*星空文庫

天使のカミソリ

黒須らいちゅう 作

天使のカミソリ


「屋上」と聞いて連想する絵物語が、そのまま死に結びつくのはなんでなんだろう。友達にたずねたら、「わかるよ」って言われました。大切にしていたオモチャが壊されてしまったみたいで、なんだか素直にハイってうなずけないよ。雨が降るたびに空のかなしみを捏造して、心に投影するのはなんでなんだろう。相談しよう、と思ったけど、そういえばもうあの友達はいない世界になってた。


やさしくない場所。いつのまにか「あっ」って前置詞みたいに発するすべての言葉につけなきゃいけなくなってた。あいうえお、に意識をはりめぐらせるから、360度が水槽みたいに苦しくなって、でも、それでも、呼吸しなくちゃ。丈のあわない制服着せた、あ、挨拶の震え。パクパクって、イメージに映る鏡のなかの金魚。も、文字になってますか? と、届いてますか? 二酸化炭素、シーオーツ、しーおーつ。


吐いても、吐いても。きみの酸素にはならないで、アスファルトの上で死んでいく化学式。オート変換する耳、目、口、繋がる器官→「あれもしたい(あれも死体)」、「これもしたい(これも死体)」、「こんなにも生きたいのに(逝きたいのに)」。


そのままじゃ火傷しちゃうから、触れられないからって、頭のなかでイヤホンして、流れる音、ドレミファソラシドであいうえお染めてく。「(たの)し(い)ね」。「き(れいな)え(をみ)ろよ」。言葉が裸のままで耳に届かないひとりの地球で、膝を抱えて、うつろな目であの娘の夢を見る。屋上の世界。二人だけの秘密。あの日交わした言葉。ぼんやりと大きな背景を浮かべて、その箱庭にあの娘とわたしを配置して。主観ショットの許された枠のなかで、口を開く。


ねぇ、知ってた? どうしようもないくらいの朝の光、アレってほんとうは白じゃなかったんだよ、あんた死んだからわかんなかったかもだけど笑。知ってた、知ってた、なんか黄色みたいなんだよね、なんつーか色が濃いっていうかさ。あっ……じゃあさ、あんた小さいとき、なんか踏んだーって泣きながら外走ってたじゃん? 夏の時期。あれの正体、わたし掴んだんだよ。えっ、なに? 蝉の抜け殻だよ、あのとき、パリって音したよね。


それから、パリッ、て、二人の景色が割れて、「死ね」「消えろ」の届く、今に背が届いた。あの娘はもう8日目の向こう側だって、いい加減気づけよ、馬鹿な生きのばしがここに一人、まだ7日間のどこかにいる。


「屋上」の話はそれでも殺されず、血液にとけて、腕から落ちた色、見つめるわたしにささやく。ナレーション無視する白黒映画のなかでも、その色だって気づくほどに。……声だ、ソプラノ、耳にかかる、白い息、あの娘の二酸化炭素、頭のなかで印字されていく。


「屋上ってさ、羽も連想するんだよね」なんで?「なんかさ……屋上→空飛ぶ→羽って感じしない?」えっ、翼じゃなくて?「いや、そんな上等なもんは私には似合わないよ、虫で十分、蝶とか蝉でいいんだよ、なんかそっちのほうがリアルでしょ」って笑ったあの顔が今でも語りかけてくる。


最後だよ、もうこの夏休みが終わったら、ほんとうに最後だよって、わたしはなぜだか涙声で、一人専用の最終フェンスに手を置いたまま叫ぶ。


「翼、でい、いい、いんだよ!!き、みは、天使でいいん、だ、だよ!」


あっ、わ、たしの声、CO2し、てる/大人(遮断機の向こう側のきみはもう帰ってこない。あの夏のきみだけに殺されたかった。ずっと。カンカンと深夜のアラームとランプの赤。そういえばあの日、いっしょに見た夕焼けも赤くて、諦め色で。目に映る全ての壁紙にはった、スタートラインの死んだその景色が、なんだか馴染むんだ。あったかい。そして、もう、これで、さよなら。はじめてのおはように、こんばんはを。君からもらったカミソリで長い夏休みを殺した)。


さ、よな、ら、てん、し!!!


あっ、テステス、今日です、おはよう。日々を既読してくなかで、ふとあるページから栞が落ちました。開くと、文字もない、まっしろなせかい。今はもう読めないのかもしれない。処世術で切り抜ける毎日の1コマ。はぁ、とついたため息と苦笑いが呪文だった。発動して、浮かぶ、あの頃。いた、あの娘と屋上、夕暮れの酸素。もらった言葉のカミソリは今でもここにある。えぐる、いらない、身体と頭に染みついた汚れた文字をえぐっていく。真っ赤に染まったあいうえおをインク代わりに、あたらしい言葉、わたしは綴っていく。


わたしまだ生きてるよ/許された7日間のなかで/遮断機の外側で/こうして赤いワード吐いて/まだまだ/これからも/あの夏のきみに手を振って/生きていくよ/今日も

『天使のカミソリ』

『天使のカミソリ』 黒須らいちゅう 作

久しぶりになにか書いてみました

  • 自由詩
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2017-08-13
Copyrighted

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