*星空文庫

長月日記

かくら 作

長月日記

【九月一日 晴曇雨】

父の形見に包丁もらった
かばんへ包丁かくして
警察署のまえをあるく
なるべく背なかをしゃんとして
「うたがわしくはありません」
父は包丁でさかなのはらをきった
父は包丁をテーブルへたたきつけた
「110番をいつかけるべきか」
私さんまをなんどかさばいたかしら
父の包丁にはほこりがうっすら
「たにんごとではないのですよ」
なるべく背なかをしゃんとして
かばんへ包丁かくしてあるけ


【九月二日 晴 夏戻る】

202号室の女は包丁で海の膜を剥ぎとり母への土産にした。
203号室の女は包丁で夏を刻んで炒め夕食にした。
204号室の女は包丁を研いで旅人を待つ。

【九月三日 晴】

102号室の子のあそぶこえがきこえる
ゆびきりげんまん うそついたら包丁千本のます ゆびきった
だれとあそんでいるのでしょう
だれとあそんでいるのでしょう
ゆびきりげんまん やくそくを
してはならない そのあいて
うそついたら包丁千本のまします
さあ ゆびきった

【九月四日 晴曇】

魚をさばくのを じっと見つめる人魚がいる
珊瑚をたたき割り じっと見つめる人魚がいる
その目
その目が包丁みたいに僕を切る

【九月五日 晴】

猫背先生と双眼鏡で人魚を観察していました。
人魚は包丁でみずからの胸を裂き、記憶のかたまりを切り抜きました。
人魚は包丁で砂浜を掘り、記憶のかたまりを埋めました。
人魚が海へ帰ったあと、私と猫背先生は砂浜を掘りました。
記憶のかたまりは人魚の血液でぬれています。
「これは妬みや憎しみの類の記憶でしょうか、先生」
「さあ、どうかな。きみも持ってごらん」
猫背先生は私の手へ記憶のかたまりを渡しました。両手で受け取ったそれは、まだあたたかく、ひと拍ひと拍脈打っています。人魚の血液はきらきらとガラス砂のようにかがやいているのです。
「さて。ではこれを教室へ持って帰ろう。どういう類の記憶なのか、調べてみよう」
猫背先生は丁寧に記憶のかたまりをガーゼへくるみ、保管容器にしまいました。
学校まで、私はその容器を持たせてもらいました。人魚はどうして胸を裂いて陸へ埋めたのでしょう。胸を裂いて記憶を取り出した、そこへ生じた空洞に、人魚は新しいなにかを詰めるのでしょうか。それとも空洞のまま風を吹かせておくのでしょうか。波間に顔を出して陸を振り返る人魚を想像したとき、私の胸に海がこみあげるのでした。

【九月六日 天気雨】

青い空を包丁でみじん切りにしたら雨になりました。


【九月七日 雨】

雨を切って整え文字へ変換し
封筒へいれた。
夜になり更に雨は激しい。
封筒のなかの雨と外の雨。
ポストで夜を越すのはしっとりしすぎるから。
また明日。
明日旅に行かせましょう 。


【九月八日 雨】

マッチ擦る少年 ゆめみる灯へ 母親が包丁いれる。夜 封筒へ火を。


【九月九日 風鳴る】

少年は鏡を包丁で割りました。いやだったのです。鏡はとてもきれいに彼を映したので。まっすぐに彼を見たので。彼はいたたまれなくなって鏡を割りました。鏡のなかは影の世界。影はいつでもひとへ張りついて、自由な本物の世界へ憧れているのです。彼はそんな影の視線に耐えられなかったのです。粉々に砕けた鏡をひろい集めるひとがいました。ところでそれはそれはふしぎなひろいかたです。そのひとは腰を折らずに立ったまま、月をもつかめる大きな手へ鏡の破片を吸い寄せたのです。そのひとはきらきらと光る鏡をさらに細かく砕いてサイダーへ変えました。そして少年の枕元へ置いたのです。夜にのどの乾いて目覚めた少年はサイダーを飲みました。するとどうしてでしょう。涙がとまりません。きらきら きらきらと喉を叩きながら落ちるサイダーは少年の影のすべて。本物の世界に憧れる影のすべて。きらきら きらきら。青暗い夜が光ります。もう元へはもどれません。もう、元へはもどれません。さあ、少年にしみこんだ光る影は、どうなってしまうのでしょう。光る影を飲みこんだ少年は、どうなってしまうのでしょう。月をもつかめるそのひとは、なりゆきをじっと見つめておいでになるのです。

【九月十日 雨】

今宵もブリキのらくだのぜんまいを巻く。砂漠の旅を夢にみる。


【九月十一日 警報のち晴】

らくだのこぶには野望をつめる。
ぼくの耳たぶにも野望をつめる。
きみの頭蓋骨にも野望をつめる。

いつか包丁で割って野望を世界へ放り出そう。


【九月十二日 晴】

よくよく冷やしました夜の蜜
じょうろをつかって旅人の喉へながしましょ
わたしは山小屋の召使い
みつあみおさげを切ってきました
その黒い髪のたばでもって
しばりあげた旅人の手首
わたしは鬼女の召使い
鬼女はふとんのなかでぐうすかぴいぴ
かわいそうな旅人の干涸びひび割れ血のにじむ喉を
夜の蜜でうるおしてあげましょう
黒いみつあみの少女が待っていたのは
きっとこの旅人です
おそろいの指輪に祈りをささげた
その瞬間に髪を包丁で切り落とした
それがわたし
鬼女の足へすがる召使い
旅人はまさか手首をしばる黒髪の主を知ってはいないでしょう
わたしのあるじは枕へよだれをたらして
あしたの朝食を夢にみる
夜の蜜は影の蜜
飲めばたちまち黒い影
みつあみほどけてからまる土間で
わたしは山小屋の召使い
あるじが起きればきっと折檻
さあ旅人よ
さあ旅人は
みつあみなくした少女をちゃんと
見つけてあげられるのでしょうか

【九月十三日 晴曇】

犀くつろぐ中庭へ投げこまれた封書を開き驚愕の午下がり。
「昨年埋めました歯でございますが、順調に芽吹き茂りまして、そろそろ実もつき始めました。犀様にわけていただいた歯のおかげでございます。秋を楽しみにお待ち下さいませ」
歯列の隙間を舌でたどり思い出すのは昨年包丁をつきつけた犀に反撃され折れた歯のこと。あの時犀は何倍にもして返してやろうとそういえば。
手紙を見せると犀は億劫そうに閉眼した。


【九月十四日 晴】

蟻を誘拐した罪にてAは懲戒免職
包丁を所持した罪にて私は禁固一年
hutariで花を捕獲に行ったのです
コスモスの首をざばりざばりと落としたのです
「たれがふたりを罰したのか?」
虫の声うわさする刑罰の夜です

【九月十五日 晴】

月の石を盗んだ男が逃げています
どうやって盗んだのかって
それはもちろん梯子をかけて
月へのぼりまして
ひらべったい月へ包丁をつきたてます
がつんがつんと月を削って
石を落とします
包丁の刃も欠けまして
きらきら ぱらぱら
落ちてきました
それが夕べの透明な雨の理由でした
石を抱えて逃げる男
追手もいないのに逃げる男
だれも興味はないのです
ハリボテの月なぞには
それよりも
夕べの透明な雨が刺さって泣いている
女の子の顔の傷
それをどうしましょう
それをどうしましょう
月から雨の理由を聞いたのは
女の子を守れなかった青い傘
破れた傘は一本足で
晴れた街を跳ねゆきます
石を抱えた男を探して
破れ傘の旅が始まったのです


【九月十六日】

ちいさな主からの命令は 雲らしくない雲を探すこと
お絵描き帖を小脇にかかえて 塀から塀へ おともは猫です。


【九月十七日】

ここだけの話。
あなたの背中の骨のごつごつにはちいさな駱駝が住んでいて、その駱駝のコブには、流しそびれたあなたの涙がたまっています。駱駝はいつでもあなたへ涙を還してくれます。だれかへ教えるときには、そっと耳打ちで。ここだけの話なので。

【九月十八日】

封印でも解くようにあなたは肩を回す。首を回す。足を伸ばす。そんなふうにしてどこへ飛び立とうというのか、こんな雨の夜に。

【九月十九日 晴】

傘の骨を折るようにあなたは肩を折る。首を折る。足を折る。そんなふうにしてどこへ収まろうというのか、こんな晴れの日に。

【九月二十日 曇】

はちみつとバターの海で溺れてきた。ちょっと夢のなかで。
ご想像通りの甘いべたつきは、コーヒーのシャワーで洗い流せば大丈夫。
すっきり目覚めたら、クロワッサン型の車で出かけよう。


【九月二十一日 晴】

椅子が歩いて
きみを追いかけ
青空草原で休んでる。

きみは振り返りもしないから
かわりに僕が腰かけておこうね。

【九月二十二日 晴】

背中にいたはずの駱駝なのですが
今朝気づいたらいなくなっていました
「大きくなりすぎたコブには これ以上涙を貯められないのです」
私の指へ刻まれた書き置き
それじゃあ私が今まで流しそびれたあの涙を背に駱駝はどこをさまよっているというのでしょう
たぷりたぷりと背中の涙を運び
どこへ向かっているのでしょう
駱駝をなくした私はもう涙を止めるすべはなく
駱駝を思って涙を流します
だから私この夜に旅へ出ます
駱駝を探しに旅へ出ます

【九月二十三日 晴】

果実をもぐように
かわいた靴下を
かごへおさめていた
やわらかな手
くいこんだ金色の指輪
たっぷりとした
お日さまのにおい
瓶のふたを開ける音
かかとの下の床のきしみ

見えない足跡をなぞって暮らす
ささやかな音に胸を焦がして暮らす
背骨をひとつずつ積みあげて暮らす

さあ


【九月二十四日 曇】

わたしのなかにかくれるいきものがいる
いきものは歌っているのだがなんだかよく聞こえない
ずいぶんご機嫌な歌なのでわたしは太鼓をもって野原へたつ
いきものの歌をもっとたしかにききたくて太鼓をたたく
わたしは野原で太鼓をたたき兔のようにはねる
そうするとただただ歌が大きくなる
わたしのなかのいきものの歌なのか
わたしの歌なのか
もはやわからなくなるのだ

【九月二十五日 雨】

通学路、林の切り株から生える犀がいた。
僕は毎朝挨拶していた。ある日犀が言った。
「ぼっちゃん、おうちに包丁があるでしょう。そいつで私を切り離してくれやしませんか」
「でも、そんなことしたら、死んでしまうのじゃない? そのままそこへいれば、お水をもらって生きていられるよ」
「ぼっちゃん、それは自由ですか」
「僕はいやだよ。包丁なんか持ち出したら、お母さんに怒られるもの」
先日、実家へ帰った。僕が通っていた学校は廃校になり、通学路沿いの道は全部住宅地になっていた。切り株はなくなり、もちろん犀もいなくなっていた。あの犀は切り離されたのだろうか。実家の台所で、僕は包丁を手にする。包丁で僕は僕の影を切り離そうと試みた。
「ぼっちゃん、それは自由ですか」
犀の声が聞こえた。


【九月二十六日 雨曇】

文字を追いつづけ文字に憑かれ、歩けば肉球から文字を落とす。そんな猫がいたそうな。

【九月二十七日 名月】

ずいぶん月のあかりが強いので、どうやら隣家の屋根のアンテナは、月の声を受信しはじめた。
ほのあかるい窓から鈴虫のようなその声がかすかに漏れ聞こえている。


【九月二十八日 満月】

猫にひどく裏切られたある夜、流れ始めた涙がなかなか止まらず、涙医院へ駆けこむと、くぼみ地帯駱駝失踪症と診断された。時や場所を選ばず涙が流れてしまう困った病気である。
「そんなことより深刻なのは、駱駝のほうですよ。大きくなりすぎたコブに潰されてどこかで倒れてしまうかもしれない」
医師は次の治療法を僕へ課した。
すなわち、失踪した駱駝を探し出し、和解を得て涙を回収すること。


【九月二十九日 晴】

猫に誘われて、夜道を行けば、冬眠支度の蛙の家。
「あたたかく過ごせるように、私の毛を少し置いていってあげましょう」
帰り際、猫が玄関へ毛をもそりと置いたので、僕もなにか蛙へあげようと思い、全身を探る。
猫ほどの上等なものを持っていなくて、終いには蛙になにがいいかと尋ねてしまう。考えているのかただ眠いのか分からない沈黙のあと、蛙は「それじゃあ」と言った。
「それじゃああなたのその靴をこの家に逆さにかぶせていってください。丈夫そうな革靴ですから」
そういうわけで、僕は片足で跳ねて家路をたどる。あの片方の靴が、きちんと春まで、空き地へ残っているか、僕はきっと毎日確認に行く。月が冷たい。田畑を焼く匂いがする。なんだか心細くなって、猫と手をつないだ。


【九月三十日 晴】

白いコックがベランダへ立つ。
鞄から包丁を取り出す。
石で研ぎ青空へかざす。
刃に太陽が反射する。
雲を切る。
切った雲をフライパンで焼く。
雲のパンケーキを皿へ盛る。
「めしあがれ」
白いコックが煙を吐く。
黒いテーブルへ置かれた皿の上の雲を私はいつまでも眺めている。

『長月日記』

『長月日記』 かくら 作

九月に毎日書いたちいさなおはなし達です。 思考過程の記録。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2015-11-25
Copyrighted

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