「赤い絵」(作者の体験+フィクション)

上松煌

        1


彼は「菅沼」と表札の出た門のまえで何度もためらった。
知らない家ではない。高3のころに来たことがある。
だが、あいかわらずこの門の気色の悪さはなんだ?
門前に1つ、奥の玄関先にまた1つある防犯カメラが、不機嫌そうにこっちの様子を探っている。頑丈というより、無遠慮に他人様を拒絶する傲慢さが、門構えから家全体にただよっている。
思えばたしか、彼はこの家の息子の栄一にこう聞いたのだ。


『え?血で描いた絵って、なによ?』
『夭逝で有名な佐伯亮輔の絵だよ』
『ああ、34,5で自殺したよね。教科書にかならずでてくる有名な画家。でも、首吊りだって話だけど?』
『うん、直接の死因はそれ。だけど、そのまえに自分で手首切ってその血を絵の具に混ぜて自画像描いてるんだ。教科書には載ってないけどさ。伝記なんかにはでてくる』
『キモイな。赤血球って時間がたつと変色しちまうだろ』
『いや、そうでもない。現物見ると、きれいな明るい赤だよ。夕焼けを前にした、ちょっと横向きの姿でさ、なんとなく希望とか未来とかを思わせる赤い絵なんだ。こんな絵描いてなんで自殺したかな』
『え~?そんな話は聞いたことがないぜ。だって、栄一はその絵、どこで見たのよ?』


いきなり、機械を通した音声がした。
「もしもし、あんた。人の家の門前でなにしてる?あんまりいつまでもいると、通報するよ!」
(いっけねぇ。おっさん、中でモニタしてたみたい)
彼はあわててインターフォンに顔を近づけた。
「あ、おそれいります。統合経済新聞社の上松と申します。今日がご都合がよろしいとのことで伺いました」
「ああ…なんだ。記者か」
電動らしい門扉がご開帳すると同時に、玄関前の防犯カメラがこっちに自動でレンズを向けた。
(ったく、成り上がりはコレだから)
上松は正直うんざりした。
和室の下座で、丁重にへりくだりつつ差し出した彼の名刺を座卓にぴらっと放り出して、菅沼は
「一応、渡しとくワ」
と、自分の名刺をよこした。
『菅沼昌平、古物骨董鑑定士』と書かれていた。
「菅沼先生」上松はこの世界の第一人者の彼を、無難に先生と呼んだ。「先生はぼくをご存知ないでしょうか?」
「さぁ?知らんね!」吐き捨てるような返事だった。「第一、大の男がぼくとは何だ!わたくしと言うべきだろ。まったく、今の若造は図体ばかりで、頭はカラ馬鹿だな!」
(あ~あ、コレじゃ先が思いやられる…)
目のまえが暗くなりつつ、
「はい、わたくしは息子さんの高校時代の友達でした。お宅にも伺ったことがあります」
菅沼は彼の顔を見るには見たが、さらに不機嫌になった。
「ふん、おぼえてないね!年寄りにそんな昔のことを言ったって、おぼえているワケがない。不親切だね、あんた」
(この、ジジイ、首でもしめたろか)
腹でどう思おうと、上松は笑ってごまかすしかない。
「すみません、話が古すぎました。…実は事前にお話しておりませんでしたが、今日うかがったのは…」
だが、菅沼はそんな言葉は聞いていなかった。
にわかに名刺に興味がわいたらしく、座卓からむしりとった。
「上松煌(うえまつあきら)か。…うえまつ、上松って、あの、上松劉鳳先生の?」
「あっ、父です」
いきなり菅沼は歯をむきだして笑った。
「いひひ、あの数寄者(すきしゃ)の」
(収集家と言ってくれよ、ジジイ。好き者(すきもの)とまちがわれる)
上松は閉口して思った。
だが、菅沼が機嫌をなおしたのは明らかだった。
「そーか、上松劉鳳先生の。あたしもね、先生にはずいぶん買っていただいてね。ま、儲けさせてもらったよ。へへへっ」
本当に気色わるいジジイだった。
(どーせ親父をだまして、変なもの押しつけたのだろう。古物商なんてろくな人間じゃない)
気分が悪くなりそうだ。
噺家みたいに、ぞろっと長着(ながぎ=着流し)を着こなしているのも気に入らない。
用件を早くすませてとにかく帰らないと、このジジイが相手では神経が持ちそうになかった。
「上松さんってのは、とても由緒ある名前でね。古いから亜流がいっぱいある。赤松、池松、岩松にはじまって、小松、末松、戸松、と、まぁ、きりがないさね。そのなかでも上松が頂点だな、上様の上だ。松は神の寄りしろで植物の王。つまり上松さんは太古、上様で王様だったわけだ。それを氏姓に隠してある」
「はぁ…。ありがとうございます」
頭を下げたが、その実、あまりうれしくなかった。
(ってなこと言って親父に取り入ったんだろーよ)
「それより、菅沼先生。実は、ある絵について取材したいのです。確か、先生がご所蔵の佐伯亮輔の絵で…」
上松はそこで沈黙した。
菅沼の表情が、刻むように険しくなったからだ。
「ええっ?なんだって?」彼は金切り声をあげた。声が完全に裏返っていた。「そんなこと、誰から聞いたんだっ。え?あんた、誰から聞いたんだよっ」
(誰からって、高3のとき、あんたの息子の栄一からきいたんだ)
そのときの栄一の声まで思い出せる。


『親父が持ってる。幻の作品って言われてるから、とてつもなく高かったのだろう。こっそり所蔵してた』
『でも、おまえ、見たの?』
『見た。親父が部屋にこもってさ、あんまり静かだから、そっと見たら、障子が片っぽ開けっぱなしで見えたんだ。イーゼルに架けてあって、特徴から佐伯亮輔の絵だってすぐわかった』
『…すげえ』


気がつくと菅沼は、まだガミガミと言いつづけていた。
「言えないのか?ったく、新聞記者なんかろくな人間じゃないな!ひとんちを盗聴でもしたんだろう」
(ろくでないのはどっちだ?人のことなんかいえるか)
上松は堪忍袋の緒が切れる気がした。
彼は統合経済新聞社に入って2年目だ。
文化芸術部の「地域の秘蔵絵画」を担当し、巷に隠れている個人蔵の名作を掘り出している。
今日、古物骨董鑑定士の菅沼昌平宅を訪れたのも、その一環だったのだ。
「おちついてください。栄一君から聞いたのです」
菅沼はさらに青くなり、ワナワナと震えた。
「バカ息子めがあぁっ。あの、あのおしゃべりめ!だから、くたばるんだっ」
「えっ?」聞き捨てならなかった。「くたばるって?栄一君、亡くなったんですか?」
菅沼はあきらかに狼狽した。
(まさか、このジジイが殺したとか?)
上松は本気で(ジジイならやりかねない)と思った。
そう、あの時も…。


『おれも見たいな。血で描いたってすげーよ。キショい絵じゃないんだね?』
『キショくない。いい絵だよ。でも、…見せてくれるかわからない。おれにも見せないもの』
『栄一いいぃぃぃ、なぁにやってんだあああぁ!』
『ああっ、親父だっ、はいっ!』
『何時だと思ってるんだあ、早くしろっ、バカ息子めがあぁ』
『あっあっごめんなさい。受験勉強してたから…』
『いいわけはいいっ。このグズがあぁ!こいつは誰だっ?』
『と、と、友達の上松君』
『友達だあぁあ?かってに他人を連れ込むなぁ!バカがぁっ』


上松は思わず詰め寄っていた。
「言ってくださいっ。なぜ、どうして亡くなったのですか?いつ?どこで?まさか、まさか、あなた」
「まさか、あなたって、そりゃ失礼でしょっ」菅沼は言外の意味を汲みとっていた。「自殺だよっ。飛び降りっ。虹のなんとか言う橋、有名だろ?そこから川にポチャ~ンしたのっ」
気まずい沈黙が生まれた。
2人ともお互いの顔からは視線をそらしたまま、しばらく硬直していた。
「申し訳ございませんでした」
上松は心から丁寧に礼をした。
(突然で取り乱したとはいえ、なんと失礼なことを言ったのだろう。親父じゃないか、遺族じゃないか)
目の前の菅沼の仏頂面に、彼はもう一度頭を下げた。
「栄一君とは、いっしょに受験勉強した仲だったんです。今でも思い出がたくさんあります。ほんと、いいヤツでした。…突然で申し訳ありませんが…差し支えなければお線香の1本もあげさせてください」
このまま帰ったのなら、栄一がかわいそうだった。
彼の思い出は虐待を思わせるようなものが多すぎた。
「ご迷惑でなければ、どうかお願いします。お線香を…」
「あんた、しつこいねっ。なんなの?」
菅沼の声がもう一度、うっとおしそうに跳ね上がった。
(ああ~、怒らしちまった。おれも要領が悪い。栄一、ごめんな)
自然にため息が出た。
(どうしよう。もう、佐伯亮輔の企画はボツだな。この親父は2度とおれに家の敷居はまたがせないだろう)
心残りだったが、この状況ではしかたがない。
「本当におじゃましました。これで失礼させていただきます」
言いおえて立ち上がろうとして、上松はフラつき、心ならずも尻餅をついた。
栄一の自殺がやっぱりショックだったのだ。
「あっ、すみません、ちょっと足がしびれて」
とっさの言い訳を菅沼は聞きとがめた。
「足がねえ、ったく正座もできないとは!」
「はい、すみません。気をつけます」
何を気をつけるか意味不明だが、上松はしゃにむに立ち上がった。
その時、持ってきた資料のふくろを蹴散らした。
まるで出来の悪いロボット以下だった。
意識してフツーに振舞おうとすればするほど、動作はみっともなくなった。
「あー、あー、親のしつけがなってない!あんた、本当に劉鳳先生のご子息?」
「ええ、まちがいなく。でも、やっぱり栄一君のことがショックで…」
上松は本心を吐露した
(こんな鬼畜ジジイに言ったって、おれの気持ちはわかるものか)
と思いながら…。
「ふん、あんたが友達ねぇ」菅沼は突っ立ったまま、ジロジロと無遠慮に見下ろしていた。そして、ふと気が変わったように言い足した。「ま、いい。…じゃ、来なさい」
上松はこの親父の態度の急変を、きっと栄一が乗り移ったのだろうと思った。
(でなけりゃ、こんな偏屈ジジイが、いきなり素直になるはずがない)
家は立派で権威的な和風だが、しょせん、独居老人の住まいだった。
通された12畳の部屋はゴチャゴチャと売り物の道具類がつめこまれ、その端っこにこれも売り物らしい豪奢な金仏壇があった。
菅沼がその扉を電動であけると灯明がつき、阿弥陀如来の像が見えた。
ブロンズの工芸品だったからやっぱり売り物で、著名な作家の作品に違いなかった。
そのほかには先祖代々の位牌などはなく、ごく普通の写真立てに、栄一の気弱な笑顔がポツンとこっちを向いていた。
2~300万はしそうな金仏壇の中はさびしくガランとしていた。
栄一は亡くなってからも、あまり大事にされていない気がした。
菅沼が最初、焼香にいい顔しなかったのは、この状況を見せたくなかったのかもしれなかった。わずかな救いは仏壇の左に真新しい仏花がそなえてあり、3重扉のせいかホコリもあまりなかったことぐらいだろうか。
(きっと、家政婦さんだ。ジジイがやるワケがない)
上松は気持ちが沈むのを感じた。
栄一はしょせん、愛されぬ子だったのだろうか…。
うしろに気配がした。
席をはずしていた菅沼がもどってきたのだ。
「ありがとうございました。気が済みました。…は?」
向き直った上松の声が跳ね上がった。茶が置かれていたのだ。ちゃんと茶たくに乗せられて。この家に来て初めての、客らしい扱いだった。
「あ。あ。おそれいります」
上松は思わず胸が詰まった。
(栄一は親父に茶なんて入れてもらったことがあるのだろうか?)
頭によみがえるのは、こんな記憶ばかりだ。


『栄一、おまえ、ほっぺたどうしたんだよ。この前は目のわき切ってたし。しょっちゅうアザあるし。まさか、カツアゲされてるとかないよな』
『ないない。あるわけないじゃん』
『ってホント?友達だろ、言えよな』
『まぁ、ね。いろいろあるんだよ。家庭の事情とかさ…』
『やっぱ親父さんか。この間、勉強しに行っただけなのにすげー怒ってたもんな。おまえが何度もぶったたかれて、おれ、怖えーかった』
『気が短いんだ、親父。でも…ま、しかたない。おれ、体弱いし。親としてはいろいろ…ね』


栄一の弱々しい声と泣き顔のような笑顔が目の前にチラチラして、自然に涙があふれた。
上松は声を押し殺して泣いた。
栄一が哀れで哀れでならなかった。
母親には早くに死に別れ、一人っ子で兄弟もなく、頼るべき父親はとんでもないサドジジイなのだ。
「あんた、なに泣いてんの?ったく、男がひとまえでメソメソ…」
菅沼のあきれかえった声がした。
(バカジジイ!おまえがおまえの息子にしたことで、おれは泣くんだ。おまえがちびガリで腺病質の栄一を、年中ぶん殴ってたことは知ってるんだよ)
そうは思っても、さすがに口には出せなかった。
「ありがとうございました。では、帰らせていただきます」
頭を下げて、上松は急いで涙をふいた。目と鼻の頭が真っ赤で、このまま往来に出たくはなかったが、こんな家にいつまでもいるよりはマシだった。
「そういえば、あんた」菅沼が思い出したように聞いた。「佐伯亮輔の絵って言ったよな?」
「はぁ…」
そうだ、今日は仕事で来たのだ。
だが上松はもう、本気で帰りたかった。
サエキだろうが、サカキだろうが、どうでもよかった。
他家の秘蔵品を開拓すればいい。
上松は菅沼に向き直った。
「ご迷惑でしたでしょう。企画は変更します。大切なご所蔵品を無理に記事にするようなことは、統合経済新聞社は致しておりません」
「はあ?なに勘違いしてるんだ!バカッ」菅沼が無遠慮に目をむいた。「佐伯亮輔ったって、たくさんある。佐伯のどの絵か聞いてるんだっ。おまえが栄一に聞いたって絵は、どんな絵か答えればいいっ」
「あんた」がいつの間にか、「おまえ」にかわっていた。
いままでのヌメッとした態度とは打って変わって、上から目線で居丈高に言う言葉には、苛立ちを通りこして憎しみさえ感じられた。
(新米の若造とバカにするのもいい加減にせいよ、ジジイ。おれは栄一とは違う。おまえの1人や2人、余裕で叩きのめせるんだぜ)
自分でも目が据わるのがわかった。
ぬるりと龍が蟠りを解くように上松は頭を上げた。
それでももちろん、本気で危害を加える気なんかない。
ガミガミとやたらに人様に噛み付く菅沼のような、下賎なしつけは受けていないのだ。
「はい。栄一君の話では、佐伯亮輔の絶筆とのことでした。彼が自殺するまえに自分の血で描いた赤い夕暮れの絵だそう…」
「あっ、あっ、もう、いいっ」菅沼はドタバタと地団太を踏んだ。「そっ、そこまで知ってるのか…」
「栄一、あの、おしゃべり、あの、おしゃべりめ」恨みがましい声でくりかえしながら、彼は部屋の中を行ったり来たりした。
もう、潮時だった。
上松はかまわず一礼すると、さっさと玄関に急いだ。
「おい、記者さんよ」追ってきた菅沼が、気味の悪い声を出した。「あんた、これで帰るの?へへへっ、それでよく、お仕事務まるね?絵は、確かにあたしが持ってる。記事にしたっていいんだ」
靴を履こうとしていた上松の動作が止まった。
(すまじきものは宮仕え。ジジイはおれの鼻先に餌をぶらさげたんだ)
忸怩たる思いで、彼は菅沼の次の言葉を待った。
「あたしのね、秘蔵の品なんだ。これを世に出したら、あんた成績上がるよ。スクープだから2階級特進かもな」
「はぁ、そうなればよいですが…」
「なるさ」菅沼は上松がうまく食いついたと思ったらしい。また、傲慢な態度になった。「だが、タダじゃあない。おまえがどんな人間か、人となりを見なくちゃ。そうだろ?めったな人間には見せないさ。ソレが道理だろ?」
「ええ、もちろん」
確かにそれは道理だ。所蔵者の心理として当たり前のことだ。
だが、菅沼が言うとゾッとするほど下卑た言葉に聞こえた。


        2


『おい、いったいどうしちゃたんだよ。おかしいぞ、栄一ぃ!』
『…うん』
『今が一番肝心なときだぜ。みんなラストスパートかけてる』
『もう、いいんだ。おれ、大学あきらめるワ。』
『はあっ?おまえ、なに言ってんの?おまえの頭なら、文一(東大法学部)、ぜったいOKだよ!バッカじゃね?自分の将来、捨てる気かよっ、もったいない。』
『でも、ホントは…おれ、法律って、あんまり好きじゃないんだ』
『え?まぁ、みんなそうだろ。けど、おまえに向いてると思うよ。栄一はちょっとコミュ障だしな』
『親父は大学行くのに反対してるから、文一ならって思ったんだけど、やっぱ大学は金のムダだって。つまり、跡を継げって』
『ええ~?そりゃねぇワ!栄一に一番向いてない!古道具屋なんてものは、口八丁手八丁で人様をだまくらかして儲けるエゲツない商売だぜ。おまえなんか客にだまされるほうだよ。ダメ、ダメ』
『…ま、自分でも、多少はそう思うけどね』
『っじゃ、ねえだろぉ。いまどき大学も出ないで道具屋継ぐなんて、かえってバカにされる。文一出て、それから継いでもおそくない。かえって箔がつくワ!』
『でも…親父は大学なんかやめて、修行に行けって言ってる。ほら、テレビなんかでこのごろ有名な平井峰犀って人のとこ。弟子入りってことで、住み込みでみっちり仕込んでくれるって言ってるって。親父は昔の徒弟制度みたいなのを修行と思ってるから、大乗り気なんだ。他人の飯を食ってこそ、一人前だってさ』
『あー、ムリ、ムリ。栄ちゃんは頭いいけどちょっとグズだし、体も弱いしね。その平井って人にあいそつかされてアボーンだな』


「ほらあぁっ、手が止まってる!なにやってんだっ、バカッ」
いきなり怒鳴りつけられて、上松は首をすくめた。
彼は日曜を一日つぶして菅沼につきあい、多磨霊園まで自分の車を出したのだ。
菅沼の人物鑑定の課題が墓参りだったからだ。
今日の彼は長着(ながぎ)ではなく作務衣を着ていた。
どうやら、TPOはわきまえているらしかった。
墓は比較的新規な区画にあって、基壇の上に自然石が乗った一坪半ほどのものだった。
センスがいいんだか、悪いんだか、玉砂利が敷いてあるだけの枯山水のような感じだった。
手入れはされてるようで、これといった汚れはなく雑草も生えていなかったのだが、上松はせっせと石を磨きたて、箒でまわりを清めた。
遠まわしながら、栄一に何かしてやってるようでうれしかった。
ただ、わきにある墓誌だけには近づくことができなかった。
彼の中ではまだ栄一の自殺は受け入れがたく、墓誌の没年を見てしまうことに抵抗があったからだ。
自然、菅沼が担当した。
最後に花立てに仏花をそなえて作業を終えたとき、上松はすがすがしい達成感で大きく伸びをしていた。
となりの菅沼も、いつもの不機嫌な仏頂面が消え、すこしだけ口元がほころんだように見えた。
(へ~、ジジイにもすこしは人間らしい感情があるんだな)
「おい!おまえ、腹はすいていないか?」
いきなり問いかけられて、正直、どう答えてよいものか迷った。
腹はへっていたがまだ5時まえで、うまく返事しないと怒鳴られそうな気がしたのだ。
「はぁ…」
「はぁ、じゃないっ。おまえはそれでも男か?自分の腹の減り具合もわからんとはっ」
「すいていますっ」
「よーしっ。うまい蕎麦をくわせてやる」
菅沼が指定したのは府中試験場近くの、古くからの町並みの一角だった。
蕎麦屋に入るなり、菅沼はさっさと「もり」を2つ注文し、自分用に酒を2合たのんだ。
だが、店員が気をきかして猪口を2つ出すと、彼は徳利の首をヒョイとつかんで、上松にも酌をしてくれた。
考えられないことだった。
(このクソジジイがおれをねぎらってくれるなんて…)
「あっ、あっ、痛み入りますっ。いただきますっ」
あろうことか、上松はあわてて一口で飲み干してしまった。
(しまった!)と思う間もなかった。今日は菅沼の運転手であったにもかかわらず…。
「ばっかやろうっ!なにやってんだあああぁっ」
案の定、店の奥にいたオヤジも顔を出すほどの大声で叱られた。
「そういうときは、口だけつけて飲まんものだろうがぁっ、ばかたれがっ。お冷っ」
「す、すみません。わたくしは酒好きなので、反射で飲んでしまったものと思います。申しわけありません。運転は慎重にいたします」
「そういう問題じゃぁなああいっ!ここをどこだと思っとる?府中試験場のおまわりがウジャウジャいるんだぞっ。なにかあったら、あたしが迷惑をこうむる。気の利かんおまえなんか、どうなってもかまわんがな!」
大急ぎで、コップの水をガバガバあおっている上松を尻目に、菅沼は悠然と蕎麦を食いはじめた。
箸でサッとつかんだ適量の蕎麦をつゆにチョイと浸し、ズソッとすするとまたサッと次をつかむ。まぁ、寿司も蕎麦も決して上品ぶる食い物ではないが、江戸前のマナーというのだろうか。なんとも粋なリズムで食う姿に、上松はしばらくみとれた。
菅沼の「あたし」という江戸弁も、まさにうってつけな気がした。
(いいもんだな、麺をすする日本の文化って。上手い人が食うと、ほんとカコいい)
「なにしてる。早く食え!」
「はい。…でも、先生。蕎麦の食い方、きれいですね。親父も上手いけど、親父以上です」
「ふん、父と言え、父と!」それでも菅沼は、すこしうれしそうに「そうか、劉鳳先生も上手いか。さもあらん」と言った。
上松はもう、しゃべるどころではなかった。
いつまでも蕎麦に食いついていれば、また叱られる。
急いですすりこむ姿を菅沼はチラッと侮蔑的に見たが、べつに何も言わなかった。 
そのかわり、
「ふ~ん、おまえはイケル口なのか」と揶揄するように聞いた。「どれくらい飲(や)れる?」
上松は最後の一口をすすったばかりだった。
「はいっ、一升ならっ、余裕ですっ」
「汚い!ツバが飛ぶ、バカッ」
それでも菅沼は機嫌を損ねたわけでないようだった。
無事に門前まで送りとどけたとき、彼は意外なことを言ったのだ。
「晩に、また来い。墓参りの褒美にいい酒を飲ましてやる」


       3


菅沼が最初、「秘蔵の絵を記事にしていい」と言ったとき、上松は自分に恩を売って(また、親父に取り入る気だろうか?)と疑った。
書画骨董が好きでお人好し、おまけに金銭的にいくらか余裕のある父は、商売人から見たらまだまだいいカモだろう。
だが、威張りくさって人をこき使うところをみると、菅沼にはそんな気はないようだった。
本当に言葉どおり、上松の人物を見極めているのかも知れなかった。
酒を飲もうと誘ったのも、アルコールを使って、手っ取り早く人となりをつかむつもりだろう。 
(ふっ、やってもらおうじゃないか、偏屈ジジイ)
小物ほど大人(たいじん)ぶって、他人様をうんぬんしたがるものだ。
「酒はあるから、ツマミと自分の杯(さかずき)をもってこい」
と菅沼は言ったのだ。
上松は近くのちょっと高級なスーパーに寄って、ツマミをいくつか見繕った。


『ほんとに受けないの?後悔しない?』
『わからない。…けど、親父の意向には沿ってあげたいんだ』
『そりゃ、後継げば親父さんは喜ぶさ。でも、栄ちゃんの気持ちは?栄ちゃんの人生は?こんなこと言うとキツイだろうけど、親は結局、先に死んでく者だからね。親父さんだって例外じゃないぜ』
『…それは何度も考えた。でも、それだからこそ、親父の希望をかなえてやりたい。おれは煌(あきら)んちみたいに二親そろっていて、兄弟がいるわけじゃないからね。お袋はとっくにいないし…。親一人、子一人だから…』
『はっきり言って、おまえムリだよ、骨董修行なんて。栄一はまじめだし、倫理とかに強い人間だから、文一行けばきっと立派な司法官になれる。…だけど、道具屋だけはだめだ。いくら修行したってあんな世界では生きられない』
『煌は偏見があるんじゃない?たとえそういう世界だったとしても、殺されるわけじゃないし、やっていけると思うんだ』
『まぁ、ね。でも、住み込みさきの平井峰犀って人はどうよ?』
『うん。親父よりは7~8才若い。でも、まだ、考え方とかよくわからない…。1度会ったきりだしね。それに、もうお世話になることになってるんだ』
『え?栄一、それヤバイよ。自分のこと考えろよ。ぶっ叩かれても蹴られても、道具屋だけはイヤだって、親父に言え!おれ、いやな予感がする』


(そうだ、予感めいたものはあったかもしれない。だが、本当に栄一の自殺が現実になるなんて。…その親父とおれはこれから酒を飲もうとしてるんだ)
上松はふと思った。
(栄一、なのか?すべて栄ちゃんがセッティングしてくれてる?)
時間通りに着くと菅沼は、「遅い、さっそく飲るぞ」とにこりともしないで言ったが、機嫌が悪いわけでもなさそうだった。
座卓には皿や器のたぐいはなかったから、パックのまま食えということなのだろう。
これは正直うれしかった。とんでもなく高価な陶磁器でもならべられて、薀蓄タラタラやられたらどうしよう、と思っていたのだ。
「まず、馬刺しです。鮮度はいいし、上物です。こっちはマグロ中トロに漬物3種盛り、スペアリブ、チーズ各種にトマトサラダ。バジルのラスク。これは豆大福。わたくしは酒のシメに甘味を食べるのが好きなのです」
菅沼はちょっと口をゆがめて何か言いたそうにしたが、まあまあ何も言わなかった。
上松は続いて、自分の杯(さかずき)を出した。
「なんだ、これは?」
「はい、杯(さかずき)です。明治九谷の菓子碗です。わたくしはちっぽけなぐい飲みでは間にあわないので、いつもコレでやるのです。絵柄は岩頭の鷹。わたくしは明治九谷が好きなので、趣味と実益です」
菅沼はあきれかえって、しばらく二の句が次げないようだった。
「…おまえに飲まれる酒は泣くな」
苦虫をかみつぶした顔で言った。
が、彼としては非難したわけではなかったらしい。
「ま、好きにしていい」
出された酒は宮城の産で『男山』という銘柄だった。雑味のない悠然とした味わいと、凛然たる香りがある。
県外にはほとんど出ず、地元の酒好きたちの間で消費されつくしてしまう。ボトルはパッキンと密閉金具のついた古い時代の酒瓶の形を今に伝えていた。
「おまえが昼間、蕎麦屋で一口で猪口をあおったワケがわかった。ふだん、山賊のような飲み方をしているからだ。若いうちはそれでもいい。基本、酒の味などわからんからだ。だが、始めはせめてこれで飲め」
立ち上がって出したのは塗り物の盃(はい)で、菅沼の前にあるものと同じだった。
10センチほどの大きさで、金銀、雲母(きら)、切金ではなやかに蒔絵されている。
「あ、この柄、知ってます。七宝でしょう?これが打ち出の小槌で、こっちが蔵の鍵。使っても減らない巾着に、隠れ蓑、金輪(かなわ)つなぎに聞き耳頭巾もありますね」
「ふん、子供でも知ってるワ」
菅沼は口をひんまげて、さっさと酒をついだ。
提(ひさげ)は銀製で、塗り物のふたに同様の柄があった。
「酒はまず、盃(はい)を渡る風を呑む」彼は顔のまえでいったん手を止め、おもむろにヒラリと飲んだ。「やってみろ」
やってみると酒はほどよく冷えていて、なるほど盃を渡る風の風味もわかったが、ほんの一口分なのはあまりにも情けなかった。
「酒を注いだとき、蒔絵が命を吹き込まれて浮き立つのがわかったか?…ったく、ろくに見もせんで。もう、いい!」
盃はイライラとひったくられた。
上松は我知らず情けない顔をしたに違いない。
「なんだ、その、イヌ畜生がおあずけくらったみたいな顔は!バカ」菅沼はののしったが、それでもすぐに碗に酒をそそいでくれた。
酒飲みの気持ちがわかっているらしく、上松は彼との酒席はそんなに不快ではなかった。
最初会ったときに感じた傲慢で野卑なイメージは、今のところ、かなり改善された気がした。
一筋縄ではいかない古物骨董鑑定士の顔は、商売用に作られたものなのだろうか?
大柄な手足を振り回して怒鳴り散らし、栄一をぶっ叩いていた姿が本性かもしれなかった。
ま、どちらにしろ、問題は多いのだが…。
「あっ」上松は声を上げた。「しまった、割り箸をもらうのを忘れました」
(こりゃ、おこられるな。自分でもマヌケだワ)
首をすくめて菅沼をうかがったが、彼は身軽に立って箸を出してきた。
未使用で、細い金紙(きんがみ)が巻いてある。
「本当にすみません。お手数です」
最敬礼で受け取ると適度な重さの白い箸で、鹿角(かづの)かと思ったがよくみると何と象牙だった。
「栄一に渡そうと思って、あたしが忘れたものだ」
「え?ああ、住み込み修行…ですね」
だが、疑問がわいた。
「でも、先生。象牙箸は父も使ってるんですが、この間の還暦の祝いのときに下ろしてました。栄一君はまだ、出世前なのに象牙ですか?」
「一般ではそうだろう」菅沼は盃をヒラリと干して言った。「中国の故事によるものだからだ。殷の紂王、この人はとかく評判がよろしくないが、象牙箸をつくらせて使った。象牙は非常に高価で、帝王の持ち物とされるものだ。だが、家臣はそれを恐れていた。象牙を日常使うようになると、それに見合った器や料理、衣服や調度など、華美な欲望が肥大していく。傾国のはじまりなのだと。だから、若造にはつかわせない」
「ええ」
「古道具や骨董屋はちがう。早くからよい物、本物をつかわせて使い勝手や手入れ、見る目や感性をやしなう。栄一にも子供のころからいろいろ与えて使わせた。象牙は家を出て平井峰犀先生の世話になる栄一の門出に渡そうと思ったんだが。…ま、あたしもね、耄碌したわな。へへっ、わすれちまうんだから…」
照れか、酔いからなのか、最後にチラッと下賎な商売人の顔をだしたのはご愛嬌だろうか。
こうして聞けば、菅沼の話は親の気持ちとして、至極当然だった。
だが、そのおかげで栄一がどれほど苦しんだことだろう。
希望通りに法科に進めておけば、栄一も自殺することはなかったのだ。
「先生。わたくしにも栄一君の思い出があります。高3の秋?…だったかな。ちょっとコンビニに買い物があって、栄一君、外で待ってたんですが、なんか、チンピラ2人組みにインネンつけられて、殴られそうになったらしいんです。金を出せってことで。そうしたら栄一君、強盗致傷っていうんですか、そういう量刑と判例をバーっとしゃべって、強盗致死のとこまで言ったら、そいつらそのまま逃げていきました。『キモイぜ、コイツ。』なんて捨てゼリフはわたくしも聞きました。栄一君はぜったい法科向いてました」
菅沼の手が止まった。
そして、なんともいえない顔つきをした。
「いや、向いていない」彼はきっぱりと言った。「犯罪を犯す人間というものは、自分を救うためにどんなことでも言う。うそいつわり、作り話、人をだまし、ごまかし、果てはキチガイのフリもする。どんな卑劣な手段を使ってでも罪から逃れようとするものだ。その修羅場で、法正義にのっとって裁断するには、栄一のような、人を疑わない人の良さではダメなんだ。まちがっても安易な同情心で量刑することがあってはならない。もちろん、冷酷に法を行使することが必ずしも善とは言えんがな」
自分は多少損をしても、相手の利を思いやることができた栄一。
今の世の中で、思いやりも人を疑わないのも弱さではなく度量だ。賞賛されるべきことなのだ。
その度量の大きさは法秩序にとってもプラスにはたらくのではないのか?
長所である個人の資質が、公となったとき、その長所はどう転がるのだろう?
「まぁ、すぐ相手に同情して法をゆがめるのは最悪ですが…。でも、なにが何でも法が、法が、とワメきたてる裁判官にも会いたくないですね」
「ふん、そんな単純なものではない」
酒の効力だろうか、菅沼はチラリと笑った。


       4


『あれっ?栄一っ。ちょっと!栄ちゃんじゃないか!久しぶりだなぁ』
『えっ、あ、ああ。煌(あきら)…』
『いやぁ、元気?おれ、今、早稲田の2年坊だよ。骨董修行はどうよ?ちょっと話さない?』
『短時間ならいいけど。長居はできないよ』
『じゃあ、ここでちょっとだけ。でも、また痩せた?なんか影薄くね?他人の飯って、ほんとキビシイんだろうなぁ』
『…煌の言ったとおり、おれ、道具屋に向いてないかもしれない。年代とか特徴とか鑑定本や美術書にあることはいくらでも覚えるけど、肝心な感性がダメ。自分でもちょっと自信なくなってきた』
『やっぱり…。ホントに今度こそ路線変更できないの?時間のムダだし、栄一は間違った方向に努力してるよ。師匠の平井なんとかって人はどう言ってるの?』
『平井先生はおれをあずかった手前、もっと努力すればだいじょうぶとしか言わない。でも…先生も、ものすごく困惑してるのがわかるんだ。先生のほうが先に詰んでさ…』
『そうだろうな。最悪の方向に行ってる。栄一は親父さんに気の使いすぎだよ。自分を犠牲にして親父さんの希望をかなえたって、結局、これじゃだれも得をしない』
『うん、だから週末に時間もらって、親父のとこに行くことになってる』
『ほんと?じゃあ、連絡くれよ。電話でもメールでもいい。結果だけでも教えてほしいんだ』
『うん。スマホは禁止で平井先生に取り上げられてるから、そばの公園の公衆から電話する』
『たのむ。とにかく知らせてくれ。祈ってるから。最良の方向に転がるようにって』


そうだ、20歳(ハタチ)のころまでは栄一は、とにかく生きていたんだ。
人格変わったみたいにセカセカと焦燥していて、顔も体も痩せてとがってギスギスしていたけれど。
そして約束のその連絡はいつまで待ってもこなかった。
心の底で重く気にしつつも去るものは日々に疎しで、上松は学生生活を楽しみ卒業して統合経済新聞社に入社したのだった。
彼は碗を置いたまま、しばらく沈黙していたらしい。
「なに考えてる?」
いきなり聞かれて、
「あ、はい。実は…。いや、えーと…」
とっさにこの席では言うまいとは思ったものの、もう止まらなかった。
「実は、大学2年のとき、栄一君と偶然、街で会ったんです。ちょっと話したら、週末に家へ帰ると言ってました。その、つまり、修行のことで…」
菅沼は、まいった、という感じでちょっと額に手をやった。
「ああ…。世間は狭いな。おまえは栄一に会っていたのか」
「はい…」
「そうか。…あの時…そう、あの時は…栄一はもう、ムリだと言ってたな。もう、住み込み修行は耐えられないと。それだけじゃない。平井峰犀先生からも、何度もとても気を使った電話があった。…内容はとてもシビアで…な」
「シビアですか?」
なぜか長い間があった。
菅沼はヒラリと酒をあおって、おもむろに言った。
「そう。まぁ、早い話、栄一は精神を病んでいるのではないかと言うんだ…。その兆候があると」
「えええっ?あんなに知能指数と精神成熟度が高い栄一君が?こともあろうに精神って?菅沼先生、おかしいのは平井って人だっ。そいつ、きっといじめて追いつめたんだ。それで壊れたから栄一君の資質のせいにして、責任をのがれようとしたんだっ」
(そうに決まっている。古道具骨董屋のやることなんか、だいたいわかる)
上松は憤りで、座ったまま手を振りまわした。
「ちくしょう、先生!まさか信じたわけじゃないでしょう?そんな言い分、世の中では通らないっ」
菅沼はため息をついて、しばらく上松を見守った。
「持つべきものは友達だな。あたしだってそう思いたい。そりゃ、まるまる信じちゃいないさ。…だが、あながちウソではないようだ。栄一はいつからかはわからんが、平井先生のところでとんでないことをくりかえすようになったらしい」
「とんでもないこと?どうせ、平井って人に反抗するとか、栄一は頭いいから知識振りまわして、平井に恥じかかせるとか、そんなもんでしょ。先生とか言われて奢り高ぶってる程度の低いヤツほど、そんなささいなことを精神異常だって、人様を貶めたりたりするんだ。どっちが異常者だよ」
上松の言葉はすでに、栄一が、と友人の言いかたになっていた。他人行儀に栄一君とか言っていられるか!
「知りもしない人のことを憶測で悪く言うものではない!」
菅沼はちょっと叱った。
「平井峰犀先生はあたしよりずっと若いが、きちんとした人だ。あたしは今でも栄一のことで、平井先生を巻きこんでしまったことを後悔している」
「じゃあ、なにがとんでもないことだったんです?」
「…うん…」菅沼は口ごもった。
そして言いたくなさそうに顔をゆがめた。
「栄一は、リストカットをくりかえしたそうだ」
驚天動地だった。
上松はあきれかえって、笑うしかなかった。
「リスカ?栄一が?アハハハ、まさか!そんな中坊みたいなことをするわけがないでしょ。100歩ゆずってそうだったとしても、平井が虐待してそういう精神状態にさせたんですよ、間違いない。菅沼先生、あなたはだまされてる。そんな赤の他人の言葉を信じて!なんで自分の息子を信じない?」
「……」
菅沼は黙ってうつむいて、座卓に目を落としていた。彼がそんな殊勝な態度を見せるとは本当に考えられないことだった。
ちょっと気の毒には思ったが、今はとにかく言っておきたかった。
「先生、おれは知ってるんですよ。あなたは栄一をいつもぶん殴って、栄一は傷だらけだった。覚えてますか?高3の受験で、おれは栄一と勉強してた。そう、あなたの家でだ。あなたはいきなり部屋に入ってきて、栄一を何度もぶっ飛ばした。イヌ畜生でもぶっ叩くみたいに。…今でも覚えてますよ。おれは恐ろしかった。あなたも平井も栄一に何をしてやったんだ?苦しめただけだ、追いつめただけだ!」
「おまえは子もないくせに、なにがわかるんだ?」
菅沼はさすがに上松の言葉に反発した。
「梓弓(あずさゆみ)の例えを知っているか?昔、武士の家では子供をしつけるのに、梓弓を使って叩いてしつけた。痛いので子供は梓弓を憎み、あるとき、それをへし折ってしまった。長じて親もすでに亡くなり、自分ひとりで戦乱の世の中を生きなければならなくなったとき、子供は初めて親の薫陶のありがたさを知り、墓に新しい梓弓を供えて泣いた。
つまり、この弓でさらに私を鍛えてくださいと泣いて願ったのだ。親は子の成長を思えばこそ、それを信じたればこそ、打つのだ。…栄一はそれを理解していると、思っていたが」
………。
(ああ…そうだ)
栄一は確かに父親の気持ちを理解していた。
叩かれても蹴られても、それが自分にたいする愛情だと知っていた。
記憶の中でも、栄一はこう言ったのだ。


『気が短いんだ、親父。でも…ま、しかたない。おれ、体弱いし。親としてはいろいろ…ね』
『それだからこそ、親父の希望をかなえてやりたい。おれは煌(あきら)んちみたいに二親そろっていて、兄弟がいるわけじゃないからね。お袋はとっくにいないし…。親一人、子一人だから…』


(親子のあいだのことだ。おれの出る幕ではない。だが…)
上松は素直にうなづいた。
「ええ、栄一はわかっていました。あなたを許してもいました。おれだって、イヌと男の子は殴ってしつけるのには賛成です。だが、いかにしてもやりすぎだ。腺病質の子供を傷だらけになるほど殴って。それじゃあ虐待でしかない」
菅沼は座卓に目を落としたままだった。
「そう、確かにやりすぎたかもしれない。だが、あたしはね、栄一が怖かった」
「えっ?????」
上松は混乱して絶句した。
菅沼は続けた。ほとんどつぶやくように。
「栄一はあたしにも、亡くなった女房にも似ていないんだ」
不倫?
そんな不謹慎な言葉が頭をよぎった。
だが、おかしいではないか?妻の不義の子なら、父として栄一を憎むならわかる。それを怖い?いったいどういうことなのだろう。
「栄一は、ある人間に瓜二つだ。あたしはそれが恐ろしかったんだ」
え?この菅沼が恐れるような人間?
いったい栄一は、どんな悪鬼悪魔に似ていたというのだ?
誰に似ていたんです?、この言葉がのどまで出かかったが、上松はかろうじてそれを飲み込んだ。
興味本位の質問はこの場合、あまりに失礼だろう。
取ってつけたように提(ひさげ)に手を伸ばすと、菅沼も自分の盃を押しつけてきた。注げということだった。
しばらくは2人とも無言で酒をあおりつづけた。
シンとした部屋の空気が重くなったのだろうか、菅沼が口をきった。
「昔はこうしてよく飲んだものさ。女房はイケる口でね。まだ栄一も小さくて、あのころはホントに楽しかった。栄一は一人流産したあとにやっとさずかった子だ。女房は37歳、あたしが45(しじゅうご)だった。それがなんの因果か、栄一が5つのときに突然、ポックリ逝っちまったんだ。あたしと子供を残してだ」
「お気の毒に。…ガンかなにかですか?」
「無痛性心筋梗塞。今でも思い出す。こんなふうに、いつもどおり飲んでいてさ、何かを取りにヒョイッと立ち上がって…。ま、暖かい部屋と寒い台所との温度差がいけなかったのだろうとは思うがな。そのままこの世とはおさらばだった」
「…ああ、なんと言えばよいか…」
上松は口ごもった。
こういう場合、ほんとうに言うべき言葉がない。
「まぁ、血統的に心臓病が多い家系でね。女房の母親は心臓弁膜症だし、親類にも心臓系の持病持ちがちらほらいた。血は争えないというが、血縁、血族、血統はなにも競馬の世界だけじゃない」
「ああ、それはありますね。うちは父方が呼吸器系が弱いんです。よく風邪を引くし、おれはけっこう重い肺炎やってますもの」
話題的にも、あまり弾まない会話だった。
上松は機械的に酒を口に放り込み、ボソボソとツマミを噛みくだいた。
(もう、夜中の2時か。…あんまり長居してもいけないかな)
「時計が気になるか?」
「いえ、おれは徹夜で飲むなんて普通です。なにせ新聞社で鍛えられてますから。ただ、先生がお疲れになるのではないかと…」
「疲れる?へっ、冗談言っちゃぁいけない。あたしに飲み勝てる若造なんかいるワケがない。よけいな心配なら無用だワ」
菅沼が子供のように張りあう言葉に、上松は本気で笑った。
「あははは、言いましたね。よーし、飲(や)ってやろうじゃないですか!でも、ホント、先生、ムリだったら寝ちゃってください。かってに帰りますから」
「まだ言うか。よけいなお世話だ」
上松はこんな暗い気持ちで、菅沼と別れるのはいやだった。こんな気持ちのまま、菅沼を一人きりにするには忍びなかった。
菅沼は書画骨董の鑑定などの話をし、上松は新聞社の裏話などを披露した。お互いに意識して、栄一の話には触れないようにしているのはわかっていた。
「それで、油絵があるってことで市長さんちに伺ったんです。でも、実はヤバかったんです。ほら、よくあるでしょ。税務署にバレちゃいけない絵だったんですよ、その油絵。ま、有名画家の絵ではあったん…」
(しまった、油絵の話題もNGかな?)
菅沼がじっと自分に目を注いでいるのに気づいて、上松はあわてて口をつぐんだ。
「やっぱり、話はそこに行くか」
「すみません。仕事が地域の秘蔵絵画発掘なので。…うかつでした」
上松はうなだれたが、菅沼は首を振ると盃を置いてスッと立ち上がった。
「かまわんさ。ま、いつまでもったいぶっていても仕方がない。来なさい、約束どおり見せてやろう」
菅沼はいきなり立っても足元も顔つきもまだまだしっかりしていて、そうとうな酒豪であることがうかがえた。
上松のほうが危ないくらいだった。彼は面食らって言った。
「いいんですか?佐伯亮輔ですよね。こんなに簡単に見せていただけるんですか?」
「うん、人柄はだいたいわかった。おまえは大酒飲みで、しかも栄一のよき友だ。見せらいでか」
「あ、あ、ありがとうございますっ。感激です」
人物鑑定は合格だった。菅沼のお眼鏡にかなったのだ。
(やっぱり、栄一か?栄一が力を貸してくれてるのか。こんなにすぐに見せてもらえるなんて)
上松は心が躍った。
美術の教科書にかならず載っている佐伯亮輔。その幻の絵といわれる油絵なのだ。栄一の言葉によれば、希望とか未来とかを思わせるいい絵だということだ。
連れられて行った菅沼の居室は、8畳ほどで付け書院がある、応接間にしてもおかしくないような格調高い部屋だった。このあいだ見た栄一の仏壇がある部屋とちがい、品のいい文机や書棚のある整った部屋で、居心地がよさそうな気がした。
おそらくその絵だろう。片隅には和室にふつりあいなイーゼルが立って、絹布かなにかがかけてあった。
菅沼はその前に立って、これだと言うように目で示した。
その時、上松はなぜかゾクリと鳥肌が立つ気がした。
たぶん、期待と興味の大きさがそうさせたのだ。


        5


上松はやっとの思いでもとの部屋にもどった。
「大丈夫か?かまわんから横になれ」
菅沼が心配して、かいがいしく衣服をゆるめたり、濡れタオルを渡してくれたりした。
「…すみません。たぶん、悪酔いです」
彼はまだ、ゾクゾクと悪寒が止まらなかった。両のこめかみに手を当ててギュウッと力をこめ、しばらくそのままでいると、やっと意識がもどってくる気がした。
佐伯亮輔の絵はF10号ほどの小品だった。
やはり人間の血だろうか、たしかにどんな絵の具にもない不思議に魅了する赤で、穏やかな広がりのある夕焼け空が表現されていた。その前には佐伯亮輔本人であろう青年の半身が少し横向きに描かれて、瞳には赤い空の反射が写っていた。
美しいことは本当に美しく、いい絵だと言われれば、まちがいなくそうだろう。
最初の2,3分、上松はその絵に見とれた。
これが一流作品のオーラというものなのだろうか。
満ち足りて暖かく、平穏で安寧、人もうらやむ未来と希望ある発展が、その空の向こうに約束されている気がした。じっと見ているとドーパミンやセロトニンなどの脳内幸福物質が漏れ出して、頭がボーっとしてくるような、ちょっと危険な快感があった。
それだけに時間がたつにつれ、不穏な妖気が感じられなくもなかった。
(だれかに似ている)
魅入られたように幻惑されながらも、上松の意識はそこにこだわった。
繊細で優しげだが、やせて虚弱な体つき。静かで穏やかだが、悲しみと微かな異常性を秘めた目。
(これは佐伯亮輔じゃない)
ぐらりと部屋が揺れた気がした。
ハッとあたりを見回したが、揺れはすぐにおさまった。
意識が強く佐伯亮輔を否定した。
上松は思わず、絵に手を伸ばしていた。
(栄一、栄一だよな?佐伯亮輔じゃないよな?)
手にはなにかをつかんだ感触があった。だれかがいた。向こうをむいて絵を描いてる。
佐伯亮輔?…ちがう!
「栄一!やっぱ栄ちゃんじゃないかっ。なにやってんだ。描いちゃいけない、そんなものっ」
栄一は恍惚とした目を向けた。表情は陶酔して茫洋とし、その奥には明らかな狂気が見えた。
ゾワッと身の毛がよだった。
手にはナイフが握られていた。
栄一はそれを自分の手首に機械的に押し付けては、流れる血を刃先で器用にキャンバスにぬりつけていた。
「煌、親父に言ってくれ。おれは居場所を見つけたんだよ。これがやりたいことだったんだ。おれは今、幸せだ」
栄一のリスカも精神錯乱も、もう紛れもなかった。
白痴のような笑みが顔いっぱいに広がると、かき乱すような不快な笑い声が彼岸からのように響いた。
神経を引きむしる妙に鳥肌たつ笑いは、すでに常軌を逸しつつあった。
血ぬられて、目の前の絵はますます赤く鮮烈に、ますます扇情的に燃え狂った。
阿片窟ように怠惰で物憂い退廃と虚脱が、触手のように流れだして、栄一の全身はまるで陽炎のようにゆらめいて見えた。
ただれたような幸福感、腐臭のするような自己実現であっても、狂うことはなんと甘美な自由、なんと至福の開放を手にすることなのだろう。
だが、それはとりかえしのつかない自己尊厳の破滅を意味する。
「栄ちゃんっ、帰ろうっ。今なら間にあう、来い!」
(なにがなんでも、連れ帰る)
上松はしゃにむに足を踏み出した。
ゾワゾワしたおぞましさが最高潮に達した気がした。
肩をつかんだはずだった。
栄一は瞬時に体をこちらに向けた。
まるで心がない者のように。
ナイフは正確に上松に向かって突き出され、彼は冷静にひじから先を回転させて、それを掃った。
ナイフなど敵ではなかった。
が、栄一の腕は影のようにそれを通りぬけた。
(幻覚?現実じゃない)
ドシッと心臓に衝撃がきた。
激痛は、まぎれもなく現実のものだった。
人生で初めての、焼きつくような、ねじ切られるような、呼吸困難をともなう凶暴な苦痛。刃先が背中に抜けたのだろうか、肩甲骨のあいだにも引き裂かれるような耐え難い疼痛があった。
激しい胸部苦悶に全身の筋肉が一瞬で硬く強く硬直し、体が揺れるほどの強い動悸が痙攣的に呼気をふさいだ。彼は停止しようとする肺機能を補うために、浅く無理な呼吸を続けて窒息の苦しみから逃れようとした。
「ちくしょう、栄一、おまえを助けようとしたのに」
恨みをふくんだ言葉はほとんど声にならなかった。
栄一は他人事のように首を振った。
上松はそのときだけ、彼がなつかしい友達の目に帰ったのを見た。
「助けているのはおれだ。煌、わすれるな。痛いうちが花なんだ。わすれるなよ、痛いうちが花なんだ!」
そのまま栄一は絵と同化していった。
瞬きするあいだには、悟り済ました佐伯亮輔の顔になっていた。
祭りの終わりのように、絵は狂乱する赤色を消して行った。
(栄一、だめだ。親父さんを、あの人をひとりにするのか?)
上松は苦痛のために両膝をついて前かがみに胸を押さえていた。それでも体が支えきれなくなって、片手をつき、わずかに右手だけを弱くさし伸ばした。
それをだれかの手が取った。
「どうした?」
菅沼だった。
その手のぬくもりで、自分の冷え切った体温がもどってくるのを感じたとき、あれほどの苦悶が引き波のように退くのがわかった。
菅沼はなにも知らないのだ。彼を心配させてはいけなかった。
必死で意識を保ち、死地からもどったかのように、上松はあたりをみまわした。
部屋は変わらず、自分の体も傷ついてはいなかった。
そして絵も…。
だが、それを見たとき、もう一度ゾッと身の毛がよだつのを止められなかった。


        6


次の朝も、昨夜の前代未聞の苦痛ほどでもなかったが、胸には不快な疼痛が残っていた。
だが、これくらいの不調なら、ムりをしてでも出社する。甘ったれていられないのが新聞社だからだ。
それをやめて総合病院に向かったのは、やはり栄一の警告が頭にあったせいだ。
奇妙ななぞかけではあったが、なにか重大な変調の予告の気がした。
病院ではすぐに基本検査にまわされた。
2度目の激痛があり、上松は軽い意識障害をおこしはじめ、脈拍測定ではすでに脈がふれなかった。
死んでいたからではない。それではゾンビだ。
急性大動脈乖離(かいり)という、この病の特徴的な症状だった。
たちまち緊急入院が決定し、人工血管置換のために手術室に送りこまれた。
分類は上行大動脈が破裂しているスタンフォードAで、心臓を包む心嚢内に血液が流入し、ほとんど停止寸前だった。これを心タンポナーデといい、もっとも重篤な合併症のひとつで、飛躍的に死亡率が高まる。
また、手術に至っても救命率はきわめてひくい。
最悪の場合が想定されて、家族が呼ばれ、親類縁者、友人知人にも連絡が飛んだ。
歩いて来院したにもかかわらず、驚くべき展開だった。
彼は冠疾患集中治療室で辛い10日あまりをすごし、その後、20代青年の驚異的な生命力を発揮して回復にむかっていった。
確率の低い延命手術は成功裏におわったのだ。
一般個室におちついたころ、菅沼が見舞いにきた。
「ひどいめにあったな。びっくりしたぞ」
「先生、やっぱ、血は争えないですね。この循環器系の病気ってうちの母方の持病でした。おれ、父方の呼吸器系と、両方の疾患をついだみたい。血縁って怖いですよ」
体力には自信があったが、意外な伏兵がかくれていたのだ。
「うん。だが、なんでも遺伝のせいはよくないぞ。病気というものは日常の予防と体質改善でいくらでも防げるものだ。と、いうことで、もうおまえとは酒を飲まん。ひとりで飲ってるほうがよっぽど気楽だワ」
「ええっ?そりゃ殺生だぁ」
それでも菅沼の言い方には愛情があった。彼も病状についてはかなり心配していてくれたのだ。
「花はいいぞ、気がまぎれる」
言いながら、見舞いの花を慣れた手つきで水切りし、サイドテーブルにかざる手際は、やはり栄一の仏壇に日ごろから仏花をそなえているからだろう。以前はあんなに横暴にみえた彼も、つきあってみれば、不器用で表現下手な一人の父親に過ぎなかった。
「いつ、退院できる?」
「はい、今日が12月20日だから、来年の1月15日ごろには家に帰れます。早く先生と一杯やりたいですよ。『男山』がいいな。おれ、一合ぐらいなら飲んでいいんです」
「ああ?おまえとは酒を飲まんと言っただろうが」
菅沼はあきれた声を出したが、それでもうれしそうだった。
(来年はいい年になりそうだ)
お互いになんとなく、そんな気がした。
実は上松もを彼を心待ちにしていたのだ。どうしても気になることがあった。
「先生、ひとつ聞きたいんです。おれ、これをはっきりさせておかないと、ホント、何かあっても死ねないです」
冗談めかして言ったが、菅沼はなにか感じ取ったようだった。
「おだやかじゃないな、言ってみろ」
と、個室であるにもかかわらず声をひそめた。
「あの、佐伯亮輔の絵ですが…」言いながらやっぱりゾワッとした。魅入られたのは最初だけで、やはりあの絵に漂う狂気にはいつまでも神経が反発し続けていた。
「その、つまり、佐伯亮輔はものすごく栄一に似てると思いません?そりゃ、細かいとこは別人だけど。体つきといい、顔の表情といい、やっぱ栄一なんだ」
菅沼はしばらく黙っていた。
「おまえには見せるべきではなかった」
彼は頭を振って、後悔の意をあらわした。栄一の親友たる上松の眼力をみくびっていたのだ。
菅沼はかなり迷ってから、覚悟を決めたように告白した。
「たしかに似ているだろう。佐伯亮輔はあたしの父親だ。…だから栄一は孫にあたる」
「えっ?」
「あたしは法的には私生児だ。菅沼は母親の姓だよ」
(我ながら、なんて事を聞いたのだろう。似ているわけだ、家族だったのだから)
だが、なんとなく、こういう答えが帰ってくる気もしないではなかった。
佐伯亮輔と栄一の雰囲気の酷似は、他人の空似の域をこえていた。
だから気おくれしながらも、聞いてみずにはいられなかったのだ。
「あたしの母親は東京で、戦後復興した会社の重役の娘だった。佐伯亮輔に惚れて惚れて惚れぬいて、所帯をもつことを望んだのだが、その当時は額に汗して働くことが男の甲斐性とされていたから、絵描きなんざ賎民さ。昭和25年だからね。きちんとした家ほどそんな男は相手にしない。銀行員や証券マンですら、山師のたぐいという言葉が残っていた時代だ。母はこっそり家を出て、つかのま、佐伯と暮らしたが、そりゃ、見つかっちまうわな。連れもどされて、そんときにはあたしが腹に居たんでどうしようもなくて、じゃぁ、籍でも入れようかって話になった。その矢先に佐伯亮輔が自殺だ。あの夕焼けの絵は母親が家にもどされるときに、大急ぎで佐伯自身が渡してくれた、いわば形見さ。洸風会かどっかの展覧会で賞とって、手元に帰ってきたばかりだったそうだ」
「だから、幻の絵っていわれてるんですね」
「そう。自殺のドサクサで紛失したことになってるが、佐伯があたしの母親に残したってぇのが真相だ」
上松は菅沼の家の豪華な金仏壇に、栄一の遺影以外、先祖代々を思わせるものがなにもなかったことを思い出した。
それだけではない、父の佐伯亮輔はもちろん、その両親、そして栄一が5つのときに亡くなった、菅沼自身の妻のものもなかった。
菅沼はおそらくさびしいのだ。
家族の縁に薄い自分。その自分の手からすべりおちていった肉親の遺影をならべておくのは、あまりにも忍びないのだろう。
(気の毒に…)
上松は心の痛みに悄然と頭をたれた。
だが、もうひとつ、言わなければならないことがあった。
これには何度も迷ったのだ。言わなくて済ませられれば、それに越したことはないのでは…?と。
しかし、言わざるを得なかった。
菅沼は少なくとも栄一の死因について、ひとつ誤解をしている。
、上松は他人だけに、肉親の菅沼よりは情に流されることがなかった。
「菅沼先生、よく聞いてください。佐伯亮輔と栄一とは、なによりも目が似てるんです。その、なんと言うべきか…。つまり、分裂症というか…正常じゃない目です。佐伯亮輔の自殺は、思うにその狂気によるものだった。栄一の自殺も、骨董修行に悲観したわけではない。将来に絶望したわけでもない。そりゃ、おれ自身、最初は疑いました。でも、生前の栄一を何度も思い返した結論です。栄一は一度たりともそんなようすはなかった。菅沼先生の期待にこたえようと、それだけを一途に語ってました。骨董修行は自殺の原因じゃないんです。栄一はそんなに弱くはない。隔世遺伝で、佐伯亮輔の因子が遺伝したんです。だから栄一は狂うべくして狂ったんだ」
末尾の言葉は、やはり菅沼にとって耐えがたかった。
修行先の平井峰犀も遠まわしながら、くり返し異常を伝えてきていた。
だが、今の上松の言葉はあまりに過酷すぎた。
「バカなことを言うな!」彼はベッドの手すりをはげしく叩きつけて立ち上がった。「なにを根拠に、なにを証拠に?」
地団太を踏んで病室の中を行ったり来たりした。声が高く裏返るのも菅沼の激高したときのクセらしかった。
そして壁に額を打ちつけた。
「精神異常が遺伝なら、なんで、あ、あ…あたしに出ない?あたしも自殺しないとおかしいではないか?ああ!」
いつもの「あたし」という江戸弁が震え乱れていた。上松は痛ましさで胸がつまった。親としての当然の慟哭がそこにあった。
彼は目をそらしたまま、その嘆きを聞いているしかなかった。
菅沼はもたれかかるように、壁で背中をささえて向き直った。
上松の言葉こそ、彼の意識下から何度も浮上しようとした不安そのものだった。
まさに、彼が恐れていた現実だったのだ。
やがて菅沼は観念したように言った。
「…そうだ、おまえの言うとおりだ。あたしは栄一が、あたしにも女房にも似ず、祖父の佐伯亮輔に似ているのが恐ろしかった。どうして、と問われると迷うが、父親のカンというヤツだ。小柄で腺病質で虚弱で、体力も筋力も弱い栄一が、どこか茫漠として手の内に収まらないのが怖かった。だから鍛えて教育して、鑑定の仕事を継がせたかった。それが親子ともども、最良の方向だと」
菅沼の親としての気持ちは的を得たものだったろう。
だからこそ栄一も、誠心誠意それに従おうとしたのだ。
「栄一は青年期におきる突発型の発症だったと思います。おれは見たんです。あの夕焼けの絵のまえで。栄一は自分の手首を切ってその血で絵を描いていました。佐伯亮輔そのままに。平井峰犀って人のところでリスカを繰り返したのも、赤い絵を描くためだったんでしょう。でも、栄一がその幻影をおれに見せたのは、おれを救うためでもあったんです」
鼻の奥がツンと痛んで、言葉がつまった。
「栄一をあの絵から引き離そうとしたとき、彼は手にしたナイフでおれの心臓を突きました。そのときに第一回目の大動脈乖離がおきたんです。いや、幻覚に因果関係はなく、突かれなくても乖離したでしょう。栄一は『わすれるな。痛いうちが花なんだ』と2度繰り返しました。最初の動脈裂は小さかったので、そのときの激痛は小康状態になってました。謎をかけてくれて良かったんです。はっきり病名を告げられても、無知なおれは多分、鼻先で笑ったと思う。無理して出社して死んでいたでしょう。おれは栄一になにもできなかったのに、彼はおれを助けてくれたんです」
涙があふれて言葉が途切れた。
「栄一…栄一は発症してからも、おれを忘れないでいてくれました。精神に異常をきたしても、なお、おれの友だちだったんです」
彼はもう、耐えきれずに嗚咽した。
菅沼のほおにも涙が伝っていた。
上松は亡き友を思い、菅沼は帰らぬわが子を想ってともに泣いたのだ。
だが、いつまでも感情に溺れてはいられない。
上松は強いて気持ちをととのえると、あらためて彼を見つめた。
「先生にも伝言があります」
おもむろに言ったこれこそが、死んでも伝えなければいけないことだった。
「栄一は言ったんです。『煌、親父に言ってくれ。おれは居場所を見つけたんだよ。これがやりたいことだったんだ。おれは今、幸せだ』と。栄一は確かに満ち足りていました」
菅沼はしばらく呆然としていた。それからハンカチで顔を覆った。こちらに後ろ向きでいすに掛けると、そのまましばらくじっとしていた。
肩が震えるのが見えた。
「栄一は幸せだと言ったのか。…幸せだと…幸せだと言ったんだな」
彼はその言葉をくりかえした。肉親の情として、その言葉にすがろうとしていた。
菅沼にとってその言葉こそ、明らかな救済であり、安堵であることは間違いなかった。
目を真っ赤にして振り返った表情が緩むのがわかった。
「ええ、まちがいなく、そう言いました」上松は言葉に力をこめた。「栄一は佐伯亮輔からうけついだ遺伝子そのまま受け入れ、そこに喜びを見出していたんです。リストカットは世間常識から見たら、異常でしょう。でも、彼らには絵を描くために必要不可欠でした。
佐伯亮輔も栄一もおそらく鮮血の色、ヘモグロビンの赤に特別な反応を示す因子をもっていた。それは芸術性ともいえるものだったかもしれない。でも先生、こんな話、わかりますか?…まあ、おれが独断で考えたことですけど…」
上松は菅沼の心を気遣って言葉を切った。
肉親にはこういった分析は不快なのではないだろうかと、今さらながらに思えたのだ。
「…ああ、わかるとも」菅沼の表情には悲しみはあっても、困惑も不快感もなかった。「おそらく、おまえの言うとおりだろう」
上松は少し安堵してしばらく黙った。
思いめぐらして考えをまとめると、ふたたび口を開いた。
「おれは、こうも考えるんです。佐伯亮輔も栄一も究極の自己愛、自己実現ではなかったかと。自らの血、これが自己の象徴でした。だからおれの血でも菅沼先生の血でもダメだったはずです。つまり、自分の体から流れ出る血で絵を描くことが、至福の喜びであり、最上級の肯定であり、無上の啓示だった。いうなれば、かれらは自分の中から生まれ出ようとする神を見出そうとした者だったのかもしれない。神とは魂の極限の開放であり、無限の自由の象徴であり、全知全能の権化であり、最大の不確実性だからです。そう考えれば、佐伯亮輔の縊死も栄一の川への飛び込みも、肉体から開放されたさらなる至高への飛翔だった。おれは思うんです。リスカも自殺も悲惨でむごいことと考えられていますが、それは真実なのだろうか…」
菅沼はため息をついた。
「『世の中を憂しとかなしと思えども 飛び立ちかねつ鳥にしあらねば』。これは貧窮問答歌の山上憶良だ。人間はいつの世も、自己の実現と開放に向けてもがき続ける者なのかもしれないな。だが、せっかく生をうけた自己を滅ぼすことが、はたして自由を得るといえることだろうか?相対的に若者ほど、命に無頓着なものだ。あたしら、老人から見れば不遜なほどにな。若くして逝くことは可能性の放棄であり、未熟なままの停滞だろう。現実からの逃避であるかもしれん。それにもう一つ、これを若い連中は陳腐として笑うが、はたして命というものは己、一人のものだろうか?」
「ええ、それはおれも考えました。どんな未開社会でも殺していいのは敵だけです。自殺はない。そしてだれもが、木の叉から生まれたわけではない。でも、人間の生存本能には生への欲求と同等の死への欲求が組みこまれてる。紙の裏表のように。それはどういうことか?生のエロスも死のタナトスも同様に生なんじゃないかと。肉体や精神にかたちづくられた生、それらに形成されない死。幽明、異(こと)にするだけで、なにが違うのか」
「バカッ」
菅沼は上松の目の前で手を打ち合わせた。病人を叩くわけにはいかないからだ。
「なにを言う!価値あるものは生だけだ!死は身近にある妄想、願望、だれにでも訪れる現実に過ぎん。それがわからぬなら、おまえはかってに死ぬがいい。おまえを思い、おまえと共に生きたいと願うこの世の生きとしいけるものから、身勝手に離反するがいい。それに満足を得、それで幸せとするならばだ。だが、考えろ。なぜ、栄一がおまえを助けた?栄一がおまえの友だからこそ、幻覚を見せてまで、おまえに警告したのだ。死はやはり死でしかない。死によってどのような至福安泰、享楽満足、発展展望、自由放逸を得ようと、自己満足でしかない。しかもそれは自分以外を全く救うことはないのだ。自殺は究極の孤独な所為であり、最悪のエゴイズムであり、無限の不毛なのだ」


    7


病棟の中は閑散としていた。
正月を家で迎えるために退院できる人はみな退院し、比較的重篤な患者ばかりが残されていたからだ。
上松は自室を出て、デイルームと呼ばれるだだっ広い休憩室にいた。
睡眠導入剤は処方されていても、手術跡が痛んで寝られないことが多かった彼は、大晦日の所在なさからここにやってきたのだ。
深夜なので明かりは最小限に落とされ、暖房も消されているので、広い空間ははおったカーディガンだけでは頭がキュンとするほど冷えていた。
音を消したままテレビをつけ、ソファに座るともう、今年もあと数分で終わるのだと実感できた。
(病院でむかえる新年もオツなもんだ)
寒いことは寒かったが、狭い個室よりも数段リラックスできる。
息切れと動悸が増幅されはしたけれど、彼は幸せな気持ちでテレビの画面と、南側一面のガラス窓を見るともなく見ていた。
空間の北側には広い廊下があって3基の大型エレベータがある。
シャレた衝立でへだててはあるが、基本、ワンフロアだ。
だれかの足音がして、いきなり声がした。
「なんだ、人がいるのか。わるい、わるい、テレビつけっぱなしと思ったから」
ふりむくと、彼の執刀医のひとりだった。上松の位置はエレベータ側からはまったくの死角だったのだ。
「あ、先生」
「お?『奇跡の症例』くんか?ダメだよ。かってにこんなとこにいちゃ。主治医の先生から退院時に話があるとおもうけど、きみはもう一度乖離したら、現段階ではもう、助けられない。遺伝的な先天性結合組織疾患で血管壁がボロボロなんだ。ここまできちゃうと体への負担が大きすぎて、すべての置換は不可能だし、技術的にむずかしい部分の動脈は乖離したまま温存してあるからね。ま、医学は日進月歩だけど、安心はできない。今回の手術だって血液が凝固しなくて、縫合の針穴からも出血するほどひどかった。フェルトでやっと押さえてさ。水みたいに薄くて、試薬に落としても沈まないほど血質が悪いんだ」
「先生!」
と、声がして廊下の向こうから看護士がいそがしそうに合図していた。
「うん!」執刀医はすぐに返事をし、「よく助かったものだ。だから、きみはスタッフのあいだでは『奇跡の症例』だ。10年生存率40%に残りたかったら、寒い中、薄着でウロウロしないこと。もう、部屋にもどりなさい」
上松の頭をちょっとつついて、足早に離れていった。
看護士とせわしなく二言三言話す声が聞こえたが、足音が廊下をまがると、もうなんの音もしなくなった。
変にシンとした世界の中で、彼はいまの言葉を反芻した。
助けられないといわれても、ピンとくるような、こないような話だった。
たしかに先天性結合組織疾患の話は主治医からもあり、彼くらいの年齢で大動脈乖離が起きるのは、遺伝的・血統的要素が大きいということ。また、20~30歳が、その場合の発症のピークだとも話してくれていた。
まあ、その計算でいけば10年生存率40%というのは、さまざまな病疾のなかでも、かなり悪い。
(あ~あ、結婚して子供がいるころだぜ。一番いい年齢までに60%がアボーンかよ。やべえのが遺伝しちゃったな)
ちょっとうんざりしてテレビを見ると、もう年が明けたらしく初詣のにぎわいが写っていた。
彼はたいして興味もなくそれを消すと、立ち上がって窓のそばに寄った。
駅前のメインストリートからは800メートルほど離れ、官庁街とオフィスビルにかこまれたこの病院の周囲は、新年を寿ぐようなものは何も見えなかった。ときおり、タクシーが整備された道路を走りぬけるだけだったが、それでもむこうの空のほうに華やかなものを感じたのは気のせいだったろうか。
(佐伯亮輔の赤い絵は封印だな)
そんな考えがふと頭をよぎった。発表したところで、世間の興味と好奇心にさらされるだけだ。
あの絵は静かに菅沼の手元にあって、彼自身の裁断にまかされるべきなのだ。
(春の彼岸にはまた栄一の墓参りに行こう。かえりには酒を飲ましてもらって、ツマミは蒸しあわびかな?鴨川から取り寄せるか)
年頭の計としては、とりあえずかなり低俗だったが、心楽しい計画にはちがいなかった。
彼は上機嫌で、子供のころのように窓ガラスに額をくっつけた。
ゾクゾクッと、痛みのような強い悪寒がきた。深夜の窓はドライアイスなみに冷えきっていた。
上松はちょっと危機を感じて、さっと離れようとした。
ズシッと嫌な衝撃がきた。
(しまった!)
ほんとうにうかつだった。
間髪を入れない、怒涛のような激痛と狂暴な動悸、苦悶の極限の呼吸不全。あまりの苛烈さに、大半は気を失うという大動脈乖離の症状。
成功したはずの縫合だった。それでも脆弱な血管壁は急激な血圧上昇に耐え得なかった。
まさに人間、一寸先は真の闇だったのだ。
もう、自分の病室にはたどりつけないことはわかっていた。硬く冷たい廊下で倒れるくらいなら、もといたソファを選んだ。彼はやっとの思いでソファにたどりつくと、しばらくのたうちまわった。
なんのことはない。
死はそ知らぬ顔をして、彼を捕らえていたのだ。
人はいろいろに死をあげつらう。
だがそれは今となっては、何の根拠もないただの想像、観念にすぎなかった。
彼自身、したり顔で死を語っても、直面してみればあくまで物理的で生物・生理学的現象だった。きわめて冷酷で無機的、恐ろしいほどの覚知のなかで進行していく、自分自身の細胞単位での死滅。
心臓が停止し、脳波が消滅するのが死ではないのだ。死はそのはるか前からはじまっている。
そして本人は絶望的にそれを表現する手段をもたない。
生命誕生以来、無量大数の死を経験してもなお、それが明確にされないのは、死のこの特質によるものだったのだ。
『静かにしてくれ。おれは死ぬのに忙しい』
だれかが言ったこの言葉も、正確ではない。
死は苦しむのに忙しいのだ!
よく言われるフラッシュバック、自分の人生の細部に至るまでの幻影。これも上松にはなかった。そのかわり、自分の一番印象深い者、一番気にかかる者の断片が、時系列を無視してごったにあふれ出した。
親兄弟、友人知人、そして菅沼がいた。佐伯亮輔の赤い絵と栄一も見えた。
だが、それもただの過去の記憶の漏洩にすぎなかった。彼はすでにそれに意味を見出せるほど、生に近くはなかったのだ。
死にはなんの発展も希望も、自由も満足もなかった。
死に意味づけするのは生者の不遜な気休め、こうあって欲しいという切ない願望、はかない恐怖の克服にほかならなかった。
すべての生きとしいけるものは、死に対して圧倒的に無力だったのだ。
死にむかっての、あらゆる肉体と精神の破壊、崩壊、断裂、分離、絶縁はとどまることのないドミノ倒しのように進行し、文字通り、すべてを葬りつくす。
死に魅入られたものの末路は、毛細管現象で水が浸透するように死が自分を食い尽くすのを、あらがいようもなく受け入れることしかない。
彼が最期に知覚したのは、その深淵を見るような絶望感だった。


      8


デイルーム北側のエレベータのドアが開いた。
ストレッチャを囲んで数人の看護士と、さっきの執刀医が降りてきた。
彼はちょっと歩調をゆるめて、暗くなった空間を見渡した。
テレビは消え、だれもいないようだった。
『奇跡の症例』くんは彼の言葉にびっくりして、そうそうに病室に引き上げたにちがいなかった。彼は満足げに足を速め、ほんの数メートル先のついたての陰で、死に逝く者が最期の息を引きとったのに気づかなかった。
生きる可能性のある生者を乗せて、ストレッチャは足早に冠疾患集中治療室へと消えていった。

「赤い絵」(作者の体験+フィクション)

「赤い絵」(作者の体験+フィクション)

2014年に書いた2作目です。 新聞記者となった主人公が、高校時代の友だちの家にある有名画家の絵を取材に行く。そこで父親から精神に異常をきたした友だちの自殺を知らされ、経緯をたどるうちにその友だちの祖父こそ有名画家であり、ともに精神異常の末路だったことを知る。そんなおり、主人公も ある病で・・・。 わたしたちは常日ごろ、安易に「死ぬ」ことを口にしますが、本当の「死」とはとてつもない絶望感をともなう究極の自己破壊・自己破滅であり、ゾッとするような苦痛・恐怖・無力・失望・戦慄の集大成なのです。 「死にたい」などと言っているみんな、せめて、この作品の6~8項を見てください。 とくに、7項は具体的にどうなるかがわかると思います。 実体験+フィクションですが、自殺したいと思っている人などは後悔しかないのが「死」です。

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