*星空文庫

帽子人とリスクマ

かくら 作

帽子人とリスクマ

 彼は旅する帽子人。
 左のポケットにはコーヒー豆、右のポケットには茶葉、胸のポケットにはチョコレート。
 いつでも休憩する準備はできている。
 
 彼はオハナシノタネを集めて旅をする。
 オハナシノタネを拾い、帽子の中へ蒔き、うつくしいこと醜いことを糧にして、 オハナシを育てる。オハナシへ合う帽子も常に探している。ちょうどよさそうな帽 子を見つければ嬉々として跳ねる。跳ねるとたいていコーヒー豆がこぼれる。拾おうとして更にポケットから豆が落ちる。おっちょこちょいの帽子人だ。
 今、帽子の中でオハナシの伸びる場所がなくなっている。数えられないくらいの葉は生まれているのにつぼみがなろうともしない。花の咲くのはいつのことやら。すべて帽子のちいさなせいだ。彼は考える。大きな帽子がほしい。さもなくば枝を切るか。少しの時間考えただけですぐに彼は疲れる。疲れると休憩を望む。休憩するにはよい椅子がほしい。椅子がなければよい切り株がほしい。切り株がなければよい草原がほしい。どれもなければ午后の日だまりがほしい。
 しかし今日は雨だ。
 冬眠仕度をするリスクマの巣へ彼は滞在している。巣は岩窟にある。リスクマの 粘液によって固められた土くれや枝葉で入り口の半分は塞がれている。リスクマは 夏から秋にかけてつくった干し草の寝床でうたた寝をしている。ふさふさとしたしっぽへ顔をうずめ、時々寝言をもらす。雨雲が去ったらまた森へ出かけ、枝や食料を集め巣を完成させるつもりでいる。
 巣では火を使えない。彼はコーヒーもお茶も飲めない。休憩できない。雨音を聞 きながら巣のすみでしばらく膝を抱えていたが、とうとう退屈し、小熊ほどの大きさのリスクマへ近づき、しっぽを梳いて顔をすりつけてみた。太陽のにおいがする。 深呼吸すると鼻穴になにかが吸いこまれた。彼はあわててそれを吹き出した。オハ ナシノタネだ。手巾でそれを拭い、鞄の中の小瓶へおさめる。なんと。リスクマが オハナシノタネを隠していようとは勘ぐりもしなかった。他にもあるかもしれない。 彼はリスクマを探り始めた。
 ノミを探すようなその行動はうたた寝するリスクマを苛つかせた。リスクマは前 足で彼を掴み動きを封じた。そうしてみると、よい枕に思えた。帽子からはおいしそうな匂いがした。リスクマは帽子をかじった。中を舐めると苦かったので、ひげをふるわせてひと声鳴いた。
 帽子に開いた穴から、伸びる場所を求めていたオハナシが顔を出した。彼がリス クマに締められもがいているうちに、それは巣へ広がった。枝や葉は思うがままに背を伸ばした。いくつものつぼみが生まれ、またたくまにオハナシが咲いた。
 彼は帽子を身代わりにしてなんとかリスクマから逃れた。肩で呼吸しながら周囲 を見回す。巣はオハナシで満ちていた。もはやオハナシは彼の頭を離れ、帽子を抱 えてあくびするリスクマの夢の中へ根を巡らせている。リスクマの冬眠する間、オハナシは巣を彩りつづけるだろう。かわりに春が咲くまで。
 彼は胸ポケットからチョコレートを取り出し、ほおばった。
 いいさ、新しいタネはある。また育てよう。そう、似合いの帽子を探したなら。

『帽子人とリスクマ』

『帽子人とリスクマ』 かくら 作

或秋の、帽子人とリスクマのおはなしです。 *2013年11月4日開催第17回文学フリマ配布のフリーペーパー掲載。

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2013-11-05
Copyrighted

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