君の文字は時じくに咲いている
プロットまとめ
【君の文字は時じくに咲いている】
〜時じくシリーズ〜
・世界観
統一夢←人工昏睡夢でプログラムされた世界
人口昏睡夢←昏睡時に人為的に造られた睡夢
ボダイ←統一夢の別称。釈迦の悟りの意の例
共有夢役者←第一被験者の監視役を担う人々
第一被験者←ボダイ最大監視下にある実験体
万能性科学←人類の理想とする科学の到達点
実験←万能性科学による実験で深層夢を解剖
日常←ボダイにおける主観的生活背景の三年
時じくに咲く←いつまでも咲き続ける花の意
・語り部
どんなに離れても消せない想いがある。
だから私はここにいる。
君の名前を私が呼ぶために。
・キャッチコピー
「あなたは、今(ゆめ)に生きていますか?」
・主題歌
OP『Bravely You』〜Lia〜
挿入歌『Fallin’』〜ZHIEND English version〜
ED『Le jour』〜佐藤聡美〜
・あらすじ
1・主人公はたわいもない日常を学校生活で過ごしていた。校内でもトップクラスの美人先輩と恋人の日々を過ごし、周りの友人たちにも恵まれ、ありふれていてどこか仕組まれたように楽しい、そんな例えようのない現実を生きていたはずだった…。
長い時を生きていながら違和感を感じ、一体何年の間、この生活を続けているのだろうかとふと思ってしまうこともあった。記憶の果てにうずく誰かの叫び声が聞こえ、自分ではないようなまるでかつてにもあったような記憶のすれ違いを感じた。知らぬ街の人に見つけろと言われ、縁のない同級生にこの世界から逃げろとふいに声をかけられたりもした。出会ったこともないのに懐かしいように親友を思い出していた。今まで以上に疑問が脳裏をよぎりはするも、何かに気づけないような気がしてならない。恋人こそ彼の姿勢にしっかり耳を傾け、その支えになることを決意するが、彼はいっこうにその問題が徐々に自分が答えを知る上で最も危険な場所に立っていることを知らなかった。
高校三年生となり、教師の推薦もあって生徒会に就任した主人公はそこで初めて出会うはずの女子生徒に異変を感じる。あるはずのないデジャヴと重なる時間の累積。これから起こりうる驚愕の現実。果てしないような記憶の片隅にあった何かがようやく彼の求める真実へと誘い始めたのだった。こうしてにわかに信じ難くはあるものの彼はこの高校生活がまるでループしているかのような感覚を、重なる記憶の波で確信してゆくようになった。生徒会で知り合って以降、異変を感じさせたその女子生徒自ら彼に対して熱心にデジャヴについてなど彼の持つ違和感を必死に知ろうとしていた。誰もが笑うような自分の本音をまっすぐに受け止めるその女子生徒の姿がどことなく卒業した彼女へのそれと似ても似つかないもので、彼はどうしようもなく自分の悩んでいることがどうでも良いことのように感じていったのである。いつしか1人の友達として本音を言い合える仲になったその女子にある日、1枚のカードを渡された。勇気を出せるよう彼女によって綴られたささやかな応援歌だった。主人公はその言葉と文字をしっかりと心に受け止め、頑張れるようになった。何気無い1枚のメッセージだけなはずだったが、彼にとっては大きな言葉だったからだ。素直に嬉しかった。その純粋な自分の感想を専門学校に通う彼女に伝えると、彼女もまた彼女らしくその話を楽しそうに聞くのであった。何も悩む必要はないと彼女は言い、そのまま去って行った。
2・卒業式当日。高校生活最後の日を迎えた主人公は皆勤賞の壇に上がっていた。その表彰状を見た当人は稲妻で打たれたかのような衝撃を感じた。そこに書かれてある名前が他でもない自分のいるはずもない記憶だけの親友の名前だったのだ、取り乱した彼に館内でとりわけ大きく名前を呼ぶものがいた。生徒会の親しい女子生徒だった。彼女が口にしたその言葉を主人公はこれまでで最大の記憶の重みを実感しながら思い出した。「この世界はあなたを監視するために創造された夢よ。あなた自身の意思がない限りあなたはまた同じ記憶をループさせられる。この世界から脱出して。早く目覚めて。」いく百年のごとく繰り返され続けた邪悪な連鎖にようやく希望の灯火が輝いた瞬間だった。だが彼は数多の人々からその場で拘束され、見覚えのある実験室へと連れてこられた。彼女はあの場で銃殺されその遺体も共にここへやってきていた。
人は人の考えゆえに己の力の歪みを知り、万能を得るべく、未知の科学(夢)へ手を伸ばしていた。政治界の枠を超えて世界を動かし始めた万能性科学の権力は、次第に人体による介入不可能とされる人間古来の想像性に着手していったのだ。そこで無差別に経済的地位のない者から人体実験へ、巨額の資金提供を契約条件のもとに取り込んで行ったのである。人の権利を放棄させられた彼らは『統一夢(ボダイ)』に永久昏睡状態のままプロブラムとして閉じ込められ、第一被験者(主人公)を中心とした彼の記憶と時間の流れによる記憶夢の対平行時間への人為的関与としてのもくろみに操られた、自由意志を持つ個体夢からの共有夢役者となったのだった。自分の意志で本人を昏睡状態からの逃避行に促した者はボダイ中の役者によって処刑されるようになっている。そのため誰もが彼の復活こそが自分たちの復活と同定義になることを認知していながら、その拘束力に手も足も出ないでいたのだ。各ループごとに処刑された人々の中には以前のループにいた彼の親友もいたのだ。できない役者もボダイ中で殺されることで昏睡状態の現実世界でもショック死するように設定されている。自らを犠牲にしてまでも彼の記憶に変化を生じさせようとしたその彼女の遺体は主人公本人の前で忽然と姿を消していった。《主人公にとって今まで生きていたはずの世界はすべて、プログラム通りに敷かれたシナリオで、彼の周りにいたすべての人間も、彼の周りにいない関わりのない者たちでさえも、すべてが偽りだったというわけだ。仕組まれた現実という名の夢の世界、それこそがボダイという劇場であり、幾千年ものループを繰り返されるなかで彼自身だけがループごとに記憶をリセットされていたのだ。一瞬のうちに睡眠夢は脳内で創造される。現実界でシナリオを進める科学者たちにとっては、この夢もほんの一瞬にすぎないのだ》
カードを握る手に力が入る。この文字がなければ彼は立ち続けることができなかったから、誰かの言葉や誰かの支えもあって今があったから、けれどそれを書いた人はどこにもいない、大切な友人はもういない。拒絶と絶望の叫び声がその日を包んだのであった。
そして、物語はさらなるループへと移行し、プログラムの再編成と共に主人公の高校生活が始まっていった。何百回あがいたとしても、それは現実で今もなおボダイに取り残された役者たちを、監視し続ける現実の科学者たちにとってはほんの数瞬にすぎない。そして監視最大の実験体である主人公には、科学者にとって砦となる夢の番人が立ちはだかっていることをまだ知らない。
3・来る日も来る日も楽しさに溢れる日々が続く中、主人公は青春の真っ只中にある高校二年の夏、ようやく彼女との交際を公にするようになっていた。幸せだった。笑顔の絶えない彼女の顔はさもこの世界での時間が終わることのないよう願っているようだった。彼にとってはこれが幾百回も繰り返されていることだとは気づくはずもなく、意識的に現在を過去からのループによって再編された夢の中だということは、彼もいまだに気づけていない。ただ現実味を帯びた既視感に悩まされるだけだった。それでもいつも一つだけ覚えていることがあった。今まで誰にも言えずにきた入学式の朝に見た夢。その終わりに叫んでいるひとりの女性の姿が忘れられずにいたのだ。それでも、そんな人間はどこにもいなかった。起きたとしても、夢は夢でしかないように、消えた彼女はもうこの世界に戻ってくるはずもなかった。ある日恋人とのデートで浜辺を歩いていた時に、彼女がふと何かを探るように主人公へ話しかけだした。ただ、記憶についてだけ。返答するも彼女はいつもの笑みで海を見つめるばかり。静かなひと時を過ごし、いつの間にか沈みかけた太陽が彼女の黒い影を包み込むようになった時、彼女の一言目が聞こえた。「君は、わかっているのだろうね」
意図の読めない言葉に声をかけようとした刹那、彼女の左手にひそめていた拳銃がまっすぐに主人公の額へ向けられた。焦りと困惑で腰に力をいれられなくなる主人公はそのまま硬直してしまう。「かつて、君を愛し、愛されたひとりの女性がいた」そう切り出す彼女の二言目にはもはや正気はなく、ぶれない照準はいつでも引き金を引ける領域にいた。見たこともないその姿を主人公はただ聞くことしかできないでいた。「だが、愛はふたりの時間の埋め合わせでしかなかったのだ。ふたりとも、その事を知っていた」拳銃の安全装置を外した彼女はただ突っ立ったままの主人公に引き金に指をかけてから額へ押し付けた。「ありふれた原因だ。喜劇さ、だから別れの道を共に歩んでいる。君への想いが無ければ、だったがな」にごるような邪気を持つ彼女の姿は彼を混乱させた。だから、もう終わらすのだといわんばかりに彼女の目は冴えていた。
無理難題な彼女の物語。
ただ空っぽな毎日を過ごしていた。バレエにダンス、雑誌モデルへなるも夢もなく美しさを求めて専門的な勉学を始めていたがそんな道を本気で掴めるとも思えなかった。彼女の物語は、そんなありふれた退屈の臨界点から始まっていった。高校三度目の春、時たま無茶する後輩にいつの間にか魅入ってしまっていた。周りからのいじめを食い止め、死のうとするのを命を張って止めた。どこにでもいる男だと内心で笑っていた。いつものように体を求めてくるのだろうとうんざりしていたが、この後輩は正直そこに目はいってなかった、むしろその先にあったのだろうと言える。貧困層の学校でありながら彼女にはなぜか財産に事足りていた。それもこの実験のための国からの契約資金だと後々わかることだったが。そうして荒れる世間の波を乗り越えながら生きたふたりの時間ははるかに尊く、いずれ仲違いの末、生きる道を離して行こうとも、そのわずかな時間がこのふたりを大きく成長させたのだろう。だからこそ彼女はもう二度と、この男を愛したくなかった。愛せば愛すほど、自分の本質に、彼へ求める愛のカタチが度を超えていくものだとわかっていたからだ。だからこそ彼女はその男と別れた。彼が愛用していた扇子に別れの文字を書き綴り、離れていった。卒業してからも、噂で聞く別の女と恋沙汰になっているということもどうでもよいことだった。好きなように生き、勝手に全てを忘れて消えてしまいたかった。それが彼女の本望であり、彼にとっての本望でもあるのだと決めつけていた。だがそうして人の恋心が気ままに終焉を迎えるわけではないのだ。人間の持つ本来の姿とはそうなのだと言い切れるだろう。遊女と成り果てた彼女には人生を過ごすことしか頭に無かった。ボダイへの道へ進んだのはヤケではない。むしろかつての男が計画の全てを知って、《自分を代わりに犠牲にしてまでも、彼女を守って実験に加えなかったこと》が、全ての決定打となったのだろう。好意からではないに決まっている。彼女はそう苦笑しつつ、止まらぬ涙に天を見上げていた。ああ、人生とはここまで人の本質を追い込むものなのだな、と。
ほっとけばいいはずだ。そのはずだ。どうでもいいはずなのだ。なのに。なのに彼女には人生の再修正が必要だった。顔なんか合わすものかと決めたはずなのに、理性は、その感情というものはどこかで追いかけていた。だから…彼女は決意した。その身に溢れる気持ちを確かめに前へ進もうと。ボダイで初めて会う彼の姿はどこか幼かった。それもそのはずだ。彼は彼女との過ごした時間を消されて新しい学校生活が始まったのだから。全方位からの感情誤差や心理パターンなどの徹底的な深層夢解剖。異常すぎる非道な人体実験が過酷になることはわかっていた。それでも彼女は彼が最大の監査対象で、彼を通して全ての実験が行われることを知ってここに追わずにはいられなかった。そこには自分がいるはずだっからだ。彼が目覚めたらいつの日かと同じことを繰り返してしまうのではないだろうかと考えて止まない。そして彼女を見つめて楽しそうに話しかけてくる彼はそれでもやはり彼のままだった。出逢う前のその姿。彼女には愛の再来を自覚できずにいただろう。離れているつもりだったのに、彼は自ら彼女のもとへ歩み寄っていた。だが実験前のことは聞いていた。今いる近辺の人間、家族・友人・親戚・恋人との記憶は抹消以前に存在しないものとしてプログラムされているらしい。今いる恋人への想いを、忘れた彼は素直に彼女を見つめていた。もしも、もう一度だけでいい。彼が目覚めずにここで新しい日々を過ごしあえるのなら…。
「君はいつだって最後に気づいてしまう。私とのことも、また知ってしまうのさ。ならば君にとっての本望とは何なのだ?」意味の分からぬ問いに主人公は彼女の物語に近づいていた。拳銃の持つ腕が少しだけぶれはじめている。「この3年間はつまらない日常だったのかい?君にとっての本来の姿はやはりここにはいたくないって、言うの?」先ほどまでの殺気を和らげずにそれでも彼女からの瞳には薄らな雫が揺れていた。先輩は…と口にしそうになる主人公のを手で制止した彼女はゆっくりと告げた。「私は君の、沙羅双樹さ」ただその一言だけだった。ループという円環のなかで永遠の眠りと連鎖を夢みさせられていた主人公の幾千年もの繰り返された全ての記憶を打ち破ったのは、彼女のかつて現実の世界で呟かれた文字だったのだ。
無理難題な彼女の独り言。
そよ風揺れる淡い夕暮れの時間だった。あの日、主人公は彼女を近くの海辺に連れて行っていた。夜街で遊びまくることが苦手だったこの二人の若者は意気投合し、ほのぼのとした時間つぶしをよくする仲になっていたのだ。そんなたわいもない瞬間に彼女は既に彼への愛を伝えようとしていたのだろう。はしゃぐ後輩の頭にそれを置いた。何のことかも知らずに頭に置かれた何枚もの暗記カードには、はじめから何も書かれていなかった。だがその最後のページに彼女の文字があった。その言葉の意味を、主人公はわかったのだ。
《私は君の沙羅双樹さ》彼の時はおそらく、止まっていただろう。
流れるような記憶の渦が主人公を襲っていた。《この世界という真実》を彼は長い年月を経て今ようやく知ることとなったのだ。果てのないような時間だったと、彼女は感じていた。彼が三年ごとの記憶しか知らないとしても、彼のために仕組まれたこの世界ではすべての人間に、記憶が継続されていた。三年ごとに全く同じシナリオではないものの時間や背景においてすべての行動がプログラムされていたのだ。それが幾百回も続けられるという事は、狂気の沙汰ではなかっただろう。そんな日々でさえ彼女には尊い価値だった。彼がそばにいるのなら、彼女は地獄でさえ居場所を見つけることができていたのだから。だが三年が終わるごとに彼がこの世界の真実に気づく日は徐々に早くなりつつあった。数百年前でのループで彼女の知らない生徒会のある女子生徒が、卒業式に彼へすべてを告白した時から、彼の思考はスキルを上げてきているかのように、気付きやすくなっているのだ。原因はその女子生徒が告白したことが原因でも、プログラムミスか何者かによる工作で、渡す表彰状をその時以前まで生きていた主人公の親友の名前にすり替えられていたことが原因でもなかったのだろう。にわかにだが、彼女は疑問を持っていたのだ。その女子生徒、誰なの?と。
真実を知る目の前の男は、恐怖におののくことも憤ることもなかった。ただ、溢れている涙に気づかず、彼女の瞳を見つめていた。記憶を取り戻した主人公は言葉を失ったかのように彼女を見つめていた。遠い日を彼女は思い出していた。現実との区別すらもう無くなったような、そんな現実での思い出だった。胸に秘めていた想いを彼に伝えた彼女は、彼が今と同じように見つめ返してきた事を忘れる事はできなかった。だから、彼を追ってこんな物語に入り込んでしまったのだろう、そう気付いたのだ。しばらくして、ようやく彼は口を開いた。
「先輩だったんですね」
「初めまして、だね。名無し君」
「…あれから何年が経ったんですか?」
「2952年と8ヶ月よ」
「この世界で、先輩がいるということは、助けにきてくれた、というわけではないようですね」
「そうね。あなたが記憶を取り戻したことはこの世界そのものに大きな影響が及ぶことになる。そうすれば、新たに反乱の渦が巻き送ることになるだろうね。」
「戦争、ですか…」
「この戦いがどれほど続こうと、この実験の権力者たちには一瞬の実験結果に過ぎない。だから、君を殺すつもりなのだ。君にはボダイで殺された者が昏睡状態でもショック死になるというプログラムは取り付けられていないからね。君は1度死ぬと、次なるループへ時間と事象が再修正されることになっているから。ここで終わらすわけにはいかないのさ」
彼女はそう言い終えると持ち直した拳銃をもう一度彼に突きつけた。
「また…君に会う。それだけさ」
死は目の前にあった。彼は諦めないことをその瞬間願った。何度となく絶望が彼を襲い、既に心は折れていた。けれども、彼には記憶という答えが蘇っていた。もう逃げる事など考えていなかった。なぜなら、ここが、自分自身の創り上げた世界だと知ったからだ。引き金が引かれると同時に弾丸は見えない速度で彼を貫こうとしている。
そして…その一瞬の判断は主人公の命を守った。プログラムではなく自らの意思でそうしたのだ。彼がかざした左手は手のひらから肘にかけて弾丸が貫き通し、人の手とは到底言えない肉塊となった左腕がその場で崩れ落ちた。彼女が震える腕で銃をその場に捨てた。捨て身の覚悟が彼の脳を研ぎ澄まさせた。一瞬の出来事だったが、これはその場に現れたいるはずのない人物たちによって、大きな変化を迎えようとしていた。主人公は記憶を取り戻し、更にこの世界を自分の夢であることを認識した。つまるところ、世界の創造主が自分自身であることに目覚めたのだ。例として睡眠中に自由自在に人間が夢をコントロールできないように、彼だけではこの世界を変えることはできないかもしれない。だが、この世界を導く意思がその変化を創造し始めていた。だからこそ、その場で立ちすくむ彼女と左腕を失ってもなお顔を歪めない主人公のもとに、彼らは現れたのだ。主人公の意思通りに。
「◯◯、待たせた」「◯◯君」
百、否そこには千にも昇る大勢の人間がいた。二人を囲むように薄暗い浜辺には人知れず異様な緊迫感がある。主人公が目覚めたことで彼が願ったのは失われたかつての人々を取り戻し、夢という世界において復活させたことだった。その中枢にいるのはあの時打たれた仲の良い女子とかつての親友だ。自分の起こした奇跡に実感のない主人公に歩み寄ってきた二人はもはや迷いのない目をしている。
「◯◯、お前はまだ思い出せていないこともあるようだから言っておく。お前はまだこの世界を知りきっていない。そして俺たちが共にいる限り、お前を守り、俺たちの、お前の夢をお前自身に託す。だから俺たちはそれに全力を尽くす。未来はお前の中にある。忘れるな、目覚めたとしても、この世界より良いものとは限らない、だが真実はこの世界よりもずっと先にある。」
先陣を切るように凛々しく語る親友に主人公はようやくことのあらましを掴むことができた。そして立ち上がろうとした時に手を差し伸べるもう1人がいた。あの日彼に命をかけてこのループを断ち切るきっかけを創り出した本人。彼女はその瞳が真摯に主人公の目覚めを待っていたかのように、彼を立ち上がらせた。何故か、本当に何故か、いつの日か手にしたはずの文字が、記憶を頼りに浮かび上がっていた。
「君は…」
「気合い…いれるよ!」
主人公の目覚めは、この夢における物語のあらましだ。あくまでこの世界の構造と背景を知ったにすぎない。現実での出来事を深く考えようにも、今知っているのは科学者と目の前にいる先輩のことだけだった。この世界が彼らの実験によって成し遂げられるのを防ぐために、そして、本当の自分を見つけて、真実を知る為に。主人公はその手を強く握りしめ、大きく天を見上げた。そして朦朧としたままの先輩へ、今思い出した真実を口にする。
「先輩、貴方を思い出しました。貴方は現実での貴方ではない。もうその心の隙に何かを付け込まれましたね、科学者たちから。そして、この世界で俺を監視する人々の先導役にして、司令官、というのは先輩のことだったんですね。」
握りしめた拳から爪が刺さりわずかな血が滲みでていた。彼女は驚きと悔しさに目を潤ませていたが、ひとことを残してその場からスクリーン画面のように忽然と消えた。この世界では現実のようなリアリティーをつくりだしていたが、夢であると本人が気づいた今、彼女は非現実的な力を使ったのだろう。
「この世界は君を、離さない」
そうして、主人公は記憶を取り戻すと同時に集まった彼らとの再会にこれからの戦いを、しっかりと受けて立つことにしたのだった。
「俺たちが生きているのはこの世界じゃない。帰ろう。」
前編・終
君の文字は時じくに咲いている