春の夜の夢

移ろうは世の定めか

見上げるそこには数十年もの長きに渡って

春の女神ともいうべき美しい姿があったのに

背が高く優雅で気品に溢れていて

比べようもない華やかな衣装を身に纏い

裳裾を揺らす気まぐれな春風の誘いを難なく受け流し

才色兼備の名を欲しい儘にした平安の世の佳人の如く

人々の羨望のまなざしを全身に受けながら

少しも驕り高ぶる様子を見せず 

ただそこに 静かに立っていた

そして季節が移り初夏ともなれば

惜しげもなく薄紅色のその打掛を脱ぎ捨てて

新緑の鮮やかな一重に着替え

また秋深まるにつれてはその色を緋色に変えつつ

人々の心を魅了してやまなかったその姿は

もう永遠に失われてしまった


君去りて逢瀬の夢の桜影
     恋しき膝に涙するかな


想えば この世界は浮世とか

昨日までの様々な出来事は夕べの夢と

一体どんな違いがあるというのだろう 

月の掛かる満開の桜木の影で

せせらぎの心地よい水音を聞きながら

恋する人の膝を枕にしてまどろんだ

あのおぼろげな  春の一夜の夢と


〈 倒されしすべての桜木に捧ぐ〉


*桜の歌のお好きな方は 『さくらによせて』のコーナーを
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春の夜の夢

春の夜の夢

  • 自由詩
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2016-03-10

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