*星空文庫

勇人(ゆうと)と亮輔(りょうすけ)

上松煌 作

    1 めずらしくて、おいしいもの


「おい、勇人(ゆうと)。そのまま入ったら、ダメに決まってんだろっ」
いとこの亮輔(りょうすけ)くんがどなった。
(ちぇっ、いばってらぁ)
心の中で思ったけれど、もちろん言えない。何しろ二つ年上だし、漁し町の子でちょっと荒っぽいんだ。
ぼくは東京から、夏休みで遊びに来ている。
今日はしおの引いたしおだまりで、何かとって食べさせてもらえる予定なんだ。
それがなんだかはひみつだったけど、めずらしくておいしいものだと言っていた。
「なぁ?海は塩水だろ。フツーの水よりうく力が強いから、ビーチサンダルはガチでういちゃうのっ。だからぁ、コレ使え」
何か、平べったいヒモをとく意そうにわたしてくる。
「なに?これ」
「パンツのゴムひも!はじっこのマジックテープはおれがつけたんだぜ」
たしかに大人用のトランクスの平ゴムだ。
「これをちょっと引っ張って、こうして足にグルグルまくだろ、最後に足首で交さして止める。な、いいだろ。これでぬげないし、すべらない」
「ああ~、うん、いい」
足をバタバタしてもしっくりくる。やっぱり、海になれているんだ。アイデアがすごい。
「いいか、いそで転ぶな。ひざとか切ると、そこからほねにフジツボが生えてくる。いっぱいふえて、手術をして取らないとしまいに死んじゃうんだぞ」
「ええっ?フジツボって、富士山のふん火口みたいなカッコした、ギザギザなやつでしょ?」
想像するだに痛そうだった。これは気をつけなければいけない。思わずへっぴりごしになる。
亮輔くんが、平気でザバザバしおだまりに入っていく後ろを、ビクビクもので追いかける。
「おそい、早くしろっ」
おこられても、これでせいいっぱいだ。
「亮ちゃん、やっぱダメ。陸に上がってるから、一人でやって」
もう、早々に泣きが入ってしまう。
どうもこういう自然はにがてだ。海の生物はヌルヌルしていたり、手足が多かったりして気味が悪い。
「ぎゃはははっ」
亮輔くんが大声でわらった。
「ば~~~~か!都会もんはアッタマわりいな。んなこと、あるわけないじゃん」
「うそ、あるよ。だって人間の血は海水の成分ににてるって、習ったもん。それに陸上生物の先祖は海で生れたんだし」
「ぷっ、体温がなけりゃあな。勇人は知らないのかよ。生きてる魚とか、やたらに手でさわっちゃいけないんだぜ。やけどしちゃう。海の生き物にとって、人間の36度の体温ってすごく熱いんだ」
まぁ、たしかにそうだ。
赤道直下の表面海水だって、高くて32度くらいだから、36度の海水なんてほとんどないだろう。
海底火山とか海底温泉もあるけど、そういう場所はそういう場所で、高温にてきおうした別の生物がいるんだ。
「小学3年にもなって、都市伝説信じるなんて、勇人はバカかよ。ほら、このかげにもいるだろ。これはクロフジツボっていって、ちっちゃすぎて食えないけど、ミネフジツボってでかいのは食べられるんだ」
なるほど、これはクロフジツボというのか。岩にいっぱいくっついているけど、大きくても1センチくらいしかない。
それより、すぐ近くに見なれた黒い貝が集団でいる。
「あ、これ、ムール貝だよね。チーズ焼きにするとおいしい。バジルふってさ。これは食べられるんだよね」
「ば~~~~か!」
亮輔くんがまた笑った。
「勇人はアタマがいいって親が言ってたけど、ウッソだな~。食ったらゲリするぜ。うんこもらす。日本ではムラサキイガイっていって、きれいな海で養しょくしたもの以外は食わないほうがいいんだ。なにせ、海ん中のきたないものを栄養にしてんだから」
「ここは水きれいじゃない?それでもダメなの?」
「ダメだね。貝がらが二枚あわさっているのを二枚貝っていうんだけど、ほら、アサリとかハマグリとか。ああいうのの中でも、これは特に毒を持ちやすいんだ。食中毒になる」
「こわいね」
亮輔くんは小学校5年生のくせに、やけに物知りだ。つり船を経営している家の子だから、お客さんに教えるためのいろんな知しきを勉強しているのかも知れなかった。
「ほら、早く来い。アメフラシがいるぞ」
「げっ、こういうのキライ」
しおだまりの底で、20センチくらいのなめくじの親玉みたいのがグニャグニャしている。こげ茶色で白いはん点が体中にびっしりあって、頭のところに角みたいのが2本、ニョッと出ていた。
足なのだろうか?どう体の両わきのひだひだが、ビラビラ動いているのが気色悪い。
「まさか、これ、食べられるの?」
「ああ、食える。勇人、手でつかまえろっ」
「ぎょえぇ~~」
立ちすくんだ。
これがおいしいって?
ま、角とビラビラがなければ、ナマコに似ている。ナマコはちん味だっていうから、コレも本当はうまいのかも知れない。
それでも手でつかむなんて、無理だ。
絶対に無理。
「しゃあねえな。ほら、タモあみ貸してやる。これですくえっ」
「ひえぇ~」
とにかくあみをつき出した。
アメフラシがイヤイヤをするように頭をふる。
「うっわわわ…」
いっしゅんで2メーター以上もにげていた。
グニョグニョの体から、黒っぽい紫色の何かが、ブワァッと広がったからだ。
「ぎゃはははっ」
亮輔くんが、また、大声で笑った。
「おっまえ、ホント、海ダメだなぁ」
すっかりバカにしたたいどで、素手でアメフラシをつかんだ。
「さっきのはタコのスミ吐きと同じで、カムフラージュっつうのっ。害はないのっ」
まだ、ドキドキしている。それでも必死でバケツをさし出す。
亮輔くんはそれを無視して、ポンッと海に返した。
「いい。どっかの地方では食べるっていうけど、新潟では食わないから」
(ちぇっ、また、からかったのか)
ほっとしすぎて腹が立つけど、これで一安心だ。
「ほら、勇人。いたぞ。これは食える」
(またぁ、どうせ不気味な生物でしょぉ)
おそるおそる指さす方向を見て、またがっかりした。
「なにこれぇ?」
貝だかなんだかわからないゴツゴツしたものが、岩かげにいっぱいくっついている。
とても食べられるようなものには見えない。
「カメノテだよ。ほら、海ガメの手にそっくりだろ。水にぬれてるほうが楽だから、そっちとれ。食えるのはツメじゃなく手のとこだから、岩にくっついてる根元けずれ」
言うなり、タガネでひっぺがしはじめた。
今度のは本当に食用らしい。手には軍手をはめているけど、けっこう力がいる作業だった。
主に5~6センチの大きさだ。
不気味だけど、カメの手という名前がちょっとはかわいい。
「よぉし、もう、いい」
小さいバケツに5分の1くらいたまったところで、亮輔くんがまったをかけた。
「カメノテはなかなか大きくならないんだ。とりすぎてはいけない」
タモあみにザラザラと入れて、波のよせ返すところでゴシャゴシャ洗う。それからまた、あたらしい海水を張ったバケツに入れもどした。
いそから、砂浜のあるところまで帰る。
そこには亮輔くんが持って来たきたないザックが置いたままになっていた。
砂を少しほって、石でカマドをつくって、ザックの中からなべを出した。
波ぎわで、もう一度水を取りかえて火にかける。海草のひからびたのや、かわいた流木がすでに燃え上がっていた。
「あ、これ、ホンダワラだね」
カラカラにかわいていても、葉の間に気ほうがあるので、すぐわかる。海水浴でもよく見る海草だ。
「新潟ではギバサっつうな。これも食えるんだ」
「へぇ~。何でも食べられるんだね。でも、ホンダワラって言ったら、サルガッソー海だよね。ほら、バミューダ・トライアングル。海水が大きくうず巻いていてさ、海底から何百メートルも伸びるでかいホンダワラが、海の上にういて成長するんだよね。からまって船が脱出できなくて、昔は魔の海っていわれてた。でも、本当なのかねぇ?」
「いや、本当らしいぞ」
亮輔くんが意外なことを言った。
「おやじがさ、若いとき遠洋漁業の船乗ってて、一度だけ近くを通ったらしい。真ん中じゃなくてはじっこのほうだけど、風がなくて海が油みたいにドロッとしていて、波が立たないんだって。遠くは海草で陸みたいになってて、くさった臭いがしたって」
「げっ、今でもそうなのかぁ。ゆうれい船とか見なかったの?」
「うん、船らしきものなかったって。ひるまだしね。まぁ、21世紀だし。今の船は強くてでっかいスクリューで、ホンダワラなんかビシバシぶった切って走れるしね。今にみんなが観光に行くようになるんじゃね?」
「すっげぇ、行ってみたいなぁ。夜中に船にはいあがるクラーケンみたいな海草とか、手のひらくらいある不気味な夜光虫とか、風もないのに進んでくるボロボロの帆船とか。見たいよねぇ」
「ぎゃはははっ」
亮輔くんがまたまた、ぶえんりょに笑った。
「勇人ぉ、アメフラシでびびってるくせに、何いってんだよ。春になるとオスメスがいっぱい集まって、でっかいひもみたいにズラ~とくっついてんだぞぉ。もう、うじゃうじゃ」
とたんに鳥肌が立った。その光景が目に見えるようだった。
「ひえ~、やっぱ、海にがてっ」
「だろぉ」
カメノテがゆであがったみたいだ。亮輔くんがなべに流木のきれはしをつっこんですくい上げる。
「ほら、食べてみ。手のとこの皮をむくんだ」
湯気が出ている熱いやつを、ちょっとさましからむいてくれた。白いやわらかそうな身だ。
いその香りがプンとした。
「え…。やっぱ、…不気味」
はじめてだから、かなりていこうがある。これがめずらしくておいしいものだったとは…。
がっかりしたのが、つい顔に出てしまう。
「勇人はタラバガニ好きなんだろ。タラバはクモの親せきなんだぜ。その点、カメノテは正真正めい、カニやエビの仲間なんだ」
それを聞いて、思い切ってパクッとやった。
ムグムグしているうちに、自然に顔がほころんでいた。
「…あ、ほんとだ。おいしい。うん、カニっぽい」
「だろぉっ」
亮輔くんは本当に得意そうだった。ニッコニコの顔をして、大きそうなのをえらんでくれた。
「自分でむけ」
いばって言うのも気にならない。
身のところの皮をむくと、グロテスクな見た目がカニのむき身っぽくなるのもいい。自分たちでとったからだろうか、おいしくて本当にまんぞくできた。
カメノテは春から、8月ごろまでがシュンらしい。今は8月だから、時期もちょうどよかったんだ。
カマドの火がチロチロと消えかけて、山のほうに夕焼けが広がるまで、ぼくたちはいろんな話をした。
ユーマとか、UFOとか、心れいのことも話して、けっこうもりあがった。
そろそろ、帰らないといけない。
「勇人。そこの砂、深くほれ」
亮輔くんがぼろバッグの中から、古いスコップを出した。浜べにあなをほって、焼けごげて黒くなった石や燃えかす、カメノテのつめなんかをうめるんだ。
その上にきれいに砂をかけると、カマドがあったとは思えない。
「な、たき火のあととかあると、けしきがきたなく見えるだろ。こうしておけばもとどおりになる。今日はないけど、プラとかカン、ビンは、かならず家に持って帰れ」
(は~い)
うっかり、先生に言うみたいに返事をしてしまいそうだった。
亮輔くんはぼくと同じ一人っ子だけど、二才年上だけにずごくしっかりしている。
お父さんのあとをついで、つり船の船長さんになるつもりらしいから、かんきょうにも気をつけているにちがいなかった。

    

    2 亮輔くんの家で 


「ただいまぁ」
「あっ、お帰り~」
おばさんがニコニコ顔を出した。
ぼくを見て、
「亮輔、ちゃんとめんどう見てくれたぁ?短気でおこりんぼだから、勇人くんのことどなったりしなかった?」
と、けっこう心配そうに言った。
そりゃちょっとはあったけど、これは言えない。
「ううん、ぜんぜん。亮ちゃん、物知りでびっくりしちゃった」
これは本心だ。
おばさんはちょっとうれしそうに笑った。
「勉強にはちっとも役に立たないんだけどね」
「ちぇっ、海の生物を研きゅうしている学者だっているよっ。お母さん、わすれたぁ?うちにも来たじゃん。大学の先生」
口をとがらして、むきになって言っている。
(そうだよ。子どもがきょうみ持ってるものをけなしちゃいけないんだよ、おばさん)
心の中で亮輔くんのみかたをした。
「はいはい、亮輔はしょうらい、大学教じゅかなぁ?」
「ちがうよ。つり船のオヤジ!それより、夕飯なに?」
「うん、今日はねえ…」
おばさんはもっとニコニコして、ぼくをのぞきこんだ。
「勇人くんのすきなものばっかだよ。当てて?」
「えっ?う~ん…。え~と」
キッチンからいいにおいがする。
「あ、わかった。巨大フライドチキン!」
「あはは、あったりぃ~。鳥の半身のからあげだよ。あとはささずし。きんしたまごやでんぶもい~っぱい!大好きって言ってたチーズとトマトのサラダもあるし。ぽっぽ焼きもあるから、おなかのちょうせい、うまくやってね」
「やっりぃ~」
「おお~」
ぼくも亮輔くんも大好きなのだ。
サラダをのぞいて、どれもこれも新潟のきょうど料理だ。
さいしょの巨大フライドチキンは、大きななべに油をいっぱい入れて、半分にしたチキンを丸々あげる。でっかいかたまりにかぶりつくのが、ライオンみたいでワクワクするんだ。
つぎのささずしは、クマザサのはっぱに、すしめし・しいたけ・たけのこ・くるみ・にんじん・ひじき・油あげなんかをはさんで、きれいにたたむ。
大人はべにしょうがでぴりっと、子どもはきんしたまごやさくらでんぶをたくさん入れて、あまくちにするのですごくおいしい。
さいごのぽっぽ焼き。
このぽっぽはじょう気機関車のことで、むしパンみたいなものらしいけど、作り方はきぎょうひみつで、家では作れない。かならずお店で買うのだ。
今はフルーツをいれたニュータイプもあるらしい。
げんかんでおじさんの声がした。
「おっ帰り~っ」
「お帰りなさ~い」
亮輔くんと出むかえると、おじさんはがさがさの手でゴゾッと二人の頭をなでてくれた。
この人はぼくの父の兄で、顔や性格がちょっとにている。でも、つり船の船長だから、サラリーマンの父とちがって、体もごつくて声もずっとでかい。
「おう、夕飯待っててくれたのか。悪い、悪い。急いだんだけど、お客さまがゆうせんだろ。今になっちゃった」
がははははっとごうかいに笑った。
おじさんは研きゅう熱心で、ごはんを食べながら、有名な人がつりのしかけを作っているビデオを見はじめた。
「ちがうの、見たいかぁ?」
気にして声をかけてくれたけれど、ぼくらは話にむちゅうだから、ぜんぜんOKだ。
「そんでね、子どものころだから、おばあちゃんといっしょでね。
ボーっと家の前の通りを見ていたら、電柱の高さくらいのとこを何か飛んで来るの」
おばさんがたいけんだんを話してくれてるんだ。
「ほら、大きい電柱と小さい電柱があるでしょ。その小さいほうくらいの高さ。近くに来ると、アタマが20センチくらいで、1メートルくらい尾を引いてたよ。色は電球の色、けい光とうの白い光じゃないの」
「ヒューとか、音したの?」
ぼくが聞くとおばさんはちょっと首をかしげた。
「う~ん、しなかったわねぇ。そんなに早いスピードじゃないもの。車のじょこう運転くらい。5キロか10キロくらいかなぁ?おばあちゃんが、『あー、人だま様だ』って。でも、ぜんぜんこわくなかった。本当にお寺のある東のほうにフラフラ飛んで行くの。『こういうことってあるんだなぁ』って、親指かくしてずうっと見てたわ」
「なんで親指かくすの?」
おばさんに聞いたのに、
「ば~か、親が死んじゃうからだよっ。人だま見るときの作法なのっ。勇人はなんにも知らねーんだから。ったく、ど~こが頭いいんだか、アホ~、アホ~、あほ~」
亮輔くんがいばって言った。だいぶバカにした言いかたで、カラスの鳴きまねをしている。
「ずるいよ、おばさんから、もう何度も聞いてるんでしょ」
こうぎすると、亮輔くんは
「げへへへ」
と言ってニヤニヤした。
ずぼしだったんだ。
「こ~ら、亮輔っ。聞くはいっときのはじ、ってな。知ってるからって、年下の子にいばるんじゃない!」
おじさんの声がした。ビデオを見ていても、耳はこっちに向けていたらしい。
「勇くん。亮輔なんかねぇ、君ぐらいの時、いっつもおれにおこられてたんだよぉ。こっちの方言でいうと、ええと…こうだな」
おじさんが
「なー、こびりっ食いのさべっちょらすけ、のめしっこいとんと、しゃぎつけるろー」
と、ふしぎな言葉をしゃべった。
じゅもんみたいだ。
「わかる?」
おじさんに聞かれても
「????」
で、返事もできない。
「ひょうじゅん語にするとね、お前はおやつばかり食いたがる、こんじょうなしだから、なまけてっとブッ飛ばすぞ、って意味」
「へ~、すごい」
意味がわかると、つい、亮輔くんを見てニヤケてしまう。
「なんたよっ」
ぷんぷんとおこっている。
「まだ、あるぞぅ。亮はこう言うんだ」
おじさんは、また方言で言った。
「いやー、そんこと言うたらだちかんちゃよー。ちょーたくしっちゃーなんぎーだ。わかる?」
またまた、わからない。
「ごめんなさいってこと?」
当てずっぽうで聞いてみる。
「うん、ちょっとは近いかな」
おじさんは笑って
「いや、ブッとばすなんて、そんなこと言っちゃダメ。しかられるのはつらいよー。っていう意味。な、亮輔。おまえ、泣いてたことあったもんなぁ。あ、今もそうかなあ?」
「うそっ、うそだっ。うそばっか。もー、腹立つなー」
亮輔くんは大声でこうぎして、おじさんに向かって手をふり回した。
そして、
「ごちそうさまぁ」
とおばさんに言って、わざと足をドタバタさせながら、自分の部屋に入っていった。
「おいっ、勇人っ、来いよおっ」
部屋の中で、おこった声でよんでいる。やっぱり、一人でポツンはいやなのだろう。
うしろでおじさんとおばさんの笑い声がする。
「お~い、亮、おこるなぁ。うそだよー」
「亮輔、かんべんしてあげなー。ちょっとふさけただけじゃない」
そうっと入っていくと、亮輔くんはくるっとふり向いた。口がへの字に曲がってる。こういうのって本当に気まずい。
どうしていいかわからない。
「あのー」
と言ったきり、言葉が出ない。
本当は
(あんまり、人をバカにするからだよ)
って、言いたかったんだけど…。
そのうちに亮輔くんは、だんだん気分がおさまってきたらしい。
「大部分はうそだけどさ、ちょっとはホントなんだ」
そう言っておこった顔を止めて、ちょっとだけにっこりしてくれた。
ぼくはやっと安心してとなりにすわった。



    3 ぼくの町の話


「勇人く~ん、亮ぉ~、ちょっとおいで~」
おばさんの声がした。
朝ごはんのあとからはじめだゲームが、今、いいとこなのに。
ぼくらに人気の猫のウィズで、こうりゃくにいそがしいんだ。
「う~ん。あとで~っ。今、ダメなのおっ」
亮輔くんが返事した。ゲームはぼくのほうがうまいから、ちょっとあせっているみたいだ。
「いいから、おいで~。早く、早く、とってもいいもの!来なきゃ、食べちゃうよぉ。すっごくおいしそ~」
何だかわからないが、食べ物らしい。
「しゃぁない、行くぞ」
亮輔くんが、先に立ち上がった。
おばさんがリビングで手まねきしている。テーブルには大きな箱があった。
「勇くんのお母さんからよ。今、とどいたばっかり。そろそろ10時だから、おやつに食べていいのよぉ」
「わ~、すっげぇっ」
亮輔くんがうれしそうにどなった。
中には、ショートケーキにシュークリーム、プリンにプチケーキなんかが、いっぱいつまっている。
「どれがいい?」
おばさんが聞いた。
「ケーキやプリンなら、一度に1個。プチケーキは小さいから、ちょっとオマケして、3つ食べていいよ」
「やっりぃ~。勇人、どれ食べる?」
「もっちろん、プチケーキだよ~。一度に3つだもん」
「そうだよなぁ。ええとぉ…。じゃ、これと、これと…これっ」
亮輔くんはちょっとまよったけど、チョコだらけのと、フルーツいっぱいのと、でっかいマロンがのったのをえらんだ。
ぼくもまねをする。
おばさんは
「シュークリームがいいな」
と言って、カスタードのをえらんだ。生クリームやチョコクリームもあるのに、大人のこのみはちょっとわからない。
そして紅茶をいれてくれた。
「おいしいねぇ」
ぼくと亮輔くんを見くらべて、ニッコニコだ。
「プチケーキはね、駅ビルの地下。シュークリームとプリンは駅前のデパート。ショートケーキはそのデパートのすぐうしろのデパートで買うんだよ。まよっちゃうくらいお店がいっぱいあるから、すきなとこえらべるの」
ざっとせつめいすると、
「すごいねぇ。一つの駅にそんなにケーキ屋さんがあつまってるなんて、いいわねぇ。」
おばさんがうらやましそうに言った。
「うん、ぼくんちの近くだから、車かモノレールで行くんだよ」
「えっ?モノレールかよ」
亮輔くんが体をのり出した。
「それ、けんすい式?こざ式?」
「こざ式。またがるやつ。高いトコ走るから、富士山だってスカイツリーっだって見えるんだ。ま、遠いからちっちゃいけどね」
「スカイツリーか…。いいなぁ」
今度は亮輔くんがうらやましそうに言った。
「ほかは?」
「ほか?え~と。あ、大きな公園が見える。駅のそばだから。でっかい池があって、春になるとマラソン大会とかやるよ。大きなさくらの木がいっぱいあるから、そこでお花見もする。夏は花火大会もやるな」
「ふ~ん。花火大会は新潟も有名だよ」
「そうだね。じゃ、あとはね、そこから5個くらい先の駅に、動物園がある。すっごく広くて、ライオンバスが有名だよ。えさやり体けんもできるし。そうそう、終点の駅からはゆう園地の大観らん車が見える。そこも花火大会やるんだけど、そこはレストランでいろんなもの食べながら見るのね。でも、すごいんだ。すっげえ近くで花火上げるから、尺玉って大きいのの音がハンパない。ダンッって、もろ、腹パンチ」
「すげ~、腹パンチかよぉ」
「うん。そう。来年の夏はいっしょに腹パンチ見に行こうよ。亮くんがうちに来ればいいじゃん」
これは名案だった。
亮輔くんがいっしょなら、どんなに楽しいだろう。
「おばさんも来てよ。僕の家はふつうの住宅街だけど、ゆう歩道を歩いていくと、古民家園って、昔のうちをたくさん集めた公園があるよ。日よう日にはそこで手打ちうどんが食べられるんだ。本物の古民家でだよぉ。ふんいきがいいって、大人にすごい人気。おばさんもせったい、気に入るから」
「あらあら、それはうれしいわねぇ」
おばさんも楽しそうにニコニコした。



    4 漁船の話


「勇くん、亮輔。行くぞぉ」
おじさんが声をかけてきた。
今日は定休日で、ぼくたちをつり船にのせてくれるんだ。
子ども用のライフジャケットはあつくてジャマだけど、もしもの時のためにぜったいそう着しなくてはいけない。
船は30人のりの大きなもので、イカつり船みたいに上に電球がならんでいる。へさきでツキンボができるように、船首がグウーッとつき出して、手すりがついているのがカッコいい。
わたり板をはずし、もやいづなをといて出航する。
てい防やテトラポッドで守られた湾内をすべるように進むと、後ろで手をふっているおばさんがゆっくり遠ざかって行った。
「そう船所、見るか?」
おじさんに言われて、魚ぐん探知機を見せてもらう。
モニターの初期画面に
『いのる 大漁』
って、文字が出るのがおもしろかった。
「ほら右がわに出るのが現在地。左になるほど、通りすぎた場所になるんだ」
船は前進しているので、こくこくと表示がかわっていく。
カラー画面で、下のほうは赤茶色の海底、上は海面を表している。その中間くらいにポツポツと水色や黄緑の点々があった。
「これが小魚のむれだよ。大集団になると真っ赤になるんだけど、今はちょぼちょぼだなぁ。この画面はね、船底から超音波を海底に発しんして、はね返った信号を図にしたものなんだ」
おじさんが説明してくれた。
「魚ぐん探知機はねぇ」
亮輔くんがじまんそうに言った。
「家が一けん買えるくらい高いんだぜぇ」
「えっ、本当?」
「あはは」
おじさんが笑った。
半分うれしそうで、半分てれくさそうだった。
「まぁ、これは一千万ちょっとだけど、最新式のは三千万ぐらいするんだよ。つりのお客さまにはそういうのを入れろって人もいるけど、あんまり機械にたよるのはダメだ。人間にはカンやけいけん、技じゅつなんかが重ようなんだ。つられまいとする魚と対決できる力がね」
なるほど。
魚だって命がけだから、きっとちえを働かせているにちがいない。海は魚のりょう分だから、人間だって、ちえくらべにかてるだけのノウハウを積み上げなければ負けてしまう。
「さぁ、へさきに行きな。外洋に出たから飛ばすぞうっ」
湾内より、うねりがずっと大きくなっている。ぼくたちは高くつき出したへさきの手すりをしっかりつかんで、足をふんばった。
グーンッと船のスピードが上がった。
波のせをダンッダンッダンッダンッという感じで、つづけざまにつっきると、風が真正面からビュービュー来る。
タイタニックって映画で、男の人と女の人がへさきで十字バランスをやってしまう気持ちが、本当にわかる。
勇ましくて気持ちよくて、体中に力がみなぎる感じがして、思わず、
「わぁ~~~~いっ」
とさけんでしまう。
大きなフェリーや客船、ホバークラフトなんかもいいけど、漁船はなんてワイルドで、わくわくするのり物なんだろう。
しお風や海が本当に身近に感じられて、心がおどるのだ。
やがて、長くつき出したみさきのうらに回ると、おじさんは船を止めた。
「勇人くんに、とれたてのウニをごちそうするよ。海水でバシャバシャあらうと、うまいぞう」
ニッコニコで言って、はこメガネやげんそくにたらすナワバシゴの用意をはじめた。
でも船が止まると、ローリング(よこゆれ)やピッチング(たてゆれ)がまともに体にかんじられる。
なんだか、目が回る気がして港に帰りたくなる。気持ちが悪くなってきてウニなんか食べられそうにない。
「さぁて、ちょっと待っててねぇ」
おじさんがすもぐりのかっこうをして、声をかけてきた。
ぐあいが悪いのをがまんして、
「うん」
とうなづいたけど、ちょっとゆだんするともどしそうだった。
「あれっ?勇くん、船よいしたぁ」
おじさんが気がついてのぞきこんできた。
「う~ん、顔、青いワ」
亮輔くんもそばに来た。
「なんだ、勇人。よったのかぁ」
(ああ、きっとバカにされるなぁ)
と思ったけれど、亮輔くんは笑わなかった。
「亮、港、帰るぞ」
おじさんが走って、そう船所にとびこんだ。
「へさき、来るか?」
亮輔くんが手を引っぱってくれたけれど、へばったまま動けない。
船がさっきみたいに、ダンッダンッって軽快に走り出しても、一度気持ち悪くなった「い」はもう、もとにもどらなかった。
でも、風が当たるので止まっているときよりはずっとマシだ。
「はきたけりゃ、はいちゃっていいんだぞ」
亮輔くんが言ってくれても、返事もできない。
「船よいは、船下りるまでなおらないからなぁ」
(そうか。だから、おじさんが急いでもどってくれてるのか)
心の中で思ったけれど、声も出せなかった。
「あらぁ~、もう帰ってきたのぉ~?」
おばさんが岸ぺきから、びっくりして声をかけてきた。
(よかった、岸だ。早く下りたい)
そう思うけど、足がカクカクだ。船によったことなんかなかったのに、漁船って、あんがい手ごわい。
地面に下りても、足の下に波があるみたいだ。
うねりのリズムを体が覚えてしまったみたいに、ゆ~らゆ~らしている。
それでも、いえのえんがわにたどり着いたころには、だいぶ元気になっていた。
「ごめんなさい」
おじさんに真っ先にあやまると、
「気にすんな。ベテランのつり人さんでも、よう時はよう」
と言って、頭をゴゾッとなでてくれた。
「勇人ぉ、大丈夫かあ?」
亮輔くんが聞いてきた。
(亮くんの前で、ほんっとカッコ悪かったなぁ)
しぜんにシュンとしてしまう。
「なんだよ、勇人ぉ、よったからショックなのか?」
笑いながらだったけど、別にいじわるな言い方じゃなかった。
「気にすんな」
おじさんそっくりの言い方をして、冷たいジュースをわたしてくれた。
「おれでも昔、よったもん。つりのお客様がいっぱいいてさ、手伝ってるから、つりが終わるまで帰れない。もう、よいっぱなし。なみだ出た」
(ああ、そうか。おじさんが『亮輔。おまえ、泣いてたことあったもんなぁ』と言ったのは、これだったのか)
心の中でなっとくがいったけど、もちろん言えない。
それにやっぱり、亮輔くんはそんけいできる。
船よいってものすごく気持ちが悪いのに、それでも岸へ帰らずにがんばり続けるって、もう、超人だ。
ぼくならぜったいにできないし、きっと船がきらいになってしまうだろう。
「亮ちゃんは、やっぱずごい」
すなおに心の中が言えた。
「船が好きなんだね。漁船って、ホントかっこいい。形もきれいだし」
「でも、小さいんだ。ま、大きけりゃいいってもんじゃないけど…」
亮輔くんがざんねんそうに言った。
「覚えてる?東北大しん災のとき、三りくのほうにつなみが来たじゃん」
「うん」
「どっかの港から、海上保安庁の船とふつうの漁船が沖ににげようとしてさ、海上保安庁のはにげられたんだけど、漁船はダメだったんだ。それ、テレビでやったよ」
「本当?知らなかった」
「だれかが、遠いりくの安全な場所から写してたんだ。家族みんなで見ていて、がんばれって、にげてくれって、もう、泣きながら必死で祈ったんだけど、とうとう漁船はダメったよ。小さいからなんだ。海上保安庁くらいありゃ、技じゅつはすごいんだからにげられたんだ」
「こえー。その漁しさん、助からなかったの?」
「うん、あとでこわれた船が見つかって、その人、自分の体を、しっかりと船にしばりつけていたって。全力で船といっしょにつなみをのりこえようとしていたんだ」
「……」
心が重たくなって、言葉がつまった。その人にとって、船は自分の命と同じように大切なものだったんだ。
波を乗りこえて遠さかっていく、大きな海上保安庁の船を目の前に見て、小さな船の漁しさんは何を思ったのだろう?



    5 近未来はけっこうたいへんだ


今日は夏休みの宿だいの「自由画」をやっつけてしまうつもりだ。
だい材はやっぱり亮輔くんちの、「第二りょうすけ丸」に決めている。
なぜ一せきしかない船が第二なのかと言うと、番号の第一は、亮輔くんのことなのだ。
おじさんは大切な自分の息子と同じ名前を、同じように大事な船につけたんだ。自分と同じ名前の船がある小学5年生なんか、めったにいないだろう。
うらやましいけど、うちはサラリーマンなんだからしょうがない。
きのうからおぼん休みに入ったから、第二りょうすけ丸は岸ぺきにもやっている。
船は船首に向かって左が左げん、右が右げんだ。
左げん前方から船首を大きく入れると、見上げる形になってかっこいい。
「おお~、すげぇっ。勇人は絵、うまいんだな」
亮輔くんがびっくりして言ってくる。
「6年生だって、こんなの描けない」
「ええ~、そう?」
なんだかテレくさい。
「ほんとはね、飛行機がとくいなんだ」
形はもう、頭にすっぽり入っているから、スラスラ描ける。
画用紙を取りかえて、ざっと描いて見せると、
「うひょぉ、すげっ。これ、オ、オ…、オなんとかだよな?」
亮輔くんが言った。
飛行機の名前を知っているらしいけど、それが出てこないみたいだ。
「うん、オスプレイだよ」
「あっ、そうそう、オスプレイ。最新がただよな」
「そう。でも、最新式ってだけじゃないんだ。この形はね、ヘリと飛行機のあいのこで、こう空のれき史をかえてしまうくらいの、画期的なものなんだよ。」
「そうだろうなぁ。かっそうろがいらないもんな。近未来でさ、こういうのが自家用車みたいに一家に一台あってさ、子ども用の小さいのもあって、にわから飛び立って学校へ行けたらすげぇよな」
本当にそうだ。
亮輔くんの発そうは、ホントに実現しそうだ。
「いいねぇ。今は軍事用ででかいけど、もっと小さくかるくなったら自家用にもなるよねぇ」
「だけど、そうじゅうはむずかしいな。へりの技じゅつと飛行機の技じゅつがいるだろ。ヘリの特しつと飛行機の特しつも勉強しなけりゃいけない」
「そうだね。でも、旅客機もそうだけど、最新式の飛行機って、ほとんどコンピュータせいぎょの自動そうじゅうじゃん。きっと、オスプレイもそうだよ。だから、ゲームになれてる子どものほうが、そうじゅうがうまかったりするんじゃない?」
「う~ん、ありえるなぁ」
亮輔くんは目をかがやかせた。
「勇人はいいこと言う。ありえるよ。子どもが機長で大人がふくそうじゅうしとかね」
ぼくもワクワクした。
「あっ、そう言えば、機長はたしか、ふくそうじゅうしをしけんして、ちゃんとした技じゅつを持ってるかどうかテストできるんだよ。だから、大人がしけん勉強して、子どもが先生。大人に『これじゃ、れい点ですよっ』とかおこったりして」
「ぎゃははは」
亮輔くんが楽しそうに笑った。
でも、なにか思い当たったらしく、すぐに首をかしげた。
「でも、まぁ、現実ってなかなか進まないからなぁ。へたしたら、おれたちが大人になっちゃって、今のあかんぼくらいが子どもってこともあるよな」
「そりゃ、マズイよねぇ」
よく考えれば、そっちのほうが現実的な気がする。
オスプレイはまだまだ、実用はいびされたばかりで、小がたの民間用にかいりょうされるのはいつになるかわからない。
たとえ、かいりょうが早かったとしても、きっとものすごく高いだろう。
ぼくたちが自家用機を持てるのは、ずっと先になりそうだった。
「じゃ、オスプレイ止めて、プレデターとかの無人機ならどう?行き先をセットすると、自動そうじゅうで飛んでいって、お使いとかこなしてくれる。音声もついていて、画面を見ながらしゃべればOK.。お金のしはらいとかも自動。これはぜったい便利だよ。大人もきっと気に入るから、小がた化するの早いんじゃない?」
「ば~~~~か」
亮輔くんが笑った。
「そこまでしなくても、ドローンとか、もうあるじゃん。今のはすぐおっこっちゃって、人に当たるとかするとキケンだけど.安全性を高めりゃ、なにもわざわざ、無人ていさつ機にこだわることはないよ」
「うん…」
いちおう返事したけど、ぼくはプレデターが好きなんだ。
機首のあの、コロッっとした頭の感じ。楽々としたよゆうの飛行。
ドローンは無人こう空機って意味なんだけど、名前がよくない。どろ~んって感じで、ほんとうにニブそうだ。
その点、プレデターはかっこいい。日本語にすると、かりをする者なんだ。
「ドローンはのぞき見とかもできるから、いけないって言われてるよ」
「うん、それは使うやつが悪い。やっぱり、『ロボット三原則』って、てっていしないといけないよなぁ」
「あ、知ってる。昔のSFだよね。読んだことないけど」
「それくらい読んどけ、有名だろ。小説家のアイザック・アシモフって人が、未来はきっとロボットの時代になるから、今のうちにって言って、3つの法則を決めたんだ。悪いやつがロボットを使って世の中をメチャクチャにしないようにね」
「うん、それは知ってる。でも、亮ちゃん、3つとも言える?」
「えっ、あ…」
亮輔くんはちょっとあわてた。
「え~とぉ、ちょっと待てよ、…思い出すから」
ぼくはもっちろん、3つ言えなくてもバカにする気なんかない。
でも、超輔くんはぼくに聞かれてこたえられないと、こけんにかかわるみたいで必死だ。
「あっ、第1はねぇ…ロボットは人間にきがいを加えてはいけないってやつ」
「それ、聞いたことある。きがいを加えられてる人間も放っておいてはいけないんだよね」
「そう、助けなくてはいけない。あと2番目は人間のめいれいにはしたがわなくてはならない。でも、これは1番目の、人間にきがいを加えてはいけない、に反しないかぎりってなってるんだ」
「やっぱり、悪いやつが人を殺したり、きずつけたりしようとするからだよね」
「うん。人間はパワーじゃ、ロボットにはかてないからね。さいごの決まりは1と2に反しないかぎり、ロボットは自分を守らなくてはいけないっていうんだ」
「わー、ロボットもたいへんだね」
「うん、たいへんだろうね。でも、この3つは『良心の回ろ』って言って、ロボットを作ったら、ぜったい組みこまなくてはいけないんだよ」
「じゃ、戦争ロボットは?」
「あっ、あれはどうかな。でも、ていさつとかきゅう助に使うっていうから、組みこんであるんじゃね?」
「そーだよね。ロボット三原則に反しちゃったら、ロボットじゃないもんね。化け物だ」
ぼくはちょっとこわくなって言った。
「うん、そう。機械だけじゃなくて、生物でもい伝子組みかえとかもあるし、化け物ができるかのうせいはある。大人だっていいやつばかりじゃないからね」
「どうやって防いだらいいのかねぇ」
「勉強だよ、勇人ぉ」
亮輔くんがものすごく意外なことを言った。
「べんきょお~」
ぼくは心からうんざりしたかおをした。
(小学5年のくせに、言うことまるで大人じゃん)
「ぎゃははは」
ぼくのふくれっ面を見て、亮輔くんは笑った。
とっても楽しそうだ。
「ば~か、勉強ったって、学校のばかりじゃない。回りのいろんなことだよ。自分でへんだと思ったり、不思議だったり、わからなかったりすることを、見たり聞いたり調べたりさ。そうやって、な~るほどって思うことが勉強なんだってさ。そうやって行くと、悪いヤツがだまそうとしたり、利用しようとしたりしても見やぶれるんだって」
「へ~。すげぇ。だれに聞いたの?」
「げへへへ」
亮輔くんはたね明かしをしなかった。でも、だいたいわかる。おじさんが教えたのだろう。
おじさんは一人でコツコツ考えたり、けんきゅうしたり、実けんしたりが好きな人だから、そうとう悪いやつでもだますのはむずかしそうだった。
ぼくもそういう大人になっていかないとヤバそうだ。
なにせ、ロボット三原則を守っていかなきゃならない世の中が、すぐそこまで来てるんだから。
近未来は楽しそうだけど、けっこうたいへんなんだ。



    6 本当はこわい、海のたいけん


あつくて天気のいい日が、今日もつづいている。
「ねえ、亮ちゃん。海、行こうよぉ」
実はちょっと前から、ぼくはすもぐりの練習をしている。
このごろは海の生物にもだいぶなれてきたし、息がつづくようになって、けっこう深いところまで行けるのが、楽しくてしょうがない。
「だ~めっ。今はおぼんだから、足の立たないところはいけないの。れいに引っぱられるぞ」
「うそ、そんなのいんしゅうって言って、いなかの悪いところだよ。だれか、引っぱられた人いるの?オカルトなんか科学的じゃないもの」
「えっ、まぁ…。科学じゃないけど」
亮輔くんはちょっと、とぎまぎした。
「とにかくだめだよ。おこられる」
「いいじゃん。すもぐりやりたい。今日はまだ、8月14日でしょ。おぼんが終わるのは16日だから、それまで待ってられないもの。ぼく、おぼんが過ぎたら、そろそろ帰らないといけないし。宿だいやらないとね。ちょっとだけど、まだのこってるんだよ」
「う~ん…」
亮輔くんは困ったかおをした。でも、ぼくの言ってることをみとめていることは、声のちょうしでわかった。
「ねっ、ねっ、大人だっておこらないよ。すもぐりの練習だもん」
「う~ん、最高でどれぐらいもぐれる?」
「だいたい、5メーターくらい」
ちょっとみえをはった。本当は4メーター50くらいだ。
でも、すもぐりは行きと帰りがあるから、おうふくで9メーターは海中にいることになる。
さいしょはホントにしずまなかった。
泳ごうとするとしずむくせに、しずもうとするとなかなかしずまないのは人体の不思議だ。
「う~ん、もうちょいで、コツつかむな」
「で、しょう?」
ぼくはここぞと言った。
「おねがい。練習させて。耳ぬきだって、もっとうまくなりたいし。
まだ、頭下にしたままじゃ、うまくぬけないもの」
「う~ん。でも、見つかったらおこられるぞ」
「ぼくがあやまるよ。ぼくが亮くんにたのんだんだから。悪いのはぼくだもん」
「う~ん…」
「ね?フィン取りに行ったら、見つかっちゃうかも知れないから、今日は使わない。そのかわり、あさいとこでもぐる。それなら安全でしょ」
フィンは足につける、足ひれのことだ。
「う~ん、まぁ」
亮輔くんがだんだん、その気になっているのがわかった。
「今日はあついしさ、海の中のほうが気持ちいい。ね、決定、決定っ」
ぼくがさっさといそのほうに走ると、亮輔くんは決心したようについて来た。
「よし、わかった、でも、ちょっとだけだぞ」
2人とも、短パンの下に海水パンツをはいているから、すぐ海に入れる。
短パンは岸の大岩のてっぺんに置いて、石で重石をした。
ちょっとじゅんび運動をしてから体をぬらし、いつもの飛びこみ岩からダイブする。
ザッパアァ~~ン!
「きんもちいい~っ」
亮輔くんがさけんだ。
今日は本当に波がしずかだ。うねりも弱い。
こんないい日に海に入らないなんて、どうかしている。
亮輔くんが先にプクンともぐった。ぼくははなをつまんで、フンッと耳ぬきをしてからあとを追った。
水深は5メーターくらいだ。
それでも今日はフィンがないから、なかなか進まない。とたんにヘタになった気がして、がっかりだ。
亮輔くんが海底でなにか見つけたらしい。
いそいで上がってくると、ワクワクしたかおで言った。
「勇人ぉ、おれ、いえ行ってタガネ取ってくるワ。いるんだよ、クロアワビ。手の平くらいでっかいヤツ」
「えっ、ほんとう?」
ぼくもワクワクした。
アワビにはアカとクロがあるけど、クロのほうがうまい。
こんがりホカホカのアワビステーキが目にうかんで、よだれが出そうだ。
「大好物だよぉ。どこ?どのへん?」
「勇人にゃ、見分けられないよ。おれは印つけてきたからわかるけど。とにかく海から上がれ。そこの岩の上で待ってろ。いいか、ぜったい1人ではもぐるな。すもぐりは1人でやっちゃいけないんだ。いいなっ!」
最後のほうはどなるように言って、さっさと岩をつたって行ってしまった。
ぼくは言いつけどおり海から上がった。波がちゃぷちゃぷと水ぎわをあらっている。太陽がかんかん照りつけてあつい。
亮輔くんはなかなか来ない。
家の人に見つかってしまったのだろうか?
なんだか今にも、おじさんかおばさんがおこって来そうな気がした。
「どうせおこられるなら、ちょっともぐっていいよね」
ひとり言を言ってみる。
もちろん、だれも返事をしないけど、なんとなく海がいいよと言ってくれてる気がする。
用心ぶかく周りを見回して、人がいないのをかくにんしてから、海にうかんだ。
本当に気持ちがいい。
こしを90度にまげてするりともぐる。これをジャックナイフっていって、き本のしせいだ。
みじゅくなぼくは,なかなかこうは行かないんだけれど、頭の中でそうぞうして、最高のもぐりかたをくんれんする。
頭で考えたことを体におぼえさせることを、イメージトレーニングって言うんだ。
やっぱりフィンがないと、体力をしょうもうしてしまって、水深がかせげない。ぼくはすぐうき上がった。
(あれっ?)
うき上がると、いれちがいにだれかがもぐった。
(亮くん?)
たぶんそうだ。
ぼくがもぐっているうちに帰って来てたにちがいない。タガネを持って海底にアワビを取りに行ったのだろう。
もう一度、せん水する。
でも、やっぱり入れちがいに人が上がった。
海底にはもう、だれもいない。
(あれっ?行きちがいになっちゃった)
急いで自分も上がったけど、やっぱり目のはじをだれかがもぐって行く。
(???)
不思議だ。
「亮く~ん」
海面でちょっとよんでみる。
だれもいないし、返事もない。
でも、たしかにだれかもぐったのだ。
ぼくは耳ぬきを2回してから、またもぐった。今までより、もっとふかくもぐるつもりだ。
自分の水深があさいから、亮輔くんを見つけられないのだと思った。
いた、いた。
後ろすがたが海底に見えた。
(亮くん?え?ちょっとちがう?)
頭と耳がガンガンといたくなっていた。早く水面にもどらないといけない。
でも、目がはなせない。
海底のだれかが、ジリジリとこっちに向こうとしていたのだ。
(うっわっ)
しゅん間、思わず水をすいこんでしまった。
ぼくだった!
海底でゆっくり見上げたその人はまちがいなく、ぼくだった。
はなからのど、のどからはいにかけて、しみるようにものすごくいたい。
ここにいるぼく。海の底にいるぼく。どっちがぼくなんだろう?
もう、どこが海面かもわからなかった。
バタバタとあばれたけれど、体はただグルグル回るだけで、ちっとも思いどおりにならなかった。



    7 大人のせきにんと、ぼくらのきづな


ガバアアァッ。
耳のすぐそばで、水と空気がごっちゃになってながれおちる音がした。
だれかがぼくをさかさにして、上下にふっている。
体の中につまって、あったかくなった海水が、ゴバアァという感じでいっせいに出て行った。
息のしかたがへたになって、げほげほとせきこむ。
岩と空とおじさんのかおが見えた。ものすごく心ぱいそうで、こわいくらい真けんだった。
「言いつけを、きちんと守らないからだっ」
ぼくとぼくの後ろを交ごに見ながら、きびしい声で言った。
後ろには亮輔くんがいた。
「ち、ちがう、よ」
ぼくはひっしで言った。
「亮…くん、は、守ったん…だよ。ぼく、やぶった」
息がとぎれて、言葉がへんになったけれど、これだけは言っておかなければいけなかった。
「おじ、さん。亮、くん…おこら、ないで。り、亮くん、海いけないって、一生けんめい、止めた…のに、ぼく聞かなかった。すもぐりも、一人はダメって…それもぼく、守らなかった」
「おじさんとおばさんが、どんな気持ちだったかわかるかっ。もう、死んでおわびをしなきゃいけないかも、ってまで、思ったんだぞっ。親せきの子どもをあずかるってことは、そんだけせきにんの重いことなんだぞっ」
ぼくはゾッとして、体がちょっとふるえた。
大人は子どもにたいして、なんと大きくて強いあいじょうと、きびしくてつらいせきにんをおうのだろう。
大人が子どもをしかるのは、子どもが大切だからなのだ。
「ごめんなさいっ!」
ぼくは心から、力いっぱいあやまりながら、わっと泣いてしまった。
もうしわけなくて、うれしくて、ありがたくて、なみだが土石流みたいにあふれた。
こんなに自分が情けないのははじめてだった。
うしろで亮輔くんも同じように泣いているのが聞こえた。
おじさんは大きな手で、ぼくらをいっぺんにだきよせて、ゴゾッと頭をなでてくれた。
ちょっとはなれたところで、おばさんもクシャクシャに泣いていた。
ぼくはそれを見て、また、もうしわけなくて、悲しくてなみだが出た。
おぼれかけただけだったから、体のダメージはあんまりなかった。
だから、夕ごはんのころには、もう、いつもより元気なくらいだった。
テーブルには、ぼくの好きなたれカツどんがのっていた。
これもきょうど料理で、甘くておいしいしょう油だれに、あついカツをドプンとつけて、すぐ引き上げたものだ。
そのわきには、大葉みそがきれいな緑色でならんでいる。ぴりっとからいので、甘いたれカツどんにはぴったりだ。
いろんな野さいを使ったサラダの向こうは、果汁いっぱいの洋なしがたくさんもり上げてあった。
おじさんは、
「ああ、うまいなぁ」
と言いながら、ビールを飲んでいる。おばさんはニコニコしながら、そのようすを見ている。
おじさんとおばさんが、心からほっとしているのがわかった。
ぼくには大きなぎもんがあった。
「あの、さぁ…」
ちょっとえんりょしなからも、思い切って聞いてみた。
「海でね、だれかが、ぼくとたがいちがいにもぐったんだよ。もう、何度も。だれだろう?さいしょ、亮くんだと思ったんだけど、ちがうの」
「あいくぐり、だな」
しばらくだまって考えてから、おじさんが言った。
「あいは、おたがいって意味。くぐりはせん水ってこと。こうごに海にもぐるように見えるんだ。海女(あま)さんとか、スキューバダイビングの人とかが、たま~に見るって」
「化け物なの?あいくぐりって。だって、かおはぼくなんだよ。ぼくじゃないのに、ぼくなんだ」
「こえー」
亮輔くんが、気味悪そうに言った。
「それじゃぁ、おぼれるよなぁ」
「う~ん。化け物と言うより、げん覚だね。人間はやっぱり、自分に一番関心があるんだろうね。だから、のうやせい神の作用で、自分のまぼろしを見るんだな」
「じゃあ、おれも、もう、もぐらないほうがいい?」
亮輔くんが聞いた。とても不安そうだった。
「決まりをきちんと守って、あぶないことをしなけりゃいい。今度のことだって、言いつけを守らなかったからおきたんだ。悪いことをしてるって気持ちと、海で一人ぼっちでもぐっているっていう不安感が作り出したモノなんだよ」
「自然をあまくみてはいけないわ」
おばさんも言った。
「海ってものすごく広いでしょう?人間なんかアリンコよりちっぽけ。おぼれてても、だれも気がつかないことが多いの。今度のことはとてもラッキーだったのよ。亮輔がタガネ持ってコソコソしてるのを見て、もう、ピンと来たもの。親のカンよ。ほんとにビンゴだったわね」
すごい。親は、子どものことでは千里眼、って言うけど本当なんだ。
「お母さんがけっそうかえてな、海、海っていうから、亮輔なんか
追いこして走ったんだぞ。ポイント知ってるから行ったら、大当たり。あんのじょう、勇くんがバチャバチャしてたワ」
おじさんの言葉で、ぼくと亮輔くんは同時にシュンとした。
「ごめんなさい。本当に、ほんっとにこめんなさい」
2人で一生けんめいあやまるしかなかった。
本当にぼくは幸運だったんだ。
今までおじさんやおばさん、そして亮輔くんにも、他人だからみたいな、ちょっとへだたった気持ちがあった。
でも今は、第二のお父さんとお母さん、亮くんは本物の兄きみたいな気がしている。
10時になると、いつものように亮輔くんの部屋にフトンを2つしいた。
ぼくたちは少ししゃべったけど、亮輔くんはつかれているみたいだった。
そりゃそうだ。今日はほんとに大変な日だったもの。
言葉がとぎれてしばらくすると、もう、スースーね息が聞こえている。
ぼくは音のしないように、そっと起き上がって開けはなした窓によった。
だれもいない、シンとしずかな港が見えた。ブイの明かりがゆっくり上下にゆれて、10時過ぎの海は眠っているようだった。
今度のことは、海がしかけてくれたんだ。
きっと海の神様が、おじさんとおばさんと亮輔くんとぼくを、強く結びつけてくれたにちがいない。
やっぱり、お礼をしなくてはいけない。
ぼくは遠くの沖のほうを見て、心の中で
「本当にありがとうございました。これからは物事を良く考えて、危険なことはしません。ですから、どうぞよろしくおねがいします」
と祈った。
心の中をうまく言葉には出来なかったけれど、せいいっぱいのかんしゃの気持ちだった。
同時にちょっとおじぎもした。
海へのごあいさつだったから。
風がまき起こって、窓のほうへとふいて来た。
夜の海の、ちょっとしめったいそくさい風が、かみをクシャックシャッとみだして通り過ぎて行った。
目には見えなかったけれど、もしかしたらとう明な、神様の手だったかも知れなかった。

『勇人(ゆうと)と亮輔(りょうすけ)』

『勇人(ゆうと)と亮輔(りょうすけ)』 上松煌 作

『目次』 1 めずらしくて、おいしいもの 2 亮輔君の家で 3 ぼくの町の話 4 漁船の話 5 近未来はけっこう大変だ 6 本当は怖い、海の体験 7 大人の責任と、ぼくらのきづな    勇人は小学3年の夏、いとこの5年生、亮輔の所に遊びに行った。釣り船を経営する家だ。そこで様々な海の体験と、人や大人とのつながり、心の交流を学ぶ。 大人にこそ読んで欲しいものです。2015年、8作品中7作目

  • 小説
  • 短編
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2017-04-04
Copyrighted

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