【ららマジSS】温もりは麻薬【前編】

スレで時々「翼はヤンデレの素質ありそう」という話題を見かけてティンと来たので、
メインストーリーが待ちきれなくて書いてしまった。

次→http://slib.net/70249

pixivでも同様の作品をアップしています。
本文の読みやすさはこっちだけど、「ららマジ」で検索しやすいのはpixivの方かな? お好きな方でどうぞ。
pixiv版→http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=7862043

※注意事項※
・有栖川翼がヤンデレ気味になるSSです
・独自解釈や設定が含まれる恐れがあります
・チューナー視点かつチューナーがめっちゃ喋ります
・翼以外にも色々登場します
・キャラの口調が変だったら教えてくれると嬉しいな……

 どうして僕は翼と付き合い始めたのか。きっかけを思い返してみるたび、自分でも不思議な気分になる。
 あの日、僕と翼はいつものように下校する道すがら、おしゃべりに興じていた。翼と喋る時間はとても楽しいし、それは翼も同じだった。だから、僕たちは敢えて遠回りして、町中を練り歩くような帰宅路をたどっていたのだ。
 後になって思えば、その日の翼は少しぎこちなかった気がする。やたらと言葉を噛んでいたし、コケる回数も多かったし、果てはぼーっとするあまり電柱に額をぶつけてしまっていた。でも、翼がおっちょこちょいなのはいつものことだし、ヘマをやらかした時に見せる照れ笑いも、少し甘えるような口調の言い訳も、いつものこと。そんな翼が振り撒く愛嬌にクラッときた体験は数知れないけれど、あの日の僕もそこに"特別"なものは何一つ感じなかった。翼はそういう子なのだ。別にとりわけ僕に好意を寄せているわけじゃなくて、ただ"そういう子"なだけなんだ。何か勘違いしそうになる自分に気付くたび、僕は自身にそう言い聞かせていた。
 だから、夕暮れに染まる人工池のほとりに佇んでいた時、翼から告白を受けた僕は、何かがおかしいんじゃないかと思った――。
 
 ふとそれまで続いていたお喋りが途切れて、二人の間に沈黙が流れた。僕が次の話題を探していると、翼がおずおずと口を開いた。
「ちょっと……いいかな?」
 どうしたの、と返事をすると、翼はなぜか黙りこくってしまった。翼の視線が地面と僕の間を往復する。さっきまでとは異質な沈黙がのしかかる。夕焼けのせいか、翼の頬が紅潮して見えた。夕焼けのせいじゃなかったかもしれないけれど、そういうことにしておいた。そうでもしないと――僕の心にむくむくと湧いた下心が抑えられないと思ったから。
「どうしたの、翼?」
 もう一度続きを促すと、翼は意を決したように顔を上げて言った。
「……わ、私、チューナーのことが好きです! 私と付き合ってくだしゃい!」
「……え?」
 カチッ、とすべての時間が止まった。――翼ハ、僕ノコトガ、好キ? 僕ガ、翼ト、付キ合ウ? たまに妄想しないでもないifが、こうして現実の気持ちとしてぶつけられると、僕はすっかり頭が真っ白になってしまった。どう応じたらいいのか分からない。僕にはその真剣な想いの丈を即座に受けきるだけの器がなかった。
 呆然自失とする僕に、慌てて翼がフォローを入れる。
「あ、ゴメン! いきなりでビックリしちゃったよね! 返事は今すぐじゃなくていいから……考えておいてくれないかな?」
「う、うん」
 頷くことしかできない自分が不甲斐なかった。いたたまれない雰囲気に耐え切れなくなったのか、翼は愛想笑いを浮かべて
「今日はここでバイバイしよっか! チューナー、また明日ね! お返事待ってるから!」
 そう言い残して、翼は早足で立ち去って行った。僕はその場に立ち尽くしたまま、ぼうっと眼前の風景を眺めていた。風が吹いて水面が揺れると、人造湖に映る夕日が乱反射して、僕の目に痛かった。

 帰宅してから自室の椅子にもたれて思案していると、ニョホホ、という気色悪い笑い声が聞こえてきた。
「チューナー、お前も隅に置けない奴だニャ」
 毎度ながらどこから入ってきたのか分からないが、ピンク色の猫――自称音楽の精霊・ホニャが僕の足元から机にひらりと飛び上がった。
「どこから見てたの」
 ホニャはケラケラ笑いながら答えた。
「一部始終ニャ。女の子の方から告白させて、返事は待ってほしいだなんて、チューナーは相変わらず女々しいニャ~」
「ほっといてくれよ」
「でも実際、どうして返事を保留したのニャ? 単にあの場で動転しただけなら、今もこんなに悩んでいるのは妙だニャ。チューナーとしても翼と付き合うのは吝かではないと思うんだがニャ?」
「少し思うところがあってさ」
「何ニャ」
「秘密」
「……ふむ」
「何だよ」
「……ニャー!」
 ホニャが顔面に飛び掛かってきて、俺の顔をひっかく。引きはがそうと試みたが、ホニャはがっちりしがみついて離れようとしない。
「ちょっ、まっ、痛いって!」
「思わせぶりな言い方する方が悪いニャ! 洗いざらい白状するニャ! 白状すると言うまで逃がさないニャ!」
「分かったよ、ホニャにはちゃんと言うから勘弁してよ」
「それでいいのニャ」
 ホニャは僕の顔から降りて、今度はベッドの上に飛び乗った。
「さあ、わが英雄よ。遠慮なく話してみたまえ」
「いや、もし翼とばかり仲良くなって、他の器楽部メンバーとの付き合いが疎かになったら、《調律師》としての役目を果たせないんじゃないかと思って」
「お、お前、なかなか真面目な奴だニャ……」
 僕の答えにホニャは少し面食らったようだった。
「器楽部を取り戻すために戦ってるんだ。みんなのことが気になるのは当たり前だよ。でも、もし誰かと恋仲になるとしたら、他の女の子のために頑張り過ぎると、相手に要らぬ不安を与えちゃうでしょ? そういうしがらみのために、みんなを助けたい気持ちが鈍ったらと思うと不安なんだよね」
「ふーむ。だが、特別に強い絆で結ばれた魔法少女は、戦いでも驚くべき力を発揮するニャ。ノイズとの戦いは日に日に激しさを増している。いっそ一人強力な魔法少女を確保するというのも、一つの選択肢だと思うのニャ」
「なるほど……」
「ま、そういう調律上のメリットより、私はチューナーがどう思うかが一番大事だと思うがニャ。みんなのことは一度忘れて、チューナーが翼のことをどう思っているかを見つめ直すべきじゃないかニャ」
「……そういうものかな」
「何か問題が起きたら、私を含め周囲の仲間がカバーしてやればいいだけの話だしニャ。器楽部復活に邁進してくれるのは私も嬉しいが、チューナーまったくの無私である必要はないと思うのニャ。あんまり自分を殺して周りに尽くしすぎると、かえってみんなの息が詰まるだけだからニャ」
「ホニャに言われると、そういう気がしてくるよ」
「ふっふっふ。悩める英雄を導くのが私の仕事ニャ。何でも気軽に相談すればいいのニャ」
「ま、どうせ"チューナーと翼がくっついた方が色々と面白そうなのニャ"、とか考えてるんだろうけど」
「ギクッ」
「ははは、なんてね。ありがとう、ホニャのおかげで少し気が楽になったよ」
「お、おう……まあ私はこれで失礼するニャ。一晩じっくり考えてみるといいのニャ」
 そう言って、ホニャは音もなく姿を消した。音楽の精霊というより、神出鬼没の化け猫だ。僕は苦笑しながら、さっきまでホニャのいたベッドに寝転んで、天井を見上げながら思索にふけるのだった。

…………
………………
……………………

 prrr...
 「もしもし、チューナー!? 起きてる?」
 ――うん。翼もまだ起きてたんだね。メール、見てくれた?
 「見たよ! えっと、その……」
 ――僕からもちゃんと気持ちを言うね。僕も翼が好きだ。僕と、付き合ってください。
 「……うん! 喜んで!」
 ――良かった~。実は、さっきから心臓がバクバクして仕方ないんだ。
 「私もだよ! 夕方に、チューナーと別れてからずっと……っ……」
 ――も、もしかして泣いてる?
 「いや、ちょっと、安心したら涙が出てきちゃって……チューナーに嫌われちゃったらと思うと息が苦しくなって、本当に怖かったから……」
 ――不安にさせちゃってゴメン。
 「ううん、チューナーも気持ちの整理が必要だったのは分かってる。それに、こうやって……その、両想いに、なれたんだもん。私、今とっても幸せだよ」
 ――僕も同じ気持ちだよ。……うーん、一刻も早く伝えたくてメールしたけど、何だか会いたくなってきちゃったなあ。
 「えへへ、それ私も。できればこのままずっと電話して、朝会うまでチューナーと繋がっていたい気分」
 ――それ、電話代は大丈夫なの?
 「うっ……」
 ――あはは、でも本当に早く会いたいね。明日は一緒に学校行こうか。僕から迎えに行くよ。
 「あっ、待って。えっと……チューナーが私のお家にきちゃうと、その、人の目もあるし……」
 ――それもそっか。付き合ってる事は周りには秘密にしておくの?
 「ええっ? うーん、みんなに知られるのはまだ恥ずかしいっていうか……」
 ――翼がそう言うなら、しばらくは秘密にしてよっか。二人だけの秘密ってことで。
 「二人だけの秘密、か……なんだかワクワクするね!」
 ――そんな大げさなものでもないけどね。……っと、そろそろ切り上げよう。名残惜しいけど、夜更かしは身体に毒だしね。
 「えー……」
 ――不満?
 「せっかくチューナーと恋人になれたのに、このまま切っちゃうのは勿体ない感じ……ね、もう少しだけ、あと10分だけでいいから!」
 ――ははは、仕方ないなあ。10分だけだよ?
 
 ………………
 …………
 ……

 あれから結局、終える時間になるたびにあと5分、あと10分とせがまれて延々と電話をし続けて、本当に電話で繋がったまま夜を明かしてしまった。
――わーっ、大変!!
 苦笑しつつ大丈夫?と尋ねると、翼は多分、と答えながら、
――急いで朝の支度して迎えに行くから! 待っててね!
 と言い残して電話を切ってしまった。
「……ふわぁ」
 翼と話すのは楽しいけれど、正直徹夜で疲れた。眠い。誘惑に負けてベッドに横たわると、あっという間に僕の意識は微睡みの底に落ちていってしまった……。
 
「チューナー、起きて! チューナー!」
「……ん?」
 目を開くと、翼が僕の顔を覗きこんでいる、ような気がした。
「おはよう! 早く起きないと遅刻しちゃうよ?」
 寝ぼけ眼をこすってもう一度見ると、そこにはやはり制服姿の翼が――ええっ!?
「うわあああ!?」
「あっ、ビックリしちゃった?」
「翼、どうやってここに?」
「ええっと……本当は家の前で待ってるつもりだったんだけど、ホニャちゃんが中に入れって案内してくれたから……」
 まったく、あのイタズラ猫は――僕はため息をつきながら、ベッドから身を起こした。
「そういえば親御さんはいないんだね。ホニャちゃんに言われるまま来ちゃったけど、いたら大変だったよ」
「ウチの親はほとんど仕事で家にいないからね。仕事場泊りなんてザラだし、帰って来たとしても僕が寝てる間に帰ってきて、また出て行く感じ。最後に顔合わせたの、いつだっけかなあ」
「チューナー……」
「ははっ、なんてね。それより翼、部屋の外で待っててもらってもいい?」
「え?」
「これから着替えるから」
 翼は顔を紅くして慌てだした。
「ああっ、気付かなくてゴメン! じゃあ私は下でご飯用意してるから! お台所借りるね!」
「え、別にそこまでしなくても……って、行ってしまった」
 仕方なく着替えを済ませると、あの憎たらしい声が聞こえてきた。
「私からのサプライズは気に入ってくれたかニャ? チューナー」
 ホニャが悪戯っぽい笑みを浮かべて、ベッドの下から現れた。
「お前さあ……少しは僕のプライバシーってものをだなあ……」
「まあまあ。おかげで交際初日から恋人の手料理を食べられるんニャから、それで収めてほしいのニャ。それに早く行かないと遅刻するニャ。下で恋人も待ってるニャ? ほら、早く、早く♪」
「分かってるよ! もー……」
 しぶしぶ部屋を後にすると、翼がダイニングですっかり朝食の準備を済ませていた。
「あ、やっと来た! 簡単だけどご飯作っておいたから、早く食べて? 準備ができたら一緒に登校しようね」
 食卓に並ぶサラダに目玉焼き……たとえ簡単でも普段なら口にすることのない、人の手のかかった料理に少し胸が熱くなる。俺が座ると、翼は二人分の紅茶を持ってきて、俺の向かいに座った。
「はい、お茶」
「ありがとう。……よし、いただきます」
「召し上がれー。さて、私も一休み……ズズズッ……ふぅー」
 翼は俺の向かいで紅茶をすすって寛いでいた。こうして誰かと向かい合って朝食を摂るのは久しぶりだったし、その相手がまさか愛しの人だなんて初めての体験だった。
「ん……美味い」
「あはは、お世辞でも嬉しいな。ありがと」
「美味いし、なんていうか……すごい幸せ」
「っ!?」
 すると翼は途端にむせ始めた。
「大丈夫!?」
「もー、チューナーってば急に変なこと言わないでよー。ドキッとしちゃうでしょー」
「ごめんごめん。でも本当にそう思ったからさ」
「そっか……えへへ、私も幸せだよ」
 翼がほほ笑むと、つられて僕も微笑んでしまう。普段は意識しないような自分の欠けた部分が、すっぽりと埋まる感覚。一度その充足感を味わってしまったら、もう手放せない。胸に上ってくるこの温かさにいつまでも浸っていたい。これが恋ということなのだろうか。
 そうして交際初日の朝は、僕の人生で一番幸せな朝になったのだった。
 
 そんな二人の様子を、隅からげんなりした様子で観察していた猫が一匹。
「むう、けしかけたのは私だがニャ……このバカップル……予想以上に甘ったるすぎるのニャ……」
 ちゃっかりチューナーの後を追ってきたホニャは、身体を丸めて気配を押し殺していた。チューナーも翼もホニャに気付く様子はない。
「ごちそうさまでした」
「おそまつさま。時間勿体ないし、お皿片付けておくから歯を磨いておいでよ」
「ありがとう、そうする」
 チューナーがダイニングを後にすると、翼はてきぱきと済んだ皿を片し始めた。それがひと段落すると、翼はがらんとしたリビングダイニングを眺めながら、やるせなさそうにため息をついた。
 その時――、
 
 キィィィ――――
 
 ホニャの耳は、胡弓の涼やかな音を捉えた。
(今のは、心の音……?)
 ホニャは目を細めて、キッチンに佇む翼を観察する。
(悩み、ではない。何かに想いを馳せているように見える。羨望? ……いや、憧憬というべきか)
 何にせよチューナーに伝えねばなるまい、そう思って洗面所に向かおうとしたホニャだったが、折悪くチューナーが戻ってきてしまった。
「お待たせ。僕は準備できたけど、翼はもう行ける?」
「うん! ちょっとのんびりし過ぎたし、急がないとね!」
(むう、さすがに今の二人の雰囲気に水を差すわけにはいかニャいし、完全にタイミングを逃してしまったニャ……ま、後で伝えればいいかニャ)

 付き合っていることは秘密にしておくと言う話だったが、学校でも翼は無警戒なほどに僕の近くに居続けた。
 授業中もしょっちゅう僕の方ばかり見て先生に注意されていたし、休み時間の度に僕の席にやって来て喋り通すし、昼休みは翼が多めに作ってきた弁当を分けてもらったし――と、案の定、移動教室でたまたま席が隣だった智美が、午後の授業中に声をかけてきた。
「翼のやつ、今日は一段と機嫌がいいな」
「そう見える?」
 小声で訊ね返すと、智美は頷いた。
「ああ、明るさ二倍増しって感じだ。あれはよほどのことがあったと見える。さっきトイレで会った時に訊いてみたんだけど、秘密だって言われてさ……。チューナーなら何か知ってるんじゃないか?」
「どうしてそう思うの?」
「翼とチューナーが仲良いのは、みんな知ってることだろ」
 なるほど、少しくらい僕と翼がいつも以上に仲良くしていても、周りの目には普通の光景に見えるようだ。一人合点していたところに、智美が詰め寄ってくる。
「なあ、翼に何があったんだ?」
「さあ? 昨日見たテレビ番組が面白かったとか、今朝の占いが良かったとか、そういう理由じゃないの?」
 だが智美は激しくかぶりを振る。
「ないね。そういう理由なら自分から話題にするハズだろ? あんなに嬉しそうにしてるのに、それを誰とも共有しようとしないのは翼らしくない……やっぱり何か、それも重大な何かがあるはず……」
 す、鋭い。もしかしてこれが女の勘というやつか? もしかすると、器楽部の時間になったら、翼とのこともあっさり見抜かれてしまうかもしれないな……。そう思いながら翼の方を見やると、翼がじっとこちらの方を見ていることに気が付いた。まばたきすらせず、じっと――その時、翼の口が動いた。
――なにしてるの?
 小首をかしげる翼。口には微笑みをたたえているが……目は笑っていなかった。僕が智美に付き合っていることを漏らさないか心配なのだろう。僕が大丈夫だよ、と小さく口で答えると、翼は唇をとがらせてそっぽを向いてしまった。と、その時。
 
 キィィィ――――
 
 これは――胡弓の音? 周りを見ても、楽器を弾くような者は誰もいない。とすると、これは翼の心の音? もしそうなら一刻も早く調律をするべきだが――。
「どうしたんだ、チューナー。そんなにキョロキョロして」
「え? いや、何でもないけど……」
「チューナーがボケッとしてるのはいつものことだけど、今日は一段と心ここにあらず、って感じだな。チューナー、やっぱり何か隠してるんじゃないのか?」
「だから何もないって……」
 それでも智美は引こうとしない。僕の肩に手を回してせがんでくる。
「そう水臭いこと言うなって。私とチューナーの仲だろー?」
 と、その時、翼がこちらの方を見た。その瞬間
 
キィィィィィィイイイ――――!
 
 一段と大きな音が響く。これはまずい――嫌な予感がした僕は、とっさに懐のノートゥングに手を伸ばして、調律を開始した。

 翼の精神世界に辿り着くと、そこは翼から告白を受けた、あの人工池のほとりだった。僕から探すまでもなく、目の前で翼の自我がベンチに座っていた。
「隣、いいかな?」
「あ、チューナー……」
 翼の横に腰かけると、翼は小さく俯いた。
「チューナー。智美ちゃんと何話してたの?」
「翼があんまり幸せそうだから、理由がどうしても気になるんだってさ」
「ああ、やっぱり……そうだよね……」
 翼は胸を軽く押さえるような仕草をした。
「あの、肩に手を回されたのは、智美が強引にやってきただけであって……その、浮気とかでは……」
「それくらい分かってるよ。チューナーのことは信じてるから。ただ、チューナーが智美ちゃんと話してるのを見た時、すごく胸が苦しくなって……」
「翼……」
「チューナーといるとね、胸がほっこりしてて幸せなんだけど、それが無くなった途端にポッカリ穴が開いちゃうの。そこから冷たい風が吹き込んできて、寒くて、心細くて、心が震えるの。そんな時にチューナーが他の子といるのを見ちゃうと、羨ましいというか、悔しいというか……何だか惨めな気持ちになって、何もかもが嫌になってきちゃって……」
 翼が僕にもたれかかって、僕の服をギュッと掴む。
「幸せなのに……怖いの……助けてよ、チューナー……」
 僕は翼の手を離させて、翼の両手を僕の両手で包み込んだ。
「そのためにここに来たんだ。さっき翼の心の音を聞いた。翼の中でノイズが悪さをしているんだ。一緒にノイズを倒しに行こう。翼の力も借りるよ」
 僕は立ち上がってノートゥングをかざし、魔法少女の姿をした翼を召喚した。翼の自我はその光景に笑みをこぼした。
「ふふっ、もう一人の私が目の前にいるって、何度見ても慣れないなあ」
「こっちの翼も翼の一部だよ。さ、行こう」

 対応が早かったおかげか、ノイズはまだ数が少なく掃除には手間取らなかった。
 けどその一方で、翼は精神世界で僕に不安を打ち明けてしまったためか、それまで以上に僕に甘えだした。
「チューナー、一緒に部活行こうよ」
「チューナー? 今、他の子に目移りしてなかった?」
「チューナー、この辺りなら人目もないし、ちょっと手繋がない?」
 部室に着いてからは、お互い何事もなかったかのように振る舞っていたつもりだ。しかし、翼に落ち着きがないのはその演奏からも分かった。
 とはいえ、器楽部の魅力的な音が間近で聴けるこの部室は、相変わらず僕にとってはコンサートの特等席だ。部室の片隅で彼女たちの演奏に聞き惚れていると、足元を何かにツンツンとつつかれた。
「チューナー、ちょっといいかニャ」
 ホニャだ。どうやら話したいことがあるそうなので、僕とホニャは隣の準備室に移った。
「先ほどノートゥングを使っていたようだが、もしかして翼の調律をしていたのかニャ?」
「そうだけど、どうして?」
「朝に翼の心の音を聞いたからニャ」
「なんでそれを早く言わないの!」
「いや、二人があまりにもラブラブで、ちょっと割り込みにくかったのニャ……」
「別にそこまで気を遣わなくてもいいよ……」
「それより、心の音の原因は分かったのかニャ」
「えっとね――」
 先の調律の経緯を説明すると、ホニャは首を傾げた。
「ニャ? 私の予想とは違ったようだニャ」
「でもノイズは一通り駆除できたよ」
「うむ、それなら心配あるまい」
 と、その時。
 
キィィィ――――
 
「ホニャ、この音は――」
「……どうやら調律はまだ完遂されてないようだニャ」
「――チューナー、ホニャちゃん。こんなところで何してるの?」
「ニャ?」
 振り向くと、入り口で翼が不安げにこちらを見つめていた。
「チューナーが突然出て行っちゃったから、心配になって……何かあった?」
「なに、ユグドラシルの近況について報告していただけニャ。大したことではない」
「もう話は終わった?」
「うむ、邪魔して悪かったニャ」
「良かった~。チューナー、胡弓の調整をお願いしてもいいかな?」
「ああ、分かった」
 ホニャをチラリと見やると、ホニャは黙って頷いた。もっと翼を観察して手がかりを探せということなのだろう。僕は器楽部員のみんながいる音楽室に戻った。

 あれから念のため、部活中にもう一度翼の精神世界でノイズを駆除しておいた。だが、部活を終えて一緒に帰る途中にも三回ほど心の音が聞こえて、そのたびに調律に向かうことになった。
 再発するたびにいちいち掃除するのは手間だな――そう思っていたが、翼が心の音を発するタイミングはすぐに分かった。
 僕が他の器楽部員に別れの挨拶を返している時、ぼんやりと町の風景を眺めている時、そして帰り道がそれぞれの家の方角に別れる時――僕の意識が翼から逸れたり、僕と一緒に居られなくなる時に心の音が発されるようだ。
 その様子を傍らから観察していたようで、帰宅するとホニャが渋い顔で話しかけてきた。
「これは参ったニャ」
「多分こうして離れ離れでいる今も、翼の心にノイズが生まれてるんだと思う。でも、年がら年じゅう翼に構ってるわけにもいかないし……」
「チューナーの懸念が的中する形になってしまったニャ。私も軽率なことを言いすぎたかもしれんニャ」
「ま、付き合うって決めたのは僕自身だから、僕が責任取って何とかするしかないさ」
「うむ……」
 その時、携帯電話が鳴り出した。発信元は"有栖川翼"。
「どうするニャ」
「どうするも何も、出るしかないさ。ま、今は付き合いたてで翼もナイーヴになってるだけで、時間が経てば落ち着くんじゃないかな。うん、落ち着いて欲しい」
「そうだといいんだがニャ……」
 僕はペシペシと頬を叩いて気合を入れてから、電話に応答するのだった。
「もしもし――?」

 それから、僕は翼から離れることのできない日々を送ることになった。
 学校に居る時は常に翼の視線を気にして振る舞わなければいけないし、万が一ヘマをすれば、すぐにノイズを片付けに向かう。帰宅してからも、翼は「まだ話し足りない」と電話をかけてくるので、それに付き合わねばならない。電話したまま夜を明かすことなんてザラだし、ようやく解放されたと思えば、すぐに家まで翼が迎えに来る。電話の最中に「今チューナーの家に向かってるのー」と言われたことすらあった。
 休日には当然デート。初めて恋人として翼と遊びに行った時はドキドキしたけれど、その高揚もやがては倦怠感に変わっていった。
 普通のカップルなら、流石にそれはしんどいとハッキリ伝えるべきなのかもしれない。僕が辛いと言えば、翼も我慢してくれるとは思う。だが、翼にはノイズという"呪い"が付きまとっている。翼に我慢をさせて彼女の心がノイズに侵されるのも、僕の本意ではないのだ。また翼が音楽から離れるようなことはあって欲しくない。
 しかしそうは言っても、こんな生活が一週間も続いたころには、僕の気力はすっかり滅入っていた。翼の前でくたびれた表情は見せられないが、そこで気を張っている分、たまに翼から逃れられる時間があると、とてつもない解放感に襲われる。最近では、翼の目の届かない男子トイレの個室に籠ってくつろぐのが、クセになってしまった。
 僕は我慢をし過ぎたのだろう。だから、あの時、少し羽目を外し過ぎた。それが事態を更なる混乱へと導くのだった――。

 ある日、僕を迎えに来た翼が開口一番にこう言った。
「ゴメン、チューナー! 今日は一緒に帰れないんだー」
 話を聞くと、家の人と一緒に出掛ける用事があるらしい。下の子たちの面倒もあるから、電話もかけられないとのことだ。
「それなら仕方ないね。いってらっしゃい」
「うーん、でもチューナーといられないのは辛いよ~」
「明日も会えるんだから、少しくらいガマンガマン」
「うー……」
 そう言いつつ、僕は内心で快哉を叫んでいた。これが残酷な喜びであることは自分でも分かっていたけれど、抑えきれないのだから仕方ない。それくらい、僕の心は鬱屈としていた。
 そうして待ちわびた放課後。翼に別れを告げて、僕は器楽部室に向かった。途中、菜々美が声をかけてきた。
「あれ、チューナー君。今日は翼ちゃんと一緒じゃないんですね」
「うん。お家の用事があるから早帰りしたよ」
「なるほど……そういえば最近、翼ちゃんとチューナー君はベッタリですよね!」
「そう見える?」
「見えますよ! 器楽部のみんなの間で噂になってるんですよ? 翼ちゃんがチューナー君に猛アタックを仕掛けて、告白まで秒読みとか!」
「ははは……僕としては普段と変わらないつもりなんだけどね。多分気のせいじゃないかなあ」
「やっぱりチューナー君は乙女心が分かっていません! 私には分かります。翼ちゃんはチューナー君に恋をしているんです!」
 これも女の勘か……と思ったが、ひかり先輩との一件でもこんな感じだったし、菜々美が勝手に乙女モードを全開にしてるだけなんだろうな――
「……」
 と、そこで何やら菜々美がそわそわしているのに気付いた。翼のいないこのタイミングで声をかけてきたということは――
「そうだ、部活終わったらどこか遊びに行かない?」
「はっ!? 私も誘おうと思っていました! 奇遇ですね!」
 だろうな。乙女心は分からないが、菜々美の行動なら読める。分かりやすいし――微笑ましい気持ちで菜々美を眺めていると、彼女はポケットから二枚の紙切れを取り出した。
「見てください! コンサートのチケット! 先生から二人分貰ったんです!」
「もしかして今夜の?」
「はい! 急なお誘いですけど、予定は大丈夫そうですよね!」
「うん。でも、紗彩は誘わないの?」
「え、えっと、紗彩ちゃんは、都合がつかなくなったみたいなので……チューナー君は私とじゃ嫌ですか?」
「いやいや、そんなことないよ! 誘ってもらえてすごく嬉しい!」
「えへへ、良かったです。それじゃあ、部活が終わったら出かけましょう!」
 せっかくの自由な時間だ。最近は翼以外の部員との交流がご無沙汰になっていた気がするし、菜々美と遊びにいくのも悪くない――これは《調律師》として必要なことだ。そんな言い訳で、僕は胸の底に蠢く後ろめたさに蓋をしたのだった。

(続く)

【ららマジSS】温もりは麻薬【前編】

【ららマジSS】温もりは麻薬【前編】

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2017-02-24

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work