*星空文庫

【短編】山のあなたの音楽家夫妻の物語

万田 竜人(まんだ りゅうじん) 作

音楽家夫妻の冒険の始まり
        
~ そこにはスイスを思わせる風景があった ~


 早朝に目覚めた音楽家W氏は、新聞の朝刊に折り込まれていた土地の売り出し広告
を見て、「こんなに安い土地があるのか?」と驚き半信半疑のままで、まだベッドで
寝ている奥様を揺り起して声をかけると「きっと山奥の辺鄙なところよ」いう答えが
返ってきて、一瞬、冷静になって考え直した。

 しかし独りキッチンの椅子に座って考えているうちに、「一度、現地を見てみたい」
という気持ちが膨らんできてもう一度、広告に目を通しここならば車で行けると思い、
レンタカーを借りることを考えた。
(実は、交通事故で愛車を廃車にしてしまった直後のことであった)。

 自分たちの音楽堂を建てたいという夢を抱き続けていたので、広告の土地の値段が
本当ならば「その夢が叶うかもしれない」と思うと居ても立ってもいられず・・・
「車をレンタルして現地に向かいながら」も、はやる気持ちは抑えがたい。

 10月中旬のドライブは、紅葉も間近い風景で、天気も晴天・・・

 渋川伊香保インターで高速道路を下りてそこからは奥様が地図を見ながらの案内役
で、やがて目指す「T山」の看板が目に入り快適な道路を道沿いに登って行くと風景
が広がってきて、「スイスを思わせる」ような見事な風景の場所に辿り着いた。

 土地の広告チラシを見て、場所を確認すると、斜面の高いところに該当の土地が
見つかった。そこには、広告に示されている200坪の土地があった。ここならば、
音楽堂を建てるには絶好の場所であり、音楽堂の完成した姿がイメージ出来る。

 土地の購入はご夫妻で揃って、「その日の内に現地で決めた」という。しかし土地
の購入はしたものの建設資金はまだ用意出来ていない。それでも、W氏は現地で頭の
中に描いた「音楽堂のイメージ」を設計図として形にする欲求を抑えきれず、音楽堂
と住居を一体にした図面を書き始め「何枚も何十枚も書上げていった」と云う。

 ご主人は現在は音楽家でありオペラ歌手であるが、元々は機械製図が専門であった
こともあり図面を書くことは得意であったので夢見るように図面を書き上げて行った
という。

 その後も、W氏の音楽堂への思いは加速するばかりで・・・

 かつて、アメリカの本屋で買い込んだ、「マイホーム建設のすべて」を建築設計の
バイブル(聖書)のようにして、建築設計を細部まで掘り下げて行った。元々ご夫妻
で音楽堂への夢を語り合っていた二人はアメリカの本屋でこの本を目にしたときには、
ご夫妻で、即、買うことを決めたという。そのようなご夫妻が、土地を取得した、今、
「気持ちが加速すること」は当然の成り行きと云える。

 比較的、早起きが好きなご主人は、朝から、この建築設計のバイブルを読みふけり
着々と建築の知識を深めて行く。奥様はと云えば、「そんなに早い時間帯はまだ熟睡
状態」である。都市部においては、「一般人による建築設計は許されていない」が、
「無指定地域の山林での設計は一般人にも可能である」ので、現在は、オペラ歌手と
して活躍しているが元々は機械設計製図が専門であったので、建築設計のバイブルを
読み進むうちに、建築における学びの世界は、やがて「ツーバイフォー建築」を学び
取る段階に発展して行くことになる。

 そして「習うより慣れろ」をモットーにして自己設計を開始する。自己設計におけ
る強みは、「好きなように設計変更できる」ことである。

 そばで見ていた奥様も、「何度も、自分で気に入るまで設計図を書き直して行く」
ご主人の熱意には頭が下がる思いであったと云う。

 そのようにして、「出来上がった建築設計図をツーバイフォー協会の会長に送付」
して基準に合致しているかどうか確認したところ・・・

「設計基準への合致」が確認された。

 T山に土地を購入してからあっという間に10ケ月が経過。T山と云う地名は全国
にあるが、「ここのT山は、群馬県にある山村の地名」として知られている。

 W氏が、「自分の素手で音楽堂を建設する」と云いだしたときには、さすがに奥様
も驚いたと云う。すぐに、行動を起こすご主人は現地に、出掛けると整地から始めた。
「シャベルを握り15分間地面を掘っては5分間休む」これを繰り返しているうちに、
「5分間掘り15分間休む」というペースに変わってくる。都会暮らしの生活で、
「これといった運動もせず」に、「近所にも車で出掛け」、「スポーツの趣味もなく」
体力がもつ訳がない(たちまちギブアップ状態である)。

 我が家に辿り着くと、どちらからということでもなく、「夫妻の間で作戦会議」が
始まる。先ずは都内のマンションからT山まで130キロの行き帰りの問題である。
日常的な職業人としての音楽活動が優先するので、建設作業は週末限定となる。

 その度に、車での移動となるが一般道を通うことで高速料金は節約できる。しかし、
週末ごとのホテル代は負担になってくる。ここで、ご主人のアイデアでテント暮らし
が提案される。一瞬、奥様は仰天するものの「それが一番か」と思い同意する。

 早速、ホームセンターに出掛けて、部屋が二つに区切られているテントを購入して
きて、マンションで広げてみると、「これなら二人で暮らして行けそう」と云うこと
になり、T山におけるテントの中での生活スタイルを二人で相談する。

 次に土地の整地と土木作業については本格的な建設用の重機を使うことを計画する。
一般的には、「ユンボ」と云われている整地用の重機を使うことにする。リース店で
二番目に小さい機械を借りることにした。

「奥様にも操作できる」ということで、30分間にわたり操作方法を教わる。実際に
両手で操作をしてみる。いつもの「ピアノを弾くときとは訳が違う」、いくぶん怖い
という気持ちが先行するが、「危ないと思ったら手を放せば大丈夫」と教わり、これ
で少し安心かと思いながら練習を繰り返した。次はT山での現地作業が待っている。



音楽家夫妻の負けない勇気

  ~ 自然環境の中で、お二人の活躍の舞台は、第八幕まである ~

 自然環境に恵まれたT山における建築工事の舞台は第八幕まである。
この舞台における活躍ぶりをオペラ(歌劇)に仕上げることが出来たとしたら、本場
イタリアはもちろん世界のどこの劇場で演じられているオペラよりも、ダイナミック
かつ不屈の闘志で、その偉業に、取り組んだ姿には鳴りやむことのない拍手で場内は
総立ちになることだろうと想像する。

【序 幕】

 音楽家夫妻は週末になって、準備した建設用の機材を車に積み込み群馬県のT山に
向けて発進する。現地入りするとすぐに手筈通り先ずはテント張りから着手。寝室用
の部屋には手作りのベッドを持ち込み床にはじゅうたんを敷き詰めて完了である。

 隣のリビングの部屋には二人でかけられる目線が低目の椅子とテレビを配置する。
食器棚などを配置して食事をする場所も確保出来た。これでT山に我が家のベース
キャンプ(前線基地)が出来た。

 このベースキャンプのおかげで音楽家夫妻は夏から冬にかけて約5か月間を過ごす
ことが出来たと云う。まさに雨風や寒さから身を守ってくれたテントに感謝である。


【第一幕】

 テント生活における週末の朝は早く、鳥が歌い目覚まし時計の代わりとなって目覚
めれば、新鮮な空気が爽やかな朝を届けてくれる。東京都内の暮らしで窓からの日照
時間の少ないマンション暮らしの朝とは、比べようもない快適さである。朝食をとり
ながら、遠くの山々を眺め、青空に思いを馳せて「さあ、今日も頑張ろう」と忙しい
一日が始まる。

 想像もしていなかった建設重機「ユンボ」を操縦して先ず車庫の基礎部分を3日間
で整地。これで雨が降っても週末の車の出入りが容易になる。整地作業に区切りがつ
いて昼食時間にテントに戻ると目にも入らぬ素早さで何者かが外に走り抜けて行く。
「タヌキ?」かと思いながらキッチンに入って行くと昼食用に用意していたカレー皿
に小さな足跡が残っていた。

 テント生活も秋を過ぎるとすぐに冬が訪れてきて夜などは冷え込んでくるので建設
作業の疲れを癒すことも兼ねて近くの温泉に出掛ける。すっかり温まった身体で我が
家に帰り夕食の準備に取りかかると、テントの中に設えた食器棚の上に子猫が乗って、
こちらのやることをじっと見ている。テントにも鍵はついているが、森の仲間(動物)
たちには出入り自由になっているので、入り込んで帰りを待っていたようである。

 動物好きのW氏は子猫にご飯を食べさせてから、森に放してやったと云う。翌朝は
W氏の建設作業の音で夫人は目を覚ました。早起きのご主人は、一生懸命に基礎枠を
運んでいる。今日は、いよいよ、土木工事の始まりである。朝食が済むと夫人も通称
「ネコ車」という単車を手にして、砕石や砂などの土木用の材料の運搬をする。今更、
「箸より重いものは持ったことがない」などとは云ってられない状況なので吹き出す
汗を拭いながら怪我をしないようにと、一生懸命に砕石と砂を運ぶ。

 生コン車が到着するとますます忙しくなる。生コン車から流れ出るセメントをネコ
車に積み込み基礎枠まで運ぶ。両腕をしっかりと固定するものの、セメントは思った
よりも重みがありネコ車が横揺れする。左右のバランスをとりながら足を踏ん張り前
に進む。それを見ていた生コンの運転手さんがセメントの量を減らす。

「もう少し大丈夫よ」といって強がりを云うがネコ車のほうが正直で横倒しになって
セメントは地面に散乱。このときに夫人はとっさに自転車の練習をしていて、初めて
転んだときのことを思い出したという。

 今、汗まみれになって施工している土木工事が一番目の大仕事である。この仕事は
二つの工事で構成されいる。一つ目は山林部などの周囲から流れてくる水が敷地内に
入らないようにするためのブロック工事である。二つ目は、敷地内に降った雨などを
地下に逃がし、同時に外部からの水が地下水となって湧き出した場合にも対応できる
よう、排水パイプを地下に埋め込む工事である。

 敷地は奥行22メートルの間に、高低差が5メートルあるので、現状では雨になる
と山林から流れてくる水は敷地内を一気に駆け抜ける。ここの土地は赤土で水分さえ
含まなければ硬い土である。したがって山林からの水の流入を止めてやれば土砂崩れ
は防げる。その具体策としては重量ブロックで敷地を囲み水の流入を防ぐようにする。

 重量ブロックはセメントで固めて頑丈な造りにした。セメント工事はなかなか難し
い作業で、夏の暑さの中ではどんどん固まってしまうので、気持ちがあせるなか暑さ
で足元がフラフラしていたためか、後で見たら西側のブロックが蛇行していた。

 土木工事による基礎工事は完了してしまえば、目には見えないところだが実は一番
たいせつなところと教わったので大いに反省するところとなった。排水用のパイプは
多目に4本を地下2メートルに埋めたので、雨水の排水対策はこれで完璧な仕上がり
となった。


【第二幕】

 敷地内の整地と排水対策が終わって、いよいよ家の土台をのせる基礎工事である。
これが二番目の大仕事である。先ず家の土台がのってくる場所を決めて杭を打ち込む。
そして、鉄筋を張って行く。鉄筋は縦横に組んで行く。このときに、セメントを軽く
流して固めて行くのだがタイミングが難しくて、なかなかにじれったい。

 組んだ鉄筋が倒れないように横から角材で支えて行く。そしてその鉄筋を囲むよう
にして型枠で固定する。型枠は通常は15センチメートル幅であるが今回は25セン
チメートル幅で仕上げることにした。

 これは、最初の段階で直線部分が曲ってしまい、それを補うために厚めにしたので
あった。今日は型枠の中に実際に実物のセメントを注入する日である。前夜、手作り
の木製の型枠を念入りにチェックしておいた。

 今朝も何度も手で揺らしてみたが大丈夫。朝一番で生コン車が到着してセメントの
型枠への注入が始まる。生コン車からのセメントが型枠の中に、どんどん流れ込んで
行く。その時である、私の足元に位置する型枠を支える斜めの角材がほんの少しだが
動いた。とっさに手で支えるが、ものすごい勢いで流れてくるセメントに型枠が弾き
飛ばされて、あっという間に外れた型枠の部分から生コンが溢れ出してきた。二人で
呆然としていると生コン車の運転手さんが咄嗟に生コンの流れを止める操作をした。

 その晩はさすがに、二人とも疲れ果てた。夫人は夜中に生コン暴走の夢をみて恐怖
で目を覚ましたと云う。そうこうしている内に今度は台風が到来する。週末になって
T山に行くと、先ず目に入ったのが「村のあちこちで強風になぎ倒された、とうもろ
こしの姿」であった。

 ご夫妻が心配しながら基礎工事の現場に着くと多くの鉄筋が将棋倒しになっていた。
やり直しほど、億劫な作業はないが、二人で気を取り直して鉄筋を元通りに修復した。

 前回のセメント注入の失敗もあるので、二人で相談して、一応、万全の体制を整え
たつもりであるが不安もある。一方で「今度こそ」という気持ちで生コン車を待って
いると、二人の目の前に生コン車が到着した。約束した朝一番の8時半である。

 生コン車を見ると、前回、「セメント暴走の失敗」を経験しているので二人に緊張
感が走る。今日は、長靴に、ビニール手袋、セメントを突っつくための長い木の棒、
仕上がりを平にするコテなど、準備は万端に整っての生コン車の出迎えである。あま
り緊張しすぎても良くないと考えて少し肩の力を抜くことにする。

 生コン作業の場合は、通常、生コンを型枠に直接入れて行くポンプ車の方が便利だ
が、費用が割高になるので、今回は生コン車のシュートを使って型枠の一箇所に流し
入れ、そこから先は角材や木の棒で掻き出し、型枠全体に、セメントを行き渡らせる
方法をとっているので、セメントを泳がせる手間が余分に必要となる。

 生コンを一掻き、二掻き、そして三掻きとセメントを泳がせて行く動作は、全身で
ボートを漕ぐ感覚に近い。セメントが腕やシャツに飛び散り顔にも跳ねてくる。
ビニールの手袋にもセメントが入ってきて、気付くと手のまわりはセメントまみれ。
セメントはどんどん固まって行くので、手を洗っている余裕はない。まさに土木工事
は体力勝負である。生コン車の運転手さんも見かねて「少し休もうか」と声をかけて
くれるまで、休むことなく作業を続けていたのでもはや体力の限界を感じる。

 生コン車は、毎朝、定刻の8時半に来て午後には帰って行くが、時折、夕方になる
こともある。当然、二人作業で処理できる量には限界があるので日々の作業量は決め
ておいて、その日の所定の目標を達成すると、近くの温泉に出掛けて、疲労困憊した
我が身を癒す。温泉に入っているときに、W氏は考えた。

「生コン車に取り付けてあるシュートは、長さがせいぜい2メートル。この長さだと
セメントが流れてきても型枠までは届かないことが多い」「そうだ流しそうめんだ」
と、アイデアがひらめいて、波型のプラスチック板に、ほどよく丸みを持たせて曲げ、
角材で周りを補強する。

 これに角材で足を取り付ければ自前のシューターが完成である。
これを幾つか作って、つなぎ合わせれば長さは自在に伸ばせるのできっと上手く作業
が出来る。このようにしてシューターの準備を済ませて、後は生コン車の到着を待つ
ばかりである。本日の生コン注入は型枠まで約8メートルの場所である。

 生コンが、シューターをどろどろとゆっくり流れて行く。生コン車の運転手さんも
セメントに水をかけて流れを助けてくれてこれで大成功と思った瞬間のことであった、
手作りのシューターはセメントの重さとカーブに差し掛かる遠心力であえなく横倒し
になってしまった。無残にもセメントは大地に山盛りとなり惨敗という結果となった。
ここで考えていても始まらないので、元の方法に戻し手間はかかったが、自分たちの
身体と相談しながらなんとか生コン作業を完了させた。


【ハプニング】

 東京育ちの夫人にとっては「T山での体験は驚くことの連続」であったと云う。
ある日のこと、玄関の基礎コンクリートにたれかかっている電気コードを横目で見な
がら、道具箱の中の金槌に手を伸ばすと、動く筈のない電気コードがすべるようにう
ねっている。何気なく手に触れたその電気コードは蛇であった。

 直径にして5センチメートルほど、長さは約2メートルもある。今、「思い出して
もぞっとする」と云う。悲鳴を聞きつけて駆け付けたW氏は、蛇を木で差し押さえて、
それを退治したという。
 
 ここで、夫人は、音楽家W氏の優しさと勇気と俊敏な行動力に対して、あらためて
尊敬の念を抱くとともに、「大いに頼りになる存在感である」ことを再認識したこと
は云うまでもない。


【第三幕】

 さて、土木作業も、三番目の大仕事に取りかかる。鉄の型枠(300個)をお城の
石垣のように積み上げて行く作業である。それも、重さが1個で30キロもある。
重量物を取り扱う終盤の最も難しい土木工事と覚悟を決めて取り組むことにする。

 音楽家ご夫妻が購入した土地は斜面の高い場所に位置する約200坪の広さである。
奥行22メートルの敷地内の高低差は約5メートルある。そして、敷地の横幅は30
メートルある。ひな壇のようになっている敷地内の土砂が崩落しないようにするため
には、敷地手前の斜面に城壁のような頑丈な構造物を造り込んで行く必要がある。

 斜面の高さは約3メートルある。二人にとって、簡単には持ち上がらないこの鉄板
30キロを8段も積み上げるとなると想像を絶する難工事である。

 この鉄の型枠は、土木業者が、現在は使っていないということで無料で借りたもの
だけに、鉄の型枠は錆びて変形している。そのために、鉄の型枠どうしを連結するた
めのクリップも、なかなか型枠の穴に入らないときている。

 しょうがないので、金槌で叩いて嵌め込んで行く。この鉄の型枠の積み上げも4段
から上がたいへんな作業であった。作業する位置が上方に移動して行くので、梯子を
使い重量挙げの選手のように、鉄の型枠を持ち上げて積み上げて行きクリップで連結
して行くのであるが、雨の日などは梯子がすべるので危ない。

 雨の日には、カッパを着て、長靴を履き、手袋をして、梯子に登る。
連結用のクリップはカッパのポケットに入れて蓄えておく。二人の「手造り建設」の
噂を聞きつけた業者が見学に来て、「素人にはとても無理だよ」と云って専門業者が
自分たちへの発注を誘う。

 それでも、とうとう、二人の自力だけで、鉄の型枠300枚を積み上げた。

 この鉄の型枠は、生コンの運転手さんが、知り合いの土木業者に声をかけて無料で
借りられるように手配してくれたものである。基礎工事の時に手作りの木製の型枠で
苦労している姿をみていて親切心が沸いたようである。無料で借りた鉄の型枠だけに
その苦労もたいへんであったが、無事に難しい作業を終わった状況をみて我がことの
ように喜んでくれた。

 建屋の骨格となるツーバーフォーの躯体工事は業者に任せる必要があるので、その
前にホームセンターで見つけたアメリカ製の水平測定器を使って基礎工事の仕上がり
の具合を確認した。
(この測定器は赤い光が両側に出る仕掛けになっていて日が沈むほど良く見える)。

 測定の結果「我が家の基礎の誤差は1cmであった」。ツーバイフォーの躯体業者
が我が家を訪れ基礎工事の最終誤差を確認。ツーバイフォー業者は「これでは工事を
請け負えない」と不満顔で、自分たちに与えられている責任ある立場を説明した。

 音楽家ご夫妻は、それから三日がかりで基礎コンクリートの表面を手直しすること
になった。手直しをしながら夫人は叫んだ。

「ああ手が痛い。これが済めば、来週は東京でリサイタル!」



【音楽家ご夫妻の強靭な意思と推進力】

  昔風の呼び方をすれば、我が家を建設した、Jグループの矢吹さんは棟梁を兼ねた
大工職である。技術レベルは匠の世界に達しており、その矢吹さんが、昼夜兼行で、
しかも、休日返上の連続操業により、突貫工事的に我が「T&Kのついの棲家Ⅱ」を
建ててくれたので、超特急的かつ上質な仕上がりは当然の結果とも云える。

「厳しい日程でしたが、日々の時間を増やすことで、良い仕事が出来ました」という
矢吹さんの言葉がすべてを云い現わしている。

 一方、音楽家ご夫妻の場合には、自分たちの素手で、しかも週末の集中作業により
音楽堂を建てたのであるから、驚異的な奮闘ぶりである。そのたいへんさは、想像を
絶するものであり、ご夫妻の建築日記からもそのたいへんさが伝わってくる。

 ちなみに、音楽家ご夫妻が、建築のために費やした期間は、約5年間の歳月に渡る。
「建築現場への往復は、自家用車の走行距離で、約15万キロメートルを超える」と
云うことから、そのことだけをとっても凄いことである。

 その移動のほとんどが、住まいの都内と建築現場のT山との間の往復に要した移動
距離であるから、「その熱意と精神力は、鉄人的であると云える」、その他にも建材
の運搬には貸し出し用の軽トラックを自ら運転しているので更に移動距離は伸びる。

 結果、自動車の運転技術は格段に上達したと云う。
そのような「建築現場の環境を思い浮かべながら」、ご夫妻による音楽堂の建築日記
を読み進んで行くと味わい深いものがある。

 ただし、私が体験した我が家の建築における施工順序などに照らした判断から観て、
奥様の施工記述には、若干わかりにくい記述や前後の工程の入れ替えなども感じ取れ
たので、修正が必要と判断した部分は前述部分において物語に整合性をもたせた。


【第四幕】

 基礎工事を完了させると、今度は建材の調達が重要な仕事になってくる。建材調達
のための上海旅行には5回ほど二人で出掛けた。これは、まさに、冒険旅行と云える
ものであった。町の中心にあるホテルから、建材店のある郊外までは、タクシーで出
掛ける。商談は、台湾生まれで中国語の分かるご主人の役割である。商談に、疲れは
つきものであり商談後の上海における中華料理の美味さが二人の疲れを吹き飛ばして
くれる。

 建材の約80%は上海で調達した。上海で調達すれば「費用は通常価格の約10分
の1で済むために必死になって交渉する」、格安なものでは約100分の1の値段で
買ったものもある。中国語が話せれば商談に有利であり、上海語が話せれば、さらに
安くなるという不思議な世界である。

 上海で買い求めた建材は、コンテナーに積み込んで上海港を出航させた。東京港に
到着したこれらの建材は個人輸入のためエックス線による検査を受けて無事に税関を
通過した。シアトルからの外壁材と屋根材は、東京港で税関後に、ご主人が、2トン
のロングトラックをレンタルして、自らの運転で高山村まで運んだというから鉄人的
な冒険家と云える。


【第五幕】

 自分たちで施工した基礎工事の上に、専門業者によるツーバイフォーの躯体が乗り
所定の工事が完了するとご夫妻に向けて建築工事の作業が山のように押し寄せてくる。

 しかも、季節は秋。早や11月であるということは、急いで外壁を張らないとすぐ
に冬がやってくる。先ずは躯体の外側に防水紙(タイベック)を張る。

 その上に長く薄い角材(どうぶち)を縦方向に約45cm間隔でビスを使って留め
て行く。そして、その上に強化プラスチック製の外壁材を固定して行く。

 外壁材は上海で見つけたものである。

 この外壁材は、アメリカで一般的に使われているものであることを上海で聞きつけ
てから、アメリカでの入手先を探し安価で入手出来るホームデポ(家屋用建材の供給
センター)がシアトルにあることが分かり、そこから取り寄せたものである。

 屋根材もスレート系のものが安価で購入出来ることが分かり一緒に購入した。
屋根材はじゅうたんのように敷くだけで施工できる優れもので、素人にも簡単に作業
が出来て助かった。

 屋根材を留めるときに釘を使うが、錆びない釘を使ったので雨漏りの心配はない。
外壁材の作業を二人で力を合わせて、なんとか完了させて、厳しい冬を迎えることが
出来た。外の足場に登るとアルミの踏み板が凍結していた。

 太いツララが頭に当たって思わず驚く。なんとか、厳寒時に、内装の仕事に移れて
良かったと思っていると、鼻先に待ち構えているのが二階への階段造りである。
専門業者によるツーバーフォーの躯体工事には二階への階段造りは含まれていない。
(外の足場から二階に廻ればツララの世界が待っている)。



【第六幕】

 二階への階段に使う材木は、型紙を作って慎重にカットして取り付けて行き、頑丈
な階段が出来上がった。次に待っている仕事は断熱材の取り付け作業である。
グラスウールの断熱材は、安価で手に入るが、素人の手作業では壁の中をずり落ちて
しまうので使うのをやめた。代わって密度の高い発泡スチロールの断熱材を使うこと
にした。次の仕事は、石膏ボード張りであった。

 これには、「石膏の粉が目にしみて懲りた」と云う。
次に、内装の仕上げを壁紙にするかペンキにするかで迷ったが、適材適所でその都度
考えながら施工して行くことにした。天井のペンキ塗りの時は白い塗料が髪に落ちて
困った。天井から壁にかけての壁紙張りは、作業が下方向に行くに連れて壁紙が斜め
になって行くのには閉口したと云う。

 床に張るタイルは上海で買ったものを使った。タイルの場合は材料が重いが接着剤
を使って貼り付けて行けば良いので、一般的には容易な作業であると云われている。
しかし、我が家の場合は、ツーバーフォーの躯体工事の直後に降られた大雨で、床が
微妙に変形しているために、隣り合ったタイルと高さを合わせるのに、工夫が必要で
あった。フローリング材も上海で買い求めたものだが、こちらは、1枚20秒という
速さで嵌めて行けたため「爽快感を感じながら」、金槌を振り上げることが出来た。

 一目惚れで買ったシャンデリアは中国製。梱包を開けて説明文と組立図を手にしな
がら組み立てて行ったが「なんと一日がかりの作業」になってしまった。

 家の中の戸棚はすべて同じ仕様で仕上げた。
本棚・クローゼット・下駄箱・システムキッチンセット・洗面台・飾り棚などすべて
を、横幅2メートル40センチメートル、高さ1メートル20センチメートル、厚さ
2センチメートルの両面が白いカラーボードを70枚使って仕上げた。

 扉の数は100枚。全ての扉に取手を取り付けた。したがって、我が家の戸棚は皆
兄弟である。玄関ドアも上海で買ったものを取り付けた。これが二人で持ち上げない
と無理なほどの重さがあり、しかも正確に取り付けないと開閉が出来ないというので、

二人で相談の結果・・・

「あらかじめ金具類はすべてドア本体に取り付けておく」
「取り付け誤差が出ないように、出来る限りの工夫をして、ドアを取り付け」
無事にスムーズな開閉が確認出来た。

 お洒落な出窓は10箇所ほど設えた。見本のダンボールの型紙通りに作業を進めた
のだが、材料の切り方に問題があったのか、出来上がった出窓の接合部に縦に沿って
隙間が生じている。そこで、思い付いたのがシリコンによる埋め材、けっこう上手く
いったので隙間風はない。

 家の中の仕上がり具合を二人で総点検する。
素人の失敗は家の隅に集まるようである。
「天井・床・壁などすべて隅に隙間が出来ている」。

 これを隠してくれるのが、石膏製の装飾材。これも、上海で買ったものである。
フローリングの失敗隠しだけは、まだノウハウが見つかっていない。そこは、ごみが
好む処らしく気付きやすいので二人ともすぐに目が行ってしまう。



【第七幕】

 水周りの工事は、二人でかけ声をかけあって進めて行った。
「水出して」、「水止めて」、この繰り返しであった。温水と冷水の配管および排水
パイプの設置はトイレ・台所・シャワー・洗面台と続く。作業は「元栓を締めたり」、
「元栓を開けたり」と二人とも忙しい思いを繰り返した。

 床下の水道管の施設には閉口した。床下の作業であり膝の下には砂利が敷かれてい
るので、膝と手の平に砂利が突き刺さり痛い。うっかり頭を上げようものならゴツン
と来て痛い。しかたなく、手の平と膝を支点にして床下を這い回る。

 しかも、今日はご主人の誕生日だと云う。
日が暮れたことも知らずに、「映画で見る戦場の戦闘員のような終日」を過ごした。
暗くなった中を建築の拠点にしている居室に戻り、あらためて誕生日の乾杯をする。

 排水用のパイプは、あちこちを這い回る上に、太目のパイプであり連結部分も多い
ので余計に手間がかかる。うっかり切り方を間違えるとたちまち材料が足りなくなる。
下から、排水パイプを目安だけで上に送り出して行くと、右に行って欲しいパイプが
左に行ったりして、その度にやり直しとなる。

 排水パイプの場合は、「排水の目的地に向けて、傾斜を付けて行く必要がある」が、
直進したり、右折したり、また左折したりしている内に、傾斜が逆になってまたやり
直しとなる、「なかなか難しい作業である」、しかし、地球には重力があるので排水
作業が上手くいったかどうかの点検は、排水の具合で結果がすぐに分かる。


【第八幕】

 憧れの芝生の庭造りには「2070枚の芝」を張った。芝生は手をかけないと自然
環境にぴったりと合った光景は保てないので、雑草取りなど手間はかかるが、芝生を
手入れしているときの音楽家W氏の姿は輝いて見えたという。

 芝生の手入れが終わって二人で紅茶を楽しむ時間が、音楽家ご夫妻にとっては至福
の時であったという。その至福のときに・・・

 ヨーロッパの友人のお母様が命名して下さった、
『美音里ホール(Vinely Hall)』の看板を二人で造って音楽堂に掲げ
ようと云うことになって町に出たと云う。

 町の中で、「看板作ります」の標示を見つけた二人は、「家も手造りなら、看板も
手作りにしなくては」と云うことになり、二人で看板作りに励み「美音里の看板」を
アルミ板で作り上げて、一番目立つところに取り付けた。
(最後まで手造りに徹したご夫妻でした)。

 看板を見上げて二人でやり遂げたとはいえ、建設の過程では親切な方々に助けられ、
電話一つの相談でも親身になって考えてくれた方への感謝の気持ちを二人して改めて
確認しあい・・・

 愛読書「自分で建てる夢のマイホーム」の著者である藤岡等さんにも感謝である。



【哀悼の意】

 故人 W氏のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

 ご夫妻による、「音楽堂の建築を完成」させてから間もなくして他界されたことを
お聞きして、心より哀悼の意を表します。

 ご夫妻の建築日記を拝見しまして、オペラ歌手としての活躍を続けられながら週末
には、鉄人的な活躍で音楽堂を自らの手で建築された偉業からは、まさにその生き様
を支え続けた精神力の崇高さが、衝撃波となって伝わって来るものがあります。

 この衝撃波から来る影響は、いつまでも、私たちの心の中に貴方の強い意志として
生き続けることを願って・・・

「美音里ホール(Vinely Hall)建設日記」を、たいせつに、保管させて
いただきます。

 ~ 合 掌 ~

『【短編】山のあなたの音楽家夫妻の物語』

『【短編】山のあなたの音楽家夫妻の物語』 万田 竜人(まんだ りゅうじん) 作

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2015-11-01
Copyrighted

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