魚に馬鹿にされた話

 私にとってこの時ほど「油断大敵」という言葉が身にしみたことはない。ある日、私が家で日曜大工をしていると息子がやってきて、「お父さん、家にばかり居ると運動不足になるから釣りに行こう。リールの使い方は僕が教えるから」と誘った。私は「釣れなければ、じっとしているだけで運動にならないよ」と渋った。このような会話を繰り返して何日かたった頃、「兎に角いっぺん行ってみよう、面白いから」の説得に根負けして出かけることになった。息子は木工を中断した私に「魚釣りの方が好きになるかもしれないよ」と気を使った。
 さて準備だ、息子はあまり乗り気でない私のそばで、「お父さんの分も用意してあげるよ。しっかりした準備が大事だ」と親切に言ってくれた。しかし私はそれを「いいよ、兄貴から貰った渓流釣りの竿があるから」と断った。息子はあきれて「海の魚は川の魚とは違うよ、そんな細くて古い竹竿なんて駄目だよ、僕の言うこときかないなら、好きにすればいいさ」と言った。
 車を降りて1Kmほど歩き、磯釣りに適した防波堤に陣取った。息子は準備に時間がかかっているが、私の竿は旧式で簡単だから、餌をつけてすぐ糸を垂らせば済む。これで充分だと高をくくっていた。
早くも3分ほどして竿が「つ」の字に曲がり、腕にグンと力がかかった。来たッ、思い切り竿を上に引き上げた、と同時にボキッと折れてしまった。逃がした魚は大きいという諺を言っているのではない。50cm位の黒鯛だったと、息子も認めている。
竿さばき以前の問題があった。「ちゃんとした竿だったら、ビギナーズラックだったね、僕の言うこときいていればよかったのに」と言われた。魚にも「そんな竿で俺様を釣れるものなら釣ってみろ」と馬鹿にされたようだ。50cmの黒鯛なら当分の間自慢話ができたのに惜しいことをした。その後、腕にかかった感触が忘れられず「釣りキチ三平」になってしまった。
                   2016年6月19日

魚に馬鹿にされた話