私が泳ぐ理由

はじめ

最近自分が魚であることを思い出しました。

私はもともと、言葉など話せなかったのです。

だから、伝わらないことに苦しむなど、最初から間違っていたのです。

私は魚で、言葉を持たなかった。

ただ、それだけのことでした。

水槽の底に沈む

バラバラ落ちるグッピーの餌
私は沈む

先生から錠剤をもらった

ありがとう

声は小さ過ぎて
聞こえなかったようだ

グッピーが光る
私に気が付かない

35番目のエピソード

寒いですね
今日は寒いですね

こんな日はお酒が効かないので、
幻想に遊びましょう

ありもしない草原に、ありもしない暗い沼で、あなたと手を繋ぐんです。

いつまでもいつまでも歩いて
いつまでもいつまでも寂しい気持ちのままで

私たちは安楽を探して、手を繋ぐんです。

あの空に浮かんでいる

誰かの捨てた悲しみが
雨になって、私に降る

みんなは傘をさしている

私の傘はどこかにいった
朝は確かに傘立てに

私は濡れて帰った
靴まで濡らして

私の上に悲しみが落ちてくるから
私はなす術もなくガタガタと震えている

あの人が私の前を通り過ぎた
あの人が傘をさして
知らない女の人の所へ走っていく

かつてあの傘に入れてもらえたのだが、今は入れてもらえない

悲しみから守るのは私の知らない女の人
私はそのまま晒されて
私はそのまま風邪をひく

痛みはない
ただただ、穴が開く
2度と塞がれない

ーーーああ悪い夢でした
あなたはここにいる
あなたは私と手を繋いで、この暗い沼を歩いてくれている

永遠に寂しい私たちは
お互いの掌しか感じないから
永遠にこの暗い沼のそばを
終わることなく散歩するんです

ああよかった
ああ全部夢でした…………

5秒後の世界

白い空を見て呟いた

「もう何も願わない」

6月に降る雪をぼんやり見つめる

追い詰められて寝不足の頭
水槽に沈む錠剤
変色する熱帯魚

正気の沙汰ではない、
独り言に笑う

太陽を願わない

雪がやがて雨になる

救いはない

雨に打たれていれば、
これ以上責められない
これ以上怒られない

溜息は聞きたくない

雨に打たれて抱擁を願わない
血を流して愛を信じない

私は棘を握って
罰を受けた

現状

全てが駄目でした。

四肢を投げ出し寝転がる

「今日でお仕舞い」

笑っていたら吐き気がした

うつ伏せになって涙をながす

「みじめないきもの」

薬をたくさん渡された

どれもこれも、私を水槽に沈める

そんな薬ばっかり

「アイスクリームを食べよう」

漸く起き上がれば涙が床にバラバラ落ちてゆく

才もない
恋もない
夢もない

残骸も一昨日、ゴミの日だから
一緒に捨てた

空っぽの部屋

また、わたしは、フローリングにお墓を作り損ねた

落ちた涙はあの日より意味のない涙

私が泳ぐ理由

私が泳ぐ理由

  • 自由詩
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-06-19

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  1. はじめ
  2. 35番目のエピソード
  3. 5秒後の世界
  4. 現状