うちの子をよろしく

 うちの母親ってすごく重いのよ。
 私とお茶を飲みながら、星子さんはそう言って溜息をついた。彼女は既婚で二人の子供がいて、ご主人とも仲が良い。持ち家も購入して、傍から見れば何不自由ない暮らしだが、本人としては実家の両親の事が最近とみに気にかかるという。
 
 小学生の頃はね、あの子とは遊んじゃダメ、この子と仲良くしなさいって、私の友達関係にいちいち口を出してくるの。まあ幸い、一番近所にいたキミちゃんとは気が合ったし、母親からもお墨付きが出てたからよかったけど。でもそういう事って、よそのお母さんはどうなのか判らないでしょう?まだ小学生だもの。だから私、別におかしいとも思わずに、母親の言う通りにしていたの。
 それで、中学とか高校になると、こんどは髪型とか服装とか、あなたはこういうのがいいわよって、一方的に決めちゃうのよね。一緒に服なんか買いに行っても、私が手にとって鏡で合わせただけで、ああダメダメ、その色は星子に似合ってないって否定されるの。
 反抗?するだけ無駄って感じ。
 だってね、一言返したらその十倍ぐらいやり返してくるのよ。本当にあのエネルギーって一体どこから出てくるんだろうって思うわ。それを毎回毎回やられるって、想像できる?もうこれは、母親の好きにさせておくのが一番楽なんだって、悟りの境地よね。
 妹はどうかって?あの子はけっこう要領いいっていうか、私よりはるかに軽い感じで受け流してて、なのにちゃっかり自分の好きなように行動してたよね。やっぱり私を見て、色々と学習してたんじゃないかな。
 長女って本当に損な役回りよ。なんかこう、親に反抗する、までいかなくても、違う意見を言うだけで罪悪感すら覚えちゃうんだから。一体どうしてだろうね。
 父親はもう、本当に穏やかな人。仕事以外に趣味なんか特になくて、休みの日になると私と妹を連れてどこかに遊びに行くのだけが楽しみ、というか、使命と考えてたかもしれない。私も父親に似たんだと思うよ。母親と同じ性格だったら、もっと派手に衝突してたはずだもの。きっと妹も父親似。だからさ、うちの四人家族の中で、自己主張する人って母親だけなの。
 いや別に悪い人じゃないよ。むしろ愛情が濃すぎるっていうのかしら。相手に何かしてあげたいって気持ちが強すぎるの。おまけに、自分が良いと思ってることは、他人も同じように思ってるって確信があるの。まあなんていうか、善意の押し売りみたいな感じかしらね。でも悪いけど、私にはそれが重たいの。もう放っておいてって言いたい。
 それでさ、私も妹も嫁いでて子供もいるし、それぞれの家庭があるじゃない。なのにうちの母親はいまだに「自分の家族」として招集をかけるの。旅行とか食事とか、名目は色々だけどさ、結局のところは「私のそばに集まってこい」って命令よね。
 子供が小さいうちはそれでも集まったけど、中学や高校になったらみんな忙しいじゃない?全員集合なんてお正月とかお盆ぐらいしか無理なのに、それを判ってくれないの。なんだかんだ言って、集まろうとするんだから。

 星子さんと私は中学時代からの友達だけれど、当時はそんな悩みなど一度も聞いたことがなかった。本当に普通の、まともな家庭の子だと思っていて、母親についての話を知るようになったのは、彼女が子供を持って何年かしてからだ。

 私ね、自分の子供が男の子で本当によかったと思ってる。もし女の子だったら、母親とのあれこれを思い出して、うまく育てられなかったでしょうね。だからもう、子供には自分の価値観とか押し付けないように、すごく意識してるの。
 こんな話してもね、まだ「たしかに少しおせっかいだけど、いいお母さんじゃない」なんて言う人がいるのよ。でもね、家庭の中だけで収まってる話ならまだしも、極めつけは私が就職した時。入社したその日に会社まで来て「娘をよろしくお願いします」って、大量に作った大福餅を置いてったんだから。けどね、それでも私、母親に文句言えなかったの。

 なかなかに珍しい話だと思って、私はこの、大福餅のエピソードを別の友人、花子さんに語ったことがある。
花子さんはずっと複雑な表情で私の話に耳を傾けていたけれど、聞き終えてから、苦り切った顔つきで「一緒よ、私もそうだったもの」と言った。
「うちの場合は父親だけれど、私が就職した会社にお饅頭を持って行ったの。うちの娘をよろしくお願いしますって。それで私は激怒しちゃって、なんでそんな恥ずかしい事すんのよ!って文句言ったら、親として当然の事だっ!って聞く耳持たないの。もう過保護もいいとこでしょ?大喧嘩よ」
 そういえば花子さんはミッション系の中高一貫校出身という令嬢なのだった。そして父親への徹底抗戦を試みた彼女はその反骨精神のおかげか、海外でパートナーを得て生活している。

 うちの母親の濃すぎる愛情、どうやって薄めたらいいんだろうね。
 星子さんがまた一つ溜息をつき、私は「猫か犬でも飼うか」と合いの手を入れる。この後に続くのは「うちは動物は苦手なの」。我々はいつもそのあたりで話を切り上げ、伝票片手に席を立つのだった。

うちの子をよろしく

うちの子をよろしく

うちの母親って、すごく重いのよ。友達にそう言われたら?

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-04-17

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