*星空文庫

2番線

遠藤健人 作

 厚木駅に着くと、二番線のホームは通学中の学生でごったがえしていた。ちょうどすべりこんできた電車は見送り、次を待つことにした。すると、「ヒロシさんだ」「ヒロシさん…」と周りの学生が僕のことをうわさする声が聞こえてきた。みな「サンタさん」ではなく「お留守番」の言い方で「ヒロシさん」と呼んでいる。
 どうして僕のことを知っているのだろうといぶかしく思い、僕は目の前で薄笑いを浮かべてこちらをちらちらと見ている男子学生に聞いてみることにした。
 「僕は気持ち悪いですか」
 「え、いやぁ…」
 学生はにやにやしながら口ごもった。彼の顔にはびっしりと茶色い毛が生えていて、狐や熊のようであるが、かろうじて人間のようでもある。
 「いや、自分が気持ち悪い部類の人間だということはわかっているんです。ただ、その中でも特別気持ち悪いのかどうかをお聞きしたい」
 そのとき、いつの間にかホームに着いていた電車のドアが開き、僕は後ろの学生たちによって車内に押し込まれた。押されながら足元を見ると、車体とホームとのわずかな隙間に人影が見えた。どうやら電車の下部にしがみついているらしい。こういうのもキセルというのだろうか、と考えているうちに、毛むくじゃらの学生とははぐれてしまった。
 車内は意外に空いていた。学生の代わりに、目の前には亀井君がいた。僕たちは一瞬目を合わせただけで、挨拶らしい挨拶は交わさなかった。
 亀井君は小学校の時の同級生で、卒業以来ずっと会っていなかった。あの頃は、何か少し動物のような匂いを発していた。彼は特にペットなどは飼っていなかったと思うが。
 そこでふと気付いたのだが、僕は気持ち悪がられているのではなく、臭いために周りから冷ややかな目で見られているのではないか。この電車も、僕の周りに誰も近寄ろうとしないから空いているように感じられるのだろう。
 「今日はどちらまで行かれるのですか」不必要に敬語で話しかけてしまう。さっきの学生との会話のせいで、僕の口には敬語が貼りついて剥がれない。
 「どちらって、仕事だよ。じゃあ、ここで降りるから」と答え、亀井君はそそくさと電車を降りて行ってしまった。
 亀井君は以前のような匂いは発していなかったし、あの動物みたいな学生でさえ…。あの学生はもう電車を降りただろうか。いや、きっとまだ人混みの向こうからこちらを眺めてにやにや笑っているに違いない。
 今度からは車体の下にしがみつくようにして電車に「乗る」ことにしよう。他人から臭いと思われることだけはどうしても耐えられない。臭いと思われるのはとても悲しい。

『2番線』

『2番線』 遠藤健人 作

毛むくじゃらの学生と、駅で出会う。1,097字。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2016-08-16
CC BY

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