感想「『山椒大夫』における父親像の変遷」

物語は、母、姉と弟(安寿と厨子王)、女中の四人が旅の道を行く場面から始まる。筑紫へ往って帰らない父を求めての旅である。四人には悲痛なところは見られない。筑紫へ行けば、必ず父に会えると信じているようである。

その日の宿に困った四人は、応化橋の下の奥で野宿をすることになる。(一家を支え守る父のような存在が居ないためか)四人は山岡大夫に騙され、人買に売られることになる。

安寿と厨子王は、山椒大夫という分限者に買われる。山椒大夫は、ありとあらゆる物をそれぞれの職人を使って生産しており、人ならいくらでも買うのである。山椒大夫には、その分身とでも言える二人の息子がいる。名前を二郎と三郎という。二郎は気立ての優しい人物で、辛い生活や仕事のことで、安寿と厨子王の望みを聞いてやったりする。三郎は気の荒い性格で、(安寿と厨子王が同時に見た同じ夢の中で)安寿と厨子王の額に赤く焼けた火箸を十文字に押す。

安寿の自己犠牲のもと、厨子王は山椒大夫の土地から逃げ去る。山椒大夫の討手(その先に立つのは、三郎である)から、厨子王は、中山の国分寺の曇猛律師に身を守られる。その後、厨子王は頭を剃り、三衣を着て、律師と共に国分寺を出て田辺へ向かう。

律師と別れ、都に上った厨子王は、東山の清水寺で関白師実と出会う。師実は厨子王に還俗させて、自ら冠を加える。その後、元服して正道と名乗った厨子王は、丹後の国守になる。

苛酷な運命から未来を切り開くために、安寿は自ら独力で行動を起こした。それに対し、厨子王の行為は、例え主体性があるにせよ、安寿の行為とは性格の異なる行いのようである。

厨子王の行為の特徴は、安寿との別れ際に厨子王が言った次の言葉に、表されていると思う。「そうですね。姉えさんのきょうおっしゃる事は、まるで神様か仏様がおっしゃるようです。わたしは考えをきめました。なんでも姉えさんのおっしゃるとおりにします」尊い者の言葉には、素直に殉じようとする厨子王の心である(尚、曇猛律師との別れ際にも、厨子王は類似の体験をしていた可能性がある)。

父の存在の下、あるいはそれに代わる存在の下、それの影響を受ける人間像について書くことが良いと思い、上記、厨子王について、極めて簡潔であるが、記した。

安寿についても書くことが望ましいと思う。つまり、父は「国守の違格に連座して、筑紫へ左遷せられた平正氏」であり、罪を背負っていること。三郎に、赤く焼けた火箸を額に十文字に当てられた夢を見たこと(もっとも、以上の2点については、厨子王にも当てはまるのであるが)。厨子王も共に見たその恐ろしい夢の後の安寿の描写には、人間個人の意志を越えた宿命を読み取れる可能性があること(参考までに、安寿と父との関係は、森おう外の小説「最後の一句」の長女いちとその父との関係に、類似していると思われる)。以上の事柄について書くことも良いと思うが、今回は都合で省く。

【最後に、余談になりますが、乃木大将殉死に影響されて、二つの代表的な近代文学の作品が生まれました。夏目漱石の「こころ」と森おう外の「阿部一族」です。それぞれの作品の主題は異なると思います。「こころ」では、主人公の先生を親う「私」を通して、作者は読者に対し、「人間の精神の父とは何か?」を問い掛けているように思えます。「山椒大夫」は「阿部一族」よりも2年程後に発表された作品ですが、「父親像」についても考察した小説ではないのだろうかと、漠然と考えたりします。】

感想「『山椒大夫』における父親像の変遷」