真夜中/朝

真夜中/朝

『生きてる?』


――ううん……――

旅立ち

 ベットの上が退屈で、外に出ることにした。
 まずは髪。寝癖がついてるから直さないと。
 鏡を見る。海が見えた。白いワンピースを着た信号機が赤から青へ。『歩け』。
 潮風が吹いてワンピースが(なび)いた。

 僕は鏡を叩き割り、洗面所へ向かった。
 温水器のスイッチを押してお湯を出す。
 僕は寝癖を直すためお湯を浴びた。

 髪を乾かしていざ外へ。
 ナイフを手にとり布団へ。

 お腹にナイフを突き立て、ツーッと線を引く。扉が開いたので潜るように入って行く。
 外へ出ると太陽が高く昇っていた。

 もう夜か…と。

 僕を横切る車の中は鑑賞用の魚が泳いでいた。目で追うと、横断歩道を渡っていた空が車とぶつかり、沈みかけの夕日は車のせいでピシリとヒビが入ってしまった。いつもの風景。
 しばらく歩く、婦人服のお店、顔のないマネキンがこちらに背を向けて首を吊っている。だらしなく垂れた手にはキレイな赤い花一輪。

 大通りに来ると歩行者専用通路には等間隔で手が生えている。一つ一つに握手をする、いつもの風景。夜は永い。
 ネクタイを緩めた雀が三羽。焼き鳥屋へ入って行った。

 どこへ行こうか…と、
 十字路までふらふら歩いていると、案山子が道の真ん中に立っている。
 僕は紅と白の横断歩道を渡って…止まって…。
 案山子をバラバラに分解。ワラで出来た頭を広げるとワラの中からハートが出てきた。

 ふと後ろを見ると、巨人のようなシルエットが。
 夜の闇に輪郭が溶け、よく見えないが、太陽の光で辛うじて見える。見上げる。
 目を凝らすと、黒い皮膚の上を幾つかの目が泳ぐように移動している。
 僕は案山子から奪ったハートを握り締め、黒い巨人に近づいた。
 皮膚という水面を泳ぐ目は、肩、肘、腕、そしてそれは指先で止まった。
 恐怖は、不思議と、無かった。

 僕は巨人の皮膚のような水面に潜って行った…。

現世ラヂオ

~ぬいぐるみ~

 ぬいぐるみだらけの空間に住むお姫様は毎日が退屈。
 …料理が運ばれる。ぬいぐるみが運んできた。
 毎日毎日毎日……。

 なんなの?我慢の限界。
 ナイフが入った器から、握れるだけナイフを掴みぬいぐるみに斬りつけた。
 ぬいぐるみは動かない。ぬいぐるみの破れたところから わた が溢れた。
 と、その光景を見ていたぬいぐるみはお姫様をナイフで切り、フォークで刺した。

 お姫様の体からでたのは わた だった。



 なんて映像がラジオから流れる。耳で見る。
『お姫様はぬいぐるみなのか?人間はぬいぐるみなのか。そうか、僕はぬいぐるみだ…』ハートはラジオの声を真似して小さな唇で僕に見せつける。そうか。
 切ってみよう。

(青の温度)

(無音)

 その空間はどこか恍惚としたものだった。眼球のある魚はたいして気にもとめないようだ。
 入口 が現れた。

果実

 月 という 黄色いボールが空を浮遊している。

 ボールを弄ぶ――痛い……。
 ボールの、鋭い角度に指を切ってしまった。
 ボールに理不尽な怒りを覚えた。

(無音)

 ボールは首を切られ、ハートを埋められた。

 この時間は人間は溶けて消えたかのようにみな夢を求める。
 そんな時間 私は外だ。十字路に車の姿は見えない 信号が赤くなった。あの時の信号機。
 手を伸ばすと赤に触れた。
 赤は地べたに落ちると 明日の昨日の少女の下へ這い寄った。
 私は赤に嫌われたらしい。少女は十字路の真ん中に立っていた。赤い靴、赤いスカート、赤い血…。……。
 首は細く今にもポキリと折れてしまいそうだ。
 それが支えるものは、とても大きな木だった。
 木 が 首に刺さっている

(RED...)

 赤い靴、赤いスカート赤い血…。……。
 木は、花を咲かせ、実を実らせた。
 一つだけ実らせた。
 少女の顔…。

 私は、実をもぎ取った。
 一つだけもぎ取った。
 一口かじる。
 新しいし、懐かしくもある。

 口いっぱいに、ほうばった。
 ――大切にしていた。宝箱に閉まったまま。忘れてしまった。約束の記憶……。

(無音)

 懐かしかった。辛くなった。泣きたくなった。苦しくなった。

(BLUE...)

 気付けば少女の実らせた実を全て食べていた。
 少女の毒が、馴染んだ痛みが。
 涙を流しながら、私は微睡んでいた。

そんな気がしただけ

 私は、動かなくなっていた。澄んでいる視界、とは程遠い。靄がかかってる……。
 息はしている…?多分してない。息してないのに、何で生きてる?
 誰か…あれ…?喋れない……!?
 少女は私に近づき、言った。
『私のぬいぐるみ、アナタはだぁれ?』
 ぬい…ぐるみ…?
 私は……、
 ぬいぐるみ…?

(無音)

 少女は無邪気に私を……!



 視界がクルクル回った。焼かれるような痛み。
 い…たぃ…?痛い痛い痛い!痛い!!!!
 何が起きた!?
 声が出ない。痛みからではない。ぬいぐるみだからだ。
 赤い大きなものが視界を奪ったかと思えば次の瞬間空へ放られ激しい痛みが襲った。赤いのは何だ!?
 痛い痛い痛い。

 少女はケタケタと笑うだけ。
 赤い…靴!!
 蹴られてるんだ…逃げなきゃ……。
 動かない。視界を覆う赤。蹴り飛ばし、ケタケタと笑った。
『あら?穴が空いちゃった…』
 お腹を蹴られ続け穴が空いたのか…痛い……。
 泣きたい、声が出ない。涙も出ない。
 ケタケタケタケタケタケタケタ……

 指先を穴に近付ける。月よりもゆっくり、確実に。
 嘘…でしょ…?

 ちょっと…待って!

 嫌だ……止め…止めて……

 止めて……下さい!

 嫌だ嫌だ嫌だ……イヤダイヤダイヤダ…ヤメロヤメロヤメロ!

 ――ツン……

 あああぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁあああ!!


 死ぬんじゃないか…?
 ぬいぐるみは死なない。
 ぬいぐるみは死なない。
 死ねないじゃないか!

『穴、縫ってあげるよ。やさしい?』
 手には無数の針。無邪気に笑う。
 ケタケタ。
 嘘だ、あ、あぁあ…生きたくない。
 死にたい。



                    現世ラヂオ ~ぬいぐるみ~ より

 指先に、透ける程薄い、青黒い羽を持った蝶が止まった。
 ヒラヒラと羽を踊らせ、指先から掌。そして、手首。
 ピラ…プシッ。
 噴水ができた。赤く鈍く輝く液体…キレイだ。自分の手が噴水となり、しばらくの間、悦に浸っていた。

(無音)

 私は倒れていた。虚無が浮遊するだけの空間。空は遠く果ても感じられない、しかし、 目の前はすぐ壁があるのかもしれない。
 距離感が感じられない。しかしどうでもいい。

(無音)

 黒猫が現れた。水を飲みにきたのだろうか。噴水は枯れてしまった。
 猫は噴水の水が出る場所。否、出ていた傷口を舐めた。

 猫は肉を喰う。そのため、体は進化してきた。獲物を捉える眼、肉を切る牙、爪、骨から肉を剥がすそのヤスリのような、舌。
 ……ゾリ

 舐められた。傷口を。舌は私の肉を剥がしていった。
 ……ゾリ

 あぁ、この臭い。感覚。
 ……ゾリ

 手首の骨の裏を舐(ねぶ)る。もう戻れない。
 ……ゾリ

 猫はその舌で倒れてる私を玩んだ。
 不意に舐めるのを止めた、私の周りを歩く。
 (首は無防備に晒されている)首に近付くと匂いを嗅いでいる。そして。

 ……ゾリッ
 赤く、細い線。
 プクッ……
 と、玉のように水が滲み、次には勢い良く水を噴き出した。噴水…というより、滝のよう。
 轟。と水の打つ音。
 ……カプ
 猫は首を噛み締め、滝を一滴たりとも漏らさんばかりに飲み込む。
(******)
 猫はまんまるに膨らんだ、猫は噴水のように口から空へ向けて液体を噴いた。

 そして私は真夜中の飽和を告げた。

ホットチョコレートを白いカップに

『幸せの絶頂で死にたい。』

 少女は私に呟いた。
 幸せという大きな波に体を委ね、悦びのため息を最後の甘い吐息として波にどこゆくまでも連れ去られて終いたい。と、甘美な願いだ…。
 少女は自分自身を抱きしめるような格好で、その白樺のような細い手を、それはまた白く細い首に這わせ
―首を絞めていた……―
 悶えている。体の底から悦びに震えているのか、幸せだろうか。今、私は、私だけは、 少女の世界の終焉を、目の当たりに出来ている。
 少女の終焉を感じている。

 傍観者でありながら、少女と私しかいないこの空間で、私は第三者であるはずがない。
 少女は力を込めた。細い指は首にめり込む。すると白い皮膚に赤い線が引かれた。

 ショッキングであり美しく、まるで宝石のアクセント、一つの作品としてそこにあたかも存在し続けていたかのような趣さえ感じる。

 少女の肢体は大きく跳ねた。
 止まっていた時間が今さっき再び鼓動を始めたかのようなその瞬間に私はドキリとした。
 少女は痙攣を続けると、だらん、と腕を垂らした。少女は力なく、何故二足で立ち続けているのか不思議でならなかった。目を凝らすとユラリと揺れていることがわかる。今に倒れる。そう思うと同時に今この刹那が永遠であってほしいとさえ私は願った。

 私の心音のみが響くこの世界に、少女の終焉の吐息が聞こえた。それは少女が少女でなくなった音を意味していた。

 空の器になった少女は、あまりに無機質な音をたてて崩れ落ちた。私は少女の体から流れる血を指で掬い、口を少し開け、指先から血が一滴、垂れるのを待った。



 指先から落ちた一滴は下唇に落ち、私はそれをゆっくりと丁寧に舐めとった。

そして僕になる

 私の内側が世界に向くことで、私は世界を飲み込んでいるのだ。私の外側が内側に入ることで、なにも持ってない事に気付く。
 今の私は、世界を飲み込みながらも、なにも持ってない自分を認識する。

落下

 私は いつからか落ち続けていた。
(落下中)
 全身をいたずらに巻き込む風。耳を掠めれば耳朶は割け、ニジリと痛い。
(落下中)
 終わりは不意に訪れた。
(落下中)
 お腹に針が刺さる、そのまま慣性で落下を続けた。
(落下中)
 針と貫かれた腹部は摩擦で痛い。

(停止)

 地面に倒れた。針は私がいた空へ空へ果てなく伸びていた。
 またも少女は現れる。
 針を抜くと私の躰の穴から腸が零れた。少女はそれを落ち着いた手付きで、穴に詰めた。
 少女はソーイングセットの針と糸。そして香水で傷口を消毒した。
 でもダメみたいです。
 針の先端に心臓を置いてきてしまいました。

キリトラレテ

 キリトリセンがある。
 どこに?って、私の腕に。

 キリトリセンがある。
 どこに?って私の首に。

 キリトリますか?
 痛いですか?
 痛くなくてもキリトリたくないかもしれません。

 キリトリセンがある。
 どこに?って、アナタに。

 他人です。痛くありません。私は。
 アナタは痛いかもしれません。
 キリトリますか?

 私に害はないようなので、そしてとても気になるので。
 キリトリます。

 ピリリリリリリ…
 ポトリ…
 …

 アナタは私でした。アナタは私の中に生き、私も私の外側を形成しているんですね。外側である私はキリトラレテ痛いです。
『すみませんでした。』遅いですね。

 キリトリセンがある。
 どこに?って、
『わかんない。』私とアナタの知らない所に、それは存在しています。

旧態間接のトマレ

 少女は人形を見に行った。

 ガラスケースに囲われた少女の人形は、人間である少女と視線を交わした。人形はいつか少女であったものだ。幸せの絶頂を旅した少女がモデルであるとされている。

『似ている……』

 少女は動かなかった、視線を離すことも出来ず、全神経を目の前の人形に注いでいた。
こうしていると、人形と人間の少女は違いがない。
 動く事を止めてしまった人間である少女は、止まり続ける事しかできない人形を前に……人間は人形になってしまったか。

 私はそれを眺め続けていたが、重い腰を上げると、少女をガラスケースで囲った。人間である少女に……。

 しかし少女は動かない。欠陥品だったのだ。少女は無垢であり過ぎた。人形に魂を許すほどに。
 しかし今完成した。欠陥品だった魂を人形が回収してくれたのである。
―ガラスケースの外に存在する人形は人間に連れて行かれた―
 生きる事を止め、人形のふりをする少女は私を見ない。私と視線を合わせている筈なのに、少女は私の瞳を透かして私の奥を覗いている。その眠そうな瞼の中から、硬い眼球を通して。
 私は動けなくなった。いや、動くことに疑問を持ち、止まったのだ、景色は色褪せ、セピアに変わる。
 私と少女の輪郭を包む世界だけが動くことを止めたのだ、
 私はガラスケースに囲われた。

 ガラスの外は魚が泳いでいた。

侵されているもの

 ふと、雨が降ってきた。
 道行く傘達は急な雨に戸惑い、屋根のある場所へ雨宿り。

『せっかくの服が台無し』

 そんな声が聞こえた。
 私は雨など気にせず歩いた。
 ……が、体が動かない。雨のせいか?
 関節一つ動かす度、皮膚から剥がれた錆が地べたに落ちる。

『身から出た錆』とは、この事か?

 少しずつ動かなくなっていった。血は錆となり、意志は体に通じない。
 器が死んでいったのではない。
 心が死んでいったのだと気付いた。
 目の前を急ぎ足で通り過ぎる 傘 傘 傘。

エレベーターにて

『たとえばさ、わたしがわたしでなくなったしゅんかんに、わたしは生きているとは言いきれないよ。だってそれはわたしの体だけど、わたしがいないもん』

 そうですね。理性や精神、思考を司る内側の私が消えたら、そこに立っている私は私ではない。

 そう言って私は白い壁にもたれている『私』に指を指す。

『じゃあさ、こうはかんがえられない?あなたはわたしを指さしてるけど、わたしもあなたを指さしたらどうだろう、キミはだれになる?』

 目の前にいる私は私に向かって人差し指を立てて向ける。


 私は死んだ。

欠陥品・人間回収収容所

 あ、あぁ……あれ? あ、そうか。

『欠陥品・人間回収収容所はこちら』**は錆び付いた看板に目を向けるとその意味を確認するように、それはしっかりと文字を音読し、飴をころがすかのように何度も呟きながら少女をみた。意味と重ね合わせているらしい。

 その―欠陥品・人間回収収容所はこちら―という意味をもった言葉はどんな味の飴なの?コーヒーキャンディ?フルーツ?それとも重ね合わせた私の味?

 **は私から目をそらすと入口へと向かった。私は**に付いて歩く。

「ほら、ここの入口は楽しい夢の入口だよ。歩いて。」と、**は耳元で静かに囁く。私はこくりと頷き。灰色の無機質な壁に囲われた敷地内へ足を踏み入れた。

 とてもつまらなそう。でも、夢を見るための場所だから壁や床、灯りなんて現実のものは関係ないのかな?だって夢を見ていれば壁なんてみないし、灯りだって消すもんね。

『眠りごみ』眠りごみだって。眠らせてくれるのかな?夢を見る場所だから当たり前か、

 扉は重かったけどサーブ機能が入っているのか、すぐに軽くなり半自動的に開き。ゆっくり閉まった。

 変な匂い。でも何か心地いい……眠くなってきた……瞼が重くて、足下も覚束ない。座ろうかな。

 ……うぅ……眠い。

―ところで…**。難しい文字のかかれた看板、あれは何がかかれていたの?―

 もう口は動かない。言葉にすることの叶わない疑問はもうどうでもよくなった。

 床に倒れる。 冷たい。気持ちいい。

逃避

 横になっています。
 手を横にうんと伸ばして、足も放り出しています。大の字というやつです。
 右腕をゆっくり持ち上げます。少し褪せた壁を指先のほんの少し伸びた爪が細く、味気なく、傷を付けます。
 また少し持ち上げます。右腕は重くて。少ししなっています。
 また少し。壁から指先が離れ、空気に包まれています。
 もっと。徐々に天井へ向かう右腕。届きません。右腕の骨がかみ合いながら筋肉組織が倒れまいとして張ります。
 真っ直ぐ、垂直に伸びた右腕。天井から吊り下げられた照明の明かりに指の先端が赤く透けています。
 真上を通過します。右腕は今照明の隣にあるカーテンレールを指しています。
 カーテンの布はあまり滑らかではありません。くたっとしていて厚みがあります。
 網戸があります。窓ガラスは開けられていますがどうやら風は無いようです。網戸を開けます。
 外は風はありませんがすこし涼しいです。建物の明かりがまばららしく、空は雲が覆っていて、星がまるで見えないようです。
 暗くて何も見えないようです。
 右腕に目はないようです。
 耳もないようです。
 鼻も口もないようです。

 右腕は空に消えたようです。

水槽

 だれも居ないプールに注がれた硝子は真夜中に眠っていた。
 僕に纏わりつく硝子、張り巡らされた神経は僕の動きに(それはとても些細であっても)過敏に反応する。
 流体の中、掌は踊る泡をさらにかき混ぜて、推進する。
 僕には右手がない。なくしたときの記憶もない。夢の中にある記憶のようで、はっきりとはわからない。ただ右手は無くなっていて、ふと気が付くと僕はプールにいた。

 左右非対称の腕で、僕は潜水する。
 先導する隆起した硝子の滑らかな凸面一つ。

 水中には光の波紋が揺れていた。空を飛ぶ魚の影が見えた。

体温計

 例えば好きな人が風邪で寝込んだとき、そっと触れたときに感じる体温の高さ、手のひらに体重を掛けていけば沈みこみそうなほどに弛緩して無防備な体。


 いつか案山子と出会った交差点。
 いつか逃げ出した回収・収容所。
 自分は点時空間を歩いている。それはあの真夜中の巨人に侵されてからだろう。あの冷ややかな皮膚の表面を悠々と泳ぐ眼球たちは、今も何処かで見つめている。彼らは瞬きをするたびに睫毛がヒレのように水を掻き、度々不自由そうな動きを見せるが、本人たちは気にもしていないようだ。
 自分を見つめるのに夢中で、夕焼けとぶつかってしまったあの自動車、車内は水で満たされ、魚が泳いでいた。知ってたよ。あれは君たちなんだね?

 自分はいつか逃げ出した回収・収容所に戻ってきた。
 目の前には大きな看板がある『欠陥品・人間回収収容所』その右下には『コチラ→』と誘導のための矢印があった。

 自分はその矢印の先を歩いた。やがて錆び付いた蝶番がある。開くときには軋み、錆びて剥がれた塗料が剥離して落ちた。

 眠りごみ。
 自分はもうきっと眠ったも同然なんだ。きっとこの部屋にはなんの用もないが、鍵が開いているので入ろう。

 そこには女の子がいた。ベッドのなかで砂糖漬けにされたかのように眠り続けている。
 胎児のような体勢で眠る女の子、捲れた毛布からのぞく肩甲骨に切り取り線があった。
 優しくその線をなぞる。指先から伝染する熱。女の子は風邪なのだろうか、とても熱い。
 女の子はこの部屋の家具の一つであるかのように動かない、時折聞こえる呼吸の音が、微かな生存の証なのだ。
 自分は女の子の肩甲骨にある切り取り線を左右から両手で引っ張った。

 綿。

 僕の点時空間的な真夜中の旅は、今、少しずつ繋がっていくような感覚を覚えた。脳内にあるいつかみた夢の残滓のようなものが一つ一つデジャヴを持って潤いを戻し始めている。

 たまには悪夢を見る。それがどれだけ無垢な魂でも。
 少女はただ怖い夢を見ただけなのだ。
 こんなに怖い夢を作るハートが、急に信頼できなくなっただけなのだ。

 だけど思い出して欲しい。ハートは君なんだ。
 欠陥品なんかではない。ハートがなくなった君は眠っている。ガラスケースのなかで。
 君は人形に頼んで魂を、ハートを捨ててもらいにいったんだ。

 その時僕は十字路にいた。あの交差点で果実を食べた気がする。木があった場所には案山子がいた。案山子は僕の右手を抱えて待っていた。その僕の右手は何かを握っていた。



 お腹を裂いて逃げ出した回収・収容所に、僕は帰ってきた。真夜中の巨人と旅をして。魚に見つめられながら。

 猫に合った。
 赤い靴で蹴られもした。
 雨のせいで錆びた時もあった。

 でも真夜中はもうすぐ明ける。猫は伝えてくれた。
 無垢な少女であるきみの痛みを、赤い靴は伝えてくれた。
 その君が熱を出して動けないでいることを、雨は伝えてくれた。
 全部全部繋がった。
 僕は君にハートを届けに来たんだ。

 ハートは右手に握られていた。眠りながら成長する君に届けるために。

 ラヂオを消して、僕の声を聞いて。



『朝が、きたよ』

真夜中/朝

 病んだ思春期の夢想。

 想像や空想の扉を開けて、まず目に広がるのは得体の知れない何か。
 原初に混沌あり。--とは神話の言葉。やはりエントランスホールで出迎えてくれるのは混沌とした不理解なのでしょう。思春期というのはそれが顕著です。
 鬱屈とした当時の精神世界では、逃避や空想、開放という言葉が魅力的に見えてしまうものです。

 この物語らしきものは思春期の全盛期(?)から終わりごろに書いた夢日記のようなものなのです。

 それを踏まえて読み返すと、内面の状態、世界の色彩の変遷が読み取れて面白いです。
 最初のほうはサイコ・ホラーのようで、他者の理解などさせてたまるかと言いたげな展開が続きますが、最後になると早朝5時のような空気感。
 同じ人間(僕)が書いているので深層心理がリンクしているのか、物語の根幹は繋がっていて、まさに青年期の夜明けのようでした。
 僕は急いでこの短編にタイトルを付け、最後のサブタイトルを『朝』としました。
 最後まで読んでいただけたのなら幸い。冒頭で切られてしまったら目も当てられませんから。

真夜中/朝

膜一枚隔てた向こうには眩暈を引き起こすほどの世界が広がっていた。 意識の中に旅立った「僕」は、そこで記憶の世界を歩く。 僕の夢。少女の夢。 不思議な世界のひとつの夜明けへ向かう物語。

  • 自由詩
  • 短編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • ホラー
  • 青年向け
更新日
登録日
2014-02-26

Copyrighted
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Copyrighted
  1. 旅立ち
  2. 現世ラヂオ
  3. 果実
  4. そんな気がしただけ
  5. ホットチョコレートを白いカップに
  6. そして僕になる
  7. 落下
  8. キリトラレテ
  9. 旧態間接のトマレ
  10. 侵されているもの
  11. エレベーターにて
  12. 欠陥品・人間回収収容所
  13. 逃避
  14. 水槽
  15. 体温計