老し母に捧ぐ/徒然の歌

     
      わが母は 懐かしきメロディに手をたたく 我れが誰かも判らぬままに

      
      我が母よ ほら見てごらん息子の髪を あなたと同じ白き頭を


      好物の 無花果含みて我が母よ 我をしかと息子と見しかや      
      

      入口にて 我待つ日々送るらし 甲斐なき我をいかに思いて


      車椅子 鏡に映りし我と母 供の白髪に見入る黄昏
      

      車椅子に 老いたる母乗せ二人して 道は何時しか思い出の中へ


      丁度よい 終いの住みかを見つけしが 果たして老いたる母 気に入るか
      

      赤子のようにおとなしく 髪を切らせる母は眼を閉じ     
      

   嬉しさに 眼を輝かせ口ずさむ母 過ぎ去りし歌に若き日の夢
      

      老し身を ベッドの端にいま母は ラジオの歌に胸は青春


      我が母は ラジオを耳に微笑たり おお懐かしき彼の歌なりと      


      老いし母よ 枯れゆく我が身を見て泣くよりも 生まれ変わりを信じてみたら
      

      妄想に 怯えし母を寝かしつけ 外に出ずれば春雨の降る


      人は哀し  老いは悲しという母に  何と答えん黄昏の窓


      連れて帰れと 駄々をこね 泣き叫ぶ母を ひとり残しぬ

      
      あんパンを むしゃむしゃと食いし我が母は ニッコリ笑って口を拭いぬ

      
      どなたさんかと尋ねし母に 妹は 声を詰まらせて涙こぼしぬ

      
      横たわりし額に手を触れ与えしお茶を  美味しい美味しと咽喉を鳴らして飲み給いし母よ  僕は・・・・。


      車椅子に結ばれし母は  ただ黙って虚空を見つめ  そこに居り


      介護士に申し訳なしと  ただひたすら言い続ける母  頼りしことが無き人ゆえに


      何も為さずに寝ててよいのかと訊ねる母に  黙って頷き  髪の乱れをそっと直しぬ


      帰り来て 眼を開いても 閉じても消えぬは 母の面影

     
      垂乳根の母か・・・ 茂吉の心根が やっと解り始めた  この年の冬
     
      
      まるで幼い子供に返ったかのように 夢中で粥をかきこむ母よ 哀しき

      
      


       

老し母に捧ぐ/徒然の歌

老し母に捧ぐ/徒然の歌

  • 韻文詩
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2014-01-23

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