夢みる薬

夢みる薬

  ①

 彼はペエジをめくる。
「星に住む男が地上の娘に恋をした。男は毎夜、星の花を落とした。花は朝露に吸われて消えた。眠る娘が知らないままに。娘の結婚式にも男は星の花を舞わせた。白い衣装が銀にきらめき、娘はりんご色に笑った。それだけで男は満ち足りた。あの子のために、役に立つことができたのだもの」
 妹が寝息を立て始めると、彼は本を置き、静かに部屋を去る。

  *

 花びらみたいな魚の群れがあったの。
 一番奥に恋人がいるってわかってた。
 だから魚を全部食べるしかないって思ったの。
 さばいて焼いてたたいて骨までばりばり食べた。
 気づいたら青い海。
 恋人も食べちゃったみたい。
 そんな夢をみたと話したら、お伽噺の姫様には到底なれないねと呆れられた。

  *

 眠れず病が流行の兆しを見せている。
 満月の砂漠で女が幾夜目かの不眠の彷徨、出会った旅の男が薬を渡した。
 女は月色の雫を十滴飲んだ。途端にころり熟睡した。
 しかしいつになっても起きなかった。呼吸も忘れて眠り、最期は太陽の砂漠に埋められた。
 物陰からすべてを見届けた旅の男は、手帖になにか書きつけると駱駝を走らせ去っていった。


  ②

 彼はペエジをめくる。
「星に住む男の仕事は小人の瓶詰めだ。ある朝つがいの小人が届いた。しっかり抱きあってふるえている。心臓が黒く燃えた男はつがいを別々の瓶にいれた。深夜、眠れない男は仕事場へ走った。瓶の中で小人はそれぞれ腰まで涙に浸かっていた。男も泣いてつがいをひとつの瓶にいれてやった。」
 妹は薄く目を開けて天井から吊るした月の模型を見つめている。彼は更にペエジをめくった。

  *

 涙の海を泳いだの。
 しょっぱくて透明だった。
 遠くに鯨がいて、わたしは追いかけてる。
 でもだめなの。鯨は海を飛び出て空に行くの。
 雲が綿菓子だからよ。
 わたしは飛べないで、しょっぱい涙をなめてるの。
 ねえ、聞いてる?
 眠ってしまったのね。
 これじゃ立場が逆だわ、お兄さん。

  *

 眠れず病が世界のいたるところで広がっている。
 大草原の小さな家でパパンが眠れず、旅の男が薬を渡したた。
 月色の雫をほんの三滴。眠るどころか酔っぱらったみたいな大暴れ。大草原を三日三晩走りつづけて、やっと眠った。
 ママンに石を投げられながら、旅の男は手帖になにか書きつけ、驢馬を鞭打ち去っていった。


  ③

 彼はペエジをめくる。
「星に住む男は白海岸で化石を拾った。老小人に見せると、それは貴重な太古の貝でせうなと教えられた。地上の娘に娘が生まれた朝、男は祝いに太古の貝を落とした。屋根に開いた穴から、娘の娘のまるまると笑う顔が見えた。」

  *

 そこでわたしは海月なの。
 波間を漂って、海底の化石を探してる。
 ひとつ見つけては捨てて、また先に進んで探す。
 過去の自分の化石を探してるのかもしれない。いえ、いつか化石になった時の自分なのかもしれない。
 白い砂に埋もれて、ずっとそれはつづいてる。
 延々と、終わりがないの。
 眠くなる夢ね。

  *

 眠れず病には睡眠薬も効果がない。
 今のところ朗読だけが有効とされている。
 朗読の隙間に患者は浅い夢をみる。
 緑茂る町へ旅の男が馬車に乗ってやってきた。
 実験中の秘薬は鞄の中。
 赤い屋根の家の前で男は止まった。
 朗読する男の声が聞こえる。淡々として、上手に眠気を誘う声は、相当に不眠の朗読に慣れた証拠だ。
 さて、今夜はこの家にしよう。
 大切そうに鞄を提げて、男は扉をノックした。
                     
                               終

夢みる薬

夢みる薬

朗読する兄と夢みる妹と旅する男にまつわるお話です。 *おはなし手帖(twitter)からの編集・保存品です。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2011-10-24

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