芸術品に変わった時

「ここ壊れたから、直してください」、妻から注文が来た。「ヨシキタ」と得意顔で道具箱を取りに行った。私は一時日曜大工にはまっていた。私はのめりこみやすい性格だ。作る物も決まらないうちに、小屋を増築し、電動工具を買い集めた。
妻は勿体無いと見ていたようだ。「いったい何を作るのですか、工具の収集家になったのですか」とからかった。
芸術作品を作ると広言して始めたのだが、大口たたくべきでなかった。私には想像力もセンスも技量もないから、このあと、先に進まなかった。
妻からの注文が増えてきたのは当然だ。さすがに、棚板、木箱は作れたし、電動工具を使うのは楽しかった。見本のある家庭用品なら作れそうだ。「買えば安いのに」と言われたら立つ瀬が無いから、「出来上がるまで、ナイショ、ナイショ」とはぐらかしながら、ある物を作ることにした。
 縦50センチ、横30センチ、厚さ3センチの長方形の板を、縁を残して中を削っていった。つまり、出前のどんぶりが二つ載せられるお盆を作ろうとしたのだ。薄く、軽く、形も整い、自分としては満足していた。しかし、念を入れようとして、仕上げの段階で失敗した。電動工具だから一瞬だった。手が滑った。全面たいらにするはずの底面の一部を不覚にも更に掘り下げてしまったのだ。私はひとりで「悲し紛れ」に笑ってしまったが、この時「運命の女神」か「偶然の女神」も一緒に微笑んだようだ。ここで失敗作品を破棄しないで良かった。折角ここまで来たのだからと、色彩をつけ、やり終えた。
丁度そこへ妻が来て、私の作った物を手に取り、凹んだところを触りながら「これなーに、ソラマメと亀さんかしら、なかなか面白いわね」と言った。
私は真相を語ったが、妻はこのお盆を気に入って、来客の時も使っている。客のなかには「芸術的だね」とお世辞をいう人もいた。私は笑いを堪えるのが大変だ。失敗作品が実は芸術作品だったとは。家宝として残るかも知れない。ワッハッハ
2016/06/15

芸術品に変わった時