遥かなる星雲の彼方へ

 

 この満天の 夜空の星々にい抱かれて 


 僕の意識が この身体に宿った

 
 この惑星の片隅の 小さな建物を住処として僕は成長し


 やがていつか この果てしない宇宙の銀河の中を


 あの北の方向に広がる 美しい星雲の彼方まで

  
 我がレグ号よ  僕を連れて行っておくれ



                                 
   【 教官ヘルム 】


 「パパから聞いたけど、先生はもと防衛軍のパイロットで、クムニートとのこの前の戦いで大活躍したって、ほんと!?」「ああ、もうずいぶん昔の事さ。」そう言って、操縦席に座っている僕の横で、ヘルム先生はシュミレーションスクリーンの開始ボタンを押した。「さあ、この前は船の構造や、装備されている攻撃用の武器、防御シールドについてを説明したが、からはシュミレーションを使って操縦法を教えることにしよう。右手をその丸い円の中に彫られた手形に乗せてごらん。左手は操縦桿を握る、そうだ。船の上下前後左右の動きは右の手の平を動かすことによってコントロールし、宙返りの方向は左手の操縦桿を前後左右に引くことによって行う。操縦桿の上の赤いボタンは左の親指で押すと、ワンプッシュで目標を捕捉、もう一度押すと破壊光線銃が作動する。お父さんから聞いたけど、君は撃墜ゲーム大会で何度も優勝しているそうじゃあないか。この訓練用の シュミレーション装置のコンピューターには、実際に行われた過去の戦闘のあらゆる敵方の攻撃パターンがインプットされている。まずは、私の指示なしで君の腕前を、見せてもらおうか。まず最初に防御シールドを
張ってからだ、さあ、やってごらん。まず一機の襲来パターンから始めよう。ミオナ、スクーリンに双翼型の敵機を一機だけ出してくれ。」「まだ、子供なのに対処できますか?」「それを確めるのさ。いいから出して。」「はい。では5秒後に、4,3,2,1,出ました。」

                                                                        
  
    ―  10年後 ― 

 
「第三防衛シールド係官から確認の音声が入っています。」「ああ、繋いでくれミオナ。」「こちら第三シールド警備!自動認識システムによりそちらの船の登録番号を確認した。レグ号、パイロットの氏名及び認識番号を述べよ。」「こちらレグ号、パイロット氏名、ポウル・ブルースター、認識番号POL1024619GEZ。」「よろしい。ポウル、気を付けて、航行の安全を祈る。」「ありがとう・・・。ミオナ、カティエのおばさんの家へ。きょうは彼女の誕生日なんだ。久しぶりにルナの美味しい料理が食べられるぞ。彼女は、と言ってもアンドロイドなんだけど、この前の料理コンテストで優勝したんだ。」「ええ、そのデーターはとっくに私のメモリーに保存済みです。あと5分28秒後に第二衛星カティエの軌道に到着予定です。スクリーンに何か映しましょうか?」「いいやしばらく、あの美しい七色に輝くベルナ星雲を背景に浮かぶ、我が故郷の惑星カナルを眺めていたいんだよ。」「わかりました。では後ほど・・・。」 
船は画面いっぱいに遠ざかる、豊かな水と森におおわれた惑星の姿を後に、一路、夜空に淡いオレンジ色の光を放つカティエに向かって次第にその速度を増していった。

 
      【 迫りくる脅威 】                           

                                                                          
「 今や、ゆゆしき事態に陥っている。クムニートの傍若無人ぶりには、連邦法を尊重するような姿勢は微塵も感じられない。」「いくら、銀河連邦の決議を行おうと拘束力の無いものは全く意味がない。」「クアラ星の幾つかの惑星系に、何の断りも無く、如何にも自国の領土であるかのように次々と軍事施設を建設している。」「このままでは、クアラだけではなく、リドンの惑星系にも勢力を及ぼしかねぬ。」「最近、我々の輸送船にクムニートの戦闘機が異常接近し、進路を妨害するという事件が度々起きている。」「かつてのカオ元首を中心とするクムニートの指導者たちは、覇権主義を否定する立場を表明したが、今の指導部は強大な軍事力を背景に、むしろ堂々と覇権主義を当然の事として推し進めているかのように見受けられる。」クムニートの勢力拡大を恐れ警戒する周辺の惑星連合の指導者たちの会合は、このようなクムニートへの非難の応酬で幕を開けた。会場は、カナルの誇る巨大な戦闘空母の一部屋で行われた。今やカナルは強大化する一方のクムニートに対抗しうる唯一の勢力となっていた。しかしカナルの元首であるグムトは、非公式にクムニートのラン指導部に対して、クアラやリドンの惑星系での軍事的行動を自粛するよう外交ルートを通じて呼びかけただけで、具体的な対抗処置は取らなかった。サクロール惑星系での反カナルを掲げる武装組織のイルクの壊滅作戦に手いっぱいで、既に軍事支出は膨大なものとなり、国の財政基盤を揺るがせかねない状態に陥っていたからである。国内経済の停滞、国民の厭戦気分も相まって、それをあざ笑うかのように驚異的な国内の経済成長を背景に、クアラ、リドンに勢力を拡大し続けるクムニートを苦々しく思いも、グムトはこれを阻む有効な対策を打ち出せないでいた。
  
                                                                            
   【 秘密援助 】


 「こんな程度の支援なら、同胞からでも得られる。あんたらは、我々の活動のおかげで、周辺国に武器や戦闘爆撃機等様々な軍事物資を売りつけて莫大な利益を上げている。自分は安全な場所で、贅沢な暮らしをしてなあ。我々は、日々命懸で戦っているのだ!」イルクを率いるファムザはそう言って毛むくじゃらの腕を振り上げ、テーブルを叩いて叫んだ。「我々の援助にも限界はある。後いくら必要なのかね?」 ピルム社の最高責任者であり、武器輸出連合の会長をしているサーカムは、金縁眼鏡の奥の灰色の瞳をゆっくりと瞬きしながら言った。「一億ギル、カナル仕立てで。」「ばかな・・。もっと現実的な額を言いたまえ。」「なら、話はこれで終わりだ。」そう言うとファムザは席を起ち、ドッキングしている自分の船に乗り込むと、青い閃光を残して飛び去った。「馬鹿な奴だ。言う通りにしておれば死なずに済んだものを・・・。」ファムザの船が遠ざかる窓を見乍ら、サ―カムが側近に目くばせをすると、彼は手首に撒かれた装置のボタンを押した。ファムザの船は赤い光を放ち木端微塵に砕け散った。「イルクのナンバーツーは誰だ。」「ファツームです。」「早速、彼に此処に来るように言うんだ。それから、奴に関するすべての記録を見せてくれ。」「はい、わかりました。」 

                                                                             
                              
  【 出逢い 】                                  

 
カナルを代表する三大企業の一つであるNEREコーポレーションの元CEOを夫に持つ、ポウルの叔母マデルタの豪華な邸宅には、彼女の誕生日を祝おうと、各界のお歴々が大勢詰めかけ、広大な庭園ドームで開かれているバースデー・パーティのあちこちで、好みの飲み物を片手に会話の花を咲かせていた。
「まあ、私の可愛いい甥、ポール!来てくれて嬉しいわ。元気だった?」「ええ。叔母さん、お久しぶり。あなたもお元気そうで何よりです。もう得意のピアノの御披露は終わったのですか?」「ええ。でも夜にもう一度弾くことになっているの。」「そりゃあ、楽しみだ。」ポウルの母メアリーの姉で、著名なプロのピアニストでもある今年丁度60歳を迎えたマデルタは、シックなパーティドレスに身を包み、好きなピンクの真珠イヤリングと首飾りを付けた姿で、お気に入りの甥ポウルを迎えた。「あっ、御免なさい。あっちで、ルビーナ伯爵の奥様が手招きしているわ。、今日は泊まっていくんでしょう?」「ええ。そのつもりです。」「じゃあまた後で、楽しんでね・・・。」そう言い残して、彼女は再び招待客の集まりの中に入って行った。「あなたが、ポウル?」可愛い声がして振り向くと、ブロンドの髪に黒い瞳を輝かせた美しい一人の若い娘が、レモンの浮かぶウエルカム・ドリンクを片手に微笑んでいた。「ああ、そうだけど、君は?」「私の名はレミー・マフメイド・ヘルム。」「ええ!ひょっとして、ヘルム先生娘さん!?」「ええ、そうよ!」「初めまして、僕はポウル・ブルースター。先生に娘さんが居ることは知っていたけど、こんなにきれいな人とは知りませんでした。」「まあ、お上手だこと。」「先生は、お元気ですか?」「ええ、すこぶる元気、ただ・・。」「ただ、何です?」「少し、その・・・何と言うか、いちいち私のすることに口うるさくって。」「それは、父親として、年ごろの綺麗な娘に何かあったらと、心配なんですよきっと。」「ええ、それは分かるんだけど、私もう大人だし、いつまでも子供扱いされるといらいらしちゃって。」「ああ、僕の両親もそうですよ。ところで、もう学校は卒業されたんでしょう?今は何を?」「私、実はピアニストになりたいんです。」「ほんと?それは素敵だ。僕の叔母はプロのピアニストですよ。」「ええ、私あなたの叔母さまのコンサートの合間に伺って、レッスンを受けてもう二年あまりになるの。」「ほんと?それは知らなかったなあ。」「ところであなたは。」「ポウルで結構。」「じゃあ、ポウル。今何を為さっているのかしら。」「まだ、何になるのか決めかねているんだ。僕の父は防衛軍のパイロットだったんだけど、僕は軍の規則に縛られるのはあまり好きではないんだ。でも地上での仕事よりも星の間を自由に 飛び回ってる方が性に会ってる気もするし。」「宇宙船を持ってるの?」「ああ、最新鋭ではないんだけど一応戦闘機能も備えた船で、名前はレグ号コンピューターの名前はミオナ、十歳の時からあなたのお父様に操縦を教わっていたんだ。お陰で、
カナルの最優秀パイロットの称号も取れたんだよ。」



  【 見本市会場 】                                     


 カナルの首都、ルミットのサラーヌ川の河口にある巨大な会場には、国内外の製造メイカーが出品した最新型のコンピュター、乗り物や、ロボット、アンドロイドなどの最先端の技術を使った製品の見本市が開かれ、大勢の見物客で賑わっていた。勿論自由貿易協定に加盟している為、クムニートのメーカーのコーナーもある。十数年前から、他の先進諸国に後れを取っていたクムニートの首脳たちは、優秀な最先端技術を持つ国々の企業誘致を進め、合弁会社を設立したりすることによって自国の産業の技術革新に勢力を傾けた結果、今やカナルに次ぐ惑星連合第二位の経済大国にのし上がっていた。自国の安価な労働力を使ったクムニートの製品は、他国の商品価格競争にも有利に作用し、今や財貨準備高は赤字財政に苦しむ他国を尻目に、莫大な額に達していた。そして更なる国内経済の発展を維持継続していくために、国外の資源獲得に乗り出し、それを軍事的にカバーするために軍備の増強をはかり、周りの小国に軍事的脅威を与えるまでになっていた。クムニートのコーナーには、他国に負けないデザインや性能を誇る数々の製品が、美しいモデルの女性と供に眩しいライトを浴びて輝いていた。特に、各家庭に人気のある雑用ロボットやアンドロイドのコーナーには、一般の人々や、バイヤー、マスコミの関係者が集まり、大盛況を呈していた。「今度の製品も、大人気のようですね。」クムニートを代表するメーカーの秘書は社長の耳元で囁いた。「ああ、今やわが社の家庭用ロボットやアンドロイドは、この国の家庭の60%を占めるに至った。この人気でさらに増えるのは間違いなさそうだな。」社長はそう言って 不気味なうす笑いを浮かべた。「見ろ、あんなに喜んでいる。どうやらこの国の連中は、我国のある諺を聴いたことがないらしいな。」

                                                                            
【 悲しい出来事 】                                    


「楽しかったは、ポウル。今日はほんとにありがとう。」「家まで、送るよ。」「あ 、それは嬉しいけど、男のひとに送られると、父に後であれこれ詮索されるのがイヤなのよ。」「そう。じゃあ又今度食事でもどう?」「また機会があれば。私の方から連絡するわね。」「OK。じゃあまた。」「さよなら。」空港の上空から、手を振るレミーに合図の点滅を二回繰り返しながら、レグ号は次第に上昇し、機体を返してオレンジ色に輝くカティエに向かってあっというまに飛び去って行った。「叔母さんのコンサートもう始まっているかな、ミオナ。」「ええ、もう終わっているかもしれません。」カティエの周回軌道に入る直前、に警報が鳴り響いた。「どうしたんだ、ミオナ!」「分かりません。突然軌道が閉鎖されカティエへ離着陸が出来なく成りました。現在調査中・・。分かりました。カティエの地上で爆発事
件が発生した模様。場所は・・・場所は・・。」「場所は何処なんだ!ミオナ。調子でも悪いのかい?ミオナ、どうして答えないんだい?」「私は正常です。ただ・・あなたには言いにくくて。その場所とは、あなたの叔母さんの敷地内です。」「何だって!?それは確かか!」「はい。」「で、被害状況は!?」「爆発の規模が大きく、中心から半径2キロ以内は、跡形も無く破壊されたそうです。お気の毒ですが、あなたの叔母さまも、後から到着されたご両親もおそらく・・・。」「嘘だろう?こんなのありかよ!ミオナ、何とか言ってくれよ今のは、間違いだったと・・。」「残念ですが、本当に起きたことです。今現実に・・。正確には今から32分前に・・・。」



【 グムトの苦悩 】

グムト大統領は、全カナルのメディヤを使って国民に、「今回のカティエの爆弾事件は、反カナル武装勢力イルクによる我が国の何の罪もない善良な一般市民への無差別テロ攻撃であり、我々はこのような暴挙を決して許すことはできない。彼らは近いうちに相応の報いを受けることになろう。」と述べイルク壊滅作戦に、最大限の努力を払う意志を国民の前に明らかにした。一方、イルクの新指導者ファツームは、潜伏先に訪れたジャーナリストを通じて「カナルの情報機関に、先のイルクの指導者ファムザを殺されたため、その復讐を果たしたのだ。」と犯行を正当化する声明を出した。この事態を待っていたかのように、カナルの国防省の名だたる軍の指導者たちが大統領官邸に押しかけ、グムトに今回の無差別テロは、現政権の対イルク政策の弱腰にその根本的原因があり、この機会に徹底的に掃討すべきである、直ちに兵力の大幅増員と国防費の増額をせよと要求してきた。この要求にたいしてグムトはこう答える以外に方法がなかった。「諸君たちの心情はよく理解しているし、対イルク作戦が思うように進まない原因も十分承知している。しかし今の国の財政状態で、これ以上の戦費の増大は、さらなる財政の悪化を招き、それでなくても莫大な額の我が国の国債を買ってもらっているクムニートに、より以上に依存しなければならなくなり、惑星連合の経済をリードしてきた我が国の経済的信用が失墜するようなことにでもなれば、それこそ国家存 亡の危機にさえ陥るかもしれず、君たちに支払われている報酬さえままならぬことになるかもしれないのだ。それでもなお諸君は国防予算を増やせというのかね。そんな単純な論理では、決して議会の承認を得るのは難しいだろう。」これを聞いた軍の幹部達は、悪態をつきながらも席を立ち引き上げていった。 グムトは主だった自分のブレーン達を呼び出して、今回のテロ事件が国内外にあたえる影響と、それに対する対応策を協議した。その席上、嫌戦気分に陥っている世論の動向を注視しながら、軍事的手段を強化する必要がある、とする意見が多数を占めた。その具体的処置としてイルクの幹部達に対するピンポイント攻撃用の無人爆撃機の追加購入、および潜伏地を探るための情報機関への特別支出案を議会に提出することを決定した。 それらは直ちに報道官の記者会見を通じて、カナル全土に明らかにされた。


【 小惑星の採掘 】

「監視艇がやってきたらどうするんだ。こんなちっぽけな船じゃあ勝ち目はねえぜ。」「心配するな。この区域の監視員はみんな、俺の船の標識を見れば手を振ってくれるさ。」「ブツの一部を渡してやったのか。」「ああ、毎月届けてやってるよ。」「さすが切れ者ビルと呼ばれるだけあって抜け目がねえな。あんた、元カナル空軍のグリーン・ウィングスのキャプテンだったんだってな。仲間から聞いたぜ。そんないい身分を捨てて、なぜこんな商売をするようになったんだい?」「そんなことより、早くダイヤを採掘しないと今日の取引にまにあわないぜ。」 リドンの惑星系の最も外側に位置する小惑星の一つに降り立った艇は、採掘の腕を操作し、地上にむき出しになっている岩石を船底に開けられたハッチに回収していた。「もうやめるのか。もっと積もうぜ。」「だめだ、これ以上積むと途中でイルクの艇に出くわしたときに、逃げ切れない。」「奴らもここにやってくるのか?」「ああ、ここのダイヤもクアラの金の密売も、イルクの大事な活動資金になってる。あいつらは利巧だ。自分たちは掘らないで、俺たちみたいな連中や、許可を得て採掘している業者の艇を襲ってはブツを横取りするのさ。」「その秘密の取引場所ってえのは、一体どこの星にあるんだい?」「それは言えない。」「何故だ、俺をまだ信用できねえって言うのかい?」「あんたは、昨夜飲み屋であったばかりだ。イルクと通じているかも知れないし、どこかの国の情報員かも知れない。素性が分かるまで、あんたを取引場所まで連れていくことはできない。途中でこの船を降りてもらう。」 艇は船底のハッチを閉めると、見る間に星空の彼方に消え去った。
アクセス・キーを打ち込むと画面上に点滅するマークが現れた。目の前に浮かんでいる巨大な星間運輸会社の中継ターミナルの、ある倉庫の一つから、その信号は発信されていた。ビルはゆっくりとそのそばに艇を着底させた。すでに何艘か同業者の艇も到着していた。「なるほど、今回は大手の運輸会社の倉庫か。これなら監視艇の眼もごまかせる。」時には、小惑星の上のこともある。常に取引場所は、当局の追及をかわすべく移動している。アクセス・キーも時間ごとに変わっており、数億カムもする特別の量子コンピューターをコネクションから購入しないと判別することはできない。ビルは艇の出入り口を、倉庫の入口の通路にドッキングさせると倉庫の中にはいっていった。

「長官、様々な情報を詳細に調べた結果、今回の爆破はシャサーンから来た、ある招待客のシャトル積まれていた爆発物が原因であることが判明しました。」「その招待客は何処の誰だったのかね?」「一緒に、吹き飛んだらしく分かりません。たぶん自らの手で、爆発させたのでしょう。」「以前の宇宙祭の観光船が破壊された時のように、洗脳された若者の仕業なのだろう。殉教すれば、貧しい家族の面倒も見てくれ、英雄ともてはやされ、天国では美女達に囲まれて酒池肉林の暮らしが待っている、などと吹き込まれたに違いない。大統領を画面に。私が直接報告をしよう。」情報相のプリモ長官はそう言って、目の前のスクリーンにグムトの姿が現れるのを、顎をさすりながら待った。


【 白髪の師 】

「先生、今僕が学んでいるこのデーターは、何時頃誰がインプットしたものなのですか?」「我々はこの星に文明を築くまでの間、幾世代にもわたって、この銀河系内の惑星を渡り歩き、様々な文化や歴史を繋いで来たが、その間に何度も創造と破壊を繰り返しもした。時には我々よりも優れた生物の支配を受け、家畜同様の境遇に置かれ事も何度かあった。だがその度にそれに耐え抜き、やがて彼らの文化や化学技術を吸収我がものとして生きながらえ、今日に至ったのだ。従って我々の祖先が、一体何処の惑星系の何という星に生まれたのかは、詳しい事は不明なのだ。君の読んでいるそのデーターは、明らかにその内容からして、我々の祖先が暮らしていた惑星の文化に根ざしている、と指摘する宇宙歴史学者や惑星文化発掘学者もいるにはいる。しかし我々人類の故郷であろうその惑星が、今もこの銀河系の何処かに存在するのか、あるいは最後を迎えた主の恒星の最後とともに跡形もなく消滅してしまったのかは、全く判明していないんだよポウル。」白髪を肩まで垂らし、粗末な白いマントに身を包んだ老人は深い洞察力を備えたすんだ眼でポウルを見つめ、長い杖に寄りかかりながら話を続けた。「両親を突然失ったショックから、だいぶ立ち直ったようだな。私が教えたメディテーションの技法は、そのデーターが作られた太古の時代から受け継がれたものだ。そのデーターにも書かれているように、我々が生き物であり続ける限り、人の悩みや苦しみは止むことがない。心を正しくコントロールすることが、それを克服し心の平安を得る唯一の方法であることには、今も昔も何ら変わることはないのだよ。」 聖人と呼ばれた人々の葬られている、この豪華な貴金属や宝石で飾られた空中に浮かぶ広大な寺院の甲板には、今日も各地から集まってくる巡礼者の乗ったシャトルがひっきりなしに離着陸を繰り返し、ドーム内は、信者たちによって持ち込まれた花々の
匂いや、焚かれる香料の煙で咽かえっていた。


【 故郷の惑星への想い 】

「もう、昼食の時間だ。しばらく休憩して、午後の授業はカナル標準時間の2時から36チャンネルで始めよう。じゃあ諸君これで失礼するよ。」そう画面の学生たちに告げるとゲオルグ教授は画面のスイッチを切った。下のフロアに降りると、開け放たれたテラスのテーブルの上には愛妻ルネの作った手料理が何種類か並んでいた。「もう、午前の講義は終わったようね・・。」キッチンから現れたルネは、ポットの紅茶を夫のカップに注ぎながら言った。「丁度今終わったとこだよ。それで、ファーストレディの反応はどうだった?」「話してみるけど、いまグムトはテロ事件の対応に追われていて、なかなか話をする機会が持てないので、もう少し時間を頂戴っていってたわ。」「そうだろうな。こんな時期に気の遠くなるような費用と、時間を費やする、しかも結果がどうなるか分からないようなミッションに、ゴーサインを出してくれと言うほうが無理かもしれない。」「なのにあなったったら、毎年不採用の通知を受け取りながらも、飽きもせずに毎年毎年計画を練り直し予算局に提出し続けているじゃあない。」「ああ、その通り・・。宇宙文化の歴史や考古学を研究してもう30年近くになるが、われわれの種の発生の地、遥かなるあの星雲の彼方にあるだろう故郷の惑星を探し出し、この目でその進化の原点を見てみたいと思う気持ちは、ますます強くなるばかりなんだよ。」


【 酒場の女主人 】

ビルは、チャージされた腕輪タイプのウエラブルコンピュータを装着しながら金額を確かめると、倉庫にドッキングしている数台の艇を見回し、ピンク色の光を点滅させている艇の中に入っていった。「やあ、キティ元気そうだな。相変わらず繁盛してるじゃないか。」カウンターに座ると中にいるブロンドの女に話しかけた。「ああ、ビル久しぶりね。何か飲む?」「ああ、キリアにマグダイブをたっぷり絞ったやつを冷やして・・・。」
艇内は、取引をすました男たちでごったがやしていた。ビルは、ポケットからそっと取りだしたアイグラスをつけ、辺りを見回した。たむろしているのはほとんどが男たちで、それぞれの顔に向けると、仕込まれたコンピューターがその人物を識別し 様々なデーターが視野内に自動的に表示される。ほとんどが犯罪歴を持つ連中で、時々当局に追われているものに出くわすことがあるが、そんなことを誰も気にする者はいない。 彼らのほとんどは、その日の取引で稼いだ金額をこの通いなれた艇内で、酒と博打と女で摩ってしまい、また次の取引日に危ない橋を渡りながら盗掘した品物を手にやってくるのである。「ダメよ・・。」その声とともにキティの手が伸び、アイグラスを外した。「前にも言った様に、私の店では、こんなもの使わないで。気の荒い連中が多いから、喧嘩の元 。店を壊されちゃあ困るのよ。」「悪かった。これからは気をつけるよ。」キティは、自分以外にアンドロイドのホステスを3機、バーテンダーを一機を使ってこの店を切りまわしている。一度だけ眼を盗んでアイグラスを向けたが、人間であること以外の彼女のデーターは、判別不可能の文字の羅列であった。彼女自身も他の話題には気軽に応じるが、自分のこととなると固く口を閉ざし一切話そうとはしなかった。 ビルが目の前のカウンターに置かれた飲み物を一口飲んだ時、「やあ、ビル久しぶりだな。元気だったかい?」そういう声がして、誰かに軽く肩を叩かれ振り向いた瞬間、急に目まいがして体の自由が利かなくなり、そのままカウンターに身を預けるように倒れこんだ。遠くで「やれやれ・・もう酔っぱらったのかい?おいビルしっかりしろよ。仕方がない、お前さんの寝倉(ねぐら)まで俺が送っていってやるよ。」意識が遠のく中で、そんなつぶやきが聞こえたような気がしていた。叩かれた肩の辺りに虫に刺されたような痛みも感じながら・・・。


【 失踪する人々 】

ルネが夫の帰る時間に合わせて、キッチンから料理をテーブルに運んでいると着信音とともに、ゲオルグの声が部屋に流れた。「やあ、ルネ今頃は夕食の支度で手が離せないと思うけど、申し訳ないが急に政府の予算局の職員から知らせが入って、ぜひ伝えたいことがある、今すぐこちらに来るようにと言ってきた。悪いが遅くなりそうなので先に夕食を済ましておいてくれ。それでは後で、愛しているよルネ・・・。」その言葉を最後に、ゲオルグは二度と最愛の妻のもとに戻らず、忽然と人々の前から姿を消した。

「だめです主任。今度の失踪者も他の連中と同じように、データーベースすべての記録が消されていて、アクセスできません。」「またか、一体どうなっているだ!」シュミット警部はそう叫んで机を叩きながら言った。「わずか2週間でこの街の26名もの人々が何の理由も手がかりも残さずに突然行方不明となっているというのに(ことごと)くそのデーターが抹消されているなんて、この仕事のついて35年にもなるが、こんなことは初めてだ。おいジムお前はコンピュターの調査セクションについてもう何年ぐらいになる?」「12年めです。」「お前の意見を聞こう、一体どうなってるんだ?」「この国に存在するすべての人たちのデーターを操作できるのは、この政府のごく限られた部署のごく限られた人間だけです。それも、この国の最高指導者の、つまり大統領の許可がなければ操作できないはずです。」「なんだって、それじゃあ君は、この事件の背後には、政府の組織が動いていると言いたいのか?」「そうとしか、考えられません。」 その時、二人に同僚の一人が近付きこう告げた。「シュミット主任、所長がすぐに部屋に来てくれといってます。」


【 老学者の話し 】

ビルが目を覚まして見ると、何もない小部屋に寝かされているのに気づいた。まだ少しふらふらする体を起こして床に降りると、入り口のドアが開き天井から声がした。「入り口を出て、廊下を右にお進みください。」いう通りにすると間もなく、大きなドアが開き中から大勢の人間たちの悲鳴や怒号や泣き叫ぶ声が聞こえてきた。中に入ると広い会場には、老若男女、それこそ、まだ生まれたばかりの赤ん坊から、車椅子にうなだれている高齢者までのおびただしい人々が、前の壇上の数名の制服に身を固めた、明らかに国家安全局の者たちに向かって、それぞれの言い分んを声を限りに叫んでいた。やがて壇上に上級幹部とみられる男が現れ、正面を見渡し、両手を上げると人々は叫びのを止め、その男の話す言葉に聞き耳をたてた。「私は国家保安省のデュバルです。我々が今から話す事は、皆さん方にはすぐには到底理解できないと思われますが、残念ながら紛れもない事実であります。出来るだけ冷静になりぜひとも理解するよう努力していただきたい。では博士お願いします。」その言葉に促されて一人の老学者が椅子から立ち上がって話し始めた。「私は宇宙物理学者で、もう50年の長きにわたって主に惑星の構造を研究しています。そして私たちが暮らしているこの惑星についても様々な面から研究調査した結果、この惑星にかつて経験したことのない重大な危機が訪れようとしていることに気づいたのです。その危機がもたらす状況からは、誰一人として、いや我々人類だけではなく、この惑星に存在するすべての生命に取っても、決して逃れることはできません。一言でいえば、この世界の終わりが、着々と近づきつつあるのです。」 聴衆のざわめきが収まるのを待って、老学者は話を続けた。「後ろのスクリーンに映る映像を見てください。これは我々の住む惑星の内部構造をしめしたものです。このように、この惑星の地下深くには真っ赤に溶けた高温の溶岩が存在し、中心から表面の浅いところに向かって湧きあがり冷やされて再び中心に向かって沈み込む、いわゆる対流を繰り返しているのです。その一部が地上の岩石の隙間から地上に現れたのが火山の噴火なのです。このような噴火は常にこの惑星 上のあちこちで起きており、あまり問題ではありません。ただこの噴火が我々の予想を遥かに超える大規模なものになると話は別です。次の映像を見てください。これは皆さんがよくご存じのボイルウオーター国立公園の景色ですが、実はこの我が国最大の国立公園の地下にはほぼ楕円形に近い、長さ数百キロメートルにわたって何億トンもの巨大溶岩の溜まった場所、いわゆるマグマ溜りが存在するのです。そしてこのマグマ溜りは、中心から供給されるマグマがある量以上に達すると上部の岩石を吹き飛ばして大爆発を起こすのです。この爆発は過去、今をさかのぼること2億7500年前にも起きており、その地層の研究から地上の生き物のすべてが絶滅の危機にさらされたことが分かりました。地下から数千億トンもの有毒のガスが噴出し、空には噴煙がこの惑星の上空すべてを何十年にもわたって覆い、わが母なる恒星ミネルバの光とエネルギーが 全く地上に届かなくなり、すべての植物が死に絶えそれに頼って生きるすべての生き物が死に絶えたのです。そして我々の詳細な観察データーと研究の結果、このマグマ溜が現在、限界量にまで達しており今や爆発寸前の状態にあることが判明したのです。」 話が終わると、会場は大きなどよめきの後、あちらこちらから一斉に矢継ぎ早の疑問や質問の声が沸き起こった。「それは、本当なのか!」「それを防ぐ手立ては無いのか!」「それは何時起こるんだ!」


【 選ばれし者たち 】

「それが本当ならば、我々は一体どうすればいいんだ!」老学者は、こう答えた。「大規模な噴火は、ここ数日中に起こり、それを防ぐ手立てはありません。唯一我々に残された道は、この惑星を脱出することしか他にありません。」「脱出するだって?!何十億もの人間をどうやって脱出させるんだ!」一人の男の声を待っていたかのように、デュバル長官が立ちあがりこう述べた。「その点に関して、我々はすでに然るべき対策を講じてあります。」「対策!?いったいどんな。」「すなわち、このから、次世代を担うに必要な能力や資質を持った人々を選別し、その人々を他の惑星系に移住させるための遠距離航海用に特別設計された宇宙船に乗せ、送りだすのです。」「何だって!?それじゃあ後に残された者たちはどうなるんだ!みんな死んじまうじゃあないか!」「残念ながら・・・脱出船の収容人員には限りがあり、我が国のすべての人々を乗せることは不可能です。」「数日中にその大噴火とやらが起こるなら、脱出船に乗る者たちを、どうやってどういう基準で選ぶというんだ!もう時間が無いじゃないか!」その質問にデュバルはこう答えた。「その必要はありません。非常用にプログラムされた特殊コンピューターがすでに選別済みです。そして今、わたしたちがいるこの場所が脱出船の内部であり、此処にいるあなた方が、その選ばれた人々なのです。」 「何だって!?お前たちは何の権利があって、そんな勝手なことをするんだ。わたしらの大事な家族や友人を後に残して、そんなことができるわけが無いだろう!?」「もちろん、皆さんには選択の自由があります。地上に戻りたい人は、シャトルを用意してあります。わたし自身も選ばれた者ではなく、間もなくこの船を下りて地上に戻ります。そして家族全員と運命を共にする覚悟です。」「あんたは本気でそんなことを言っているのか。」「冗談でこんなことが言えましょうか。わたしにも皆さんと同じ愛する家族や友人があり、そのことを考えると胸が張り裂ける思いですがわたしは未来の同胞のために、自分たちが犠牲になることを・・・犠牲になることを・・・」デュバルの話が終わらないうちに、船の窓から地上を眺めていた一人が叫んだ。「あれは・・あれは何だ?!」その言葉に会場にいた者たちが、一斉に窓の外を見た。青い大気に覆われた地上の、赤茶けて見える広大な大陸の右半分に現れた,雷光を伴った真っ黒な湧きあがる雲のようなものが、見る間に上空に広がり全体を覆い始めていた。それと同時に周りの海に白い線のようなものが現れ、地上に向かって動いているように見えたが、それも上空の黒い雲に覆われて次第に見えなくなってゆく。それを見つめていた老学者は、眼鏡を外しながら呟いた。「遂に、遂に、始まったんだ・・・。ボイル・ウオーターの数億年に一度の、この世の終わりを告げる大噴火が今まさに、始まったんだ・・・。」 目の前で、ほんの数時間前まで、平和で美しく生命力に溢れていた地上が、次第に黒い雲に覆われ地獄と化してゆく光景を呆然と眺めていた人々の間に、そこに置き去りにされた愛する人々に対する、堪えきれない感情が高まり始め、会場には先ほどまでの怒号に代わって、嘆き悲しむ人々の絶叫と泣き声がいつ終わるともなく続いていた。


【 乗り合わせた人々】

もはや、地上に戻ろうとする人々は、誰もいなかった。そして数時間経つと、人々はウエラブル・コンピューターを使って、この船内に残った者達の間に親族や家族、恋人や友達などの知り合いがいないか必死になって探し始めた。ポールは手にした端末機の画面のリストの中のレミー・マフメイド・ヘルムの文字をタップするのを躊躇したが、心を決めて指を触れた。画面にはしばらくして受信不可能の文字が表れた。「おおレミー、やはり君も・・・。」そう呟いて、スイッチを切ろうとしたが、地上のどこに居るのだけ知りたくて位置情報の選択画面を開くと、そこにも判別不可能の表示が出た。「レミー、君を置いてどうして僕だけが旅立つことが出来よう・・・。」ポールはそう呟いたとき、心の中の彼女が涙ながらに「私もよ、ポール、あなたなしでは生きていけないわ・・・。」と言ったような気がした。そして「レミー、その声をもっと間近で聞きたかったのに・・。」と再び、呟くと「私もよ、ポール・・・。」でもその声は、はっきりと現実味
を帯び、しかも背中から、優しい快い手のひらの圧迫感と同時に、彼の耳に達した。振り返ったポールの目の前に、嬉しさと悲しみが入り混じった涙顔のレミーが、抱擁を求める両手を差し伸べ、肩を小刻みに震わせながら佇んでいた。

「失礼ですが、ビル・クリステン少佐でいらっしゃいますか?」「ああ、確か昔はそんな名前で 呼ばれていたこともあったかな。」若い国軍パイロットの制服に身を固めた二人連れに呼び止められた男はそう答えた。「私たちは、この母船の護衛部隊のパイロットで、私の名前はルイ・バネット、そして同僚のパット・ウィリアムズですよろしく。」そう言って互いに握手を求めた後、こう付け加えた。「船長のラリー提督がお呼びです。お部屋までご案内いたします。」広い操舵室に連なる部屋で、白髪の老将軍は振り返り、「やあ、久しぶりだなビル。元気そうじゃあないか。」そう言って近寄り片手で握手を求めもう、一方の手で肩を叩いた。「こんな場所で、かつて共に戦った部下に会えるとはな。中尉、このビル・クリステン少佐は我が軍の精鋭クルー、グリーン・ウィングスのキャプテンを務めたこともある歴戦の勇士だ。まさに我が軍ナンバーワンの腕の持ち主なんだぞ。」「私も、お噂は聞き及んでおります。たったおひとりで、六機のクムニートの攻撃機を撃墜されたとか。」「そんなことより提督。ただ私を、昔話をするためだけに読んだのではないでしょう?」「相変わらず
だな、ビル。実は君に、この母船の護衛艦隊の隊長を引き受けてもらいたい。」「悪い冗談は止めてくれ!俺はあの時以来、もう二度と軍服は着ないと心に誓ったんだ !」 「今ここで、決めなくてもいいんだ。考えといてくれたまえ。」「何時聞かれても、答えはノーだ!」ビルはそう言い残して部屋を足早に出た。「提督、どうして少佐は軍を離れたのですか?」君たちには、分かりかねると思うが、指揮官には、時には非情と思われる決断を下さねばならぬ事があるものなのだよ。」ラリー提督はそう言って、パイプに火を点け一服吸うと、こう話し出した。「あれはもう10年以上も前のことだ。当時我が国はサルカナル惑星系の領有権をめぐってクムニートと交戦状態に入っていた。そんなある日のこと、私の隊にある命令が下された。情報機関の緊急報告によると、サルカナルの保養地から本国に避難のため帰還途中の観光船に、リム爆弾が仕掛けられており、その船はすでに首都上空の第二シールドを通過、第三シールド侵入直前状態にあった。リム爆弾はこの最後のシールドを通過すれば自動的に爆発するようにセットされている。もし我が国の首都上空で爆発すれば、一瞬にして何百万という人々の命が奪われ、我が国は重大被害を被る。我々の攻撃隊がその船に追いついた時には、侵入十秒前だった。私は止むなく、その観光船を直ちに撃墜するよう命令を下した。そして数秒後、船は赤い閃光を放って、木端微塵に砕け散り、そこに乗っていた1267名の人員とともに宇宙の塵と化した。その攻撃隊の隊長が今出て行ったビル・クリステン少佐であり、しかも、その自ら破壊した観光船には、彼の妻キャサリンと愛する一人娘メイが乗り合わせていたのだ。」

【 追憶 】

窓の外の母なる恒星ミネルバの光は、もう遥か彼方の光の点に過ぎなかった。操縦フロアの中央の立体映像には、母船がクムニートの制空間領域であるリュクシュナ星の惑星系に近づきつつあることを示していた。クムニートの首都が存在する惑星リュナの政府外交部から、カナルの移住母船ホープフル号に対して正式な、大統領カガンよりのこのたびの悲劇に寄って失われたカナル国民に対する哀悼の意を表明し、クムニート政府としての避難移住民に対して、出来る限りの援助をする用意がある旨つたえる映像が送られ、ホープフル号のすべての映像装置によって、放映された。しかし、船長のラリー提督は感謝するとの返事は送ったものの、援助に関しては受ける意志を明らかにしなかった。やがてホープフル号はリュクシュナ惑星系を離れ、友好国パルナルのある惑星の軌道に到着していた。パルナルにはカナルの軍事基地が存在し、そこにある食料や飲料水、その他これからの果てしないクルーズに必要なあらゆる資材を積み込むためである。
パルナルの人々は温和で、平和を愛する善良な国民性を有していた。軌道上に停止したホープフル号からシャトル船が往復し、乗り組んだ人々も暫しカナルと似た温暖なパルナルの地上に降り立ち、暫し旅の疲れを癒していた。
ビルは、パルナルの首都パナの東側の丘にある美しい森に囲まれたレストランのテラスで、一人グラスを傾けていた。その白いテーブルには、薄紫の発泡酒にピンクの花を浮かべたグラスがもう一つ置かれ、彼はその中に少しずつ現れては、浮かぶ花を揺らし消えてゆく小さな泡の粒を見つめながら、そっと眼がしらを拭った。すると反対側の席に浮かんだ面影が、微笑みながら言った。「ビル、もういい加減にわたしのことは忘れて、だれか素敵な人をみつけて・・。」 そうすると、その膝に座っている小さな女の子が、それを真似て、「だれか素敵な人を見つけなさい。」そういって微笑んだ。一つ離れた隣のテーブルに若いカップルが現れ、幸せそうにお互いを見つめ合いながら腰を掛けた。ビルは、しばらく彼らに眼をやっていたが、やがて立ちあがりその場を離れた。

「どうして、私たちを選んだのかしら。私たちの家族を残して・・。」「その基準は、プログラミングした誰かのみぞ知る、だね。いまさら考えてもどうにもならない。」 レミーの呟きにポウルが答えた。「私、お父様やお母様に、いっぱい話しておきたかったことがあったのに謝りたかったことや、自分が抱いている将来の夢や希望、小さかった頃の思い出など、数えあげれば切れないほども。」「僕もおなじだよ。ずいぶんと我が儘を言って心配の掛けどうしだったから・・。」 優しい笑みを浮かべながら、飲み物を置いてレストランの女主人が席を離れていった。「これからいったい、私たちはどうなるのかしら。」「いくつかの生存可能な惑星を捜し歩いて、そこに移り住むことになるだろうけど、このパルナルを離れると、その先はまだ誰も踏み入れたことの無い未知の宇宙空間を旅することになる。希望の星に辿り着くまで、様々な苦難を乗り越えてゆかねばならない危険な旅だ。辿り着くことができるかどうかも、行ってみないと分からない。ただそう信じて進むしかない方法がない、母なる星を失ってしまった僕たちには、その道しか残されていないんだよ。」


【 最初の入植惑星 】

「輸送船の残骸のようだな。スクリーンに映してみてくれ。」ラリー提督は画面に現れた黒い影を見つめた。この辺りは乗り捨てられた船があちこちに違法に放置されている。いわば宇宙船の墓場のような空間で、銀河中心のブラックホールに捨てに行くには莫大な費用と時間がかかるため、惑星連合の監視船の眼の届きにくいこの小惑星帯の中に捨てに来るのである。ホープフル号はパルナルのある恒星の引力圏を離れると速度を速め、パルナルはあっという間に視野の彼方に去っていった。惑星科学研究チームの学者たちは様々な移住に適した候補惑星を見つけ出す作業に没頭していた。何世代もかけて星ぼしを渡り歩く途方もない旅のビジョンを作り上げ、船のコンピューターにプログラミンングしなければならない困難な仕事を任されていたからである。渡航可能な範囲のあらゆる恒星を観察し、その惑星の中から移住に適した環境を持つものを選び出し、様々な角度から検討を行いその結果を航行の最高責任者であるラリー提督の承認を得た後に、プログラマーのチームに委ねるのである。そして一番最初に向かう星は、ルピネル座にあるミシウスS36星を回るハビタブルゾーンにある二つの惑星、グリーン71と72に決定された。共に岩石惑星であり水が存在し、大気もカナルとよく似て居ると観測されているからである。しかし
探査機は飛ばされておらず、カナルの地上および宇宙空間に設置された観測機器のデーターによるもので、確実なものではない。「今の観測機器の精度でも、行って確かめねば断言はできないのです。」ゲオルグ教授はラリー提督の問いかけに、残念そうな表情でそう答えた。 宇宙生物学者たちは グリーン71、72には知的生物は存在せず、生物進化のレベルは低いと提言、しかし未知の危険なウイルスや細菌、小動物がいることも考慮して、宇宙空間に居住施設を構え、そののち 地上間を行き来して、惑星上にドーム空間を建設、しかるべき時期にドームに移りその中で暮らすことを進言していた。およそ二年間を掛けて、母船内で居住空間となる宇宙ステーションを建造し、グリーン
71/ 72の軌道上に設置、地上にドームの建設材と厳重に宇宙服で保護された作業員とロボットを送り込んだのち、母船内の人々から希望者を募って宇宙ステーションに移動させた。少しでも故郷の惑星系に近いところで暮らしたいと、ほとんどの人が下船を希望したが、ステーションの居住空間内も制限があり、役半数の人々はあきらめざるを得なかった。特に長期の航海に耐えられる30代以下の若いものたちは、船内に残り、高齢者が優先されたこともあって、役半数の人々がこの惑星系を離れ、次の新天地を目指して新たなる航海へと旅立っていった。


【謎の機影】}   
 
 「提督、この画像を見てください。ノーマル再生では見えませんがスローモードで見ると・・ほら、この座標の方向に飛行物体とみられ二つの機影が瞬間に現れ、100分の2秒後に消えているのが記録されています。コンピューター解析させましたが、識別不可能で今まで我々のデータベースには全く該当するものがないことが分かりました。」「機影を拡大してくれないか」「はい・・・これが限度です。」「二機ともスリムな三角形に見えるが、私の長い経験からもこんなものを見たのは初めてだ。消えたというが防視シールドを掛けているだけではないのか。」「いえ、もしまだそこに存在するなら重力を感知できるはずですが全く反応はありません。すでにどこかに飛び去った
と思われます。最初は感知器のノイズかと思って調べましたが、システムに以上は認められませんでした。」「そうか、ご苦労だった。監視を続けてくれまえ。」 「どう思う、ビル。」ラリーは録画を見続けるかつての部下に訊ねた。「これが、偵察機か戦闘攻撃機だとすれば、我々の知らぬ未知の領域から来たものかも知れない。いずれにしてもこんな相手と戦いたくはないな。きっと我々よりもはるかに優れた文明を持つ知的生命体の乗り物にちがいない。今できることは、この船の警護の戦闘員に、もし彼らに遭遇しても、恐れの余りに間違っても決して攻撃してはならぬと固く命令しておくことぐらいだね。もし彼らを怒らせれば、こんな船など破壊するのは赤子の手を捻るよりも簡単にやってのけるだろうから。」そう言って、ビルは足早に操舵室を出て行った。


【 光の環 】
 
故郷の惑星を後にしてから、カナルの暦で既に二年と四ヶ月を経過し、ホープフル号はその間に、属する銀河の中心から八万七千光年離れたメステウス星雲の頂上を翳め、その裏側に到達していた。「近くに水を確保できるような彗星か、適当な星はないのか。このままでは船内の飲料水、プランターの植物及び家畜や魚たちを維持出来る水量は、後数ケ月で底をつく。」ラリーは何億年か前に超新星爆発を起こした星の、七色に輝く残骸のガスを窓の外に眺めながらそう呟いた。「船長、至急操舵室に来てください!」「どうしたんだ・・・。」「あれです。」操縦士が指さす開かれた艦の正面窓の右上方向に、白く輝く光の環が見えた。「あれは何だ?詳しく説明してくれたまえ。」「よく分かりません突然現れたんです。」「あそこまでの距離は?」「およそ7.2光年。あそこはポピウス座のtyh7と言う連星があるはずですがそれが見あたりません。然もあの光の環は回転速度を次第に増しており、その大きさを拡大し続けています。」
「ゲオルグ教授を呼んでくれ。」「はい!」

呼ばれたゲオルグは、その環を見つめながらこう言った。「まさか、そんな・・。そんなことが・・。」「教授、一体あれは何だ!?どうしたというんだ。説明してくれたまえ。」「あれは、我々の宇宙とは別の宇宙に繫がる入口ではないかと思われます。」「つまりワームホールだと言うのか。しかしあそこにはtyh7と言う連星があった場所だと聴いているが、そうではないのか。」「確かにあの場所にはほんの数分前には連星が存在したはずだ。」「じゃあなぜ今それが亡くなってあんなものが現れたのかね。」「私にも解りません。ただ・・。」「ただ何だね、思った通りを言ってくれ。」「我々の惑星系の我々を含めた知的生命体の進歩のレベルは惑星の気候さえ十分にコントロールできないのは、我々が故郷の星を捨てなければならなかったことを見ても明らかです。しかしこの我々が属する銀河の中には、恒星をコントロール出来る、いやそれよりも銀河さえ自在に制御できる知的生命やその文明が存在するかも知れない。彼らの時間や空間を思うがままに変えられる力とエネルギーを持ってすれば、瞬時にしてあのような現象を起せるかもしれないと、ふと思ったのです。」「それじゃあ君はあのワームホールのようなものが、その知的生命体が作り出したものだといいたいのかね。もし仮にそうだとして、一体何のために我々の見える空間にそんな事をしているのかね?」「さあ、見当もつきません。」その間も真ん中に奈落の底のような漆黒の闇を伴う光の環はさらに速度を増し、やがてホープフル号の操舵室の視界またたく間に被い尽し、さらに拡大していった。「船長大変です!船のコントロールが全く効きません、手動に切り替えても同じです!」「何だって!?一体どうしたというんだ!」「ウワー!!!」船は大きく左右に傾き、操舵室にいた全員が床に倒されると同時に船内の照明がすべて消え、辺りは真っ暗闇に包まれた。あれからどれだけ時間が経過しただろう・・。ビルは、激しい目まいに伴う吐き気を感じながら、倒れていたフロアから身を起こし、部屋の周囲を眺めた。母船のエネルギー装置が清浄な状態に回復したのか部屋の照明は 消えていなかった。部屋のスピーカーから声が流れた。「ビル!聞こえるか!聞こえたら応答してくれ。ビル!ビル!」「こちら、ビル・・。ああ聞こえているよ。」「良かった!、すぐに操舵室に来てくれ!」


【 向うの世界 】

ビルは茫然と立ち尽くすラリー提督の傍に並んで、開かれた操舵室の広い窓の空間に広がる景色に眼を見張った。「これは一体・・ どうなってるんだ!? こんな星は今まで見たことないぞ、ここは、ここは何処なんだ。」僅か目と鼻の先に、巨大な恒星が、まるで鎧を着せられたかのような灰色の金属の環の様な人工物で幾重にも被われ、その網目のような隙間から、かすかに光が漏れている。そして最もホープフル号の人々を驚かせたのは 、その軌道上に巨大なガス上の惑星や、岩石で出来た惑星、水と緑に覆われた 数個の惑星がまるで数珠つなぎのように並びながら、配置されていたからである。通常の物理法則では、こんなにも巨大な惑星が至近距離で近付けば互いの引力の相互作用で激突し、存在できないはずである。しかし、眼の前の光景は秩序整然と何の異常も起さずに自転し、人工物で覆われた見知らぬ恒星の周りを正確な一定速度で公転しているかのように見える。ゲオルグ教授は「信じられない・・。何と言うことだ、これが夢ではないと
したら、我々はとんでもない世界、いや文明を眼のあたりにしていることになる。」しばらく誰一人として声を上げる者はなく、ただ眼の前の驚くべき光景に心を奪われていた。


【不思議な沈黙】

「奇妙だな。」ビルが言った。「もし何者かが、この見知らぬ宇宙に我々を誘い込んだとしても、なぜコンタクトしてこないんだろう?」「ビル、君は何者かが意図的に我々をこの世界に誘い込んだというのかね。」「提督、この前、画面に現れた二隻の三角の船が我々の存在を認識し見張りをしていた、としての話ですが、この目の前の文明が、彼らの創造したものであるならば、我々をはるかにしのぐ知的生命体の仕業に違いない。彼らの技術能力をもってすれば、我々との通信も簡単にできるはずなのに、なぜ連絡してこないのかがわからない。
しかも、我々の侵入に対して何も防衛手段を講じていないように見える。もし我々の惑星空間に、異星人の船がいきなり現れたら、当然彼らの目的が何なのかを確かめるためにコンタクトを取ろうとするでしょう。それに相手が侵略を企てているかも知れないことを想定して、防衛のための警戒態勢をしくのが普通でしょう。なのにそれが見受けられない。」「なるほど、確かに機影ひとつ見当たらぬようだな。クレイン福艦長、我々の位置を確認できたかね?」「今部下に命じて探索していますが、パルーサーや銀河の中心から来るさまざまな波長を
調べた結果、まったく未知の銀河系に入ってしまったようで、我々の位置はこの銀河系の中心から1800万光年離れたある惑星系にいるとしか言えません。それに周囲3光年の範囲に船など動くものの反応はまったく見当たりませんし、我々の艦をレーダー補足したり何らかの通信手段での働きかけも皆無な模様です。」
ゲオルグ教授、君はどう思う?」提督の質問にしばらく考え込んでいた教授が答えた。「明らかにこの星の文明は目の前の恒星を取り巻く、とてつもなく巨大な構造物を見れば明らかなように、エネルギーを必要とするもののが存在していることは確かでしょうが、この惑星を含む広い宇宙空間に生命の反応が確認できないとするならばその生命がこの銀河の他の惑星系に存在し、遠隔操作でこの星で得たエネルギーを利用しているのか、或いは・・。」「何だね、はっきり言いたまえ。」「これは以前、私の同僚のある研究者の考えですが、知的生命が進化する過程で、その生命が作り出したコンピュータが彼ら自身を、生命活動の枠を超えた、ただ熱や電気光エネルギーだけで増殖或いは進歩する機械文明に変えてしまうかもしれない、という説を唱えたものがいました。私たちが目にしているものがそれかも知れないと、ふと思ったのです。」(つづく)



                                           
*この物語は、完全なるフィクションであり、登場するすべての人名、地名その他の事物は、実際に存在するものとは一切関係がありません。
                     ( 筆者敬白 )

遥かなる星雲の彼方へ

遥かなる星雲の彼方へ

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-09-22

Copyrighted
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