最後の旅

犬棒あたる 作

これまで何回か旅行をした。いつも妻と一緒だった。
彼女は歴史、遺跡、人々の暮らし、食べ物に興味を持ったが、私は楊貴妃、クレオパトラ、地元のサケを思い描いた。二人でちぐはぐな話をしながら結構楽しかった。私は妻のお陰で教養を補うことができた。
 私は一人では何もできない。出来のいい妻と結婚したせいだと思っている。私の出来るのはおだてることだけだ。
旅行の際は、旅券の準備から始まって、トランク詰め、履物を決めるまでしてもらわねばならない。旅先でも同じ事で、身の回りの世話をしてもらう。妻も諦めているから、慣れた手つきで素早くしてくれる。なにしろ、私がグズグズすると、帰りの飛行機に遅れてしまうから。
 家に帰って、記念写真の整理が終わると一段落だ。このころになると、妻の口癖を聞くことになる。「あなたの世話でつかれたワ、こんどはわたしがしてもらいたいワ」と。私は心の中で抵抗する。「あれだけ美術館、博物館を歩けば疲れるだろう。俺のせいばかりでない。こっちだって疲れたヨ」と。なに心配することない。旅好きの妻だからすぐに誘いがかかり、私も連れて行ってもらえるだろう。これまでだって、何不自由なく、ベナレスにも行けたし、オーロラも見て来た。
そうだ、連れて行ってもらいたい所がある。ガリラヤ湖だ。そのほとりで妻に祈ってもらおう。一生懸命祈ってくれるだろう。聖人が現れて私の病気を治してくれるかもしれない。
今はまだ行きたくない旅もある。最後にしよう。妻が一緒に行けない所だからだ。彼女が色々やってくれなければ、閻魔大王の前を無事に通り抜ける自信がない。「自分の事は自分でちゃんと準備して下さい」と言われても、我が儘ばかりしていたので、どうしてよいか分からない。ホントに私はコマッタ夫だ。
2016年5月15日
 

 

最後の旅

最後の旅

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2016-06-20

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