今の生きる目標

 目標を持って、夢を持って、人生を歩むことが大切だ、と演説する人の顔は輝いていて眩しい。勝者のオーラがある。
私も同じような高邁な人生訓を語ってみたいものだが、私の育ち盛りは戦後の食糧難の時代で、「夢」を見つけて胸を膨らませる事よりも、「パン」を探して腹を膨らませる事の方が先だった。食べる事のできる物は何でも食べた。そのせいか今では妻の失敗した料理でも何でも美味しく食べることが出来る。学生時代は、卒業したら戦後の貧困から抜け出して人並みの暮らしをしたいと思った。就職してどうにか生活は安定したが、気持を高揚させるような特別な夢はなく、混沌とした気持で毎日を過ごして来た。
自分でじぶんなりの計画をたて活気ある人生を予感できたのは、47才の時に公務員をやめて自分で仕事を起こそうと決心したときだ。安定しているとはいっても、上司に睨まれながらコンクリートの道路を歩くのに嫌気がさした。小川の流れる野道をつまずきながらも自由に跳びまわるほうが性に合っている。始めた仕事は忙しいほど楽しくやりがいがあった。これで充実した人生が送れそうだ、80歳まではこれで行こう。これからは健康が大事だ、酒は控えめにしてタバコはやめよう。
 あにはからんや、80歳まで10年も有るというのに神経難病にかかってしまった。折角やる気を出していたのに途中で挫折した。今後はどうやって生きていこうか、と暗澹たる思いだ。
いま在宅療養中の身である。ある日、マッサージ師の先生に可能性が無いのを承知で、冗談に言ってみた。「今は禁煙中だが80歳になったら吸おうと楽しみにしています。それまで筋肉もちますか?」。そしたら彼はうまく答えた。「指が2本動けばいいのですね。やってみます。大丈夫です、心配しないで下さい」。
私はそれを聞いてニヤリとした。これで生きる目標ができた。「80歳になったらとびきり上等なウィスキーをのどに流し込み、タバコを胸深く吸い込みたい」という夢と目標を持って病気と闘っていこう。
 きょうの演者にそんな夢でもいいですかと質問してみたい。「いいですね、頑張ってください」と励まされたら拍手しよう。「体に悪いですね、他に夢はないのですか」と言われたら、「ご立派なお話でした」と黙って席を立とう。         2016/08/04

今の生きる目標