ロックフォード氏に憧れて

                                真昼の届け物


 弓枝が、母親のおむつを取り替えた後いつものようにうとうとしていると、隣の駐車上に車のエンジン音が止まり、玄関のチャイムが鳴った。田舎から何か届け物でも届いたかなと思い、出てみると背広姿の30前後のメガネをかけた男が立っていた。「あのう、佐竹昭光様は御在宅でしょうか?」「いえ、主人は生憎出かけて居りますが、何か。」「さようで御座いますか、私、横浜のキャンピング・カーの販売をやっておりますグリーンロードという会社の外交担当で坂上と申すもので。」男はそう言って、名刺を手渡した。「昭光さまに、ご注文頂いておりました商品をお持ちいたしました。」「注文していた商品!?」「はい。何処に御停めしたらよろしいんでしょうか?」「何処にお停めしたらって・・・。ま、まさか!」「はい!さようで御座います。お届けした商品とは、私の車の後ろに牽引して参りました、昨日横浜に着いたばかりの、このフランス製のキャンピング・トレーラーでございます。」「な、何ですって!?」

 
「あなた!一体どういうつもりなの!?私に内緒であんなわけの分からない、何とか・・・。」「キャンピング・トレーラー。」「あ、それを買っちゃって、請求書見たら260万もするって書いてあるじゃないの!僅かな年金を斬り詰めて暮らしているのに、そんなお金どうやって払うつもりなのよ!あなたっていつも後先を考えずに私に何の相談も無しに、勝手を物事を決めちゃって、いつも尻拭いをさせられるのは私なんだから!もういや!!いい加減にしてよ!」妻の言い分に反論の余地はなかった。ただ私にも、トレーラーを購入するだけの正当な理由があったが、介護疲れの溜まっている彼女に行ってもかえって彼女の精神的負担を増すだけなので、あえて反論はしなかったのである。暑い真夏の蒸し蒸しする玄関の上り口で、私は汗を拭くことも無く、妻の怒号に近い訴えが終わるのを、冷たいビールを頭に思い浮かべながら、ただじっと待っていた。  

                                                             
                                                                                              娘の提案                  

 
「それは、母さんが怒るのは当然よ。」娘は客の花束をアレンジしながら言った。「父さんが、母さんの実家に両親と暮らし肩身の狭い思いをしてるのもあの我が儘なお爺さんにいびられ、誰にも干渉されない自分だけの部屋が欲しいのも分かるけど、母さんに無断で注文しちゃったのはまずかったんじゃなあい?」「うん。」「で、そんなに高い物買っちゃって、支払いはどうするつもりなの?」

 「ねえ、あなた、何とかしてあげたいんだけど、いい方法ないかしら。」美咲は父、昭光の立場はよくわかっていた。「母さんの家は小さいけど、お爺さんが田舎からこの町に出てきて働き、裸一貫で建てた家なのよ。だから、お父さんが何しようと、すべてお爺さんがうんと言わなきゃあ出来ないし、おかあさんだって、この家はお父さんの物だって自覚が強いから、それに血は水よりも濃いって言うじゃない。いざとなると母さんお爺さんの言うことを無視できないのよ。父さんも今年65才になったし、きっと今までの居候みたいな生活に見切りをつけて、残りの人生を誰にも干渉されることなく生きたいと思ったんじゃあないかしら。」「それで、キャンピング用のトレーラーに住もうって言うのかい?」「隣の駐車場に止めて、燃料はプロパンガスで、電気は別に引くらしいの。家賃は駐車場の借り賃6000円で済むし、トレーラーにはキッチン、ベッド、からエヤコン、シャワーにいたるまで、なんでも揃ってるんだって。」「それで、僕にどうしろと?相談しながら実は君の頭の中には、すでにプランが出来てるんだろう?」 良人は、夕刊に目を通しながらそう呟いた。


 「父さん、そう言うわけでうちの人に毎月年金の中から決まった額を返して頂戴。滞ることがあったらだめよ。娘が肩の狭い思いをしなくちゃあならないんだから。分かったわね。」「ああ、分かった有難う。恩に着るよ。」「もう、父さんったら、自分の娘に向かって、そんな他人行儀な言い方はしないで。」                                                                 3ヶ月ほど経ったある日、トレーラーの電話が鳴った。「はい、六法堂リサーチ、 佐竹です。どんなご用件でしょうか?」

                                                                        


                                  認知症病棟

  
 「あのう、すみません。私、六法堂リサーチの佐竹という者ですが・・。」そう言って、佐竹は応対に出た受付の女性に名刺と運転免許証を見せた。月曜日で休み明けのせいか、病院の待合室はかなり混雑している。「この病院に、2か月前から入院している坂下スエと仰るお婆さんから、ぜひ会って相談したい事があるので病院に来て欲しい、というお電話を頂いたもんで伺いましたが、いらっしゃいますでしょうか?」「ええ、確かに坂下さんは入院中ですが、現在リハビリ中だと思いますが、今のお話が本当かどうか確かめて参りますので、少々おまちくださいますか?」「はい、お願いいたします。」 この病院は、元は精神病患者を専門に治療していたが、昨今の 認知症患者の激増に対応して、妄想や幻視などに悩む人々の相談や治療をにもあたっている。10分程経って、眼の前に、看護師の押す車椅子に乗った80歳は超えてると思われる老婆が現れた。眼鏡をかけているが、眼光鋭くとても認知症を患っている人には見えない。「あなたが佐竹さん!」「はい、始めまして佐竹でございます。坂下スエさんでいらっしゃいますか?」「ええ。そう、昨日あなたに電話したのは、確かに私しです。」「で、ご相談がおありだとか。」「ここじゃあ何ですから、私の部屋に来てくださいな。看護師さん、この方に押して貰いますから、あなたは返って。」 病棟の中は、明るく廊下も広々としていて、認知症専門のフロアのせいか、昔の精神病院の暗いイメージは全く感じられない。「とてもきれいな病院ですねえ。」「ええ、この病棟は、今年の春に完成したばかりなのよ。」 やがて廊下奥右側の、坂下スエの名札が填め込まれている個室のドアを開くと、ホテルの部屋と見間違えるほどの快適な空間が現れた。「私には、この位が丁度いいんですが、あなたには暑いでしょう、クーラーの温度を下げてくださいな。」「ええ、有難うございます。先ほどから、待合室で少し涼みましたので、私もこのままで結構です。早速ではございますが、お話をお伺いしてよろしゅうございますか。」そう言って佐竹は、ポケットから手帳と鉛筆を取り出すと、依頼人の言葉を待った。

                                                                     


                                   高校生の娘
  

「二年前に亡くなった主人は、祖父が始めたアパートや貸し店舗を始めとする不動産を相続し、自らも某銀行の役員を務めたりしてかなりの財産を残してくれたおかげで、この年になっても、経済的な問題で苦労したことはありませんが、私たち夫婦には子供ができませんでした。私は構いませんでしたが主人が養子をもらうのを嫌い、他の友達には孫や、曾孫が居て楽しい老後を送っていますが、私には寂しい一人ぼっちの生活が続いていました。そんなある日、買い物の帰りに向うから来た車を避けようとして、自転車とともに溝に落ちて左足の骨を折ってしまったのです。相手の車はそれに気付かず、通り過ぎて行ってしまいましたが、丁度通りかかった高校生の娘さんが、私を溝から助け上げてくれて、救急車にも付添って、この病院に連れて来てくれました。とても優しく思いやりのある、利発な子で、その後も学校の帰り毎日様子を見によってくれまして、私は彼女が訪れるのを心待ちにするほど嬉しくて、そのお陰か回復も早く担当の先生が驚くほどでした。ところが入院して一か月がたった頃あの子が、美知恵さんが急にパタッと来なくなったのです。最初はテニス部に属していると聞いていましたから、練習中に熱中症にでもなったのではないか、或は何か来られない事情があったのではと思い、そのうちに又あの元気な可愛い笑顔を見せてくれるだろうと待っていましたが、何時まで経っても一向に現れる気配がありません。来なくなった前の日も帰り際に ― お婆さん、また明日も来るから、早く歩けるようにリハビリ頑張ってね! ― そう言って、いつものように私の手を優しく撫でて帰っていったのに、きっとあの娘の身に何か良くないことが起こったに違いありません。佐竹さん、私とっても心配で、夜も眠れないのです。どうかあの娘の様子を確めて困っている様子でしたら、私に代わってあの娘を助けてやって下さい。どうかお願いします。」 そう言って老婆は涙を流しながら、佐竹の手を握りしめて何度も頭を下げた。「事情はよく分かりました。早速調査をして、ご報告いたしましょう。」そう言い残して、佐竹は病院を後にした。


                                                                           

                                   引っ越し
                                       

「 2丁目3の19・・確かこの辺りだと思うのですが・・青空荘、あっ!此処ですねえ。」生活指導担当の若い教師は、佐竹よりも先に錆びた階段を昇ると二階の表札を確め始めた。井村隆・美知恵、ありました。」 そう言って入口のドアホーンのボタンを二度押したが、二度とも反応がなかった。そこへ階段を昇る音がして、買い物袋を下げた60前後の女性が近づいて来たので訊いてみると、「ああ、その娘さんなら、2週間ほど前の夜遅くに、人目を避けるように何処かに引っ越して行きましたよ。近頃の若い子には珍しく、会えば必ず笑顔で挨拶してくれて、それやあ気立てのいい、優しい娘さんでした。ただその父親ってえ人が、ほら、今はやりのうつ病に掛かってたらしくて、仕事もせず部屋に閉じこもりきりなので、美知恵ちゃんは、朝早く起きて新聞配達をした後、学校に行き、帰りにはアルバイトをして家計を支えていたらしく、いつも夜の11時近くに帰って来てるようでしたね。」「何か、引っ越し先に心当たりはありませんか?あっ!申し遅れました。私は、彼女にお礼をしたいという或る方から頼まれて、美知恵さんに会いに来た佐竹というもので、こちらは美知恵さんが通っていらっしゃる高校の、生活指導担当の結城先生です。決して怪しい者ではありません。もし何かご存じであれば、教えて頂けると助かるのですが・・・。」そう言って、佐竹は運転免許証を見せ、名刺を手渡した。「多分、こりゃあ私の思い違いかも知れませんけど、此処の家主が来月から家賃を大幅に値上げするって、通告してきたんですよ。それで、あの娘にはそれが負担で、もっと家賃の安い何処かのアパートに引っ越したんじゃあないんでしょうかねえ・・・。」「そうですか、ところで、この近くに貸し部屋を紹介してくれる不動産屋さんはありませんか?」「それなら、駅前通りにありますけど。」「そうですか、どうもご協力有難うございました大変助かりました。」そう言って二人はアパートを後にし、焼け付くような8月の陽射しの中、額の汗を拭いながら駅前の不動屋に向かって歩き出した。 「あの娘がネットじゃなく、不動産屋で探してくれてたら、いいんですがねえ・・・。」

                                                                                                                 
                                  女友達の話

 校門のプラタナスの木陰で待っていると、髪の長い女子学生が怪訝な顔で近づいて来た。「井村美知恵さんのお友達の須藤梨絵さんですか?あっ、申し遅れました。私、結城先生からお聞きになっておられると思いますが、六法堂リサーチの佐竹と言います。実は私或るお方から頼まれて・・。」「知ってます。坂下何とかいう、病院に居るおばあさんでしょう?」「御存じなんですか?」「ええ、美知恵がいつもそのお婆さんのこと話してましたから。」「なるほど、では最近、美知恵さんが引っ越したことも御存じで?」「いいえ、美知恵が引っ越したって、それ本当ですか!?」「はい、彼女のアパ-トに行って確かめてきましたから。」「私にはメール一つくれなかったし、この頃学校も無断で休んでいるらしく、とっても心配してたんです。携帯にいくら掛けてもつながらないし、ひょっとして美知恵の身に何か悪いことでも起きたのでしょうか?」「それは、まだ分かりません。ただ、お父様とご一緒だと思われますので、誰かに連れ去られたとは思えませんが。最後に会った時、美知恵さんに、何か変わった様子は見られませんでしたか?」「別にこれと言って、変わった様子は有りませんでした。」「ところで、美知恵さんには、男友達は居ませんでしたか?」「高二の時は居たようですが、その子は父親の仕事の関係で海外にいってしまってからは自然と付き合いもなくなって、今は彼氏らしき人は、いないと思います。両親が離婚して母親が家を出てしまってからは、うつ病のお父さんの世話にかかりっきりで、彼氏と付き合う時間も、心の余裕もなかったでしょうから。」「最後にお聞きしたいのですが、美知恵さんの引っ越し先に何か心当たりはありませんでしょうか?」「さあ、美知恵はあまり、家族や子供の頃のことは話したがらなかったし、親戚縁者のことも聴いておりませんので分からないです。あのう、もういいでしょうか、今からピアノのレッスンを受けねばなりませんので。」「ああ、長い間お引止めしてすみませんでした。もし美知恵さんのことで、気が付かれたことがありましたら、どんなことでも結構ですから、この名刺の携帯番号にご連絡ください。宜しくおねがいします。」
                                                                             

                                二人の行方 

  「もしもし、ちょっとお伺いしたいことがあるのですが、そちらの会社のタクシーで二週間ほど前の、深夜一時過ぎ位に緑ヶ丘二丁目3-19井村隆さんの家に呼ばれた運転士さんに直接お会いしてお伺いしたい事があるのですが、何時お伺いすれば会えるでしょうか?私は六法堂リサーチの佐竹と申すものでございますが。明日の朝九時半頃、そうですか分かりました。では明日その時間に伺いますので、宜しくお伝えください。」「ええ、その親子なら確かに乗せました。」五十前後の小太りの運転手は、傍の自販機の紙コーヒーカップを飲みながら話を続けた。「高校生くらいのポニーテールの娘さんで、無表情のぼんやりとした父親らしき人の腕を抱えながら乗り込んできて、
荷物は手提げバック一個だけだったと思います。空港近くのビジネスホテルの前で降りましたよ。」「何か、車内で話しませんでしたか?」「いいえ、私が今夜も蒸しますねえ。と話しかけても何も答えないのでそれ以上は話しかけるのを止めましたよ・・。」「そうですか。どうもお疲れのところお邪魔致しました。もし何かお気づきの点がございましたら、この名刺の携帯にご連絡いただけたらありがたいのですが、宜しくお願い致します。あっ、大事なことを忘れるとこでした。二人を降ろしたビジネスホテルの名前と場所を教えてください。」

「そのお二人様でしたら、あくる朝早くにチェックアウトされ、歩いて空港の方に向かわれました。スマホをタップされておりましたから、私には飛行機の出発時間を確めているように見えましたが、行く先まではわかりかねます。」ホテルのフロント係りはそう応えた。

「井村隆様と美知恵様でございますか。8月12日の早朝の便で、少々お待ちくださいませ。」航空会社の受付カウンターの女性はそう言って、コンピュ ーター画面をしばらくみつめていたが、「あ!ございました。井村隆・美知恵ご両名様は8時45分発の大阪行き43便にご搭乗されております。」「大阪行きに?」「ええ間違いございません。」「そう。どうもありがとう。」「いいえどういたしまして・・。」「その高校生の娘さん大阪に行ったのは確かなのね。」「ああ、でも大阪市内か、或は大阪府の何処かの町なのか、皆目見当がつかないで困ってるんだ。」「そんなの簡単よ。」「お父さんいい?その親子が小さな荷物で出かけたのなら、家財道具はどうしたの?」「あっ!そうか引越し屋が先に荷物を新しい住所に届けてるはずだから、引っ越しやを当たればいいんだ。ありがとう美咲。さすが私の娘だ助かったよ。」「そんな大げさな、そんなことぐらい誰でも気付くわよ。新米の探偵さん。」

                                       
                               荒れ果てた倉庫

                              
 「お待たせいたしました。そのお客様の荷物でしたら、大阪府泉大津市の堺泉北港の倉庫の事務所にお届けした記録がございまが、詳しい住所を申し上げましょうか?」「はい、お願いします。」新幹線の新大阪駅から大阪市営地下鉄を乗継ぎ、大阪市の南の玄関口、難波から南海本線で堺駅に降りてタクシーを拾い、泉北港の岸壁に降り立った時は、夕方5時を回っていたが、まだ9月の初旬で残暑が厳しく、強い陽射しは西の海側から容赦なく照り付けてくる。湿気を含んだ潮風に吹かれながら佐竹は、広大な港の敷地の中を汗だくで目的の倉庫を探して歩いた。一時間ほどして、郵便配達の赤いバイクを見つけて声を掛け、やっとのことで大きな丸にTの字が付いた倉庫を見つけ、入口を探して入ろうとしたが、正面門、裏門とも錆びた鎖を巻き付けた頑丈な鍵が掛けられており、管理人はおろか人影は全く見当たらない。建物は、何年も使用された形跡はな、く放置された儘になっていたのか、廃墟に近いほど荒れ果てていた。しかし、佐竹は正面門の扉の鎖や鍵の錆に最近開けられたような、擦り後が有るのに気が付いた。「どうやら、此処に荷物が運び込まれたのは確からしいな・・。」そして、入口付近のセメントの上には、何台かのタイヤの跡が、倉庫内の敷地に向かって続いており、ごく最近この倉庫に何台かの車の出入りがあったことを物語っていた。 

主任、3番に妙な電話が入ってますけど・・。」「妙な電話?!又酔っ払いのおっさんとちがうんか。」「なんや、誘拐事件の捜査をしてくれ、言うてますけど、声は東京弁で何とかリサーチの佐竹という名の方で。」「佐竹?知らんなあ、ちょっと代わって。もしもし、代わりましたが、どちらさん?六法堂リサーチの佐竹さん。でどないしはったん?ふん・・ふん・・。でもそれだけではわし等警察は動けまへんのやわ。捜索願いでも出ておれば別なんやけど・・。そんであんた、わざわざ東京から来なはったん?そらきのどくやなあ・・ほんならこうしょうか。もう晩の8時過ぎてるし、あんた今日大阪に泊まるんやろ?明日わし非番やし、昼からやったら付き合えるよってに、二時に府警本部に来てや。受付で、生活安全課の舘林いうたらわかるよって、ほな、明日二時に、待ってます。」
 

                                主任刑事

 「春ちゃん。いつものステーキ定食、飯でな。あんた、ホテルで済ましてきたん?そら残念やなあ、此処の飯、安うて美味いんやがな。春ちゃん!この人にコーヒ!」「いや、私は・・。」「まあええがな、ここのコヒーもなかなかいける。親爺はちょっとへんこつやけどな。」「誰が、へんこつやねん。ほっといてんか!」厨房の奥で声がした。「ああ聞こえたらしいな。ははははは。で話してなんや、聞かせてんかいな・・。」舘林は、焼きたてのステーキを忙しげにナイフで切り、口に放り込むとそう言って、佐竹の顔を見た。「ああ、ああ、思い出した、この前死によったジェイムス・ガーナーちゅう俳優、テレビの探偵ものやってたなあ。昔見たことあるわ。そいであんたも、キャンピングトレーラーを買うて、そこに住んでるん?アッチャ~!大した惚れ込みようやな。そやけど、あんたのさっきの話。確かに妙や。ひょっとしたらその親子ともに、騙されてどっかに連れ去られ、拉致されてる可能性もあるかも知れへん。もう居なくなって二週間何の連絡もなく、携帯に掛けても反応なしやもんな。電話会社に連絡してGPSでその娘さんの電話のありかを探してもらうわ。」
                                                                        
 「はい。生・安・課の舘林。ああ、お手数掛けてすんまへん。はい・・そうですか、いやあえらいいすんまへんでした、おおきに、どうも・・・。」「今電話局に調べてもうたら、携帯からの信号は途絶えて、位置は掴めなかったそうですわ。」「じゃあ、あの倉庫を捜索して何か手がかりを見つけるしか、ありませんね。」「あのね、佐竹さん、捜索令状は申請しても出るまで時間がかかる。もし二人に危険が迫ってるとしたらそんな悠長なことしてられへん。わし等二人でその倉庫とやらへ行ってみましょか。何か見つかるかも知れへんよってに。」


                                 不法侵入

 
「なるほど、この倉庫かいな。」車を降りると舘林は後ろのボンネットを開けて大きな金属用のはさみを引っ張り出すと、門の扉に掛る錆びた鎖をバチンと切り離した。「こんなことして、いいんですか?不法侵入ですよ。しかもあなたは警察官だ。」「あ~あ~、この鎖は腐食しているかして勝手に切れよったがな。さあ行きましょか。」そう言って、入るのを躊躇する佐竹を後に、舘林は倉庫の事務所らしい一角に足を運んだ。ギシギシ音がする割れたガラスの入口の引き戸を、力任せに引き開けると、ガランとした木の床の片隅に、いくつかのダンボール箱に入れられた荷物と、タンス、鏡台などの家具が置かれていた。「若い女の子の衣類が入ってるとこをみると、あの親子の荷物に間違いないな。」タンスの引き出しを閉め乍ら、舘林が言った。埃の溜まった木の床には、数人の足跡が残っていた。それを丹念にみていた舘林は、「ほら、この足跡の乱れ方は、人が争った跡の様や、きっと親子二人は此処に到着してすぐに捕らえられ、どこかに連れ去られたに違いない。倉庫内もみて見よか。」 開けられたシャッターの下には、大型トラックが出入りしたと思われるタイヤの跡が倉庫の真ん中あたりまで続いていた。そして又出て行った形跡も見られた。そして、その傍に足で何度も踏みつぶされて壊されたと思われる、ピンク色の携帯電話の残骸が捨てられていた。「これがきっと、美知恵さんの持っていた携帯に違いない。ほら!裏に小さなローマ字でMITIEって書いてありますよ!」「こりゃあ、あんたの言う通り、井村親子はこの倉庫に誘い込まれ、何者かに拉致され連れ去られた疑いが強くなった。帰ってこの事を本部に報告して本格的に捜査してもらうことにしょうか佐竹さん。」「はい。お願いします!」

                                    
                                 早朝の電話

 
「今、舘林君から、説明があったように、井村親子の失踪事件が起こってからすでに3週間が経過しており、もし臓器売買が目的の犯罪組織に拉致された場合、二人の身に生命の危険が差し迫ってることも十分考えられる。又、国際的な組織なら、海外に連れ去られる可能性もある。この二点を肝に命じ迅速かつ慎重にて捜査に当たってくれたまえ!」「はい!」 捜査会議の方針に基づいて、捜査員たちはそれぞれの持ち場に散って行った。舘林はコンピューター犯罪を扱う部所の職員を尋ね、「この井村美知恵ちゅう高校生の娘さんは、住むとこも追われて、困り果てていた。もし携帯のサイトに、例えば【家族や夫婦住み込みOK、仕事は簡単で高収入を得られる仕事あります!】みたいな広告を見つけて、藁をもつかむ思いで応募したかも知れへん。そのへん気いつけてよう調べといてや。よろしく!」そう言って、上着を肩に署を出て行った。

「佐竹はん、これから先はわしらに任せて、あんた東京に帰りなはれ。何か分かったら、真っ先にあんたに連絡しますさかい。」別れ際に舘林に、そう言われて新幹線には乗ったものの、佐竹は美知恵親子の事が心配で、疲れてはいたが東京までの間一睡もできなかった。トレラー帰り着いて、三日目の朝、携帯電話の受信音が鳴り響いた。「はい!もしもし。佐竹ですが・・。」「ああ、佐竹はん府警の舘林です。電話では話にくい。とにかく、早ようこっちに来なはれ、あんただけに特別に、ええ経験させたげますよって、ほな後程。」そう言って電話は切れた。
                                                                                                                                      

                                真夜中の逮捕劇

                               
  
  昨夜から流れ込んだ寒気の影響で急に気温が下がり、人っ子一人いない真夜中の埠頭には深い霧が立ち込めていた。岸壁に係留されている貨物船の横に、ヘッドライトを消した状態で一台のトレーラーを引いたトラックが現れ、二回ライトを点滅させ静かに止まった。荷台の上には赤茶色の頑丈なコンテナが積まれており、しばらくして灯りをともした貨物船からクレーンが下りてくると、トラックの運転席を出た二人の男がコンテナの上に駆け上がり、その上に降ろされたクレーンの鍵爪をコンテナの上部にに引っ掛けると、持ち上げよ、と手で合図をした瞬間。それを待ってたかのように、突然埠頭のあちこちから、けたたましくサイレンを鳴らしたパトカーが現れてトラックを取り囲み、ヘッドライトをトレーラーに向けて照らすと、マイクの大きな声が辺りに響き渡った。「動くな!お前たちは完全に包囲されている!無駄な抵抗は止めて、両手を首の後ろに回せ!」その声と同時に数名の警察官がコンテナによじ登り、あっという間に二人の男を拘束した。一方貨物船には、いつの間にか横付けされた巡視船から、十数名の海上保安庁の捜査員が一斉に乗り込み船内の捜索を開始していた。トレーラーの上では、コンテをこじ開けた捜査員が、急いで中に入ると、中から次々と両手を縛られ、猿轡を噛まされた人々を外に連れ出し、下で待機している救急車に収容しては病院に搬送し始めた。佐竹も舘林の車に同乗して搬送先の病院に向かった。

「あんたの通報がなかったら、あのコンテナに監禁されていた人々は海外に連れ出され、どこかの港に待つバイヤーの手で、或る者は売春宿に売りとばされ、或る者は殺されて、その臓器が闇のルートで売り買いされていたに違いない。佐竹さん、お手柄やったなあ。今夜、わしが奢るから一段落したら、飲みにいこ!ここは食い倒れの大阪や。安うて旨い店いっぱいあるでえ~。」「ええ!ぜひ、ご一緒させてください!」 あの井村親子が、被害者の中に居ればよいが、そう思いながら佐竹は前の救急車を追った。  

幸いにして、監禁されていた十数名の被害者たちのほとんどは、手を縛られた擦り傷ぐらいでひどい外傷は無かったが、ろくに食べ物や水を与えられておらず、中には衰弱しきっていて動けない人も居り、搬送先の病院の救急セクションは大混乱をきたしていた。診察の順番を待つ若い女性や女の子達の中に、無精ひげを生やした白いワイシャツ姿の中年の男性の右腕を抱えながらも 「もう大丈夫よ、大丈夫だからもう泣かないで・・・ね。」そう言って、そばにいる小さな女の子の頭を撫で、慰めている気丈そうな若い娘を見つけ、佐竹はおもむろに声を掛けた。「井村・・・美知恵さん、ですね。」  

 「あかんあかん、捕まった連中は外国から来た密入国者で、街中で見知らぬ男から声かけられて、言われた通りの場所に行き、そこに止めてあったトラックを動かし埠頭に行っただけやそうな。トラックもコンテンナーも盗まれたもんやったし、彼らを雇った連中は悪賢こうて、なかなか尻尾をだしよらん。今回の事件もほんの氷山の一角にすぎん。日本の行方不明者は年間何万人もおるんやさかいなあ。あんたに一つ借りができたな。又、何ぞ用事で大阪に来たら寄ってえな。わしに出来ることやったら、力になるよってに。2:30の新幹線やったな、駅まで車で送るわ。乗って乗って・・・。」「ありがとうございます。助かります。」「今度来た時は、南の知り合いの店に連れて行くわ、あそこの店の料理ちゅうのんはな・・・。」 二人の乗った車は、今日も忙しげに動く商都、大阪のビルの谷間を縫って走る車の流れに合流し、やがて見えなくなった。かくして佐竹の初めての仕事は、何とかピリオドを打つことが出来たのでる。

                      
                                                                   
                                                                                  
                                      
                        不審な死

                                    


 「はい。こちら六法堂リサーチの佐竹と申します。お電話ありがとうございます。どういうご用件でしょうか?」 
                  
黄金色の稲穂が、午後の陽の光に輝く田園地帯の高台に、一際目立つ大きな瓦屋根を頂くその家が見えた。近付くと、門の傍にセーラー服姿の依頼人が、秋風に長い髪を靡かせながら立っていた。「始めまして、佐竹です。お電話頂いた、蔭末美優さんですか?」「はい。」少女はゆっくりと頷いた。「お爺様が亡くなったのは、何時のことですか?」「二か月前、お盆を過ぎた八月二十一日の夜のことです。トイレで倒れていて病院に着いた時にはもう息を引き取っていたそうです。」「お爺様は、お歳は幾つに成られていましたか?」九十六歳でした。」「亡くなる前の日のお爺様のお体の様子に、変わった事は有りましたか?」「いいえ、祖父は足は弱っていてトイレに行くにも杖を突いていましたが、食欲もあり、すこぶる元気でした。」「なるほど、でも警察の調査や、真っ先に駆け付けた担当医師も、夜中にトイレの中で足を滑らせて転倒、頭を床に打ち付けた上、ショックで血圧が上昇したため脳のくも膜下出血をお越し、発見が遅れたため死亡との見解を発表したと、新聞には。」「私はあの晩二時頃に、トイレの異常な物音に気付いて二階の階段を駆け下り、頭に血を流している祖父を見つけて救急車を呼ぼうとしたのですが、泊まり合わせていた叔父夫婦が、一刻も早く病院に連れて行った方が良いし、救急車に病院嫌いの祖父が途中で気が付いたら、又暴れ出して大変だから、自分たちの車で病院に連れて行くと言って、祖父を二人で毛布に包んで持ち上げ、車の後部座席に寝かせて運んで行きました。」「あなたも一緒に?」「いいえ、一緒に乗り込もうとしたら、お前は明日も学校があるし、私たちがついているから心配はない。どうせ、運の強いお前の爺さんだ。明日の朝にはいつものように、何とも無い、と言って何食わぬ顔で帰って来るから・・。そういって自分たちだけで行ってしまいました。」「しかし、お爺様はそのまま帰らぬ人となったんですね。」「ええ。」「では、どうして、お爺様の死因に問題が有ると思われるのですか?」「時間です。」「時間とは?」「叔父の車が、この家を出てから、病院に着くまでの時間です。普通は15分も掛からないのに叔父の話によると、途中でエンジンの調子がおかしくなり、見るとガソリンが無くなっていたので、近くのガソリンスタンドまで二人で車を押してゆき、休みだった店の人を起こして給油、そのため病院に着いた時には、もう夜が明けてしまっていたと言っていました。でも、前日に叔父夫婦とスーパーに買い物に出たときには、燃料計は半分位ガソリンが入ってることを示していたからです。」「つまり、あなたの叔父様が嘘を言っていると?」「そうとしか、思えません。」「う~む。」

                                  
                         隣人の噂
                                              

 佐竹が近くの農家の人々に聴いて周った話によると、亡くなった蔭末芳三爺さんは、親から相続した屋敷田畑を担保に銀行から融資を受け、戦後の混乱期にあちこちの土地を買い漁り、アパートやマンション、貸しビルを建てて成功し、一代で数十億とも言われる財産を築き上げた剛毅な人で、一時は国会議員を務めたこともある名士だった。ところが、子宝に恵まれず、やっと授かった一人息子は病弱で、結婚後も何度も入退院を繰り返し、僅か三十二歳という若さでこの世を去ってしまった。残された妻は看病と子育てに疲れ果てたのか、一人娘のまだ当時三才になったばかりの美優を残し、風邪をこじらせ肺炎を誘発し、前年逝った夫の後を追うようにして他界してしまったらしい。「それは、綺麗な人でしたよ。今の美優ちゃんによく似ていてねえ・・・。」ある近所の老婆は、感慨深げにそう語った。「芳三さんの奥様はどうなさったんですか?」「ああ、幸さんねえ。あの人は、その何というか・・。芳三爺さんがあまりに元気すぎて、又ああいう人にありがちな、わがままで自分勝手な人でしたから、その勢いの強さに心も体もすり減らして、六十過ぎに脳梗塞を起こして倒れ、そのまま亡くなったらしいですよ。」「美優さんによると、叔父さんが夫婦近くに暮らしておられるようですが。」「美津男さんのことでしょ
う?あの方は、芳三さんの奥さんが亡くなってから一時家政婦として雇われていた女の人に、芳三さんが手を付けて産ませた人なんですよ。村の連中は芳三爺さんが残した莫大な財産を巡って、きっと孫の美優さんと美津男さん夫婦の間に争いが起こるに違いない、誰か美優ちゃんの味方になってくれる人が居ればいいんだけどねえって、皆心配しているんですよ。亡くなったお母さんに似て優しい、気立てのいい娘さんだからねえ・・・。」「なるほど。」

 「ありゃあ、夜中の三時頃だたっけ、家の戸をどんどん叩く者が居るんで開けてみると五十代くらいの夫婦が立っていて、ガソリンが切れた。こんな夜中にすまないが急病人を乗せているので困っている。助けてくれない言われ、入れてやったよ。」「何リッター入れたか覚えていますか?」「寝ぼけ眼で入れたからはっきりと覚えてないんだよ。金額もねえ。」「そうですか、いやあお手数お掛けしました。」佐竹はそう言って、そのスタンドを離れた。


                               迫りくる危険


 「それだけじゃあ、再捜査する事はできないよ。」地元警察の係官は言った。「もしも、もしもですよ。仮に芳三さんの死に不審な点が見つかり、その原因の根底に財産を巡っての争いが有るとしたら、残された孫の美優さんに危険が及ぶことも考えられます。」「でも今の、あんたの話じゃあ、お孫さんの勘違いで。ガソリンはもう無かったかも。」「私は、あなたとの会話もちゃんとスマホで録音している。もしこの後、美優さんの身に何かが起こったら、きょうの私の相談があったことは無視できなくなる。それでもいいんですね。」「おい、佐竹さんとやら、図に乗るんじゃあないよ。探偵の真似事もいい加減にしないと後で後悔することになるよ。」「ああ、肝に命じておきますよ。警察の仕事は、事件を未然に防止するのが仕事のはずなのに、そちらこそ後悔なさらないよに、失礼します。」
佐竹はもっと確実な証拠を固めないと、警察の協力は得られないとわかってはいたが、それへの一石を投じたかったのである。

 佐竹の心配はすぐに現実のものとなった。美優が、朝6時に合わせておいた目覚まし時計のアラームが何故か鳴らず寝過ごしてしまい、慌てて自転車に飛び乗り急な坂道を全速力で学校に向かう途中にブレーキが突然効かなくなり、電柱に激突して車道に倒れもう少しで、トラックに引かれそうになるという事件が起きた。幸いにして美優は手足を擦り剥くだけで事無きを得たが、後で調べると、ブレーキのワイヤーを止めるネジが前後とも緩んでいることが分かった。それを聞いた佐竹は美優に、寝るときは必ず部屋のドアの鍵を掛けること、通学の時は自転車を点検すること、それに食べ物や、飲み物に十分注意することをアドバイスした。叔父夫婦は、美優の一人住まいは危険だからと言う理由で、幾つもある芳三の邸宅の一部屋に何時の間にか自宅から家財道具を持ち込み、居座り続けていたからである。 「このままでは、美優さんが危ない。何か手を打たねば。」佐竹は焦っていた。

                                                                                            
            自殺未遂

 辺りにピーポー、ピーポーと音を響かせながら、救急車が坂道を登り大きな門の前に停車し、タンカを手に救命士が急いで邸内に入り、五十前後の男が付添う酸素吸入器を当てた若い娘を乗せて戻ってくると、急いで車内に収容した。邸内から駆け出してきた中年夫婦が同乗しようとするのを払いのけ、付添っていた男一人のみが乗り込んで、やがて救急車はその屋敷を離れ何処かの病院へと走り去った。
間もなくして、その後を追うように中年夫婦の車が門を出て行った。「机の上に転がっていた容器内の残量から推定して睡眠剤を二十錠以上飲んでおり、危険な状態です。」揺れる車内で救命士の一人が佐竹に告げた。携帯で呼び出したところ反応が無いので心配で駆けつけ、部屋に入ったところ美優が床に倒れて意識が無かったので救急車を呼んだのであった。「美優さん、美優さん聞こえますか!?」何度呼んでも反応が無い。「病院まであとどのくらい掛かりますか?」「十分前後で到着します。」救急車は、マイクで呼びかけながら、幾つもの交差点を通過し、最短距離で近くの病院を目指して走り続けていた。  
美優の収容されている集中治療室の入り口で、叔父夫婦が駆けつけてきたのを確めると、佐竹は担当の看護師の耳元で何かを囁いた。そして彼らとすれ違いざまに、「美優さんを宜しくお願いします!僕は美優さんの部屋に携帯電話を忘れて来たので取りに行って来ます。それでは又後で・・。」そう言い残して佐竹は病院を出た。叔父夫婦が中に入ろうとすると看護師がそれを遮り、こう告げた。「いま美優様は危険な状態なので、先生がつきっきりで対応していますので、もうしばらく外でお待ちください。後で担当医師がご説明申し上げます。こちらに来て入院手続きの書類に記入をお願いします。」


                                                                                  
                            言い逃れ
                                      

 「望月美津雄さんですね。」「わたしゃあ何にも悪いことしてないのに、なんで警察に呼ばれなきゃあならないんですか?説明してくださいよ。女房は何処に連れて行かれたんですか?」「まあまあ、奥様は別の部屋においでです。」地元警察の取調室で、担当の刑事が答えた。「お忙しい処、御足労願いまして申し訳ありませんが、名は明かされませんが、実はある人からあなたが、先日亡くなったあなたのお父様の蔭末芳三さんの死について何らかの係わりがあったんじゃあないか、調べて欲しいという訴えがありまして、そこで今日お出で
願った次第で。」「親爺の死に?あたしが何か係わりがあったですって!?あたしゃあ、あの夜、救急車じゃあ間に合わないんで、途中でガソリンガ切れたりして苦労して必死に病院に運んだんだ。それが悪かったとでも言うんかね!」「美津雄さん、あなた途中でガソリンが切れたと仰いましたが、あなたの義理の妹さんの蔭末美優さんは、その日の昼にはあなたの車のガソリンは半分ぐらい残っていたと言っておられるのですが・・。」「あの日、あの子は風邪気味で頭がフラフラするって言ってましたから、きっと見間違えたんだと思いますよ。
それに立ち寄ったガソリンスタンドの店長さんに聴いてくれれば確かにガソリンを入れたのが証明できますから。」「なるほど・・。」「じゃあ、これ以上話すことは何もありませんし、わしゃあ忙しいんだこれで帰らせてもらいますよ。」そう言って立ち上がろうとした望月に刑事が言った。「やはり財産が目当てで、やったんですね。」「何だって!?」「あなたが、あなたのお父さんを財産目当てに死に追いやった。」「何を馬鹿な事を!」「いやそれだけじゃあない、遺産を独り占めにしようと、事故に見せかけて美優さんの命も奪おうと謀った!」「でたらめもいい加減にしろ!何を証拠にそんなことが言えるんだ!」捜査員はそれには答えず、ポケットからICコーダーを取り出し、スイッチを入れた。「美優の奴、死んでくれたらよかったのにどうやら助かるらしい、この前の自転車の細工でも死ななかったし、
何て父親に似て悪運の強い娘だ。あの晩も救急車を呼んでいたら、親爺もきっと生き延びてたに違いない。お前のお袋の時の経験から、脳をいかれた場合、病院に行くのが遅れれば命に係わるし、動かせばより危なくなるのは分かっていたお陰でうまく死んでくれたが、美優は若いのでそうもいかない。別の手立てを考えなければ、あいつに財産を分けなければならないはめになる。そんなことをするぐらいなら・・。」そこで、捜査員はスイッチを切った。「これでもまだ、言い逃れをするつもりかね。」

 「どうでした?」佐竹の質問に、取り調べ室から出てきた捜査員が答えた。「一にも二にも無く吐いたよ。しかし何時彼らの部屋に盗聴器を仕掛けたかは問わないことにしよう 。偶然彼らの部屋に挨拶に行ったとき、偶然スイッチの入ったICコーダーを何処かに忘れてきたらしい、と言いたいんだろう?」「まあそんなところです。」佐竹は、嫌がる捜査員に無理やり握手を求めて警察署を後にした。一か月後、美優は後遺症もなく無事退院した。


【 新たな依頼 】


「ここにお住まいだったのですね?」「ええ、叔母が亡くなって以来ずっとこの家で一人で暮らして居ました。」静かな住宅街の一角にその家は簡素な佇まいを見せていた。高2の男子生徒はポケットから 取り出した数本の鍵の一本で門柱の間の鉄格子を開き、さらにもう一本で玄関のドアを開け、中に入った。そして廊下にあるアルミのドアを開けて、「ここで叔父が亡くなっていたんです。」佐竹は中を見回したが別に変ったことはないただの、どこの家庭にもある風呂場にしか見えなかった。 「警察の調べでは、ウイスキーを一本空にした後、泥酔状態で入浴したため心不全を起こしそれが原因で亡くなった。そうでしたね。」「はい。」「なのに、私を呼んだわけは?」「僕は警察の捜査官よりも、自分の叔父のことは良く知っている、彼は僕の父親のような存在でしたから。叔父は事故で死んだのではない。誰かに殺されたんです。」「殺された!?なぜそう思うんですか?」「叔父はウイスキーはおろか、アルコール類は一切口にしませんでした。姪の結婚式でさえウーロン茶しか飲まなかった。」「警察にはそう言ったんですか?」「ええ、口が酸っぱくなるほど・・でも彼らは、きっと何かむしゃくしゃしたことがあって飲めない酒を無理やり飲んだのではと言って、取り合ってはくれませんでした。」「なるほど、他に叔父さんの死について何か気付いたことは?」「亡くなる前日に叔父が電話を掛けてきて、僕に何か欲しいものはないかと言ってきたんです。叔父は倹約家で通っていて、今までも僕の誕生日やクリスマスにも一度もプレゼントをくれた事はなかったような人なのに、何故かその日は電話でそう言ったのでとても奇妙な感じを受けたのを覚えています。」「ほう・・他に何か、例えば人に恨みを受けた様なこととか、金銭トラブルだとか・・・」「それはないと思います。人づきあいがあまりなかったし、倹約家でしたが人からお金を借りたり、人に貸したりするような人ではありませんでしたから。」「そうですか、分かりました。又何か叔父さんについて気付いたことがあったら、名刺をお渡ししときますのでこの電話にご連絡ください。それからお部屋の鍵をお預かりしていいですか?部屋の中をもう少し見ておきたいので。」「はいどうぞ、宜しくお願いします。」「いいえ、こちらこそ・・・。」  


【隣人の話し】
 
「こんにちは、私六法堂リサーチの佐竹と言う者ですが・・。」「物売りや、勧誘はお断りってそこの表札の横に書いてるでしょう?見えないの!」 そう言って切られたインターホーンのスイッチを再び押すと「しつこいわね。これ以上 スイッチを押すと警察を呼ぶわよ!」「いえ。私は物売りでも勧誘業者でもありません。お迎えにお住まいだった。森山信二さんのご家族の依頼を受け、或る調査を行っている者で、信二さんの事でお伺いしたいことがあって、参ったもので決して怪しいものではありません。何なら身分を証明するものをお見せ
致しますが・・。」 しばらくしてドア開き、白髪を短く刈り上げた70過ぎ位の小柄な女性が現れ、老眼鏡に手をやりながら上目遣いに佐竹の顔をじろじろ眺めて言った。「それが本当なら、信ちゃんのお孫さんの名前を言って見なさいよ。」「ちょっと待ってください・・。」佐竹は内ポケットから手帳を取り出すとそれを捲り、「米村和幸さんですよね。」そう答えると、その女性は安心したらしく、「お入んなさいな、近頃は年寄を騙すのを何とも思わない連中が多くって・・。」そう言って、玄関から出そうになる茶色の猫を抱き上げ乍ら部屋の中に案内した。
大きなテレビの置いてある応接間に通された。「どうぞ、掛けて頂戴、今からお茶を飲もうとしてたのよ。あなた、熱いお茶と冷たい麦茶とどちらがいい?」「じゃあ、お言葉に甘えて冷たい麦茶を・・。」水ようかんを一口食べると、狭山ミチと名乗るその女性が話し始めた。「向かいの信ちゃんは、あまり人付き合いが上手な人じゃあなかったけど、私とは何故か馬が合って、デイサービスに行っててもよく二人でお話ものよ、出しゃばらず紳士的で、服の趣味も良くって、とても感じのいい人だった、それがあんなことに・・人の命ってわからないものよね。あんないい人が先に死んじゃうなんて、とても寂しいわ・・。」そう言って眼鏡を浮かせて目頭を拭いた。「で、私に何を聴きたいの?」「森山さんは、亡くなる前に何か普段と違った変わった様子はありませんでしたか?例えば人と言い争っていたとか、森山さんのお宅に誰か訊ねてきたとか、どんなことでもいいんですが、お気づきになったことがあったら、教えて頂けたら有り難いのですが。」「そうねえ、あの人あまり他の人とは話さなかったので、デイに行ってても喧嘩一つしたこともないし・・・、家に来る人も新聞配達の日とか、郵便屋さんか、ああ、そう言えば亡くなる一週間ほど前に宅配業者の人が大きな荷物を届けに来ていたわ、私テレビを見ていてドアホーンがなったので、うちかしらと思って玄関の扉を開けたら、お向かいの信ちゃんのお家だったのよ。」「大きな荷物って、どのくらいの大きさでしたか?」「丁度配達の方がやっと抱えられるくらいの大きさだったかしら。でもそんなに重そうにはみえなかったわよ。だってその荷物を手渡された信ちゃんが、そのまま抱えてお家の中に入って行ったもの。」そのあとの彼女の話も別段これと言ったこともなく、佐竹はもし何か思い出したら連絡をくれるよう名紙を渡して退散した。そしてその足で狭山ミチに聞いた住所を頼りに、森山が通っていたデイサービスの事業所へと向かった。

 【老いらくの恋】

「『デイサービス・揺り籠の歌』、ここだな・・。」駐車スペースを抜け建物の入り口のドアホーンを押すと応答があり、やがて施錠されていた玄関のドアが開いて、佐竹は入ってすぐの事務所の受け付けで話を聞くことが出来た。「ええ、森山さんは、当社がこの施設を開設して以来から、お通いになっていらっしゃいましたが、亡くなられたと聞いてとても残念に思っております。50過ぎ位に見える事務長
はそう答えた。「森山さんが亡くなる前に、何か変わった様子はなかったでしょうか?」「そのことなら介護部門のヘルパーにお聞きになった方が宜しいかと、丁度今は休憩時間で全員が食堂でお茶を飲んでいると思いますので、ご案内しましょう。」

 「皆さんは最近自宅で亡くなられた、森山信二さんを身近でご覧になっていらしたと思うのですが何か、普段と違った様子は見られませんでしたか、どんな些細なことでもお気づきの点がありましたらお教え願いたいのですが・・。」「ルミちゃん、あんたよく森山さんと話をしてたわね」川根と言う名札を胸に付けた30代と思える女性が、一人のヘルパーに訊ねた。「はい主任、別段これと言って思い浮かびませんが・・・ああ、そうだそう言えば亡くなる2週間ほど前に皆にって、何処のお店で買ったのか知りませんが、これをみんなで食べて下さいって美味しそうなケーキを頂いたことがあります。」「そうそう、随分凝った作りのケーキでとっても美味しかったし、随分高そうな品物だったからまあ、森山さんどんな風の吹き回しでこんなことするのかしらなんて皆で話しながら食べたの思い出したわ。」別のヘルパーも口を開いた。「と仰いますと、森山さんは、いままで差し入れなんかはなさらない方だったのですね。」「ええ、それが初めてだったんじゃないかしら。」

 帰り際に、佐竹を呼び止める者がいた。「あなたは、確か瀬川・・ルミさんでしたね。私に何か。」佐竹をロッカールームに導くと瀬川ルミはこういった。「 あのさっきは、皆の手前言えなかったのですが実は、森山さん私に特別な感情を持っていたらしく・・。」「特別な感情と申しますと?」「つまりその、私が亡くなった森山さんの奥さんに似ているとかで、時々ラブレターらしき内容の手紙を私の上履きの中に入れてあったりとか・・。」「ああ、なるほど・・。」「それに最近こんなものを頂いたので、お返ししようとしたんですが・・。」そう言って、制服のポケットから小さな容器をとりだして佐竹に見せた。蓋を開けると眩いばかりの青色に輝く宝石の指輪が入っていた。」「最初はイミテーションだと思っていました。だって森山さん生活保護を受けて暮らしていらしたからです。でもちゃんと鑑定書もついているので気になって駅前の宝石店で調べてもらったら、120万もする本物のサファイヤだと分かったんです。それでびっくりして次のデイサービスの日にいらしたら返そうと思っていた矢先に彼が亡くなったってきいて、とても困っているんです。」「それをあなたに手渡す際に、森山さん何か言いましたか?」「僕と結婚してくれ、今の僕なら君を幸せにできるって・・。」「それであなたは何と
答えたんです?」「こんなことは認知症を患っている老人にはよくあることで、話題を逸らしてその場は切り抜けたんですが。」「よく分かりました。非常に参考になりました。ああ・・その宝石は多分貰って置いても大丈夫だと思いますよ。もし気がすすまないなら何かの機会にどこかに寄付なさったらきっと感謝されると思いますよ。僕も今の話は聴かなかったことに。」そう言い残して佐竹はその事業所を後にした。 


【 宅配物の中身 】

 「お父さん、いってらっしゃい。すみません父のことよろしくおねがいします!」父をデイサービスに送り出してから弓枝は、上機嫌で佐竹のトレーラーハウスのドアをトントン叩いて行った。「あなた、山下さんから梨を頂いたんだけど、食べない?持ってきてあげようか。」「ああ、いいね。」「こんな狭いとこのどこがいいのよ。狭苦しったらありゃあしない。」梨をほう張りながら弓枝が言った。「ところでその、森山何とかいうおじいさん、急に羽振りが良くなったって原因わかった?」「それがまだはっきりとは分からないけど、質素で倹約家だった老人が何らかの理由で大金を手にしたことは間違いない。さっき甥に電話で問い合わせたところ、森山さんは三人兄弟の末っ子で、父親の財産相続者は長男芳郎さんで古い田舎の家と少しの田畑だけだったらしい。したがって莫大な財産を相続したのが原因じゃあないようだ」「フーン、じゃあ競馬とかカジノで大儲けしたとか、その森山さん、真面目で誠実な人だったって言うけど、ほら、そんな人ほどビギナーズラックて言って、初めてのギャンブルなんかで大当たりするっていうじゃない?そしてそんな時って誰かにしゃべって自慢したくなるわよね。俺、競馬で儲けたんだ今夜飲みにいかないか、なんてね。」「ああ、でも昨日も彼の自宅の隅々まで調べてみたんだが、彼がギャンブルをやった証拠やノミ屋との関連を示すものは一切みつからなかった。ただ、一つだけ気になることがあった。」「気になることって?」「お向かいのお婆さんは、ある日森山さんが宅配業者から両手で抱えないと持てない品物を受け取っている。目撃しているそのダンボールは裏庭の隅に折りたたんで置いてあったが、その中身らしき新しい品物が、何処にも見当たらなかった。」「もしそのお爺さんが誰かに殺されたんなら、その犯人は殺した後、その何かしらの大きな品物を家から持ち出したってこと?そうだとしたら、森山さんが殺害された原因はその品物のせいということになるわね。」「宅配業者に、配送元とその品物が何なのか確かめてみる必要があるなあ。」

「森山信二さんですか・・・あっありました。7月の29日、午前中希望の配達で、中身はスーツケース一個となっています。」コンピューター画面を見ながらその事務員は答えた。「で送り主は?」「AKIプラスチック工業通販という会社ですね。住所ですか、お待ちください・・。」

「はい、生活安全課の舘林。ああ、佐竹はんお久しぶり、あんた元気?それはなによりやわ。わしちょっと鼻声やろ?この頃の暑かったり涼しかったりのややこしい天気につい油断してどうも風邪引いてしもたらしいわ。ほんで、どないしたん、仕事でこっちに来はるん?ふんふん、よっしゃ分かった、着いたら府警本部に来てえな待ってるわ、ほな明日・・。」


【料理上手】 

「どうや、わしお好み焼くのうまいやろ?」鉄板の上のお好み焼きを二枚のヘラを使ってひっくり返し乍ら舘林が笑った。「焼きそばから先に食べよか・・。ほら冷めんうちに・・・。」ふうふうと息をふきかけながら割りばしですくって口に放り込む。「美味い、ここの焼きそばおいしいですねえ。」「そうやろ、麺かてよそと違うてシコシコしてるやろ。」「ああ、ほんとだ。」「ほんで、その森山さんとかいう爺さんが買いよったスーツケースに何が入ってたか見当ついたん?」「いやあ、実はそれが知りたくて、送る主のAKIプラスチック通販って会社が大阪市の此花区のこの住所にあるらしいんですが・・。」「丸尾ビル3階6号か・・。ようある雑居ビルみたいやな、ネットで注文したんやろか?」「いえ、森山さんの部屋にはパソコンもないし、固定電話しなかったので多分テレビの番組か何かの広告を見て電話で注文したのではと。」「なるほど、電話やったら受け応えしたもんがおるよって何か手がかりが掴めるかもと、わざわざ大阪に来たちゅうわけなんやな。」「はい。」「よっしゃ、わかった、わし今日は夜勤明けやし付き合ったげるわ。そやあんた別に急いで今日帰らんでもええんやろ?」「ええまあ。」「そんなら、今夜わしのうちに泊まっていきいな。」「でもご家族の方にご迷惑では。」「遠慮はいらん、家内は人を招待するのが大好きな性分でな。きっと喜ぶわ。家内が料理上手なのは近所でも評判なんや、まあわしに言わしたらまあまあなんやけどな。」舘林はそういってポケットからスマホを取り出すと、まだ最近購入したのか不慣れな手つきで電話を掛けた。「ああ、玲子かわしや、あのな今日、東京からのお客さん連れて帰るよっ何ぞ美味いもんでも作ってあげといて、ああ一人や頼むで、はいはい・・。」鉄板の上ではお好み焼きが丁度食べごろになっていた。「さあ、食べよか。ここのお好み食うたら他所のは食えんでえ。」



 【 電話の声 】                                  

「丸尾ビル、ほらここや、あんたここで降りて待っといて、わし車止めるとこ探してくるよって。」佐竹が歩道で待っているとほどなく舘林が帰ってきた。ほらあそこに見える家電の量販店の駐車場に止めてきたんや。ほな入ろか。」AKIプラスチック通販の事務所は狭い六畳くらいの部屋に机が二つ並んでおり、客の注文なのか女性社員らしき二人が電話の応対に追われていた。そのうちの電話を切った一人が、こちらに気づき「何か?」と尋ねた。

「7月の27日、確かに森山信二様から旅行用のスーツケースを、御注文頂いておりますが。」「それは、電話での注文だと思いますが、その電話をお受けになった係りの方にお聞きしたいことがあって参りましたが・・。」「はい、森山様から電話を受けたのは・・あっ、佳代ちゃんやわ佳代ちゃん、ちょっと来て。」「はい何か。」「あんた、7月27日の3時頃に東京の森山信二さんいう方から、スーツケース注文受けたんよね。ほらこれ。」コンピューターの画面を指さして尋ねると、「ああ、はいはい、思いだしました。少し耳が遠い男の方で、大きな声で応対をしたんで良く覚えています。」「どんな内容の注文だったか詳しくお話して頂けますか?」「でもお客さんのことを外部の人に言うのはちょっと・・。」佐竹と事務員との会話を聞いていた舘林が黙って内ポケットから警察手帳を取り出して見せた。「わし府警本部の舘林いいます。今ある事件の調査中で、協力してもらえんやろか?」「・・分かりました。あの森山さんて方はケースの大きさはどのくらいや、と聞きはりましたんで、私が海外旅行に持って行くんやったらLかLLサイズになさったらと言うと、いや旅行に使うんやない言いはりますんで、何を入れはりますのんかと聞いても応えはらへんので、耳が遠て聞こえへんのかと思うて、もう一度大きな声で何をお入れになるんでしょうか、言うたら、急に黙り込んでいきなりガチャて切りはったんです。そしたら5分もせんうちにまた掛けてきはって、『Lサイズが良いそうだ』て言いはったんです。まるで誰かに聞いて掛け直しはったような感じで・・。」  

  

【 ケースの中身 】

「はい、あんた・・佐竹さんも、揚げたて冷めんうちに食べとくなはれ。」そう言って舘林の妻はレモンを乗せたジュージューと音がする鳥のから揚げの大盛り、をテーブルに置いた。「うああ!ありがとうございます。唐揚げは僕の大好物なんですよ。早速いただきます。」
「さあ、遠慮せんと・・・」そう言って舘林は、佐竹のグラスにビールを注いだ。「ほんであんた今度の件、何処まで掴んでんの?」「はい、確かに森山さんの身辺を調べますと、甥の言う通り不可解な点が見られます。まず第一に彼の死因ですが、大量のウイスキーを飲んで風呂に入り心不全に陥ったためとなっていますが、通っていたデイサービスの従業員や他の利用者の話では森山さんは、健康長寿には人一倍気を使っていたらしく、大量のアルコールを飲みそのまま風呂に入るとは考えにくい事、そして倹約家の彼が急にに金回りが良くなったかのように振る舞い、ある想いを募らせた介護士に、120万もする宝石をプレゼントし、しかも結婚して欲しいと望んでいる。此の件には多額の金銭が絡んでいることは確かです。しかもその金が彼の住居や、生活保護費が振り込まれる郵便局の口座にもなく、他の銀行を利用した形跡もないとなれば、それは誰かの手によって奪われたとしか考えられない。以上の事から森山さんの死は自然死に見せかけた他殺の可能性が否定できなくなってきた。」「そやけど、多額の現金が絡んでいる証拠を示さんと警察として再調査は難しいやろなあ。」「そのことですが、森山さんがスーツケースを購入したのは現金を保管する容器に使うつもりじゃなかったかと。」「普通そんな金が手に入ったら、銀行に入れるか自宅に置くなら、大きな金庫を買うて押入れにでも隠すんと違うん。」「そこなんですよ、僕は彼は巨額の宝くじを当てたんじゃないかと考えてるんです。宝くじなら、生活保護で暮らす彼にも買えますし、秘密裏に受け取り、運び、家に保管しておいてもひとにしゃべりさえしなければ、誰にも気づかれません。年寄は寂しいものです。使いにくいATMよりも、話し相手になって欲しさに、親しい局員に窓口で年金の受け取りを依頼することもあるでしょう。そのたびに通帳を預ければ、彼らにも知られてしまう。そこで
現金で受け取り、家に隠しておこうと思ったのでしょう。人は家の角に無造作に置かれている旅行用のスーツ中にまさか、巨額の現金が入っているなどとは思わないだろう。ひとに知られさえしければ、強盗や、知人の借金申し込みに、怯え煩わされることもない、彼はそう考えてスーツケースを購入したんだと思います。」

東京に帰った佐竹は、森山信二の行動範囲にある宝くじ売り場を彼の写真を片手にしらみつぶしにあたってみたが、彼に宝くじを売ったことを覚えている販売員は一人もいなかった。「この前何かの雑誌で読んだんだけど宝くじの当選者って当選番号をよく見ずに、どうせ当たらないからって捨てちゃったりする人もいるみたいで賞金を取りに来ない場合も結構あるらしいわよ。ひょっとしてその森山さんて人、自分が買わないで誰かに貰ったり捨てられたクジを拾ったりしたかも。たとえばある人が森山さんにクジをあげて、後でそれが当選番号だと知って返してくれとか、半分よこせとかでトラブルになり、買った人が森山さんを殺しスーツケースごと賞金を奪って逃げた、なんて考えすぎかな・・。」弓枝はそういってトレーラーを出て行った。

「今は科学捜査でやれDNAやなんやと証拠集めをするようやが、わしらの若い駆け出しのころは先輩に捜査に行き詰ったら現場に戻って見落としがないか、もう一度はじめからやりなおせ、いわれたもんや・・。」館林の言葉を思い出した佐竹は、もう一度、森山信二の自宅を点検してみることにした。  (つづく)


                                                                               こ


この物語は全くのフィクションであり、登場する人名、地名、その他の事物のすべては、
実際に存在するものとは一切関係ありません。(筆者敬白)

ロックフォード氏に憧れて

ロックフォード氏に憧れて

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-08-17

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted