嘘つき針千本

 「これ分かったら1億円あげる」と一方の子供が言うと、「指きりげんまん、嘘ついたら針千本飲ます」と他方の子供が言ったりする情景は子供達の遊びではよく見られる。金額といい、罰といい、すさまじい物であるが子供達にトラブルは起こらない。さすがに遊びの天才、笑って楽しめば幕が下りる。大人社会で嘘をつくことは信用問題となり、最悪の場合は辞任や倒産に追い込まれ、築き上げた名声も元の木阿弥になる。クワバラ、クワバラ。
 私は、ユーモアセンスが無いばかりに恥ずかしい思いをした。ある日、仕事から帰ったら、妻にお客さんが来ていた。女子高時代の友人で、感じのいい綺麗な女性である。私はたまに会うことはあったが、挨拶程度で終わっていた。この日は私も妻たちの話の輪に入りたいと思って、お茶を飲みながらチャンスを窺っていた。そして成り行きで小学校遠足の集合写真を見せて、「私がどこにいるか分かりますか、あてたら100万円あげます」と言った。勿論私としては親しみを込めた遊びのつもりだ。大人になって世間擦れした私だから、子供時代の写真は 分かるはずはないと思ったところが、彼女は「これです」といっぺんで的中させてしまった。この時私が機転の利いたユーモアを言うか、言えないなら素直に「100万円は冗談でした。御免なさい。勘がいいですね、驚いた」と笑えばそれで済んだのに、「100万円はあなたが貧乏になったらあげます」とジョークにもならない下手な事を言ってしまった。生活に困るなど絶対に無い人に対して、みくびったと取られるような事を言ったから、私の方は懲らしめられても仕方ない。「いま困ってます」と言われ、この時もウィットに富んだ切り返しが出来なかった。後日、私は挽回しようと妻に「100万円払って約束を果たしたい」と申し出たら一喝されてしまった。「馬鹿ね、やめときなさい。恥の上塗りになるわ。彼女はそんな事思っていないし、受け取るわけはないわ。貴方は昔から気のきいたユーモアなど言えない人よ。口は災いの元、気をつけてね。私はあなたのせいで大事な友達を失いたくないわ」と。全くその通りだ。
 土曜日の昼どきにNHKの「生活笑百科」という、暮らしの中のトラブルを解決するコメディ番組があるが、それを見るたびにこのことを思い出す。出演している顧問弁護士は何とコメントするだろうか。きっと「いくら冗談でも軽はずみなことは言わないように注意しましょう」と言われそうだ。そして「あなたは奥さんの友達が来た時は奥の部屋に引っ込んでいるほうが無難です」とも言われるだろう。適切なコメントだ、そうしよう。二人の女性から「針千本」と「針のムシロ」で返り討ちにされるのは御免だ。でも、この人は時々手作りのパンやクッキーを私にもと言って妻に持ってきてくれる優しい人だ。先日の妻宛の手紙には私のエッセーを繰り返して読んだと書いてあったらしい。お世辞だとしても嬉しい。せめて常識的な範囲で一度イタリア料理かフランス料理にお誘いしたいものだ。しかし、失敗を繰り返さないために約束だけはしないでおこう。2017年3月8日

嘘つき針千本