アウトドア派、昼限定

 あちこちで梅が満開になり日差しもずいぶんと暖かくなったので、もうそろそろかな、と思う。
 花見、ではなく屋外で食べる昼ごはんの事だ。
 私は週五日、九時から十八時まで働いているが、終日事務所から一歩も出ないというのが嫌だ。なので昼は必ず外で食べる。しかし連日の外食は地味に出費がかさむので、気候の良い時期はおにぎりやパンを買って食べる。
 幸いなことに職場の近くには遊歩道があり、ベンチも設置されているので、ここが私の食事場所だ。不思議なもので、外での食事には露天風呂に相通じる妙な解放感がある。ピクニック、というよりはままごとの延長のような非日常。本音を言えばベンチではなく、地面に座った方がより一層の解放感だと思うが、通りがかった人を驚かせてはいけないのでやめておく。
 遊歩道沿いには桜や楓、紫陽花などさまざまな樹木が植えられていて、季節ごとに違う姿を見せてくれる。大雨が降った数日後などは切り株に謎のキノコが大量発生して、二、三日で跡形もなく消えたりもする。その一方で、巨大なサルノコシカケ系のキノコが、こちらは気候の変化などものともせずじわじわ育っている。
 肌寒い時期には日当たりのよい所、暑くなると涼しい木陰という具合に、座るのに適した場所は季節によって変わる。ただしベンチはあくまで公のものであり、万人に解放されているので、いつもの場所で食事を…と行ってみると、先客が座っていることもよくある。
 そんな時は第二、第三候補のベンチに移動するのだが、「先客」の存在も一日限りだったり、何日も続いたりと様々だ。道路工事の間だけ作業員がお昼を食べていることもある。
 もちろん「そこ、私の指定席なんですけど」と主張する権利はないのだが、自分が長らく座り続けていた場所を、ある日突然「乗っ取られる」のは複雑な心境である。とはいえこの「乗っ取り」はそんなに長く続かない。一か月ばかりたつと、先客がいなくなってしまう事が多いのだ。
 いっとき、この「乗っ取り犯」が職場恋愛らしきカップルだった。女性がお弁当を作ってきて、二人仲良くおしゃべりしながら食事を楽しんでいたが、しばらくして姿を見せなくなった。別れたのか?などと想像もしてみたが、まあ大きなお世話である。
 その一方、年単位でずっと見かける人というのもいる。向こうもたぶん私の事をそう思っているだろう。ダンベルを両手に持って足早に歩くおじいさん、これまたウォーキングというか、昼食後の腹ごなしの中年女性二人連れ。彼女たちは歩くのも早いが、ずっとマシンガントークを続けているので、かなりの心肺能力と思われる。
 たった一人でラブラドルレトリバー三匹を散歩させている娘さんもよく見かけるが、彼女の他にも犬の散歩はけっこういる。私には犬の散歩は朝と夕方という思い込みがあったのだが、世の中そうでもないらしいと初めて知った。
 とはいうものの、桜の季節を除けば遊歩道を通る人はそう多くない。四十五分ほどの間にせいぜい五、六人だろうか。しかし決して静まり返っているわけではなく、人間以外のものがけっこう活発に動き回っている。
 パンのおこぼれを狙ってハトがにじり寄ってきたり、カラスとセミがデッドヒートを繰り広げたり。暑い盛りには乾いた砂地でスズメが砂浴びをしている。彼らは警戒心が強く、そばを通っただけで飛び立ってしまうので何だか申し訳ない。傍を流れる小川にカワセミが来ていた事もあるし、サギのような大物も時折り現れる。
 更に、その小川をはさんだ対岸の空き地には野良猫が何匹か住んでいる。時々こちら側へわたって来て、「だるまさんがころんだ」の要領で接近してきたりもする。だが絶対に触れるほどの距離まではつめてこないし、カメラでも向けようものならすぐ逃げる。
 もちろん藪蚊も現れるし、目の前を飛び続ける羽虫などが来るとかなり鬱陶しいけれど、まあこれは許容範囲内である。きらきらと光るトカゲもよく見かけるが、カメは見たことがない。梅雨の晴れ間にカタツムリが道を横断などしていると、決死の覚悟の大移動ではないかと先が心配になる。
 まあそんな感じで、人や生き物を観察しているうちに時間は過ぎてゆく。
 あまりに天気が良くて抜けるように空が青かったりするとベンチに寝そべりたくなるが、やはり通行人を驚かせたくないので自粛する。代わりにイエモンの「空の青と本当の気持ち」など爆音で聞き、このギターソロがたまらんの、とかしみじみ思う。それから、そういえばアンネ・フランクって隠れ家の窓から空ばっかり見てたんだよなあ、とかいう事をふと思い出してすぐ忘れる。
 そして十二時四十五分ごろになると立ち上がり、職場へ向かって歩きはじめる。よく考えると不思議ではある。このままどこかへ逃げてもよさそうなのに、ちゃんと戻って行くのが。

アウトドア派、昼限定

アウトドア派、昼限定

昼ごはん、どこで食べてますか?

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-03-12

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