうようであった。

「恨んでなんかいない。あなたたちがわたしより後に生まれて来たということは、そういうことだよ。」

わたしはようやく答えることが出来た。でも、わたしが痛みでしかないのなら恋した人をどういう目で見ているのだろうか。

他のぼやけた存在は、どこか喜びに満ちている。「好き」がはっきりとしている。それならどうして存在はぼやけているのだろうか。

わたしの後に生まれてくるのはぼやけた存在と、わたしと同じ存在、その2パターンとなっていた。

ある夜生まれた、わたしと同じ存在に「あの人をどういう風に見ている?」と質問してみた。

「よくわからない。ぼやけた存在が好きでいてくれるのなら、わたしは痛みとして存在するしかないと思う。」

わたしとわたしと同じ存在は考え方がやはり似通っていた。
そこで、わたしが生まれた時に1番に声をかけてくれた存在に同じ質問をしてみた。

「優しい人。」

相変わらず優しい声が返ってきた。

「でも怖い。平気で私を傷付けるような予感がする。…あなたが生まれた日にその予感は確信になりました。それでも、最初に会った日の優しさを、私は永遠に忘れられないから、その日から私は永遠にあの人に敗北しているのです。」

「恋は敗北ですか?」

「少なくとも「私たちを産んだ人」の片思いは敗北を敷いた上に横たわっています。」

わたしはまた眠たくなってきた。
朝が来てしまう。夜が来たら「私たち」が生まれる。
敗北者は懲りない。敗北することが甘美な遊戯であるように、踊らされ続ける。
眠りに落ちる瞬間生まれて初めて「愚かしい」と思った。

「わたし」が増え続ければ、夜は次第に明るくなっていくだろう。そうしたら「私たちを産んだ人」の目も冴え渡り、踊ることをやめてわたしたちを見て苦笑してくれるかもしれない。

『星屑の恋愛観察』

『星屑の恋愛観察』 藤里 圭 作

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2017-08-13
Copyrighted

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