すべて星のかけら

すべて星のかけら

  1.灰色ひまわり
 
 夏の残り香を風が連れ去ってゆく。
 緑の色も褪せた。
 舗道へ立つひまわりは太陽から顔を背け、そのうちに還ってゆく先の地面を見つめる。
 いっぱいの種を宿して、一時の生を思い出しているのか、それとも未来の夢を描くのか。
 いのちを種へ変えて、来年も、再来年も。
 季節が巡るたびに開くひまわり。
 枯れるひまわりを風がなぶりゆく。


  2.写真家コーヒー

 ひまわりを写真機へおさめ、彼はまた歩き始める。
 数年前に彼は男性の横顔だけを写した写真集を出版した。
 粉雪からむ白人男性の薄く生えた髭の根元にうつくしさを見いだした。
 ひまわりは朽ちるのか再生するのか。
 写真の上ではどちらの姿に成るのか。
 しばらくコーヒーを飲んでいない。
 心臓がやすらかだ。
 胃腸もおだやかだ。
 しかしそろそろコーヒーを飲みたい。
 散漫な思考を正し焦点を定めたい。
 朽ちるのか再生するのか。
 そんなもの知るかと蹴散らす風がほしい。
 コーヒーを飲みたい。


  3.旧型テレビ

 古いテレビが送られて来た。
 死んだはずの写真家からだった。
 昔出版された彼の写真集に僕の横顔が映っていた。
 写真を見て、あの時だとすぐにわかった。
 初雪のちらついた午后、僕たちはみんな作業を放って屋上へ上った。
 画面を見すぎて目も首も肩も頭もいかれていた。
 インスタントコーヒーで身体の内側は染色されていた。
 豆を炒りたいな。豆になろうか。
 誰かが音楽をかけた。
 屋上から眺めればちょっと空は広くなったが、ビルばかりの並ぶくすんだ灰色に変わりはなかった。
 故郷には牛しかいなかった。人間はいなかったんだよ。
 隣の女へ話してみる。
 あなたも草ばかり食べていたのでしょ、だからそんなに細いのね。
 薄く笑う彼女の大きな口はライオンだ。
 唐突に土が恋しくなる。
 土の上には空があった。
 空から粉雪がゆっくりと落ちてくる。
 頬へ触れて溶ける。
 冷たい。
 シャッターをきる音が響いた。
 そう、あの時だ。
 彼から送られた写真集を見てすぐにわかった。
 きっとこのまるく四角いダイヤル式のテレビも、電源を入れれば何を知らせたいのかすぐにわかる。
 彼はそういうひとだった。
 死んだはずの彼から、砂嵐ごと伝言を受け取る。


  4.砂嵐テレビ
 
 砂嵐を横切り、彼女は古い車を走らせる。
 ここは壊れたブラウン管テレビの中。
 画も音も吹きすさぶ嵐にちぎれて乾ききっている。
 時々彼女の頬をなにかの断片がかすめ過ぎ去る。
 それは卑猥ななにか。
 それは意味を失った情報。
 それは美そのもの。
「懐かしい歌が聞こえてきたわ」
 ゴーグルの奥の目が細くほほえむ。
 目的地はセピア色のオアシス。
 乱れきった画と音の奥深くにある。
 いつか出会った人々が彼女を待つ。
 彼女は時間を逆行してゆく。


5.もみじ踏む
 
 誰だか僕の知らない人間に贈られた古い車で姉が来た。
 寝癖を直す時間もくれずに僕を連れ出す。いつでも勝手なひとだ。昔読んだ詩集に登場した、恋人の腕を切る女に似ている。多分姉の選ぶ恋人も、切断面のするどさを褒めることができるような、おかしな男に違いない。会ったこともないけれど。どんな理由があるのかも告げずに姉は僕を神社へ連れゆく。粒のはっきりとした雨が降る。手を合わせ目を閉じると葉へ落ちるひとつの雨音に耳を打たれる。姉は頭も下げずに石段をおりてゆく。結局幼い頃と同じに、僕は姉の後を追う。姉の靴が赤い。踵が上手に紅葉を踏んでゆく。秋めく木々は雨に葉を撃ち落とされている。枝のひとつへ気をとられた僕を姉が立ち止まって待っていた。
「きれいだね?」
「きれいだね」
「枯れる色をきれいだなんて残酷だね」
同意を求められ応えれば偏屈に姉が返す。
「あなたは残酷な子だね」
姉が言う。 神社の雨だれ、湿るもみじをするどい踵で貫き言う。 白い息吐き冷たい声で言う。 金と赤とに散りゆく木々、姉の温度よりはきっとずっと熱いだろう。
ちるぞえな。
あかしやの。
金と赤とが。
「ちるぞえな」
つぶやきかけ、それは恋の詩だったかと僕は黙し、もみじを踏んだ。


  6.白い恋

 雪に埋められた白い日、風が吹いたら急に雲の影があなたの顔を隠した。
 空を仰げば巨大な鳥が飛びすさってゆく。積もった雪を舞い上がらせるような大きな羽ばたきで。
「姉さん、知ってる? あの鳥は海へ雪を運んでゆくのだよ」
 あなたが言うなら、それは真実なのでしょうと、私は根拠なく頷く。


  7.出生の秘密
 
 とある秋の終わり、とある電信柱の足元へ赤子が捨てられた。
 電信柱がいくら赤子を育ててやりたくとも電力会社に自由を拘束され、お給金も貰えぬ身上。
 泣きもせずじっと空を見つめる赤子の頬は健気な夕焼けの色だったという。
 電信柱はいつも用をたしてゆく黒犬の白さんを呼び、赤子を託した。白さんによって赤子は然るべき家へ届けられた。
 僕は白さんが亡くなる前日にそれを聞いた。母も父も知らぬ、本当の僕の出生の秘密。
 今、まとまらぬ心で電信柱と向かい合う。
 あなたを何と呼べばよいのか。


  8.秘密の結晶
 
 夜ごと雪原へ秘密を埋める女を知っている。
 女は親しげ深く、耳打ちするように、雪へ密やかな物語を埋める。
 秘密を吸いこんだ雪はほのかに溶け、そして再び冷たく固まり、奥へ奥へゆっくりと物語を沈める。春へ季節が変わる頃、それは大地へ達する。物語は大地へ吸いとられ地中を伝いいずれ小川のささめく詩へ変わる。
 雪を掻きわければすぐにでも盗める物語だ。
 女の長い話をそのまま聞くよりも、大地が濾過した透明の詩を聞くほうが、きっとうつくしい。
 地中で冬を過ごす虫の吐息や、木の根が伝える鳥の鼓動が混ぜられる。
 僕が盗掘しないのはより大きな欲のため。
 今はただ、女の靴跡を見守る。


  9.森林
 
 靴の裏へこびりついた泥が重いと彼は思った。そして頭へ残る夕べの夢も重いと。
 憂鬱は指折り数えるものでもなく、ただつきまとう大きな雲だ。
 早く春になればいい。
 そうすれば雪へ埋められた秘密が樽の酒のごとく彼を酔わせる。
 カフェへ沈み、吐き気を催すだけと予感しながら珈琲を注文する。客は彼だけだ。椅子に鳥の羽根が一枚落ちている。彼は羽根を折って灰皿へ捨てた。店主が大きな咳払いをした。太った猫に似た風貌の店主だ。目が細く、顎が小さい。白く長い髭が見えた気がして、彼は眼鏡を外し、目をこすった。その間に店主が彼の席へ近づく。透明の硝子コップを差し出された。差し出したのは猫の手だった。三毛猫の店主が笑わずに笑っている。コップの底から森林が沸き起こっている。新鮮な森林だ。芽の色をした若い森が、奥から奥から次々に枝を伸ばし葉を茂らせて、雷を抱えた夏雲のごとく、迫ってくる。見事だ。
 たまらず彼は直ちに鷲と成り、コップの森へ吸いこまれるように飛び立った。

  10. 星のかけら
 
 今日、化学のY先生におもしろい話を聞いた。
 星の爆発によって生まれたのが元素なのであって、つまり私達はすべて星のかけらなのだそうだ。
 私は地球のかけら。
 枯れたひまわりも地球のかけら。
 いつだか交差点ですれ違った、人目かまわず泣く男も地球のかけら。
 神社でするどく見つめ合っていた男女も、穴の開いたもみじも、雪に埋められた秘密も、頼りない足跡も、森林に囚われた鷲も、みんな地球のかけら。
 言葉が通じるとか肌の色が違うとかもはや関係ない。
 爬虫類とか甲殻類とか哺乳類とか鳥類とかそんなのもの関係ない。
 石も川も木も花も。
 遠くの遠くの星までも、つながっているように信じられる。
「古い約束みたいですてき」
 私達はすべて星のかけらなのだ。

すべて星のかけら

すべて星のかけら

星のかけらでできたひとともののおはなしです。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 青春
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2015-09-01

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