言葉の選択

 物の整理が終わって、今度は言葉の整理をしようと思う。早め早めやっておくに越したことはない。いずれ会話が出来なくなり、意志伝達装置「伝の心」を使う予定だからだ。そうすると今度は口の代わりに、指か目を使うことになる。相手とのコミュニケーションをスムーズにするためには、言葉をあらかじめ選択し、それを装置に入力しておいて、必要なものをすばやくピックアップして伝えなければならない。画面に出てくる単語や言葉の数が多ければ、拾い上げるのに時間がかかる。殆どは妻相手に使うことになるので、どんな言葉を入力して置いたらいいか見当をつけてみた。
「おはよう」、「おやすみ」は一日の区切りの言葉。「お願い」、「ありがと」、「ごめんね」は気持を伝える言葉。「イエス」、「ノー」は態度を決める言葉。「寒い」、「あつい」、「痛い」、「痒い」、「苦しい」は訴えの言葉。「水」、「薬」、「酸素」及び「いる」、「いらない」は要求の言葉。これらは療養生活において頻繁に使うことになるだろう。それから忘れてならないのは、体の場所を知らせる言葉である。表示された人体図に矢印で示せるような仕組みになっていればいいが、それが駄目であれば「頭」、「背中」、「腹」、「上肢」、「下肢」それに「左」、「右」、「上」、「下」、「全体」は選択語の中に入れて置く必要がある。着替え、洗面、食事、歯磨き、入浴などは毎日欠かせない事だが、これらは私が黙っていても妻は何時ものようにやってくれるだろうから、これらに関する言葉は用意しないでおく。
以上、私がALSの在宅介護を受けながら生きていくのに必要かつ最低限度の言葉を集めてみた。
 しかし、私にとって最も重要だと思っていることがある。妻と二人だけの生活であってもQOLを高めるために人としての会話を大切にしたい。妻は普段から書物や新聞記事、テレビ放送から得た事柄をもとに色々話をしてくれる。ありがたいと思う。私の知識にもなるし、国内外の情報も得られる。聴くことは支障なく普通にできるので、そんな時に私からも「いい話だね」、「そんな事があったの?」とか、「行ってみたいね」、「嬉しいな」などと言えれば、器械が私の代わりに声を出すとしても人間らしい会話が出来るだろう。
選んだ27の言葉だけでは会話を楽しむことは出来ない。
それ以外の言葉はその都度即座に入力しながら、ということになるが、いくら装置に慣れたとしても、反射神経の鈍い私の操作では時間がかかり妻をイライラさせると思う。自由自在に言葉を使って流暢な話をすることが難しければ、やはり無駄がないように言葉を選ぶべきだと思っている。「心のこもらない会話」、「歯の浮くような会話」、「うその会話」はよくない。妻が嫌うし、時間が勿体ないと言うだろう。誰もが嫌う「傷つける言葉」、「使ってはいけない言葉」、「下品な言葉」、「野蛮な言葉」は論外だ。私は、語彙が少なくなっても、これらの言葉は排除したい。良い言葉で会話が楽しくなれば忙しい妻もときどき時間を取って話し相手になってくれるかも知れない。
 憂鬱な介護生活の中にあっても、できたら遊び心を持って妻と暮らしていきたい。彼女が勧める俳句、和歌は格調高くて私には向かないから、肩の凝らない川柳がよさそうだ。これなら入力に時間をとらない。
先ずは練習を、
   まだあるぞ口がだめなら目で話す
   われに似た優しい声だせ「伝の心」
   もうすぐに見せるぞわれの仏顔
いくつかの言葉をさりげなくミックスしていい味を出すにはまだまだか。言葉の選択は思ったよりも難しいものだ。
  2017年5月4日

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