*星空文庫

水玉ショートフィルム

N村Kタロウ 作

2011年夏に奈良のよつばカフェで開催された「弟8回カルピスまつり」のために発行された小冊子、「カルピス手帖八号」に載せていただいた掌編です。

 夏の朝の日ざしがまぶしい。カーテンがゆらゆらする。赤茶色の天井。水路の音。
 学生のころ住んでた部屋だ。湿気がひどく、前の住人の煙草の匂いがした、あの六畳。
 ちゃぶ台の上の時計を取ろうとして、畳に寝ころんだまま腕をのばした。
 冷たいものが手に触れ、ことんと倒れる。グラスだ。からからと氷が滑る音。
 白いしずくが垂れてくる。
 ぽつ、とつ、ぽつ。畳に落ちる。あおむけの顔のそばに。甘酸っぱい雨もりのように。
 本当にあったことなのかな。分からない。短い、短い場面の記憶だ。頭の片隅に残ったフィルムの切れはし。

 住みごごちの悪い部屋だった。
 下の階なのに梅雨どきには雨もりがした。下水は流れが悪く、鉄のドアはどんなに丁寧に閉じてもものすごい音を立てた。
 ばたーむ! ぼかーんぐ! どわーんぐ!
 人によって音がちがうものだから、4年も住むと誰が閉めたか耳で分かるようになった。坂野、ケンイチ氏、益田部長、フルケンさん、マコさま、姉貴、後藤さん、理佳……。

 とつ、ぽつ、ぽつ、とつ。
 朝のひかりはカーテンでゆらめく。
 何も手にしないまま腕を下ろし、背を丸め眼を閉じる。まあいいか。もういいや……。
 ふと、ひとりだと思っていた室内で、さらさらと布のすれあう音を聞いて目を開いた。
 二本の白い脚が、逆光の中で交差した。
 小さなはだしの足が静かに畳をふむ。みぎ、ひだり。白地に青い水玉のスカートが、カーテンといっしょにほわりと広がった。
「じゃあわたし、帰るね」
 そう言って白いものはひらりと視界から消えた。そしてノブをまわす音がした。
 記憶はそこまで。あとは思い出せない。ドアはどんな音で閉じたんだろう?

『水玉ショートフィルム』

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『水玉ショートフィルム』 N村Kタロウ 作

夏の朝の日ざしがまぶしい。カーテンがゆらゆらする。赤茶色の天井。水路の音。

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2016-12-22
Copyrighted

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