『白い家』と「白いカフェ」

 こんにちは、私は『白い家』と申します。
但し、周りの人たちがそう言っているだけで、本当の名は別にあり
ます。それはまた後ほどお伝えすることになるでしょう。
 では、この『白い家』での様々な出来事をお話しいたします・・
・。あっ、その前に簡単ですが、この家のことをお話ししておきま
すね。
 この『白い家』と「白いカフェ」は町の中心からやや北西に離れ
たところにあり、結構広い土地に建っております。経営は、オーナ
ーと呼ばれている人物で少し変わった方ですが『白い家』への思い
入れが非常に強く、様々な拘りをお持ちです。詳しくは物語の中で
ご紹介をして行きます。少し変わった方ですよ。
 また、「白いカフェ」には従業員5名が働いておりますが、その
中の男性従業員1名がこの物語の主人公的な人物となります。人数
は時が流れる中で増減を繰り返すこととなります。ただ、みなさん
それぞれに個性があって誰が主人公でもおかしくありません。他に
犬や猫などの動物も居ますので結構にぎやかです。
 そして、様々な出来事があるのですが、その都度みなさんをご紹
介いたします。お楽しみに。
 『白い家』はその名の通り全体に白を基調色とした素材で造られ
ていますが、真っ白というわけではありません。白系の素材たちの
コラボレーションと言いますか、白を中心とした建築物と空間であ
り、エクステリアやインテリアなども白を多く用いています。無論、
他の色もたくさん使っていますので物語の中でご紹介ができるかと
思います。建物は基本的には数寄屋建築風の「和」となりますが、
様々な要素がコラボレーションしていますので大変面白いかと思い
ます。
 この家を造るのにみんな大変苦労しました。本当にいろんな
ことがありましたね。いろいろね。では、後ほど・・・・・。
 それから、私も物語の中で時々出てきますのでよろしく。うふふ。


          登場人物の紹介

●滝・・・滝 孟。建築を学ぶ学生。彼が主人公で、様々なヒト、
 モノ、コトと出会い、少しずつ成長して行く。
●ニシ店長・・・西脇啓介。年齢は40歳代。この“白い家と白い
 カフェ”の管理人で店長でもある。オーナーとは気が合ってこの家
 を手伝っている。娘1人と元妻がいる。ちょっと神経敏感。
●マキ・・・和田麻紀。滝より3つ年上でファッションが大好きで
 沢山の服を持っている。殆どが手作り。活発な女性。
●ユミ・・・野村由美。カフェの女性では一番年上でモノへの拘り
 が強い。娘1人と暮らしている。男っぽい。
●ショウ・・・黒田庄子。マキの1つ年上でパソコンと料理が上手
 い。ただ、集中しやすい性格で他が見えなくなることもある。
●オーナー・・・藤倉弘。この“白い家と白いカフェ”の持ち主で、
 特殊な能力を持つ人物。様々な拘りがある。少し謎がある。
●ミー・・・野村美羽。ユミの娘でもうすぐ小学生。ちょっと不思
 議な子でしっかりし過ぎている。
●アキ・・・西脇晶子。ニシ店長の娘で、もうすぐ大学生。食への
 拘りが強く食道楽という倶楽部を創ってしまった。
●セイ・・・野村聖司。アーティストでギターリスト。ユミの元夫
でミーの父親。居場所は不明。神出鬼没。
●愛子・・・西脇愛子。ニシ店長の元妻。マルチコーディネーター。
●美咲・・・藤倉美咲。オーナーの元妻。インテリアデザイナー。
●順子・・・山川順子。オーナーの妹。テキスタイルクリエーター。
●京香・・・山川京香。オーナーの姪っ子でマキと同い年。順子の
 娘で歌手。     

出会いと再会

 いつの間にここへ来てしまったのか。そうこの『白い家』と
「白いカフェ」。何も変わっていないので懐かしい。
 ん?前で掃き掃除をしているのは、確か、マキさんでは・・・
 アハ。今でも朝はマキさんが掃除をしている。変わらないなぁ。
 「あっ!滝くん。おはよう。久しぶりだね。どうしたの?」
 「アハ。おはようございます。お久しぶりです、マキさん。なん
となく足がこちらの方に向いてしまって・・・」
 「そっか。まだオープンしてないけど入って。私は掃除中だから。
店長が中に居るよ。」
 「ありがとう。じゃお邪魔します。」

 なだらかな上り坂を行くと格子の引き戸があり、そっと開けると
懐かしい香りがする。そう、厨房からコーヒーの香りがし、全体に
は清々しい香りが漂っている。なにか、我が家に帰って来たような
気がする。

 「いらっしゃ・・・おぉ。滝くんじゃないか。」
 「ニシさん、お久しぶりです。大変ご無沙汰していました。」
 「うんうん。久しぶりだな。姿は一応大人に、いや、社会人にな
ったなぁ。」
 
 この人は、ニシさんこと西脇店長。この『白い家』や「白いカフ
ェ」の管理などを任されています。見た目はカッコいいのだけれど
性格がちょっと・・・オーナーはよくこの人に任せているなって思
っていたけれど、何故なのか後でわかったが・・・。そう、俺は日
曜日だというのに、スーツでネクタイをして来てしまった。何で。
 
 『アラ。滝くん、お休みの日でもスーツですか。でも、よく似合
っていますよ。私も懐かしく思います。お会いしたかったです。も
うこの“白い家”のことは忘れてしまったのかと思っていました。
でも、どうしてここに来たのかしら、何か訳がありそうですね。』

 「まだ、営業はしていないけれどコーヒーでも飲むか?」
 「はい。いただきます。ありがとうございます。」

 と言いながら、つい窓際の1番テーブルに座ってしまった。初め
てここに来た時もこの席だった。小さな庭が眺められてすごく落ち
着く席だ。

 「どうした。滝くん。ここを出てから半年くらいになるが、元気
にやっているのか?何か疲れているような気がするけど。まぁ、ゆ
っくりして行けよ。アハハハ。」

 「はい。ありがとうございます。」

 『滝くん。ここに居たころを思い出しているようね。目が遠くを
見ているような気がします。うふ。』

 やっぱり懐かしいなぁ。いろんなことを思い出す。そう。あれは
2年半ほど前で、もうすぐ春になるころだった。

 「お~い。滝!どこへ行くんだ?」
 「わからん。でも、この辺に“白い家”っていうのがあるらしい
んだよね。カツ、探すのを手伝ってくれよ。」
 「白い家って、何それ?」
 「よくわからん。一度行って見たいし、変わった家で、いろいろ
な物語がある家らしい。そこに居る人たちもちょっと変わっている
らしいね。」
 「おまえ、そういうのが好きだなぁ。何にでも興味あるんだよな。

 「あっ。あった!ここだ。・・・」
 「ん?確かに白い。だけど、別に変ったところはないな。でも、
ちょっと面白い造りになっているなぁ。何か昔の数寄屋風建築であ
り、色のためかわからないけれど洋館っぽくも見えるね。」
 「確かに。じっくり観てみたいな。」

 そう、俺は建築には非常に興味があったのです。今、建築を学ん
でいて、先輩からちょっと変わった家とカフェがあるから、機会が
あったら一度見て来いって言われていた。その先輩もちょっと変わ
っていたけれどね。

 「滝。誰か掃除をしているぞ。」
 「そうだね。まだオープンしてないのかなぁ。」
 「ちょっと聞いてみよう。」
 「おい。カツ!待てよ。掃除中ってことはまだ準備中じゃないの
か。・・・」
 
 あ~あ。行ってしまった。カツは流石行動力があるんだなぁ。と
いうか、考えずに動くタイプってことか。

 「お~い。滝。もうすぐオープンするんだって、入ってもいいっ
てさぁ~。へへへ。」

 いい友を持って良かった。これからも頼りにしています。

 「すみません。お邪魔します。」
 「うふ。いいですよ。どうぞ。」

 おっ。可愛い!・・・ちょっと服装が変かな。でも面白い。何と
いうファッションなのかな。何かインパクトがあるというか、変わ
った感じがするね。

 『このファッションは、序曲でした。この女性は、マキちゃんで
す。後でわかりますが独特の感性を持った人でコロコロと服装が変
わります。すべてが手作りだそうです。詳しくは後ほどに・・・
 あっ。そうそう。初めまして、私“白い家”と申します。以後時
々顔を出しますので宜しく。でも、滝さん、いいところに気付きま
したね。』

 「いらっしゃいませ。どうぞ、お好きな席に。」

 お店の厨房辺りから大きな声が・・・

 「どこでもいいですよ。今日、最初のお客さんですから。」
 
 どの席が良いかわからないけれど窓際の隅っこの席に着いた。す
ると、カツのヤツが窓に顔を付けて何か言っている。

 「お~、綺麗だ。滝、見てみろよ。すごく手入れがされていて美
しい!」
 「お・・・・・。」

 それ以上の言葉は出なかった。カツの言う通りメチャメチャ美し
い。それに何か自然体って感じで落ち着く。見惚れてしまう。偶然
とは言え、いい席に着けた様な気がする。でも、どこからでもいい
眺めのようだね。
 木と緑と苔。そして、芝。苔には所々に小さな草と花が芽生えて
いる。また、大小の石に白い小さな石が敷き詰められて、どこかの
日本庭園のように見えるけれど何かが違う。日本庭園に芝ってあっ
たかな?それにそんなに広くないのに奥行き感がしっかりあって見
惚れてしまう。いいコーディネートというか、アレンジメントされ
ている。まったく違和感がなく、感動すら覚える。

 『滝さん。またいいところに気付きましたね。なかなかセンスも
良いようで洞察力もあるみたい。さぁ~これからどんなところに興
味を沸かせるのでしょうか。』

 「はい。いらっしゃい。」

 と言いながら、この声の大きな店員さんは、コーヒーを置いて行
ってしまった。

 「あの~、まだ何も注文をしていませんが・・・」
 「いいの。まずは朝のコーヒーでも飲みながらゆっくりメニュー
を決めてくれればいいよ。お2人さんは学生さんだね。この庭に興
味を持ったようだしゆっくりして行って。」
 「すみません。ありがとうございます。」
 「ありがとで~す。」

 カツ。軽いヤツだな。こいつもかなりここが気に入ったようで、
キョロキョロしている。

 「俺。ここ気に入ったよ。毎日でも来れそう。といってもお金が
続かないか。アハハハ。滝はどうだ?」
 「うん。俺も同じく。」

 何かわからないけれど、このカフェ、いやこの“白い家”は面白
そう。全部観てみたい。奥の方にも建物や庭もあるようだ。

 『ね。今この小説を読んでいるあなた!この“白い家と白いカフ
ェ”に行ってみたいと思いませんか?うふふ。』

 「すみません。この家をいろいろ見せていただいてもいいです
か?」
 「ああ、いいよ。好きなだけ見てね。」
 「店長。いいんですか?オーナーに了解をもらわないとダメじゃ
ないですか?」

 あっ。さっきの掃除をしていた可愛い人だ。オーナーさんが居る
んだね。そして、声の大きな店員さんは店長さんだったのか。
 失礼しました。

 「マキちゃん。いいんだよ。興味のある人には全部見せてあげる
ように言われているから。学生さん、どうぞ好きなだけ見てくださ
い。」
 「じゃ、遠慮無く見学させていただきます。」

 ん?カツのスマホが鳴った。

 「悪い!滝。彼女からの呼び出しだ。俺、先に帰るわ。滝はゆっ
くりして行きなよ。じゃな。ごちそうさま。へへへ。」
 「えっ。俺が払うのか?」

 って、もう行ってしまった。・・・
やっぱり、あいつは先に行動するタイプだな・・・。
 あっ。うま!このコーヒー。朝一番だからなのかな。何か心に沁
みるなぁ~・・・俺はオッサンか。
いいカフェを見つけた。
カツの言う通り、頻繁に通いたくなっちゃった。
よし。見学しようっと。
 あぁ~外に出られるんだ。デッキと回廊のような造りになってい
て、テーブル席もセットできる広さがあるな。このデッキから観る
庭も最高!・・・デッキかな?
 いいタイミングで今、朝日に照らされて、大小の石や木と苔に芝、
そして、白い玉砂利が美しい。奥行き感と立体感がすごくいい。ズ
~っと観ていたいなぁ。この廊下も回廊のようになっていて、手摺
が無いんだね。それに、奥の建物の方へとつづいていて、遠近感が
よく出ている。庭も変化しているようで、奥の方も観てみたい。
 あっ、さっきのコーヒーを飲んじゃおっと。
 え~~。と思わず声が出てしまった。室内に戻ろうとしたら、朝
日が庭に反射して室内にやさしく入って、家具や小物、そして、イ
ンテリア全体を照らしている。直接入ってくる朝日と間接の光との
コラボレーションもすごく美しい。室内に居るだけではまったく気
付かなかったと思う。面白くって、やさしくって、美しい空間と時
間だ。
 そっか、この窓側は東南方角にあるんだ。それで光をうまく取り
込めることが出来ているのか。そういえば10月ごろの月見の時な
んかは、いい月が観られて、そのあかりも良いだろうなぁ。

 『いいぞ。滝さん。沢山いいところに気付いてね。うふ。』

 このインテリアコーディネートも面白いな。
 その席毎にイメージが異なったコーディネートがされている。レ
トロなセッティングや、オリエンタルなもの、和風っぽいものなど
があって楽しい。そして、置かれている小物たちもいろいろな表情
があって面白いし、癒される。俺のようなまだまだ、勉強中の者で
も感動するし理解できそうな空間だ。
 細やかな所まで気配りされた高い感性が見えてくる。
 ここのオーナーはどんな人だろう。
 そして、よく見ると壁の素材、質感が面によって異なっている。
光が結構当たる面は、和紙風のやわらかな質感のある素材で、自然
な白色を使用している。逆に、光があまり当たらず少し暗く感じる
面には、やや光沢のある漆喰風の壁になっている。また、天井は格
子状になっていて、それぞれ枠内には、和紙、布、石、砂など異な
った素材が貼られていて、変化に富んだ楽しい面だ。夜、光に照ら
された天井や壁の表情が観たい。美しく、神秘さを感じるんじゃな
いかな。

 「メニューは何か決まったかな?」
 「あっ。すみません。じゃ、サンドイッチとスープを下さい。そ
れに、コーヒーをもう一杯。」
 「オーケー。スープは特製の白いスープでいいかな?コーヒーは
サービスだから好きなだけ飲んでね。」
 「はい。ありがとうございます。」

 特製スープって「白いスープ」って何?何か期待をしている俺。
よく見るとこのコーヒーカップは、和風っぽいな。藍色の葉が一枚
だけ柔らかに描かれている。それに、カップの色も白色だけど少し
きなり色であたたかさがある。シンプルだけど深見を感じる。この
空間で見ているからかな。この白いカフェは細やかな所まで気配り
がされていて、お客をやさしく包んで癒しを感じさせるね。
 いや、従業員の人たちも個性がありそうだけど優しい目をされて
いる。こんなカフェは初めてだ。もっとこの家のことを知りたい。
 あっ。桜の木も植えてあるな。もうすぐ花が開くころだね。その
時、この庭はどんな表情を魅せてくれるのかな。それに、この桜の
木は大小2種類のものがあって、奥へ行くほど小さなものが植えて
ある。これも遠近感が出て、庭がより広く感じる。開花したら本当
に美しいだろうね。

 「は~い。お待たせしました。サンドイッチとスープです。ゆっ
くり食べてね。後で感想を聞かせてね。」
 「ありが・・・え!」

 持ってきてくれたのはさっきのマキさんという店員さんだけど、
服装がガラと変わっている。まったく別人に見える。
一言ではこのファッションは説明できないし、理解できない。この
人は本当にカフェの店員なのだろうか。

 「ん?どうかしたの?滝さんだっけ?」
 「あ~、この服ね。ちょっと和に洋のクラッシックなアクセサリ
ーを組み合わせてみました。そして、片方だけ手袋をしてみたの。
どう?」

 どうと言われても、よくわかりません。

 「アハ。お似合いですね。」

 この言葉しか出ません。
 白地に白柄入り和服に、頭には花飾り。そして、渋い色合いのゴ
ールドとシルバーの玉のネックレスに白のレース柄手袋とイヤリン
グは桜の花。内襟には新緑のライトグリーンで、わずかに見える。
口紅はピンク、というより桜色かな。えっ、足元はピンク色のスニ
ーカーじゃないか。う~ん、理解不可能なコーディネートだね。そ
れに、本当なら色白だろうけれど、やたら白を使っているので少し
黄色おびた薄い茶色系の肌に見えます。でも、しっくりしていて美
しい。
 ちなみに、エプロンは大正浪漫風のデザインでレース柄だね。
 さっき、外で掃除をしていた時のマキさんは全身が黒だった。す
べてが黒で、サングラスに黒の帽子。そして、黒の手袋といったと
ころだ。サングラスはおそらくスッピンだからだね。これもやり過
ぎというか、何か、歌舞伎に出てくる黒子のようでちょっと変。で
も、もっと別のファッションも見たくなった・・・。
 まっいいか。食べようっと。

 「おぉ・・・・・」

 声が出てしまった。アハ。
 何?この器は。白いスープが入っている器は漆で塗られたような
深い茶色。それに、真っ白なスープが入っていて、そのコントラス
トが印象的で美味しそうに見える。サンドイッチの器も同じような
色で木目柄がはっきり出ていて美しい。サンドイッチの中は白だね。
アハ。鳥肉とカリフラワーに少しスパイシーな味の白いソースが加
えられている。今までに経験したことの無い味です。美味しい。
 スープは、同じようなホワイトソース状のスープだけれど、中身
は、白いコーンに白と赤の小さなお餅が入っていて、和風っぽい。
けれどコンソメ風の味が効いたスープだ。このスープに入っている
赤も印象的だけど、サンドイッチに添えてあるパセリやトマトのア
レンジがとても美しい。
 あっ、何か、料理の説明のようになってしまった。

 『滝さん。すごく驚いているようですね。
そう、ここはオーナーが仕掛けた衣、食、住、そして遊びの心を刺
激する異空間なのです。だから従業員もお客様も特に常連様もちょ
っと異質な方が多い訳ですが、決して面白おかしくやっているので
はありませんよ。お客様に楽しんでいただき、身も心も癒していた
だければと思っております。
 みなさまも是非一度ご来店ください。・・・って、それは無理で
した。アハハハ。
 その中にたまたま入ってしまった滝さんは、これからどうなるの
でしょうか。どんな体験をするのでしょうか。あたたかく見守って
あげましょうね。』

 なかなか理解するのは難しいけれど、ますますこのカフェに、家
に興味が沸いてきた。・・・よし!決めた!

 「すみません。ごちそうさまでした。美味しかったです。」
 「はい。ありがとうございます。また、是非来て下さい。他にも
いろいろメニューがありますし、個性的な従業員が居ますので。・
・・建物や庭も観てくださいね。」
 「あの~、ここって店員は募集していませんか?」

 『あらま!言ってしまいました滝さん、いや、滝くん。すっかり
この空間や人、物に魅了されたみたいね。店員は一人足りていない
から良いかもしれませんが、条件付きですよ。店長であるニシさん
から聞けるとは思いますが大丈夫かな。うふふ。』

 「店長。ニシさん。こちらの学生さんがここで働きたいって言わ
れていますが。」
 「ふ~ん。条件を受け入れてくれたらオーケーよ。」
 「えっ。条件は何ですか?」
 「条件は一つだけ。住み込みで働くこと。この家の隣にはレンタ
ルルームがあって、俺とオーナー以外は基本的には住み込みをお願
いしているけどね。どう?」

 そうなんだ。いいチャンスかも。実は、今、寮生活で2年が過ぎ
ようとしているけれど、もう飽きているところ。引っ越しをしたか
ったんだよね。

 「了解です。住み込みでお願いします。」
 「よし!その他の条件は、家賃5万円に共益費はなし。光熱費や
食費は自費でよろしく。以上。あっ、食事は店内でまかない料理が
あるから、多分ほとんど必要ないとは思うけれどね。」
 「はい。いいですね。是非お願いします。ところで、部屋の広さ
はどれくらいです?」
 「広さは、約40㎡でワンルーム。バス、トイレ、ミニキッチン
付。それから、家具も一式付いているよ。部屋はそれぞれ少しデザ
インが異なるけどね。
 あっ、それにメゾネットになっていて、2階部分が6畳程度で狭
いが自由に使っていいよ。」
 「えっ。広い!40㎡プラス6畳の部屋って広いですね。よろし
くお願いします。」
 「広いといっても、2人で住んでいるのも居るからね。うまく使
ってね」
 「滝くん。私たちの仲間にようこそ。私はマキです。フルネーム
は和田麻紀です。よろしく。他の従業員はまだ来ていないので、そ
の都度紹介するね。結構みんな変わっているからびっくりしないで
ね。」
 「アハ。よろしくお願いします。」
 「ということで、今の食事はまかない食ということで無料です。
エヘ。」
 「えっ。今から働くんですか?」
 「そそ。人手が足らないからよろしく。荷物は今度の休みの日に
みんなで取りに行ってその後は歓迎パーティーをしよう。
 あっ、俺は店長の西脇です。みんなニシさんと呼んでいるが、お
客様の前では店長って呼んでね。よろしく。」

 『滝くん、ごめんね。一人足らないから急ぎ探していたのよ。
 渡りに船ってとこね。
 あっ、そうそう私は、“白い家”です。本当の名はまた後ほどお
伝えしますが、よろしく。いろいろあるとは思うけれど。いろいろ
ね。うふふ。』

 何か面白そうだけど、大変な所に来てしまったような気もする。
来店されるお客様も変わっている人が多いような・・・
 少し、不安だけれどこの空間が気になる。

オーナーと従業員

  
 「おはようございます。あっ、マキさん早いですね。昨日はあり
がとうございました。」
 「おはよう、滝くん。昨日は結構盛り上がったね・・・。私はこ
れがいつもの時間なのよ。表の掃除が大好きなので早く出てきてい
るの。滝くんも時々手伝ってね。」
 「は~い。」

 マキさんの服装は今日も黒子か。

 「マキさん。今日も同じ服なんですね。」
 「ん?やっぱりそう見えるかな。朝早くはほとんどこの服だけど、
あまり目立たない方がいいし、少しだけ毎日変えているのよ。でも
あまりわからないか。それに、スッピンだからね。」
 
 十分に目立っていると思うのだけど、本人がそう言っているんだ
から、まっ、いいか。

 『おはよう。滝くん、マキちゃん。今日も良い天気で暖かくなり
そうね。ちょっと私の白壁に太陽が反射して眩しいかしら。ごめん
なさい。マキちゃん、いつも綺麗にしていただいてありがとう。そ
のうちお礼をしますから。うふ。
 滝くんも時々手伝ってあげてね。それじゃ今日も1日よろしく。
 あっ、店長、ニシさんが来たようよ。』

 「おはよう。マキちゃん、アンド滝くん。キミたちは早いね~。
ん?他の連中はまだなのか?しょうがねえなぁ。昨日の歓迎会で呑
み過ぎたのか?アハハハ。」
 「おはようございます。西脇店長。昨日はありがとうございまし
た。ちょっと騒ぎ過ぎたような気がします。」
 「いいの。いいの。たまにはパ~とやんないとね。ストレスが溜
まってしまうからね。ねっ、マキちゃん。」
 「ニシさんは悪乗りをし過ぎ!みんなヘトヘトになっていたよ。
アハ。」
 「そうか。ところで今日はオーナーが出張から帰ってくるから。
多分、このカフェにも顔を出すと思うのでよろしく。」

 オーナーと初めて会えるのか。どんな人かな。この建物を造った
人だから、かなりオタクじゃないのかな。楽しみだけどちょっと不
安。

 「おはよう。おぉ、みんな元気だね~。俺はちょっと二日酔いか
も。」

 『出てきました。オタクの中のオタクちゃん。どうやら二日酔い
ですね。ボーとしています。仕事は大丈夫なの?』

 「おはようございます。由美さん。昨日はありがとうございまし
た。」
 「いやぁ~、あれだけ飲んで騒いだからすっきりしたぁ~。こち
らこそありがとう。滝くん、身体は大丈夫なの?あっ、若いもんね、
うんうん、若いってことはいい。」
 「アホか!おまえもまだ29だぞ、十分に若いだろう。」

 野村さんは俺からみると8つ年上。おばさんのような気がするが
・・・
 あっ。そそ。この野村さんは女性で、自分自身のことを俺って言
っているけれど、イケメンの男前な女性です。ちょっとハーフっぽ
いかな。但し、かなりのオタクです。造詣が深い人なのでしょう。
とにかく、物への思い入れというのか、知識がすごくあり、自称、
プロダクトコーディネーターとか、グッズコーディネーターとか言
っていますが、そんな職業があるのかな?
 それに、この方には子供がいます。6歳になる可愛く出来のいい
女の子で、隣のレンタルルームで一緒に住んでいます。

 『アラ?もう一人はどうしたのでしょうか。もしかして呑み過ぎ
て寝込んでいるのでいるんじゃないの?・・・
 あっ、彼女はほとんどお酒が飲めませんでした。失礼。あの子、
仕事はできるのですが、限度を知らないからついついやり過ぎてし
まうのよね。昨日もあの後仕事をしていたのかしら。何事も程々が
良いのだと思いますが、性格は良いのですが。あっ、出てきたよう
ですね。』

 「おはよう。遅れました。今何時ですか?あっ、みんなお揃いで
どうしたの?
 ニシさんモーニングサービスの用意始めなくていいんですか?
 簡単な準備はやっておきましたけどね。」
 「庄子さん、おはようございます。昨日はありがとうございまし
た。大丈夫ですか?」
 「うん。大丈夫よ。ちょっと厨房が気になって、朝一番に整理し
ておいた。みんな、そのまま帰っちゃったから。」
 「おぉ。悪い、ショウちゃん。サンキュウ。よし!準備するか。

 「私も外の掃除終わったから、お庭のチェックと手入れをやろう
っと。」
 「俺も小物たちのチェックをするわ。」

 えっ。みんな変わり身が早いというか、切り替えが早い!
最後に現れたのがショウさんで、年齢は24歳でマキさんより1つ
年上だけど、ワークスタイルが真逆。服装には無頓着だけれど、仕
事には超が付くくらい集中しやすく、非常に頼りになる。店長より
しっかりしているように思えるね。ただ、集中しやすくのめり込み
やすいようで、他が見えなくなることもあるそうです。マキさんか
らの情報なので確かかどうかわからないけど。ある意味、オタクだ
ね。
 俺は違うけれどね。

『アラ!そうかしら。滝くんもいずれオタクの仲間入りとなるんじ
ゃないの。これで従業員全員が現れたわね。
 後は、オーナーともう1人・・・いや、もう2人ですね。この2
人がちょっと厄介です。従業員というわけではありませんが。・・
・後で登場しますのでその時にね。
 それから、店長のニシさんだけど、この際紹介しておきます。年
齢は45歳くらい。正確な年齢はわかりません。男性でバツイチ。
子供は、女の子が一人で17歳の高校生がいます。この娘が2人の
中のひとりです。親のニシさんよりしっかりしています。
 そして、ニシさんは元モデルと自称していますが、確かにイケメ
ンではあります。オーナーと気が合って、このカフェや家全体の管
理をしている管理人であり、店長兼シェフってことですが料理はシ
ョウちゃんの方がうまいかも。料理のレシピはみんなで考えて、そ
して、オーナーの友人シェフに相談しているようです。
 あっ、長話をしてしまったわね、ごめんなさい。』

 「え~と。俺は何をすればいいでしょうか?」
 「あっ。そっか。滝くんは今日が初日のようなものだね。じゃ、
ユミさんの仕事をサポートして、その時に物たちのことを学んでね。

 「はい。わかりました。」

 って、何でショウさんが指示を出すんだ?店長のニシさんは・・
・あぁ。もう厨房で準備に入っている。ワァ~作業が超早い!すご
い!

 「ほんじゃ、滝くん。俺に付いて来て!横で見ながら勉強してね。

 「はい。お願いします。でも、物たちはどれだけあるんですか?
ここはカフェなのに小物なども販売しているんですね。」
 「そそ。オーナーの趣味のようなものだけど、俺は大好き。その
縁があってここで働かせてもらっているのだけどね。いろいろな物
たちに囲まれて楽しいし、学ぶことも多いよ。あぁ、売り物は小物
だけじゃないよ。このカフェにあるモノ全てが販売の対象だからね。
テーブルやチェア、そして、灯や額など全部ね。」
 「えっ。そうなんですか。じゃ、この壁紙や壁の塗り工事なども
売り物ですか?」
 「おぉ。いいところに目を付けたね。流石クリエーター、建築家
のたまごだ。うん、もちろん売り物だよ。お客様が気に入ったら企
業などの業者を紹介しながら、この壁紙を販売するの。どう?面白
いでしょう?だから、みんな多少なりとも知識は持っているわよ。」

 確かに、どこかの綺麗で整理された「魅せます!売ります!買っ
て!」っていうショールームやショップと異なって、使っている実
感というか、ちょっとしたモデルルームのような感じがするね。で
もすごく自然体のような気がする。それに、ちょっと変わった物や
面白い物が多くて感性が刺激されて楽しい。   
 ん、何このフィギュアたちは?動物たちだけど、身体の大き
さに対して目がデカイ!それに色彩も様々で面白いし、丁寧に作っ
てある。・・・ほしい!

 「ん。滝くんどうかした?そのフィギュアが気になるの?」
 「はい。可愛いですね。ここのオリジナルですか?」
 「そそ。オーナーの手作りでみんなも手伝っているよ。ちゃんと
モデルも居るしね。」
 「えっ。モデルって。」
 「あぁ~ほら、噂をすれば来ちゃった。アハハハ。」

 あっ。犬と猫、それにウサギまでがウロウロしている。

 『そうそう。滝くん、言い忘れていました。
 ここには、人間の従業員の他に動物の従業員も居るのよ。ただし、
常に外には出していないようだけど、時々店内を散歩しているよう
です。この子たちをモデルにフィギュアを作っているのです。あま
り似ていないけれど可愛いでしょう。仲良くしてね。』

 へぇ~アンティークな小物や生活品もあるんだ。昔のラジオや扇
風機。それに、レコードプレーヤーもある。そう言えば初めて来た
時に飲んだコーヒーのカップもアンティークっぽい印象があったね。
逆に、超モダンなものやシンプルな物まであって面白い。これはガ
レのテーブルランプだね。こっちにあるのは、和紙で作ったランプ
に木製のランプもある。高額な作家ものもあって、バラバラだけど、
基本はインテリア性のあるものらしいね。うまくコーディネートさ
れている。

 「ユミさん。このラジオやランプなどもオーナーの趣味ですか?」
 「オーナーも好きだけど、殆どの物は俺がセレクトして収集した
ものだよ。一応小物たちに関しては任されているからね。時々オー
ナーが邪魔をするけどね。アハハハ。」

 このカフェと家はどうなっているのだろう。外観、インテリア、
そして、庭や小物たち。人や動物の従業員も含めて面白過ぎる。楽
し過ぎる。どんなオーナーなんだろう。早く会いたいような、期待
と不安が・・・要するに興味があるってことか。へへへ。

 『滝くんも少しずつオタクになってしまいそうね。ここにある小
物たちはみんな良い子ばかりだし、この家も・・・そっ、私も良い
子ですので安心して生活をしてね。』

 「あっ。オーナー、お帰りなさい。お疲れさまです。」

 店長の後ろから唐突に現れたのがどうやらオーナーだね。無言だ
ったのでちょっと怖い。いつからそこに居たのかわからなかったし、
音もしなかった。雰囲気は昔に見かけた“ちょい悪オヤジ”のよう
な人。

 「やぁ~ニシさん。ただいま。元気?みんなも元気かな?久しぶ
りに顔を出しました。」
 「は~い。マキは元気です~。」
 「ショウも同じく。」 
 「俺、ユミも小物たちも元気ですよ。」
 
 アハ。みんな個性があるなぁ。

 「あっ。始めまして滝と申します。宜しくお願いします。お帰り
なさい、オーナー。」
 「うんうん。君が新しい人か。よろしく。頑張れとは言わないけ
れど、いつも元気で楽しく働いてね。そして、お客様を大切にして
ください。」
 「はい。」
 「ニシさん、意外に早く新しい従業員が見つかったね。なかなか
雰囲気のいい人だね。よかった、よかった。アハハハ。
じゃ、よろしく。」

 と言いながら奥の方に消えちゃった。奥はまだ行ったことは無い
けれど、オーナーの部屋などがあるのかな。隣はレンタルルームで
俺たちが住んでいるけど。・・・
 でもオーナーは見た目より優しい感じで話しやすそうなのでホッ
とした。

 『滝くんはちょっと緊張しちゃったかな。独特の雰囲気を持った
オーナーでしょ?まだ、オーナーの気質はわからないと思いますが、
くれぐれも油断をしないようにね。うふふ。
 ここで、オーナーを少しだけ紹介しておきます。私たちにとって
は恩人であり仲間です。ニシさんと同じバツイチで子供は居ません
が、可愛がっている姪っ子が居ます。年齢は多分50歳代というこ
とですが、はっきりとはわかりません。その他の詳しいことは後ほ
どに・・・。
 この家もあるコトがあって造ったのです。それも後ほどにね。う
ふふ。』

 「さぁ~。カフェ、オープンするぞ!みんな今日もよろしく。」
 「は~い。」

子供と大人

 「いらっしゃいませ。どうぞ。」

 ここで働くようになって早一週間になる。大きな出来事も無く、
失敗も無く、無難にやれたかな。店長のニシさんも言っていたけれ
ど一週間もやれば大体のことはわかってくるって・・・。確かに仕
事の流れや店内の雰囲気は掴めた気がする。
 どこかで聞いたことがあるけど、3日、3か月、3年という言葉
だけが頭に残っている。就職して3日で雰囲気がわかり、3か月で
慣れて3年でベテランってことかな?それともこの時期に現状の自
分を再確認すること。会社や職を変えてしまうということなのかな。
よくわからないけれど、何となくそういう時期が来るのだろうな。
今はアルバイトだから気楽なものだね。アハ。
 そろそろ庭の桜も咲き始めるころだけど、まだしっかりと庭を見
学していないし、これから暖かくなるとお客様も増えそうだから、
今のうちに観ておこう。学校も始まったらフルタイムで働けなくな
るし、じっくり観るのも難しくなりそう。

 「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
 「スープモーニングセットを2つお願いします。コーヒーでね。」
 「はい。かしこまりました。スープモーニングセット2つですね。
お飲み物はコーヒー2つですね。しばらくお待ちください。」

 あ、久しぶりに庭を見たような気がする。慣れてくると周りがよ
く見えてくるっていうけれど、ほんとうだ。やっぱり向こうの庭も
気になるから今日の休憩時間にちょっと探索してみよう。

 「おい!何ボーっとしているのよ。春だから頭も春か。アハハハ。

 うっ。マキさん、相変わらず口が悪い。美人なんだからもう少し
おしとやかにしたら良いのに。あっ、ちょっと古い表現かな。

 「いや。庭がね。・・・」
 「ん?庭かぁ~。少しずつ春になって来たね。この庭を観ている
と季節感もわかるし、外の空気を感じるね。
 そう言えば、滝くんはこの庭を全部観ていなかったのか。結構面
白いよ。特に滝くんのようにクリエーターを目指している人なら、
是非観ておくべきだね。私も付き合うから後で見学をしようよ。」
 「えっ。一緒に観るんですか?」
 
 ひとりの方が良いですが・・・

 「何?いやなの?しっかり説明をしてあげようと思っているのに。

 「あっ。ありがとうです。」

 まっ。いいか。マキさんの視点から何が見えるか興味あるしね。

 『滝くん、もう一週間が経ったのね。少し慣れたようだけれど、
油断しちゃだめよ。ここはいろんなコトやモノそして、ヒトが現れ
るから、注意深く見ていてね。あ~、お庭を観るのね。少しの時間
では多分理解できないだろうけれどね。それにマキちゃんの案内で
は余計にわからなくなってしまうかも。他にも何か悪い予感がしま
す。
 あら、小悪魔が来ちゃったような・・・では私は、これで失礼し
ます。うふふ。』

 「ニシさん、こんにちわ~。じゃなかったおはよう~。」
 「おぉミー子久しぶりだな。オネショは治ったか?アハ。元気な
ようだな。」
 「フン。」
 「コラ!美羽。何しに来た。邪魔するな。」
 「ん?あっ。ユミちゃん。頑張って働いているんだ。ご苦労様で
す。」
 「おい、おい。俺はあんたの母だぞ。母と呼べ!」

 『やっぱり我慢ができません。ちょっとこのガキ、じゃなかった、
女の子を紹介しますね。前に言っておりました2人のうちのひとり
です。ユミさんこと野村由美さんの6歳になる子供です。この春か
ら小学生となります。可愛いけれど、頭が良く大人っぽいところが
あって、みんなには小悪魔ミー子って呼ばれています。本当の名は、
野村美羽ですが・・・。猫のようにスバシッコイところもあって、
この名が付けられたのです。本人は気にしてはいないようですが・
・・。
 ん?あと2人連れていますね。お友達かな?何か、手下のような
気がします。アハハハ。じゃまたね。』

 「まっ。いいじゃん母。仕事場では単なる知り合いということの
方が良い時もあるし。へへへ。おい!おまえたちも挨拶をして。」
 「おはようございます、カナです。」
 「おはようございます、サスケです。」
 「はい。おはよう。母の由美です。ん?サスケくんって忍者の末
裔?代々その名を受け継いでいたりして。へへへ。でもカッコイイ
し、将来はどこかのスパイになるとか。アハハハ。」
 「はい!代々この名前です。」
 「・・・・・。」
 「コラ!母!サスケをいじるな!すぐに泣いちゃうから・・・」
 「アラ。ゴメン、ゴメン。」
 「あっ。この人が滝くんなの?いい男だね~。」
 「ん?おはよう。美羽ちゃん。滝です。よろしく。」
 「ミーでいいよ。みんなと一緒でね。」

 まっ。いずれそう呼ばせてもらうことになるけれど、初対面では
子供に対しても礼儀ってものもあるしね。
 それより、庭を観に行こう。

 「ふ~。やっぱりこの庭は良いね。ホッとするというのか見惚れ
てしまう。ズーっとここに居たい気分になってしまう。へぇ~向こ
うにも家が繋がっていて庭もつづいているんだね。あぁ回廊になっ
ていて、この部屋からそのまま歩けるのか。ちょっと和風って感じ
だな・・・でも違うような・・・」
 「そそ。和風っぽく見えるけれど、よく見ると洋風な所もあるし、
クラシックな所もあるんだよ。」
 「うん。確かに。様々な要素が入っているけれど、しっかりコー
ディネートされていてバランスがすごく良いですね。
 それに、軒との一体感というか、軒の出方と長さに対しての廊下
の幅が同じくらいで安定感があって、落ち着いた雰囲気になってい
る。実際の寸法を測らないとわからないけれど、美しい。」

 マキさんが指さした方を見ると、手摺が無く所々に柱があるだけ
で非常にシンプルに造られている。全体が見通せて気持ちが良い。
 そして、一部に造られたデッキも先に行くほどに下がっているよ
うだけど、目線を上げるとそれがわからなくなる。目の錯覚を補正
しているようだね。それに、雨が降っても庭へと水が流れて溜まら
ないので乾きやすい。ん?もしかして、このデッキなのか広縁なの
かわからないが、寸法は、黄金比でできているのではないかな。
 黄金比とは、1対1.618の寸法バランスが基本になっている
もので、人の目から見ると最もバランスの良い比率だと言われてい
る。これも、しっかり採寸をしないけれど、見ているとすごく落ち
着く。
 面白い!もっとゆっくりと観たい。

 「ほら、そこにじっとしていると、向こうの庭が観られなくなる
よ。やっぱり、滝くんには時間が全然足らないね。うふ。」
 「あっ。ごめんなさい。つい見惚れてしまいました。でも、細か
い所まで気配りがされていて、考えられた空間ですね。」
 「そうね。私、最初はわからなかったの。でも、滝くんは流石ね。
建築家を目指しているだけに、洞察力があって観るところが違うね。
オーナーはね、元は空間デザイナーであり、プランナーでもあった
らしいよ。だから、空間に対しても結構拘りがあるみたいね。」
 「へぇ~、そうなんだ。俺の先輩ってとこですね。ん?空間に対
してもってマキさん言いましたよね。ということは、他にも何か拘
りがあるんですか?」
 「よくわからないけれど小物たちや絵画、庭園などにも造詣が深
くて、食の世界も大好きだって聞いたわよ。」
 「そうか。マルチクリエーターってことですね。」
 「いや。本人は一デザイナーだって言ってたよ。」
 「うむ~・・・」
 「へぇ~、滝くんは建築家なんだ。カッコイイね。」
 「ありがとう。でも、まだ勉強中なんで・・・」

 って。何で美羽ちゃん居るの?他のガキ、じゃなかった。お子様
も居るし・・・。

 「私も興味があるから時々観ているよ。ここの庭や家を観ている
と子供ながら落ち着くのよね。へへへ。」
 「アハ。・・・」

 わかるのかい!他のガキたちはキョロキョロしているだけじゃな
いか。美羽ちゃんは本当は大人だったりして・・・。

 『滝くん。ミーちゃんは人一倍感性が良いかもね。言葉ではまだ
表現できないようだけれど、雰囲気を即座に感じ取るようです。で
も、滝くんもなかなかいい洞察力を持っているわね。この空間のこ
と、小物たちのことなどまだまだ知らないことが沢山あると思いま
すがじっくり観てね。
 どうやら、子供たちを相手にしていたら向こうの庭や建物までは
見学できないようです。またの機会に。』

 「あぁ~、時間が無くなっちゃった。みんな中に入ろう。」
 「は~い。」
 「おぉ。久しぶり、小悪魔ミーちゃん。今日は子分でも連れて来
たのか?アハハハ。」
 「うっ。アキね~ちゃん、こんにちは。何でここに居るの?」
 「ちょっとオヤジに呼ばれてね。ん?横に居るのは滝さんですか?
アハ~カッコイイ~かな?こんにちは。」
 「あっ。こんにちは。あの~どちら様ですか?」
 「アハ。私、ニシの娘です。晶子です。よろしく。」
 
 『出ました!アキちゃん。この子はニシさんの娘で高校2年生。
この春から3年生です。まぁ~年齢的には子供ようでもあるし、大
人に近いようでもあるけれど、親よりはしっかりしています。口の
悪さはマキちゃん並ってとこかしら。うふ。このふたりは結構気が
合っているようですよ。』

 「あ~、店長の・・・よろしくです。」
 「アキね~ちゃん。何かニシさんとあったの?ヤバイことでもし
ちゃった?」
 「そそ。アキちゃん久しぶりだし、どうしているかなぁって思っ
ていた。」
 「ミーちゃん、マキさん、ありがとう。まっ、たいしたことじゃ
ないと思うけれど、あの人のことだからちょっと大げさに考えるか
らね。子供っぽいというのか、大人気ないところがあって疲れちゃ
うのよ。アハハハ。」
 
 うんうん。確かにニシさんは声が大きいわりに何かにつけても気
にするタイプのようだしね。・・・どちらが大人で、どっちが子供
なのか、ミーちゃんやアキちゃんを見ているとわからなくなるが・
・・あ~、だめだ。つい深入りしそうな気がする。
 関わってはダメ!滝。

 「おー来たか。我が娘。ちょっとこっちへ来てみ。ちょっと。」
 「何なの。オヤジ。今日は久しぶりの全休状態だったのに、何?
私何かやった?」
 「ちゃうちゃう。いいからこっちへ。」
 「これちょっと味見してみて。」
 「ん?」
 「どうかな?新メニューなんだけど。美味しい?どう?」
 「うるさい!ちょっと待って・・・またこれで呼び出したのか。

 「そそ。最終チェックはオーナーの友人シェフだけど、その前に
おまえの意見を聞いてからと思ってね。なな、どうなんよ?美味し
い?」

 『あぁ~。ニシさん、また、娘に頼っているのね。子供に味見を
させるのってどうかしら。でも、このアキちゃんは食オタクですご
く良い味覚を持っているらしいの。オーナーの友人シェフが驚いて
自分のお店にスカウトしていたくらいですから。とにかく食べるこ
とも作ることも好きで、高校のクラブでは食道楽倶楽部っていうの
を創って部長をやっているのです。
 またここにもオタクが居ましたね。子供ながら味覚は大人並、い
やそれ以上かもわかりません。子供の方が味に敏感なのでしょうか。
わかりません。』

 「ん?美味しいなどと一言でいうものではありません。しっかり
と味わって、どのように美味しいかを説明できなければ何の意味も
ありません。要するに・・・」
 「うんうん。わかったから、どうなんだよ?」
 「うん。いいだしが出ているし、全体にまろやかで優しい味だね。
カツオと昆布以外に何を入れたの?って、これでいいのか?」
 「えっ。何が?」
 「ここのカフェって白が基本でしょ。このスープは黒いでしょ。
少し茶色が入っているけどね。何でこの色なのよ?これは確実にシ
ェフが却下するよ。」
 「いいのこれで。美しい黒、おいしい黒。白を生かすってね。ア
ハハハ。」
 「アハハハじゃないよ。訳わからん。オヤジはいつもそうなんだ
から。・・・作り方は聞きたくない。想像がつくしね。
まっ、シェフの意見を聞いてみたら。・・・」

 うむ。何という親娘。どっちが大人なのかわからない。まっ、子
供と大人の境目ってはっきりしないとは思うのだけれどね。
 でも、確かに白いカフェは白色が基本だと思っていたが、黒いス
ープってどうなんだろう?ニシさんが言っていることはさっぱりわ
からないし、何か作り方にポイントがあるのか、それとも盛り付け
方に何かあるのかもね。メニューとして完成したら確認してみよう。

 「ん?旨いね、アキちゃん。ニシさん美味しいよ。」
 「またまた。マキさんは味がわかるの?・・・あっ。美味しいね。
何で黒なのかわからないけど。」
 
 ミーちゃんも美味しそうに飲んでいるけれど・・・ん?手下のガ
キたちも美味しそうに飲んでいる。いつの間に参加しているんだ、
こいつらは。
 でも、何という子供と大人の会話だ。お客様にこの黒の理由を問
われたらどうしよう。
 そうだ!6歳の女の子が美味しいって言っていましたと答えてお
こう。へへへ。

 『何それ?滝くん。もっと真面目に考えなさい。
親子っていうのは、外から見ると何かと変なところもあるのですね。
私の親は・・・あっそれはまたの機会に・・・。
 親と子、それは一見してはわからないけれどどこかでしっかりと
繋がっているのです。絆は確かにあると思います。正しい親子関係
というのはわかりませんが、お互いに自然体になれる存在なのでは
ないでしょうか。私はそう思います。
 この“白い家”も自然体が最も大切であると思っています。』

おかまとおなべ

 「いらっ・・・しゃいませ。」
 「あ~ニシちゃん。来ちゃった!いいかしら?」
 「おぉ。いらっしゃい。どうぞ好きな席に。」
 「あっ。どうぞ。」
 
 ん?おかまさん?ニューハーフって言うのかな。もう1人も同じ
かな?
 ス~っと隅っこの1番テーブルに着きました。そこは何か座りや
すいんだよね。

 「いらっしゃいませ。何にいたしましょうか?」
 「あたしクリームシチューセットでパンね。」
 「俺はこのホワイトカレーと後でコーヒーね。」
 「はい。かしこまりました。クリームシチューセットをパンで。
ホワイトカレーですね。しばらくお待ちください。」

 ん?もう1人のお客様は男なのかな。ちょっと声が高いし、しぐ
さも微妙だね。

 『滝くん、流石クリエーターだね。いい洞察力を持っているよう
です。そうね、おかまさんね。今で言えばニューハーフともう1人
はおなべさんみたいね。こういう人たちって結構繊細で感性豊かな
のよ。注意して見てね。勉強になるかもよ。』

 「ねえ~、りょうちゃん。何か良い方法はないかしらね。このま
まじゃお店が危ないわよ。どうしよう。」
 「ああ。わかっているよ。かおりはどう考えているの?お客を増
やすこと。それに定着させること。何かいいアイデアがないかな。
トークだけじゃ無理だろうし、ショーと言っても人数は少ないし、
場所もそんなに広くないから大きなことは出来ないよな。」
 「そうなのよね。それで、ニシちゃんが居るこのお店に来たのよ
ね。ニシちゃんにいつでも相談に乗るからって言われていたからね。
3時くらいからちょっと暇になるらしいから後で尋ねてみようよ。」
 「だな。ニシさんは経験が豊富って感じだし、このカフェも前か
ら気になっていたしね。」
 「確かにこのお店って雰囲気が良いわね。何故なのかしら。」
 「そうだね。・・・あっ、庭がすごく綺麗だよ。美しい。
 おぉ、桜が咲き始めているし良い風景だなぁ~。白い石と緑の苔、
そして、桜色に空の青となったら言うこと無いね。ちょっと外に出
てみたいけどダメかな。」
 「いいですよ。ご自由に観てください。
お待たせいたしました、クリームシチューセットとパン。そして、
ホワイトカレーです。コーヒーは後からお持ちいたします。ごゆっ
くりどうぞ。」
 「ワァ~可愛い~。あなた店員さんよね。そのファッションすご
く可愛い。魅力的ね。」
 
 お。流石ニューハーフさんだ。やっぱりファッションには敏感で
すね。マキさんの服装を見たらだれでもびっくりするし店員らしく
ないよね。でも今日はちょっとシンプルかな。全身を白でまとめて
頭巾のような帽子も白だけれど、何で手袋が赤なの。それに赤いネ
クタイをして赤いピアスを着けて、え~コンタクトレンズも赤じゃ
ないの?白と言ってもレース柄が入っていて可愛い感がいっぱいだ。
 理解不能・・・。

 『うん。確かに、マキちゃんの今日のファッションはシンプルな
んだけれど、それは色だけで、テクスチャーやディテールはちょっ
と派手目ですね。でも、ニューハーフさんたちには可愛いのかなぁ。
 ところで、このおかまさんとおなべさんは何か悩み事があるよう
ね。ニシさん、深入りしなければいいけど。』

 「へぇ~。このシチュー美味しい!真っ白だけどポイントにトマ
トが添えられて綺麗ね。それにクリームシチューだけど洋風じゃな
いのね。少しだけだし味もあるし、そんなに牛乳の風味がないから
ちょっと異なった旨みがあるわね。
 あっ、そうか。店員さんのファッションはこのカラーに合わせた
ってことかしら。ん?りょうちゃんのカレーもすごい!」
 「おぉ。本当に白だ!中に入っている人参の赤がポイントになっ
ているね。これも店員さんのファッションとコラボレーションして
いるようだ、味はしっかりカレーしているよ。うむ。」
 「アハ。ありがとうございます。ご理解感謝します。ではごゆっ
くり。」

 うっ。鋭い。ニューハーフさんたちは、そういうデザインという
か、エンターテイメント仕様に敏感だね。

 「いらっしょい。かおりさん、りょうさん。来てくれたんだね。
ゆっくりしていってね。ん?2人ともあまり元気が無いな。そっか、
まだ昼間だから夜にならないと元気が出ないか。アハハハ。」

 ニシさん。鈍い。

 「あのね、ニシちゃん。今ちょっと時間いいかしら?」
 「うん。いいよ。どったの?へへへ。」

なんと軽い人だ。お客さんも少ないし、俺もちょっと休憩をして庭
を観に行こうかな。でも、気になる。

 「実はね。ニシちゃんに相談がってきたのよ。」
 「そっか。じゃここでは他のお客様もおられるので、別の場所で
話そうか。食べ終わったら声をかけてね。」
 「うん。わかった。ごめんね。」
 
 ん~。何の相談だろう。つい気になってしまう俺。だけど、庭
を観て来よう。
 わぁ~、奥にも建物があるし、庭も奥の方までつづいているんだ。
やっぱり苔と小石、岩の組み合わせに大小の木が植えられていて、
遠近感もある。
 あっ。細い小川もあって水の流れる音が聞こえてきそう。それに、
大小の飛び石が配置されていて歩けるんだね。ここも奥へ行くほど
石や木を少し小さくしてあり、遠近感が出て広く感じるね。
 ここの庭の寸法バランスも黄金比を用いているようだ。実際には
そんなに広くは無いけれど、深見があって落ち着いた空間にコーデ
ィネートされていて良く計算された演出だね。
それに、庭や建物の素材も落ち着いた雰囲気があると思ったら、
そう、リサイクル、再生されている。敷かれている石も俺が立って
いる回廊の床材もみんなどこかで一度使われていたものなんだ。建
物の壁も漆喰で塗られていて他の素材と調和しているし、庭との一
体感もあって、なにか自然体という感じがしてホッとする空間だね。

 『うんうん。滝くん気付きましたね。流石です。この庭もさっき
観た庭も、そして、建物や小物たちも全て再生したものです。そし
て、黄金比や遠近法を用いて空間全体を奥行き感のある落ち着いた
ものにしています。これもオーナーの拘りであり、みなさんに楽し
んでいただける空間にしたかったのよ。
 まだまだ、いろいろな楽しく面白い空間があり仕掛けもあるから
宝探しのように探索してね。滝くんには私の声は聞こえないけれど、
ちょっと、ヒントを言います。さっき滝くんも気付いた黄金比は、
要するに1対1.618の寸法バランスですが、この庭や建物だけじ
ゃなくて小物などにも所々に用いているのよ。あえて、そういうバ
ランスのモノを集めているようですが。・・・大小いろいろな所に
この比率を用いているので、注意深く観てくださいね。
 あっ。それから色彩も白や茶だけじゃなく和風系色をたくさん使
っているのでそんな所も良く観ておいてね。じゃ、またね。』

 あっ。時間切れだ。仕事に戻ろう。
ニューハーフさんたちは食事が終わったようだね。

 「ニシちゃん、ごちそうさま。すごく美味しかった。これだった
ら見た目と味でお客様を楽しませることが出来るわね。流石店長。
それに、よくわからないけれど、ここの空間や空気がすごく良くて
居心地がいいのよね。店員さんもいい人ばかりだし、また来たくな
っちゃう。さっきの店員さんのパフォーマンスや庭のコーディネー
トなんかも見ていると元気が出るし、落ち着くわ。」
 「だよな。俺って男だと感じているけれど、この料理や空間を見
ているとすごく心に刺激を与えてくれて、よくわからないけれど男
とか女とかなんてどうでもいい、相手を楽しませ自分も楽しむ。そ
れが大切なのかなって思った。小さなことを悩んでいた俺が恥ずか
しい。
この空間には魂のようなモノを感じてしまう。ちょっと大げさだけ
どね。また来たいね。何度も。」
 「ほんと、来て良かったね。」

 おふたりともジーっと庭を見ながら話しているけれど、本当にこ
この空気を感じているんだろうね。

 「うんうん。それは良かった。キミたちは他の人たちとは異なっ
た感性を持っているのだから、それを大切にしてほしいね。この空
間でそこまで感じてくれる人はそう多くないからね。相談事はもう
解決したんじゃないかな?今のふたりの気持ちでね。」

 おふたりさん。互いに顔を見合っちゃった。

 「あぁ~。そうなんだ。そうなのよ。りょう。ね。」
 「うん。そうだね。お客様を楽しませ、気持ち良く帰っていただ
いて、また来ようと思っていただいたら・・・それでいいんだよ。
それだけを考えて目標にすれば・・・。
 よし!もう一度見直して頑張ろう、かおり。」
 
 あっ、ニシさん。気付いていたんだ。鈍感なフリをして。流石、
経験豊富というのか、いろんなことをやってきたことだけはある。

 『滝くん。感心しているのは良いけれど、ちゃんと勉強になった
の?いかに人の気持ちを感じ取って、自分に何が出来るかを思慮す
るのは難しいことだけど少しは努力をしないとね。滝くんにはいい
クリエーターになってほしいから・・・。
 あっ。でもね、ニシさんはここからが問題なのよ。このニューハ
ーフさんたちの悩みを感じ取った以上は、一肌脱ぐつもりかもよ。
ほどほどのところでやめてちょうだいね。』

 「じゃ、俺、近いうちにまたお店に行くから、その時にもっと具
体的に話そう。」
 「は~い。ありがとうニシちゃん。それに、さっきの店員さんと
この空間にも。ごちそうさまでした。バイバイ。」
 「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしています。」

 うっ。いつの間にマキさん。どこに居たのかな?あぁ~また服装
を変えている。どうなってんの、この人は・・・。

 『このおかまちゃんとおなべちゃんとのお付き合いはこれで終わ
りそうもないようですね。面白そうというか、ちょっと不安です。
多分、また現れるでしょうね。うふふ。
 それじゃ~みなさん、またお会いしましょう“白い家”でした。』

都会と田舎

 「お~い。だれか、このフィギュアを動かしたか?何か位置が変
わったような・・・」
 「ユミさん。昨日、自分でいろいろ動かしていたじゃないですか。
何故かわからないけど。その犬のフィギュアなんかはあっちこっち
に動かしていましたよ。」
 「おっ。そうだったか。ショウちゃんが言うのだからそうなのか。
俺、物になると神経質になってしまうな。ごめん。アハハハ。」

 確かにユミさんは物になるとかなり拘りがあるようだね。他のこ
とには何の興味もないようで、ニシさんが作ったまかない料理も一
気食いのたった5分で完食してしまうし、何もしゃべらない。ニシ
さんは、そんなユミさんを見ながらニコニコしているだけ。俺なん
かニシさんのまかない料理が一番楽しみで嬉しいけどなぁ。ユミさ
んは食べたら即、物たちの方へ行っちゃうし、変わった人だ。

 「俺さぁ~。田舎者というか、小さな時の遊びと言えば山や川で
ドロドロになるまで男の子と遊んでいたでしょ。高校を卒業してこ
の町に来てからは、何もかもが新鮮で楽しい。
 今でも時々小さなころには見たことがなかった物たちには引き寄
せられるように見入ってしまうの。古い物、新しい物全部好き。そ
れが生まれた理由や使われてきた歴史なんかにも興味があるんだよ
ね・」
 「ふ~ん。そうなんですか。私はず~っとこの町の近くで生まれ
て育ったので地方のことなどは全然知らないですね。まだ25歳だ
し。これからいろいろな経験をするだろうけれど、生まれた時から
周りには何でもあったような気がする。親も普通のサラリーマンだ
からね。
 滝くんは、どこの出身なの?何でこの町に来たの?」
 「えっ。俺ですか?四国の愛媛松山です。道後温泉ぐらいしかあ
りません。結構田舎ですよ。」
 「へぇ~、松山か~。夏目漱石の坊っちゃんや正岡子規なんか有
名じゃないの。あっ、ちょっと古かったかな。アハハハ。」
 「いやそれだけじゃないよ。道後温泉近くのチンチン電車や今治
タオルなんかあって、俺、一度だけ言ったことがある。良い所だよ
ね。」

 あっ。ユミさん、よく知っているんだ。確かにいろいろなものや
建物はあるけれど、やっぱり地方であり、田舎は田舎で変わらない
でほしい気がする。
 みんな、地方の活性化をやっているが、何をすればそうなるのか、
わかっているのかな?田舎や故郷が大きく変わっちゃうと残念だね。
しっかり考えないとね。

 「ユミさん、よく知っていますね。やっぱり物探しのために行か
れたんですか?俺、もう2年も帰っていません。」
 「うん。物もそうだけど、温泉も好きなんでね。地方の山や川を
観るのも大好きだね。やっぱり俺って田舎が合っているのだろうね。
まっ、美羽が生まれる前のことだけどね。今はなかなか行けなくて、
物もインターネットで探しているのが現状だけどね。
 久しぶりに沢山の旅に出たいなぁ~。へへへ。」
 「そうですね。今はネットで何でも探せるし、田舎でもパソコン
があれば都会の情報も即、わかるしね。都会と田舎との境なんて地
理上だけで、いろいろな情報は共有されていますから、いやでもグ
ローバルな視点が大切になるのでしょうね。」

 確かに、ショウさんはパソコンの前に座っている時が多いね。シ
ョウさんの知識ってほとんどがネット検索で得たものだったりして
・・・。
 まっ。俺もそうだけど。やっぱり都会と田舎の違いのようなもの
は地理上だけなのかな?空気や人も全然違うような気がするが・・
・。
 『滝くん、良いこと言うね。そうなのよね。都会と田舎って空気
や雰囲気、季節感などの情景が全然違うのよね。私“白い家”を建
てている材料や庭の素材なども様々な地域から集められているのよ。
だから、いろんな空気感というのか、臭いがあって性格も様々なの
です。そのモノたちが集まってうまく折り合いをつけてこの家がで
きています。いろいろなヒトやモノの気持ちがしっかりと入ってい
るのです。
 あっ。何か上からの目線でしたね。
 でもね、今も昔もそれは変わらないし都会も田舎も同じだと思い
ます。特にモノたちの気持ちはね。・・・うふふ。』

 「うんうん。でもね、情報は共有されても田舎は田舎であってほ
しいし、都会も都会らしく最先端のモノやコトを探求する町であっ
てほしいのよね。それにどこで生まれようがどこから来ようが、そ
こが自分にとって大切な故郷だなと思う。
 アハ、ちょっと気持ちが入っちゃった。ゴメンゴメン。アハハハ。

 「いや、わかります。私はこの隣の町で、すぐ近くですが、たま
に帰ると何か空気が違うというのか、そんなにいい思い出があるわ
けじゃないけれど、ホッとしますね。やっぱり故郷ですよ。」

 あぁ~あ。こんな話を聞いていると、久しぶりに田舎に故郷に帰
りたくなっちゃった。

 「コラ~。おまえたち、いくら3時で暇だからってズーっとしゃ
べっているんじゃない!今のうちに備品や服装などのチェックして
おきなさい。へへへ。」
 「あっ。ニシさんってどこの出身なの?ユミさんは岐阜らしいし、
滝くんは愛媛松山だけど。私は隣町ですが。へへへ。」
 「ん?俺か?どこだと思う?この美しい言葉と容姿を見ればわか
るでしょう。へへへ。」
 「あのね。クイズじゃないし、言葉はバラバラだし、容姿は出身
地、関係無いでしょ。ちゃんと答えなさい。」
 「は~い。ショウにかかったら俺は。」
 「えっ、何?」
 「いえ、なんでもありません。はい。」
 「ね~、どこの出身なの?」
 「え~とね。オイは鹿児島生まれで大阪育ちやねん。そして、名
古屋で就職してチョ、東京に出て来てさ。その後、2年ほどは北海
道にいたベェ。その時に晶子が生まれたっちゃ。そして何故か離婚
をしてここに流れ着いたんだよね。」
 「ん?いったいどこの人だ?言葉がメチャメチャでワザと言って
いるでしょ。本当にモデルなんかやっていたの?オーナーとはどこ
で知り合ったのですか?」
 「あ~。長野のスキー場だったね。ロッジで1人呑んでいたら隣
に寂しそうなオッサンが居てね。それがオーナーってわけ。」
 「そうなんですか。じゃ長野にも居たんですね?」
 「そそ。この料理は長野のロッジで覚えたのだ。へへへ。」
 「滝くん。その話は後にして。ニシさんは自分の故郷ってどこに
なるのですか?やっぱり、生まれた鹿児島かな?」
 「ショウちゃん、俺の故郷は日本だよ。この国が俺の田舎であり
故郷なのだ。」
 「えっ。日本?みんな日本じゃないの?大きく出ましたね、ニシ
さん。」
「そうかな。みんな四国だの岐阜だのと言っているけれど、言葉の
違いはあっても、日本の中では少し離れているだけで一緒でしょ。
 まっ、性格の違いはどうしようもないけれどね。アハ。
 だから大きく考えれば、日本ってことになる。
 ただね、この“白い家”が今の俺の故郷なんだ。こんな居心地の
良いところはなかなか無いし、みんな面白くて楽しい。そして、こ
の空間も刺激的で生きているって実感できる。いろんなお客様とも
出会えて日々ワクワクしているよ。小さな空間と時間だけどね。」
 「うんうん。そうだね。俺も同じく!」
 「ユミさん・・・じゃ、私も。へへへ。」

 何か良いなぁ~。みんな家族って感じがする。俺もここに来てま
だ日は浅いけれど、中身が濃い生活をしている気がしている。俺も
早くこの家族の一員になりたい。
 都会でも田舎でもない、この小さな世界はみんなの第二の故郷っ
てことかな。マキさんがあんなに丁寧に掃除をするのもそんな思い
があるのだろうね。
 少しだけど、この“白い家”がわかって来たようで、オーナーの
心も理解できそう。

 『うん。いいんじゃない、滝くん。少しは大人になって来たよう
ね。そんなふうに感じてくれると私もうれしいです。
 “白い家”の白っていうのは、何も無い純粋という意味もあるけ
れど、どんな色にでも染まる、変わるという意味もあるのです。人
それぞれの思いと共にこの家もあなたたちと一緒に育って行きます。
この再生された家たちを大切にして、自分に素直に生きてほしいで
す。その故郷となればと思っています。
 アハ、良いこと言っちゃったかも・・・。うふふ。
 アラ!ちなみに、マキちゃんはどこの出身だったかしら。オーナ
ーも含めてまた改めてご報告いたします。故郷を大切に。』

幽霊とお化け

 「う~。なんか蒸し暑くなってきたね。この季節が来るのが嫌い!
化粧はとれるし汗も出てベトベト、ジメジメする。外には出たくな
くなるね。どう滝くんは?今の季節は好き?嫌い?」

 アハ。マキさん、せっかくの化粧がとれかかっている。ちょっと
怖いかも。美人なんだからそんなに化粧をしなくてもいいと思うけ
どね・・・。

 「俺はこの季節が結構好きですよ。ガーって汗かいてシャワーを
浴びてスッキリするし、その時だけですが気持ちいいですよ。
 まっ、夜中はちょっと寝苦しいですが・・・。」
 「ふ~ん。そうなんだ。何?そんなに顔を見つめないで!化粧が
落ちかけているんだから。あっちを向いて話して~。」
 「え~。それじゃ誰に向かって話をしているのかわからないじゃ
ないですか。透明人間に話している訳じゃないし・・・。」
 「いや~やめて!透明人間ってお化けみたいじゃない。そんな話
は嫌い!」
 「お化けって。お化けは透明というか、透き通っていたかな?古
い漫画本でお化けのQ太郎ってあったけれど、身体は透き通ってい
なかったと思うのですが。マキさん、それって、お化けじゃなくて
幽霊でしょ。お化けは透き通ってないですよ。」
 「あ~ん。もういいからそんな話はやめて!その話はユミさんと
やってよ。あの人は幽霊とかお化け、妖怪って大好きだから。物に
は全て魂があるって言っているよ。」
 「うんうん、そうよ、マキちゃん、滝くん。物にもこの家にも木
や石にも魂があるのよ。何か感じない?」

 『ドキ!私のことかしら。確かに姿はハッキリしないわね。でも
思考能力はあるわよ・・・ってそういうことじゃなかったのね。ア
ハハハ。
 そう言えば、この“白い家”にも怖い場所があるのです。そう、
庭の奥の方が少し暗くなっているでしょ。何かが居るように感じま
せんか?軒と軒の重なった、その隅がどうも昼間も暗くてね。でも、
あの場所があってこそ遠近感がより強調されて奥行きが出ているの
ですが・・・。
 そう、あなたの家にもそんな場所があるんじゃないですか・・・。
 私は幽霊でもお化けでもありません。幽霊もお化けも私としては
同じようなモノですが。私は“霊”です。この家を代表する“精霊”
です。人によっては“神”とも言われます。妖怪でもありません。
 あっ。この“白い家”を造るのにいろんな所から材料を集めたか
ら、その中にはちょっと怖いモノも居ましたね。そう、恐ろしいこ
ともありました。
 また機会がありましたら、お話いたしますね。うふ。』

 「何も感じないよね、滝くん。」
 「はい。何も感じませんが・・・。」
 「ダメね~、滝くん。そういうモノも感じるようにならなきゃ一
人前のクリエーターにはなれないわよ。アハハハ。
それは冗談だけど。
 でもね、いろいろなモノやコト、そして、ヒトからも何かを感じ
取るほど洞察力や感性を高めないと人々が感動するものが生まれな
いと思うの。そこには幽霊とかお化けというものじゃなくても何か
メッセージが感じとれるんじゃないの。そう、幽霊もお化けも何か
を伝えたい、メッセージを残したいという気がそういうかたちで現
れるんじゃないかな。俺はそう思いたい。だから物に対しては真剣
に感性を研ぎ澄まして向き合っているのよ。
 う~、またのめり込みそう。」

 何それ。自分で言って、自分で納得しているみたい。ユミさんが
言っていることはわからなくはないけれど、やっぱりわからない。
・・・
 そういう“霊”的なものってあるのかなぁ~。幽霊もお化けも同
じだと思うけれど、実態は無いよね。そんなの本当にあったら怖い
よ。

 『まっ!失礼しちゃうわね。滝くん、ちゃんとここに居ます。実
態は無いというか、明かすことはできませんが、この“白い家”そ
のものが私であって、“霊”の集合体であり気の集まりでもあるの
です。特にオーナーとこれに関わった職人たち。そして木や石や苔
などのモノたちの気です。
 滝くんはまだ建築を勉強中だけど、建物やインテリア、庭は全て
様々なモノの集まりであってそのコラボレーションと気の共有で出
来ていることを感じ取ってほしいのです。
 ちょっと、お説教になっちゃったみたいだけど、もっと多くのこ
とを学んでね。』

 「滝くん。ユミさんの言っていることは、人でも物でもそれに向
き合っていれば何かが感じ取れるし、それを理解できるってことじ
ゃないの。逃げていてはいつまでもその“霊”というのか“亡霊”
に追いかけられているような気になっちゃうしね。」
 「うん。確かにマキさんの言う通りかもわかりませんね。この家
の庭やインテリアを初めて見た時はすごくいい気分で居心地が良く
落ち着いた気がした。すなおにこの“白い家”と向きあったからこ
そそう感じたんだよね。」
 「それに俺の料理とマキちゃんの接客もあってね。へへへ。」
 「うん。ニシさんの言う通り。全ての要素というか、素材がうま
くコラボレーションしているからこの空間、空気、時間が生まれて
いるんだと思う。そして、この空間こそ私の幽霊でありお化けでも
ある“霊”なのかも。
 アハ、ちょっと言い過ぎちゃったかも。でも、そんな空間だから
こそ気を感じるのかもわからないね。」
 「マキさん、あんなに幽霊やお化けを怖がっていたのに良いこと
言いますね。でもなんとなくわかるような気がします。俺はまだま
だ勉強しないとね。この“白い家”から学ぶことが沢山ありそうで
す。」
 「あっ。ところでみんな。このカフェには時々夜中に幽霊が出る
のを知っていたか?」
 「え~、マジですか。俺、知らない。結構長く働いていますが初
めて聞きました。おい、マキちゃんやショウちゃんは知っていたの
?滝くんはまだ日が浅いから知らなくても当然だよね。」
 「私たちも知らなかったです。ね、ショウさん。」
 「うん。」

 オイオイやめてよ。残業が出来ないでしょ。ニシさんそれ以上話
さないで。やめてください・・・って、椅子に座っちゃったよ。

 「よし。今暇だし、じゃ、少しだけ話そうか。昼間だから怖くな
いよな。」
 「私はいや!聞かないからね。」
 「アハ、マキちゃんはこんな話は嫌いだったね。へへへ。でも、
はじまり~。」

 『アハ~。何で“霊”の話からこんな方に行っちゃうのかな。ニ
シさんあまり怖く話さないでね。噂になると困るし、みんな眠れな
くなって仕事に影響しちゃうでしょ。私も怖いし。うふ。
 でも、ニシさんのお話は本当です。私はたびたび見かけています。
あぁ~コワイ!』

 「それは、この白い家と白いカフェがほぼ完成した時のことです。
この家に様々なモノを集めて、少しずつ完成させていたのですが、
ある所からちょっと大きめの石をオーナーが見つけて来てそれを置
いたのですが・・・」
 「ニシさん、何で敬語ですか?普段と同じように話して下さいよ。
敬語、怖い。」
 「ショウちゃん。いい所に気が付いたね。こういう話をする時は
静かにそして、明瞭に語らないと臨場感というか、リアルさが出な
いでしょ。アハハハ。」

 うっ、ニシさんの演出か。似合わない。

 「あれ?どこまで話したかな?アハ。
 そうそう、その石をオーナーが見つけて来て設置をしたのだけれ
ど、翌朝見ると向きが変わっていたのです。オーナーはすごく怒っ
て元に戻させたのですが、こんな重い1トンもある石を誰が動かせ
るもんですか。みんな不思議に思っていました。が、一人の職人が
変なモノを見つけてしまいました。それは、石に刻印のようなマー
クの彫り物です。誰も全く読めないし理解できません。
 で。その翌朝になると、また、向きが変わっているのです。昨日
とまったく同じ方角をその刻印が向いているのです。みんな気味悪
がってオーナーに元ある場所に戻すように言ったのですが、聞き入
れてもらえません。元に合った所に何かがあるのだろうと、職人た
ちが言うので、俺が確認に行ったのであります。」
 「ニシさん、そこで変な言い回しはやめてください。しらけます。

 「あっ。ゴメン、ゴメン。」
 「で、その石があった所へ行くと、もうひとつ一回り小さな石が
あったのです。ちょっと不格好な石だった為か、オーナーは持って
帰らなかったそうです。確かにすぐ横にはあの石を取り除いた跡が
ハッキリとあり、良く見るとこの小さな石にもあの似たような刻印
が彫られていました。そう、同じものなのでしょう。そして、その
刻印が向いているのが、なんと、あの大きめの石があった方角です。
 何か寂しそうに感じました。
 そうか!あの石もこの小さめの石の方を向こうとしていたんだ。
きっと、そうなんだろう。これは何かあるんじゃないかなと思い、
私はその地元のお寺に行き、詳しく住職にたずねてみたところ、す
ごい話を聞かされました。」
 「ね~、ニシさん。バカ丁寧な言葉になってきているのですが、
そう少しサラッと話してよ。」
 「ユミちゃん、一つ一つ注文をつけるなって。こっちは乗ってき
ているんだから。」
 「は~い。だって、ちょっと怖くなってきたし・・・。」
 「で。その話というのは、あの2つの大小の石というのは男と女
で、大昔にこの村で暮らしていた2人で親から結婚を反対され心中
したそうです。その時にお互いを刺した小刀に付いた血が2つの石
にそれぞれ吸い込まれたそうです。大きな石は男で、小さな石が女
だそうで、村の人々はあまりにも痛々しく、かわいそうに思い、そ
の2人の印を石に彫って今の場所に安置したそうです。
 そして、その刻印を向い合せにしたそうです。だが、時が過ぎる
とみんなは忘れてしまい、あの石は放置されてしまったとのことで
す。
 住職さんは言っていました。人は二度死ぬと・・・・・。
一度目は、肉体が死を迎え荼毘にふされた時で二度目は、人々の記
憶から消えて忘れ去られた時だそうです。悲しいですね。
 この話をオーナーにすると、突然涙を流し、すぐに2つの石を一
緒にさせるよう私や職人に伝えました。
 そして今、あの場所にそっと置かれています。何故この白い家に
置いて元の所に戻さなかったのかわかりませんが、多分、元あった
所はすごく寂しそうな所だったので、オーナーは少しでもにぎやか
で、誰かが覚えている所を選んだのでしょうね。少なくとも俺とオ
ーナーはあの2人を忘れないだろうしね。
 そして、この話はこれで終わりではありません。
 実は、この2つの石は、その男女の“霊”らしきものが宿ってい
て夜中に話をしているところをオーナーはたびたび見かけたそうで
す。でも、何か厄があるのではなく、怨みがあるわけでも無く、そ
の男女の石は、オーナーにお礼を言っているように感じたそうです。
 それ以来、この白い家の建築は非常に順調に進み、思った以上
に早く、美しく完成したのです。事故などの問題も無く完成したそう
です。 オーナーはまだまだこれからだと言っていましたが・・・。」
 「ア~ン。」
 「どうした?マキちゃん。聞いていなかったんじゃなかったの?
泣いているのか?」
 「うん。これから毎日、あの石たちに手を合わせます。」
 「うんうん。」
 「ね~、一度でいいからその2人に会ってみたいね。一度だけで
十分だから・・・。」
 「おっ。滝くん、言うね。そんな根性というか、勇気があるのか。
よし、今夜みんなで見よう。いや、会おうよ。俺も会ったこと無い
しね。」
 
 えっ。ニシさんは会ったことが、見たことが無いんだ。アハハハ。

 「明日は、このカフェは休みだし、今夜12時に集合ということ
で、いいね?」
 「は~い。」
 「私はイヤ!やっぱり怖い。」
 「マキちゃんは無理しなくていいよ。何か感じやすいようだから
ね。」

 『アハ。ニシさん、話してしまったのね。本当は夜中に自分だけ
が残業しているのが怖かったのでしょ。うふ。
私はたびたび見かけているし、お話もさせていただいているので、
今回は参加いたしません。みんなそっと見てあげてね。よろしく。』

 「よし。みんな集まったな。うんうん。えっ、何でマキちゃんが
来ているの?大丈夫なのか?」
 「はい。挑戦します。」
 「それに、我が娘、晶子と・・・あらま、こんな時間にミーちゃ
んも来ちゃったのね。オーナー以外全員集合か。アハハハ。」
 「ミーちゃん、おしっこに行けなくなっちゃうよ。大丈夫なの?」
 「滝くん、大丈夫よ。美羽はもう行けなくなっているわ。私が全
部話したらビビってしまって。それで、見届けるって。アハハハ。」

 うっ、恐ろしい親だ。自分ひとりじゃ怖いから娘を道連れにした
のか・・・。

 「今、12時30分です!」
 「ニシさん、何時に現れるのか知っているんでしょ?」
 「アハ、全然知らない。オーナーに聞くのを忘れていた。アハハ
ハ。」
 「なんじゃそれ!じゃ、いつまでこうやってんのよ。」
 「ショウちゃん、ゴメン。まっ、丑三つ時の2時までにしよう。
それまでに現れなかったら、またの機会にということに・・・。」
 「オヤジのバ~カ!」
 
 そして、真夜中の2時ごろになると、石のあたりがボーっと白く
明るくなっている。いよいよ始まるのかな。ドキドキワクワクして
きた。

 「コラー!美羽。何やってんの。バカ!」
 
 えっ。ミーちゃんが小さな懐中電灯で横から石を照らしていたん
だ。やっぱり、小悪魔だな、この子は。

 「アハ。びっくりした?みんな。もう現れないようだから帰ろう
よ。」
 「このバカ娘が!すみません、みんな。」
 「たくさんいるから恥ずかしいんだよ。それに時間が不確かなん
だから改めて出直そうよ。」
 「確かに、マキちゃんの言う通りかも。」
 「もう。オヤジはいい加減なんだから。今度はしっかりとオーナ
ーにたずねておけよ。」
 「は~い。じゃ2時になったので解散ということにします。また
のお楽しみに。」
 「さぁ、帰ろう、寝よう。」

 みんなが自分たちの部屋や家に戻ろうとした時、ジーっと何かが
見つめているようで、少しだけれど大小の石が明るくなったような、
そんな気がした。俺だけが感じたのかと思ったけれど、マキさんも
背中に何か感じたようで、いきなり振り返っていたね。
 本当に居るのかどうかわからないけれど、気持ちの悪いものでも、
怖いものでも無く、何やらあたたかいものを感じました。やっぱり、
いろいろなモノに対して素直に向き合うことは本当に大切なことだ
ね。

 『アラ。会えなかったのね。うふふ。あの石のおふたりさんはあ
なたたちを見ながら笑っていましたよ。本当に仲の良い人たちだな
ぁ~って言っていました。
 人も物もどこで生まれて、どこで消えて行くのか、それぞれです
が縁あって出会ったら互いを理解し大切にしてほしいですね。次の
機会には2人に会えると思いますが、日々来られるお客様も大切に
して下さい。そして、いつまでもあの2人の石の物語を忘れないよ
うにお願いします。』

親と子

 「あ~ぁ。この前は何か疲れたね。結局、何も無く解散したけれ
ど、おかげで次の日のお昼まで寝てしまって、半日損しちゃった。
マキちゃんは変わらず朝早くから掃除をしていたようだけど、いい
子だね~。その反面うちの娘は私と一緒になってしっかりお昼まで
寝ていんだから。もう小学校1年生なんだからサッと起きてマキち
ゃんのお手伝いくらいしろよな。」
 「何言ってんの。お母上も一緒になってイビキをかいて寝ていた
でしょ。子供は親の姿を見て育っていくのですよ。親の鏡はその子
供です。」
 「うっ。生意気なガキ。サッサと学校へ行け!」
 「行ってきま~す。滝くんおはよう。」
 「お、おはよう、ミーちゃん。アハハハ。」

 ユミさん親子はいいコンビだとは思うのだけれど、ミーちゃんを
見ているともう親離れしているように感じる。まだ小学校に入学し
たばかりなのに・・・。
この先どうなるのだろうね。

 『そうね、滝くん。ミーちゃんを見ていると昔のコマーシャルの
言葉を思い出しますね。“わんぱくでもいい、たくましく育ってほ
しい。”ってね。アハ、古かったかしら。滝くんは知らないでしょ
うね。でもこの2人にはしっかりした絆はあると思うわよ。』

 「おはよう、滝くん。ユミさん。今日も暑いけどいい天気ですよ。
カフェの窓を全部開けて空気を入れ換えましょう。エアコンはその
あとに入れればいいですね。」
 「ですね、マキさん。この家って風通りがすごくいいから室内の
風の回り方も気持ちがいいですね。」
 「そそ。滝くん、そうなのよ。この家って不思議でしょう。こん
なにうまく通風ができている家ってあまり見かけないと思うのよね。
全部の窓と窓が繋がっているようで、すごく風が通って気持ちいい
んだから。」
 「そうよね。俺たちが住んでいるレンタルルーム側も奥の部屋や
厨房、オーナーの部屋も全部に風が通るようになっているから、嫌
な臭いがあっても早く抜けちゃうしね。」
 「確かに、ユミさんの言う通りかも。これだけ風通しが良ければ
居心地もいいし、冷風や温風が行き渡りやすくて置いてある物や建
物にはいいと思います。もちろん、人間にもいいですね。」
 「アハ。流石建築士の滝くん。あっ、まだ資格は取ってなかった
ね。アハハハ。」
 「マキさん、それはまだ無理です。勉強が全然足りませんから。」

 そう言えば奥の部屋ってほとんど使われていないように見えるけ
れどどんな部屋なんだろう。近いうちに探索してみよう。何か宝探
しをしているような気分。
 ここは本当に面白くって刺激的な家なんだろう。そそ、別棟のレ
ンタルルームも快適に設計されていて居心地がいい。特に設備は充
実しているね。

 『そうなのよ。みんな気持ちよく住んでいると思うけれど、オー
ナーの拘り空間の1つなのです。この“白い家”は和洋両方の要素
が取り入れられた空間になっています。
 ただ、こんなに風通しが良い空間になったのはある偶然からなの
です。ちょっと怖いですが、また機会がありましたらお話しします。
 レンタルルームの1部屋の広さは約40㎡のワンルームになって
いて、天井が高いこともあって意外に広く感じますね。それに各部
屋はメゾネット型になっているのです。また機能的な家具が付いて
いるので、即、住むことができるのよ。ユミさん親子の部屋は2人
なので、上の部屋はミーちゃんが使っているようです。窓も大きい
し小さな天窓も付いているから、そこからの風や光が入って気持ち
が良さそうですね。
 もちろん、バス、トイレ、ミニキッチン付きで、冷蔵庫やレンジ
も付いています。料理をしない滝くんにはもったいないかも。そし
て、テーブルとチェア、ソファにテレビもあって、何も言うことは
ありませんね。うふふ。
 あっ、それから、室内の改装は比較的自由です。資金はオーナー
が援助してくれるからいいですね。私も住もうかしら・・・。
いや、もう住んでいましたね。アハ。』

 「いらっしゃいませ。どうぞ、どの席でもご自由にお座りくださ
い。」

 ん?初めてのお客様ですね。中年のご婦人とその娘さんかな?

 「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
 「あっ。メニューをもう少し見せてください。」
 「はい。どうぞ。お決まりになりましたらお呼びください。」

 あっ。マキさんの服装に何も反応しなかった。珍しいお客様だ。
アハ、マキさんなんか残念そう。

 「すみませ~ん。」
 「は~い。お決まりですか?」
 「このホワイトケーキを2つと紅茶を2つください。」
 「はい。かしこまりました。ホワイトケーキを2つに紅茶を2つ
ですね。紅茶はホットかアイスのどちらにされますか?」
 「じゃ、私はホットで。ナオはどっちがいい?」
 「私はアイスでお願いします。ミルクは付けてください。」
 「はい。かしこまりました。ホットとアイスですね。しばらくお
待ちください。」
 「あれ?マキさんはどこへ行ったのかな。俺に任せてしまってい
るじゃないか。」
 「あっ。ほっとけ。マキちゃんは着替え中だ。」
 「ニシさん、マキさんはなんでまた着替えているんですか?」
 「さっきの服を注目されなかったから、他の服にチェンジなんだ
ろ。」

 アハ。別にいいと思うけど。その都度着替えていたら疲れるでし
ょう。それに面倒くさいし。まったく、オタクというのか、変わっ
ているね。

 「はい。お待たせいたしました。ホワイトケーキと紅茶です。ホ
ットはどちら様ですか?・・・はい。どうぞ。ごゆっくりしてくだ
さい。」
 「ありがとう。」
 「あらま。また無視されているね。マキさんかわいそうだね。」
 「いいの。そういうお客様も居るんだから・・・。」
 「でも、今回のは可愛いし、ステキですよ。それって、ウエスタ
ンルックっていうんでしょ。やっぱり、白系が中心でハットも白な
んですね。えっ、拳銃をつけているの?本物じゃないですよね。エ
ヘ。拳銃も白が基調色なんだ。徹底した拘りですね、」
 「当たり前。本物の拳銃だったら逮捕されちゃうでしょ。アハハ
ハ。でもさ、さっきもそうだったけれど、今もほとんどこっちを見
てくれないのよね。なんか2人して難しい顔をしているのよ。滝く
ん、どう思う?」
 「確かに。あまりこちらを見ていないですね。大きな悩みか相談
事があるような・・・
 で。何で、また、1番席なんですか?何かある人はみんなあの席
に座るように思います。」
 「うん。そうだね。あの隅っこの席は、今年からレイアウトを変
えたからね。居心地がいいのかな?ほら、なんか笑顔がでてきてい
るよ。」

 「ね~、ナオちゃん。ここのお庭って綺麗ね。よく手入れされて
葉っぱ一枚も落ちていないし、明るいし、見ているとホッとするわ。

 「うん。お母さん。何故かわからないけど安心するし、落ち着く
よね。」
 「家に居ると余計に気持ちが落ち込んじゃうから、散歩に出て来
てみたけれど、こんなにいいお店があったとは全然気付かなかった
わ。」
 「そうね。いい所を見つけちゃったね。アハ。」
 「さっきの店員さんも楽しくって元気が出る服装だったし、この
カフェは安心で居心地が良いから長居しそうね。元気になれそう。」
 「お母さん、あまり考え込まないほうがいいよ。きっとお父さん
は見つかるし、帰って来るよ。元気に行ってきま~すって言って出
かけて行ったじゃない。みなさんに探していただいているのだから、
きっと大丈夫よ。」
 「そうね。そうよね。・・・あっ、このケーキ美味しい!真っ白
いからすごく甘そうに見えたけどコクや旨みがある。フルーツなの
か心地良い香りがする。それにオレンジの皮がアクセントになって
色味もいいね。楽しい。」
 「紅茶も濃くなく刺激が少し抑えられているので良く合うね。」
 「あっ。そうね。アイスティーもよく合っているし、何か、ホッ
とするね。」

 『どうやら、この母娘の悩みはひとまず落ち着いたようですね。
ちょっとした安心感というのか、幸せ感を味わっていただければう
れしいです。それに、ニシさんもちゃんと気付いていたようです。
よかった。』
 
 「お母さん。」
 「ん?」
 「たとえお父さんが見つからなくても、帰って来なくても、私た
ちの心の中に居るし、親子であり、夫婦だからね・・・。」
 「うん。そうだね・・・。」
 「そうよ、お母さん。」
 「でも、本当にここのカフェに来てよかったね。“白い家”って
いうのかしら。また来ようね。今度はお父さんも連れてね。」
 「そうだね。お母さん。」

 「なんか、あの2人だんだんと明るくなってきたね。何の話をし
ているのでしょうか。でも、気分がよくなったようで安心しました。

 「そうね。親子って感じでいいね。私もお母さんに会いたくなっ
ちゃった。」
 「マキちゃん、親と子は離れていてもどこかで繋がっているもの
だよ。どこかでね。それが絆というものなのかもわからないね。」
 「うん、ニシさんの言う通りだね。」
 「は~い。ただいま~。オヤジ、さっき呼んだ?」
 「アハ、お帰り。って。ここは晶子の家じゃないし、お店ではオ
ヤジって呼ぶなって言っただろ。店長だ、店長。それに、俺は呼ん
でないぞ。空耳でしょ。」

 『うふ。そうですか?ニシさん。さっき心の中でアキちゃんのこ
とを呼んでいませんでしたか?もうそろそろ帰って来るかなって。
アハハハ。』

 「ごちそうさまでした。本当に美味しかったです。ねっ、お母さ
ん。」
 「うん。美味しかった。それにあのお庭も店内の雰囲気もいいか
らホッとしました。あっ、さっきの店員さんのファッションもよか
ったわ。着替える前も両方ともにね。元気づけられました。ありが
とう。きっと、また来ます。がんばってね。」
 「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしています。」

 「アハ。やった~。やっぱりあの2人とも私のファッションをし
っかり見ていたんだ。何か悩みがあったのね。でも元気になられて
よかった。」

 そうか。マキさんがワザワザ着替えたのは、あの2人が何か元気
がないことに気付いたからだね。

 「よかったですね、マキさん。あんなに明るくなって帰られた。」
 「うんうん。でもね、本当の元気の素は、この“白い家”なのよ。
実は、私も初めてここに来た時は、母と喧嘩をして家を飛び出した
からすごく落ち込んでいてね、ニシさんがこの子自殺するんじゃな
いかと心配したくらいだった。
 でも、あの隅っこの席に座ってこの家や庭、そして、店員さんた
ちや小物たちとふれあうとすごく元気になっちゃった。だからここ
で働かせてもらっているの。
 朝の掃除も、そのお礼と恩返しのようなもの。うふふ。」
 「あ~、そうなんだ。」
 「そうしたら、すぐに母が私を見つけて、ここにやって来たの。
母もこの家や庭に接して、ここなら娘が居ても安心だと思ったよう
で、そっと帰って行ったの。何か嬉しかった。
 どこかで喧嘩しても親子はわかり合えるというか、ちゃんと絆が
あるのを実感しちゃった。この“白い家”って何か不思議で心地良
くなるのよね。」

 『ありがとう。マキちゃん。そして、さっきの親子さん。そう感
じていただいて大変うれしいです。この“白い家”にはいろいろな
気が集まっていますが決して悪は居ません。今はね・・・。
 むしろ、たくさんの人たちにお世話になったモノたちばかりです。
だから、ほんの少しでもお礼ができればとみんな考えております。
親と子はどこかで繋がっているように、この“白い家”も様々なモ
ノやヒトと、そして自然と繋がっています。
 まだまだいろんな人たちを元気付けないとね。うふふ。」
 
 「お~い。夕方からの準備を始めるぞ~。整え直してね~。」

 『あっ。そうそう。この家の庭にも親子がたくさん居ますよ。
 以前紹介をした大小の桜の木もそうです。いつも寄り添って仲の
いい桜親子です。たまには喧嘩をして花や葉をたくさん落としてい
ますが、それでも朝になると朝日を浴びて美しく静かに立っていま
す。それを見ると、あ~、仲直りをしたんだなと思ってしまいます。
親と子は不思議なくらい似ているものだと私は思います。そして、
しっかりとした絆があるのだと・・・。
 だって、親子だもん。うふ。』

漫才コンビと師匠

 「おっ。ここや、ここちゃうか。こんちわ~。」
 「いらっしゃいませ。」

 ん?この2人はどこかで見たような・・・。
さっき来られたお1人のお客様の席へ向かっている。知り合いなの
かな。それにしては随分と年が離れているように見えるが。

 「おお。こっちや、こっち!」
 「はい。師匠、お待たせいたしました。すんません。」
 「まあええがな。そこにお座り。」

 あ~。やっぱり何か訳がありそうなお客さんのほとんどは、その
隅っこの1番席に座られるなぁ。何か運命のような気がする。この
家の力?“霊”に引き寄せられているような・・・。

 『まっ。失礼な。滝くん。引き寄せてはいません。必然的にその
席が一番落ち着くのです。それに、私は“霊”でもありますが、
“魂”でもあるのです。あっ、似たようなものでした。アハハハ。
 でも、訳ありって感じですね。この方たちも・・・。』

 「師匠。何か?」
 「うん・・・おまえら、このままでええんか?いったい何を目指
して漫才をやってんねん?デビューした時は結構よかったが、その
後は鳴かず飛ばずでテレビ出演も今はもうほとんど無いやろ。地方
巡業でなんとかやっているようやけど、それでは食べて行けへんや
ろ。バイトでもやってんのか?兄弟子たちも心配しとるで。ほんま
に。なんか新しいネタでもできたんか?」
 「・・・・・。」
 「コラ!聞いてんのか?もう10年やど。おまえらいくつや!」
 「あの~、ご注文はお決まりでしょうか。」
 「あっ。ごめん。つい大声を出してしもたわ。おまえら何か頼ん
だらどうや。わしは今、コーヒーをよばれとるから。」
 「あっ。そしたら私もコーヒーを。」
 「俺は、この特性ミルクをください。」
 「おい!なんでやねん。おまえだけ特性ミルクなんや。そこは師
匠と一緒でええやろ!・・・せやけど、旨そうやな。」
 「クス・・・。」
 「あっ。失礼しました。おもわず笑ってしまいました。すみませ
ん。では、コーヒー1つと特性ミルク1つですね。少々お待ちくだ
さい。」
 「おまえらええ呼吸しとるやないか。さっきの店員さんを笑わし
たやないか。何でそれが舞台ではでけへんのや。どうも間が悪いな。
最近2人の息がおうとらんのとちゃうか?コンビ解散して立て直し
てみるか?どうや?」
 「はぁ~~~・・・。」

 「おぉ。雨が降ってきたな。まるでおまえたちの心の中みたいや
な。どしゃ降りやろ。アハハハ。雨降って地固まるって言うけど、
早よう固めなアカンで。グチャグチャのドロドロになってきている
がな。ホンマに。」
 「アハハハ。師匠!流石、上手いこと言いますね。」
 「アホ。ヌー!おまえらのことやど。しっかり考えんか!だいた
い、そのコンビ名がアカンのとちゅうか?何でそんな芸名にしたん
や。ヌーとボーでヌーボーか?わしに言わせたらヌーとした奴とボ
ーとした奴のコンビでパッとせんイメージがあるな。」
 
 「キャッ。アハハハ。あの師匠っていう人はうまいね~。メチャ
笑えるし、風貌もお笑いの人って感じで。やっぱり、師匠と言われ
ているだけあるね。」
 「し~。マキさん、聞こえますよ。でもなんかあの師匠、怒って
いるのか、弟子たちにネタを聞かせているのかよくわかりませんね。
でも、確かに面白い。アハ。」

 「いや。師匠!この名は、前にアールが付くんですわ。俺たちの
コンビ名はアールが付いてその後にヌーボーですわ。要するにアー
ル・ヌーボーっていうわけで、19世紀から20世紀初頭にかけて
の美術運動であり新しい芸術という意味ですねん。
 いろんな作家がいますよ。例えば、ガレやラリックなどの硝子作
品が有名人やミューシャなんかもいます。あとは、マッキントッシ
ュなんかもそうですわ。それにあやかって付けた名ですからええと
思ったんですけど。」
 「アホ!それくらいわかっとるわ。そんな大きい名を付けて完全
に名前負けしとるやないか。それやったらアールとヌーボーにしと
いたらええやないか。1人は新鮮でしっかりしたイメージで、もう
1人がヌボーとしたちょっと間抜けなイメージになるからわかりや
すいし、バランスがええんとちゃうか?どうや?それにしたら。」
 
 「キャキャキャ。あの師匠、メチャ面白いね。うむ。」

 あっ。そうか。あのコンビさんはアール・ヌーボーさんだったん
だ。一時期すごく面白くってブレイクしたんだよね。よくテレビで
見かけた。そういえば最近全然見かけてなかったなぁ。こんな所で
会えるとは・・・。

 「ん?マキさん、笑いすぎです。」
 「あいよ。滝くん。特性ミルクとコーヒーね。」
 「は~い。えっ、何ですか?このカップアンドソーサーは。今ま
でとは全然違いますね。変わったデザインというのか、レトロ感が
すごく出ていますね。」
 「うん。そうだろう。これが今、あの2人が付けているコンビ名
のアール・ヌーボーのスタイルを継承したデザインカップだよ。滝
くんも建築をやっているから知っているだろう。」
 「はい。もちろん。建築やデザインをやっている人たちなら誰で
も一度は学ぶスタイルですから。でも良くこんなのうちにありまし
たね。」
 「は~い。俺だよ。どうかな?と思って提案したのよ。いいでし
ょう?」
 「あっ。ユミさん。そっか、物に関してはユミさんだもんね。流
石~、いいセンスされていますね。」
 「ありがと。うふ。」
 
 「お待たせいたしました。特性ミルクとコーヒーです。ごゆっく
りどうぞ。」
 「おぉ。これは・・・おまえたちやないか!」
 「えっ。これってアール・ヌーボースタイルのカップですね。へ
ぇ~この店、こんなのに入れて出してくれるんや。ええですね。」
 「アホか!わしらがアール・ヌーボーの話をしていたから気を利
かせてワザワザ出してくれはったんやないか。うぅ、ええ店やホン
マに。」
 「ホンマや。ありがとうございます。ん?特性ミルクは来たんや
けど、その横にあと2つミルクが置いてあるんですが、なんでなん
やろ?」
 「あっ。それは別物のミルクが2つです。まず、そのまま飲んで
みてください。その後、別にカップをご用意していますので、1つ
ずつミルクを足して自分好みの味に調整してお飲みください。」
 「あ~、そうなんや。変わった飲み方をするんやなぁ~。」

 「ん?あっ!それぞれ全然ちゃうで。そのまま飲んだらあっさり
しているけど、足したらコクが出てきたで。旨みもあるわ。それに
ミルクのええ臭いがするし、ホンマにええ感じで混ざっているわ。
それぞれ別の味でも組み合わせたら、また違う味か出て別世界やな
ぁ~。」
 「えっ。そんなに旨いんか?ちょっと飲ませてくれや。・・・
おぉ、確かに違うな。それぞれの味もしっかりしとるがな。混ぜる
とまた違うええ味出しとるわ。おまえ、ええもんたのんだな。」
 「はい!師匠。」
 「あっ。そうや、これやで。な~相方。これや、これやで。
俺たちはどうやっても別物や、一緒のものになんかなられへん。け
ど組み合わせや混ぜ方でガラッと変わることができるんや。別物の
個性を生かしながら、また別物になるちゅうこっちゃ。なっ?」
 「うんうん。ようわかるわ。そうやな。うんうん。」
 「ようし!もう一度頑張ってみようやないか。必死にな。ええ味
だしたろうやないか。」
 「そうそう。ええこっちゃ。コンビ名は好きにしたらええ。もう
一度頑張ってみいや。」
 「ありがとう、店員さん。いや、店さん。こいつらもう一度やれ
るかもしれん。おおきに。」

 「何か、よかったですね。ニシさんの狙い通りってことですか?」
 「ん?何?特性ミルクのことか?いつもの通り作って出しただけ
だよ。いや、ホンマに。アハハハ。」

 『アラ?ニシさんに関西弁が移っちゃったのかな?あっ彼は大阪
育ちでしたね。うふ。
 でもほんとうは、ちゃんと狙い通りになってよかったんじゃない
の。ニシさんは満足そうな顔をしているし、この漫才コンビさんも
特性ミルクのようにいい味が出てもう一度人気が出るといいですね。
師匠は、人気よりこの2人の生きがい、目標が見つかったようで、
それで嬉しそうです。まっ、ええんとちゃうか。へへへ。』

 「おい、おまえら。この庭を見てみい。綺麗やないかぁ~。掃除
がちゃんとされていて手入れが行き届いている。それにええコンビ
ネーションやないか。和と洋がうまく組み合わされて何とも言えん
情景や。落ち着くな。自然な感じもあって奥行きもある。なんか温
かく包み込まれるようやな。この庭は一人のために造ったんやない、
たくさんの人のため生き物のために造られたんやとわしは思いたい。
おまえらもこの庭をよう見ときや。」
 「はい。師匠。目に焼き付けときます。」
 「はい。俺もです。」
 「アホ。そんな大げさなもんとちゃうけどここで見たこと、感じ
たことをしっかりと記憶に残しとき。」
 「なんか悩みがあったら、またここに来たらええな。俺ここが気
に入ってしもたわ。ホッするしな。」
 「うんうん。俺もや。ええ店員さんたちやし、置いてある小物も
面白いからまた来たいな。師匠、ええとこ教えてもろてありがとう
ございます。」
 「アハ。ここを見つけたんはわしとちゃうで。この家は“白い家
と白いカフェ”というらしいんやけど、この家のオーナーに教えて
もろたんや。ちょっと前に偶然におおてな。昔ちょっと知ってたさ
かい懐かしくて話し込んでたら、オーナーがここを紹介してくれた
んや。おまえらのことを相談したこともあったからやろ。本人はあ
んまり店には出ないと言うとったけど、ええ店や。」
 
 えぇ~、そうなんだ。あのオーナーがお知り合いだったとは。オ
ーナーもなかなかいい演出をされるね。俺、オーナーのことをもっ
と知りたくなってきた。
 アハ。ひょっとして魔術師だったりして。なんの根拠もありませ
んが・・・。

 『滝くん。それ、半分は正解かもよ。うふふ。人にはそれぞれに
役割があって、この世に誕生したのですよ。何の意味もなく生まれ
たのではありません。私たちも同じです。その人々や物たちが様々
に関わりあって、混ざり合って生きているのです。互いを尊重しつ
つこの世を楽しんでね。』

 「さぁ~、帰ろか。またいつでもここに来たらええ。いつも暖か
く迎えてもらえるやろ。おまえらも自分のことだけを考えんと、人
や物のこともたまには考えたりや。そうしたら、新しく生まれ変わ
れるやろし、生活も、世間を見る目も変わってくるやろ。」
 「はい。師匠、おおきにです。そして“白い家と白いカフェ”さ
ん、ありがとうございました。なんかスッキリしました。また、絶
対来ます。

 「ありがとうございます。またのお越しをお待ちしております。」

 『おおきに。またのお越しを・・・。』

夫婦と夫婦 ふうふとめおと

 「こんにちは~。」
 「いらっしゃいませ。お1人様ですか?どうぞお好きな席へ。」
 「ありがとう。あなた新しい店員さんね。じゃ久しぶりにあの席
に行きます。」
 
 ん?常連さんなのかな。あ~1番テーブルかぁ。あの席のことを
よく知っておられるようだね。

 「あっ。いらっしゃい。久しぶりだな。」
 「うん。久しぶり。オーナーに呼ばれて来ちゃった。どう元気に
やっている?」
 「ああ。俺も晶子も元気よ~。へへへ。」
 「まぁ~、アキちゃんはいいのよ。心配していないし。しっかり
しているものね。あなたはどうなのよ?結構神経質なのだから。見
た目はヤンチャに見えるけれどね。なんか、変わらないね。うふ。」
 「フン。ほっとけ!で何をしに来たんだ?オーナーとも久しぶり
に会うのだろ。」
 「うん。そうね。久しぶりに会うのが楽しみなの。アハ。今年の
“灯パーティー”の件でね。もうそろそろだけど、あなたも準備を
始めているのでしょう?進んでいる?」
 「ああ。まぁ~な。」

 ふ~ん。ニシさんの元奥さんなのかな?綺麗な人だな。アキちゃ
んはハッキリ言ってお母さん似かな?でも、両親共に美男、美女だ
からね。ん?“灯パーティー”って何?もうすぐなの?

 「マキさん、“灯パーティー”って何ですか?もうすぐって、い
つやるの?何をやるのですか?」
 「あっ。滝くんは初めてだったね。簡単に言えば“灯”をテーマ
にした夏の夕涼みパーティーだよ。従業員と常連客やその家族、関
係者が集まって夕暮れから夜中までワイワイしちゃうの。
で。それが終わるともうすぐ秋っていうわけ。だから毎年8月の最
終土曜日にやるのよ。滝くんも是非参加してね。というか参加する
のが義務であり準備を手伝うのも義務。」
 「はい。是非!」
 「で。どんな格好で参加すればいいんですか?」
 「基本は浴衣だけれど、和装ならなんでもいいみたいよ。」
 「え~っ。俺、和服なんて持ってないです。買うにしても高そう
だし、どうしよう。」
 「滝くん、俺が貸してやるよ。当日に何着か持ってくるから、そ
の中から選べばいいよ。レンタル料はおまけしておくから。アハハ
ハ。」
 「ありがとうございます。って。お金を取るのですか?」
 「アハ。毎年誰かに貸しているけれど。1回1000円でね。ア
ハ。」
 「えっ。1000円ですか?・・・」
 「コラ!高い!100円にしておきなさいよ。あなた。」
 「ハーイ。アハハハ。」
 「よし。あと1週間しか無いから準備を急ごう。元妻の愛子はも
う準備は始めているのか?」
 「何よ!元妻って。なんとなく別れただけで、今も夫婦のような
ものでしょ。フン。
 準備は去年からやっています。オーナーとは今年の初めに打ち合
わせをして着々と進んでおります。今日も最終確認のために来たの。
あなたはどうなのよ?神経質のわりにのんびりしているでしょ。ア
ハハハ。」

 『そうそう。この2人、別れたと言っているけれど、その理由を
話せば長くなるので短くまとめると、互いに忙しすぎて何日も顔を
合わさないことが多くなったらしいのです。その時にアキちゃんが
面倒くさいから、別々に住もうって言っちゃったものだから、こう
なったわけです。アキちゃんはお父さんが気になるので今はくっ付
いていますが、これもお母さんである愛子さんからのお願いだった
らしいのです。
 愛子さんの仕事はコーディネーターだそうです。どんな依頼に対
しても上手くコーディネートするそうよ。今年も何かをやってくれ
そうですね。楽しみ。
 あっ、そうそう。この2人、離婚届は出しておりません。よって、
ニシさんはバツイチじゃないのかな?うふふ。』

 「ふ~ん。そっか。で何をやんの?去年と同じキャンドルショー
か?あれはよかったけど、なんか、キャンドルショーって聞くとち
ょっといやらしいことを想像しちゃう。アハハハ。ごめん・・・。」
 「バカ・・・。」
 「あれはすごく綺麗で神秘的でした。皆さん見惚れていたし、来
る人来る人は黙り込んじゃってとても静かでした。」
 「マキちゃん、ありがとう。バカな男はあっちに置いといて、・
・・でも静かなのは最初だけだったけれどね。アハ。
 確かにあの演出は私も気に入っていたし、庭全体を使ったのがよ
かったのよね。それまで庭にはスポットライトだけで、ちょっと光
にやさしい色を付けたくらいだったでしょ。あの蝋燭にしたらまっ
たく雰囲気が変わったのよね。」
 「そうですよ。蝋燭の炎がゆれているのがまるで庭が生きている
ようで、静かに見ていたら涙が出てきちゃった。今年も同じように
やるのでしょ?」
 「まっ。お楽しみにね。」
 「こんにちは~、愛子さん。」
 「あら。由美さん。あっ。その子が小悪魔ミーちゃんね。
 可愛い~。しっかりしていそうね。
 こんにちは、愛子です。よろしくね。」
 「こんにちは、美羽です。母、由美がお世話になっています。」
 「うん。しっかりしている。7歳には見えないわ。」

 ん?母がお世話になっています。ということは愛子さんとユミさ
んは一緒に何かやっているのかなぁ。久しぶりという感じじゃない
みたい。

 「そうそう。由美さん、良い人を紹介してくれてありがとう。こ
れで今年の“灯パーティー”はグッと盛り上がるし楽しくなりそう
よ。
 「アハ。そうですか。良かった。あの職人さんは気難しいところ
があって、物への拘りが半端じゃないので、ちょっと心配をしてい
ました。流石、名コーディネーター。」
 「あっ!ところで由美さん。今年もご主人は来られるでしょ?」
「アハ。主人じゃありません。元主人です。一応来い!とは言って
おきましたが、今、どこに居るのやら、日本に居ないかも・・・。」
 「そうね。神出鬼没のアーティストだからね。セイさんは今、ど
こで音楽をやっているのだろう。今年も来て盛り上げてほしいね。
頼みたいこともあるしね。」
 「ん?頼みたいことって何ですか?あいつはみんなを盛り上げる
より1人で騒いでいるだけですから。」
 「アハ。それはないでしょ。うふ。」

 『ユミさんの元ご主人はミュージシャンだったわね。すごくギタ
ーが上手くて、歌わなくてもギターだけで十分雰囲気が良かったも
のね。アラ、失礼。歌手でもあったのね。ごめんなさい。
でもとてもいい夫婦のように感じたのだけど、何で別れたのでしょ
う。ユミさんに言わせるとセイさんが原因のようですね。夫婦とい
うのは難しいですね。』

 へぇ~。ユミさんの元ご主人はミュージシャンなんだ。その神出
鬼没って今のミーちゃんのような気がします。やっぱり悪魔っぽい
人なのかな。あまり会いたくないような・・・。

 「アラ。愛子さん、いらっしゃい。来ていたのね。あの人も待っ
ていますよ。行ってあげて。」
 「あっ。奥様。じゃなかった元奥様。美咲さん、お久しぶりです。
来ていらしたのですね。」
 「アレ。美咲さん、来ていたの。いつの間に奥へ入ったのですか
?それに、オーナーもいたのですか?」
 「アハ。ニシさん、こんにちは。いつも大変でしょうけれどよろ
しくお願いしますね。あの人、1人では何もできないし、一つやり
だすと他が見えなくなるから。ご飯も1日食べなかったようだし、
あれじゃまた、病気が再発しそうだわね。みなさんも時々彼のこと
を思い出してくださいね。アハ。」
 「はい。」

 この人がオーナーの奥様。じゃなかった元奥様かぁ~。この家に
関わる人たちはみんな美人だし美男、イケメンだよね。でも何で別
れたのだろう。ユミさんやニシさんところもいい夫婦のように感じ
るのだけどね。まっ、夫婦間のことだから俺にはわからないけれど
いろいろあるんだね。
 でも、この家に関わる夫婦ってみんな別れているんだよね。これ
もこの“白い家”の影響かな。

 『いいえ。違います!オーナー夫婦以外の2組は別れてからここ
に来たのですよ。でも、確かに別れなければここには来ていないよ
うな気がしますが。アハハ。
 それに、ここに来てからは少しずつ仲が良くなっているし、2組
とも定期的に会っていたり連絡を取り合っているようですよ。滝く
ん、何でも私のせいにしないでね。
 でも確かにみんな美女で美男なのよね。私も美女ですのでお忘れ
なく。うふ。これは、私の影響でいい男といい女が集まったのです。
アハ。
 それとオーナー夫婦はね、本当は別れなくてもよかったのよ。互
いに大切に思っていたしいい夫婦だったのです。あのコトがなけれ
ばね。でも、この“白い家”ができたのもそれがあったからなのか
もわかりません。人生って、夫婦ってなかなか見えませんね。
 まっ、これ以上はオーナーのお話はやめておきましょう。またの
機会があればお聞きください。
 そうそう。夫婦と書いて“めおと”って呼ぶ人がいるでしょ。あ
れって、“ふうふ”はまだ日が浅く、まだまだわかり合えるのに時
間が必要に思うけれど、“めおと”となると、もう全てがわかり合
えていて互いに空気なような存在であり、居ても邪魔にならないし、
居なくては困る。でも、そんなに気を遣うこともない。同じ風景を
見ながら共に生きているという感じですよね。
 上手く言えませんが、“めおと”になるのが“ふうふ”の目標の
ような気がします。私は夫婦じゃありませんが大家族を持っていま
す。うふふ。それじゃ“灯パーティー”をお楽しみに。』

 「よ~し。みんな準備を始めよう。1週間後には楽しいパーティ
ーだ。アハハハ。」
 「は~い。」

 どうも一番ニシさんが楽しみにしているような気がする。だけど
どんなパーティーでどんな人たちが来るんだろう。ちょっと不安で
すが楽しみ、俺もね。アハ。

暗闇と灯 くらやみとともしび

 『こんばんは。みなさま。いよいよ待望の“灯パーティー”の日
がやってきました。みんなでいろいろ準備をして来たようで、どん
なことになるのか楽しみです。どうやら“灯”だけじゃなく“香”
や“音”も加わって新しい夜の世界が楽しめそうですね。私も、私
の仲間も気分だけ参加いたします。本気で参加したらご迷惑になる
でしょうから・・・。
 えっ、私の仲間ですか?
 それは前にもご紹介した石のご夫婦や庭の奥の方に居る幽霊たち。
そして、この“白い家”を支えている様々な木や石や苔、壁に天井、
家具や小物たちみんなです。みんな楽しみにしております。
 アラ。ちょっと怖かったですか?ごめんなさい。うふふ。』

 「おはようございます。」
 「おっ。おはよう滝くん。今日は休みだから一般の客は来ないか
らね。来るのは、パーティーの客ばかりだから気楽に対応してね。
みんな常連さんでこの家が好きな人たちだからあまり気を使わなく
てもいいからね。よろしく。」
 「はい。何からやればいいですか?」
 「じゃ、庭に居る愛子と晶子を手伝ってくれるかな。男の手を借
りたい時もあると思うから。室内は俺とショウちゃん、それにユミ
ちゃん母娘で十分だからね。」
 「はい。わかりました。アレ?マキさんはどこに居るのですか?
朝早くにいつも通り外を掃除していたと思いますが・・・。」
 「あ~、マキちゃんにはみんなの和服と演出用の小物のチェック
や整理を任せてあるから、多分一番奥の部屋に居ると思うよ。
 あっ。滝くんはここに来て5か月近くになるけれど奥の2つの部
屋やその前の庭はよく観ていなかったな。」
 「はい。余裕が無くて、まだしっかりとは見学はしていません。
観たいと思っていながらズルズルと。一番奥の部屋には、時々人が
集まっているようで、集会場のようなところと思っていますが、真
ん中の部屋は全然知りません。」
 「うんうん。そっか。じゃ、庭の手伝いの前にマキちゃんの様子
を見に奥の部屋に行って来てくれるかな。ついでに部屋や庭も観て
くればいいよ。」
 「ありがとうございます。じゃ行ってきます。」

 やった~。やっと奥の部屋と庭が観られるしマキさんのやってい
る服のコーディネートが見られる。
 あ~、庭は小石が敷き詰められていてそのまま奥までつづいてい
るんだ。前にチラッと観た時のように、広さのわりにはすごく奥行
き感がある設計になっていて、何か吸い込まれそうな気がする。ど
こか懐かしく落ち着くなぁ。ん?ここが間にある部屋だね。
 入っていいよね。ちょっとだけお邪魔させていただきます。
 ワァ~何。この部屋は・・・。

 『うふ。滝くん随分と驚いているようですね。いや、感激してい
るのでしょうか。私が少しだけ紹介しておきますね。
 この部屋は和室になっています。床は畳敷きで縁のデザインは和
にしては少し洋っぽくモダンですね。畳の床下は全て収納庫になっ
ていて、この部屋で必要なものや和に関連するものを中心に納めら
れています。 
 そして、畳には2か所に茶道用の炉が切られています。ここでは、
たまに茶会がおこなわれていますが、この前はお見合いをしていま
したね。
 壁は光が直接強く当たる面は厚みのある和紙が貼られており、影
や弱い光が当たる面には白の漆喰のコテ抑えの仕上げとなっていま
す。これは、カフェの壁とほぼ同じですが少し和の要素を強く表現
されています。
 柱は、欅、檜や柿が使われて全て古木で構成されています。いわ
ゆる、古い建物から移設されたもので黒茶色をしていますが、アジ
があってしっかりしている木たちです。
 そして、小さな床の間があり、そこは美しい漆仕上げの床板が付
けられ、深い茶で落ち着いた色と光沢をしています。その上に置か
れているのは、香炉です。真っ白な有田焼でかなり古いものようで
すが、スタイルは女性のようにしなやかでやさしく気品があります
ね。この茶の漆に対して白の香炉は目を引くのですが、古さがある
ためか、凛とした空気が感じられます。ここでお香を焚くと良い
“香”が感じられるのでしょうね。
 部屋内の襖には、白の和紙に白ときなりの白、光沢のある白、そ
して、銀を用いて山河が描かれています。襖の取手も銀製で松葉の
形をしており、別の襖には竹の葉の取手が付いています。
 そして、上部の欄間は梅の模様がシンプルに彫られています。合
わせて“松竹梅”になっております。特に襖と壁の一部に描かれてい
る山河は銀粉が所々使われていて少しの光でも美しく、やさしくし
っとりと輝きます。とっても清々しく新鮮な空気と古い素材たちの
息遣いが感じられます。
 また、天井は竹張りで、隙間なく細かく張られています。少し艶
が出ていて美しいですね。古竹というものなのでしょうか。古い民
家の天井裏から持ってきたものです。いいアジがでていますね。
 私はそんなに建築がわかるわけじゃないですが、滝くんなら上手
く説明をしてくれるとは思います。が、滝くんは言葉も出ないよう
でボーっと口を開けたまま立っているだけですね。しっかり観てね。
うふふふ。』

 すごい和室だぁ~。自然な光が差し込んでまるで生きているよう
な空間だ。どんな人でも受け入れてくれ、包み込んでくれるような
空間だね。こんなのは観たことがないけれど、俺が大して知らない
だけなのかも。美しいとか綺麗の言葉では表現しきれない。1日中
観ていたい。俺の知識ではしっかりと理解できないけれど、古い材
を上手く活用している。新しい畳や壁材などと上手く共有され、互
いを生かしながらいい空間、空気そして時間があり、生き生きして
いる。こんな所でお茶をいただいて瞑想してみたいなぁ。
 広さは16畳くらいでさほど広くはないけれど、周りの襖を開け
て外の格子だけにするとグッと広く感じて解放感もある。格子の障
子は雪見障子となっていて自然の光が入ってくるし、座ると外の景
色が観られて一体感があるね。
 襖や壁の一部に描かれている山河の絵には銀粉が使われていて、
夜に蝋燭などの小さな灯りで見ると美しいだろうな。あっ、昼間で
も襖を閉め切ったら同じ雰囲気が楽しめるかも。

 「コラ~!滝くん。何をやってんの。早くこっちに来てよ。」
 「あっ。マキさん、おはよう。今すぐに行きます。」
 
 とりあえず、この和室はこれぐらいにしてまたの機会にゆっくり
と観させていただこう。まだまだ何かありそう。

 「えっ。この部屋ってフローリングなんですね。板張りといった
方がいいのかな。古木が使用されているから和なのか洋なのかハッ
キリしません。変わった部屋ですね。」
 「ん?滝くんは、この部屋を始めて見るんだっけ?ここは、レン
タルスペースになっていていろいろな人が利用できるようしている
のよ。
 そっか。滝くんはさっきの和室もこの部屋も観るのが始めてだっ
たのね。いいよ。少し見学しても。ここも面白い部屋だからいろい
ろ勉強になると思うし・・・でも、私の作業も手伝ってよね。」
 「はい。もちろん。じゃ、ちょっとだけ観させていただきます。」

 へぇ~。ここって結構広いなぁ~。50畳くらいはありそうだ。
ちょっとしたセミナーや集会なんかができそうな空間だね。
 床は、桜の木を使っていて丈夫そうだ。木目も綺麗です。でも、
こんな材料って今時あるのかな。ちょっと、撫でてみた・・・。

 「滝くん。その床材は再生材よ。他で使っていたのを持って来た
ってニシさんが言っていた。どこかの公民館のものらしいね。」
 「そうですか。よほど古くて丈夫な建物だったんだろうね。床材
に無垢の桜の木を使うのは結構お金も必要だし、加工や選別も大変
ですよ。今だとほとんどが集積材だと思います。これ、無垢だった
から表面を削ったら綺麗な木目が蘇っていますよ。いいなぁ~。」

 壁と天井は、カフェと同じだけれど、織り上げ格天井だね。大き
な格子の中に小さな格子があってよく書院造りの天井で見かけるけ
れど、今時はお寺以外に施工するところは無いね。こんなところで
見られるとは思わなかった。
 壁は、漆喰で隣の和室と同じ山河の絵が描かれています。やっぱ
り銀粉が所々使用されている。へぇ~寝転んで観ると結構迫力があ
るし、天井の格子がさほど太くないから重さはあまり感じないな。
昔の格天井とはちょっと違うようだね。
 山河の絵って、ひょっとしてここの庭をモチーフにしたのかな?
それともこの絵を参考に庭をレイアウトしたのかな?どっちだろう。
 気になる。
 アレ?そういえばここの壁には柱が見えないね。全て、漆喰で隠
してある。これだと部屋が広く見えるし、山河の絵がより迫力ある。
 外面は全て格子の障子で二重に和紙が貼られているから、室内温
度の調整も楽だね。それに、和室と同じ雪見障子だから、外光もし
っかりと入るし、庭もよく見えるので気持ちいいね。
 えっ、この和紙には水が流れるような絵が描かれている。綺麗だ。
山河に水か・・・。
 そういえば、昔の建物に水をモチーフにした飾りがよくあったと
思うが、あれは、火災が起きないようにという火除けの願掛けのよ
うなものだと聞いたことがあるけれど、他にもいろいろ意味がある
のでしょうね。
 あっ、隣の和室へ直接出入りできる引き戸が隅っこにある。気が
付かなかったなぁ~。
 アハ。何か忍者屋敷のようで面白い。

 「マキさん。この家っていろんな仕掛けがあるんじゃないですか
?和室への出入り口もよく見ないと気付きませんよね。」
 「うん。そうなのよ。面白いでしょう。あっ、滝くん。そこの床
板を取り外して中の畳を2枚出してくれるかな。」
 「えっ。床板ですか?」
 「あっ。床板が取り外せるんだ。へぇ~、中に畳が収納されてい
るのか。これだったら使わない時だと部屋を広く使えるね。」
 「そっ、そこは畳の収納庫で、そっちが椅子、こっちはテーブル
が収納されているの。畳、椅子、テーブル、座布団、それに寝具一
式もね。この家は高床式なのは気付いたでしょ。その床下を利用し
ているのよ。もちろん通風もいいし、温度や湿度も管理しやすいか
らね。」
 「へぇ~寝具一式ですか?何で?」
 「何かあったときにご近所に使っていただこうということらしい
ね。ニシさんがそう言っていたよ。オーナーっていろんなことを考
えるね。
 よし。衣装はだいたいこんなものでしょ。これでみんなこの畳の
上で着替えていただけるし、椅子も出しておけばいいよね。女性の
着替えは隣の和室でね。
 アハ。滝くんは畳を出しただけだね。お疲れさま。うふ。」
 「アハ。俺、何もしなかったみたい。勉強になりました。へへへ。

 『滝くん、結構勉強になってよかったわね。でも、まだまだ面白
くって楽しいことが沢山あるのよ。この家は忍者屋敷かもね。うふ
ふふ。』

 「お~い。庭の方もどうやら終わったようだし、みんな休憩とし
ようか。」
 「は~い。ニシさん。1人だけズーっと休憩をしていた人がいま
すが・・・。」
 「ん?滝くんだな。家や庭ばかり観ていたんだろう。しょうがな
い奴だな。アハハハ。」

 『あっ。お客様が来られたようですね。うんうん、みなさん着物
でよくお似合いです。やっぱり日本人って感じかしら。中には外国
の方もいらっしゃいますが、和服は着こなしが大切なので頑張って
ください。
さっきのレンタルスペースと和室での着替えもスムーズのようです
ね。にぎやかになってきました。これからが楽しみです。』

 「いらっしゃいませ。どうぞ。」
 「滝くん、ショウちゃん、ユミちゃん、しっかり接客をよろしく。
マキちゃんは着替えの部屋だな。俺、料理を出し準備をするから、
とりあえず飲み物を出して。コラ!晶子、おまえも手伝え!ボーと
してんじゃねぇ~よ。」
 「わかっているよ、オヤジ。でも今年もまた増えたね。年々お客
さんが増えているような気がして、私たちは雰囲気をゆっくりあじ
わえないね。」
 「ああ。そうだな。この“白い家と白いカフェ”の噂が広まって
しまっているから今日のようなイベントがあると余計に増えるんだ
よな。
 この“灯パーティー”はサブタイトルで“暗闇と灯”になってい
るというのに・・・。こう人が多いとどうなるのかな・・・。」
 「何?その“暗闇と灯”ってどういう意味さ。」
 「ん?暗闇とは闇夜や月という“影”の世界で灯とはあかりや太
陽という“光”の世界。この2つを体感していただこうということ。
 この世は、どこにでも光と影があってどちらかが無くなってしま
うことはあり得ないし、必然的な関係であり、互いに刺激しながら
生きて行くということかな。それは静と動の関係でも言えるな。人
間社会の中にもそういった関係が沢山あるよな。
 まっ、詳しくはオーナーから聞いて~。」
 「何それ。結局、オヤジもよくわかっていないじゃん。でも、庭
の灯は綺麗だね。灯りがゆれて神秘的で、それに照らされた木や石
の影と水や白い小石に反射する光のゆらぎは、まるで生きているよ
うでやさしいね。」
 「うんうん・・・。」
 「コラ!滝くん。何やってんの。ちょっと手伝って。」
 「あっ。すみません、ユミさん。庭に見惚れていました。」
 「そっか。この提灯たちに灯りを入れてくれるかな。全部ね。」
 「はい。了解です。」

 このタイミングで灯りを灯すのか。
 あっ、この提灯って普通のものもあるけれど、なんか、変わった
ものも沢山あるなぁ。瓢箪や三日月はいいとしても、キャベツやト
マトにジャガイモの形のものまであるね。可愛い。えっこれって本
物の玉ねぎの皮を使っていないか?何か八百屋みたいだね。面白い。
これって愛子さんが言っていた職人さんたちの手作りなのかな。職
人というより作家って感じだね。似たようなものかな。
 おっ、スイカやゴーヤもある。それに、木の切り株や石もあって
自然がいっぱい。ワクワクしてきた。
“灯”って、やっぱり人の心をやさしく豊かにしてくれ、刺激して
くれるね。光と影の共演ということかな。みなさん、にぎやかにさ
れていても、灯りや庭を見つめている時は静かで、やわらかな雰囲
気になっている。
 “影と光”“静と動”そして“暗闇と灯”。自然からの恵みのよ
うだね。いいコラボレーションです。流石、愛子さん。

 『そうね。滝くん。オーナーは年間にいろいろなイベントをやっ
ていますが、私はこの“灯パーティー”が一番好きです。だって、
私たち建物や石、木、苔そして小物たちに灯りが照らされて一層美
しく生き生きとしています。まるで私たちがこのイベントの主役の
ように感じてしまいます。うふふ。
 私たちもしっかり楽しんでいます。感謝しています。
 でも、これだけではありません。まだ、“音”や“香”がありま
すよ。どんな演出でしょう。私たちもみんなと一緒に楽しませてい
ただきます。脅かしてあげようかしら。夏の終わりとはいえ、まだ
暑い夜だし涼しくなっていいんじゃない。ネ! アハハハ。』

 「ねっ。ショウさん。今年は何時までやるんだろうね。オーナー
は今年も最初の挨拶を済ませたら、さっさとグラスを片手にウロウ
ロしている。元奥様の美咲さんと仲良く楽しんでいるしね。」
 「ま~、いいじゃないの。でも長い夜になりそうね。一通り接客
を済ませたら私たちも楽しもうよ。」
 「そうだね。じゃ、私、また着替えきます~。」
 「マキちゃんは好きだね。いったいいくつの服を持っているのだ
ろう。」
 「じゃ。今から少しずつ“香”を流すぞ。そして音楽も一緒に流
します~。」

 あっ。いい臭いだぁ~。清々しくて何か高原の“香”って感じで
すね。夜の高原?行ったことがないけど・・・。それに、ギターの
音色がとっても合っている。
 あっ。この人はユミさんの元ご主人のセイさんじゃないかな?多
分そうだよね。俺、会ったことがないけれど、雰囲気でね。だって、
横にユミさんが居るもの。へへへ。いいなぁ~うらやましい。

 「おい。滝くん。よだれが出ているぞ。アハ。この雰囲気に呑ま
れたな。流石、愛子だな。良い演出を考えたものだ。我、妻よ。」
 「バ~カ。別居中じゃないか。オヤジはのんきだね~。」
 「ん?」

 あ~ぁ。今度は少し甘い“香”がしてきた。ほのかな甘さが心地
いい。次はどんな“香”と“音”なんだろう。暗闇の中に灯りがあ
り、香りと音楽がある・・・。

 『滝くん。この雰囲気に酔っちゃったみたいね。うふ。
 でも、今年もいろいろな人が来られていますね。あっつ、あの漫
才師の方も、それにお父さんを待っている母娘も来られています。
 アラ?ニシさんのお客さんでもあるニューハーフのみなさんも従
業員さんと共に来られていますね。そういえば。ニューハーフさん
たちのお店はあれからどうなったのでしょう。
 アハ。くどい話をする変なおじさんも仲間を引き連れて来られて
います・・・。
 滝くんはこの人は知らないのよね。でも、時々来店されているか
ら知っているかもね。
 静かな所と動きがあってにぎやかな所があります。盛況です。
愛子さんの灯りの演出は、庭やインテリアはもちろん建物の外も飾
られています。ちょっと私は恥ずかしいのですが・・・。それぞれ
に光の種類が異なっていて、楽しいパーティーになっております。
 今年は、“灯”だけではなく、“香”と“音”が加わり、一層深
いものになっています。闇夜の中での“灯”と“香”と“音”は、
みなさんの心に沁みるものとなったのではないでしょうか。みんな
の目がやさしく、満たされているって感じになっています。
 さぁ~また、明日から頑張りましょう。
 みなさんも一度、この“白い家と白いカフェ”にどうぞお越しく
ださい。うふふ。』

月と太陽

 「おはよう。」
 「あっ。ユミさん、おはよう。今日はメチャクチャ早いですね。
何かあるのですか?顔はスッピンですが・・・。」
 「いやん。ジーっと見つめないで、恥ずかしいから・・・なんて
思わないけどね。やっぱりスッピンは気持ちがいいね。太陽の光が
しっかり当たっているようで清々しい。なんか日に当たると元気が
出てくるね。エネルギーをもらっているような気がするよ・・・。
俺は、ウルトラマンか・・・。
 そそ。今日はね、今月のお月見の材料を手に入れるために久しぶ
りに田舎の方へ行こうと思ってね。」
 「田舎って、岐阜ですか?何を手に入れるのですか?先月“灯パ
ーティー”をやったばかりなのに、もう次のイベントがあるのです
か?」
 「そそ。“お月見パーティー”をね。先月の“灯パーティー”と
は主旨が全く違うから雰囲気もイメージも違うわよ。
 飛騨高山まで行ってみようと思っている。ショウちゃんを連れて
ね。
 あの子は、都会育ちだからそういう田舎をブラブラするのもいい
だろうからね。目的は、ススキと萩を手に入れることよ。それに美
味しそうなお米もね。お月見には、ススキと萩、そしてお団子が定
番でしょ。来週が“中秋の名月”だから、今から全てを準備してお
くのよ。
 滝くん、従業員の人数が少なくなるけれどカフェをよろしく。お
土産も買ってくるから・・・。」
 「は~い。行ってらっしゃい。」

 お土産は多分、小物だろうね。ユミさんは物に対しては普通じゃ
ないし、久しぶりの地方だから団子より物だね。あっ、月より団子
・・・より小物ってことだな。あの性格じゃあまり期待はできない
ね。
 でも、お月見かぁ~・・・。そんなのやったことない。どうやる
のかもわからないけれど、面白そう。

 「あっ。ユミさんとショウさんは出かけたのね。良い材料が見つ
かればいいけど。まだ暑いし、ススキは結構山の上の方でもう少し
寒くならないと手に入らないでしょ。私だったら奈良にいくけど。
・・・。」
 「おはよう、マキさん。奈良へ行くんですか?そこの方がススキ
を手に入れやすいんですか?」
 「うん。そうだと思うけどね。奈良って山が多くてちょっと寒い
でしょ。それに、平城京ってさ、なんかススキが似合いそうなイメ
ージでしょ。へへへ。」
 「うっ・・・。」
 
 なんだ。根拠がないじゃないか。イメージだね。へへへ。でも確
かに奈良ってススキが沢山ありそう。

 「ね、滝くん。お月見って知っている?何のためにやるのかわか
っている?」
 「アハ。全く知りません。経験もない。」
 「だよね。私もここに来るまで全然知らなかったの。でも、体験
してよくわかったのよね。大切な行事だなってね。オーナーも大切
にしているらしいよ。全員参加のことって言っていたよ。」
 「へぇ~、そんなに大切にしているんだ。どんな意味があるので
すか?」
 「えっとね。1つは豊作への願いと感謝でしょ。2つ目が月への
願いと感謝ね。月への思いとはね、昔の収穫の時は手作業だったか
ら暗くなるまでやっていたの。だけど月の明かりで何とか作業が出
来たって。だからお月様にそのお礼と例年もまたよろしくってこと
かな。3つ目は、これは今でも同じだけど“月を愛でる”という日
本人特有の習慣ね。1年の中でこの時期の月が一番美しいからね。
狼男は参加できないけどね。アハハハ。」

 アハ。最後にオチを付けっちゃった。どこかのだれかに似ている
ね。

 「そうか。奥が深いですね。でも、オーナーは何でそんなに大切
にしているのかな。」
 「それはな。」
 「あっ。ニシさん、おはようございます。」
 「おはよう、滝くん、マキちゃん。さっきのオーナーのことだけ
ど、俺から聞いたって言わないでね。・・・でもこのことは俺しか
知らないか・・・。へへへ。」
 「はい。・・・」
 「実はね。とっても悲しいことがあって、この時期を大切にして
いるのだよ。
 それはね。オーナーの母上、お母さまが10月の初めにお亡くな
りになられたそうなんだ。その時の月がとっても美しく、まるで、
お母さまが優しく見つめているように思えたらしい。それ以来、オ
ーナーはこの時期になるとお月見をしておられるんだろうね。まっ、
それだけじゃないけどね・・・。
“月を愛でる”とはそこにいろんな人の思いがあるってことだ。」
 「あ~ん。」
 「アラ、マキちゃん、泣いちゃった。」
 「だって、オーナーはお母さんを大切にされていたのでしょう。
そう思うと涙がでてきちゃった。」
 「マキちゃん。それはちょっと違うな。オーナーはお母さまに対
して、あまり大切にというか、親孝行をしていなかったようで、今
でもそれを後悔しているって言っていたよ。
 でも、いつでもやさしい人だったってね。」
 「そっか。オーナーは魔術師かと思っていましたが、すごく人間
味がある人ですね。俺、オーナーのことがまた少しわかったような
気がします。
 あっ、魔術師が人間じゃないということではないですよ。」
 「私も。」
 「それに、オーナーはこんなことも言っていたね。
 月の明かりは、自ら発していない。太陽の光を反射して地球を照
らしている。だから月の明かりは太陽が無くては存在しない。月と
太陽は地球にとっては切り離せない間柄なんだ。それは地球に住む
ものたちにとっては非常に大切なことであり、その月と地球も互い
に結ばれているんだ。やっぱり月と太陽のように離れられない存在
なんだ。
 “月を愛でる”は太陽を愛でることと同じで、自然の恵みに感謝
をしないとね。と言っていたね。」
 「そうですね。俺たちは自然からの恵み、自然の力によって生か
されているんであって人間のわがままでその自然の営みを無視して
は良くないですよね。俺たちの“生”は全て自然からいただいたも
のだから。
 お月見ってそう考えると深いですね。自然に感謝する気持ちでや
らないとね。」
 「滝くん。いいこと言うね。」
 「滝くんが“太陽”だとすれば、どこかに照らすべき“月”がい
るから頑張って見つけなきゃ。そう“月”は女性かなって思ってい
るよ、俺はね。“太陽”次第で明るさも変わるし、変えてあげない
とね。どちらも“太陽”だと眩しいし、暑いよな。アハハハ。
 まっ、女性が“太陽”男性が“月”っていうのも有りか・・・。
 じゃ、地球はだれだ?アハ。」
 「なにそれ。ニシさんはいいことを言うんだけれど、最後によく
わからないオチをつける癖があるから真剣に聞けないよ・・・。」
 「マキちゃん、ごめんね。ところでマキちゃんは“太陽”か?そ
れとも“月”かな?」
 「私は、“銀河”です。アハハハ。」

 マキさんもオチ付けているような気がするけど。・・・ちょっと
意味が気になるな。

 「よし!じゃ来週のお月見のための準備を始めようか。・・・ま
ず、“三方”を出して組み立てと手入れをしないとね。滝くん、奥
の和室へ行って、畳床の下から“三方”を出して来て。全部お願い
ね。」
 えっ、・・・“三方”って何ですか?」
 「え~っ。滝くんは“三方”も知らないの。まっ、使うことは無
いからね。知らない人も多いかもね。」
 「アハ。マキさん、“三方”ってなんですか?」
 「“三方”っていうのはね、神前にお供え物をするときに乗せる
台のことで、杉や桧でできているのが一般的ね。お月見の時は、和
紙を敷いてその上にお団子をピラミッド状に乗せるのよ。そのお団
子も地域によっては里芋を使う所もあるらしいし、お団子の形も俵
型や里芋型などもあるらしいよ。
 そして、そのそばにススキと萩が置かれているのよ。ちなみに萩
は、神様のお箸という意味があって、それを使って神様がお団子を
食されるとのことです。これは、ユミさんから聞いた話でした。
アハ。」
 「そうなんですか。“三方”ってよく見かけていましたけれど、
名前を知らなかったです。じゃ、取りに行ってきます。」
 
 あ~やっぱりこの和室はいいなぁ~。ここに座ってお月見したら
いいよね。
 あっ。床の間にあった香炉が変わっている。・・・
前に見た時は、有田焼の柔らかな線の白の香炉だったけど、これは、
黄色の細かな模様が入った三日月型の香炉です。
 あ~ぁ、九谷焼だね。綺麗。
 この和室も今回は使うんだね。
 ニシさんが、確か畳の下に収納しているって言っていたよな。こ
の下かな。・・・あっ、箱がある。中には“三方”を上下に分けて
収納されている。この収納って便利だね。え~、“三方”を全部使
うのかな。・・・15セットもある。あっ、大きいのが1セットあ
る。他のものの3倍以上はあるみたい。
 あ~そうか。カフェから見える大きな広縁にこの大きな“三方”
を飾るんだ。見応えありそう。

 「お~い。滝くん。多分持ちきれないだろうから、手伝いに来た
よ。でも、意外に軽いから楽でしょ。」
 「はい。メチャ軽いですね。それに組み立てるといっても下の台
に上の器を置くだけじゃないですか。ホコリが入らないような収納
をされていたから拭かなくてもそのまま使えそうだし。」
 「ダメよ!滝くん。それじゃ、気持ちが入らないじゃないの。し
っかり感謝をしながら丁寧に扱わないと。」
 「はい。」

 マキさんも意外と心が綺麗だね。普段は口が悪いのに、こういう
時ってやさしくなれるんだね。

 「おっ。出して来たか。じゃ、きれいに、丁寧に拭いてね。来週
にはお団子を飾るからね。」

 『今回は、私の出番はないと思っていましたが、一言だけ言わせ
てください。この“三方”も再利用のものです。神社で使われなく
なったものをオーナーがいただいてきたものです。だから、少し傷
んだとこともありますが十分に使用ができます。彼女たち“三方”
も大変喜んでいます。
 じゃ、私も、お月見を一緒にさせていただきます。うふ。』

 「よし。団子が出来上がったぞ。今夜の月見のために美しく飾っ
てね。」
 「は~い。店長。でも、この団子、すごく可愛いですね。それに
何で黄色の団子があるんですか?」
 「あっ。その黄色の団子は最後に一番上に置くんだよ。一般的に
は白い団子だけっていうのが多いけれど、一番上だけはお月様に似
せた色の団子を飾るんだ。これをやっている地域もあるらしいね。
オーナーが言っていたよ。」
 「なんか、高級感がありますね。」
 「うんうん。滝くんもわかっているね。それに可愛いだろう。」
 「お~い。このススキと萩も一緒に飾ってね。全ての“三方”の
横に飾るんだよ。長すぎたら適当に切って調整してね。」
 「はい。ユミさん。でもよくススキがありましたね。」
 「うん。あの日はなかなか見つけられなかったけど、俺の実家の
連中が探して、送ってくれたんだよね。たすかったわ。」
 「そうそう。ユミさんの実家って、すごく大きく広いのよ。私、
びっくりしちゃった。かなり古い家のようだったね。この“白い家”
の材の一部もそこから来ていたりしてね。
それで、私の分もって、私の実家にもススキを送っていただきまし
た。ありがとう。」
 「アハ。喜んでいただけたら幸いです、ショウちゃん。確かに俺
の実家の材の一部だけどここに持ってきているわよ。よくわかった
ね。」
 「いえ。なんかユミさんはここが居心地良さそうに思えてので・
・・。」
 「アハ・・・。」

 あっ。やっぱり、あの一番大きい“三方”は広縁に飾ったんだ。
そういえば、あの縁側や他の回廊も全て東南方向を向いているね。
・・・
あっ、そうか。この時期の月は東南方向に見えるんだ。それが最も
美しいんだよね。だとしたら、すごく考えられている空間だね。ま
た1つ勉強になりました。

 『うふ。滝くん、気付きましたね。いい洞察力というのか、感性
が良いですね。少し前にニシさんが言っていたように、オーナーの
お母様が美しい月の季節にお亡くなりになられたこともあり、オー
ナーはとても月が好きになられたそうです。
 それに、朝、太陽の光が東から入った時も、庭の石や木、苔たち
が生き生きと見えますし、日中はいつもこの庭に光が差し込んでい
ます。東から西へと太陽が移動すると庭の風景も少しずつ変化して
行くので、いつ見ても新しさがあります。それで、この家の向きは
東南を意識したものになっています。
 オーナーの感性ですね。私も昼間の“太陽”の暖かな光と夜の
“月”の優しい光で心が癒されています。』

 「いらっしゃいませ。」
 「今夜は、外の回廊にお団子を飾っていますので、ご自由に外に
出てお月見をしてください。今夜も運良く美しい月を観ることがで
きますよ。
 あっ。足元にご注意くださいね。
 それから、飾っているお団子とは別に、食べていただける小さな
団子をご用意しておりますので、お酒やお茶などとご一緒にお召し
上がりください。」

 マキさん、着物姿で艶やかですね。その着物って十二単風じゃな
いのかな。アハ、扇を持って、平安貴族の女性になりきっているよ
うだ。お客様を案内する声も、どこか、淑やかで平安風。ん?平安
風の声ってどんなんだろう。へへへ。

 「ワァ~マキちゃん。綺麗ね。可愛い。」

 あっ。あのニューハーフさんたちも来られている。やっぱり、マ
キさんの和装に興味津々だ。ん?音楽もなにか雅な感じで、先月の
“灯パ-ティー”とはまた違った雰囲気だね。
 みなさんは、お団子の飾りの前で座って、ゆったり、まったりさ
れている。誰1人バカ騒ぎをする人はいないようだね。

 「あ~ぁ。このお団子、すごく美味しいね。お母さん、これ食べ
てみて。」
 「あっ。ほんと、美味しいね。じゃ、こっちのお団子も食べてみ
ようかしら。ナオちゃんはどれがいい?」
 「へぇ~。真っ白な団子や黄色、茶色に緑色のものもあって可愛
い。小さくていくらでも食べちゃいそう。へへへ。」
 「どうですか?甘い団子やちょっとピリ辛のものもありますから、
飽きないで食べていただけると思います。」
 「ありがとう。この前のパーティーとは、また違った雰囲気でい
いですね。それに“音”もすごくいいです。
 あっ。その着物は十二単ですよね。美しい。」
 「アハ。ありがとうございます。ごゆっくりどうぞ。」

 あ~。あの母娘の方も来られているんだね。元気そうでよかった。
それにしても、あのお母さんは良く食べられるね。いくつ食べてい
るのかなぁ~。
 アレ?今の娘さんが言っていたけれど、この“音”はどこから聴
こえてくるのだろう。
 ん?向こうの和室からだ。琴の音だね。誰が奏でているのかな。

 「滝くん。あの琴の音って、いいよね。」
 「ですね。マキさんの衣装もすごくいいですよ。さっき、ニュー
ハーフさんたちも注目していましたよ。その十二単にあの琴の音が
よく似合っていますね。」
 「アハ。だよね。だれが奏でているのかしら。去年はなかったの
に。」
 「でも、スタッフはみんなここに居ますよ。オーナーも広縁に座
っているし、いったい誰が奏でているんでしょうね。」
 「あっ!この家に琴なんてなかったよ。確か一度大掃除をした時
もどこにもなかったような気がするけど・・・。」
 「ええ~。」

 『アラ。誰かしら。あの琴の音は誰が奏でているのでしょうか。
でも、いい雰囲気ですね。あまり深く詮索しない方がいいと思いま
すが・・・。うふふ。』

ミュージシャンとアーティスト

 「ニシさん。先月の“お月見”の時だったのですが、あの時、奥
の和室から琴の音が聴こえてきたのですが、知っていましたか?」
 「えっ。何それ?うちに琴は無いよ。それに俺には聴こえなかっ
たな。ほとんど厨房に居たからね。滝くん、あの“お月見”はどう
だった?この家ではいろいろなイベントをやるけれど、あのパーテ
ィーというか、行事は一番静かで時間がゆっくりと進んでいるって
感じだったろう。俺はあの“お月見”が一番好きなんだよね。アハ。
もう年だからか・・・。
 でも、あんなに静かな時に琴の音ってあったのか・・・。いった
い誰が奏でていたんだろうな。」
 「ですよね。他にも音楽は掛けられていたのですが、その音を邪
魔することなく静かに聴こえてきましたよ。上手いのか俺にはわか
りませんが、あの“お月見”には合っていました。外に居たお客様
も一層静かになって、ゆったりとされていましたから、誰の演出か
なと思っていたのですが・・・。」
 「ふ~ん。そうなのか。俺は動き回っていたから聴こえてないな
ぁ~。確かに、今年の月見は去年以上に静かでいい雰囲気だなって
思っていたけど、そんなことがあったのか。」
 「ユミさんも知らないんですか?誰が奏でていたのか。」
 「知らん。だいたい、うちの従業員の中に琴を奏でるような趣味
の持ち主はいないよ。オーナーも含めて誰もいないね。それに、ニ
シさんが言っていたように、うちには琴は無いよ。俺が言っている
んだから確かだね。」
 「そうですよね。物に関してはユミさんが全て把握していますか
らね。」
 「ん?何の話をしているの?みんなで首をかしげて。」
 「あっ。マキさん。先月の“お月見”の時に聴こえてきた琴の音
の件ですよ。いったい誰が奏でていたのかなって。なんか不思議だ
し、ちょっと怖くなってきました。」
 「いや~。また、お化けの話か。やめてよね。」

 『うふ。いったい誰でしょうね。私もしっかりと聴きましたし、
いい雰囲気の演出で、私たちみんなもうっとりしていました。本当
にきれいでやさしい音色でしたね。何か平安京って感じでね。私た
ちの仲間にも古いモノたちがいますが、私以外はそこまで昔のモノ
はいませんから、平安時代はどんな音色だったのかはわかりません。
私も記憶にございませんね。
 でも、もうすぐ、それを仕掛けた本人が現れるようですよ。みな
さん、怒らないでね。うふふ。』

 「お化けじゃないですよ。やっぱり霊じゃないですか。いい“お
月見”だから、そっと参加しようなんてね。へへへ。」
 「滝くん。何それ。じゃ前に話をしていた石の夫婦が奏でていた
って言いたいわけ・・・。ん。そうかもね。アハハハ。」
 「そうかもよ。あの石の男女は昔のミュージシャンのような人で、
琴とか琵琶などを奏でていたかもね。あっ、琵琶ならうちにあるわ
よ。ギターもあるし、あのセイなら弾けるかもね。」
 「ユミさん。そうですよ。ひょっとしたら、あのセイさんがこっ
そり来て参加されたのかも・・・。」
 「ただいま~。」
 「おっ、お帰り、美羽。今日はちょっと早な。何かあったのか?」
 「いや、何も・・・。ちょっと和室に行って来る。」
 「ん?何か怪しい動きをしているね。」
 「だな。滝くんの言う通り、あの動きと目が泳いでいるところを
見ると怪しい。」
 「ニシさんまで何を言ってんのよ。美羽にあの琴は無理・・・。
でも、セイが何か指示をしていたら・・・。我娘ながら何をするか
わからんからね。あの2人は似た者同士で気も合うようだしね。」

 「ちょっと、出かけてくるね。母上。」
 「ちょい待ち!美羽。手に何を持っているんだ。見せなさい。・
・・コラ!見せろ。」
 「いや~。お父さんに叱られるから・・・あっ、言ってしまった。

 「ん?何それ。・・・CDじゃないのか?琴って書いてあるぞ。
これ、琴の演奏が録音されているんでしょ。セイとなんかやっただ
ろう。」
 「あ~。これでわかったね。犯人は、ミーちゃんとセイくんだな。
小悪魔ミーちゃん、白状しなさい。アハハハ。」
 「うっ。ニシさん。みんなわかっちゃったみたいね。ごめんなさ
い。でも、良かったでしょ。雰囲気が良くなったし、みんな、静か
でうっとりしていたよね。」
 「アホか!それなら前もってこの母に言っておきなさい。マキち
ゃんや滝くんは、お化けだの霊だのと言ってよくわからん盛り上が
りをしていたんだから。
ん?ところであの日セイが来ていたのか?今、どこに居るんだ?美
羽、お父さんに返しに行くのだろう?」
 「うん。今、部屋に居るよ。」
 「何~。あいつは・・・。」
 「お父さんが言っていたけど『俺って“お月見”という柄じゃな
いし、参加しても浮いちゃうからね。そっと“音”で参加するよ。
やっぱりアーティストは、こういうイベントには参加しておかない
とね。芸術家としては、芸術とも言える“お月見”の演出には必要
だよな。』だって。」
 「何それ。あのバカ。堂々と参加すりゃいいのに。何がアーティ
ストだ。芸術家だ。どっちも同じ意味じゃないか。まったく、よく
わからんヤツだな。だいたい、ミュージシャンとアーティストも一
緒でしょ。日本だけじゃないのか、その2つを区別しようとしてい
るのは。」

 「ちょっと待った!由美。それはちょい違うぞ。ミュージシャン
は基本的に音楽の世界を極めてその中で生きているが、アーティス
トは全ての演出を創造しているんだ。確かにアーティストとは芸術
家という意味になるけれど、日本語の世界では、その微妙な違いと
いうか、スタンスがあってだな・・・」
 「あ~、セイ!現れたな。美羽に何をやらせたんだ。バカ!私に
言わせれば、ミュージシャンもアーティストも同じだ。セイは音の
世界で生きているのだろ。
だったら、区別なんかせず全てを受け入れるようなスタンスという
か、立ち位置で活動をすりゃいいじゃないか。なんか、あんたは中
途半端なんだよね。物の方がよっぽどハッキリしているよ。」
 「まあまあ、おふたりとも。その辺にしておいて。
 セイくん久しぶりだね。変わらずワガママアーティストをやって
いるのか?ミーちゃんはやっぱり、セイくんの血をひいているよう
だな。アハハハ。」
 「あっ。久しぶりです、ニシさん。由美や美羽がお世話になって
います。ちょっとこの近くで歌手とのコラボがあるので、久しぶり
に来ました。みなさん元気そうでなによりです。」
 「うんうん。」
 「こんにちは、セイさん。」
 「こんにちは。」
 「やぁ~、マキちゃんに滝くん。おっ、ショウちゃんもいるじゃ
ないか。あの“灯パーティー”以来だね。あっ!オーナーは・・・
居る?」
 「オーナーなら奥の部屋に居るよ。何?」
 「エヘ。明日から2日間の予定で音楽コラボレーションする歌手
って、オーナーの姪っ子さんだよ。もう少ししたらここに来ると思
うけど。多分、久しぶりに会うんじゃないかなと思って。
 オーナーはどこにも行かないよね。」
 「うん。何か作っているから夜まで居ると思うよ。
 そっか、姪っ子の京香ちゃんが来るんだ。セイくんとコラボする
んだね。えっ、ここでは歌わないのか?去年はここで歌っていたよ
ね。」
 「2日間のステージが終わったらここで歌うよ。思いっきりね。
その話もあるから、オーナーが居るのかなと思ってね。」
 「そっか。オーナー、喜ぶぞう。」
 「うん。」

 ん?京香さんって、オーナーの姪っ子さんか・・・。歌手をやっ
ているんだね。2日間のステージって、結構人気があるんじゃない
のかな。多分、駅前のホールだろうね。ここでも歌うと言っていた
から、楽しみ。

 『なんか、話が違ってきたような気がしますね。でも、久しぶり
に京香ちゃんが来るのね。オーナーが一番可愛がっている姪っ子だ
から、さぞ嬉しいでしょうね。ん?じゃ、その母も来るのかな?オ
ーナーの妹で京香ちゃんの母親で美人です。ちょっと口が悪いけれ
ど、優しく思いやりのある人ですよ。いつもオーナーのことを心配
しています。2人だけの兄妹だからね。
 セイさんのアーティストとしての演出と京香ちゃんの美声とのコ
ラボレーションは楽しみです。このカフェでもやってくれそうね。
私たちみんなも楽しみにしています。
 あっ、そうそう。この際だから、オーナーの妹さんと京香ちゃん
を紹介しておきますね。妹さんは、順子と言って、テキスタイルの
仕事というか、趣味が高じて仕事になっています。
 そして、その娘の京香ちゃんは小さなころから歌が好きでそのま
ま歌手になっちゃいました。すこし、ハスキーボイスだけどいい声
ですよ。
 ただね、この2人はすごく仲が良いのですが、おしゃべりが好き
で、ズーっとしゃべっています。アハハハ。オーナーもちょっと疲
れると言っていました。
 じゃ後ほど、お会いできるのを楽しみにしています。』

 「いらっしゃいませ・・・。」
 「こんにちは~。お久しぶりです。」

 あっ。この人が京香さんなのかな。多分・・・。可愛い。後ろに
おられるのがお母さんですね。ワァ~おふたりはそっくりだね。ん
?どこか、オーナーに似ているね。やっぱり兄妹だからね。アハハ
ハ。

 「あっ。久しぶりです。京香ちゃん。順子さん。」
 「久しぶり~。マキちゃん。元気そうで、変わらず七変化してい
るのね。お母さん見て。この子がマキちゃんでファッションが楽し
いの。いろんな服を持っているし、センスがすごくいいの。」
 「初めまして。母の順子です・・・て、初めてじゃないわよね?
前に兄と一緒のところで会ったわね。」
 「はい。あの時は急いでいたので失礼しました。」
 「うん。今日のファッションもステキね。秋って感じかして、美
しい紅葉を見ているようよ。そんな服、どこで買ったの?」
 「アハ。ありがとうございます。でも、買っていません。自分で
造ったのです。どうです?秋を感じていただきました?」
 「うんうん。いいね。今度のステージの時には衣装をマキちゃん
にお願いしようかしらね。よろしくお願いします。」
 「はい!是非やらせてください。」
 「いいじゃない。マキちゃんだったら、私のイメージもわかって
いるだろうし、それに年齢も同じだしね。」
 「だね。今度京香ちゃんのステージ写真なんかを見せてね。」
 「うん。いいよ。」
 
 「お~い。何、入り口で盛り上がってんだ。奥へどうぞ。オーナ
ーが待っているよ。」
 「あっ。ニシさん、お久しぶりです。アラ、由美さんも久しぶり
~。」
 「順子さん、ステキですね~。俺もこんな風に年を重ねたいです。

 「まだ、若いつもりよ、由美さん。うふ。
あっ、そこに居るのは滝くんね。初めまして順子です。そして、こ
の子が京香です。兄からいろいろ聞いていますよ。よろしく。」
 「はい。滝です。よろしくお願いします。」

 えっ。オーナーからどんなふうに聞かれているんだろう。ちょっ
と気になる。でも、美しい母娘だね。後日、歌っていただけるんだ
ね。すごく楽しみ。

 「おっ。来たか。久しぶりだな、順子。それに、京香。」
 「はい。おじさん。久しぶり。1年ぶりだけど元気そうだね。ま
た、ここで歌っちゃうのでよろしく。」
 「久しぶり、兄さん。ちょっと痩せたんじゃないの?ちゃんとご
飯を食べているの?今日、美咲さんはいないのかな。何か作ってあ
げようか?普通の体じゃないんだから、十分に注意してよね。」
 「コラ。その話はここではしないこと。じゃ、奥へ行こうか。京
香にプレゼントがあるんだ。」
 「え~、ありがとう。」
 「えっ。私は無いの?兄さん。」

 奥の部屋へ行っちゃった。でも、オーナーは京香さんのプレゼン
トを用意していたということは、来るのを知っていたのかな。セイ
さん、どこが内緒なのかな?しかし、兄妹だね。良く似ておられる。
会話がどこか自然な感じがするね。
 ただ、さっき、順子さんが言っていたのは、オーナーの身体のこ
とかな?ちょっと気になる。

 『あ~、久しぶりに会えました。1年ぶりです。順子さん、京香
ちゃん、元気そうでなによりです。相変わらずお美しいおふたりで
すね。
 順子さんがちょっと心配していたけど、オーナーは普通の身体で
はありません。この“白い家”を造ることにもなったのも、大きな
病気を患ったのがきっかけです。その病気とは・・・・・
 あっ、それは内緒でした。言ったらオーナーから絶交されそう。
アハ、この声は誰にも聞こえないか。うふふ。
 じゃ、1年ぶりに京香ちゃんの歌声とセイさんの演出とギターで
良い夜が過ごせそうですね。私たちも楽しませていただきます。
 あっ、常連の方たちも来られたようです。始まり、始まり~~。
って、お芝居じゃなかったわね。失礼。京香ちゃんは本当にいい声
をしているので、皆様も是非お聴き下さい。
 それじゃ、また。・・・うふふ。』

音と香

 「こんばんは~。みなさん、お忙しいところご参加していただき
まして大変ありがとうございます。1年ぶりにここに来てくれたお
ふたりをご紹介します。
 野村聖司と山川京香です。昨日まで駅前のホールでライブをやっ
ていました。が、今、ここに駆けつけて来てくれました。このステ
ージだけですよ、2人を本名で紹介するのは。アハハハ。
 聖司ことセイのギターと演出、そして、京香ちゃんの魅力的な歌
声をお聴き下さい。また、軽い食事とお飲み物をご用意させていた
だきましたのでゆっくりくつろぎながらお楽しみ下さい。この2人
は“ノーギャラ”ですから、同じく、くつろぎながら楽しみながら
歌ってくれると思います。アハ。
 じゃ、ごゆっくりどうぞ。」

 アハ。ユミさんのMCって上手いのかどうかわからないけれど、
場が和んだね。お客様や従業員から笑いが出て気楽な感じがする。
多分、それが狙いだったのだろうね。ユミさんは物だけの人かと思
っていたけど、ちょっと尊敬。

 『滝くん、何言っているの。今夜のライブは“ノーギャラ”よ。
アハハハ。みんなが気楽に参加できるようにとオーナーが仕掛けて
います。面白くなりそうね。私たち“霊”や“魂”も楽しませてい
ただきます。ん?どうやって?・・・うふ。
 それに、今年のクリスマスへの布石になるとオーナーとこの2人
は考えているようです。どんな演出を魅せて、歌を聴かせてくれる
のでしょうか。』

 「こんばんは。京香です。隣に居るのがギターリストであり、歌
手でもあり、そしてアーティストでもあるセイさんです。今宵は
“音”と“香”を楽しんで下さい。私の歌も“香”と共に新しい世
界を感じていただけるかと思います。それでは、宜しくお願いしま
す。」
 「へぇ~。“音”と“香”のコラボレーションということですね。
曲ごとに“香”が変化するのかな。」
 「滝くん。ちょっと違うね。“香”は一度出すとなかなか消えな
いので、まず、“香”を出しておいて、そこに合わせるように歌を
“音”を奏でているのだよ。その“香”が消えて行く中で、次の曲
と“香”を調整しながら出すから、かなり難しい演出というのか、
タイミングだね。間違うと、すべてが混ざってしまい、気持ち悪く
なるからね。
 それもあるから、全体を同じ“香”にはせず、コーナーごとに
“香”を変え、また“音”も調整しながら変化させるのだよ。メイ
ンはあのステージだから、またそこが難しいね。セイくんの腕の見
せ所だな。
 あっ、それから、この“白い家”にも“香”を少しだけれど付け
ているよ。それは気付いてなかったようだね。ユミちゃんくらいし
かわからないようだけど。」
 「あっ。オーナー。そうなんですか。今度、建物の隅々の臭いを
嗅いでみます。やっぱり“香”も空間演出やイメージ造りには大き
な役割をしているのですね。」
 「ああ。滝くん、いいこと言うね。人々の生活空間にはいろいろ
な形や色、そして音などがあるけれど、“香”もとても大切だよ。
この“白いカフェ”にもコーヒーの“香”が染み付いているしね。
今の時代は沢山の情報があるけれど、“香”という情報は伝えにく
いよね。まさかパソコンやテレビからその都度“香”を出す訳には
行かないよな。どこかで試験的にやったと聞いたことはあるけれど、
一つ一つ出していたら鼻が変になるよね。アハハハ。
 今日は、その“香”を主役にして“音”を新しい世界にしたいと
思ってね。ちょっと、大げさだけど・・・。」
 「いえ。そんなことないです。すごくいいと思います。形や色、
それに味やテクチャーも大切ですが、“香”によって印象はすごく
変化して、物や空間のイメージが一変しますからね。」
 「そうだね。これは、今年のクリスマスにもう少し具体的にした
いとは思っているけれど、今日はちょっとだけテストのようなもの
だよ。」

 へぇ~。オーナーは無口なのかなと思っていましたが意外としゃ
べられるんだな。
 あっ、何かユミさんと話をされている。ひょっとしたらクリスマ
スの時に物たちも登場するのかな。まだ2か月も先だけど、楽しみ。

 『滝くん、私の“香”知らないよね。今度、機会があったら、こ
の“白い家”の屋根裏部屋に行ってみてね。いろんな臭いがします
よ。加齢臭・・・じゃなかった、華麗な臭いがするかもね。アハ。
 まっ、部屋を見つけることができればの話だけどね。うふふ。
 あ~、何か良い“香”がしてきましたね。これは前の“お月見”
の時にも使った“香”ですね。私にとっては非常に懐かしい“香”
です。みなさんは、高原での森林浴のような気分になっておられ、
京香ちゃんの歌やセイさんのギターとのコラボがより雰囲気を高め
ています。そこは、木や苔などの自然たちの故郷です。木、石、苔、
砂、岩、そして草や水もね。だから私たち仲間はみんな懐かしがっ
ています。ほら、建物や庭が生き生きして楽しそうでしょう。何や
ら、お客様と従業員そして私たちが自然体で一体になっているよう
な気がします。ちょっと言い過ぎかな。
 でも、この“白い家”だからできる演出なのでしょうね。
 セイさんも上手い演出、コーディネートされましたね。お客様の
中には涙ぐんでおられる方もいらっしゃいます。
 でも。オーナーの仕掛けは、これだけじゃありませんよ。さっき
言っていたでしょ、これはちょっとしたテストのようなものだと・
・・。うふふ。』

 あ~、いいね。良い“香”だ。心が洗濯されているようで、気持
ちが浄化されて行く。アハ、ちょっと大げさか・・・。
 アレ?マキさんは泣いているのかな?

 「何よ!滝くん。そんなに見ないでよ。いいでしょ泣いても。感
動ってこんな風になっちゃうんだね。自分自身で感情を上手くコン
トロールできない。こんな体験は初めて・・・。」
 「うん。そうですね。いいね。」

 あっ。所々に“灯”が・・・。それも、揺らいでいる“灯”だ。
室内もそうだけど、庭にも、ポツリ、ポツリと順番にゆっくりと灯
って行く。セイさんと京香さんの“音”に合わせるかのように・・
・・・。
 そっか。ユミさんがやっているんだ。さっきのオーナーとの話は
これだったんだ。これもクリスマスのための演出テストだね。
 アハ。クリスマスが益々たのしみ。

 「どう?滝くん。気に入ってくれた?この演出は、オーナーと打
ち合わせをしてセイや京香ちゃんたちに協力してもらったのよ。こ
のタイミングを合わせるのがすごく難しいけど上手くいった方ね。
でも、ちょっとズレているかな。へへへ。
 クリスマスにはね、これに、いくつかの物たちが加わって、また
違った演出を予定しているの。素晴らしいものになると思うわよ。」
 「ユミさん、すごいです。感動です。この建物や庭、そして小物
たちもいっしょに揺らいでいるような気がします。それに、“音”
や“香”も少しずつ変化して、すごく神秘的な新しい世界を感じま
す。」
 「アハ。ありがとう、滝くん。ちょっと大げさだね。うふふ。」

 『そっ。大げさです。でもその通りですよ。私や仲間たちも“音”
と“香”と“灯”でしっかりと揺らいでいます。この建物や庭が壊
れるんじゃないかと思うほどにね。うふ。
 この演出は、本当にこの“白い家”でしか味わえないわね。今度
のクリスマスが楽しみです。』  

 もうそろそろ終わりかな。ほんの60分程のライブだったけれど
心に沁みた。
 あっ。お客様から小さな拍手が聞こえてきた。そっ、小さく静か
な拍手。まだ、“音”は奏でられている。みなさん気を使って控え
めな“音”で拍手をされているのでは・・・。
 やさしくあたたかく感じるね。俺、建築を学んでいるが、建てる
ということだけではなく、そこにはいろいろな人や物たちの関わり
があり、互いに空間を共有して生きているということ。形、色、音、
香、他にもいろいろあると思うけれど、様々なヒト、モノ、コトを
しっかりと思慮しないとダメなんだなぁ~。

 「滝くん。何、まどろんでいるの。終わったよ。お客様をお見送
りするから出口に行こう。」
 「はい。すみません。へへへ。」

 「ありがとうございました。ライブいかがでしたか?」
 「ありがとう。良いライブでしたね。気持ちがスッキリしたとい
うのかしら。心から何かが抜け出したような・・・。来てよかった
わ。また、案内を下さいね。」
 「良かったよ。上手く言葉では表現ができないけれど、良い演出
だね。次のイベントも楽しみだね。」
 「あ~、良かったなぁ~。ここの家って不思議やね。いつ来ても
やさしいし、ホッとする。それに、ええ刺激くれるわ。ホンマええ
とこ教えてもろたわ。」
 「アホか。お前らには似合わんライブやったな。アハハハ。」
 「え~。師匠。そんな・・・。」
 「わしは、音楽をやっとるさかい、ようわかるわ。」
 「えっ。師匠。尺八以外に何かやってはるんでっか?知らんかっ
たなぁ~。」
 「うん。俺も知らんな。」
 「アホ!その尺八やがな。尺八も立派な楽器やし、“音”の世界
やないか。あの静かな音色は今日のライブにもピッタリや。
 まっ、お前らにはわからんやろな。アハハハ。」
 「そんなことありまへん。俺んちは、和菓子職人の家です。和菓
子の世界も今日の静かで神秘的な“音”と“香”の世界と通ずるも
のがありますわ。」
 「そうですわ。俺の家は家具を製造していますから、その繊細さ
は同じとちゃいますか?師匠。」
 「うんうん。わかった。わかった。その通りや。せやけどお前ら
は芸人や、芸の道にも通ずるもんがあったやろ?もうちょっとここ
へ来て勉強しいや。」
 「はい。」

 アハ。この前の漫才コンビと師匠だね。来られていたんだ。そう
いえば、昨日、テレビで見かけた。復活再生したんだね。
 しかし、大きな声だね。周りに全部聞こえているよ。へへへ。

 「キャキャ。面白いね。ちょっとした漫才が聞けっちゃった。
滝くん。あの漫才師さんたちって、和菓子と家具の職人さんの息子
だったんだね。俺、今度詳しく聞いてみようと・・・。へへへ。」
 「アハ。ユミさんはそういうのにすぐ興味を持つんですね。だっ
たら、あの師匠も尺八のプロかもしれませんよ。同じ職人のような
ものでしょ。」
 「う~ん。師匠の尺八はセイに任せる・・・。」

 よくわからん。・・・でも、この“白い家”には、いろいろな人
たちが集まっているね。これも人徳?・・・じゃなかった。家徳?
かな。アハハハ。

 『何それ?そんな言葉はないでしょ。家徳なんて。でも、何だか
嬉しい私です。うふ。』

 「おい。滝くん。今度のクリスマスの演出でけど、手伝ってくれ
るよな?セイくんは演出は上手いけど体力が無いからね。勉強だと
思っていろいろ手伝ってね。」
 「あっ。はい。ユミさん。しっかり手伝わせていただきます。セ
イさん、よろしくお願いします。」
 「アハ。よろしくな。非力なんでね。アハハハ。」
 「あっ。ショウちゃんもよろしくね。」
 「は~い。ユミさん。了解です。」

 「お疲れ~、京香ちゃん。やっぱりいい声をしているね。この演
出でも十分に対応してくれてありがとう。」
 「いいえ。セイさん。すごく勉強になりました。“光”はあって
もこの“香”との共演は体験したことがないから、歌いながらこの
雰囲気に酔ってしまいました。良いコラボですね。」
 「うん。そりゃ良かった。今年のクリスマスはこのバージョンを
アップさせたものにしようと思うので、京香ちゃんも12月23日
は開けておいてね。よろしく。」
 「は~い。去年から、イブイブの日はズーっと開けています。
へへへ。」
 「お疲れ様でした。みなさん。」
 「あっ。順子さん。お疲れ様でした。しんどい裏方をありがとう
ございました。」
 「いいえ、楽しかったわ。今度のクリスマスも楽しみね。また、
ユミさんの力を貸してね。兄は口だけで動かないからね。あの身体
では・・・。」
 「はい。」

 「お~い。誰か~。厨房の片づけを手伝ってくれ~。」
 「は~い。俺、行きます。」
 「滝くん。よろしく。アハハハ。」
 「滝くんは、ニシさんのスピードに付いていけるのかな?メチャ
早いですからね。」
 「そうそう。マキちゃんは、手伝ったことがあるから返事をしな
かったのでしょう。滝くん可哀そう。うふ。」
 「エヘへ。」

 『あらまっ。そうなのですね。確かにニシさんの厨房内での動き
は、すごく早いし、結構“音”も静かですね。誰も付いていけない
でしょうね。ライブ中は“音”を出しては雰囲気を壊してしまうの
で、何も片づけてなかったのね。それに、何かを作ってしまうと臭
いもするから、“香”の演出にも悪影響が出そうだしね。ニシさん
は、やっぱり、気配りができる人ですね。
 このライブの演出には、裏方の人の努力や協力が必要で大変ね。
みんな表の方ばかり見ていて、裏方なんかに気が向かないですね。
私も考えていませんでした。美しいもの、感動するものを魅せるの
には、必ず、それを準備する人、サポートやバックアップの人たち
がいます。その人たちもみんな大切にしないとね。
 じゃ、今年のクリスマスを楽しみにしています。“音”と“香”
だけじゃなく様々な演出があるようなので、新しい世界を期待して
います。』
 『あっ。それから一言。人は何かあった時、もっとも好きな“音”
を聴き、“香”を効くと一番癒されるのではないでしょうか。それ
が、悲しいことでも、嬉しいことでもね。
 でも、中には食べることが癒しになっている人もいますね。
アハハハ。』
 

障害者と健常者

 「ただいま~。」
 「アレ?滝くん、今日は終日学校じゃなかったの?まだ、お昼だ
よ。」
 「アハ。マキさん聞いて下さいよ。今日、朝からゼミが3つ続け
てあったんですが、なんと全て休講です。こんなことがあっていい
のでしょうか。すごく頭にきました。提出するレポートも受け取っ
てもらえないし、なんのために徹夜同然で準備したのか。がっかり
です。」
 「あらま。それは残念だったね。でも授業が休みだと私だったら
嬉しいな。そんなに悔しいかなぁ~。」
 「休講だけだったらいいのですが、その3つのゼミの担当教授た
ちは、研修という名目でニューヨークまで5日間の予定で突然行っ
ちゃったんです。なんか、安いチケットが手に入ったとかで、受講
している学生も数人連れて行ったらしいんです。俺、知らなかった
からすごく悔しい。」
 「えっ。滝くんもニューヨークに行きたかったんだ。でも、そん
なの事前に通知があるでしょ。なかったの?」
 「アハ。あったらしいです・・・。そのゼミの2週間前の授業中
に伝えたらしいのですが、俺、休んでいたから・・・。へへへ。」
 「何それ。じゃ、今日はそれを知らずに行ってしまったの。バ~
カ。」
 「うっ・・・でも、一番聴きたかったゼミが含まれていたのでシ
ョックです。」
 「何?それって。」
 「建築概論の中で、障害者に対応した施設計画というのがあるの
ですが、この“白い家”が正にそうなっているような気がして、勉
強したかったです。」
 「えっ。この“白い家”って障害者向けになっているの?」
 「え~、マキさん長く居るのに知らなかったのですか?」
 「うん。知らない。ごめん。でも、どこが障害者向けなの?」
 「ん~。別に障碍者向けの施設じゃないですから、全てというこ
とではありませんよ。・・・
 そうですね、そんなところが沢山ありますが、まず、外からのア
プローチ部分ですね。階段が無くてなだらかなスロープになってい
るでしょ。それに入り口のドアは引き込み戸になっています。奥や
手前への開き戸は車いすの人だと出入りしにくいですから。
 あと、カフェ内は全て段差がありません。厨房への出入り口も含
めてまったくありません。いわゆる、バリアフリーというやつです。
それに、外の回廊に繋がる所も段差がなく、他の部屋への出入り口
にもありませんよ。
 また、一番注目したのは、回廊の外側です。要するに庭側のちょ
っと手前で少しだけ段差というか、目地のような木のラインが2本
あるんです。健常者だと見てすぐにわかるのですが、目が不自由な
人や車いすの人などは、ちょっとそこのラインに当たって、何かが
あるということがわかるんですね。健常者だと、そこから先は危な
いと一目で判断できるのですが、障害者である目や身体が不自由な
方だとわからない場合がありますよね。だから、そのラインに当た
って気付くんです。それ以上進んでは危ないってね。
 それから、トイレや洗面所への出入り口も全て引き込み戸になっ
ています。」
 「へぇ~、そうなんだ。で、他には?」
 「そのトイレや洗面所の戸にある取手ですが、その位置が低い所
にもあって2ヶ所なんです。車いすや子供でも簡単に開けることが
できますね。
 それと、全ての出入り口には小さなセンサーが付いていて、チリ
~ンと鳴るのです。小さな音ですが、近くに行くと良く聞こえます
よ。この前のライブの時も鳴っていましたが、近くに行かなければ
気付かないほど小さな音です。これだと目が不自由な方でもそのト
イレや洗面所の出入り口がすぐにわかりますよね。気配りですね。」
 「ふ~ん。そうなの。流石、滝くん。細かいところまでしっかり
見ているのね。私なんか、何故かわからないけれどすごく動きやす
いなぁ~とだけ思っていた。
 障害者にやさしく安心な空間は、当然、健常者にもやさしいとい
うことか。」
 「そうですよ。世の中には健常者だけを意識した空間が多いです
よね。障害者やお年寄りの人に対応した建物などは少なく、それを
やろうと思うとコストアップなりますから・・・でも、最初から考
慮しておけば何の問題も無いと思うのですが。
 社会生活をしているのは健常者だけじゃないですよね。障害を持
っても頑張って生活をしている人は沢山いますよ。寂しいですね。」
 「うんうん。滝くんの気持ちがよく分かるような気がする。
私、前に足を骨折してしばらく松葉杖だったけれど、それでもいろ
んな所で不便を感じたね。障害者が弱者とは言わないけれどハンデ
を持った人に優しい社会になってほしいね。」
 「ですね。同じ人間ですから互いに思いやることは大切です。」

 『そうそう。そうなのよ。滝くん、マキちゃん。私も賛成です。
この“白い家”も古い家や庭の材を再利用して作られていますが、
言い換えれば障害を持っている材を集めて健常的建物にしたと言う
のでしょう。ちょっと考えすぎなのかもしれませんが、私たちは傷
だらけで新しい材のようにはできないのよ。
 でも、少しの努力や助けられるとこのように立派にお役に立てて
存在するのです。人の世界とは比べられないけれど、それは大切な
考え方じゃないかなと思います。
 それに“心”は同じですよ。健常材も障害材も心は同じです。た
だね、障害材だからって心を閉ざしてしまうものもいますが、それ
も、自分自身の努力や他からの助けで心を開くこともあります。
 そっ。材も人も自分が“心”を閉ざしてしまうと、全てが障害材、
障害者になってしまうんじゃないかな。身体自身が健康でも“心”
に障害を持っていたら悲しいですね。心も身体も健常が良いのです
が、そんなに簡単なことではないですね。でも、互いに思いやり、
その努力をすれば何かが見えてくるように思います。人も私たちモ
ノもね。』

 「この“白い家”や“白いカフェ”もほとんどが再利用のモノた
ちで造っているらしいのです。言い換えれば、障害から健常へとい
う再生とも言えるのですね。
 あっ、別にこの家が障害を持っているとか障害物だとかというこ
とじゃありません。新しいモノと何の変りもないということです。
アハ。」
 「うん、わかるよ。滝くんはやっぱり建築が好きなのね。私なん
かはファッションのことばかり考えているだけだから・・・。」
 「そんなことは無いですよ。あれだけのファッションは他の人は
できませんよ、どんな人にも、今、話をしている障害を持っている
人にも元気を、楽しさを与えているじゃないですか。みなさん、笑
顔で帰って行かれているし・・・。
 そうそう。この前。車いすのお客様が来られたでしょ。その時の
みんなの対応がすごく印象的でよかった。」

 そう。あれは10日程前だった。お昼も終わって、みんながホッ
としている時だったなぁ。

 『マキちゃんの服も再生ものが多いですよ~。うふふ。』

 「こんにちは。」
 「いらっしゃいませ。どうぞ。」
 「すみません。この人、車いすですが、座れる席はありますか?」
 「はい。どうぞ。そのままでも椅子に座り換えられてもご自由に
どうぞ。」
 「ありがとう。じゃ、あの隅っこの席に行きます。」

 女性は車いすなんだ。男性が押されているけど、恋人同士って感
じだね。違ったかな。でも、女性はちょっと暗いような気がする。
あっ、またあの1番席だ。何かありそう。

 「舞。ここでいいよね。椅子に座り換えるか?」
 「うん。この椅子、座り心地が良さそうだから・・・。手伝って。

 「いらっしゃいませ。ご注文は・・・」
 「あっ。すみません、もう少しメニューを見せてください。」
 「はい。決まりましたらお呼びください。」
 「マキさん、何か感じたのでしょうか。ジーっと見ていましたね。

 「うん。少しね。あの2人は恋人同士だとは思うけれど、女の子
が何か言いたそうな感じなのよね。」
 「そうか。わかるような気がする・・・。」
 「えっ。ニシさん、わかるんですか?」
 「うん。相手と別れる時って顔に出るんだよな。」
 「あっ。そっか。ニシさんも愛子さんとの別れの時そういう顔を
していたのね。アハハハ。」
 「コラ!愛子との別れじゃない。その前の彼女と・・・。アハ。」
 「あ~、何それ。」
 「マキさん、突っ込みすぎですよ。ニシさん困っているじゃない
ですか。だけど、あの2人は別れるんですか?お似合いのように思
えますが・・・。」

 「ね~、正人。実はね・・・」
 「あっ。舞!この庭って美しいね。外に出てもいいと書いてある
から、ちょっと出てみようよ。」
 」えっ。でも足が・・・」

 「大丈夫ですよ。車いすのままで外に、そして回廊へも出られま
すので、ご自由に見てくださいね。」
 「そうなの。ありがとう。じゃ、魅せていただきます。」
 「へぇ~、ズーっと車いすのままいいのですね。奥の部屋も観て
いいですか?」
 「どうぞ。じゃ、案内します。」
 「あっ。注文はココアを2つください。」
 「はい。ココアですね。しばらくお待ちください。」
 「どうぞ。ここから出られますから。何かあったらお知らせくだ
さい。」

 と言ってから、マキさんは着替えに行ってしまった。これは何か
感じ取ったのかな。楽しみ。へへへ。

 「ワァ~。この庭もいいけど、この回廊や奥の部屋もすごくいい
ね。」
 「うん。美しいね。舞はこんな家を観るのは初めてだろう。俺、
半年前に一度来たんだ。」
 「えっ。半年前・・・」
 「あっ。そうか。舞が事故にあったのが半年前だったね。俺が一
緒だったらこんなことにはならなかった・・・」
 「ううん。そんなことないよ。正人のせいじゃないよ。私がボー
ッとしていたから・・・」
 「もういいじゃないか。その話は・・・」
 「この家って、車いすでも自由に動けるんだね。やさしい家だね。

 「うん。そうだね。・・・」
 「それに、庭も美しいけれど、何か落ち着くだろう。舞に一度こ
の庭や家を見せたかったんだ。この家はほとんどが再利用で造られ
ているんだよ。前に来た時に店長さんが言っていた。だから、健全
な新しい材はほとんど使っていないってね。モノは使いようだし、
それを使う努力をしないとここまでのモノはできなかったってね。
この古い材料たちも頑張ったんだろうね。すごくいい建物だよな。
何か“魂”のようなモノを感じてしまった・・・。」
 「うんうん。わかる。とってもね。正人が言いたいことがわかる
気がする・・・」
 「ちょっと寒いね。中に入ろうか。」

 「お待たせいたしました。ココア2つです。ごゆっくりどうぞ。」
 「あっ。さっきの店員さんですよね?その服、真っ白な雪景色に
小さな芽が出ていますね。可愛くって美しい。新しい芽が出ている
姿が描かれていて、愛らしいし、力強さも感じます。」
 「そうですか。この芽は描かれているのですが、刺繍です。それ
も古い糸で、若草と薄い橙色を使っています。いわゆる、糸を再利
用して、雪の白地に縫い込んだものです。何か生き生きして見える
でしょう。へへへ。」
 「ワァ~そうなんですか。いいですね。確かに生き生きした感じ
がしますね。舞、どう思う?」
 「・・・・」
 「どうかしたのか?」
 「ううん。何でもない。いい服ですね。やさしくって、さりげな
い表情が何とも言えません。
店員さんありがとう。私。その糸に負けないようにもう少し頑張り
ます。」
 「アハ。」

 「マキさん、何やったのです?女性のお客様が泣いておられるじ
ゃないですか。」
 「滝くん。わかってないなぁ~。多分、あの女性は、彼に別れを
言おうとしていたのかな。でも、彼もそこを感じてこのカフェに、
そして外の回廊へ誘ったんだよ。その別れの言葉を聞きたくないか
ら・・・。
 で。私がちょっとだけ手助けをしただけ。へへへ。」
 「へぇ~、そうなんですか。わからなかった。」
 「滝くんは、敏感なのか、鈍感なのかわからんなぁ。」
 「えっ。そうですか。ニシさんはわかったんですか?」

 「あっ。このココアって普通じゃない!正人、飲んでみて。」
 「あ~、確かに違うね。甘くないし、コクがすごくある。それに
香りがいいね。本物のココアって感じだね。・・・
 本物はどんなのか知らないけれどね。アハ。
 今日のような寒い日は温まるね。ジワァ~と心に沁みる。」
 「うん。ジワァ~とね。正人の気持ちやさっきの店員さんの気配
りもね。・・・ありがとう。」
 「うんうん。このココアってゆっくりと中に入ってくるようだね。
もう少し、俺たちには時間が必要だし、時間をかけるべきだよ。」
 「そうだね、正人。この白い家に連れて来てくれてありがとう。
私、足が動かなくなって、“心”も動かなくなっていたみたい。こ
んなの心の障害のようなものだね。・・・
 もう悩まないし、正人だけに頼らない。もう一度自分の力で生き
て行くね。
 あっ。正人と別れるということじゃないよ。もう少し一緒に居て
ね。」
 「あぁ~びっくりした。もう少しじゃなくズーっと一緒だよ。ず
っとね。」
 「うん。」

 「なんか良かったね、マキさん。いい雰囲気になった。」
 「うんうん。」

 『この2人も再生したようですね。障害から健常へね。うふふ。』

 「あの時、俺が一番鈍感でした。へへへ。」
 「そんなことないよ。ニシさんのココアは良かったけど、やっぱ
りあの彼氏の言葉や行動が良かったと思う。私も少しだけお手伝い
をしたかなと思う。へへへ。」
 「アハ。でも、この“白い家”は不思議ですね。人を癒してくれ
るかと思ったら、なんか生きているように感じますね。」

 『アハ。生きています。ということは無いかな。アハハハ。滝く
んありがとう。どんな人や物でもウエルカムよ。うふ。
 私たちもいろんなコトやモノと関わってきたから少々のことに関
しては対応OKよ。
 でもね、障害者とか健常者とか言っていますが“心”まで障害者
にはなってほしくないですね。・・・
 じゃ、またお会いしましょう。』

香りと臭い

        
 「おはよう。」
 「ニシさん、おはよう・」
 「おっ。相変わらずマキちゃんは朝が早いな。毎日掃除をしてく
れてありがとう。でも、飽きないの?」
 「はい。これ、私のライフワークの1つですから、やらないと何
かその1日の調子が変なの。」
 「そうか。1日のリズムが狂ってしまうとしんどいものだね。
あれ?今日は、滝くんは学校だったかな。まだ来ていないね。」
 「あ~、そうですね。どうしたんだろう。授業が無い時や、午後
の時は必ずカフェに出ていましたからね。
 あっ。今日は12月24日ですよね。・・・学校は休みに入って
いるんじゃないのかな。」
 「どうしたんだ。昨日はクリスマスイヴイヴのイベントで盛り上
がったけれど、接客はしっかりやっていたような。・・・そうか、
騒ぎすぎて二日酔いか。アハハハ。」
 「滝くんらしくないね。多分、学校も休みになったし、イベント
も楽しく終わったから何かホッとしていたようですね。」

 「おはよう。ニシさん、マキちゃん。」
 「あっ。ユミさん。おはよう。」
 「お~。おはよう、ユミちゃん。」
 「さっき、滝くんに会ったよ。赤~い顔して、今日は、午前中は
休みますって言っていた。あれは完全に二日酔いの顔だね。でも、
滝くんはお酒が強かったよね。イベント中は禁酒だし、その後に飲
んだとしても、あの短時間では酔っぱらうほどは飲めないよ。」
 「ですよね。滝くんは意外と慎重な人だから、無理な飲酒はしな
いと思うけど・・・どうだろうね。」
 「あっ。ショウちゃんはどうしたんだ。あいつも二日酔いか?・
・・ん?そっか。ショウちゃんは酒が苦手でほとんど飲めないんだ
ったな。何であいつも出て来ないんだ。」
 「え~。何かやりましたか?ユミさん。」
 「アハ。マキちゃんは何の担当だった?衣装関係でカフェを出た
り入ったりしていたでしょ。長くカフェには居なかったよね。それ
に、あの装置にはほとんど近付かなかったよね。」
 「え?装置?何の?」
 「あっ。そうか。ユミちゃんわかったよ。今日のあの2人の状態
を聞いていると、原因があの装置だったんだ。」
 「ニシさん、なんなの?その装置って。」
 「それは、“香り”を噴射するための噴霧器のようなものだよ。
今回のクリスマスパーティーは“音”と“香”そして、“灯”の世
界だっただろ。そのために“香り”を飛ばす必要があったから、数
か所にそれを設置したけど、その調整管理担当が滝くんとショウち
ゃんだった。」
 「うん。でも、その“香り”が原因とは思えないのですが。滝く
んだけじゃなくてお客様やオーナーも近くに居たけれど、そんな症
状はなかったように見えましたよ。」
 「ん~、そうか。マキちゃんの言う通りだな。じゃ、何が原因?」
 「うむ~。2人の共通の行動で他のお客様やオーナーが関わらな
い行動にヒントがありそうですね。むむ。あの“香り”と何かが混
ざってその結果、体調に異変が出たというのが私の推理ですね。」
 「おいおい。マキちゃん。なんか、探偵みたいになっているぞ。
なんだったら、探偵服に着替えてきたら。アハハハ。」
 「確かに。マキちゃんはノリがいいね。うふふ。」
 「よし!着替えて来よう。」
 「えっ。着替えるんだ。・・・・・アハ。」

 『あら。マキちゃん、悪乗りしたようね。でも、そんな服を持っ
ていたのですね。本当に何でも持っているのですね。うふふ。』

 「お待たせ~。へへへ。」
 「えっ。本当に探偵風の服を持っていたのか。・・・良く似合う
ね。やっぱり、全体に白なんだ。アハハハ。」
 「うん。そりゃそうでしょ。“白い家と白いカフェ”の探偵なん
だから。へへへ。
ニシさん、ユミさん、あまり心配しないで。あの2人が何か他にも
関わったところがきっと見つかるから。」

 「うむ~。あっ。そう言えば、あの2人は厨房にも出入りしてい
たよな。オーナーはメッタに入らないし、お客様は当然入る訳がな
い。・・・
 でも、パーティー中は“臭い”が気になるし“香”の演出に悪影
響を与えそうだから配膳作業だけで調理はしていなかったよな。
 “臭い”といえばフルーツの盛り合わせやフルーツポンチ、ミッ
クスジュースくらいかな。・・・
 あ~っ。フルーツの中でもグレープフルーツは柑橘系で刺激が強
いし、ある薬には異常な反応をすることがあると聞いたな。もしか
して、いろいろな“香り”と“臭い”が出ていたから、それが混ざ
って何か変な化学反応を起こしたのかな。・・・
 うん、きっとそうだよ。だから、滝くんは少しの酒でも酔いが回
ったんじゃないか。ショウちゃんは元々飲まないのに酒の“臭い”
と装置からの“香り”に厨房内の何かの“臭い”が混ざって、それ
を嗅いでしまったんじゃないかな。」
 「そうそう。そうだよ。ニシさんの言う通りだと思うね。そうだ
と思わない?名探偵マキちゃん。うふ。」
 「うん。そうですね。何がどう反応したのかわからないけれど、
ちょっと怖い気がします。やはり、後で徹底的に調査する必要があ
りそうですね・・・。」
 「あのね、マキちゃん。滝くんとショウちゃんが出て来れば、直
接に聞けばいいんじゃないの?かなり、悪乗りしてきちゃったね。」
 「アハ、ごめんなさい。でも、この家にもその“臭い”が染み付
いていないかしら。ちょっと心配。」

 『はい。大丈夫ですよ。確かに変な“香り”はしましたが、すぐ
に消えました。
 何故なのかわかりませんが、“香り”や“臭い”というのは様々
な物質でできているのでしょうね。今回のような変な化学反応を起
こしてしまうものなのでしょうか。
 でも、“香り”と“臭い”って微妙ですよね。“香り”というと
いやな印象は無いのでるが、“臭い”は何かクサイとか言って、あ
まりいいイメージではないことがあります。どう違うのか、日本語
は難しいです。昨日のクリスマスイベントは、このカフェ初めての
“音”と“香”と“灯”の複合演出で盛り上がっていました。
 私たちも楽しませていただきました。ただ、“音楽”と“灯り”
はいいのですが“香り”に関しては、場所によって変えましたよね。
仲間の中にはいやな思いをしたモノもいました。まだまだ検討の余
地はありそうですね。』

 「でも、まだ部屋には、“臭い”というか“香り”が残っていま
すね。いわゆる、残り香というのでしょうか。」
 「うん、確かに、マキちゃんの言う通りだね。よし。みんなで窓
を開けて空気を入れ換えよう。」
 「は~い。」
 「ね~。毎年だけれど、クリスマスは結構盛り上がるよね。今年
は特にセイさんの演出が良かったね。部屋やそのコーナー毎に“香
り”が違うし、“音楽”に対してもそれぞれ違った“香り”があっ
たね。それに、彩葉ちゃんの歌もいい雰囲気を創っていた。何か神
秘的なものを感じました。
 あっ。それと向こうの和室の演出も良かった。クリスマスだから
和室は関係ないと思っていたけれど、あの“灯”と“音”と“香”
の演出でいい雰囲気になっていたし、何と言ってもあの和室の襖や
壁の山河の絵が“灯り”や“音楽”でまるで生きているようだった
でしょ。それに、“香り”がとっても良かったね。私、あの和室か
ら出られなくなっちゃった・・・。」
 「マキちゃん。出られなくなったじゃなくて、サボっていたでし
ょ。ちょっと覗いて見たら寝ていたね。うふふ。」
 「え~。ユミさん、来ていたんですか。アハ。バレたか。・・・」
 「お~い。もうすぐお昼からのお客さんが来られるから準備よろ
しく。」
 「は~い。ニシさん。滝くんやショウさんも、もう来る頃だしね。

 「こんにちは~。」
 「いらっしゃいませ。おふたりですか?お好きな席へどうぞ。」
 「はい。じゃ、あの席に・・・。」

 ん?やっぱり、あの席だね。何かありそうね・・・。

 「へぇ~。この席って眺めが良いんだね。庭がよく見えてカフェ
全体も眺められるね。ん?アヤどうしたの?」
 「うん。何か臭わない?レイは気付かなかったの?」
 「あ~、この“香り”ね。このカフェに入った時にも違う“香り”
がしたよ。この席はまた違った“香り”がするね。なんだろう。」
 「いらっしゃいませ。メニューはお決まりですか?」
 「はい。海鮮ピラフとホワイトカレー、後で、カフェオーレを2
つ下さい。」
 「はい。海鮮ピラフにホワイトカレーですね。しばらくお待ちく
ださい。」
 「あの~、この“臭い”ってなんですか?さっき、入った時にも
これとは違った“臭い”がしたのですが・・・。」
 「あ~、これ、昨日のクリスマスパーティーの時の“香り”が少
し残っているんです。いわゆる、残り香ですね。気になりますか?
もしよかったら、消臭スプレーをしましょうか?」
 「いえ。大丈夫です。いい“香り”ですね。
この“香り”を感じながら庭を見て、この“音楽”を聴いていると
すごく癒されます。ね、レイ。そう思わない?」
 「だね。アヤは特に“臭い”には敏感だから。でも、とってもい
い“香り”ですね。そのクリスマスパーティーはすごく良かったの
でしょうね。来たかったなぁ~。」
 「レイ。それは無理でしょ。このカフェはさっき見つけたばかり
じゃない。表から見るとカフェという感じじゃないしね。」
 「そうそう。だから今まで見つけられなかったのよ。でもこんな
カフェがあるなんて・・・。いいね。
 それに、私たちはいつも消毒薬や病院の独特の“臭い”の中で働
いているから、この“香り”は気持ちいいね。
 店員さん、この“香り”はいつもするのですか?」
 「いえ。昨日だけです。今は残り香です。でもそんなにいい“香
り”ですか?私は慣れてしまって、よくわかりません。」
 「うん。いい“香り”ですよ。こんな演出をしているカフェって
無いよね。」
 「そそ。アヤの言う通りね。普通だとコーヒーの“香り”が一般
的でしょ。確かに、さっき通った厨房近くはコーヒーの“香り”が
あったけれど、この席では、柑橘系の爽やかな“香り”がする。冬
なのにこの“香り”が何故か心地良いのよ。
 夏の方が合うとは思うけどね。」
 「あ~、店員さん。その服からもいい“香り”がしますね。それ
に、そのファッションは昨日のクリスマスのなごりですか?レッド
とライトグリーンの飾りがすごく綺麗ですね。“香り”が少し甘い
ので優しい感じがします。」
 「そうね。レイ。店員さんの服、すごく可愛いね。楽しくなっち
ゃうね。」
 「ありがとうございます。確かに昨日のなごりですね。まだ、今
日は24日でイヴですから、今日と明日はこのクリスマスバージョ
ンでと思っています。」
 「うんうん。いいですね。私たちの服にもこんなちょっとした飾
りが必要じゃない?あまり大げさにすると問題視されるけれど、さ
りげなくならね。・・・
“臭い”は使えないけれど、これくらいならいいかもよ。」
 「そうだね。心の中で“香り”を感じていただけるかもね。クリ
スマスってね。」

 「お待たせいたしました。海鮮ピラフとホワイトカレーです。後
ほどカフェオーレをお持ちします。ごゆっくりどうぞ。」
 「あっ。ありがとう。綺麗な器ね。色彩がすごく明るくて気持ち
いいですね。」
 「ありがとうございます。うちの店員が長くお邪魔しまして申し
訳ありません。」
 「いいえ。何か、この席の“香り”とピッタリ合っていたようで
良かったですよ。」

 「あっ。滝くん。来ていたのね。もう大丈夫?」
 「うん。大丈夫。マキさんはズーっとあの席に居るから、俺が来
たのがわからなかったんだ。ほら、ニシさんがイライラした目をし
ているよ。アハハハ。」
 「アハ。ごめん。私もあの席に残っている“香り”が好きなのよ
ね。“香り”って後で少しだけ香るのが一番印象に残ると思わない
?滝くんからも変な“臭い”がするけどね。」
 「え~、まだ臭いますか?昨日のパーティーの後で何か変だった
んですよね。酔っぱらっているような感じでした。
 でも、嫌な気分じゃなかったね。むしろ気持ちがよかったという
か、心地良かった。朝はボーっとしていましたが・・・。へへへ。」

 『おふたりさん。“香り”と“臭い”で盛り上がっているようだ
けれど、このお客様ってどうやら近くの病院の看護師さんですね。
確かに病院内はいい“香り”がするとは言えませんね。そんなとこ
ろで長く働いていると、いい“香り”が恋しくなるでしょうね。
 “香り”と“臭い”って言い方が違うけれど、同じようなもので
すよね。“香り”の方がちょっといい印象がありますが。まっ、ど
ちらにしても人間さんには大きな影響を与えるらしいですね。』

 「ね~、レイ。また、このカフェに来ようね。私、すごく好きに
なっちゃった。」
 「私も~。他の人にも紹介してみんなで来ようよ。ここって、貸
し切りもできると書いてあったね。こんな演出をするカフェだから
パーティーなんかお願いしたら楽しいかもね。期待できるよ、きっ
とね。」

 「カフェオーレ、お待たせいたしました。どうぞごゆっくり。」
 「あっ。今度のお正月に向けて年末年始もちょっとした演出をし
ますから、是非、お越しください。」
 「えっ。そうなんですか?年末年始、お正月もやっているのね。
絶対に来ます。みんな誘って来ます。へへへ。」

 『アハ。マキちゃん。宣伝しちゃったね。今度の年末年始とお正
月もちょっとした演出をするようだけれど、また、沢山のお客様が
来られるようですね。私にとってはうれしいことですが、みんな、
あまり無理しないようにね。うふふ。』

 「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ。」

自然と人工

 いよいよ、年末年始だね。この『白い家』と「白いカフェ」での
初めての年越しとなりそうだけど、また、何かやるのかな?ここの
メンバーはオーナーを含めてイベント好きとうのか、お祭り好きだ
ね。楽しい・・・。

 「おい!滝くん。何、ボーっとしいるのよ。ニシさんが何か話が
あるって。厨房の方へ行こう。」
 「うん。マキさん。」

 あっ。みんな集まっている。アレ?常連さんも一緒だ。あ~、あ
の漫才コンビさんも、ニューハーフさんたちも・・・他にも沢山来
られているなぁ。俺が知っている人はそんなに多くないね。まだ、
ここに来て1年にもならないし、学校との両立だからカフェに毎日
出ているわけじゃないからね。

 「ん?滝くん。何か言った?」
 「いえ。何も。へへへ。」

 「え~、みなさん。この年末のお忙しいところお集まりいただき
ましてありがとうございます。今年ももうあとわずかとなりましが、
恒例の餅つきとわんこそば大会を30日と31日の2日間行います。
ここで人数をおよそ知っておきたいと思いますので、それぞれの人
やグループの人数を教えてください。うちの従業員がお聞きいたし
ますので宜しくお願いします。
 また、お集まりいただいた皆様には有志の方々と思い、その準備
にも少し参加いただければと思います。」
 「あの~。その餅つきって、僕らも餅をつけるんですか?」
 「はい。餅ということで、モチロンです。アハ。そちらの漫才コ
ンビのアール・ヌーボーさんには是非参加してほしいものです。石
臼と木臼の両方をご用意していますので、どちらでも結構ですから
お願いします。
 あっ、でも、今は漫才の仕事がお忙しいでしょ?」
 「いえ、大丈夫です。ここの“白い家と白いカフェ”には大変お
世話になりましたから手伝わせてください。1日中というはちょっ
と無理ですが、お礼をしたいのです。ええですよね。」
 「ありがとうございます。ついでに漫才も一緒にしていただける
とうれしいのですが・・・アハ。冗談ですよ。アハハハ。」
 「いいですよ。やらせていただきます。餅つき漫才って面白いか
も。へへへ。モチロン新しいネタでね。」
 「ダジャレをダジャレで返しましたね。アハハ。よろしくお願い
します。」
 「ワァ~、いいじゃん、それって・・・。」
 「ニューハーフさんたちもやりますか?力はありそうだしね。
へへへ。」
 「まっ。失礼な。ニシちゃん、私たちは非力です。基本的にはね。
へへへ。でも、普通の女性より力はあるかも。一応女性のつもりだ
けれど人工ですもんね。天然、自然モノとはちょい違うけれどね・
・・。」
 「あっ。その人口モノとか自然モノの件ですが、今年も100%
自然の素材を使っています。もち米もそば粉も一級品を使っちゃい
ます。
 それに、お餅の色は、白と赤に加えてヨモギの緑色と紅茶の茶色、
それにサフランの黄色のお餅もあります。みなさん、楽しみにして
くださいね。それから、そばも抹茶そばとそば粉100%のものも
ご用意いたします。お餅に着けるソースやそば用のスープもいろい
ろとご用意しますから。へへへ。」
 「ワァ~、楽しそう。美味しそう。そんなカラフルなお餅なんて
初めて・・・。」
 「それから、一言、言わせてね。器ですが、これも自然の素材の
ものを用意しております。一般的な陶器の他に、木や石、それに和
紙の物もありますからご自由にお使いください。」

 流石。ユミさんだね。しっかり器も探して来たんだ。

 『あらま。今年は種類が多そうね。それに全てが自然素材を使う
らしいけれど、大丈夫なの?結構高額になってしまうんじゃないの
かしら。
 まっ、人工モノと言ってもほとんどは自然の素材を加工したモノ
だし、そんなに差は無いと思いますが。実際、私たちも自然の素材
である、石、木、土などを使って人間が加工したものばかりだから、
自然でもあり、人工でもあるという感じじゃないかしら。庭にある
木たちも人間が植えたものだしね。自然を生かした人工モノという
のがいいような気がします。
 “自然環境を大切に”・・・。うふふ。』

 そして、数日後。・・・

 「よ~し。今日、明日の2日間の餅つきとわんこそば大会が始ま
るぞ。みんなよろしくな。」
 「は~い。ニシさん。お任せください。私もしっかり服に力を入
れて来ましたから・・・。掃除が終わったらみんなこれに着替えて
ね。へへへ。」
 「あ~、いい、それ。でも、カラフルね。アハハ。」
 「あっ。ユミさん。おはよう。これ、ちょっと派手ですか?」
 
 何?そのファッション。マキさん、やりすぎのような気がする。
でも、俺は大好きだね。白のつなぎ服に赤、青、黄、そして緑の4
色のタスキ掛けと同じ色のハチマキ、手袋はなんだ・・・。動きや
すそうだけれど、何でつなぎ服なんだろう。
 あ~、ショウさんはライトグリーン?抹茶っぽいけどね。それに、
アキちゃんはピンクのつなぎ服だし、ニシさんは黄色かぁ。
俺とユミさん以外はみんないろんな色のつなぎ服を着るんだ。
 うっ。ちょっと嫌な予感。

「ユミさんと滝くん。それにミーちゃんもこれに着替えてね。」
 「え~。俺も着るんですか?それも、何で俺だけ赤、青、緑の3
色なんですか?黄色が入ってないようですが・・・。」
 「滝くんは、顔が地味だから、せめて服装は派手じゃないとおめ
でたくないからね。
 それに、赤、青、緑は光の三原色で建築やインテリアにも深く関
係があるでしょ。それに、自然界からの光でもあるしね。うふ。」

 フン。悪かったね。地味な顔で・・・。でも、その3色は確かに
自然の光の基本色だけれど、アキさん、良く知っていたね。アハ。

 「私はこれなの?木目調の柄だよ。何か変わっているね。でもい
い感じ。しっくり来ている・・・かな?・・・」
 「うんうん。ユミさんは顔が派手だからね。服は地味なイメージ
が良いかなと思って木目調にしました。へへへ。」

 確かに。ユミさんの顔は派手だね。ハーフっぽいというか、宝塚
歌劇の男優って感じがするね。アハハハ。
 
 「ワァ~イ。私は水玉模様のオレンジ色だ~。うれしい。」
 「フン。美羽は黒の水玉の方がお似合いじゃないの。」
 「母!何ということを言うの。可愛い娘なんだから、この色がい
いの。」

 確かに。可愛くまとまっているね。ミーちゃんの性格とは真逆の
ような気がするね。

 「あっ。みんなの服は全て自然界からいただいたものばかりだよ。
自然の材料で染めたんだよ。白いつなぎ服を買って来て、1つ1つ
手染めなんだから・・・。」
 「へぇ~そうなんだ。確かに落ち着いた色調だね。やさしい色だ
ね。」
 「でしょう。滝くん。わかってもらえたかな。今年は全て自然の
素材だと言っていたから、服装も自然素材を生かしたものにしてお
きたかったの。
 例えば、アキちゃんのピンクは、本当は桜色なのよ。ピンクにし
ては色が薄いでしょ。自然の桜の染料を使ったの。それと、オレン
ジ色や他の色も同じで自然の素材から染めたのよ。
 あっ、オーナーは赤です。朝日の赤であり、夕日の赤でもあるの。
いつも元気でいてほしいのです。いつも・・・。」

 『うんうん。いいですね。みなさん、よくお似合いですね。今、
オーナーは居ませんが喜ぶと思いますよ。私たちもほとんどが自然
ですから、しっくりします。
 今の世の中は人工モノだらけで温かみが、優しさが少し薄いよう
に思えます。人工モノが悪いということではないのですが、もっと
自然の素材も大切にしてほしいと思います。そうすれば、人の心も
少し自然体に近づくような気がします。特に私は自然界の中で“生”
をいただいたようなものですから、余計にそう感じます。まっ、自
然ではありませんが、自然と共に生きています。
 そう。私の名は“白龍”と言います。正式には“白龍神”と言っ
て、世の中の西方を守っています。が、大げさな“神”ではなく、
親しみやすい“霊”だと本人は思っています。うふふ。
 また、私はこの“白い家”に参加している全てのモノたちを守っ
ています。もちろん、あなたたち従業員さんも、お客様もお守りし
ています。私がここに居ることができるのはオーナーである藤倉さ
んのおかげなのです。』

 「よし!もち米を蒸すぞ。滝くん、手伝ったくれ。」
 「は~い。」
 「ほかの皆さんは、大掃除と飾り付けを頼むね。力がいるようだ
ったら叫んでね。アハハハ。」

 「おはようございます。」
 「あっ。ニューハーフさんたち。おはようございます。どうした
のですか?ちょっと早過ぎますが・・・。」
 「うん。アキちゃん。ごめんね。忙しそうだね。私たち、今年は
すごくお世話になったからお手伝いしようかと思ってね。
私たちのお店はお正月休みに入ったから大丈夫。掃除でも、イベン
トの準備でもやるわよ。もちろん、力仕事もね。うふふ。
 手伝わせてください。」
 「そうなんですか。でも・・・」
 「いいよ。手伝ってくれ。」
 「あっ。ニシちゃん。ありがとう。じゃ、みんなで手伝うわね。」
 
 おぉ。人手が増えて早く進みそうだね。ん?何人来られているん
だろう。・・・
 え~、10人も・・・。しかも、みんな化粧をしてないから男っ
ぽい・・・ちょっと怖いかも。でも、しぐさは女だね。アハハハ。
これも人工モノということかな。あっ、失礼。ごめんなさい。良い
人達ばかりだね。

 「そこのニューハーフの5人さん。庭の掃除を手伝ってください
ます?」

 さっそく、マキさんが指示をしている。外はマキさんが担当のよ
うなものだからね。

 「この手袋をして、1つ1つゴミを手で取って下さい。丁寧にお
願いしますね。」
 「は~い。でも、何故、1つ1つ手で取るの?ほうきで掃けばい
いじゃないの?」
 「ん?この1年、この庭にもお世話になったから、その庭と触れ
合うようにして、お礼を言いながら綺麗にしてあげるのよ。みなさ
んの肌のお手入れのように、丁寧に心を込めてね。
 今年1年しっかりとお世話になったのだから、少しは感謝しない
とね。そして、また来年もよろしくってね。うふ。」
 「は~い。わかりました。すごくいいね。毎日は難しいけれど、
年に1度や2度はこんなふうにやってみたいね。私たちのお店にも
しっかりと感謝をしないとね。」
 「うんうん。そうね。また、この“白い家”に教えられちゃった。

 「ニシさん。このもち米はどうやって蒸すんですか?ここの厨房
じゃ狭いでしょ」
 「うん。狭い!だから裏庭でやるんだよ。滝くん、これを裏庭に
設置してくれるかな。」

 あっ。蒸し器だね。3台あるのか。えっと3台で3段だから一度
に9種のもち米が蒸せるのかな?それに、火は全て牧でやるのか。

 「ニシさん、全て牧でもち米を炊くのですね。時間がかかってし
まうでしょう。」
 「いや。それは違うよ。牧の方が火力が出るし、調整も上手くや
れるから早く炊けるんだよ。それに、自然素材での料理だから美味
しいよ。
じゃ、まず初めの3色を行くね。よろしく。」

 あ~、そっか。9種と思っていたけれど、3段が1つということ
で一色のもち米を蒸すんだ。確かに、3段のところに違う色を入れ
て色が混ざったら大変だからね。

 「おぉ。今年はいろんな色と香りのお餅が食べられそうだね。」
 「あっ。オーナー。おはようございます。」
 「うん。おはよう。」
 「あっ。オーナー。そろそろ、そば打ちの方をよろしくお願いし
ます。もう用意はできていますから。」
 「あいよ。ニシさん。じゃ、頑張ってやるか・・・。」

 へぇ~、そばはオーナーが打つんだ。メチャクチャ上手そうだね。
なんか、手慣れている気がするね。

 「ほ~、ニシさん。今年のそばは普通のそばと抹茶そばの2種類
があるんだね。俺、抹茶が大好き。アハハハ。」
 「オーナー。好きな方だけに力を出さないでね。平等にね。アハ。

「は~い。」

 えっ。使う水も違うのか・・・。

 「ん?滝くん。どうした?あぁ~、この水か。この水はね、ユミ
ちゃんが実家の近くの湧水をもらって来たそうだ。軟水でやさしく
て美味しいよ。飲んでみるか?」
 「いいですか?」
 
 あっ。すごく美味しい。やさしい。ちょっと甘味があるような気
がする。

 「美味しいだろ?でもね、自然のままだと美味しいけれど、その
ままだとちょっと使い辛いんだよ。少しだけろ過してやるともっと
スッキリしたものになって、そばの味や香りを邪魔しないんだよ。
こっちの水を飲んでみて。」
 「あっ。軽いですね。それに、さっきの甘味も消えています。」
 「だろ。この水だと、そばの風味を損なわないからね。」
 「そうか。自然のままがいいと思っていたけれど、少し人の手を
加えるともっと良くなるということなのかな。」
 「それもあるけれど、手を加えたら全てが良くなるということじ
ゃないね。逆に自然を壊してしまうことにもなるからね。」
 「じゃ、使う目的にあった加工をすれば、使いやすくなればいい
ですよね。人間の勝手ではなく。」
 「そうだよ。それが昔の人が自然と共に生きてきた“知恵”なん
だね。完全に人工のものだとこうは行かないけれど、自然のものを
生かしつつ、その力を借りて少しだけ手を加えると、よりいいもの
が生まれる。滝くんが学んでいる建築なども正にその世界だと思う
な。」
 「はい。俺もそう思います。勉強します。」
 「うんうん。」

 「お~い。みんな。そろそろ掃除も準備も終わりそうだな。じゃ、
マキちゃんが用意をしてくれたつなぎ服に着替えて集合だ。」
 「は~い。」

 『いよいよ、餅つきと年越しわんこそば大会が始まりですね。み
なさんが集まり始めました。私たち“霊”はとっくに集まっていま
すよ。うふふ。
 そう。綺麗に掃除をしていただいたから、みんな喜んでいます。
あっ。ちなみに、マキちゃんが何故つなぎ服を選んだかというと、
餅つきって結構な動きをしますよね。その時に全身が一体となるよ
うに繋がった服にしたってことです。それに、中に沢山着込んでも
わかりにくく、見た目にはあまり変わらないから・・・うふ。』

 『みなさん、どうぞ、良いお年を・・・。』

雪と雨

 「おはよう。滝くん。今日はすごく寒いね。」
 「おはよう。マキさん。えっ、何ですかその格好は?すごく温か
そうだけれど、動き辛いでしょ。掃除はできるんですか?」
 「アハ。ちょっと動き辛いね。滝くん、久しぶりに一緒に掃除を
しようよ。でもなんか変かな。」
 「いや。そうでもないですよ。普段のマキさんを見慣れていると
免疫ができていますから・・・。アハ。」
 「何それ!なんかいつも変な格好って感じじゃない。フン。」

 その通り。自覚していなかったのかな?今日のファッションはそ
の中でもトップクラスの可愛さだね。アハハハ。

 「今日のファッションは温かそうだし、可愛いですよ。似合って
います。へへへ。」
 「滝くん、それってどういう意味?全身ぬいぐるみを着ているの
で、顔なんかほとんど見えないでしょ。その方が可愛いってわけね
?」
 
 アチャー。火に油を注いでしまったみたい。いや、地雷を踏んで
しまったようだ。ヤバイ。

 「お~い。そこのタヌキちゃん、おはよう。今日も寒いね。へへ
へ。」
 「あっ。ニシさん。おはようございます。」
 「何?なんて言ったの、ニシさん?・・・タヌキってか?」
 「あれ。違ったかな?そう見えるんですけど。アハハハ。」
 「違います!コワラです。まっ、あまり変わらないか。アハハハ。

 ふ~、よかった。ニシさんのおかげで、少しマキさんの機嫌が治
ったかな。怒りが治まったようだね。

 「そう言えば、天気予報で今は雨だけど、これから雪に変わるら
しいよ。しばれるなぁ~。へへへ。」
 「それ、どこの方言ですか?・・・
 雪ですかぁ。学校へ行くのがしんどい。」
 「やったぁ~。私、雪が大好き。毎年楽しみにしています。うれ
しいなぁ。」
 「アハ。マキちゃんはここに来る少し前はアメリカのフロリダに
居たんだよね。日本に来てすぐに親と喧嘩してここに来たんだっけ
?その時にここで初めて雪を見たんだよね。」
 「うん。でもその親との喧嘩はどうでもいいでしょ。ニシさんは
おしゃべりね。
 そうね。生まれてすぐに親の転勤でフロリダに行きましたからね。
時々、日本へ帰っては来たけど、ほとんどが夏休み期間中だったの
で、実際に雪を見たことは無かった。初めて見た時、そして積もっ
た時はすごくうれしかったし、冷たかった。なんか、かき氷かと思
っちゃった。アハ。」
「へぇ~、マキさんはフロリダ育ちなのか。どうりでハッキリした
性格で言いたいことはズケズケ言うと思っていました。
 あっ、悪い意味ではないですよ。積極的で自分の意見をハッキリ
言える人だなぁ~と思っていましたし、羨ましかった。」
「フン。」
「あっ。そうか。滝くんは、マキちゃんのことそんなに知らなかっ
たのか。」

『そうなの?滝くんは、常にマキちゃんと一緒だから、もう知って
いるかと思っていました。帰国子女ってことかしら。フロリダでは
日本人の友人は少なかったらしいのですが、自由に動き回っていた
ようです。だからこういう性格になったのでしょうね。アハハハ。
 でもね、フロリダで変な友人がいたようですよ。ハーフらしいの
ですが、日本好きで行きたいって言っていたらしいのです。それに、
その子は日本語も好きで完璧に話せるらしいのよね。ただ、性格は
マキちゃんとは真逆で犬猿の仲だったようです。今、両親と一緒に
日本に来ているらしいの。マキちゃんの天敵ですね。アハハハ。』

 「私ね。生まれてすぐにフロリダへ行ったでしょ。だから日本の
教育を受けていないの。何か、生活スタイルとか感覚がアメリカっ
ぽいとよく言われる。思ったことをすぐに言ってしまうのよね。」
 「そっか。ご両親はどんな仕事をされているのですか?」
 「2人ともディズニー関係の仕事なの。今も日本のディズニーラ
ンドに在籍しているよ。私のファッション感覚というのか、その目
的は、自分だけが楽しむということじゃなく、見る人みんなに楽し
んでほしいの。ディズニーランドのようにね。だから、ちょっとや
り過ぎの時が多いのよね。へへへ。」
 「へぇ~、そうなんですか。それで理解ができました。マキさん
のファッションの発想はどこから出るのかなと思っていました。
 確かに、マキさんの服装を見たお客様は楽しんでおられるし、元
気が出ているように思います。これからも楽しみにしています。」
 「アハ。ありがとう。」
 「だったら、雪が降るとすごく寒かったでしょう?今もすごいフ
ァッションだし、日本の寒さにはなかなか慣れないでしょう?」
 「そうなのよね。ニシさんにタヌキかと言われたけれど、こんな
格好をしていても寒いから、この時期の外の掃除は辛いね。でも、
頑張る。」

 「あっ。雨が降ってきたよ。中に入ろう。」
 「うん。あともう少しで終わるから滝くんは先に入っていて。」
 「じゃ、2人でやった方が早いから手伝うよ。ニシさんは厨房へ
行ってください。ここはすぐに終わりますから。」
 「あいよ。まだ小雨だけど早い目に切り上げて中に入りなよ。」
 「は~い。」

 『今日はすごく寒くなりそうね。私たちもこういう寒い日は苦手
です。あちら、こちらが軋んで音が聴こえてきます。特に庭に居る
苔や桜の木は寒いと言っています。
 それに雨も降ってきたし、この後雪に変わりそうですね。ますま
す寒くなりそう。毎年この時期は私たち仲間の誰かが凍って、冬眠
状態になってしまうのです。大小の石の所に居る男女の霊は早くに
室内へ入っているから大丈夫のようだけど。マキちゃんや滝くんは
大丈夫?』

 「ふ~、終わった。」
 「マキさん、急いでやったからその格好じゃ暑くなってきたでし
ょう。」
 「うんうん。暑い。ちょっと着替えてくるね。」

 アハ。マキさんはかなり厚着をしていたようだね。普段はスリム
なんだけど、ニシさんが言った通りであれだけ着ていたらコワラが
タヌキになっちゃうね。・・・一緒か。へへへ。
 寒さに弱いのに雪が好きなのは何故かなぁ。

 「あっ。いらっしゃいませ。どうぞお好きな席へ。」
 
 3人様か。アハ。3人共に顔が変な日焼け方をしている・・・。
そっか、スキーかスノボーをやっているんだね。雪焼けっていうや
つか。うらやましい・・・。でも、中途半端な日焼けで面白い。
アハ。

 「いらっしゃいませ。何いたしましょう?」
 「え~と。じゃ、この玉葱スープのモーニングセット、パンでね。

 「はい。あとのおふたりはいかがいたしましょう?」
 「同じで。この玉葱スープってどんなのかな?」
 「アハ。それは、出てからのお楽しみということで。おいしいで
すよ。・・・では、しばらくお待ちください。」

 「店長。玉葱スープのモーニングセットをパンで3つです。」
 「あいよ。玉葱はよく煮えているぞ。今日のスープは一番旨いか
もな。」

 「旨いのか?」
 「アハ。カズヤ、タクマ、楽しみにしておけよ。ビックリするか
らな。俺、この前来た時に注文したらすごく美味しかったぞ。」
 「ここ、ケンジが来たことがあるって言ったから、このカフェに
入ったけど、大丈夫かな。雨も降ってきたことだし、ここでよかっ
たけどな。なぁ~タクマ。・・・ん?どうした?タクマ。」
 「おい。おまえら。この庭を見ろよ。細かい雨に打たれて、しっ
とり濡れている情景がすごく美しい。俺、こんなの初めて見たよ。
何だ、このカフェは・・・。」
 「あ~、タクマの言う通りだ。美しいな。綺麗だ。今、冬なのに
苔が生き生きしているように見える。それに真っ白な小石とのコン
トラストがいいね。特に、この雨でしっとり濡れて本当に綺麗だ。
小雨だから何かやさしく感じるな。ケンジは知っていたのか?」
 「ああ。前に来た時にもこんな小雨だったんだ。その時にすごく
感動した。それと、このカフェの“香り”と“音楽”がマッチして
いて良いだろう?」
 「うん。いいな。唐突にここへ入ろうと言ったのは、これを見せ
たかったのか。」
 「そそ。俺たちって、今の時期は暇があったらスノボーばかりや
っているだろ。3人とも大学生といっても世間の連中のようにアル
バイトもせず、親のすねをかじって日々ボーっとして漠然と時間が
過ぎて行くだろう。そんな時にこの“白い家”に出会ったんだ。
 そこでこの雨の風景を見たら、自分はいったい何をやっているの
か。この先、何をやりたいのか考えてしまってね。・・・
 お前らは何か感じないか?」
 「アハ。俺たちはみんな親が少し金持ちだからな。それにあまえ
て好き放題やっているよな、確かに。へへへ。学生の間はこれでい
いと思っていたが、この庭の風景を観たら心がムズムズするな。ど
うだ?カズヤ。」
 「フン。お前らはいいよ。俺、今、ピンチなんだ。この庭は美し
いし、感動もするけど・・・ピンチ。ふ~。」
 「どうした?」
 「・・・俺の親の会社が倒産しそうで。・・・親父が、事業を広
げ過ぎたから。どうしようのないし、俺から頑張れなんて言えない
よな。持ち直すように願うだけ。だから、しばらくお前らとスノボ
ーに行けないし、遊ぶこともできない。」
 「そんなにピンチなのか?・・・この雨の庭を見ていると余計に
落ち込みそうだな。」
 「いや。そうじゃないね。この庭は美しい。タクマが言うように
心がムズムズする。・・・何か、全てが流れていくように・・・。」

 「あっ。カズヤ、タクマ、雪に変わってきたぞ。この寒さだと積
もりそうだな。」

 「少し、あの3人の話が聞こえてきたけれど、3人ともお金持ち
のお坊ちゃんなんだ。うらやましい。へへへ。滝くんと同じ大学生
らしいよ。」
 「うん。うらやましい。アハ。でも、あの1人だけ親が大変らし
いね。」
 「そうだな。金持ちは金持ちなりにいろいろあるんだろうよ。そ
れぞれ自分で解決をするしかないが、あの育ちでは打たれ弱さがあ
るからな。」
 「アハ。ニシさん・・・。」
 
 「お待たせいたしました。玉葱スープのモーニングセットです。
ごゆっくりどうぞ。」

 「お~っ。何!コリャ!このスープ。」
 「お~。タクマの言う通りだ。このスープは何?」
 「おふたりさん、ビックリしただろう?このスープはコクがある
白いスープに玉葱が一個丸ごと入っているんだ。こんなの他ではあ
まり見かけないだろ。お上品な料理と違って大胆だけど、美しいだ
ろう。繊細さも感じるだろ。まっ、食べてみろよ。また、ビックリ
するぞ。へへへ。」
 「う~、旨い!何コリャ!カズヤ食べてみろよ。」
 「え~、何?これ?やわらかくて玉葱の甘味がしっかり出ている
し、少しピリッとした刺激がある。でも、やさしくって温かい。沁
みるなぁ~。」
 「そそ。沁みるなぁ~。心に沁みる。へへへ。」
 「このスープは大胆だけど繊細だ。見た目も玉葱の模様がしっか
り残っていて、なんか美しいな。見た目にはわかりにくいが奥の深
さを感じるよな。ケンジの言う通りだ。」
 「流石、カズヤだな。しっかり観ているな。それだけ洞察力があ
るのなら、今の親の会社の状況も見極められるだろ。
お前の親父なら大丈夫だよ。うちの親とは同級生だけれど、あの親
父さんを見ているとうちの親よりしっかりしているし、乗り越えら
れるよ。かならず。」
 「うん。・・・そうだな。」
 「あっ。見ろよ。雪が積もってきたぞ。雨の後だから溶けると思
っていたけど、この寒さじゃ積もるのか。ケンジ、カズヤ。綺麗だ
ぞ。さっきの雨の風景も良かったが、この雪で景色が全て白くなっ
て行く。何もかも隠すように、消すように。美しい。」
 「アハ。タクマ、お前は感性が豊かだな。その感性が何かの役に
立つ時が来ると思いたい。でも、本当に美しいな。カズヤはどうだ
?」
 「ああ。美しいな。俺たちはスノボーをやっているから、雪の世
界、銀世界は見慣れているはずだけれど、こんなふうに新ためて見
ると初めて雪を見た時のように新鮮な気分になってしまうな。」
 「そうだな。同じ雪景色でも見る場所やその時の気分で随分違っ
て見える。そうだろ、タクマ。」
 「その通りだな。それに、雪が降ると雨の時とは違って静かだ。
雨は洗い流してくれるような情景だけれど、雪は全てを白く包み込
んでくれるような気がする。」
 「確かに、全ての音を吸い取っているように思えるな。」
 「うん。静かだ。気持ちの良い静けさだ。俺の今の不安定な心が
落ち着いてくるように感じる。俺、親を信じるよ。そして、俺にも
何かできると思う。大丈夫だ。へへへ。」
 
 「あ~、なんかあの3人、まったりしているね。静かだね。」
 「うん。マキさんはこの雪の静けさも好きなんでしょう?普段は
活発で動き回っているけれど、こういう何とも言えない静けさも俺
は好きですよ。」
 「そうね。この静けさも好きだよ。世の中にはいろんな色や音な
どがあるけど、この雪が真っ白にして消してくれる。包み込んでく
れたらいいなぁ・・・。」

 『そうですか。マキちゃんは賑やかな人だと思っていました。派
手なファッションで人を楽しませているところはとても明るくて大
らかだなってね。
 でも、そんな一面もあったのね。雪は全ての色を消してくれます。
雨は全ての汚れを洗い流してくれます。あなたはどちらが好きです
か?
 人間の心にも沁みる雪と雨。浄化されたかのような気がしません
か?あの3人の心も、1つ、ステージが上がったように思います。
うふふ。』

 「ごちそうさまでした。このスープ、美味しかったです。」
 「ケンジの言う通り、旨かった。それに、この庭がすごく良かっ
た。女性の従業員さんのファッションも最高。また来ます。」
 「やっぱり、タクマは良い感性をしているなぁ。アハハハ。」
 「俺も落ち着いたらまた来ます。ごちそうさまでした。へへへ。」
 「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております。

 「アハ。最後にファッションを褒められちゃった。うれしい。」
 「今のマキさんの服って、さっきのタヌキとは真逆ですね。それ
ってキツネですか?白狐ですね。アハハハ。」
 「あのね。さっきはタヌキじゃなくて、コワラなの。もうニシさ
んがあんなこと言うから、滝くんがいじってくるでしょ。」
 「ごめんね、マキちゃん。でも今の服良く似合っているよ。ちょ
っとそのまま、庭に出てみろよ。雪の白狐で可愛いぞ。雪やコンコ
ンってね。アハハハ。」
 「フン。ダジャレか。ニシさんはいつもそうなんだから。へへへ。

 「あっ。いらっしゃいませ。どうぞ、お好きな席に。」

 『夏の暑い日もいいですが、こんなに寒くて、雪が降る日は、音
も無く、色も無く、静かでいいですね。たまには、こんな情景でゆ
っくり考え事してみるのもいいかもよ。
 今、争いをしている人たちに雪や雨を降らせましょう。うふふ。』

再生と新生 壱

 『あ~っ。その柱、ボロボロにしたのは誰なの?夕べなんかくす
ぐったかったのよね。誰なの?・・・
 あっ。そうか。あの犬と猫たちね。もう、爪とぎなどに使わない
ようにと言ったでしょ。これ、どうするのよ。』

 「あ~あ。柱がボロボロにされている。ニシさん、どうします?」
 「あらま。どうしようか。・・・ユミちゃん、オーナー呼んで来
てくれないか。」
 「は~い。」
 「滝くん。これいつ見つけた?」
 「さっきです。隅っこの方だったので気付かなかったんですが、
いつからこうなっていたのでしょう。どう見ても犬か猫の仕業です
ね。」

 「あっ。オーナー。これどうします?」
 「あっ。誰だ?こんなにしたのは。・・・うちの猫だな。仕方が
ないね。職人を呼んでわからないように完璧に補修して。完璧にね
・・・。アハハ。じゃ、よろしく。」
 「えっ。新しくするんですか?ニシさん。どうやって?」
 「いや、新しくするのは無理だよ。この部分だけを削り取って、
別の木を繋いだらいいんじゃないかな。」
 「そうですが。難しそうですね。」
 「そっか。でも、その方法しかないだろ。」
 「確かに、その方法でうまくやれれば、見た目は変わらないけれ
ど、今の柱のことを考えると、同じ年代の古木を使いましょうよ。
探すのがちょっと面倒ですが・・・。」
 「あっ。そうだね。滝くんの言う通りだよ。よし。その古木を探
そう。滝くんよろしく。」
 「あ~、ニシさん。それって滝くんに丸投げじゃないですか。」
 「え。そんなことは無いよ。滝くんの提案を採用しただけじゃな
いか。それに、その古木なら倉庫にあるから、滝くんならどれなの
かわかるかなと思ってね。」
 「わかりました。ちょっと探してみます。」

 『ニシさん。ちょっとマキさんに誤解をされたようですね。本当
はニシさんも倉庫に古木があるのを知っていて、それを使おうと考
えていたのでしょ。滝くんが良い提案をしたから、それに乗ったの
ですね。うふ。』

 「ありました。これなら年代もピッタリですね。」
 「よし。じゃ、職人を呼ぶから、後は滝くんよろしく。へへへ。」
 「あ~。そういうことだったのね。ニシさん、自分が面倒くさい
から滝くんにやらせようと思ったでしょう?白状しなさい。」
 「はい。その通りです。へへへ。でも、滝くんの勉強にもなるか
らね。」
 「アハ。そうですね。職人さんの仕事も見たいので俺がやります。

 「うんうん。じゃよろしく。」
 
 何か、会話が噛み合わなかったような気がするけれど、これも勉
強だ。やっぱり、新しくするより再利用の方が、この“白い家”に
は合っていると思う。

 「新生より再生の方がいいですね。」
 「確かにそうね。私の服もほとんどが布の再利用だから、そのコ
ーディネートが面白いのよね。ただ、新しい布と古い布との組み合
わせもそれなりに新鮮で面白い。」
 「そうか。マキさんの服って再利用なんだ。それで所々に昔の人
が着ていたような柄の布が使われていたのか。知らなかった。でも、
何故古着や古い布を使うのですか?新しい方が見つけやすいし、自
分なりのデザインもできるのでは・・・。
 それに、古い布は意外と高額でしょ。」
 「うん、そうだね。古着や古い布を探すのは苦労するのよね。古
着や布のお店はあるけれど高額で手が出ないし、イメージしている
ものに近いのを見つけるのが難しいのよ。
 でもね、そんなところが私は大好きなの。手間というか、時間を
かけて見つけ、丁寧に設える。そんなところに楽しさや達成感の喜
びがあるのよ。それに、古着だったら前に着ていた人の温もりや気
持ちが入っているような気がして、絶対に無駄にできないと思うの。
それが私の創作意欲を掻き立てるのよね。」
 「へぇ~そうなんですね。じゃ、この“白い家”と同じようなも
のですね。」
 「そそ。そうなのよね。この“白い家”にも様々なモノが関わっ
ていて、それが上手くコーディネートされているのだと思うね。
 ただね。古いモノばかりを組み合わせても、そこから全く新しい
モノ、新鮮さを感じるモノってそう簡単には生まれないよね。すご
く難しいと思う。古いモノだけでも新しさを感じる人もいるけれど、
私は新しいモノとの組み合わせも面白いし、大切だと思うの。古い
モノばかりだと飽きちゃう。へへへ。」
 「アハ。それって、マキさんの感性の中でのことですよね。俺が
観ていると古いモノ同士のコーディネートでも、十分に新しさを感
じましたよ。これって俺の感性が良いってことかな。アハハハ。」
 「何それ?」
 「いや。そこには、結構拘りがあるんだろうなって・・・。」
 「アハ。あるがとう。褒められているのかな。うふ。
今度ね、ユミさんに協力してもらって、小物との組み合わせを考え
ているの。イヤリングや帽子だと普通にファッションの範囲でしょ
う。でも、そこにお箸とか器や古い器具をコーディネートして、関
連付ければ面白いと思わない?」
 「あっ。いいですね。じゃ、この“白い家”とのコラボもあるん
じゃないですか?」
 「あっ。そうね。それも考えて見ましょうか。何かそれで1つの
作品ができるかもね。うふ。」
 「おお。それいいアイデアだね。よし。そのイメージを膨らませ
て展示会を作品発表会をやってみようか。うん、いいかも。」
 「あっ、オーナー。今の話を聞いておられたのですね。また、イ
ベントをやるのですか?」
 「アハ。滝くん。俺はイベント好きなんでね。でも、君たちの話
を聞いていると、その再生品と新生品のコラボレーションイベント
は、すごく面白いし、みんなの刺激になると思うな。それにこの
“白い家”とのコラボでもあるし、全体に盛り上がるよ。
よし!その企画、マキちゃんと滝くんに任せるからやってみよう。」
 「え~、私、全く自信がないし、お客さんは興味あるのかなぁ~。
それに、どこから初めていいのかわからない・・・。」
 「やろうよ!マキさん。これは面白いよ。特にモノとの関わりの
中で、この“白い家”とのコレボレーションは、建築家を目指して
いる俺にとっては、すごく勉強になります。何かが見えてくると思
うから・・・。」
 「滝くん。いいこと言うね。その通りだよ。やって見なければわ
からない。やらなければ何も見えてこない。・・・やってみよう。
アハハハ。」
 「は~い。努力します。でも、責任は滝くんと折半ね。」
 「アハ。何それ。でもいいですよ。やりましょう。」

 『やったぁ~。面白くなりそうです。私たちも全面的に協力させ
ていただきます。是非、このイベントを成功させましょう。
 アラ?私たちはどうやって協力したらいいのかしら?アハハハ。
 ジーっとしていればいいのよね~。何かやってしまうと驚かして
しまいそうだし、怖いものね。うふふ。』

 「お~い。何の話で盛り上がっているの?オーナーも一緒になっ
て。珍しいね、その3人で何が始まるのですか?」
 「あっ。ユミさん。聴こえていなかったのですか?結構大きな声
で盛り上がっていましたが・・・。」
 「エヘ。マキちゃん。俺、物に集中していると他の物が見えなく
なるし聞こえなくなるのよ。わかるでしょう。」
 「だよね。このイベントはユミさんにも沢山協力していただかな
いと・・・。ユミさんの物に対する拘りや愛を生かしていただけれ
ば幸いです。アハ。」
 「何、それ?何か協力できるの?オーナー、また何かやるつもり
ですね。」
 「うん。ユミちゃんも協力してね。責任は全てこの2人がとると
言っているから、よろしく。」
 「え~、私たち2人だけでは荷が重いですよ。責任はユミさんを
入れて3等分ということで、よろしく。」
 「何?何の話し?」
 「実はね。モノの再生と新生のコラボレーションイベントをやろ
うということになったの。古いモノと新しいモノとの組み合わせや、
古いモノ同士の組み合わせ。
 そして、この“白い家”とのコラボもやろうということです。
簡単に言えばね。」
 「うっ。説明が簡単すぎませんか、マキちゃん。・・・まっ、い
いか。モノに関しては任せておいてね。アハハハ。」

 『確かに、マキちゃんの説明は簡単すぎます。もっと丁寧に説明
をして下さい。すごくいいイベントなんだから。でも、大小の物と
マキちゃんの服とのコラボは良いとは思うのですが、何か足らない
ような気がします。何かが・・・。』

 「マキさん、説明が下手ですね。俺が後でユミさんにしっかり説
明をしておきます。それより、全体の構想を考えてください。特に
マキさんの服を中心に考えた方がわかりやすいし、演出しやすいと
思いますから。
 そう、衣と住・・・あっ。食を忘れていました。食の世界にも古
いモノと新しいモノがありますし、再生と新生のコンセプトにも合
いますね。」
 「そうだね。滝くん。よし。ニシさんも巻き込んじゃおう。へへ
へ。」
 お~い、ニシさん。ちょっとこっちへ来て~。」
 「なんすか?オーナー。明日の仕込み中なんですが・・・。明日
のお昼は発酵素材を中心として和の食事を出そうかと思っているの
ですが、どうですか?」
 「ん?発酵素材って何?」
 「簡単に言えば、おしんことか豚の味噌一夜漬け何かが良いかな
と思っています。・・・あっ、鮒ずしなどもいいかもね。へへへ。」 
 「う~。鮒ずしは、くさ過ぎるので却下だな。アハハハ。」
 「は~い。」
 「あの~、明日のランチで会話がはずんでいるようですが、さっ
きのイベントの話を進めたいのですが・・・。」
 「あっ。ごめん、滝くん。どうぞ。アハ。」
 「ん?滝くん何?」
 「ニシさん。食の世界でも古いモノの再生というのか、それを利
用したモノってあるんですか?」
 「うん。あるよ。沢山あるね。日本だけじゃなく、世界にはいろ
いろな食文化があるから、古いというのか、昔のレシピやメニュー
を生かしたものもあるよ。何?」
 「実はですね。再生と新生というイベントしようと考えていまし
た、衣はマキさんのファッションで、住はユミさんを中心とした様
々な物を集めるのですが、衣と住と言えば、あとは、食ですよね。
その食の世界も演出できれば一層盛り上がるし、皆さんのいい刺激
を与えられるじゃないかと思うのですが。どうですか?」
 「おっ。いいね。面白そうだ。俺も参加させてくれる?へへへ。
あっ、食だったらオーナーの友人シェフも巻き込んじゃえよ。より
面白くなるぞ。どうですか?オーナー?」
 「うんうん。あいつに行って見る。多分、彼もそんなのが好きだ
から、協力すると思うよ。
 じゃ、食に関しては、ニシさんに任せながら、みんなで相談して
始めよう。」
 {は~い。}
 「あっ。ついでに、衣、食、住ときたら、残るのは遊だよね。こ
の“白い家”と“白いカフェ”は、その衣食住に遊び心を組み合わ
せているから、遊も入れてやってよ。よろしく。」
 「うむ~。遊と言っても・・・何かありますか?マキさん。」
 わかんない。へへへ。」
 「アハ。あるよ。」
 「あっ。ショウさん。何があるの?」
 「うん。さっきから聞いていたけど、その全体を遊の空間にする
のよ。前に“音”と“香”のイベントをやったでしょ。あんなふう
に衣食住のコラボレーション空間に“音”や“香”を入れて演出の
幅を広げるのよ。そして、そこに遊であるゲームや玩具も忍ばせれ
ば完璧じゃない。どうかな?」
 「お~、いいね、ショウちゃん。できれば、そのゲームや玩具に
も再生と新生のコンセプトでコーディネートしてほしいね。」
 「はい。」
 「オーナーもノリがいいですね。ショウさんのアイデアいただき
ました。ご協力をよろしくお願いします。」
 「えっ。マキちゃんがしっかり考えてね。物に関しては俺がやる
けれど、責任者はマキちゃんじゃないの?」
 「いや。もうこうなったら、みんなが責任者だね。全員協力して
頑張りましょう。俺はアドバイザーということで、よろしく。」
 「え~、アドバイザーって、オーナーはなにもしないつもりでし
ょ。あんなにけしかけておきながら、自分は一番責任がないところ
にいるつもりよ。もう。アハハハ。」
 「そうですよ。ユミさんの言う通りですね。オーナーも何か手伝
ってください。たとえば全体の流れを管理するとか、自らもモノを
提供するとか、何かやって下さいよ。」
 「アハ。わかったよ。じゃ、マキちゃんの言う通り、全体の流れ
の管理のためにスケジュールを考えるよ。それと、それぞれの担当
のお手伝いをするということでサポートさせていただきます。
へへへ。」
 「了解。じゃ、本日より準備に入ります。イベントの開催は3月
の下旬ということにしたいと思います。みなさん宜しくお願いいた
します。」
 「は~い。」

 『アハ。マキちゃんがしっかりと仕切っていますね。どんなイベ
ントになるのかしら。楽しみです。でも、本業のカフェの運営もお
忘れなく。よろしくね。
 カフェ内は、正に温故知新の世界ですよ。うふふ。
 温故知新とは古きものをたずねて新しきものを知るという意味な
のです。今回のイベントは、それを実感できるものになるでしょう
ね。じゃ、私たちも頑張ります。・・・ん?何を?』

再生と新生 弐

 「お~い。みんな集まってくれるかなぁ。」
 「は~い。」
 「どうしたのですか?ニシさん。」
 「マキちゃんから、今後のスケジュールを話していただくので、
よく聞いておいてね。今は、お客様もおられないので調度いいし、
夕方まで少し時間があるから、それを聞いてそれぞれの準備をよろ
しく。」
 「じゃ、えっと・・・。」
 「ちょっと待って。何、何のスケジュールなの?オヤジ何をやる
の?」
 「アハ。そっか。アキちゃんは知らなかったんだね。先週、みん
なで新しいイベントをやろうと話したんだよ。タイトルは“再生と
新生”という古いモノや新しいモノをコラボレーションしたイベン
トで“温故知新”を感じていただこうということなの。アキちゃん
も手伝ってくれるよね。」
 「へぇ~、面白そうだね。私は何をすればいいの?」
 「ニシさん、お父さんのサポートというか、管理をしてほしいの。
ニシさんは頼りにはなるのだけれど、時々横道に逸れるし、必要の
ないことまでやっちゃうでしょ。進まなくなりそうだから。
 それに、担当は、食の世界だからアキちゃんにはピッタリだと思
うの。」
 「は~い。やります。やりたいです。オヤジの暴走を止めて、管
理しながらお手伝いをさせてください。」
 「おいおい。晶子に管理されたくないぞ。俺の任せておきなさい。
へへへ。」
 「ニシさんはひとりだと何をするかわからないから、アキちゃん
とのペアでよろしく。」
 「アハ。オヤジ頑張れ。エヘへ。」

 「では、スケジュールとそれぞれの担当の方の作業を発表します。
まず。全体の予定は、2月いっぱいで全てのモノのリストを作成し、
発注しなければならい物は連絡を下さい。そして、3月20日まで
にすべてのモノを収集してチェックして下さい。
 また、そのモノの紹介文のラフを同じ20日までに提出をして下
さい。それをショウさんの方でワープロ打ちをしてまとめます。
 今回が初めてのイベントですから、不備なことが出てくるかと思
いますがお互いに協力して進めましょう。
 衣に関しては、私、麻紀が。
 食は、ニシさんとアキちゃんに。
 住に関しては、ユミさんを中心に滝くんも手伝って下さい。
 最後の遊はショウさんが中心となりますが、皆さんのご協力をよ
ろしく。
 オーナーは基本的には全体の管理をお願いしますが、遊の進行の
サポートもお願いします。この“白い家”にも参加していただきま
すので、“白い家”さん、宜しくお願いします。
 また、『温故知新』という、サブタイトルもつけたいと思います。
古いモノだけじゃなく、新しいモノへの思いも表現ができればと思
っています。
 以上、私の思いも含めてお話ししましたが、このイベントを是非、
成功させましょう。」
 「マキちゃんの思いに少し付け加えると、イベントは3月末を考
えていますが、それは、新芽が出て、新入学の季節ですが、その時
こそ、古きモノを忘れることなく、新しさを感じていただきたいと
思いますから楽しんでやりましょう。」
 「は~い。」

 オーナーのマキさんに対するちょっとしたフォローだね。マキさ
んは、自分の思いを半分しか言えてないように思う。あまり、成功
させようと力が入り過ぎないように見守ってあげたいね。俺、年下
だけど、手助けをさせていただきます。

 『うふ。滝くん、よろしく。マキちゃんは人を使ったことが全く
ないようなので迷っているようですね。でも、それでいいのですよ。
いろんな思いがみんなにあるのだから、自分の思いだけを全てぶつ
けないでね。少し控えめの方がまとめやすいよ。
 私も、いろいろな霊や魂たちをまとめていますが、中にはワガマ
マなヤツも居ますし、1人で勝手に盛り上がっているものも居ます。
みんなそれぞれです。さっきのオーナーの話じゃないけれど、頑張
りすぎるとどこかで摩擦が起きてしまうし、疲れますよ。楽しくや
って下さいね。
 我々霊の世界ではなかなかそうはいかないけれど、人間界なら大
丈夫です。人間は一生懸命に考えることができる生物です。きっと
上手く行きますよ。うふふ。』

 「ねぇ~、滝くん。この“白い家”の屋根裏部屋って知っている
?行ったことはある?」
 「えっ。屋根裏があるのですか?知らなかった。マキさんは知っ
ていたの?」
 「うん。少しね。行ったことは無いけどね。ユミさんとオーナー
は良く行っているようだけどね。あそこにはユミさんも知らないし、
オーナーも忘れているモノが沢山眠っているらしいのよ。何がある
かわからないぇれど、ちょっと面白そうだと思わない?行って見た
くない?」
 「え~、いいんですか?オーナーやユミさんに怒られないですか。
勝手に触ったらこの前のようにユミさんに怒られますよ。」
 「いいのよ。一応、オーナーとユミさんには言ってあるから大丈
夫よ。ユミさんが、あなたたちの視点でもう一度モノたちを観てあ
げてねって言っていた。オーナーも長く行ってないから好きなだけ
探検して来いって言っていた。へへへ。」
 「そっか。じゃ、行って見ようか。へへへ。ところでどこから行
けるのですか?」
 「知らない。・・・」
 「え~。知らなったらどうやって行くのですか?まったく。」
 「俺が案内をしてやるよ。暇だから。今からちょっと行って見る
か?長い時間は無理だよ。」
 「は~い。ユミさん。宜しくお願いします。行き方がわかったら、
後は2人でモノたちを探します。」
 「ほ~、2人で大丈夫かな。どんな所か知らないだろ。ムフフフ。

 「えっ。何それ。ユミさん、ちょっと怖いのですが、その顔。」
 「アハ。マキちゃんは怖いものは苦手だもんね。どうするの?」
 「滝くんが一緒だから大丈夫。よろしく。」
 「アハ。・・・」
 「じゃ。行くか。・・・そこのトイレの右横に折れ戸があるでし
ょ。それを押すと向こう側に開くから。そこに階段があるのよ。ち
ょっと長いけれど上がると屋根裏よ。屋根裏部屋に着いたら引き戸
があるからそっと開けて中に入ってね。そっとね。ムフフ。」
 「うっ。なんか怖い。嫌な予感がするね。ん?マキさん、どうか
しましたか?固まっていますね。アハハハ。」
 「う~、動けない。いや、動きたくない。滝くんだけ取りあえず
行って来てくれないかな。へへへ。」
 「え~。いやですよ。一緒に行きましょうよ。」
 「あっ。それから、照明のスイッチは扉を開けたらすぐ横にある
からね。暗くても見にくいけど、小さな窓が近くにあるからそれを
開ければ明るくなるし、空気も変わるからね。よろしく。フフフ。」
 「ユミさん。ワザと怖く言っているでしょ。やめてください。」
 「マキちゃん、ごめんね。だって、2人ともすごく怖がっている
んだもの、面白くなってきた。アハ。じゃ、俺はここまでね。」
 「・・・。」

 『アハ。マキちゃん、滝くん、そんなに怖がらなくてもいいでし
ょ。私が見守ってあげるし、他のみんなもあなたたちを見ているか
ら安心してね。でも、このことを知ったら余計に怖がりそうね。
うふふ。』

 「ワァ~、意外に広いですね。下のカフェの床より一回り狭いく
らいで天井高もセンターだったら俺が十分立って歩けますよ。マキ
さんだったら十分に天井高は足りていますね。
 ん?どうしたんですか?早く仲に入って下さい。照明をつけたの
で明るいし、良く見えるから怖くないでしょ。」
 「フン。滝くんは建築に興味あるのね。おいてある物より、柱や
天井、床ばかり見ているじゃない。確かにそれも古いモノばかりだ
けどね。あれ?これ何だろう。袋が被せてあるよ。開けてもいいよ
ね。」
 「いいんじゃないですか。オーナーもよく観て来いって言ってい
たし。開けたら首が出てきたりして・・・。アハハハ。」
 「きゃっ。バ~カ。あっ、地球儀だよ。これって超古いね。昔の
地球儀じゃないの。ワァ~、こんなの初めて見る。なんか茶色に変
色しているのかな。良く文字が見えないね。
 あれ、これは何?何の箱だろう。開けてみるね。」
 「マキさん。やたら開けていますがいいんですか?何が飛び出す
かわからないですよ。慎重に扱わないと。壊したらメチャ怒られま
すよ。」
 「うん。あっ。中に羽ばかりが入っているよ。羽だけのもの以外
に羽ペンもある。ワァ~綺麗!箱に入っていたから全然汚れていま
いね。いろんな種類の鳥の羽だ。これも結構古いね~。」
 「へぇ~。それいいですね。ほしくなります。あっ、これは何で
すか?やたら重い箱ですよ。中は何だろう。・・・
 お~、石だ!小石が沢山ある。全部種類が違いますね。あっ、小
石に彫刻がされているものもありますよ。綺麗だね。マキさん、そ
の羽とか小石はファッションにも使えそうですか?」
 「うんうん。そうね。どこから来てどんな意味があるのか、スト
ーリーのようなものがあればより面白くなるだろうね。一度ユミさ
んに尋ねてみよう。」
 「あっ。マキさん。これ見て!古い布切れが沢山入っているよ。
大小様々だけどかなり古いもののようですね。すごい。」
 「ワァ~、いいね、これ。加工してもいいのかしら。これもユミ
さんに聞こうっと。でも、入り口近くでこんなんじゃ、全部観よう
と思ったら何日かかるだろうね。ここに寝泊まりをしないと無理ね。
うふ。」
 
 あのね・・・。

 「おっ。これって・・・。古いオイルランプとオイルライターが
ありますよ。ライターはジッポが多いですね。いろいろあって楽し
い。
 ん?これは古い図面ですね。へぇ~、桂離宮や修学院離宮もの、
それに、金閣寺のもの。あっ。東京駅のものまでありますよ。これ
持ち出してもいいのかな?」
 「滝くん。私が言っていたことを全然聞いていなかったでしょ。
そんな図面、興味あるのは滝くんくらいよ。フン。それよりどうす
るの?時間が全然足りないと思わない?」
 「あっ、ですね。明日はカフェが休みですからもう一度来ましょ
うよ。オーナーやユミさんに確認してからね。持ち出せるものをリ
ストアップしましょう。」
 「そうだね。じゃ、明日一日でリストを作ろう。写真も撮ってお
こうね。じゃ、今日はここまで。アハ。」

 『あらま。たった1時間で出てきちゃったのね。確かにいろいろ
なものが沢山あり過ぎるようです。私の仲間はみんなワイワイ言っ
ていました。外に出ることができるかもわかりませんから、すごく
楽しみにしています。
 でも、屋根裏部屋だけれど、結構風通しもいいし、小さな窓だけ
ど沢山あるから、ブラインドを開け、窓の扉を開ければ、日も差し
込んで風も入ってくるからみんな快適に過ごしています。時々、ユ
ミさんが開けに来てくれます。・・・
 あっ、明日、おふたりが来たらちょっと脅かそうってみんなが相
談していますから気をつけてね。・・・アハ。聞こえないか・・・
うふふ。』

 そして、翌日の朝早くにマキさんが・・・

 「お~い。滝くん。屋根裏に行くよ。早く。」
 「は~い。こんなに早くから行くんですか?ちょっと寒いし、早
過ぎますよ。取りあえずお茶にしましょう。へへへ。」
 「何それ。行くよ!」
 
 「ん?マキさん。何か昨日とは雰囲気が違いませんか?やけに部
屋が静かに感じるのですが・・・。」
 「当たり前でしょ。下のカフェは今日はお休みで音楽もないし、
人もいないのよ。この部屋には最初から音は無いからね。」
 「そうですが・・・。」
 バキッ。コンコン。ザー・・・
 「滝くん。その辺のものをやたら触っちゃダメよ。昨日、ユミさ
んに言われたでしょ。」
 「えっ。まだ何も触っていませんよ。」
 「ん?そうなの?今何か音がしなかった?
パキッとか、コンコンとか・・・。」
 「いえ。何も。・・・」
 パキッ。ズタッ。
 「え~、何なの今の。また、音がしているよ。あ~何か、ヒソヒ
ソ話のような声も聞こえてきた。・・・いや~。」
 「あのね。外の風の音でしょ。こんなに早くから誰もカフェに来
ませんから。それに、今日は休みですよ。・・・
 もう、マキさんは怖がりなんですから。
 それとも、マキさんの耳にだけ聞こえているのかな。やっぱり、
マキさんは何かを感じやすい体質なんですよ。アハハハ。」
 「フン。・・・・」

 『いえ。滝くんが鈍感なのです。みんなしっかりイタズラをして
いますよ。でも、話声まで聞こえるなんて、やっぱりマキさんには
霊感のような力があるのかもね。私も一度確かめてみようっと。・
・・
 みんな。もうやめるって。よかったわね。昔のようなことになる
と大変ですからね。・・・うふ。ゆっくり観てね。』

 「あっ。これ珍しいですよ。ほら、古いファッション雑誌じゃな
いですか。マキさん興味あるでしょ。
 へぇ~、1962年や70年代のものもありますよ。すごくノス
タルジックですが、今でも似たようなファッションがありますよね
?」
 「ん?何も聞こえなくなった。ふ~ぅ。えっ、何?見せて。
 あ~いいね。私、日本に居なかったし、こんな雑誌があったのね。
主婦の友という雑誌は古いんだね。いや歴史があるのね。へへへ。
いつごろから出版されていたのかな。」
 「わかりませんが、おばあちゃんが昔よく読んでいたような気が
します。だから、かなり古いんじゃないですか。あっ。歴史がある
んじゃないですか。アハ。
 戦前とか戦中じゃないですか。うちのおばあちゃんは昭和8年生
まれだからね。へへへ。」
 「そうなんだ。これ、演出に使えるよ。私が作った服に似たよう
なものがあるし、いいね。」
 「じゃ。他の人たちの家にも沢山の古い歴史のある本があるんじ
ゃないですか。今回は間に合いそうにはないけれど、次の時はもっ
と広い範囲で探してみたいですね。」
 「うん。そうね。結構古いものから何かが生まれそうな気がする
ね。」
 「なんか、まだまだあって楽しいですね。」
 「アッ!」
 「マキさん大丈夫ですか?物の隙間に入ると躓いてケガをします
よ。気を付けてね。」
 「アハ。ありがとう。ちょっと手を貸してくれる?よいしょ。」
 「・・・・・。」

 『ん?何かいい雰囲気ですね~。うふふ。』

 「早くリストを作らないとね。おい!滝くん。何やっているの?
全部の写真を撮って。私はメモをとるから。・・・何赤くなってい
るの?わからんヤツ。」
 「あっ。はい。了解です。順番に撮り行きます。」

 『この2人いい感じですね。新鮮な感じがします。初々しいとは
このことですね。うふ。意外とお似合いのような気がします。古い
モノが取り持つ縁でしょうね。どう進展するのか楽しみ。
 さぁ~いよいよ、“再生と新生”そして“温故知新”のイベント
の始まりです。かなり楽しそうだし、勉強にもなりますね。仲間の
みんなも屋根裏部屋から出られたモノたちと楽しく過ごせそうです。
みんなに久しぶりに会うモノもいます。そう、あれ以来ね。・・・
 皆様もどうぞご来店を・・・。うふふ。』

 「いらっしゃいませ。ごゆっくりどうぞ。」

 始まりました。どうなるかな。成功するとは思うけれどね。・・・
へへへ。

 「あっ!これ、面白い!」
 「へぇ~、こんなコーディネートもあるのか。古いモノだからっ
てバカにできないな。」
 「ほう。懐かしいな。うちの母さんがよく読んでいたね。それに、
このファッションは今でもありそう・・・。ちょっと、母を連れて
きます。」
 「えっ。これって、うちの納戸にあるモノと同じじゃない?一緒
よ、これ。こんな使い方があったのね。新ためて見ると面白いね。」
 「なんか、古いんだけれど、新しく感じるのは私だけかしら。」
 「おっ。これほしい。このランプいいね~。」 

 「あれ?この布ってお母さんが着ていた着物の柄によく似ている
ね。」
 「あっ。そうね。もう箪笥の中にしまったままだけどね。こうや
って再生されると、また違うモノに見えるね。」
 「うんうん。帰ったら箪笥の中を調査しよう。へへへ。」
 「そうね。お父さんのものも出てくると思うわよ。」

 「これええな。懐かしいな。お前らにはわからんやろなぁ。昔、
こんな扇子が欲しかったんや。」
 「へぇ~、なんか古臭い扇子ですね。師匠はこんなん欲しかった
んですか?扇子だけにそのセンスを疑いますわ。へへへ。」
 「おっ。旨いな、アール。」
 「アハ。今思いついた。ヌーボーもなんかないか?ここにある古
いモノとかけて・・・という感じでな。アハハハ。」
 「古いモノとかけて、扇子ととく。・・・その心は、師匠の歴史
をアオギ見た気がします。・・・アハ。」
 「おっ。ええやないか、ヌーボー。ちょっと苦しいがええんちゃ
うか。ねっ、師匠。」
 「アホか。アハハハ。」

 この前の母娘だね。元気そうでよかった。それに、あの漫才コン
ビと師匠さんか。
 あっ、芸名をアールとヌーボーに変えたのか。確かにその方がし
っくりくるね。アハ。
 たまには、古いモノ、歴史のあるモノに触れて楽しむのもいいね。
マキさんも満足そうに接客をしている。アハ、ユミさんもモノに囲
まれているから生き生きして見える。
 ショウさんはゲームの説明ばかりして、子供が離れないね。でも、
嬉しそう。
 食の世界もすごいなぁ~。流石、ニシさんだ。でも、説明が下手
だね。アキちゃんが代わりにやっている。アハハハ。
やっぱりね。・・・
 あれ?オーナーはあの漫才コンビの師匠とテーブルに座って、小
物を前に話が盛り上がっている。どんな小物かな?あ~~、さっき
の扇子ですね。へぇ~、古い扇子もあったのか。みんなそれぞれで
すね。楽しそうだ。
 このイベント、定期的にやりたいな。オーナーに提案してみよう
・・・。

 『滝くん、いいですね。またやって下さい。この古いモノも時々
外に出たいですし、新しいモノと出会いたいですから。よろしく。
モノたちを代表してお願いします。うふ。』

花と苔

 「お~。一斉に芽が出てきたな。桜も咲き始めたし、いい季節が
やって来ました。アハハハ。」
 「何。1人で盛り上がっているの。オヤジ、お小遣い頂戴よ。
へへへ。」
 「ん?何で?晶子はもう大学生だろ。自分で稼ぎなさい。俺なん
か晶子の年には、学校と仕事を両立させていたんだぞ。」
 「じゃ。ここでバイトをやらせてよ。オヤジの仕事の半分をやっ
てあげるから。」
 「やってあげるって。そんなにあまいものじゃないぞ。高校の部
活とは違うからな。お金を稼ぐというのは結構難しいぞ。・・・
 まっ、滝くんも両立させているけれど、晶子と合わせて一人前の
従業員かな。アハハハ。」
 「なんか呼びましたか?ニシさん?」
 「滝さんは半人前の従業員で、私と足せば一人前の従業員になる
ってさ。」
 「アハ。確かに。学校がある時は一日中休むこともあるし、半日
しか出られないこともあるからね・・・。
アキちゃんも学校と両立させてここで働くの?
じゃ、俺と半分ずつでローテーションできるかもね。へへへ。」
 「滝くんはやさしいね。少しは見習ったら。オヤジ。」
 「やさしいんじゃないの。正直なんだよ、滝くんは。良い社会人
になれるかどうかはわからないけどね。へへへ。」
 「・・・・・。」

 それってどういう意味なのか分からないけど、この性格じゃ社会
人として難しいということなのかな。もうそろそろ就職活動をしな
いと。いい建築会社に入りたいなぁ。

 「こんにちは。」
 
 「いらっしゃいませ。どうぞ、お好きな席へ。」
 「あっ。あそこの席にしよう。初めて来た時もあの席だったの。
この白いカフェに行ったら隅っこの1番席がいいって、誰かが言っ
ていた。庭の眺めがいいし、店内全体も見渡せるから。
 それに、すぐ近くに小物が沢山あって楽しくてなんとなく落ち着
くの。」
 「ふ~ん。」

 あっ。あのおふたりもやっぱり1番席に行っちゃった。何か誰か
に聞いてきたようなことを言っていたね。この白いカフェのことま
で噂になっているのかなぁ~。でも、ちょっと変わったカップルだ
ね。

 「いらっしゃいませ。メニューはお決まりですか?」
 「はい。玉葱スープと特性サンドイッチ。それに、ホットを下さ
い。先生は何にしますか?」
 「ん~、じゃ、ブラックスープと海鮮ピラフをいただこうかな。
後でコーヒーを下さい。よろしく。」
 「はい。玉葱スープに特性サンドイッチ。それに、ブラックスー
プと海鮮ピラフですね。後で、コーヒーを2つお持ちいたします。
しばらくお待ちください。
 あっ、庭や回廊にはご自由に出入りしてください。そこの扉から
出られますので。桜はもう8分咲きになっています。苔も美しいで
すから是非観てください。それじゃ、失礼します。」

 「お~。滝くん、トークが上手くなったね。かなり慣れてきたよ
うだ。1年で随分成長したような気がするよ。相手が何を求めてい
るのか少しずつ分かるようになってきたな。うんうん。」
 「えっ。そうですか?ありがとうございます。今のお客様は、先
生のようですね。先生はしきりに庭を気にされていたようなので、
外への出入りは自由ですって案内をしておきました。これでよかっ
たんですか?」
 「珍しく、ニシさんが滝くんを褒めたね。いつもなら、少し厳し
くしていたのに・・・。うふ。」
 「そうかな。マキちゃん。滝くんは成長したと思うよ。」
 「アハ。ありがとうございます。そう言われると何か照れます。
へへへ。」
 「そうね。最初はどうなるのかと思ったけど、チャンと接客がで
きるようになっているからね。以前のようなあまえることはもう無
いようだし。」
 「えっ。以前はあまえていましたか?・・・そうなんだ。やっぱ
り学生気分だったんですね。なんか、フワフワしていたのかな。地
に足が付いていないというか、この家が面白くて、楽しくて毎日充
実していましたが・・・。
いや。今もそうですが。でも、今年は就職活動をしないとね。何と
か一人前の社会人になりたいので。へへへ。」
 「そうそう。その気持ちが大切だよ。そうすればいろいろなもの
が見えてきて、自分の立ち位置がわかり始めるんだよ。そして、目
指すものも見えてくるよ。
 滝くんは一般の人より洞察力が高いから、良い社会人になれるよ。
俺は、滝くんの年のころは、まだフラフラしていたからね。アハハ
ハ。」
 「うんうん。そんな感じだね、ニシさんは。」
 「コラ!マキちゃん。そこは、そんなことは無いです。・・・だ
ろ。へへへ。」
 「あいよ。お待ちどう。」
 「あっ。私が持っていく。」

 マキさん。また、その服を見せようとしているね。あの先生って
いう人は、ちょっと気難しそうだからどんな反応をしてくれるのか
な。

 『アキちゃん。その先生という人、ちょっと気を付けた方がいい
ですよ。何か感じちゃいます。悪い感じじゃないけれど、ちょっと
変な人のようですね。』

 「お待たせいたしました。ブラックスープに海鮮ピラフです。そ
して、玉葱スープと特性サンドイッチです。後ほど、コーヒーをお
持ちいたします。
 あっ。これはこちらからのサービスの紅茶です。お食事と一緒に
どうぞ。少し薄い目に作っていますので、食の邪魔にはならないと
思います。ごゆっくりどうぞ。」
 「はい。ありがとう。へぇ~、従業員さんですよね。なかなかい
いセンスしていますね。アヤくんどう思う?」
 「はい。なんか、可愛い。今の季節感がたっぷり感じますね。と
ても素敵です。先生はこんなファッションはお好きでしょ。うふ。」
 「うんうん。大好き。白のワンピースドレスに鮮やかな草木と花
がアレンジされていて爽やかですね。それにドレスの裾はレース柄
になっているのですね。
 あっ。そのレース柄って桜じゃないの?いいね。このお庭にピッ
タリだし、一体感があるね。ちょっと写真を撮らせてください。い
いかな?」
 「えっ。あっ、はい。どうぞ。・・・」
 「ありがとう。」
 
「あの先生って何?おかまさんなのかな。」

 「ふ~。ビックリした。急に写真を撮ろうとするんだもん。」
 「マキさん、あの先生の言葉使い、ちょっと変わっているね。男
性だよね。」
 「うん。オネエ言葉に近かった。でも、やさしい感じがしたよ。
もう1人の女性も学生という感じじゃなかったね。私と同じか、もう
少し年上かもね。それに、2人ともに和服でしょ。普通の先生と生
徒じゃないね。」

 「あっ!あの女性。知っているよ。前にふたり連れで来た看護師
の人だ。和服を着ているから全然わからなかった。イメージが違う
ね。」
 「えっ。そうなんですか、ニシさん。よく覚えていますね。」
 「アハ。だって美人だからね。へへへ。」
 「・・・。」
 「年末年始のイベントにも来てくれたじゃないか。滝くんは覚え
てないんだ。それだけの洞察力がありながら、物覚えが悪いのか・
・・。アハハハ。」
 「すみません。以後、覚えられるよう努力します。へへへ。」

 『流石。ニシ店長ですね。やっぱり神経質なところがあるから、
ほとんどのお客様を覚えているのね。とっても大切なことです。』

 「先生。さっきの店員さん、よかったでしょう。前にレイと来た
時も感激しちゃった。この家って落ち着くし楽しくって元気が出る
の。それに、音や香もいいしね。
 ん?どうかしましたか?」
 「このスープは何でできているのでしょう?パっと見ると濃い茶
色というか、黒に近くて重そうだけれど、飲むと軽いのにコクがあ
るよ。そこに赤と白の小さなお餅が入っていて綺麗。器は白だけど、
さっきの店員さんのドレスの裾柄と同じ桜のレース柄が周りを飾っ
ているよ。いいね。
 それに、海鮮ピラフも白が基調なんだけれど、深みのある味だし、
海の香りもしっかりと残っている。飾りのグリーンは海藻なんだね。
アヤくん、いいお店を見つけたね。こんなに近くにあるのに全然知
らなかったよ。」
 「でしょう。先生。私のこの玉葱スープもすごいですよ。丸ごと
玉葱を1つ使っているのに形が崩れず、柔らかい。甘味もあってダ
シがしっかりとしみ込んでいます。美味しい。
 この特性サンドイッチなんかは、スパイスが効いた白いソースに、
豚肉だと思うのですが、薄くスライスした肉を何枚も重ねてあるか
ら、口当たりが優しくって、ソースが程よく馴染んでいます。この
豚肉も下味が付いているのでしょうね。ソースとのバランスがとて
もいいです。
 それに、ホールトマトがわずかですが、挟んであるので少しだけ
酸味もあります。これも美味しい。へへへ。」
 「それちょっと食べさせて。私のも少しだけ上げるから。」
 「は~い。」

 「あ~、あのおふたりは医者と看護師の関係なのかな。でも、な
んで和服なの?」
 「ん~、わからん。和服が趣味じゃないのか。」
 「いや。違うね。私の勘だと、あの先生のしぐさと洞察力、そし
て、庭の木や花、苔などを観ている姿は、花道の心得ありと見た。
多分、あの2人はお花教室の帰りですね。うん。」
 「えっ。ユミさん、いつの間に現れたのですか?・・・そうなの
かな。」
 「俺、滝くんほど洞察力は無いけれど、人は沢山見てきたからわ
かるのです。それに、ほら、バックのところにハサミのグリップが
見えているでしょ。」

 「あっ。そうですね。俺としたことが見過ごしていました。へへ
へ。」
 「コラ!お前ら探偵か。そんなにお客様のことをジロジロ見ちゃ
ダメです。」
 「は~い。」

 『ユミさんいい勘をしていますね。私もそう思います。あの姿に
花束も持っておられますから、100%花道をされていますね。で
も、アヤさんはどうして先生をここに連れてきたのでしょうか。食
事だけのことなのでしょうか。』

 「先生。私、ここにレイと2度来たのです。真冬だったので寒く
てあまり周りを見ていなかったけれど、ここは音と香だけじゃなく
て、この食も含めていろいろなところに気配りがされています。だ
から、春になると、また、何かを発見できるかなと思って。どうで
す、このお庭?」
 「うん。感動します。よくお手入れがされていますから美しい。
 それに、あれを見て。あの苔を・・・どう?何か感じないかな。
私たちがやっているお花の世界に通じる何かを・・・。」
 「あ~、綺麗な緑の苔に所々から草の芽が出ていますね。それに、
芽が伸びて先には小さな花が咲いています。ワァ~、可愛い。あん
なに小さいのにしっかりと主張していますね。」
 「うんうん。そうだね。私たちが学んでいる花道は、単に花木な
どを切って、上手くコーディネートやアレンジをして、人に魅せる
ものだけじゃないと思う。
 むしろ、人に魅せつけない。強く表現しないところに本当の美が
あり、花道の奥深さがあると思うよ。目立たないところほど大切に
して、正しく表現をしてあげる。結果、花、木、草などは生き生き
としてくるような気がするね。
 精神世界のことだから、まだまだ分からないが、技術の向上も大
切だけれど、感性を磨かないとね。さり気ないところも大切なんだ
と思う。
 私たち医療の世界も同じだよね。技術にもいろいろあって心の技
術も磨かないとね。そうでしょ。アヤくん。」
 「はい。先生。私もそう感じています。苔の中にひっそりと咲く
一輪の花。可憐で寂しそうに感じますが、しっかりと生きています
よね。あの苔と共に生きていますよね。花の美しさはわかりますが、
苔の美しさはなかなかわかりませんし、気が付きません。
 でも、一輪の花や小さな葉や芽を観ていると、さりげないけれど、
美しくしっかりと生きていると感じます。自然界からはいろいろ学
べますね。」
 「そうだね。ここの庭を演出された方は、素晴らしい人でしょう
ね。自然のあるがままの力をちゃんとご存知の方だと思います。
 だから、この家には目に見えない多くの何かが宿っているのでし
ょう。今の店員さんたちもそうだし、この小物たちもそうだと思う
ね。すごく落ち着くね。」

 『ドキッ!えっ。私たちの存在がばれています?見えているの?
・・・
 この人のように。時々こういう人が居るのよね。オーナーと同じ
ような感性を持っている人がね。なんか、いいお医者様のようです。
私も診察をしてほしいです。・・・ちょっと無理か・・・うふふ。』

 「いいお話を聞かせていただきました。私ももっと服を大切にし
ようと思います。はい。」
 「何それ?マキちゃんはいつも朝早くに掃除をしているし、庭の
手入れもしっかりやってくれているじゃないか。それに、服も大切
に着ているでしょ。」
 「ありがとう、ニシさん。私もそう思う。へへへ。」
 「何それ?自分で自分を褒めているじゃないですか、マキさん。
シラケる。アハハハ。」
  
 えっ。マキさん今のおふたりの話を聞いていたんだね。どうりで
静かだし、やけにあの席に近いところに立っているなぁって思てい
たけど、どういう性格をしているのかな。

 「ごちそう様でした。美味しかったです。」
 「美味しかったです。また来ますね。」
 「は~い。いつもありがとうございます。今度はもう1人の方も
ご一緒にどうぞ。看護のお仕事頑張って下さい。」
 「えっ。店長さん、私のことをお覚えていて下さったのですか?
嬉しい。それに、もう1人の彼女のことも。・・・
 ありがとうございます。益々ここが好きになりました。皆さんあ
りがとう。ごちそう様でした。」
 「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしています。」
 「アヤくん。いいお店だし、いい空間だね。それにいい店員さん
たちだ。私も時々来させていただきます。ありがとう。」
 「はい。宜しくお願いします、先生。」
 
 『またのご来店をお待ちしております。アハ。
 花と苔。あの人の言う通りですね。花さんも苔さんもお互いに助
け合うこともあるけれど、邪魔もしないように咲いています。生き
ています。花道の世界は良くわかりませんが、この“白い家”同様
に様々なモノたちのコラボレーションなのでしょうね。
 それぞれがいい影響を与えながら1つの空間とか、時間を共有し
ているし、感情を出しているのでしょう。うちの花と苔もあのおふ
たりにお礼を言っていますよ。うふふ。』

転職と天職

 「お~い。どうした?滝くん。庭の遠くの方を見つめているな。
・・・
 あっ。この庭はそんなに広くないから遠くは無いな。アハハハ。
何か、妄想している?コーヒーが冷めるぞ。交換しようか?アイス
コーヒーの方がよかったか?おいっ、どうした?」
 「あっ・・・ニシさんおはようございます。お久しぶりです。」
 「あのな。それ、さっき言っていただろ。何か変なヤツだな。」
 「アハ。そうでした。ここに居た2年間を思い出していたんです。
懐かしくて、いろいろあって勉強させていただきました。毎月なに
かしらのイベントがあって充実した学生生活でしたが、この家やス
タッフには沢山お世話になりました。何かあるとここを思い出して
いました。今日もフラっと来てしまいましたが、やっぱりいいです
ね、ここは。」
 「そっか。外は暑くなってきたから、アイスコーヒーでも飲むか
?まだ、お客さんは来ないし俺も付き合うよ。」
 「はい。ありがとうございます。」

 「私も付き合うよ。へへへ。」
 「俺もね。」
 「私も同じく。」
 「あっ。マキさん、ユミさん、それにアキちゃんも。おはよう。
あれ?ショウさんはどうかしたのですか?」
 「ショウちゃんは里帰り中だよ。お父さんの具合がちょっと悪く
てね。まっ。里と言ってもすぐ隣の町だけれどね。」
 「そうなんですか・・・。」
 「滝くんは、希望した会社に就職できたんだよね。頑張っている
?」
 「はい。マキさん。一応は頑張っているのですが、一緒に入った
カツが北海道へ転勤したから・・・あっ、カツのこと、覚えていま
すか?たまに、ここへ来ていたヤツですが・・・。」
 「あ~、あの軽い人ね。動きは超早いけどね。アハ。」
 「やっぱりそうですよね。あいつ本当に軽いからみんなより目立
つんですよね。だから、ちょっとしたミスも大きく見られる。」
 「それで、あの人は北海道に飛ばされたんだね。」
 「アハ。確かに飛ばされたのかもね。でもね、それだけで会社は
簡単には転勤させませんよ。
 カツは北海道出身なんですよ。それで北海道に人員の空きが出て、
1人補充する話になった時、あいつ、ミスもやったし、名前があが
ったんです。そんな遠くには誰も行きたがらないのに、カツは手を
上げてしまったんです。そして、あいつに決まったのですが・・・。
逆に喜んでいました。まったく、楽天家というのか、先のことを考
えないヤツですね。」
 「で。滝くんは寂しくって落ち込んでいるのか?」
 「いえ。まさかそんなことで落ち込みませんよ。ニシさん、俺そ
んなに弱くないですよ。ここで鍛えられましたから。へへへ。」
 「・・・・・。」
 「あっ。そうそう。滝くんが卒業してから、オーナーがすごく気
にしていたよ。あいつは上手くやれているのかなぁってね。
 それに、大きな会社や組織では彼は伸びないぞ。とも言っていた
ね。」
 「えっ。ユミさん、それ本当ですか?」
 「そそ。私もそれ聞いたよ。珍しくオーナーが愚痴っぽく話して
いた。確か、ニシさんとも話していたよね。」
 「うん。マキちゃんの言う通り。俺にも同じようなことを言って
いたな。あんなオーナーは珍しいな。」
 
 『確かに、私も聞きました。どういう意味で言っていたのかわか
りませんが、オーナーは滝くんのことを高く評価していたように思
えますよ。私も含めて“霊”や“魂”たちも滝くんがここを去って
いくのがとても寂しかったし、残念でした。
 特にあの石の男女は、なんとか引き留めようとしたくらいです。
滝くんはいつもあの大小の石を洗っていたのですね。誰も知らなか
ったようです。多分、それをオーナーが見ていたのでしょうね。
 そんな滝くんは大器になると言っていましたよ。私もそう思いま
す。』

 「そうなんですか。・・・嬉しいです。
でも、ここは変わらないですね。温かくて、やさしくって、そして
楽しい空間と時間を過ごせます。ホッとします。・・・
 あっ。この7月7日もまた、七夕祭りをするのですか?あの訳の
分からない短冊をいっぱい吊るして・・・。」
 「コラ!あれはみんなの願いをちょっとだけ形にしたのよ。材料
もそれぞれ別に用意して、紙で統一しなかっただけよ。
 確かに、おにぎりを吊り下げていた人もいたけれどね。アハハハ。
 今年ももちろんやるわよ。滝くんも参加しろよ。元気になるよ。」
 「うん。ユミさん・・・。」
 「こりゃ、相当重症だな。まっ。ゆっくり気が済むまでここに居
ろよ。今日は会社が休みだろ?」
 「はい。ニシさんありがとう。」

 相変わらずみんな優しいなぁ~。随分前にニシさんが言っていた
けれど、ここが、この“白い家”と“白いカフェ”が俺の小さな故
郷だって・・・俺もそう思えてきた。久しぶりにここに来るとほっ
とするし、家族と再会したような気になるね。
 この壁や床、天井、そして小物たちに庭や犬、猫たちもみんな家
族って感じがする。何か、自然体で居ることができる。余計な力が
抜けていくのがわかる。今まで来店されたお客様もこんな気持ちに
なったのだろうね。今になってよくわかる。
 人は心の豊かさが一番大切だってオーナーが言っていたけれど、
その通りだ。俺もそれを聞いてどんなことがあっても心の豊かさを
大切にしようと思っていたけれどなぁ~。
 今は、心が迷っている。・・・アハ。

 「滝くん。どうこのファッション?」
 「えっ。あ~、なんですかそれ?全身がレース柄で透けて見える
じゃないですか。ブラやショーツが丸見えですよ。」
 「うん。ワザと見せているのよ。一応スタイルにはまだ自信はあ
るからね。それに、下着は見せてもいいデザイン性の高いものを着
けているから・・・うふ。」
 「いや~、それはまずいでしょ。少なくとも胸からお尻までは隠
した方がいいですよ。お客様にとって、下着は下着ですからね。自
分は良くても、お客様が目のやり場所に困るでしょ。
 オーナーも言っていたじゃないですか。頑張らなくてもいいお客
様を大切にしてねって。マキさんらしいけれど、それ却下です。」
 「え~、そうかな。これから夏になるから清々しくっていいと思
うけどね。滝くんが言うのならやめておこう。もうちょっとアレン
ジしてみるね・・・。うふ。」

 『マキちゃんらしいわね。滝くんが落ち込んでいるようだから、
元気づけようとちょっと無理しちゃったかもね。
 マキちゃんもやさしくって思いやりのある大人になりましたね。
うふふ。』

 「滝さん。元気ないですね。」
 「あっ。アキちゃん。少し見ない間に大人っぽくなったね。ニシ
さん、心配事が増えたね。とっても綺麗だよ。お母さんにそっくり
だね。へへへ。」
 「うふ。ありがとう。私、学校と仕事は両立できると思っていた
けれど、結構しんどいね。滝さんはよく2年近くもやっていたのね。
私、もう1年ちょっとになるけど限界かも。何かいいアイデアない
かな?」
 「ん~。もう1人学生を入れたらいいのにね。それだったら俺が
居た時と同じで半分ずつになるから少し楽になるかも。俺が居た部
屋も空いていると思うし。
 でも、俺が辞めてから半年もたっていないじゃないか。もう少し
頑張って。半年間はしんどかったかな。」
 「うん。しんどい。疲れた。アハハハ。」
 「そういえば、マキさんの友人が日本に来ているって言っていま
したね。マキさん、その人は・・・」
 「アハ。あいつは今、一時帰国しているよ。両親が帰国しちゃっ
たからね。アハ。でも、もうそろそろ来そうだけど。ここでは働か
せません、絶対にね。アハハハ。」
 「・・・。」

 『あらま。アキちゃんも気をつかったね。それに、滝くんに戻っ
て来てほしいんじゃないかな。どうやら、アキちゃんは滝くんのこ
とが好きなようですね。ニシさんが怒りそうですよ。バレないよう
にね。うふ。』

 「お~い。滝くん。何か食べるか?モーニングの準備ができたか
ら何でも言ってよ。」
 「は~い。ありがとうございます。ちょっと考えます。」
 
 「おはよう。」
 「いらっしゃいませ。おはようございます。どうぞ。」
 「あっ。隅っこの席は埋まっているね。・・・えっ。滝くんなの
?座っているのは。久しぶりね~。元気にしていた?」
 「あ~、かおりさん。お久しぶりです。随分早いですね。お店は
遅くまでやっていたんじゃないですか?」
 「そうよ。結構、うちのニューハーフのお店は人気が安定して来
て、いつも満員なの。この“白い家”のおかげとニシちゃんのアド
バイスのおかげよね。
 でも、ちょっと悩み事があって眠れないからモーニングを食べに
来ちゃった。滝くんと久しぶりに会ったから元気が出てきちゃった。
うふ。」
 「アハ。それは良かったですね。おひとりですか?じゃ、この席、
一緒にどうですか?」
 「えっ。いいの?ありがとう。」
 「いらっしゃい。かおりさん。何にしますか?」
 「ホワイトスープに特性パン。それに、紅茶を下さい。」
 「はい。滝くんは何にする?決めた?」
 「俺。このホワイトパンにスパイシースープを下さい。・・・
あっ。今、かおりさんが言っていた特性パンって何?」
 「オーケー。ホワイトスープに特性パン。それに、ホワイトパン
にスパイシースープですね。しばらくお待ちください。・・・それ
から、特性パンは特性です。お楽しみにね。アハハハ。」
 「なんじゃそれ。アハハハ。楽しみます。」
 「かおりさん、悩みごとって何ですか?聞かせてください。」
 「うん。実はね、うちのお店、人気が出たものだから、スポンサ
ーが沢山ついたのはいいけれど、2号店を出すことになったのよ。
でもね、メンバー同士がどちらに行くかちょっと揉めているのよね。
新しいお店の方が設備は良いし綺麗だけれどね。誰も行きたがらな
いの。何で。」
 「そうなんだ。みんな、今のお店から離れると見放されたような
気がするんじゃないですか。特にママであるかおりさんから離れる
となると余計に寂しいというか、不安になるんですよ。」
 「そうかなぁ~。いいお店ができるんだけれどね。りょうもそっ
ちへ行く予定だから安心だと思うけどね。」
 「へぇ~、りょうさんは2号店に行くのですか。それだったらか
おりさんが寂しくなるんじゃないですか?」
 「いえ。私は大丈夫よ。りょうとは一体ですから。アハハハ。」
 
 一体という意味がよくわからない。確かに苦労を共にしてきたの
は、かおりさんとりょうさんだもんね。気持ちは通じ合っているか
も・・・。

 「それに、お店を変わると言っても、転職じゃないのに、みんな
深刻に考えこんじゃってね・・・。」
 「じゃ。かおりさんが常に両方のお店に出入りしたらいいじゃな
いですか。ちょっとしんどいですが。しばらくやっているとみんな
も慣れてくるでしょうし、かおりさんが常に出入りしていたら、常
連さんも気分が良いでしょう。他のお客様や従業員も嬉しいし安心
すると思います。
 それに、2つのお店のショーも違うモノにして、どちらも観たい
と思っていただいたら、よりいいじゃないですか。同じショーの内
容だったらお客様も偏ってしまうでしょう。
 ただ、衣装や振り付けなどの練習に時間がかかってしまいますね。
誰かが休めば替えがきかないし。それに、かおりさんが一番疲れる
だろうね。
 でも、お店を出入りすることで気分転換だと思えばいいでしょ。
それに、衣装も変えればまた、楽しいでしょう。へへへ。」
 「ワァ~。滝くん、いいこと言うね。すごく成長したのね。その
アイデア、いただきます。それ考えて見る。ありがとう。」
 「お待たせいたしました。ごゆっくり。」
 「滝くん。そんなセンス持っているんだから、今のバカでかい会
社に埋もれているのはもったいないよ。小さくてもいいから動きや
すい会社に転職したらどうなの?」
 「そう思います?俺も何となくそんな気がしているのですが。・
・・
 どうも最近やる気が出ないんですよね。自分自身が会社の1つの
歯車にすぎないようで・・・会社ってそんなものだとは思うのです
が。・・・
 ただ、大きな会社だから、いろんな情報が座っていても入ります
から、刺激にはなっているのですが、どうもね、息苦しいというの
かな、退屈なんですよ。・・・ちょっと贅沢かな。」
 「うんうん。そんなものよ、会社は。私も一応サラリーマンをや
っていたのよ。これでもね。へへへ。上場している会社で商社マン
をやっていたから。
 でも、おかまだとわかっちゃって、ちょっと、居心地が悪くなっ
て転職しちゃった。アハハハ。」
 「そっか。かおりさんは苦労されたんですね。俺、もう一度自分
の人生を考えてみます。本当にこれでいいのか。どうしたいのか考
えてみます。」
 「だね。人は考える生き物だからね。しっかり悩みなさい。ちな
みに、私は思い切って転職したけれど、そのおかげで今の職にたど
り着きました。これは、私の天職だと思っているの。うふふ。」
 「アハ。ありがとう。やっぱり、今、悩む時期なのかなぁ~。」
 「じゃ。私、帰って寝るね。へへへ。」

 『滝くん。そうだったのですか。かなり悩んでいるようですね。
でも、今しっかりと悩んでいないと、後で後悔しますよ。ニシさん
のようにね。アハハハ。』

 「ん?誰か、何か言った?嫌な気分だな。」
 「ニシちゃん、ごちそうさま。ニシちゃんが思っている通り、滝
くんは転職を考えているようよ。ニシちゃんから連絡をもらってき
たけれど、滝くんはかなり考え込んでいるようね。
 はい。これ伝票ね。ごちそうさま。うふ。」
 「そっか。やっぱり。これはチャンスだな・・・。」
 「ん?何がチャンスなの?ニシさん。かおりさんはさっさと帰っ
ちゃったけど、早かったね。・・・さては、何か仕掛けたな。」
 「ドキ!・・・マキちゃん、なんもなかよ。ほんまに。エヘ。」
 「ダメ!付き合いは長いから、すぐにわかります。言葉も変だっ
たしね。滝くんを再びこの店に入れようと思っているでしょ。」
 「マキちゃん、鋭いね。でも、俺の考えだけじゃないよ。さっき、
オーナーと話したけれど、滝くんをうちに転職させるとまでは聞い
ていないし、それは、滝くん自信が考えることであり決めることだ
ね。ただ、オーナーは滝くんの将来を考えると沢山の選択枠がある
方がいいのだって言っていたね。
 うちに来たとしても比較的自由にさせるつもりのようだね。俺も
賛成だな。へへへ。」
 「ふ~ん。何故かなぁ~。どうも、この“白い家”自身にも関係
がありそうだね。そんな気がしてきました。うむ。」
 「お~い。マキちゃん。また、探偵のようになっているぞ。アハ
ハハ。」
 「アハ。」

 『えっ。私が何かしましたか?滝くんは好きですが、転職させよ
うとまでは考えていません。あっ、でも、それいいかもね。うふ。
 そういえば、私の本当の名は“白龍神”ですが、ちょっと書き換
えれば“白竜神”です。確かに、滝くんの“竜”という文字は、私
の中にありますよ。でも、それはオーナーしかわからないでしょ。
ニシさんたちは私の名前も、存在も知らないはずです。・・・
 いや、ニシさんは、この家を建てているころから居ますから、オ
ーナーから少し聞いているかもわかりませんね。名前はちょっと偶
然のように思いますが、滝くんが再びここに来るのは大賛成です。
ウエルカムよ~。アハハハ。』

 「でも、これで滝くんが迷っているのがわかったから、アプロー
チは簡単だな。一言で終わるぞ。アハ。」
 「何。一言って?」
 
 「お~い。滝くん。食べ終わったかな。」
 「はい。変わらず美味しかったです。ごちそうさまでした。じゃ、
俺、そろそろ帰ります。また、来ます。」
 「そっか。じゃ、またな。元気で頑張れよ。オーナーも応援して
いるって、さっき、電話で言っていたぞ。」
 「えっ。オーナーが・・・」
 「あっ。それから、オーナーからの伝言でね、こう言っていたな。
 “転職”は自分の“天職”を見つけ出すようなものだから、じっ
くり考えなさい。ってね。アハハハ。」
 「あっ。・・・」
 「俺。また来ます。すぐ来ます。ありがとうみんな。」

 「うむ。上手くいったな。これで、晶子も少し楽になるし、この
“白い家と白いカフェ”も一層楽しくなるぞ。きっとな。アハハハ。

 『アハハハ。楽しみです。でも、滝くんはアルバイトとしてくる
のでしょうか?オーナーは、そうは考えていないようですね。どう
するのでしょうか。・・・うふふ。
 あっ。マキちゃんの悪友という子がフロリダからまた来るようで
すね。今度は、長く居そうです。ちょっと不安な“霊”でした。
 じゃ、皆様またお会いしましょう。・・・キャッ!誰?私を噛ん
だのは・・・。』

友情と天敵

 「おはよう~。」
 「おっ、おはよう、マキちゃん。今日も黒子か。」
 「フン。ニシさんこそワンパターンのファッションだね。そのバ
ンダナはかなり古いでしょ。色があせて一部にほころびがあるよ。
新しいバンダナを造ってあげようか?・・・と言っても古い布から
だから新しいとは言えないけどね。アハ。」
 「いや、このバンダナでいいよ。これにはいろいろと思い出があ
るからね。この家が造られているころことだけど・・・あっ、その
話はまたの機会にするよ。あまり楽しい話じゃないし、マキちゃん
にとっては多分苦手な話だからね。えへへ。」
 「え~っ。それってお化けとか幽霊に関係する話でしょ。私、シ
ョウさんやユミさんから少し聞いたことがある。なんか、超複雑で
すごく怖い話だって言ってた。聞きたくないけれど、ちょっと興味
がある。ちょっとだけね。うふ。」
 「そっか。ユミちゃんたちから聞いていたか。前の石の幽霊や屋
根裏部屋の件があるから、マキちゃんは少し強くなったのかな。カ
フェが一段落したら話してあげるよ。覚悟しておけよ。ムフフ。」
 「うっ。何か嫌な予感がする。やっぱりやめておきます。ニシさ
ん。」
 「いや、もう遅い。俺はその気になってしまったもんね。アハハ
ハ。」
 「あ~ぁ、こんな時に滝くんが居てくれたら心強いんだけれどな
ぁ・・・。
 あっ。そういえば、滝くんはあの後ですぐに会社を辞めてここに
来たんでしょ?その後どうなったの?」
 「うん、来たよ。オーナーとしっかり話をしていたようだね。こ
の家の従業員として、また、オーナーのスタッフとしての二束のわ
らじを履くことになったようだよ。だから、このカフェにも時々手
伝いにはくるけれど、仕事の中心は建築を含めたクリエイティブ業
務だね。特にこの家の進化をサポートしながらオーナーのアシスト
をするらしい。まっ、比較的自由に動けるようだけどね。
 あっ、そうそう。今日は午前中はオーナーからの指示で改築物件
のプレゼンテーションのために外出しているけれど、午後にはカフ
ェを手伝いに戻ってくるなぁ・・・。
 じゃ、その時にさっきの話をしようかな。」
 「うん。滝くんと一緒だったらいいよ。今日は暇そうだし、みん
なを集めてニシさんの漫談を聞いてあげる。うふふ。」
 「ん?漫談だと!面白いね。どんな漫談になるか楽しみ~。ムフ
フ。」

 「おはよう。マキちゃん。ニシさん。」
 「おはよう。以下ユミさんに同じく。」
 「コラ!ショウちゃん。朝の挨拶に手を抜くな。アハハハ。
 アレ?アキはどうした?ショウちゃんの部屋に泊まったんじゃな
かったのか?寝坊でもしているのか?」
 「いや。なんか友達から連絡があって、さっき、ちょっとだけっ
て言って出て行ったよ。すぐ帰ると言っていたからもう来るんじゃ
ない。」
 「何!あいつは仕事を何だと思っているんだ。もう大学の3年だ
ろ。来年は就職活動をやらないといけないのに。もう少し仕事とい
うものを理解しないとな。あれじゃまともな就職ができないぞ。」
 「ま~ま、いいじゃないの。今だけだと思うわよ。少なくともニ
シさんよりもしっかりしているようだからね。俺、アキちゃんを見
ていると本当にまだ大学生で21歳なのかなって思うわ。」
 「アハ。ユミちゃん。あまり甘やかさないでね。ヘタするとこの
ままカフェにというか、この家に就職するって言い出しそうだよ。
相当にこの家が気に入っているようだしな。
 ところで、最近、ミーちゃんを見かけないけど、どうしてんの?
ちゃんと学校へは行っているんだろう?」
 「うん。もちろん行っていることは確かだね。この前のように登
校拒否はしていないね。あの時は、友達と喧嘩ばかりして、バカバ
カしいから学校には行かないってすねていたもんね。アハハハ。な
んか天敵が居ているようだよ。かなりの強敵らしい。
 ただね。最近、変な遊びをしているようなのよ。数人で集まって
美羽が中心のようだけどね。あの子、普通の人とは少し違って、何
か持っているような気がして少し怖い。それに、同年代の子が居て、
その子も美羽と同じような感性を持っているようで、何かを起こし
そうなのよね。」
 「ふ~ん。変な遊びね。まっ、まだ3年生だろ。可愛いもんじゃ
ないか・・・。ん?確かこの家を造っている時にもひとり変な子が
居たなぁ~・・・。それは、後での話の中に出てくるか。アハ。」
 「何?その変化子って?」
 「いや。何でもない。また、後で話すよ。」
 「へぇ~。ミーちゃんにも天敵が出来たのか。そんなに早くから
できてしまうと後が大変だよ。私は17歳の時に今まで親友と思っ
ていたヤツに裏切られて完全に敵になったけどね。エヘへ。」
 「ん?マキちゃんの天敵って誰?そんな人が居たんだね。」
 「ショウさん、知っているでしょ。去年、このカフェに突然来た
変な外国人。」
 「あ~ぁ。あの子ね。確か、名前はシェリーだったよね。見た目
はアメリカンなんだけれど、話をするとジャパニーズね。私より日
本語を良く知っているし、あの時、和服で来たでしょ。ビックリし
ちゃった。なんかモデルさんのようで美しかったね。マキちゃんと
同じような感性を持っているようだった。」
 「そそ。あの子、超日本が好きで、何でも日本流って言っている
んです。お箸は使えるし、納豆も食べるんですよ。私、納豆は苦手
です。それに、性格は私と真逆なのに、やっていることは同じよう
なことです。特に、服に関しては自作モノがすごく多いですね。フ
ロリダに居た頃私の服を無断で着ていました。身長がほぼ同じだか
ら、時々貸してはいたんだけど・・・。ただ、先のことを考えずに
行動するから、後のフォローが大変でした。人の迷惑なんか考えて
いないんですよ。どこが日本流なのかわかんないです。それでよく
喧嘩をしていました。また、日本に来ているようですから、必ずこ
こに来ますよ。フ~。」
 「アハ。似た者同士って感じね。性格以外は・・・。ところで、
その喧嘩って日本語?それとも英語なのか?」
 「あのね、ニシさん。そんなのわかりません。互いに、興奮して
いるから両方の言葉が混じって何を言っているのかわからないんで
す。シェリーもわからずに叫んでいるみたいだしね。でも、ハッキ
リしているのは、お互いに手は出さないことですね。手を出してし
まうと本当に友人じゃなくなるし、天敵じゃなく、敵そのもので憎
いだけの存在ですからね。」
 「だよな。天敵って、憎いとかという感性的なものじゃなく、ラ
イバルって感じだよな。親友であり、友情もあるけれど、常にどこ
かで競い合っているというのか、比べているところがあるな。俺に
もひとり天敵がいるよ。アハハハ。」
 「へぇ~、ニシさんにもそんな人がいるんだね。どんな人?」
 「うんうん。どんな人?」
 「ユミちゃんまで興味あるのか。まっ、簡単に言えば超が付くく
らいのワガママなヤツだよ。と言っても、人の迷惑を顧みないのじ
ゃなくて、迷惑であることを承知で上手くワガママを通すからたち
が悪い。アハハハ。他の人はそんなに気にしてないけれど、俺、年
が近いから無性に腹が立つときがあるね。でも友達なんだよね、こ
れが・・・。」
 「ハハ。なんかニシさん自身のことを言っているようだね。うふ。
 そうか。さっきのマキちゃんの話じゃないけれど、天敵は悪じゃ
ないのよね。互いに競い合う友人であり、そこには友情もあるのか
しら。俺、モノに関しての天敵というか、ライバルは沢山いるけれ
ど、お互いにいい刺激を感じ合っていると思う。そのモノ同士にも
天敵がいるようだけどね。」
 「えっ。モノに天敵があるの?ユミさん。」
 「うん、あるよ。ただ、人間が作ったモノだからその人間同士が
天敵だと言った方が良いかもね。うふ。
 例えばね。茶道で使う茶器類は高額も物から安価な物まであるし、
様々な訳アリの物も少なくないから、互いにその経歴というのか、
使われてきた歴史のようなものがあったり、造った作者によっても
大きく評価が違ったりするよね。それで人間同士が競い合うようだ
けど、そのモノたちもおそらく競い合っていると思うよ。俺の方が
深い味わいがあるとか言ってね。アハハハ。」
 「あ~、そうですよね。確か、戦国時代に居た千利休という人が
茶の世界を広めて1つの国や領土より茶器の方が高いということも
ありましたよね。人間同士の争いのようだけどモノ同士とも言えま
すよね。そういえば私が造っている服にも古い布と新しい布を使う
時によく比較していたり、優劣をつけてしまうときがあります。そ
れって、その布たちが競い合っているのかなぁ~。アハ。ちょっと
考え過ぎですね。」
 「いや、そうじゃないよ、マキちゃん。俺のその天敵も俺がいる
からその価値があるのであって、互いに意識をしていないと何の進
化もないと思うよ。俺もそいつがいるから今頑張れる。エヘへ。」
 「ニシさん、マキちゃんそして、ショウちゃんやアキちゃんも考
えようによっては良い天敵になるのかもね。そう、お互いに意識し
合っているところがあるものね。でも、いい関係でいようね。」
 「は~い。」
 「うん。」
 「だな。エヘへ」

 『みなさん、ご無沙汰しておりました。“白い家”こと“白龍神”
です。そうそう、滝くんは会社を辞めてこちらに転職したようね。
ここが滝くんにとっての天職の場になってほしいものです。
で、みんなは何を話しているのかと思ったら天敵ですか。ある程度
年月を経るとどこかに天敵というかライバルのような人が現れるも
のです。でも、本当の敵にはしないで下さいね。いい刺激を互いに
与えたり受けたりしてください。
 あっ、そうそう。私にも天敵がいます。いや、いましたね。この
“白い家”が造られる時には居ました・・・。今、どうしているの
でしょうね。この世に居るのか、異世界に居るのかわかりませんが、
元気であることは確かのようです。時々便りをよこしますから・・
・。バカなヤツでしたね。本当に。
まっ、その話は後ほどニシさんがお話ししてくれるでしょうね。ち
ょっと怖いですが、本当にあったお話ですからしっかりお聴きくだ
さい。じゃ、後ほど・・・うふ。』

 「いらっしゃいませ。どうぞお好きな席にお座りください。」
 「あいよ。ありがとう。
 おっ。いたいた。お~い、啓介、久しぶりだなぁ~。やっと会え
たな。長野のロッヂ以来かな。元気そうでなによりだ。いいカフェ
で働いているな。啓介の店じゃないだろうけどね。ハハハ。」
 「あ~ぁ。篤史。お前、生きていたのか。突然、ロッヂからいな
くなってもう7年だぞ。連絡くらいよこせ。バカが。で、何でここ
がわかったんだ。昔の仲間にも行ってないと思うけどな。それに、
何をしに来た。また、何か邪魔をしに来たのか?」
 「あのな。久しぶりに会ったのにその言い方は無いだろ。それに、
ロッヂから居なくなったんじゃね~し、お前には、ちょっと実家に
帰るって言っただろ。聞いていなかったのか?あの後に啓介が突然
ロッヂを辞めたんだろうが。全く逆の話だよ。お前、変わらんなぁ
~。フン。」
「アラ。そうだったかな・・・。そうそう、俺、あの時にロッヂ
のバーでここのオーナーと知り合って、この家に誘われたんだよね。
篤史が居なくなったし、いい機会だからオーナーである藤倉さんに
ついてきたんだっけ。アハハハ。ゴメン。」
 「アホか。それに啓介、今、7年ぶりのようなことを言っていた
だろ。正確には6年と半年ぶりだ。おまえは本当に物忘れが多いな。
昔から神経質のわりには無頓着なところがあるからな。
 まっ、いいや。あの後、すぐにオーナーの藤倉さんに呼び出され
て、この家の材料入手の相談を受けたんだよ。お前が居なくなった
ことだし、いい機会だから手伝おうと決めたんだ。で。この家が完
成するまで2年半ここに関わっていたんだぜ。もっとも、お前と俺
との立場が違うから一度も会えなかったようだがね。」
 「えっ、そうなの?なんか同じような思考をしていたようだな。
アハ。でも、藤倉さんから何も聞いていなかったぞ。じゃ、俺がこ
こで働いていることをお前はずっと知っていたのか?」
 「いや、知らん。お前も藤倉さんに誘われてここに関わっている
とは知らなかった。啓介が藤倉さんと知り合ったのはロッヂのバー
だろう?俺はゲレンデで知り合ったんだ。」
 「そっか。篤史はスキーのインストラクターをやっていたよな。
殆どゲレンデに出ていたからな。じゃ、藤倉さんにスキーを教えて
いたのか?」
 「ちゃう。俺の教え方がおかしいって言っているおっさんがいた
から、ちょっともめてしまったけれど、それが藤倉さんだった。結
局、わかって頂いて仲が良くなったって訳。そして、この家を造る
お手伝いをさせていただいたんだよ。それで、久しぶりに藤倉さん
と会った時に啓介がここで働いていることを知ったんだ。藤倉さん
も俺たちが知り合いだったことを知らなかったようで驚いていたよ。
で、ここに来たってことだ。」
 「そうか、そうだったのか。篤史と俺は似た者同士って言われて
いたし、どっちも細かいところがありながら、動きが大胆で早いか
らな。多分、そこを藤倉さんは観ていたんだろうね。あの人は不思
議な人だな。」
 「うん。この前会った時にお前と俺は良いライバルだなって言っ
ていたよ。同じような性格だから、どこかでぶつかる時はあるだろ
うけれど、向かう方向は同じだねって。良い天敵だなってね。それ
で懐かしく思ってワザワザここに来たんだ。アハハハ。ただ、あの
人、俺たちが知り合いだったことを知っていたような気がする・・
・多分。」
 「フン。ワザワザは余計だろ。あっ、そうだな。あの人って不思
議なところがあるし、俺たちのことを知っていて、別々に誘ったん
じゃ無いのかな・・・多分。で、篤史は今何をして飯食っているん
だ?」
 「今、藤倉さんの紹介で、建物や建材の調査、管理の仕事をさせ
てもらっているよ。なんか、俺にピッタリ仕事だ。全国、いや、世
界にも行けるからな。エヘへ。」
 「へぇ~、いいなぁ~。世界か・・・俺もこの“白い家”の管理
と運営を任されながら時々料理の関係で全国各地へ行っているがね。
海外も、イタリアとフランスには何度か行かせて頂いたな。エヘへ。」
 「お前、変わらんなぁ。そうやってすぐに敵視というのか、対抗
心を燃やすな。でも。啓介らしいな。アハ。」
 「フン・・・。」
 「でも、篤史。俺たちって何か上手くオーナーである藤倉さんに
操られていないか?やっぱり、不思議な人だ。」
 「だな・・・。」
 「おい!いい加減にどこかに座ったらどうだ。うちの従業員が困
っているじゃないか。」
 「あっ。悪い。じゃ、あそこの席に行く。」

 と言いながら、このアツシという人は隅っこの1番席に行っちゃ
った。どうも、あの席にはこの家に縁が深いというのか、深くなり
そうな人が多いのよね・・・あっ、滝くんの口癖が出ちゃった。へ
へへ。

 「いらっしゃいませ。何にいたしましょうか?」
 「おっ。可愛いね。店員さんでしょ?そのファッション良いね。
全体がレース柄なんだ。でも、肝心なところはちゃんと隠している
んだね。残念。アハハハ。」
 「コラ!篤史!そのスケベ~な目はやめろ!バカが。」
 「いいじゃんか。可愛いものは可愛いんだから。ね、彼女。」
 「アハ。ありがとうございます。ところでご注文は・・・。」
 「じゃ、注文は、あなたとこの特性ミルクを下さい。ハハハ。」
 「うっ・・・かしこまりました。特性ミルクですね。それから、
“あなた”というメニューはありませんので。あしからず。エヘ。」
 「おっ。強いね。良いね。アハハハ。」
 「篤史、お前ではその子には勝てないぞ。ハハ。スケベ~が。」
 「ショウちゃん、特性ミルクを出してやって。このスケベなおっ
さんにね。」
 「は~い。」

 「おお、良いね、この庭。
 俺、ここには関わったけれど、完成したところを見ていないから
ね。今日はいい機会だからしっかり観ようと思ったんだ。俺が手配
した材がどんな使われ方でどんな役に立っているかね。」
 「そうか。篤史が手配をしてくれていたんだな。なかなかいい材
ばかりだぞ。オーナーもすごく気に入っていたね。ただ、まだまだ
これからだとも言っていたがね。」
 「うんうん。そうだろうね。この家を造るのにいろんなコトがあ
ったらしいし、俺も少しだけ体験したよ。藤倉さんの思い入れは半
端じゃないと思うよ。」
 「ああ、そうだな。とんでもない家を造ってしまったような気が
しているよ。俺もね。あの藤倉さんは何者だろうね。もう7年近く
なるが、いまだにわからん。篤史はどうだ?」
 「わからん。ただ言えることは、ヒトもモノもそして、コトもす
ごく大切にする人だということだね。それで十分だと思う。」
 「だな・・・。不思議な人だ。」

 『ニシさん。そして、篤史さん。この家が造られた時のことを思
い出しているのね。私は篤史さんがいなければここには存在しませ
んでした。それに、この“白い家”と関わることもなかったでしょ
う。本人は知らないようですが・・・。そして、ニシさんによって
進化させて頂いております。これも、本人はご存じないようですが
・・・。いろいろありましたね。本当に。』

 「ただいま~。」
 「あ~。滝くん、お帰り~。そっか。もうお昼だね。」
 「マキさん、久しぶりです。また、この家に、みなさんにお世話
になります。宜しくお願いします。ただし、前のようにカフェをお
手伝いできませんが、時々来ますので。マキさん、ショウさんそし
て、ユミさんにアキちゃん、よろしくね。」
 「うんうん。」
 「お帰りなさい、滝さん。うふ。」
 「また、宜しくね。モノに関しては俺にどうぞ。」
 「お久ね、滝くん。頑張って仕事をして下さい。」
 「アハ。やっぱり、みなさんはそれぞれ個性がありますね。エヘ
へへ。」

 『滝くん。お帰りなさい。お久しぶりです。これからは末永く宜
しくお願いします。うふふ。』

 「ん?みなさん何のお話をされていたのですか?」
 「えっ。あ~、この“白い家”が造られたころの話を少しね。そ
れと、みんな天敵がいるなぁ~って話をしていた。滝くんには天敵
がいるのかな?」
 「はい。天敵というほどじゃありませんが1人いますね。親友で
もあるけれど、ライバルでもあるから天敵かもね。マキさんもいる
の?」
 「うん。去年、突然来た外国人を知っているでしょ。あのシェリ
ーが私にとっての天敵であり、ライバルよ。また、ここに来そうだ
けどね。エへへ。」
 「あっ、そうですよね。綺麗な人だったですね。もう一度会いた
いなぁ~。」
 「フン・・・。」
 「ところで、この家にも沢山の天敵が居ますよね。使っている古
い材や新しい材そして、庭の材同士も結構競い合っているように感
じますよ。各部屋や庭を見るとその都度少し変化しているように感
じます。俺にもオーナーのように強い思い入れが出てきたというこ
とかな。。」
 「そうだな。」
 「アハ。ニシさん、その一言ですか。でもそうですよね。」
 「あのね。男2人で納得していないでよ。何か滝くんの雰囲気が
変わったね。少し大人になったような気がする。
 確かに、この家の中にも天敵同士は沢山いるだろうね。庭の苔1
つとってみても5種類以上あるから、互いに競い合っているような
気がするね。アレ?私も滝くんと同じようにこの家への思い入れが
一層強くなって来ちゃったみたい。エヘへへ。」

 『そうね。この家にも様々な材が使われているから、そんな仲の
材もいるでしょうね。私はあまり関わらないようにしています。先
ほど少し言いましたが、この家が完成するまでの2年間に沢山の出
来事がありました。でも、マキちゃんが言っていたように、庭の苔
たちも、木も、石も、今はここが気に入っています。お互いに意識
し合っていますが、上手く折り合いをつけて、この庭や建物に寄り
添っていますよ。オーナーである藤倉さんや建築に関わった人たち
の思いもあって、素晴らしい家や庭が完成したと思います。いや、
完成しつつあると思います。益々美しく、そして、癒さされる空間
と時を提供できるようになりたいと思います。』

 「お~い。お昼も一段落したし、約束通り、この“白い家”に関
していろいろ話してあげよう。集まってね。」
 「ニシさん。どうしたんですか?この“白い家”に関してとは・
・・」
 「あっ、滝くんは知らなかったか。この“白い家”が完成するま
でにいろんなコトあったんだよ。ちょっと怖いけれど、聞いてくれ
るかな?」
 「いいですよ。俺もオーナーから少し聞いていますから。」
 「そっか。それにこの家を造るのに深くかかわったヤツが偶然に
今日、ここに居るから一緒に聞けると思うよ。なっ!篤史。」
 「えっ、俺に振るなよ。俺は単にこの家の様々な材を手配しただ
けだからね。」
 「あっ。東山さんですね?オーナーから聞いています。私の先輩
である黒川竜司という者と一緒に材に関わられたんですよね。大変
だったらしいですね。」
 「あ~ぁ。君が滝くんか。藤倉さんからしっかり聞いているよ。
あの人の後を継ぐんだろ?頑張ってね。」
 「アハ・・・。」
 「じゃ、お話をいたしましょう。」
 「また、ニシさんの言い方が前の幽霊の時と同じだね。アハハハ
。」
 「マキちゃん。ちゃんと耳を塞がず聞いてね。ムフフ。」

 『あっ。ちょっと待って!この話は、次のステージでお話しいた
します。ニシさんだとワザと怖く話そうなので別の人物に登場して
いただきましょう。
 それは、今から6年と半年程前のことで、まだ、この家が存在す
らしなかった時にさかのぼります。滝くんもまだ大学に入学してい
ないころで、良く知っている先輩との出会いもまだのころです。
 それではみなさん。次の話をお楽しみに。少し長くなるかとは存
じますが、しっかりとお読み下さいね。じゃ、また。うふふ。』

『白い家と黒い家』そのⅠ

 『みなさん、こんばんは。“白い家”こと“白龍神”です。前の
話で西脇店長が皆さんに話そうとしていたこの“白い家”が完成す
るまで、いや、今の家になるまでのお話を西脇店長ではなく、その
当事者と言いますか、深く関わった人物に登場していただきまして
進めたいと思います。ただし、この話は少し長くなりますから、い
くつかに分けてお話を進めさせていただきます。が、一話は必ず読
み切って下さいね。途中でやめたりは決してしないで下さい。何が
起きても私は責任を負いかねますから宜しくね。うふふ。
 そう、そのキーとなる人物は、滝くんの先輩である黒川竜司とい
う人です。まずは、この黒川くんと白い家のオーナーである藤倉さ
んとの出会いからお話ししなければなりませんね。そして、この
“白い家”と私との関係も少しずつお話いたしましょう。もう一度
言います。一話毎は必ず全て最後までお読み下さいね。決して途中
でおやめならないように・・・・・。
 では、後ほどにお目にかかりましょう。何もなければのことです
が・・・ムフフ。』


 俺は、大学の3年。学生生活にも退屈をして暇を持て余していた
ころである。親友と地方の古い家や屋敷の調査をするアルバイトを
している時だった。

 「お~い。黒川。この家じゃないのか?先生が先に行ってろと言
っていたのは。」
 「あぁ、そうだな。何かすごく古いな。それにバカデカいぞ。幽
霊屋敷じゃないだろうな。山川、お前先には行って見ろよ。」
 「何故だよ。一緒に入ろうぜ。先生がもうすぐ着くから状況を把
握しておかないとね。」
 「なっ。今回のバイトはやめようぜ。何か嫌な予感がして来た。
頭が重い・・・。」
 「そっか。黒川。お前ちょっと変わっているからな。何か霊感の
ようなものを持っているんじゃないのか?前も同じようなことがあ
っただろう。あの時は急に家が崩れたんだよな。お前に止められな
きゃ俺はあの世に行っていたところだった・・・じゃ、入らずに表
で待っていようか。庭も広いしひと回りしてみようか?」
 「だな。その方が良さそうだ。どうも、嫌な気分だ。」
 
 そして、歩き始めた山川と俺は、広い庭を向かって右から回り始
めた。だが、どうも、誰かに見られている。いや、見つめられてい
るような気がする。それも、1人や2人じゃない、無数の目や視線
を感じられる。それは、この家のあらゆる窓から、庭の木や草の影
からも感じる。山川は何も感じないようだが、確かに誰かが居る。
間違いない・・・。
 俺は、幼いころに事故に会ってから、見てはならないもの、感じ
てはならないものを全て見て感じるようになっていた。今では慣れ
てしまっているが、やはり気持ちの良いものじゃない。この親友の
山川だけは理解してくれるが他の連中は気味悪がって、俺とは距離
を置くようになっている。しかし、俺だけが見たり聞こえたりそし
て、感じたりするのだろう。不公平だ。他の連中も体験してほしい
よな。そう、あなたの後ろにも、目の前にも、誰か居るよ。見られ
ているよ・・・。
 それにしても、この庭は広いなあ~。しっかり手入れをすれば素
晴らしく美しい庭だろうな。ここの住人の心を癒していたんだろう
ね。何か、ここでの暮らしが感じ取れてしまう。

 「お~い、黒川。ここにメチャメチャ沢山の白い小石が敷き詰め
られているぞ。雨や枯葉で汚れてはいるが良い石じゃないのか?お
前だったら建築学科だからわかるだろう?それに、この周りの苔も
いろいろな種類があるな。この家の持ち主はかなりこの庭には拘り
があったんだろうな。でも、どうしてこの家を手放したんだろう。」
 「そうだな。少し手入れをすれば十分に住めるだろうし、これだ
けの庭の材を集めるとなるとかなりの資金が必要だな。この家その
ものも良い材を使っているようだし、このまま放置して朽ちて行く
のは惜しいよな。どこかに移築してもいいと思うけれど。」
 「そうだ。確か、先生は言っていたけど、この家の調査を依頼し
てきた人は、この家を丸ごと購入する予定だそうだ。今日、その人
たちも一緒に来るらしい。これだけのデカい家と広い庭の材となる
とかなりの家が建築できるぞ。特に、ここのインテリアには興味が
あるね。」
 「アハ。山川、お前はインテリアデザインを専攻していたな。外
より中の方が興味があるよな。確か、家具や小物なんかもそのまま
だと先生は言っていたよな。しかし、この家は本当に大きいなぁ~。
3階建てか。家というより屋敷だね。何人住んでいたのだろう。」
 「だな。家政婦さんとか専属のシェフなんかも居たんだろうな。
何年ほど経っているんだろう。あっ、黒川。あれなんだろう?何か
石を積み上げられているし、その周りだけ綺麗に掃除をされている
ようだ・・・。」
 「ん?何かな?文字のようなものが彫られているぞ。・・・あっ。
頭が痛い。息も苦しい。山川。何か知らないけれどあまり近付かな
い方がいいぞ。危険な臭いがする。」

 そう、この石積みを見つけてしまったのが悪かった。・・・山川
は何も感じていないようだが、俺はそこに居られないほど苦しかっ
た。まさか、そんなことに関わるとは思いもしなかった・・・。

 「おい、山川。あまり近付かない方がいいぞ。俺はもう無理。」
 「ほう。黒川。この石積みは何か石碑のようなものじゃないのか
な。この文字は何と書いてあるのかな?え~っと、よく見えないな
ぁ~。ちょっと着いている苔を剥がしてみよう。・・・」
 「やめろ!触るな!」
 「ん?あ~ぁ、薄くなっているが何か書いてあるぞ。“黒”と
“龍”か・・・その下は良く見えないな。“黒龍”ってなんだ?こ
こで飼われていた犬かなんかなのかな?だとしたら、すごく大きな
墓だな。」
 
 山川がその石を両手で掴んで動かそうとした時、すごい突風が吹
いてきた。まるで、動かすなと言っているようで。山川に何もなけ
ればいいが・・・こいつは、考える前に行動するタイプだからな。
そういえば、この石碑のようなものは、この土地の北東の方角に据
えられているな。家相で言えば北東は鬼門の方角。やっぱり、これ
には触れない方が良かったかも・・・。何かからを守っているのか。
それとも、何かを封印しているのかな。あ~ぁ。山川のやつ、上に
乗っている石を動かしてしまった。知らんぞ俺は・・・。

 「黒川。これ結構重いぞ。1センチほどしか動かないな。この石
も買うのかなぁ。動かした時何か変な気分だった。アハ。」
 「おい、大丈夫か?何かわからんが、この石はこの家の鬼門の方
角に置いてあるぞ。気軽に触らない方が良いんじゃないのか。なん
ともないか?」
 「ああ、大丈夫だ。ん?鬼門?おいおい、それを早く言ってくれ
よ。何か気持ちが悪くなってきたじゃないか。黒川。お前も触って
おいてくれよ。祟りがあったら半分ずつになるからな。エヘへへ。」
 「バカか、お前は。こんなのは最初に触ったヤツが祟られるのに
決まっているだろ。」

 と言いながら、俺も興味があったので少し触ってみた。

 「あっ!」
 「ん?どうした黒川!顔が変わったぞ。キツイ目付きになってい
るぞ。・・・オイ!コラ!どうした?」
 
 その時、俺は何があったのかわからなかったが、目の前が急に暗
くなって、その向こうに誰かが居た。はっきりとした目が2つこち
らを見ていた。山川に顔を叩かれたので我に返ったが何かに引き込
まれそうになった。

 「ふ~。山川、ありがとう。ビックリした。」
 「そっか。良かった。お前、目がキツクなって飛んでいたぞ。今
は元に戻ったようだが、ちょっとヤバイな、この家は・・・」
 「アハ。お前みたいな鈍感なヤツでもそう感じるのか?じゃ、こ
の家はかなり怖いな。」
 「黒川が言った通り、今回のバイトはやめようや。インテリアに
は興味あるけど、中には入りたくない。いや、入ってはいけないよ
うな気がする。もっと、ヤバイことがありそうだよ。・・・
 おい、聞いてんのかよ、黒川。竜司さ~ん。コラ!」
 「あっ。悪い。聴こえてなかった。・・・というより、別の声が
聞こえてきた。よく聞き取れなかったが“ダレダオマエハ”ってい
うような声だったな。」
 「え~。ヤバイ。帰ろう、黒川。帰ろうよ。ちびりそう。」

 確かに聴こえた。太く、地の底から叫んでいるような声だった。
いったいこの家、いや、この屋敷は、土地は何なんだ。何かわから
ないが、変に興味が沸いてきた。誰かに呼ばれているような、引き
寄せられているような気がする。山川はかなりビビっているようだ
が、俺はさっきの頭痛や息苦しさも消えてしまって、早く中に入り
たくなっている。何故?

 「お~い。お前たち。もう来ていたのか。」
 「あっ、先生。おはようございます。つい30分程前に着きまし
た。ちょっと庭を見ていました。」
 「先生、久しぶりです。この前の調査では大変お世話になりまし
た。」
 「うん。黒川くん、山川くん、元気そうだね。前の調査の時は黒
川くんに助けられたなぁ。危なく山川くんと私はあの世行きだった
ね。アハ。今日は、お客さんを2人お連れしたよ。紹介するね。
 こちらが、藤倉さんと言って、この家を購入しようと考えられて
いるかただ。そして、隣が私の古い友人で東山というが、仕事は、
このような古い建材や庭材などの調査と売買をしている。お2人と
もに建築にはかなり造詣が深いから勉強になるよ。アハハハ。」
 「あ~ぁ。おじさん。弘おじさん。お久しぶりです。優司です。
こんなところで会えるとは・・・」
 「おっ。優司か。ハハハ。久しぶりだな。そっか、お前も瀬山先
生のゼミを聴講していたのか。それに、バイトもやっていたのか・
・・。」
 「えっ。藤倉さん。この山川とはお知り合いだったのですか?」
 「ええ。私の妹の息子です。いわゆる、私の甥っ子ですね。でも、
このバイトをやっているとは・・・お前にそんな根性があったのか。
これがバレたら順子に叱られるぞ。もっと安定したバイトをやれっ
てな。アハハハ。」
 「おじさん。内緒にしておいて下さい。このバイトちょっとヤバ
イところもあるけど、実入りはすごくいいんですから。だけど、今
日のバイト代はおじさんからもらうのですよね。ちょっと割り増し
でお願いします。エヘへ。」
 「ん?何で?」
 「すぐにわかりますが、この家というか、屋敷はヤバイですよ。
普通じゃないですよ・・・。あっ、先生。すみません。こんなこと
を言ったら商いができませんよね。」
 「アハハハ。商いじゃないよ。古い建築物の調査だよ。その費用
を私が援助しているんだよ。それに、全てわかっていて購入するつ
もりだからな。優司、心配するな。全て先生から聞いている。」
 「えっ、先生。この家のこと全部調査済みですか?じゃ、庭にあ
る石碑もご存知なんですか?どうして俺たちを呼んだんですか?」
 「アハ。黒川くん。調査済みと言っても、実際にここに来たのは
今日が初めてだし、全て、この地の噂話や役所のある資料での調査
だからね。やっぱり現場をしっかりと観ておかないとね。」
 「役所の資料ということは、この屋敷はかなり古いのですね?何
年経っていますか?」
 「そうだね。はっきりしたことはわかっていないが、資料ではや
たら転売がされているから、多分、150年から180年くらいの
前で、幕末の黒船来航のころかな。いや、もう少し前かもわからん
がね。ここの建材を観ないとわからないなあ。ただね、この家の材
は、どうも使い回しをされていたようで、いわゆる、再生材が多く
使用されているんだよ。いろいろな所から持ち込まれてようだね。
300年以上前のものもあると思うね。まっ、藤倉さんたちはそれ
が狙いのようだがね。」
 「アハハハ。その通りですよ、先生。今度建てようとしている家
は、全てじゃないけれど、古い再生材を中心に使おうとしています。
建物や庭に使われていた材をもう一度蘇らせようと思うのです。も
ったいないという発想じゃありませんよ。大切にするということで
す。その材たちにも生きてきた歴史があり、まだまだ生きる権利は
ありますからね。」
 「うんうん。その通りですよ。藤倉さんの言う通り。だから私は、
この家を紹介したいのです。じゃ、中に入りましょうか。」
 「ん?ちょっと待ってください。黒川くんと言ったね。それに優
司もだけど、庭で何かあったのか?ちょっとこっちへ・・・。」
 「えっ、何でわかるの?おじさん。」
 「そっ、どうして庭で何かあったとわかるのですか?」
 「やっぱり。・・・2人とも顔が変だぞ。ちょっと後ろを向いて、
頭を軽く下げなさい。前で手を組んで。静かにゆっくりと息を吸っ
て。そして、ゆっくり吐いて~。」

 と言いながら、藤倉さんは俺たちの背中を3度叩かれた。すると、
何か身体から抜け出たようで、すごく気分が良くなったようだ。
 あぁ、スッキリしたぁ~。

 「よし。これでいいね。じゃ、中に入ろうか。」
 「え~、なんか身が軽い。アハ。おじさん、何をやったの?」
 「ん?簡単な除霊だよ。2人とも何かに入り込まれているようだ
ったからね。特に、優司、お前は危ないところだったぞ。このまま、
中に入っていたら出て来れなくなったかもわからないぞ。アハハハ。

 「え~。ヤバイ。俺、やっぱり帰る。」
 「山川、今更何を言っているんだよ。お前のおじさんも一緒だか
ら大丈夫だ。何かあったら藤倉さんは特殊な力をお持ちのようだし
ね。」
 「・・・わかったよ。」
 「あっ、入る前に、君たちが観ていた石碑に案内してくれるかな。
ちょっと気になるから、先に観ておこうか。」
 「は~い。」

 「こちらです。ん?先生、どうかしましたか?」
 「これは・・・この家なのか、土地なのかわからないけれど、3
00年前どころか、その倍、いや、1000年近く経つようだ。何
かありそうな所ですね。この石碑で、多分、“龍神”を封印してい
るものじゃないかな。刻まれている文字はかなり昔の書体のように
見えるが、古すぎる。それに、“黒龍”と彫られている下には、お
そらく“神”でね。そして、下に敷かれている石は竜の形が残って
いるよ。ん?誰か動かしたのか?山川くんだな。」
 「アハ。すみません。つい興味があって、触ってしまいました。」
 「そうか。それでわかったね。黒川くんと優司が、これに触れた
んだね。その時に何か起らなかったか?」
 「ああ、そういえば突風が吹いて、そして、黒川が何か見たって
言っていたな。何だっけ?」
 「う・・・もう忘れたのか、山川。暗闇に目が2つだよ。それに
“ダレダオマエハ”という声も聞こえてきました。その後は頭痛や
息苦しさが消えて何もなかったのですが。」
 「その頭痛や息苦しさは、近づくなという忠告だよ。それが消え
たということは、とりつかれたということだね。でも、軽くとりつ
かれていただけだから、さっきの除霊ですぐに立ち去ったが・・・
この家や庭には沢山の霊や魂が居るね。すごく多いよ、これは。
 ん?ちょっと見て。向こうの隅っこにも石が積まれているね。」

 そう言いながら藤倉さんは、スーッとその石の前に立たれた。い
つの間にそこまで行かれたのだろう。音もしなかったような気がす
る。この人はいったい何者なんだ。後で山川に尋ねてみよう。

 「やっぱり、ここにも同じようは石碑がありますね。先生、この
文字は読めますか?なんと彫られていますか?」
 「ん~。多分、“白龍神”だね。さっきの石碑が北東だとしたら、
これは北西に置かれているね。
 あっ、そうか。“白龍”は大昔から西方を守る神として、崇めら
れていたんだよ。その石碑だね。・・・じゃさっきの“黒龍”とは
何だろう。白に対して黒。真逆のように感じるがね。それに、黒の
方は鬼門の方角である北東に置かれていたから、この白とはやはり
逆の位置。何やら対峙しているような気がしますね。
 藤倉さん、申し訳ございません。こんな物件を紹介してしまって。
もう中止して帰りましょうか?」
 「いや。何やら面白くなって来ましたね。この庭を一回りしたら
中に入って見ましょうか。アハハハ。
 おい、優司。一緒に入れよ。」
 「え~っ・・・」
 「あの~。俺は外で待っていますから。いいですよね?こういう
のは苦手なんですよ。藤倉さん、いいですよね。」
 「ダメ!東山くん。一緒に来なさい。君に依頼した物件なんだか
ら、最後までしっかりと案内して下さい。アハハハ。」
 「は~い。了解です。藤倉さん。俺から離れないで下さいね。・
・・」

 「じゃ、瀬山先生、みんな、入りましょうか。確か照明は点灯し
なかったのですね。各窓が殆ど開いているし、懐中電灯もあるから
大丈夫ですか。でも、3階まで観るのは今日一日かかりそうですね。
各材のチェックもしないといけませんから結構時間が必要ですね。」
 「そうですね。それじゃこの玄関から入りましょうか。この玄関
はかなり広いようですね。この平面図を見ると10畳くらいはあり
そうです。一応、管理人が掃除をしてくれていますが、足元には気
を付けてください。薄暗いようですから。」
 「瀬山先生、10畳は土間部分だけの広さですか?広いですね。」
 「そうだよ。山川くんはインテリアに興味があったんだったね。
じゃ、しっかり観ておいてね。後でレポートを提出してくれる?ア
ハハハ。」
 「えっ~・・・。」
 「うん。それが良いな。参考になるよ。優司、頼む。」
 「じゃ、建物そのものは、黒川くんにお願いしようか。アハ。」
 「えっ。俺も?先生、それってバイト代とは別の経費ということ
でお願いします。エヘへ。」
 「いいよ。私が出しましょう。」
 「ありがとう。おじさん。」
 「すみません。藤倉さん。その代りしっかり観させて頂きます。」
 「うんうん。黒川くん、優司、頼むね。」
 「じゃ、私から入ります。」

 そして、瀬山先生を先頭に5人が順番に入ろうとした時、どうも
中から手招きされているような、いや、“いらっしゃいませ”と言
われているような気がする。この藤倉という人はニコニコしながら
入って行かれるがどういう人物なんだろう?
 でも、さっきの石碑の“白龍”と“黒龍”の名前がすごく気にな
る。かなり、怪しいところ来てしまったのではないだろうか・・・。
 えっ。入ろうとしているのは、確か、5人だったよな。何かおか
しい・・・もう2人一緒に入ってきたような気がする。この玄関土
間はかなり広いが薄暗いからよくわからないけれど、もう2人居る。
だれ?
 ん?藤倉さんも気付いているようだ。どこだ。どこに居る。
 う~。俺の真横に息遣いを感じる。ヤバイ!こっちを向いている
ような気がする。あ~ぁ、脚が動かない・・・。
 あなたは、家に入る時にもう1人誰かが一緒に入って来たことは
ありませんか?それは、だれ?

『白い家と黒い家』そのⅡ

 「おい!黒川くん。大丈夫か?」
 「あっ。ありがとうございます、藤倉さん・・・。どうしたんだ
ろう。」
 「黒川くんも感じていたんだね。2人一緒に入って来たね。何者
なのかわからないが、すごい力を持った“霊”のようだ。逆らった
り怖がったりし過ぎない方が良いと思うな。さっき、黒川くんはそ
の2つの“霊”を意識し過ぎたようだから動きを止められたようだ
ね。もう少し気楽にそして、素直に向き合ったら何もしないと思う
よ。悪霊じゃなければね。
 ん?男の“霊”だと思っていたが、1つは女だね。かなり力の持
っているようだ。」

 と言いながら、藤倉さんは、この10畳程の土間をぐるりと一周
されたかと思うと、4隅に塩をまかれたようだ。この人は霊媒師な
のか?かなり“霊”に詳しそうだし、何か親しみを持って接してお
られるように感じる。

 「いいかな?黒川くん。大丈夫?」
 「はい。大丈夫です。」
 「じゃ、土足で構わないから上にあがろうか。藤倉さんも東山さ
んもいいですか?」
 「いいですよ。まず応接室へ行きましょうか。床材は殆ど傷んで
はいないようですね。藤倉さん、これなら十分に再利用できます。
それに、全て無垢材のようですね。」
 「そっか。東山さんが言うのだから、かなり良い材なのかな。」

 そして、重そうな大きな両開きの扉を開けると、そこには広い応
接の空間があった。天井が高く、格天井になっているし、窓は天井
との境目まである。そのため、外の光が十分入ってしっかり明るい。
ただ、まだ夏だというのに寒いなぁ。天然の冷房か?この家の構造
がそうさせているのかな?
 ん?山川がキョロキョロしているが、何か見つけたようだ。やっ
ぱりインテリアが大好きなんだな。
 「先生~。これってすごく古いソファですよね。それにチェアも
同じデザインですが、骨董品と言ってもいいくらいですよね。しか
も、全部で30席程ありますよ。床は何も敷いていませんが、何か
敷かれていたようですね。そうじゃないと全体のコーディネートバ
ランスが変ですね。」
 「ああ、流石だね、山川くん。その通り、床にはペルシャじゅう
たんが敷かれていたらしいのだが、傷みそうだから畳んで別のとこ
ろに置いていると聞いているよ。それに、家具は全て白い布で保護
しているだろ。さっき、山川くんは中を覗いていたようだがね。こ
の家具は明治の後期にヨーロッパから輸入したものらしいね。年代
からいうとアール・ヌーボーからアール・デコのころの様式だね。
ほら、そこの照明もステンドグラスやガラス工芸のものもあるだろ
う。家具とほぼ同じ時代も物だね。」
 「あ~、そうですね。このスタンドライトは、エミール・ガレの
ものですね。明かりが付いたら美しいでしょうね。ちょっと、触っ
てもいいですか?」
 「いいよ。壊さないようにしてくれよ。隣に購入者がいるからね。
アハハハ。」
 「コラ!優司。やたら触るなよ。壊したら弁償してもらうぞ。お
前の小遣いでは到底無理だろうな。あは。」
 「それを言われたら、触れないよ。おじさん。」

 ん?何か変だぞ。この部屋が夏だというのに寒いのは良いとして
も、全体に光が入っているはずの空間に所々が暗いというか、影の
ような所があるな。しかもその影は、少しずつ動いているように思
えるが・・・。山川が近付くとスッと横に動いているようだ。山川
は気付かないのかな?俺だけが見えるのか?また、これか。何で俺
だけが見えてしまうのか・・・ふ~。
 えっ。俺の左肩を誰かの手が・・・
 ゆっくりと振り向くと・・・あ~ぁ、藤倉さんだったのか。驚か
さないで下さいよ。まったく。

 「ん?藤倉さん。何か?」
 「君にも見えるのだね。あの影が・・・。見えているよね?・・
・でも、見えるのは、どうやら私と君だけのようだね。内緒にして
おこう。いいね。」
 「あっ、はい。わかりました。」

 えっ。俺だけかと思っていたけれど、藤倉さんにも見えていたん
だ。この人にも俺と同じ能力があるんだ。何か、嬉しい・・・。

 「優司。ここのインテリア用品を全て撮影しておいてくれるかな。
それと、簡単でいいから寸法も測ってくれ。あの大鏡もね。それに、
スイッチや取っ手にツマミなどもしっかりと撮っておいてね。その
コンセントカバーは陶器でできているんだね。珍しいから撮影して
おいて。東山さんに手伝ってもらえよ。東山さん、よろしく。」
 「はい。細かくチェックした方がいいでしょうね。お任せくださ
い。」
 「え~、俺が全部撮影するの~。」
 「アハ。俺も手伝うよ、山川。」
 「サンキュー、黒川。」
 「ただし、俺が撮影すると、何が映っているかわからんぞ。それ
でもいいかなぁ~。ムフフ。」
 「あっ、そうだったな。遠慮するよ。エヘへ。お前、前も撮った
時に、よくわからん白い球のようなホコリのようなのが沢山映って
いたよな。それに、白い布のようなものや、閃光のような光もな。
先生もそうだけど、他の研究員の人たちも気味悪がっていただろ。
あれ以来、研究員たちはお前や俺に近づかなくなったんだぞ。」
 「そっか。悪い。エヘへへ。じゃ、撮るのはやめて、セッティン
グや光の取り込みなどを手伝うよ。」
 「うんうん。よろしく。」

 アレ?あの影たちが一か所に集まりだしたな・・・。何か、話し
合っているかのように感じる。あ~、一斉にこっちを向いているよ
うな気がする。目はわからないが、少し怯えているような、警戒し
ているような雰囲気が漂っている。何故?

 「黒川くん。ちょっと気を付けてね。さっき、私たちと一緒に入
って来た2つの“霊”がすぐ後ろに居るよ。・・・どうも、あの影
たちを睨んでいるように思える。ひょっとして、あの2つの“霊”
がこの空間である家や庭を支配しているんじゃないかな。私も、久
しぶりに恐怖を感じるよ。」
 「藤倉さん・・・。」

 久しぶりって・・・藤倉さんは、こんな体験を度々経験している
のかな。確かに、あの影たちは怯えているようだ。いったいこの2
つの“霊”は何者?そういえば、庭にあった2つの石碑の“白龍神”
と“黒龍神”というのは、やはり“神”なのか?そして、あの2つ
の“神”がここに居る他の“霊”や“魂”支配しているのか・・・。
だとしたらこの家や空間から逃げればいいじゃないか。それができ
ないということは何かあるな。

 「よし、次のダイニングやキッチン、それに、納戸を観ようか。
藤倉さん、ここはもういいですか?」
 「はい。結構です。東山さん、リストの作成を頼むね。細かいと
ころや物もよろしく。」
 「はい、わかりました。山川くんと協力してリストアップします。

 そして、次の部屋であるダイニングとそれに隣接するキッチン、
納戸やトイレを観ることになった。が、どうもこの影たちは、俺た
ちに何かを伝えたいのか、常についてくるようだ。それに、ダイニ
ング空間にも多くの影が居るようで、少しずつ増えてきたように思
える。別にこちらに敵意があるようには感じないが、問題は、一緒
に居る2つの“霊”である。時より、藤倉さんや俺の目の前を横切
って何やら威嚇しているようだな。藤倉さんも何かイラついている
ようで“霊”の方を見て睨みつけている。強い!この人はその“霊”
よりも強いのではないだろうか。この“霊”の正体はなんだ?知り
たくはないが興味が出てきた俺は変人かな。
 ん?このダイニングは、さっきまで使用されたのだろうか。ウエ
ルカムプレートも置かれていて、テーブルコーディネートもされて
いる。まるで我々が来るのをわかっていて、準備されていたように
思える。

 「アレ?テーブルセッティングがされていますよ。どういうこと
でしょう?藤倉さん。」
 「先生。我々が来ることをここの家主にお話をされましたか?た
った今、セッティングされたように見えますが・・・。テーブルの
上に飾られている花や緑も本物のようですしね。」
 「いえ。一任されていますから、伝えていませんよ。」
 「あっ。先生。この花や緑は全て、この庭にさあるものですよ。
確かに、今摘み取ったかのように見えますね。いったい、誰が・・
・。」
 「おいおい、山川。本当かよ・・・じゃ、誰がやったんだよ。」
 「どうもおかしいね。この家にはいったい誰が住んでいたのです
か?先生は今の家主から何か聞いていませんか?」
 「はぁ~。実は・・・今の家主と言いますか、持ち主の方は、こ
こに住んだことがないんです。その前の人も同様ですね。およそ、
30年近く空き家だったようです。それにしてはしっかりとケアさ
れていますから不思議です。普通だったら、全く住んでいなかった
ら朽ちて行きますよね。毎日ケアすればいいですが、聞いてみると
どちらの持ち主も月に一度くらいしか来ておられないようで、その
時のみ、庭やインテリアを手入れしていたそうなんです・・・。そ
んな程度でこの大きな家を維持できるのでしょうか。ただね、来る
たびにこの家が手入れされているので不思議に思っていたらしいの
ですが・・・。」
 「・・・そうですか。やはり思った通りのようですね。この家は
・・・」
 「えっ、藤倉さんは、何かわかったのですか?」
 「はい、瀬山先生。・・・ちょっと確認なんですが、この家の外
回りとか壁や屋根は水洗いなどの掃除業者を入れたことはあります
か?それに、インテリアの床にもクリーニング業者などを入れまし
たか?」
 「いえ。私の知る限り、この半年は業者を入れていません。だか
ら、今日、来た時は驚きました。インテリアの床にはホコリも貯ま
っているだろうから足元に気を付けないと思っていたのですが・・
・土足で歩くのもどうかなと思うくらい綺麗に掃除されていました
し、外も誰かが水洗いをしたかのように、殆ど汚れがありません。
庭も草は生えていますが、短いし、あの2つの石碑の周りだけは昨
日に掃除したかと思うほどでしたね。ただ、石に着いている苔だけ
はそのままでしたから石そのものには触れていないのでしょうね。
いったいどういうことなのでしょうか?」
 「はっきりとはわかりませんが、もう少し部屋を観ていきましょ
う。その答えが出てくるかもわかりませんね。」
 「えっ。出てくる・・・ですか?」
 「はい。現れると言ってもいいかもわかりませんね。ムフフ。」

 「おじさん。ダイニングとキッチン、それに納戸やトイレも撮影
が終わったよ。後は、細かなリストを作成すればいいよね。」
 「ああ、そうだな。」
 「ん?山川くん。どうした?」
 「全空間が綺麗なんですよ、先生。今、掃除したかのようで。そ
れに、今考えて見ると全窓のカーテンが開いているんですよ。だか
ら外の光がしっかりと入っています。納戸も引き戸が開いていて、
そこに外の光が入っていて、何か、どうぞ観て下さいと言われてい
るようで不思議です。」
 「そうですよ。山川の言う通りで、我々が来ることを知っている
誰かが、出迎える準備をしているかのように思えました。何か変で
すよ、この家というか屋敷と庭は・・・。」
 「・・・・・。」
 「まっ、いいじゃないか。歓迎されていると思えば。アハハハ。
よし、次を観ようか。先生、次はどこですか?」
 「あっ、はい。次は和室二間です。客間としてハレの場として使
用されていたようですね。10畳と8畳と床の間で構成されていま
す。襖の絵や欄間、付け書院も美しいらしいですよ。写真では観ま
したが細かなところまではわかりませんでした。じゃ、行きましょ
うか。玄関を挟んで向こう側です。そして、その北側には仏間と奥
には家政婦さんの部屋が2つあります。」
 「じゃ、行きましょう。東山さん、所々の扉を開けてくれるかな。
少し風を入れた方が良さそうだ。」
 「はい。了解です。」

 東山さんが窓を開けると気持ちの良い風が入って来た。夏ではあ
るが涼しい風でホッとする。
 えっ。窓を開けて次の窓を開けるころには先に開けたはずの窓の
扉が自然にゆっくりと閉まって行く。何で?風のためかな。山川が
ボ~っと立ってそれを眺めている・・・。

 「おい!山川。どうかしたか?今、窓の扉がゆっくりと閉まらな
かったか?お前見ていただろう。」
 「・・・・・」
 「おい!聞いているのか?」
 「あっ、悪い。今、その窓が閉まりかけたんで止めようとしたら、
複数の手が現れて・・・え~。なんなんだこれ!真っ白な手がいく
つも出てきたよ。見ちゃったぁ~。あああああ。」
 「おい!しっかりしろよ!山川。おじさんに伝えてくるから・・
・。」

 「藤倉さん、山川のヤツがおかしくなっています。こちらに来て
頂けませんか~?」
 「ん?おかしくなった?まっ、前からおかしかったがね。アハ。
黒川くん、優司に深呼吸させて下さい。そして、水を少し多めに飲
ませて下さい。そうすれば落ち着くでしょ。そんなに弱い子じゃあ
りませんから、丈夫ですよ。」
 「は~い。」
 
 山川に深呼吸をさせて水を飲ませたら、不思議に落ち着き始めた。
何故?藤倉さんは、いったい何者?そして、その甥っ子の山川もち
ょっと変なヤツだし・・・この藤倉一族って何かありそう・・・。
あっ、俺も同類か・・・アハ。

 「ふ~。ありがとう、黒川。ちょっとびっくりしただけだよ。パ
ニックってしまった。でも、不気味な手じゃなかったよ。そっと出
てきたし、ゆっくり閉めだしたからね。何か申し訳なさそうに閉め
ているように思えた。アハハハ。」
 「そっか。お前は楽天家だな。藤倉さんがさっき言った意味が分
かったよ。アハハハ。」
 「ん?何?」
 「お~い。2人とも早く来なさい。ダイニングの扉は開けたまま
にしておきなさい。」
 「は~い、先生。」

 俺たちが和室へ向かおうとした時、目の前を黒い布と目が横切っ
たように感じた。いや、見てしまった。ん?今のは一緒に入って来
た2つの“霊”のひとつだな。いや、1人と言った方が良さそうだ。
・・・えっ、その後に白い布のようなモノもそれを追いかけるよう
に横切ったようだ。あ~ぁ、その勢いのためか、影たちが一斉に散
ってしまった。
 あっ。東山さんの携帯電話が鳴った。マナーモードにしていなか
ったのかぁ。なんか、ニコニコしながら話しているようだ。

 「はい、わかりました。じゃ、藤倉さんと相談した上、お伺いさ
せていただきます。少々お待ちください。」
 「藤倉さん。今、不動産屋から連絡が入っているんですが、前に
言っていた丈夫な床材が見つかったらしいんです。なにか、公民館
で体育館としても使用していたようですが・・・」
 「そっか。じゃ、東山さんはそっちへ行って物件の明細を確認し
てくれるかな。ここは、4人でやれるし、お昼には助っ人が来るか
らね。」
 「は~い、わかりました。じゃ、さっそく行って来ます。どうや
らここに近いようですから・」
 「お待たせいたしました。今からその物件を観させて頂けますか?
・・・はい、了解です。じゃ、現地で待ち合わせましょう。」

 と言いながら、東山さんは何か嬉しそうに見えるな。確かに、こ
の不気味な家に居るよりは違う物件の方が気分が楽だよね。でも、
そっちの方も同じだったりしてね。エヘへ。

 「じゃ、瀬山先生。それに、山川くんに黒川くん、ここで俺は失
礼します。頑張って下さい。エヘへへ。」

 あ~ぁ。サッサと言ってしまった。よほどここが怖かったのかな
ぁ~。

 「それじゃ、お昼までにこの和室と奥の部屋や中庭を観ましょう
か。」
 「そうですね、瀬山先生。アレ?黒川くんはどうかしたのかな。」
 「いえ、さっき、黒と白の布のようなモノが目の前を通り過ぎて、
あの影が一斉に逃げたように感じたのでその行方を確認しようかと
・・・」
 「そっか。でも、それはやめた方が良さそうだよ。ほら、あれを
見て。」

 藤倉さんが指さす方を見ると、和室の隅に大きな黒い影の固まり
が居た。何やらうごめいているように感じる。そっか、さっき逃げ
た影たちがそこに集まっているんだ。どうやら、今の黒と白の“霊”
のようなモノに対してかなり怯えているような気がする。

 「そうですね。藤倉さんの言う通りであまり詮索しない方が良さ
そうです。やめておきましょう。」
 {ん?何?なんのお話し?おじさんと黒川は何を見ているの?}
 「アハ。山川には見えないよな。お前が見てしまうと、またパニ
ックになりそうだ。アハハハ。」
 「優司。早く撮って、寸法をチェックしておけよ。それに、向こ
うの中庭も撮っておいてね。」
 「は~い。何か2人の秘密っぽいなぁ~。
 あっ、先生、中庭の写真を撮りますから、ちょっと横に外してく
ださい。そそ、そこでいいですよ。・・・良い庭だなぁ~。苔がす
ごく綺麗だね。」
 「うん、そうだね。」

 と言いながら、瀬山先生は山川の後ろから声をかけた。

 「えっ・・・先生は俺の後ろに居たのですか?・・・じゃ、さっ
きのレンズを通してみたモノは何?いや、誰?・・・え~ぇ、俺も
見ちゃったのかな。」
 「アハハハ。お前も、俺や藤倉さんの仲間入りだな。霊感を鍛え
なくっちゃな。」
 「いやだよ。そんな力遠慮するよ。今のは見なかったことにしよ
う。うん、見なかった。」

 山川。もう遅いぞ。お前には沢山の影が着いているぞ。小さいの
や大きいのがね。かなり、お前のことが気に入ったようだな。そう
いえば、庭の“黒龍神”と彫られた石碑を最初に動かしたのは山川
だったな。やっぱり、とりつかれているようだ。しかし、この畳は
長い間、敷かれていたはずなのに綺麗だ。触っても気持ちが良いな。
何故?

 「こんちわ~。誰か居ませんか~。藤倉さ~ん。」
 「おっ、お昼が来たか。アハハ。こっちだよ、西脇さん。その土
間に向かって右側の部屋に居るから来てくれるかな。」

 ん?誰か来たようだね。しかし、大きい声だ。お昼と言っていた
けれど・・・腹減った~。

『白い家と黒い家』そのⅢ

 「調度いい時間のようですね。みなさん初めまして、西脇と言い
ます。今、藤倉さんにお世話になっています。よろしく。お昼ご飯
をお持ちいたしました。おなかがすいているでしょう。エヘへ。」
 「あっ、黒川です。」
 「山川です。藤倉の甥っ子です。宜しくお願いします。腹減った
ぁ~。アハ。」
 「瀬山です。ワザワザありがとうございます。」
 「この西脇さんは、長野で知り合ってね、今度造る家の管理や運
営を任せようと思っています。だから、この家も観ておけばと思っ
て来てもらいました。彼は今、私の依頼で料理学校にしばらく通っ
て頂いています。再生の家にはカフェも作ろうと思っていますから、
そこも任せようと考えています。よろしく。」

 へぇ~、そうなんだ。この家の材やさっき言っていた公民館の材
などを使用して再生の家とカフェを造るのかぁ。なんか面白そう。
でも、西脇という人は何者なんだろう。メッチャカッコイイし、モ
デルのようだね。これで料理が出来たら、今の時代だとすごくモテ
そうだね。アハ。
 アレ?もう1人一緒に来られているね。

 「こんちわ~。お邪魔します。」
 「おお、由美ちゃんじゃないか。えっ、どうしてここに?」
 「エヘへ。藤倉さん、お久しぶりです。四国の松山以来ですね。
あの時は大変お世話になりました。おかげさまでいい小物が沢山手
に入りました。で、ここにもいろいろとモノが居るとニシさんに聞
いたものですから来ちゃいました。俺の実家もこの近くなので・・
・。」
 「あ~ぁ、そうか。由美ちゃんは岐阜高山だったね。でも、その
身体で大丈夫なの?今、何か月になる?」
 「はい。大丈夫です。8ヶ月ちょっとになります。まだ出て来な
いようだから・・・。アハハハ。」
 「そっか。でも、この家は妊婦さんには刺激が強すぎるように思
えるのですが、いいんですか?」
 「黒川くん。心配しなくてもいいよ。この女性はかなり強い人だ
から、少々のことには動じないから大丈夫だ・・・ねっ。」
 「はい、大丈夫!俺、こんな家大好き。“霊”がいっぱい居るね。
すごく感じる。見えないけれどね。アハハハ。」
 「えっ。“霊”ですか?幽霊が居るんですか?」
 「アハ。西脇さんはちょっと怖がりだからなぁ~。由美ちゃん、
宜しくね。」
 「は~い。」
 「じゃ、調度お昼だし、食事にしようか。」

 そう言って、藤倉さんは、さっきのダイニングへ向かって行った
。いいのかなぁ、ダイニングで食べても・・・
 アレ?さっき見た時は、ウエルカムプレートが5枚だったのが、
今は6枚になっている。今、6人いるけれど、何故?
 そういえば、さっきは5人だったよな。それでプレートが5枚だ
った・・・。
 えぇ~、誰がセッティングしたんだ。

 「へぇ~、藤倉さん。用意が良いですね。ウエルカムプレートま
であるじゃないですか。・・・それじゃ遠慮なくセッティングしま
すね。」
 「ほう。これはいいね。気遣ってくれたね。先生、ここは電気は
来ていないようだけど、水は出るのですか?このテーブルを使った
後で拭きたいのですが・・・」
 「いえ、ライフラインは全て止まっていますよ。でもいいじゃな
いですか。後でご近所から水をお借りしてきますから。」
 「・・・先生は、細かいようで大胆なんだなぁ~。アハハハ。」
 「ん?黒川くん、何か?」
 「おい、山川。今まで撮影した写真を見せてくれないか?今ある
程度、モノのリストを書き出しておくから。」
 「ああ、いいよ。もう60カット程撮ったかなぁ。このペースだ
と全て撮るのに200カットくらいになりそうだ。」
 「ん?山川。何だこれは?お前フラッシュを使ったか?」
 「いや、外光のままだよ。どうかしたか?・・・」
 「あ~、何だこれ!すごく綺麗で鮮明に撮れている。こんなに室
内が明るかったかなぁ~。俺の腕か。アハハハ。」
 「アホか。お前にそんな腕は無い!前にも俺が撮ると“霊”が映
るからと言って任せたら、メチャクチャだったろ。・・・
 でも、綺麗に撮れているなぁ。何かちゃんとセッティングされた
ようだし、ライティングもいいじゃないか。これだと細部まで良く
わかるな。」
 「ん?どれどれ。俺にも見せてくれる?」

 そう言いながら、由美さんという人は、カメラを取り上げてすご
く真剣に見ている。よほどモノが好きなんだ。ニコニコしておられ
る。しかし、何であんなに綺麗で鮮明に撮れたのだろう。まるで、
“どうぞ、しっかり観て下さい”と言われているようで不思議だ。
あっ、藤倉さんも一緒になって見ているね。

 「優司。この写真を撮る時に何かなかったか?撮る前でも後でも
いいから。どうだ?」
 「いや別に・・・あっ、そういえば、構えた時に誰かが後ろに居
た様な気がしたね。黒川かと思っていた。それに、シャッターを押
そうとしたら、先に押されてしまった。いや押す前にシャッターが
下りちゃったな。俺がまだ押していないのに、おかしいなぁ~と思
っていた・・・。
 あ~ぁ、応接の椅子だけど、セットして撮ろうとしたら動いたこ
とがあったよ。なんか“こっちから、撮ってね”って言われている
ようで面白かった。エヘへ。」
 「山川。お前はやっぱり楽天家だな。そんな時は普通だったら怖
いだろう。急に椅子が動いたら誰でも気味悪いだろうが。」
 「いや、そうでもないよ。何かアシストしてくれているようで楽
だった・・・。」
 「・・・もういい。」

 「じゃ、セットできたようだし、みんなで食べようか。あっ、そ
うそう、西脇さん。あと2セット用意してくれるかな。少し余分に
持って来たんだろう?西脇さんなら多分そうだと思うし・・・」
 「アハ。わかりましたか。はい、2人分ですね。でも何で?」
 「ん?あと2人そこに居るからね。手はつけられないと思うが礼
儀としてね。」
 「・・・・・」
 「食べ終わったら、2階へ行こうか?山川くんと黒川くん、あま
り食べ過ぎないようにね。眠くなってもここでは寝ない方がよさそ
うだからね。アハハハ。」
 「アハ。先生。この前の調査の時に寝てしまって金縛りにあった
のをまだ覚えていたんですね。あれ、怖かったですね。」
 「そうそう、山川くんは、全く動けなくなったからね。今回も同
じことが起こると大変だしね。」

 おっ、美味しい。西脇さんはかなり料理が上手いようだ。すごく
繊細に作られているね。何かさっきまで居た東山さんに似た雰囲気
の人だ。

 「よし。みんな2階へ行こうか。由美ちゃんはどうする?この1
階にあるモノたちを見て回る?西脇さんが横に居るから大丈夫だと
思うが、どうする?」
 「そうですね。じゃ、先にこの1階のモノたちを観せていただき
ます。ニシさん、ボディーガードを宜しくね。」
 「よっしゃ、任せなさい。でも、ちょっと怖い…。アハ。」

 そして、俺たち4人は2階の第2応接室とゲストルームにバスル
ームを観にあがって行った。が、もう1人1階に残しておくべきだ
ったように思える。妊婦の由美さんのことが気になるなぁ。どうも、
あの西脇さんは東山さんと同じく結構怖がりのような気がする。

 「ニシさん。この家って、何か怖いね。いろんな“霊”が居るよ
うな気配がするよ。」
 「えっ、そうなの?俺、何も感じないなぁ。いや、感じたくない
ね。アハ。」
 「アラ?ニシさん。そのバンダナは何?白地によくわからないけ
れど、柄が入っているね。それって文字なの?」
 「これ?藤倉さんに貰った。ここに来ることになった時に、この
バンダナを頭か首に巻いておくようにってね。何かの魔除けのよう
なものだってさ。」
 「ふ~ん。そうなんだ。じゃ、俺が着けているこのブレスレット
と同じだね。これも、藤倉さんに四国でもらったものよ。何か古い
モノばかり収集していると危ないこともあるから、常にこれを着け
ていなさいと言われたけど、気休めのようなものなのかな。」
 「あっ、動いた。」
 「ん?何?」
 「おなかの赤ちゃんが今動いたよ。8ヶ月になると動くのかな?
でも、元気そうでよかった。」

 そう、この後に由美さんにとんでもないことがおこったのです。
俺たちは2階に居たから、なかなか気付かなかったが、もし、西脇
さんが一緒じゃなかったらと思うと、すごく恐ろしい。すぐに藤倉
さんが駆けつけたから大事にはならなかったけれど、危ないところ
だった。特におなかの赤ちゃんはね。それに・・・

 「あ~。このランプ良いね。ガレの作品で本物よこれ。それに、
このアール・ヌーボー調の椅子もいいわね。座り心地が良さそうだ
よ。ちょっと座ってもいいよね。」
 「うん、いいんじゃない。いずれ、藤倉さんが買って我々のもの
になるんだろうしね。でも、そっと座った方が良いよ。」

 そして、由美さんがその椅子に座ろうとした時、急に動いたので
す。まるで“座るな”と言っているかのように・・・。

 「キャ!なんで?ニシさん動かしたでしょ。もう、やめてね。」
 「何もしていないぞ。俺はユミちゃんの目の前に居るだろう?」
 「えっ・・・そうね・・・なんで?じゃ、誰が動かしたの?も
う少しで転ぶところだった。あぶない。」
 「じゃ、こっちのソファに座ってみたら。こっちも座り心地が良
さそうだよ。」
 「うん、そうだね。今度は動かないよ押さえておいてね、ニシさ
ん。」
 「え~、いやだよ。気味悪い。エヘへ。」
 「あっ、大丈夫だった。ワァ~座り心地がメチャいいね。ニシさ
んも座ってみて。このソファ、年代物にしてはしっかりしていてク
ッションもいいよ。」
 「おぉ、そうだな。張地も綺麗だし、触り心地もいいなぁ。」
 「うっ・・・おなかが・・・」
 「どうしたユミちゃん。」
 「おなかの赤ちゃんが暴れている。痛~い。何とかして~。」
 「え~っ、何なんだこれ?外から見てもおなかが動いているのが
わかるよ。ちょっと待って!藤倉さんを呼んでくるから・・・。」

 そう、それで、俺たちの所へ、息を切らして西脇さんがやって来
たのだが、顔が真っ白で血の気がなかった。藤倉さんもこれは何か
あったと感じて、すぐに1階の由美さんの所へ向かった。何故か俺
も一緒に走っていたが・・・

 「大丈夫か?由美ちゃん。・・・あ~ぁ、これは・・・」

 藤倉さんが指さす方を見ると、黒い布のような大きな闇が由美さ
んに覆いかぶさろうとしていた。これは、藤倉さんと俺にしか見え
ないようだが、明らかに“善”のモノでは無い。“悪”だ。それも、
とてつもない大きさを感じる。どうも、由美さんではなく、おなか
の赤ちゃんを狙っているように思える。ヤバイなこれは・・・。そ
れに、その黒を取り巻くように無数の影たちが居る。傍観している
のかこいつらは。いや、何もできないんだな。どうにもならないの
か。

 「由美ちゃん、この前に渡したブレスレットを強く握って、歯を
食いしばりなさい。しっかりとね。」
 「はっ、はい!痛~い。」
 「お前何者だ!これ以上彼女に近付くな!お前は“神”では無い
な。妖怪だろう。こんなことをするヤツは“悪”そのもだぞ!それ
以上近付くな。向こうへ行け!」

 と言いながら、藤倉さんは自分が持っていた数珠のようなものを
由美さんの頭上に向けた。が、何の効き目も無いようで、益々黒く
大きくなってきたように思える。それに、由美さんのおなかに黒い
手がかかりそうに感じる。

 「ん~。これは強いな。黒川くん、先生に渡していた塩を持って
来てくれるかな。あれだと結構効き目があると思うから。」
 「はい!」

 俺は急いで2階へ行き、先生から塩を貰って降りて行くと、多く
の影が俺について来た。何かを訴えるかのようであり、誤っている
ようにも感じる。何故?

 「これでいいですか!」
 「よし!このソファの周りに撒いてくれ。早く!」
 「はい!」

 すると、黒い大きな影は、それ以上由美さんには近づけなくなっ
ていた。だが、それも時間稼ぎのようなもので、どんどん、また近
づき始めた。

 「あっ!赤ちゃんが動かない!」
 「えっ・・・・・。」

 と、その時である。玄関の方から急に走って来た少女が、由美さ
んのおなかに覆いかぶさってきた。誰?
 すると、黒い大きな影は部屋の隅に行ってしまい、遠くから見て
いるように感じる。そして、今度は西脇さんに近付いているようだ
・・・。あっ、でも、西脇さんが着けているバンダナがその黒い影
を近付かせないかのように光り出したと思ったら、取れて黒い影に
向かって行く。なんだこれは?殆どオカルトの世界じゃないか。こ
んなことが現実に起こるとは・・・

 「由美ちゃん、大丈夫?」
 「あぁ、何とか・・・楽になりました。・・・えっ、この子何?
誰なの?」
 「うん。誰かな?でも、この子のおかげでおなかの赤ちゃんも由
美ちゃんも守られたようだね。君、ありがとう。誰なの?」
 「うふ。良かったね、ミウちゃん。エヘへへ。」

 と言って、また玄関の方へと走り、いなくなった。なんだ?わか
らん・・・。
 それに、ミウじゃないだろ。由美さんだろうが・・・。

 「今の子、ミウって言っていましたよね、藤倉さん。」
 「だね。由美じゃなくてミウか・・・。あっ、由美ちゃん、おな
かの子って女の子じゃないのか?」
 「さぁ~、わかりません。主人とも話したんですが、知らない方
が楽しみだと言って、まだ、知らないんです。」
 「いや、きっと、女の子だよ。今の少女はその子を守ったんだよ。
それに、名前も知っていたようだ。・・・ミウちゃんか・・・。」
 「ミウね・・・いいかもね。その名前。アハ。でも、さっきの少
女は何者なのかな。年齢で言うと9歳から10歳くらいに見えたけ
ど、ちょっと、影が薄いような感じがしなかった、ニシさん?」
 「えっ、あぁ、そうだね。・・・というか、俺のバンダナが飛ん
で行っちゃったよ。あんなに綺麗だったのに、色があせて、白が黄
ばんでいるし、柄も薄くなっている。何があったのかな・・・。」
 「アハ。それは、西脇さんを守ったんだよ。そのバンダナには魔
除けの力があるからね。」
 「えっ、そうなんですか。これ、藤倉さんにいただいたものなん
ですよ。そんな力があるとは・・・俺、大切にします。エヘへ。」
 「うんうん、よかった。でも、さっきの少女、すごく気になるね。
それに、あの大きな影もね。そうだろう、黒川くん。」
 「はい。とても気になります。ここは、とんでもない異空間いや、
異世界なのかもわかりませんね。さっきの少女も玄関から来たので
はなく、玄関の方からであって、外から入って来たようには思えま
せんね。やっぱり、この家には様々な“霊”や“魂”が居ますよ。
先生、藤倉さん、どうします?もう一度2階へ行きますか?」
 「勿論だよ。全て観ないとね。それが今日の目的だからね。
 あっ、西脇さん。由美ちゃんを念のため、病院へ連れて行って下
さい。これから、2階、3階と観るけれど、明日ももう一度来よう
と思っているから、その時に改めて観ればいいよ。ねっ、由美ちゃ
ん。
 「はい。そうします。ニシさん、病院まで付き合って。」
 「あいよ。じゃ、後でまた来ますので。」

 そうだよね。由美さんの身体が心配だもんね。でも、西脇さんは
何かホッとしているかのようだね。アハ。さっきの東山さんと同じ
で、ここから離れたかったのかな?
 アレ?山川はどこへ行ったんだ。まだ2階に居るのかな?先生は
降りてきているのに、なにやってんだ?

 「あっ、そうそう。藤倉さん。俺と由美ちゃんがここに来る途中
で、駅前に立ち寄ったのですが、タクシーの運転手が変なことを言
っていましたよ。何か、昨日、駅前からここまで女性と少女を乗せ
て来たが、着くといなくなっていた。でも、料金は、きっちりと置
いてあったらしいのですが、その運転手は、こうも言っていました
ね。普通だと後ろに2人も乗せると人の重さで少し車体が沈むんだ
けれど、それが全くなかったし、ここに着くまで一言も話さず、ま
っすぐ前だけを見ていたので、声をかけたが、ニコとほほ笑んだだ
けで何も言わなかったらしいんです。考えたらさっきの少女は、そ
の時の子と違いますか?その後、その運転手は売り上げが倍増した
とのことですが、今も安定しているらしいんです。福の神だぁ~な
んて言っていました。ただ、昔から見かける2人だそうですが、昔
から年恰好が変わらないらしいんです・・・。じゃ、病院へ行きま
すね。みなさん頑張って下さい。」
 「ん~。とんでもないことを、言い残して行きましたね・・・。」

『白い家と黒い家』そのⅣ

 「さっ、2階へ行こうか。」
 「じゃ、さっき観ていた第2応接室はもういいですね。次はゲス
トルームへ行きましょう。ゲストルームは4部屋ありますが、全て
ツインルームとなっています。その中にウォーキングクロゼットや
小さな応接セットがありますから観るものは多いと思いますよ。
 「先生。さっきの応接室は娯楽室も兼ねているようですね。ビリ
ヤード台や映画鑑賞設備もありましたから。それに、1階の応接室
と広さがあまり変わりませんから、パーティーもしていたのでしょ
うね。」
 「そうですよ。昔、一度だけそこでのパーティーに出席したこと
がありましたね。今の持ち主がこの家を購入した祝いでね。それに、
あの応接に隣接したキッチンがあるのですが・・・
 「えっ、そうなんですか。じゃ、そっちも観ようじゃありません
か。・・・
 ん?瀬山先生、どうかしましたか?」
 「あっ。いや、そのキッチンはあまり観ない方が良いかと思いま
す。ちょっと訳ありでして・・・」
 「あ~ぁ、そういえば、異様な雰囲気が部屋の一部からしていま
したね。黒川くんも気付いていたでしょ。」
 「はい。藤倉さんが言われる通りですね。何かわかりませんが、
かなり、強い気がありました。・・・あっ、そういえば、山川がそ
のキッチンであろうと思われる部屋に入ったような気がします。そ
れ以降見かけませんが・・・まさか、何かあったのでは・・・」
 「んっ・・・ちょっと行って見よう。先生はそのゲストルームで
お待ちください。」
 「はい・・・」

 そして、俺たちは山川を探して、第2応接室に隣接するキッチン
に入った。
 ただ、入ろうとした時、後ろから何かに引っ張られるような、い
や、引き留められているような感覚があったが・・・藤倉さんも同
じようだ。

 「藤倉さん。この部屋、他の部屋と比べて少し暗くないですか?
それにわずかですが、甘い線香のような“香”がしますね。いい臭
いです。・・・あっ、この部屋だけ窓のブラインドが下りています
よ。他の部屋はカーテンやブラインドは開けてありましたが・・・」
 「うん、そうだね。少し気を付けようか。何かありそうだな。」

 藤倉さんの懐中電灯でうす暗い室内を照らされた時、また、あの
影たちが一斉に散っていった。でも、この影たちは俺たちを受け入
れようとしているようだ。少し、敵意も持っているようだが、俺や
藤倉さんの足元に纏わりつきだした。もう、この影たちとは顔見知
り?じゃなかった。よく遭遇しているから慣れてしまったが、どう
も、この部屋から出て行けと言っているように感じる。・・・
 ん?あれは・・・

 「藤倉さん!あれは・・・山川じゃないですか?配膳台の所の椅
子に座ってうなだれていますよ。動いていないようですが・・・」
 「だね。優司のヤツこの部屋で何かにとりつかれたな。
 あっ。黒川くん。むやみに近づかない方が良さそうだよ。優司の
後ろを見て。」

 そう、そこには、白い布のような大きなモノが立っているように
見える。1階で見た大きい影とは比べものにならない強いものを感
じる。怖い。でも、山川を助けなければ・・・どうやって・・・
あ~ぁ、その白いモノが山川を覆ってしまった。えっ、山川がこっ
ちを向いている。しっかり目を開けてこちらを見ている。何?そし
て、何か話し始めたが、よく聞き取れない。・・・あれ?周りに居
たはずの影たちがいなくなった。それに、薄暗かった部屋のブライ
ンドが開き始めて少しずつ明るくなっている。・・・何が始まるん
だ・・・藤倉さんは、ジ~っと山川を見つめていて動かない。が、
少し、目を細めているように思うが、笑っているわけじゃなさそう
だ。こんな時に笑っていたら本当の異常者だな。
 ん~、よく聞き取れないなぁ~。

 「藤倉さん。山川が何か言ってますよね。よく聞き取れないので
すが、どうですか?」
 「うん。確かに何かを伝えようとしているね。もう少し様子を見
よう。少しずつでも理解が出来たらいいね。」
 「あのね、そんなのんきなことを言わないで下さい。山川が危な
いかもわかりませんよ。藤倉さんの甥っ子ですよ。何とかならない
んですか?」
 「シ~。静かにして。何を言っているかわかり始めたよ。黒川く
んも耳を澄ませてごらん。あの白に対して気をお集中させるんだよ。
真正面から向き合うようにしたらいいよ。・・・やって!」
 「・・・はい。」

 あ~ぁ、わかる!確かにわかってきた。藤倉さんの言う通りに相
手に気を集中したら、話が聞こえるようになった。

 『あなたたちは、何者ですか?この子は本当に素直な人ですね。
申し訳ありませんが、あなた方が、私の声に慣れるまでもう少し、
この子の身体をお借りしますね。』

 「えっ、ちょっと待ってください。その子は私にとって大切な子
です。連れては行かないで下さいね。それに、あなたこそ何者なん
ですか?私はこの家を購入したくて調査に来た者です。決して、こ
の家を蔑ろにするつもりはありません。約束します。安心して下さ
い。」
 「藤倉さん。何を言っているのですか?相手は悪い“霊”なのか
良い“霊”なのかわかりませんよ。慎重に対話しないと・・・」
 「ああ、わかっているよ。ちょっと静かにしてくれ。」
 「は~い。」

 『私は“白龍神”と申します。この家や庭そして、このエリアを
1000年以上守っています。誰からも害を受けないように。先程
の影たちと守っています。部屋や建物、庭を美しく維持し管理を影
たちがやっております。でも、この子があの石を動かしたため、と
んでもないモノを目覚めさせてしまったようです。その責任はこの
子だけじゃなくあなた方にもあります。どうしますか?この家や庭
のモノたちが欲しいのなら、そのモノをこの世から追放する手伝い
をしていただけますか?』

 「えっ。追放?誰を?そのモノとは・・・
 あっ。優司が動かしたあの石碑か・・・でも、あれは何ですか?
教えてください。どうすればいいのか。何かできるかとは思います
が。」

 『わかりました。手伝って頂けると理解いたしました。・・・
 あの石は、“黒龍神”という“神”を封印した石なのです。10
00年程前になりますが、黒い竜神がおりました、人や同じ神をも
力で支配しようとしたのです。それで、私と他の神たちとが協力し
て、別の世に追放し、その出入り口となったあの場所を石で封印し
たのです。彼は自分の力を過信して全てを力のみで抑えようとした
のですが、単に力任せでは、この世も、別の世も支配などできる訳
がありません。わかりますよね。あなたなら・・・。』
 
 「そうでしたか・・・それは大変申し訳ありません。優司も悪気
があってあの石碑を動かしたのではないでしょう。単に興味があっ
たからだと思います。お許しください。
 それに、私たちの世も同じでも、力のみで支配はできません。力
と言っても様々ですが、恐怖を力とは言えませんよね。優しさや嬉
しさ、喜びそして、悲しみも力ですからね。その“黒龍神”はどこ
かで道を間違えたのでしょうね。それを気付かせない限り、また、
わからせない限り、再び現れるのでしょうね。人間界も同じです。
私でよければこの黒川と共にご協力いたします。」

 『そうですか。ありがとうございます。元はと言えば私が甘やか
したからで、あの、“黒龍”は私と同じ“白龍”でした。ですが、
ワガママばかり言うので、暗黒の世にしばらく閉じ込めたのです。
そして、2000年後開放すると“黒”になっていました。今更後
悔しても遅いのですが・・・
 実は、あの“黒龍”は私の実の弟なのです。年が1400年違い
ますから可愛がり過ぎてしまって・・・
 じゃ、藤倉さんと言いましたね。私の声も聴けるようになられた
ようですから、この子を開放いたします。多分、何も覚えていない
でしょうね。ただ、この子の何事にも臆さない力が必要になります。
それに、そこの黒川さんにも協力をお願いします。この子と黒川さ
んは2つで1つの“魂”を持っておられます。非常に心強い力にな
るでしょう。
 要は、“黒龍”をこの白い縄で縛りあの石へ導けばいいのです。
封印は私がいたしますから。・・・ただし、この白い縄は一度しか
使えません。しっかり“黒龍”の心を捕らえないと暴れ出して、手
がつけられないでしょう。藤倉さんのお力が必要です。何とか“黒
龍”の心を癒してやってください。私の言うことなどは聞かないよ
うになっていますから・・・そして、動かした石を元に戻せばもう
出ては来られないでしょう。』

 「え~。俺にそんなことができるのかなぁ~。藤倉さんはすごい
力をお持ちでしょうが、俺は自信がないですよ。それに、山川は何
も覚えてないのでしょ。どう説明をするのですか?ヘタするとあい
つ、逃げますよ。エヘへ。」
 「ん。そうだね。優司は自分の力にまだ気づいていないからね。
私と同じ一族だからある程度の力は持っていると思うのだが・・・
とにかく、やってみよう。そうしないとこの家の他の“霊”たちも
ずっとこの家に縛られるからね。助けないとね。黒川くん、力を貸
してくれるかな?」
 「えっ、この家の他の“霊”ですか?確かに悪い連中だとは思い
ませんが、さっきの由美さんに対してのあれは・・・」

 『あっ。申し訳ありません。あれは、“黒龍”に命じられて仕方
がなくあの“霊”たちが集まってやったのです。あのモノたちも集
まればかなりの力があるのですが、どうも互いにライバルと言いま
すか、対抗心があって、上手くまとまらないのです。そこを“黒龍”
につけ入られたようです。しっかり注意しておきましたから二度と
ないでしょう。・・・で、これが“白い縄”です。黒川さんにお預
けいたしますね。』

 「はい。へぇ~綺麗な縄ですね。真っ白で少し光を感じますね。」

 『それは、“黒龍”がまだ白だった頃の産毛で編んだ縄です。あ
の子の優しい心がまだ残っていることを願うだけです。・・・』

 「あの~、1つ聞いてもいいですか?普通だと“霊”というのは、
この世、すなわち、人間が居る世のモノには触れることができない
はずではないですか。どうやってこの家をあんなに美しく維持でき
ているのですか?本当なら1000年も経っている材ならかなり朽
ちていてもおかしくないでしょ。」

 『あ~ぁ。うふ。そうですよね。確かに、1000年のモノや数
年のモノまで居ますね。あなたたちの世では、古くなって朽ちて行
くでしょうね。それも、たった数百年程でね。でもここの材たちは、
さっきの影たちである“霊”がついています。なので、時間を超え
ること、時空を旅することができるのですよ。要するに、建物や庭
の材たちの時間を時々止めています。よって、殆ど時間は経過せず、
維持ができているのです。たった、1000年程ですからね。うふ
ふ。』

 「へ~。たった1000年ですか・・・俺も1000年先に行き
たいなぁ~。アハ。」

 『いいですよ。藤倉さんがこの家を使って再生の家を建てられて、
私たちも同居させていただければ、その数年後に黒川さんを未来に
お連れいたしましょう。勿論、過去へも可能ですよ。でも、何の保
証もありませんよ。うふ。』

 「アハ。いや、遠慮しておきます。今の世を全うさせて下さい。
でも、数年後とは何年ですか?念のため聞いておきます。エヘへ」

 『そうですね。その家が安定する3年後にしましょうか。うふふ。
 あっ。大変です。瀬山先生が危ないですよ。“黒龍”が憑依しよ
うとしています。藤倉さん、黒川さん、ゲストルームの2に急いで
ください。』

 と、その時、山川が気が付いた。ボ~っとしているな。何も覚え
ていないな、こいつは・・・。

 「あっ、おじさん。それに、黒川。何やってんの?おい、どこへ
行くんだ?俺も行くよ。待って!アレ?足がおかしいな・・・」
 「優司。お前はここに居なさい。身体がおかしいだろ?」
 「は~い。」

 俺と藤倉さんは、急ぎゲストルームに入った。えっ。瀬山先生が
真っ黒な布のようなモノに覆われている。どうしたらいいのか・・・

 「あっ、藤倉さん。先生の足元を見て下さい。白い布のようなモ
ノが巻き付いていますよ。あれは、きっと“白龍”さんですよ。」
 「そうだね。さっき渡した塩を出して!」

 藤倉さんは、その塩を両手でにぎり一斉にあの黒い布に投げつけ
た。2度、3度。あ~ぁ、何やら瀬山先生から離れていくようだ。
あっ。黒い布と白い布が対峙しているようだ。
 ん?黒い布が消えてしまった。

 「よし!黒川くん。瀬山先生をこのベッドに寝かせよう。少し休
めばもとに戻れるだろう。しかし、今の黒は恐ろしいな。あの白が
居なければ私たちや先生はどうなっていたか・・・」
 「藤倉さん。こうなったら、調査よりもこの“黒龍”を何とかし
ないと・・・また、いつ現れるかわかりませんよ。」
 「ああ、確かにね。でも、それを待っていても仕方がないから、
先生が気付かれたら調査を続けよう。多分、また現れるよ。」

 『そうですよ、黒川さん。あの“黒龍”は狙ったものは諦めま
せんよ。きっと、また出て来ます。』

 「そうですか。・・・じゃ、山川を呼んできます。このゲストル
ームとバスルームやパウダールームを順に観ましょうか。」
 「あは。黒川くんは少し強くなったね。優司ももう少し考える力
が欲しいね。」
 「アハハハ。あいつはあれでいいと思います。俺、そういうヤツ
のことが好きですし、気が合います。エヘへへ。」
 「そっか。宜しくね。」

 『藤倉さん。ちょっといいですか?』

 「はい。」

 『あの黒川さんは何者ですか?“黒龍”は闇の世界に居ますが、
そこは、深い地の底で大きな川が流れています。それは、真っ黒な
暗黒の世界のような川ですが・・・黒川さんの名にはその黒と川が
ありますね。ひょっとしたら何か関わりがあるのではないでしょう
か。彼の遠い祖先との・・・そんな気がします。』

 「えっ、そうですか?単なる偶然でしょ。」

 『ちょっと気になりますので、これから調べに行きます。3分程
お待ちください。』

 「あっ。こちらからも1つ質問があるのですがいいですか?」

 『はい、どうぞ。』

 「1階でうちの西脇や由美が危ないところへ1人の少女が現れて
助けてくれたのですが、あれは“白龍”さんのお知り合いですか?」

 『いえ、今は違います。うふ。でも、すごい力を持っていました
ね。あの影たちでは、到底対抗できません。誰なんでしょう。
 ただ、西脇さんが言われたことが本当なら、少し心当たりがあり
ますね。うふふ。』

 「ああ、タクシーの運転手の話ですね。女性と少女が消えたとか
いう。」

 『はい、そうです。それに、名をミウと言ってましたね。
 私たち“霊”の中で時間を支配している、いや、支配できるモノ
がいます。私も“黒龍”もそうです。が、人間界にもまれにいます。
ひょっとして、あの女性と少女。いや、女性は案内人でしょ。その
少女は、ミウちゃんじゃないですか?未来から時空を超えて来たの
ではないでしょうか。だから、あの影たちは手が出せなかったので
しょう。
 時空すなわち、時間を支配する者にはかなりの力があります。も
し逆らったらどこに飛ばされるか、どの空間に行ってしまうかわか
りませんからね。特に、あの案内人である女性がキーですね。
 そう、近い未来で藤倉さんと何か関係がありそうですね。うふふ。

 「はぁ~、そうですか。ミウちゃんね・・・その子も特殊な能力
を持っているのでしょうね。」

 『それはどうでしょうか。ただ、自分の母を守りたかっただけじ
ゃないかしら。多分、未来で、それを予知というか、見たんじゃな
いのかな。そんな力はあるようですね。』

 「そうか。何か可哀そうですね。私もこの力は欲しくなかった。
・・・でも、今は、この力を使ってヒトやモノをみんなが大切にで
きるようにサポートしたいと思っています。」

 『良いですね。私、協力します。』

 「あは。ありがとう。ここに来て一番の収穫だね。」

 「ふ~。お待たせいたしました。山川を連れて来ました。こいつ、
応接室のソファで寝ていましたよ。まったく、楽天家だなぁ~。ア
ハハハ。」
 「うん。良い性格している。母親似だな。」
 「え~、何ですか?おじさん。なんかバカにされているような気
がする。」
 「そういう気がわかるんなら、もう大丈夫だな。」
 「あっ、すみません。私、寝ていましたね。あれ?皆さんお揃い
でどうかしましたか?」
 「アハハハ。先生も優司と同じですね。良い性格です。羨ましい
ね、黒川くん。」
 「はい。アハハハ。」

 そして、我々は改めてこの4つのゲストルームとパウダールーム
とバスルームを調査して回った。
 やっぱり、あの影たちが着いて来るなぁ~。何か今までと違って、
少し、親しみが出て来ちゃった。アハ。
 よく見ると、大小様々でカワイイな。
 しかし、広い家だな。ゲストルームにも、沢山のモノたちがある
から、由美さんはテンションが上がるだろうな。かなりの年代物も
あるけれど、最近に入れたかと思うモダンなベッドや椅子、それに、
ベッドカバーもいいね。全て白い布で保護されていたから綺麗だ。
いや、“霊”たちが維持してきたんだったね。大切にしないと・・

 だが、3階に恐ろしいことが待っているとは、この時は考えもし
なかった。

 「先生。3階は何があるのですか?」
 「はい。多分、藤倉さんは興味があると思いますよ。部屋は、主
寝室と子供部屋に大きなバスルームがありますね。それに、書斎が
あります。この書斎が素晴らしいと思いますよ。私のこの資料によ
ると、和と洋を上手くコーディネートされて、どうやら、数百年前
のころからつい最近のものまであるらしいですね。まるでインテリ
アグッズの歴史のような空間になっていますね。いったい誰がコレ
クションしたのかわかりませんが、大変面白いと思います。」
 「そうですか。行きましょう。」
 「あっ、それから、屋根裏部屋がありますね。それも観ましょう。

 ん?屋根裏部屋か・・・何かありそうだな。

『白い家と黒い家』そのⅤ

 「ほ~、ここが書斎ですか。」
 いや~、広いですね。書斎じゃなく、どこかの特別社長室という
感じですね・・・そんな部屋はドラマでしか見たことがありません
が。どれくらいの広さですか?優司、しっかり写真を撮っておけよ。
どこに何が置かれているのかがわかるようにな。」
 「は~い。黒川、そのリスト帳毎に撮るから順番に言ってくれ。」
 「了解。じゃ、まずこの大きな事務テーブル周りから・・・」
 「それは、重役用デスクだな。」
 「すごく重厚感がありますね。何かどこかの大統領が使っている
ものと同じじゃないかな?上に古そうな地球儀があります。」
 「黒川くん、鋭いな。そのデスクはアメリカ、ホワイトハウスの
大統領用のものとほぼ同じ仕様になっているよ。日本の家具職人が
時間をかけて造ったんだね。あれよりも良いものかもな。それに、
その地球儀もかなり古い物のようだね。日本の形を見てもわかるが、
素材がいいね。」
 「先生も、興味あるんですね。いつ頃の地球儀でしょうね。真鍮
や銅が使用されていますし、これは、チーク材ですか?目が細かく
て何かしっとりしていますね。色も少し黒くなっていますが、やや
赤紫っぽいですよ。」
 「あぁ、それ紫檀だよ、黒川。東南アジアでは多く見かけるよ。
最近は高価で仏具以外ではあまり使われていないけれど、昔は文机
や肘置きなどに使用されていて、紫檀、黒檀、鉄刀木といって三大
銘木と言われていたよ。売買は大きさじゃなくて重さらしいね。水
に沈むくらい重いよ。」
 「アハ。山川、流石だね。インテリア材には詳しいなぁ~。じゃ、
この硯は?」
 「ん~。よくわからないけど、端渓硯じゃないかな。中国製だよ。
ほら、この竜の彫り物の目を見て。これ“眼”と言って斑点の一種
なんだ。これを利用して竜の目に見立てているんだよ。」
 「ほ~。じゃ、由美ちゃんなら詳しくわかるだろうな。後で伝え
ておこう。」
 「え~。おじさん。俺じゃ信用できないって訳?」
 「アハハハ。その通り。」
 「・・・でも、先生。この部屋は俺にとっては宝箱を開けたよう
です。1つ1つが良質のインテリア用品ですよ。それも先生が言わ
れた通り、数百年から今の時代までの様々なモノがあります。しか
も全て綺麗に手入れされています。よほどこのモノたちを大切にし
ていたのでしょうね。
 あっ、そのソファセットはル・コルビジェですよ。しかも、オリ
ジナルに近いですね。いい革も使っているし、大きな傷もありませ
んね。この屏風も本金張で結構厚みがある金箔を使っています。い
つの時代も物だろう。」
 「アハハハ。山川くんはここに居ると1日中、いや、4、5日は
飽きずに観ていそうだね。まっ、今日は写真を撮ってリストの作成
を優先してくれるかな。藤倉さんが明日も来ると言っておられるか
ら同行すればいいじゃないか。」
 「はい。」
 「あは。さっきまでの山川はどこかへ行ったな。元気が出て来た
な。・・・」

 だが、そうは言っても、あの黒い、いや、“黒龍”がいつ現れる
か不安だ。どうもどこかから見られているような気がしてならない。

 「さぁ~、次の主寝室へ行きましょうか。この隣ですよ。ここの
扉から行けそうです。」
 「あっ、先生。私はもう少しここを観ておきます。そのウォーキ
ングクロゼットが気になりますから。」
 「じゃ、俺も残ります。」
 「いや、優司は先生と一緒に行きなさい。もう写真は撮ったんだ
ろ。」
 「はい。・・・黒川行こうぜ。」

 ん?藤倉さん。何かあったのかな?俺も山川に付いていくように
言われている気がする。確かにあいつは危ないからな。

 「どうかしましたか?“白龍”さん。」

 『はい。先ほど言っていました黒川さんの件ですが・・・
 やっぱり、“黒龍”と少なからず繋がっていましたね。今から1
000年程前になりますが、黒川さんの先祖と言いますか、31代
さかのぼると黒河甚という人物がいます。字が少し違っていますが
間違いなく繋がっています。その黒河と言う者が“黒龍”が封印さ
れる前の最後に憑依した人間だったようです。』

 「ほ~。そうなんですか。その時代に何かあったのですね。」

 『そうです。その場所がこの近くの岐阜あたりだったようですが、
正確にはわかりません。その村はそれによって滅ぼされたのですが、
1人残らず殺傷されたようですね。生き残った村人も居たようです
が・・・それは、黒河自信じゃなく、“黒龍”が憑依してやったこ
とですから、その者には罪はないとは思うのですが。
 その時、私はいなかったのですが、他の“神”たちが、黒河が協
力したものとして、罰を与えました。その時より31代のちの子孫
まで呪いをかけたそうです。』

 「えっ。呪いですか・・・ただ事ではありませんね。どんな呪い
ですか?」

 『それが今、彼が持っている能力です。見てはならない、感じて
はならないものを見て感じてしまうという力です。人としての生活
に障害となるようにと・・・それにもう1つ大きな能力といいます
か、災いとなる力をあたえたそうです。それは、“黒龍”でさえ持
つことができない力です。私もそれに対抗する自信はありません。
多分、彼も何かのきっかけでその能力に目覚めたのでしょうね。ま
だ、その2つ目の力には気付いていないようです。“黒龍”がその
黒河を思い出さなければいいのですが。』

 「そうですか。あの黒川がね・・・でも、その“黒龍”による残
虐な行為には何か理由があったのでしょう。・・・それに、“黒龍”
は、元は“白龍”だったのですよね。まだ、“善”の心が残ってい
ることを祈りましょう。そして、黒川くんにも正しい心が強いこと
を願うだけですね。
 あっ。その呪いなのか、戒めなのかは31代で、解けるのですね。
ということは、今、彼は31代目と言うことになりますね。いつの
年かわかりませんがこの時代がその時じゃないですか?で、その
“黒龍”は今どこに居るのですか?」

 『あっ。そうですね。今から1000年、31代前ですから、彼
はこの時代に呪いから解放されることになりますね。でも、それが
いつなのか私にもわかりません。
“黒龍”は、庭の井戸の中に居ます。すごい力で防御していますの
で、私も近付けません。いったい何を考えているのやら・・・どう
しようもないバカですよ。』

 「まあまあ。実の弟じゃないですか。
 じゃ私はみんなに合流しますが、時々声をかけてください。黒川
以外には聴こえませんから安心です。ただ、黒川が気になってきま
したね。」

 『わかりました。私も注意深く見ていますから、何かあったらお
呼びください。』

 「あっ、藤倉さん。いかがでしたか?」
 「ええ、大変広いですね。そういえば、そこに神棚がありました
ね。何の神なのでしょうか?竜の小さな白い像が置かれていました
よ。・・・黒川くん、君はちょっと手を合わせておいた方が寄せそ
うだよ。」
 「えっ。はい。わかりました。」

 神棚か。何を祭っているのだろう。藤倉さんが言われるのなら、
ちょっとお参りしておこう。でも、何で俺だけ?

 「おじさん。ここも全て撮り終わったよ。向こうの子供部屋も撮
影したけど、ベッドとデスクくらいしかなかったよ。後は、大きな
バスルームと多目的な空間が1つあるね。」
 「そっか。じゃ、バスルームへ行こうか。瀬山先生、ちょっと平
面図を見せていただけますか?」
 「あっ、はい。どうぞ。」
 「ん?この多目的ルームのような部屋の隣に、さほど広くない部
屋が1つありますね。ここは何でしょうか?そこも行って観ましょ
う。」
 「あぁ、そうですね・・・そこはちょっと・・・」
 「えっ、また何かあるのですか?先生、全部言って下さい。」
 「うん、そうだな。黒川くん。いずれわかることだから言いまし
ょう。
 実は、あの部屋は10畳程のさほど広くないのですが、扉を開け
るのは、やめた方が良いと思います。今の家主からも注意されたの
ですが・・・中は大きな窓と掃き出し窓あって、東側に広いバルコ
ニーがあります。その部屋は、元はサンルームのような使い方をし
ていたようですが、何代か前の持ち主が、そこをペット用の部屋に
されたらしいのです。
 ある日、そこに、犬を2匹、猫を3匹そして、ウサギを3匹閉じ
込めたまま旅行に出かけたのですが、家政婦に伝えておいたらしい
のですが、その家政婦が突然倒れたため、そのペットたちのことを
誰にも知らせなかったようで・・・」
 「それで、そのペットたちは全て飢え死にしたということですね
?」
 「はい。それだけならまだいいのですが、窓が大きく、元はサン
ルームでしたので、太陽光がよく入って暖かいし、外からよく見え
るのです。それでペットたちは腐敗し始めて悪臭は漂うし、外から
カラスが群れを作ってたかっていたようです。
 そう、その壁や窓だけじゃなく、家の半分ほどを覆うようにね・
・・真っ黒だったようです。想像しても不気味でしょ。それ以来、
この家をしばらくは“黒い家”と言われ、周辺の家からは気味悪が
られて、結局、何代も持ち主が変わったそうです。
 で、その部屋を開けるとペットたちが一斉に飛び出してくるらし
いのです。勿論、生きたペットじゃありませんよ。だから、そこを
観るのはちょっと・・・やめませんか?藤倉さん。」
 「いや観ましょう。そんな部屋があったら、この後、この家を解
体して移築するにも支障が出ますから。全て観ましょう。」
 「わかりました。じゃ、案内します。」

 へぇ~、“黒い家”か。かなりカラスが多かったんだろうな。あ
の“黒龍”も黒だし、なんか、黒に縁があるなぁ。・・・あっ、俺
も黒だったな。エヘへへ。俺は良い黒でありたいね。でも、また引
き付けられるね。興味が沸いて来た。
 そういえば、この家の外壁や内壁は“白”だね。見える柱は日焼
けのこともあるけれど、黒に近い茶色だ。あの庭の玉砂利も真っ白
だし、塀や門も“白”だな。極端に真っ白というわけじゃないけど
“白”のイメージが強いね。

 「藤倉さん。今の先生の話で“黒”が出て来ますよね。でも家全
体を観ると“白”のイメージが強いように思うのですが・・・」
 「ああ、そうだね。さっきの“白龍”の影響かな?アハ。
 じゃ、“黒”は“黒龍”の影響になるね。“白い家と黒い家”と
いうところかな。黒川くんの言う通り、この家の屋根も含めて、
“白”系だね。インテリアも白い布で覆われているから余計に“白”
が目に入るね。・・・
 そうだ。今度の再生の家は“白い家”にしよう。ちょっと安易だ
ったかな?」
 「いや、いいですね。あの“白龍”さんも協力して頂けるんです
よね?それなら、“白”がいいですよ。それに“白”は、何かの始
まりのようでもあり、どんな色にもなるでしょ。藤倉さんが言われ
ているように、いろんなヒトやモノそして、コトをサポートし再生
させるのなら、その“白”がいいんじゃないですか?」
 「黒川くん、上手いこと言うね。よし!そうするか!アハハハ。」
 「えっ、何?白がどうかした?」
 「山川は、“白”には縁がないようだな・・・いや、お前の心は
真っ白だね。何でも吸収しそうだし、染まりそうだからな。アハハ
ハ。」
 「なんじゃそれ?」

 「ここですよ。入ってみますか?藤倉さん。」

 先生が示したドアは、さっきの話じゃないけれど真っ白で綺麗だ。
この向こうにペットたちの“霊”がいるのか・・・そう言われると
少し怖いな。でも、そんな気配は全然しないけどね。俺が開けてみ
よう。

 「じゃ、先生。俺が開けてみますよ。鍵をお借りできますか?」
 「あぁ。よろしく。」
 「えっ。鍵は掛かっていませんよ。先生、誰か開けましたか?」
 「ん?そう・・・おかしいね。この部屋だけは鍵を掛けておきま
すって持ち主から聞いていたけどね。」
 「まっ、いいじゃないですか。開けますね。」

 と言って、ドアを引こうとした時、何やら内側から強い力で突っ
張られているような感覚がする。どういうこと?ペットの“霊”が
開けさせないのか?それとも、あの“黒龍”か。

 「藤倉さん。何か、内側から突っ張られているような感じで、す
ごくドアが重いのですが・・・」
 「よし。私も手伝うよ。」

 2人でドアを引くと少しずつ開いてきた。
 ん?向こうに何かが居るな。沢山の目がある。やけに大きな目だ
なぁ~。あっ、開いた!
 「ふ~。開きましたね。」
 「ん?・・・」

 藤倉さんが部屋を覗き込んだ時、その大きな目もそうだが、大小
の沢山の影たちが出てきた。あは。結構賑やかだね。それに、人懐
っこいなぁ~。全く、怖くも恐ろしくも無い。むしろ、可愛い気が
するね。山川や先生はわからないようだけどね。先生が言っていた
ような呪いとか怨念のようなものは全然感じないし、ペットの“霊”
たちは我々を待っていたかのように感じる。寂しかったんだろう。
人が恋しかったんだろうね。
 あっ。その様子を見ている藤倉さんが涙を流されている・・・。

 「うんうん。お前たち、寂しかったんだろうね。もういいからど
こへでも行きなさい。でも、大きな目だね・・・。アハ。」
 「何?おじさん。何かが見えるんだね。」
 「そうなんですか?私には、気配は感じるのですが、それが、何
なのかわかりません。」
 「はい。ペットたちが沢山いますよ。先生が言われていた8匹ど
ころか、数十匹も居ますね。おそらく、8匹の“霊”に誘われて集
まったのでしょう。みんな可愛いですよ。人懐っこい子ばかりです。
苦しかっただろうけど、人間を恨んではいないようですね。ただ、
みんな、寂しかったのでしょう。」
 「そうですね。藤倉さんの言う通りですね。人間の身勝手で閉じ
込められて・・・苦しかったでしょう。寂しかったでしょう。うん
うん。」

 なんか、みんな泣いちゃった。でも、死んじゃったにしては、元
気だね。こいつら・・・アハ。
 藤倉さんは、こいつらも再生の家に入れてもいいと思っているよ
うだな。何かすごく面白い空間になりそうだ。楽しみ・・・いや、
怖いかもね。どんな家になるんだろうか。心配でもあるね。
 さっき、藤倉さんが言われていた、8匹が他の“霊”を呼んだの
も確かだろうけれど、あの、影たちがそういう動物の“霊”を集め
たのかもしれないね。あの“霊”もやさしいんだね。

 「じゃ、最後の部屋に行きましょう。」
 「あぁ、屋根裏部屋ですね。そこに何があるのかはリストにあり
ませんから、不安と期待でいっぱいです。」
 「先生。この上でしょ。かなり広いようですね。すごい宝物があ
ったりして・・・」
 「うん、そうだね。優司は気楽でいいな。黒川くんのように少し
は緊張感を持ちなさい。それじゃ、社会に出たら何もできなくなる
ぞ。」
 「は~い。黒川。緊張しているのか?」
 「ああ、まあな。緊張と言うより怖い。恐ろしい予感がする。藤
倉さん。屋根裏には、きっとあいつが居ますよ。」
 「うん、そうだね。・・・」
 「ん?あいつって?誰のこと?教えろよ、黒川。」
 「山川。お前、それを知ったら、ここから、一目散に逃げるだろ。
間違いなく。」
 「え~っ。じゃ、今逃げるよ。じゃ、またね。外で待っているよ。
よろしく。」
 「コラ!優司。逃げるな!」
 「・・・・・」
 「あの~、私も逃げたい気分です。」
 「あれ、先生まで・・・でも、先生は外に行かれた方が良いかも
わかりませんね。どうだ?黒川くん。」
 「あっ、そうですね。その方がいいかも・・・でも、おひとりで
は、またあんなことになったら・・・」
 「ん?あんなこと?」
 「いえ、なんでもありません。・・・じゃ、優司。先生と一緒に
外で待っていろ・・・いや、ここで待っていろ。」
 「えっ、ここで?」
 「そう、ここの方が良さそうだ。周りのペットたちや影たちが守
ってくれそうだしな。アハハハ。」
 「?」
 「じゃ、黒川くん、我々3人で行こうか。カメラは持ったよね。
それと、あの“縄”もね。」
 「はい。」
 「ん?3人でとは・・・おじさんと黒川だから、2人でしょ。も
う1人は誰だよ?」
 「もういいからここで待ってろ!」

 そして、藤倉さんと俺、それに、“白龍”さんの3人は、上の屋
根裏部屋へ向かった。これから、とんでもない戦いが始まるとは・
・・。
 ん?3人?ではなかった。2人と1霊だね。

『白い家と黒い家』そのⅥ

 「ん~。ここが屋根裏部屋かぁ~。思った通り広いな。それに、
いろいろなモノがあるぞ。黒川くん。優司を連れてきた方がよかっ
たかな?」
 「アハ。そうですね。あいつ喜ぶでしょうね。でも、何かがあり
そうですから、巻き込んだら大変ですよ。」
 「だね。これが終わったら、明日に改めて連れてくるか・・・」

何事も無く、この屋根裏部屋の調査が終わるとは思えない。きっと、
あの“黒龍”が現れるに違いない。俺と藤倉さんでは到底太刀打ち
ができないだろうね。“白龍”さんは居るのかな?屋根裏だからか
なり暗いと思っていたが小さな出窓が多いから、ブラインドさえ開
ければ結構明るいね。でも、何故こんなに多くの窓があるのだろう
か?ちょっとした出窓になっていて外からはわからなかったが良い
空間だね。
しかし、広いし、モノが沢山あるなぁ~。これは夕方までに全ての
チェックや撮影は無理だね。

 「藤倉さん。これだけのモノは、夕方までに撮影やリストアップ
は無理ですね。明日また来るから、今はやれるところまでしましょ
うよ。日暮れまでは1時間ほどしかありませんよ。」
 「だね。思っていたより多いね。棚もあるから書籍も多そうだね。
とにかく、右側から順に奥へ行こうか。黒川くん、しっかり注意し
ながら撮影を頼むよ。ん?どうやらあの奥に現れたようだ。我々を
見ているようだが、無視して調査を進めよう。意識をすれば必ず何
かを仕掛けてくるはずだからね。無視が1番だよ。」
 「はい。了解です。じゃ、この棚の物から撮りますね。藤倉さん
は名をリスト帳に記入をお願いします。番号を打っておけば後でチ
ェックできるでしょうから。」
 「そうだね。あ~ぁ、この棚には昔から今までの重箱が置かれて
いるね。全て白い布と紙で包んであるから保存状態は良いね。他の
物も丁寧に包装されているな。これをあの影たちがやったとは思え
ないな。他に手伝う人間がきっと居るのだろう。それもこんなに美
しく包んでいるとなると女性だね。」
 「えっ、女性ですか?・・・確かに白い布や和紙といっても、少
し模様が入っていますね。それに、棚に置かれている物や床に置か
れている物も全て、規則正しく均等に隙間を開けて並べられていま
すよ。かなり、神経質な人でしょうか。奥まで美しく並んでいます
よ。」
 「そうだね。」

確かに、美しく並べられている。どうも、1つ1つをしっかり見せ
ているかのようだ。そういえば、1階から3階までの物を見てきた
が、全て撮影しやすく、チェックしやすいように並べられていたよ
うな気がする。いったい誰が・・・あの影たちではないだろうし、
“白龍”さんでもなさそうだ。まさか“黒龍”がこんなことをする
とは思えないしなぁ~。藤倉さんは、女性だと言っていたが、どこ
の女性?
 ん?どうやら調査はここまでかな。黒い布が近付いてきた。

 「黒川くん。気付いたよね。あいつが近付いてきたようだ。でも、
何か変だよね。近付いてくるのは覚悟していたけれど、遅い!動き
が遅すぎる。何故?何か身体が重そうに見える。この程度の距離な
ら何か仕掛けてもいいと思うのだけどね。静か過ぎる・・・」
 「あぁ、そうですね。大きさも普通の人間サイズですよ。威嚇し
ながら来るのなら大きくなるでしょうが・・・確かに変ですね。身
体の調子が悪いのかも・・・アハ。」
 「あのね。“霊”に身体がどうとかは無いでしょ。でも、何かあ
るな。十分に注意しよう。」
 「はい。」

 『そうですね。何かおかしいですね。“黒龍”に何かあったので
はないでしょうか。あんな姿は今まで見たことがありません。』

 「あっ、“白龍”さん。おられたのですか。突然、横に現れない
で下さいよ。」

 『あら、ごめんなさい。ちょっと用を済ましてきました。』

 「えっ。何かあったのですか?」

 『ちょっと・・・後でわかりますよ。うふ。』

 「おかしい。もっと、激しい行動を予測していたのだが・・・い
ったい、どうしたのだろう。ちょっと、こちらから近付いてみよう。

 「えぇ、藤倉さん。それは危険ですよ。こちらを油断させている
のかもわかりませんよ。あいつが近くまで来るのを待ちましょうよ。
さっき言われたように無視しておきましょう。」
 「ああ、そうだが・・・どうも弱っているような気がするね。ほ
ら、動きが止まってしまったようだよ。」
 「ですね。何か余計、不気味に感じますよ・・・。」

 『ん~。どうしたのかしら。“黒龍”の性格だと、一気に来るは
ずですが・・・ワザとやっているようには見えませんね。』

 あ~ぁ。藤倉さんが“黒龍”の目の前にまで近付いちゃったよ。
大丈夫かなぁ。ん?何か話をしているようだ。

 「あなたは何故、ここに居るのですか?何故、この世に居るので
すか?その必要性はあるのですか?・・・“黒龍”さん。」

 『・・・・・』

 「私の声は聞こえていますよね。あなたの身体の心配はしていま
せん。“霊”である以上、そんなことはあり得ないでしょ。それに、
今までのあなたの所業を見ると、人間として許すわけにはまいりま
せん。何故、このようなことをやっているのですか?」

 『あなたに何がわかる・・・真実を知りもしないくせに・・・』

 「えっ。真実?・・・どうやら、この屋根部屋にはあなたの力を
抑えるモノがあるようですね。いい機会なので、その真実をお話下
さい。人間の代表としてお聞きいたします。どうですか、お話をし
ていただけませんか?そこまで身体が弱っていれば、動くころすら
難しいでしょ。どうですか?」

 『あぁ、その通りだ。あるモノに力を封印されているようだな。
真実はあの“白龍”も知っているはずだ。あいつに聞いてみろ。
 あなたは、俺と対面してもまったく動じないようだから言ってお
く。この場所から離れたら俺に近付くな。関わるな。これは忠告で
は無い。警告だ。俺は、ここではあなたに手を出すことは無い。好
きなだけ物の調査をすればいい。』

 「そうですか・・・あなたの口から、その真実をお聞きしたかっ
た。どうやら、そこから動けないようですね。私は、あなたから恨
みや呪い、怨念のようなものを感じません。元からそんなものはな
かったのでは・・・」

 『するどいね。あなたは人間か?それとも・・・まっ、いい。真
実を少しだけ話そう。詳しいことは、あの“白龍”から聞いてくれ。
 3つだけ話そう。
 1つは、“白龍”が言っていたが、俺が黒河に憑依して村人を殺
傷したと言っていたが、真実は違う。・・・村人は100人程居た
が、それを抹殺しようとしていたのは、黒河一族だ。俺は、それを
止めようとした。俺がむやみに暴れていた頃、その村は唯一居心地
が良かったからな。・・・だが、数人を除いて殺されてしまった。
そこで俺は、黒河一族の1人に憑依し、他の黒河たちを抹殺しただ
けだ。どうかな?どちらが真実かは“白龍”に聞け。  
 2つ目は、俺がワガママばかりを通そうとしていた頃、姉である
“白龍”に闇の世界、暗黒の世界に閉じ込められたが、それによっ
て黒になったのでは無い。他の神たちが俺を黒にしてしまったんだ。
まるで、悪の象徴のようにな。暗黒界での2000年は苦しいもの
でも無いし、退屈でもなかった。じっくり考える時間があった。
 3つ目は、暗黒界から出された時から、人間界を荒らし、殺め続
けて来たように“白龍”は言っているが、その人間全ては大きな罪
を犯した者ばかりで、罰を受けても仕方がない者たちだ。他の神に
無断で行ったのは事実だが、そのままにしておくわけにはいかない
からな。姉の“白龍”は留守がちであったため、他の神から聞いた
ことを信じたのだろう。俺を激しく攻めたよ。で、仕方なくあの石
を通して別の世界である、暗黒界に行っただけだ。別にあの石程度
で俺を封印できるものではない。
 藤倉と言ったな。あなたはどちらを信じる?』

 「そうですか。だが、あなたが言っていることが真実だという証
は無いからね。ただ、あなたの心は濁っていないように感じます。
もう一度、“白龍”さんと話してみましょう。この家の調査は邪魔
をしないでほしい。」

 『いいだろう。・・・』

 ん?藤倉さんが、こちらに帰って来られた。何事もなかったよう
だが、物静かな雰囲気が漂っている。どうしたのだろう?

 「お待たせ、黒川くん。調査を続けようか。あいつは邪魔はしな
いと言っているから大丈夫だ。」
 「はい。わかりました。何があったのですか?さっきまで藤倉さ
んは険しい顔をされていましたが、今は静かなお顔ですね。」
 「あは。そうかな。じゃ、ここから撮影を再開してくれるかな。
私はちょっと“白龍”さんと話があるから・・・」
 「はい。」

 『なんでしょう?』

 「あなたが先ほど言っていた、“黒龍”の所業は、直接に見られ
たことですか?それとも、誰かからお聴きになられたことでしょう
か?」

 『えっ。あ~ぁ。そういえば、全て、他も神や人間たちから聞い
たことですね。』

 「そうですか・・・もう1ついいですか?あの“黒龍”が本当に
あなたに対して敵意を持っていると思われますか?そんなことがあ
りましたか?」

 『そうですね・・・私に何かをしたと言うわけではありませんね。
他の神や人間、動物たちに対してはいろいろやっていましたが・・
・藤倉さん。いったい何が言いたいのですか?』

 「ん~。先ほど、“黒龍”と話しました。この部屋では、何かに
力を抑えられて動きが鈍くなっているようです。それが何なのかわ
かりませんが・・・
 で、その話には、真実があると私は思います。
 それは、村人を殺傷したというのは誤解で、村人同士が争ったこ
とで多くの人が殺されたのであって、それを見て、止めようとした
ことにより、その首謀者の黒河一族を1人残して皆殺したそうです。
その一族がそもそも悪であり、村を滅ぼしたようですね。他にもあ
りますが、私が感じるところだと、彼には、恨みや呪い、怨念のよ
うなものはありません。どちらかというと、慈悲のような心が強い
ようですね。」

 『えっ、そうなんですか?と言うことは私の誤解だったのでしょ
うか。じゃ、あの由美さんを襲わせたのは・・・あっ。ひょっとし
てあの影たちの仕業なのね。
 私、ちょっと神たちやモノたちに確かめます。あのモノたちは嘘
がつけないはずですから。嘘を言えば別の世界に追放されてしまい
ます。そういう掟です。藤倉さん。少しお待ち下さい。すぐに戻り
ます。』

 「はい、わかりました。じゃ、私はもう少し“黒龍”と話をして
みましょう。何かが見えて来そうですね。」
 「藤倉さん。どういうことですか?そのクロカワって誰ですか?
俺に何か関係あるのでしょうか?」
 「あっ。聴こえてしまったようだね。後で詳しくは言うが、君の
祖先で黒川じゃなく、黒河という一族が1000年程前に居たんだ
が、その村の人々が殺戮されたんだ。
それを“黒龍”の仕業だと伝えられていたが、そうではなく、“黒
龍”はその村人たちを助けようとしたらしいね。それで、その殺戮
を実行した黒河一族の1人を除いて皆殺しにしたんだ。村人の大半
を殺したのは、黒河一族だったようだね。
 それを神たちは誤解をしたのか、そういうことにしたのかはわか
らないが、“黒龍”の責任であり、その協力者である、唯一の生き
残りの黒河に罰を与えたようだ。その罰というのが、今、君が持っ
ている能力だよ。」
 「え~っ。じゃ、俺は、その生き残りの1人の末裔ですか・・・
もう何代も前の話ですよね。何で今もその罰なのか、呪いなのかを
受けなければ・・・
 でも、大きな罪を犯したのですよね。・・・俺には、償いようが
ありません。」
 「うん、そうだね。だから今、君はここに居るんじゃないのかな。
それが真実であれば、これからの君の生き方が変わるだろうね。」
 「はい。まだ理解することはできませんが、しっかり受け止めま
す。
 じゃ、あの“黒龍”は悪では無いのでしょうか?“白龍”さんが
言われていたことは真実では無いということですか?」
 「まだわからないが、今、“白龍”さんが確かめに行っているよ。
あの“白龍”さんも困惑しているようだね。」

 そう言って、藤倉さんは、もう一度あの“黒龍”の所へ行ってし
まった。俺は、あまりの話にショックで何も手につかず、近くにあ
った椅子に座ったまましばらく呆然としていた。

 「もう1つお聞きしたいのですがよろしいですか?」

 『ん?何?・・・“白龍”はどこへ行った?』

 「先ほど、“黒龍”さんが言われたことを伝えたところ、非常に
驚いていましたよ。それで、他の神たちに確かめに行っています。」

 『そうか。姉はやさしい神で、信じやすいからな。でも、姉を
“白龍”を怒らせたら大変だぜ。他の神では止められないぜ。何し
ろ天帝に仕えているからね。すごい力を持っているよ。ちなみに、
飛ぶ速さはどの竜より早いぜ。追われると絶対に逃げられないな。
俺も捕まったからね。』

 「えっ、天帝?それは、最高位の神ですよね。・・・」

 『藤倉さん。良く知っているね。人間界では様々な神がいるよう
だが、この天帝というのが頂点とも言われているよ。少し、怖くな
ってきたな。あの姉が怒ると何が起こるか・・・』

 「そうですか。でも、あの“白龍”さんは、分別はあるようです
から、感情に左右されないでしょう。神ですからね。
 で、もう1つの質問ですが・・・私の友人で由美という者がおり
ます。今日、お昼にここへ来たのですが、その直後に黒い影に襲わ
れ、危うくおなかの子を失うところでした。それをある少女が助け
てくれたのですが、あれは、あなたが影たちに命令したのですか?」

 『あぁ、それか。その通り、俺が影たちに命令したよ。だが、お
なかの子を襲えとは言っていない。少し、脅かしてやれと言ったま
でだ。』

 「そうですか・・・何のために脅かす必要があったのですか?ど
うもおかしいですね。」

『ほ~。あなたは鋭いね。人間にしておくのがもったいないな。・
・・そうだよ。あのおなかの子が持って生まれる能力を奪おうとし
たんだ。その能力は、近い将来災いを起こすことになるからね。こ
れは“白龍”も気付いているはずだが、姉はやさしすぎる。それで
俺が消してしまうことにした。残念だが、あの少女が来るとは・・
・』

 「やはり・・・じゃ、一緒に来た女性は誰?」

 『ん?女性か。あれは、この家の家政婦だ。ただ、この世の者で
はないがね。時間を支配する力と身体の成長を支配する力を持って
いるよ。本当の年齢はあいつには無い。』

 「なるほど・・・それでおおよそのことは理解できました。ただ、
その少女は近い未来に何をするのでしょう。あなたならお分かりに
なりますよね。それに、あの女性は頻繁にこの家に出入りしている
ようですね。何のために?」

 『藤倉さんは、何故、そんなことに興味があるんだ?あなたに何
か関係があるのか?物好きな人間だ。』

 「あは。直接の関係はありませんね。今はね。・・・だが、この
家の全てを購入しようとする私です。この家や庭そして、モノたち
を大切にしたいのです。少しでも関わりがあるとすれば気になりま
す。特に、あの少女は近い未来で何か関係がありそうですから。」

 『そうか。あなたは未来がわかるのかな。それとも感性が高いの
かな。疑問の答えになるかどうかわからんが・・・その少女は近い
未来にあなたに深く関わるだろう。その母があの由美という人間だ
からね。だが、その少女が成長すると・・・そう、10歳になろう
とするころに・・・いや、やめておこう。我々は人間界にあまり関
わらないことになっている。が、あなたには、どうやら“白龍”が
関わるようだから、様々なコトを知ることになるだろう。まっ、未
来をたのしんでくれ。』

 「・・・そこまで言っておきながら・・・いいでしょ。未来はわ
からない方が面白いですからね。・・・あなたを今の状態にしてい
るモノは何ですか?おわかりなのでしょ。」

 『ああ。もうすぐ現れるよ。あの北東にある石の持ち主で俺の力
を抑えることができるモノがね。悪では無いが、善でもない。この
エリアを守護しているモノだよ。あの石を動かしてしまったからな。
・・・』

 「えっ。あの石碑はあなたを封印するために置かれたのではない
のですか?“黒龍”と刻まれていますよ。」

 ん?何か、藤倉さんの顔色が変わったような気がするが・・・何
が起ころうとしているのか・・・

『白い家と黒い家』そのⅦ

 おかしい・・・何かが近付いて来るような気がする。とてつもな
い大きな何かが来る。あの影たちがいない。本当に、影も形も無い
とはこのことか・・・アハ。
 こんな時に俺は何を言っているんだ。これじゃ、山川と同じ思考
じゃないか・・・。

 『そうか。人間は実際に見たモノを信じるんだよな。・・・貧し
いね。
 おそらく、あの彫刻は、少し後になって何者かが彫ったのであろ
う。噂話を信じてね。“白龍”があそこに私を入れて閉じ込めよう
と考えていたようだが、人間の噂話を信じるからそういう思考にな
るんだよ。“白龍は”いろいろと信じ過ぎる。あんなに強い力を持
っておきながら、全く使おうとはしない。藤倉さん。姉をよろしく
頼むよ。アハハハ。』

 「・・・何で?
 じゃ、そのモノは、本来はその北東に居るのですか?」

 『そう、北東に位置し、東を守護しているよ。“白龍”は西を
“白虎”と共にね。もうおわかりだね。』

 「そうか。あの四神の1つである“青龍”ですね。でも、何故、
“青龍”があなたの力を弱らせる必要があるのですか?“青龍”は
物事の発達を促進する神であって、争いは好まないはずですが・・
・おかしい。」

 『ん・・・この場所はどこだ?・・・この日本と言う国土のほぼ
中心になるんだよ。わかるね。』

 「あぁ、そうか。“青龍”は東を守護している。西は“白虎”と
“白龍”が守護している。そしてその間に当たるのがここか・・・
あなたは、守護するものにとっては邪魔ということですね。」

 『いや。単純に邪魔ならば、俺は北を“玄武”と共に守護するよ。
同じ黒だからね。だが、俺は、東を選んだ。』

 「何故?・・・」

 『ん?単純に、日本国土の南北は、海だ。何もない海だよ。何も
ないのは退屈でいやだね。アハハハ。』

 「アハ。そんな理由で・・・でも、何か変だな。」

 「黒川くん。もう1人、いや、もう1つの“霊”がすぐにやって
来るよ。」
 「はい。先ほどから感じています。・・・
 藤倉さん。もう1つの“霊”って・・・」
 「ああ、もう1つだよ。・・・来たようだね。黒川くんの後ろに
・・・」
 「ん?山川。お前何をしに来た?下で待っていろと言っただろ。
おい!山川・・・」
 「黒川くん。それは優司じゃないよ。」
 「えっ・・・じゃ・・・」
 「あなたは“青龍”ですね。何故、優司に憑依したのですか?そ
んなことをしなくても本来の姿で行動できたでしょ。何か理由があ
りそうですね。」

 『そうだな。だが、その子は素直で扱いやすい。それに、あの石
を動かしてしまったからな。その罰とでも言っておこうか。お前た
ち人間は手を出すな。向こうへ行ってろ。
“黒龍”久しぶりだな。まだ、ここに居たのか。お前は、姉さん、
“白龍”のところへ帰れ。ここより東は俺の支配にある。立ち去ら
なければ、暗黒界に閉じ込めてやろうか。同じ方角に2つの神はい
らない。』
 『藤倉さん。向こうに行った方が良い。危険だよ。この“青龍”
は激しい性格だから、あなた方もケガでは済まない。本来はそんな
神ではないのだが、よほど俺が邪魔なのだろうね。』

 その時、閃光が走り、“黒龍”の頭上を襲った。すると、一瞬で
はあるが、“黒龍”が消えかかったように見えた。すぐに元に戻っ
たが“黒龍”はかなり弱っているように感じる。力を感じない。
 藤倉さんの話だと、“黒龍”は悪では無く、人間界の平和のため
に様々なコトをやっただけで、むしろ、良い“霊”のようだ。だが、
この“青龍”も東を守護する大切な“神”であり、これも悪では無
い。どうすればいいのか、どう見ていればいいのか・・・

 「ん?どうしたんだ、黒川くん。」
 「藤倉さん。どちらの“神”も悪じゃありませんよね。ただ、同
じ東を守護しようとしてぶつかってしまっただけですよね。どうす
れば・・・」
 「そうだね。ライバル同士と言うことだと思うな。天敵とも言え
るよな。あの世界も人間界も同じでそんな関係があるんだろうね。」
 「あのね、藤倉さん。そんなことに感心していないで何とかして
下さいよ。山川がどうかなりそうです。」
 「大丈夫だよ。ほら、“白龍”さんが戻って来たよ。・・・どう
もおかしい。この2つの“神”は本当に互いを敵視しているのかな
?・・・」
 「えっ。どういう意味ですか?」

 『2人ともやめなさい!こんな所で争ったら、人間界に歪が出る
でしょ。その責任がとれるの?』
 『邪魔するな、“白龍”。人間どもは我々を蔑ろにし、最近では
ほとんどの人間が我々のことを忘れてしまっている。そんなヤツた
ちを気にする必要などない。だろう“黒龍”』
 『そうだな。俺もそんな人間ども・・・特に同じ人間に害をする
身勝手な人間が許せなかった。そんな、悪を懲らしめたまでだ。特
に、戦国の世や世界大戦の時代は最悪だったな。』
 『そうだろう。“白龍”お前もそれを嘆いていたではないか。今
更、人間界を気にする必要は無い。』
 『わかったわ。じゃ、好きにしなさい。だけど、私は、この2人
とあなたが憑依している子を助けるからね。この人たちと共にこの
家を再生して、新しい空間を創ることを約束したからね。それに、
ここに居る様々な“霊”たち、みんな一緒に連れて行ってもいいと
言われたのよ。
 だから、私は全力で守ります。東も西もない。』
 『勝手にしろ!“黒龍”勝負だ!』

“青龍”はそう叫んで“黒龍”を覆うように大きくなった。そして、
さっきの閃光どころか、大きな雷のような音や耐えられない異臭を
出し激しく気を出して争っているように見える。家全体が揺れてい
る。あっ、山川の身体が倒れた。おぉ、竜が身体から抜け出たよう
だ。大きい。そして、青緑の鱗が光って見える。美しい。いや、恐
ろしい。えっ。“黒龍”の黒い布が消えて真っ黒な竜が現れた。す
ごいなぁ~。これも光っているように見える。やっぱり、美しく感
じてします。こんなに恐ろしい光景なのに・・・何か・・・

 『やめなさい!お前たち。“青龍”“黒龍”それに、“白龍”も
何故止めない!』

 えっ、誰?あ~ぁ、何かが3つ居る。何なんだこれは・・・

 『あっ。“朱雀”“白虎”それに、“玄武”まで・・・何故だ。
どうしてここに来た!邪魔するな!決着をつける。』
 『もういいでしょ、“青龍”。みんな心配をして来たのよ。“黒
龍”も意地を張らずに、私の所へ来なさい。“白虎”は承諾してく
れているのよ。』

 「そうですよ。もういいのではないですか?我々はこの家を大切
にしますし、庭やモノたち、そして、あの“霊”たちも大切にしま
す。“黒龍”さんにも言いましたが、私は今度、再生の家を創ろう
としています。それは、ヒトの再生でもあるのです。この家の一部
を移築して、その家を中心に様々なモノとコトでみんなを大切にす
る心を伝えたいと思います。」

 『あ~ぁ。やめた!もういいよ、“青龍”好きにしたら・・・』
 『おい!やめるのか?もう少しで面白くなるのに・・・まっ、こ
れくらいが調度いいか。この人間たちの意志も十分に理解できたか
らな。本当にこの家や庭そして、モノたちを大切にしてくれるだろ
う。なっ、“黒龍”』
 『そうだな。特に藤倉さんは頼りになりそうだ。本当に人間にし
ておくのがもったいないな。』
 『え~っ、何?あなたたち何か仕組んだわね。人間の心を確かめ
ろためにワザと争ったのね。』
 『アハ。姉さん、悪いね。この家がいつまで経っても放置された
ままで、あの“霊”たちも可哀そうだしね。特にあのペットたちが
ね・・・だからと言って、中途半端な人間には任せられない。そこ
で、“青龍”と相談をしてこういうことになりました。エヘへ。』
 『エヘへじゃないでしょ。他の神も呼んで来ちゃったじゃない。
・・・もっとも、別のようもあったけれどね。』
 『まあまあ、“白龍”いいじゃないか。大事にならなくて。人間
たち、この家やモノたちそして、“霊”たちを頼むよ。じゃ、我々
は帰るとしようか。』
 『ちょっと待って。1つ聞きたいことがあるの。・・・あなたた
ち神は“黒龍”の所業の本当の理由を知っていたのでしょう?知っ
ていて偽りを言ったのね。どうなの?』
 『ああ、その通りだよ。“黒龍”が我々の承諾なく、人間を裁い
たからね。それは、掟として許されないことだろ?“白龍”もこい
つには手を焼いていたではないか。正しい、罰じゃなかったかな。』
 『ふざけないで!それによって“黒龍”がどんな思いだったか。
私までだまして・・・あなたたちを許さないから・・・』
 『姉さん。もう良いじゃないか。たった3000年のことだ。こ
の神たちも悪気があってやったことでは無いだろう。・・・それに、
姉さんが起こると、今の我々の比じゃないし、それこそ、人間界も
暗黒界も我々の世も全て、崩壊してしまうよ。怖い。』
 『あっ。そうだよ。“白龍”。我々がやり過ぎたよ。申し訳ない。
“黒龍”にも申し訳ない。それ以上、怒りを出さないでくれ。お前
は、怒ると本当に怖いからな。おい、“青龍”も詫びてくれ。』
 『ん?何で?俺は“黒龍”が親友だし、良い天敵だからな。そん
な企てなんか知らされていなかったぞ。お前ら3人がやったことだ
ろうが。“白龍”俺は関係ないからね。』
 『コラ!“青龍”卑怯者が・・・』
 『もういい!わかったから。怒りません。・・・あ~、恥ずかし
い。人間の所業をとやかく言えるの?あなたたちは・・・藤倉さん。
大変お見苦しいところお見せいたしました。』

 「アハ。神の世界も人間と同じようなところもあるのですね。で
も、その神も過ちを犯したのではないようですよ。神の世界での掟
に従ったのでしょう。“黒龍”さんにも非があったようですしね。
面白いですね。」

 『藤倉さん。あなたは何者?』
 『だな。“黒龍”の言う通り。藤倉さんは何者なんだ?』
 『おいおい。神である我々が人間に感心してどうする。でも、確
かに・・・』

 「アハハハ。私は、1人の人間です。そして、いちデザイナーで
すよ。でも、お誉め言葉としてありがたく思います。」
 『もういいか・・・』
 『じゃ、我々はこのへんで引き上げることとするよ。“青龍”も
帰るぞ。』
 『ありがとう、みんな。』
 『俺も帰るよ。“黒龍”はどうするんだ?姉さんについて行くの
か?』
 『いや。俺はちょっと旅に出るよ。どの世に行くかはわからんが
ね。本当に、お前から東の守護を取れるように修行する。』
 『それは、一生かけても無理だな。・・・ん?一生か・・・俺た
ちに一生はあるのか?アハハハ。バカ。』

 と言って、四神は帰って行った。そして、“黒龍”もどこかへ行
ってしまった。
 えっ。帰るって、どこへ・・・

 「終わったね。これは責任重大だな、黒川くん。たとえ、“黒龍”
と“青龍”が仕組んだこととは言え、この家たちを大切にしないと
ね・・・」
 「ですね。あっ、山川が気が付いたようですよ。」
 「ん?何?どうかした?何でおれがここにいるの・・・ワァ~す
ごい!モノたちがいっぱい居るよ。おじさん。もう日暮れだから明
日、絶対に見に来るよね?連れて来て下さいね。」
 「アハ。何も覚えていないな、こいつは。藤倉さん。救いようが
ないですね。さっきの四神にお願いして鍛えてもらいましょうか。
アハハハ。」
 「ん?」
 「もういい。瀬山先生を見つけて、一緒に旅館へ行こう。西脇さ
んが予約してくれているようだ。ゆっくり温泉にでも入ろうか。」
 「は~い。」

 『良かったですね、藤倉さん。そして、今後は宜しくお願いしま
す。あんなバカな弟たちは放っておきましょう。“霊”たちも期待
していますよ。うふ。』

 翌日、俺と藤倉さん、瀬山先生、西脇さんに由美さんとのんきな
山川の6人が再度、調査のためにあの家に入った。当然、昨日のこ
とは俺と藤倉さんとの秘密であり、今後も協力して、再生の家を進
化させることになる。
 東山さんが向かった、公民館の床板材に関しては非常に良い保存
状態だったようで、そのまま解体し指定の倉庫に搬入することにな
った。ただ、その時に、庭用の材も近くにあるということで、その
まま東山さんは現場に向かったようだ。何やら変わった大小の石と
のことだが・・・いやな予感がする。

 「西脇さん。いい旅館をありがとう。あの旅館の床は全く段差が
なかったよね。バリアフリーということか・・・今度の再生の家に
も導入しようか。旅館はいろいろなお客様が来られるから気配りが
大変だね。やっぱり、気分良く過ごしてほしいな。西脇さん、宜し
く。・・・あっ、それから、夕べ話した、由美ちゃんとその子につ
いては、秘密だからね。絶対に由美ちゃんには話さないように。少
し様子を見たいから、生まれる子が9歳になる頃までは内緒にして
おいてね。」
 「はい。わかりました。バリアフリーはいいですね。やりましょ
う。由美ちゃんのことは、了解しました。その年になったら藤倉さ
んから何か話されますか?」
 「そうだね。その時の状況でね。」

 「黒川くん。昨日は何があったの?」
 「えっ。何って・・・由美さんを襲った影の件ですか?」
 「違うわよ。チラッとニシさんから聞いたけれど、すごい危ない
ことがあったのよね?ちょっとでいいから話してよ。すごく興味が
あるの。うふ。」
 「じゃ、西脇さんから聞いてください。俺の口からは詳しくは言
えません。多分、藤倉さんから西脇さんはしっかり聞かれていると
思いますが・・・」
 「そうなの。じゃ、後でニシさんに聞こうっと。・・・で、屋根
裏部屋には沢山の物たちがいたんでしょ?どれくらい?」
 「アハ。メチャクチャありますよ。あそこだけで、由美さんだっ
たら今日1日必要ですね。」
 「そうなんだ。それでニシさんはお弁当を作っていたんだね。す
ごく美味しそうだったよ。あの人、良い味覚しているから藤倉さん
が誘ったんだけど、今度出来るカフェが楽しみ。エヘへへ。
 あっ、でも。沢山の焼き塩や水そして、線香も用意していたわね。
藤倉さんから頼まれたって言っていたけれど、何で?」
 「そうですか。由美さんは、食べるのが好きなんですね。アハ。
その塩や水、線香は、あの家を一度清めるためのものですよ。きの
うは本当にいろいろありましたから・・・」
 「ふ~ん。俺、料理は苦手だけど食べるのは得意。アハハハ。」
 「・・・・・」

 この由美さんは、どこか山川に似ているような気がする。西脇さ
んや東山さんも似た者同士という感じだね。そして、俺も藤倉さん
とは良い協力関係でありたいね。でも、あの人は不思議な人だ。し
っかり理解できる日は来るのだろうか。

 「黒川くん。何をブツブツ言っているんだ?この家も含めてよう
やくほとんどの材が収集できたよ。これで第一段階の施設は完成さ
せることができそうだ。今後は、少しずつ、慎重に材を探そうと思
う。大学を卒業しても協力してくれるね。」
 「はい。勿論です。似た能力がありますからそれぞれに全国を捜
し歩いたら良いものが見つかりますよ。」
 「だね。一緒に行動するよりも、別々の方が効率は良いな。・・
・そうだ。黒川くんから見て、いい人材が居たら是非紹介してくれ
ないか?それとなくね・・・アハ。」
 「はい。了解です。」
 「じゃ、この家と庭を徹底的に再調査するとしようか。瀬山先生、
西脇さん、由美ちゃん宜しくお願いしますね。そして、優司。お前
の感性は私と同じものを持っているはずだから、しっかり頼むぞ。」
 「は~い。」

 『いよいよ、再生の家が創られるのね。私たちも楽しみにしてい
ます。そして、影ながら、じゃなかった“霊”ながらお手伝いいた
します。・・・
 あっ。再生の家じゃなかったわね。“白い家”と“白いカフェ”
だったわね。うふふ。』

『白い家』と「白いカフェ」

お読み頂きまして、ありがとうございます。こんな家が現実に存在
してほしいですね。また、新たなものに挑戦します。

『白い家』と「白いカフェ」

希望の会社に就職をしたが、今と将来のことに悩み、学生の頃に 働いていたカフェに行き、そのころを回想するところからこの物語 が始まります。 早春のある日、『白い家』と「白いカフェ」そして、そこで働く 個性豊かな従業員たちとの出会いから始まり、それらから、様々な コトを学び始めます。 特に、この家に宿っている“霊”的なモノたちや建物そのものと のふれあいが、この主人公である学生に大きな影響を及ぼし、刺激 を受けながら少しずつ成長して行きます。勿論、このカフェの従業 員との出会いも彼に少なからず影響を与える。その中には、ほのか な恋もあるのかも。 お話は、1話から21話ですが、1話毎にタイトルを設けていま すので、1話に対しては15分前後でお読み頂けるかと思います。

  • 小説
  • 長編
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-05-30

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 出会いと再会
  2. オーナーと従業員
  3. 子供と大人
  4. おかまとおなべ
  5. 都会と田舎
  6. 幽霊とお化け
  7. 親と子
  8. 漫才コンビと師匠
  9. 夫婦と夫婦 ふうふとめおと
  10. 暗闇と灯 くらやみとともしび
  11. 月と太陽
  12. ミュージシャンとアーティスト
  13. 音と香
  14. 障害者と健常者
  15. 香りと臭い
  16. 自然と人工
  17. 雪と雨
  18. 再生と新生 壱
  19. 再生と新生 弐
  20. 花と苔
  21. 転職と天職
  22. 友情と天敵
  23. 『白い家と黒い家』そのⅠ
  24. 『白い家と黒い家』そのⅡ
  25. 『白い家と黒い家』そのⅢ
  26. 『白い家と黒い家』そのⅣ
  27. 『白い家と黒い家』そのⅤ
  28. 『白い家と黒い家』そのⅥ
  29. 『白い家と黒い家』そのⅦ