キリーク ~輪廻~
「……それにしても真っ暗な所ですね。まるで闇の中で目を瞑っているようですよ。
失礼ですが、座ってもよろしいですか? 長い長い暗闇を、ずっと進んできたものですから……ありがとうございます。
何だかずっと以前にもここに来たことがあったような……え? ここに来るきっかけになった事件ですか? よくご存じですね、ちょっと長い話になりますが……
ええ、分かりました。お話ししましょう……
……あれからどれくらい経ったのか分かりませんが、確か平成二十五年の一月十四日のことだったと思います。雪が降っていましたから、お寺の裏山では枝木に積もった雪が真っ白な花のようでした。それらが高い枝から低い枝へと梢を大きく揺さぶりながら落ちてゆきますので、滝のような音があちこちでしていました。降り続ける雪と反復される滝の音。私は現世の時空を離れ、永遠の中に迷い込んだような気がしました。
見上げると空に昇ってゆくようで、死ぬにはこれ以上ない日だと思いましたね、ええ、実はそこに自殺をしに行ったんですよ。
いえ、明確な理由などはありませんが、どうしても、もうこれ以上は生きていけないような気がしたものですから。もうじき三十になるというのに、自分の心とはよく分からないものですね。
まあ、そんなことはさておき、私は誰もがそうであるように安楽に死にたいと願いました。それで色々調べたんですが、一番楽な死に方って首吊りらしいですね。首を吊ると一瞬で意識を失うので、苦しみは全くないんだとか。
ですから私は首を吊るための真っ白なロープと、それを適当な長さに切るためのアーミーナイフを持っていきました。もちろん、そんな物持って歩いていたら山に着く前に捕まってしまいますから、ちゃんとリュックに入れていましたがね。
山に入って二、三十分もした頃でしょうか、適当な木を見つけてリュックを降ろしてみるとその上にも雪が積もっていました。雪を払うと、あまりに冷たくて指が痛くなってきましてね、死ぬ前だっていうのに手袋を持って来ればよかった、なんて考えていましたよ。はは、おかしいでしょう?
ナイフとロープを取り出そうと、リュックを開けたその時です。
ドン
ドンドン
ドンドンドンドンドンドンドンドン……
と、和太鼓の音が静寂を払うかのように響いてきました。すぐにそれは私の前方にあるお寺の方からだと気が付きましたがね。木々の間から黒い瓦が雪に霞んで見えるだけでしたが、お堂の中で何かお勤めでも始まったのでしょう。
なんとなく、その永遠の世界を壊されたような気になってしまいまして、私は暫し茫然としていました。一瞬、やめて帰ろうかとも思ったんですが、どうも景色が綺麗で、死に場所にこれ程相応しいところはそうそう見つかるものでもありませんから、惜しいような気がしましてね。それにほら、寒いところでは死体も腐りにくいって言うでしょう?
そのまま、どれくらい経ったのでしょうか、私の感覚としては数十分といったところですが、まあ、寒い中を何もせずに立っていられるものとは思いませんから、せいぜい数分だったのでしょう、女が歩いてきました。
降りしきる雪の中、山道で上から見下ろす形だったにもかかわらず、すぐに女と分かったのはその人間が躑躅色の和傘に赤い振袖を着ていたからです。そう、自分の時にも出なかったので忘れていましたが、その日は成人式だったんですよ。
でも、異様でしょう? 成人式の雪の日に、振袖でハイキングなんかする女がいますかね? 歩き方から察するに、靴ではなく草履履きのようでしたし、雪景色にもなんら注意を払っていないようでした。
その様子を見て、これは同類だな、と思いました、自殺志願者だとね。自分の晴れの日を選ぶなんて、女らしいじゃありませんか。帰らなくて正解だった、私は、この女を道連れにしてやろうと思い、木陰に隠れて待ちました。
女が近付いて来るにつれて、その振袖の藤と扇の模様が明らかになり、白い首筋が、赤い口紅が、目鼻立ちの整った上品な顔が、次第々々に傘の下から現れてきました。女は自分の足元のみに視線を注ぎ、こちらに近付いてきます。
そして、女が私の後ろを通り過ぎようとしたその刹那、私はその女を押し倒し、そのまま馬乗りになりました。奇妙なことに、その時女はいきなり男に襲われたというのに悲鳴も上げず、驚いてはいるようなんですが、まるでばったり顔見知りにでも会ったような表情をしていたんですよ。私は予定調和のように倒れていく女の顔を眺めました。左目の下に、泣きぼくろがありましたね。女の髪のいい匂いがして、傘が、女の背中の辺りに落ちました。
その傘の落ちる音を聞いた途端、私は何故だか急に性的な興奮を覚えました。殆ど無意識に、私は手に持っていたロープで女に猿ぐつわをして両手を縛り、花飾りを乗せ後ろで編みこんだ黒髪を枕にして、女の頭を乗せました。そしてもう一度女の瞳を覗いてみますと、女は視線を空に向け、まるで何か考え事でもしているようでした。私の顔は映っているのですが、焦点は別な所にあるのです。自分の状況を理解していないのかな、と思いましたがわざわざ説明するのもおかしいですから、そのまま振袖の衿を無理やりに開くと白い襦袢が現れました。そこまで来てようやく状況を理解したのか、尻の下で女の足がもがき始めたようでしたが、私は格闘技で言うマウントポジションを取っているのですから、どうってことありません。おかしなことではありますが、むしろその揺れが前戯を楽しんでいる恋人同士のように思われてきました。そこで女が瞳に涙を溜めて私を睨んでいましたので、私は女の耳朶を唇で軽くつまんでみたのです。そうしたらその途端女は目を見開いて、縛られた両手で私を殴りましてね、気の強い女だと思ったものです。
それでもナイフでブラジャーを切り裂こうとした時には、刺されると思ったのでしょう、女は大人しくなりました。せっかく面白くなってきたのですから、刺すつもりなんてなかったんですがね。もっとも、カップの間を無理やりナイフで切ったものですから、少し女の肌を傷つけてしまいましたが。
ブラジャーを開くと、桃色の乳首を乗せた白いふくよかな乳房が二つ、正中線上の、ナイフによってついた切り傷を中心線として露出しました。女は猿ぐつわからフーフー息を漏らしながら、泣いて私を見ています。白いロープに付いた口紅が妙に色っぽくって、口づけしようかと思ったんですが、ふふ、当の猿ぐつわが邪魔で叶いませんでした。仕方なしに頬に接吻すると、女の唾液混じりの息が私の首筋を湿らせました。睾丸には太腿の温もりが伝わってきて温かかったこと……
ちょうどその時、般若心経の合唱が聞こえてきました……」
観自在菩薩
行深般若波羅蜜多時
照見
五蘊皆空
度
一切苦厄
舎利子……
「……そこで女の頭を離し、胸の傷から流れている血を舐めてそのまま舌を乳房に這わせますと、ちょうど私の舌が絵筆のように、女の肌に赤い模様を描いていきました。口に広がる血の味に、子供の頃校庭を走り回っていたことを思い出したような気がしました。鳥肌の立った乳首が唾液まじりの血に包まれ、露に濡れる莟のように可愛らしく光っています。手で揉んでみると、私の掌からこぼれそうなくらい滑らかで冷たく、氷の彫像を思わせました。女は怯えているのか、ただ私のすることを眺めています。
大人しくなったのは悪くないんですが、女が私にされるがままというのも少し面白みに欠けますし、勃起したペニスが帯の辺りに擦れるので、私は乳房から腹まで舌でなぞりつつ、逃げられないよう女の左足を掴んで体から降りて、太腿の間に手を突っ込んでみました。すると裾の中が妙に蒸れているんですよ、まるで温かいお湯でも浴びせたように。そこで裾をめくって覗いてみますと、失禁しているんですよ、女がね。赤い振袖が黒く濡れて、股の間の雪が溶けて湯気を上げていました。白い下着が透けて、女の陰部に貼りついています。
私は女の顔を見上げました。ただ単にどんな表情をするのか見てみたかっただけなんですが、急に見上げたものですから、殴られるとでも思ったのでしょう、女は目を瞑ってのけ反りました。ちょうど女の頭上に躑躅色の傘がかかっていて、猿ぐつわから漏れた涎に、長い黒髪が貼りついていました。
私はその女の、少女のような惨めな美しさに見とれていました。私が何もしないので、女は徐々に目を開きます。そして膝を曲げて立ち上がろうとしますので、私は掴んでいた左足を木にくくりつけて、ビショビショになった下着をわざと引っ張るように、力強く下ろしました。手が女の尿で濡れて、恥じらいのような湯気の向こうに毛の薄い女の陰部が見えました。それでも女は、そんな恰好のままいざって逃げようとするんですよ。もっとも、足がくくられているので余計に股が開くだけですがね。じりじりと性器を見せつつ、私を見つめるその瞳……
十分股が開いて性器を露出したところで、女はやっと動かなくなりました。赤い振袖を敷き、銀白の山道を背景に傘を背負って、降りしきる雪を目で追っているようでした。雪は髪を、頬を、乳房を、陰部を濡らし、滴となって落ちていきます。
暫く眺めていると、裾のまくれた太腿がガタガタ震えて、性器を私に向けたまま、乞うような視線を向けてくるんですよ……
その視線に促されたような気になって、性器に顔を近づけてみますと、膣口が呼吸をしているように開閉するのが見えました。私はそこに舌を当て、尿道を通って、陰核まで一直線に舌を這わせました。すると酸っぱいような味と匂いと共に陰部の凹凸が舌先から伝わってきます。毛の薄い女だったので、邪魔にならなかったのが良かったですね。私は女の尻に手を回し、何度も舐めまわしました。膣口を舌でほじってみたり、大陰唇に沿うように舐めてみたり。小さく自己主張をしている尿道をくすぐってみると、女がピクッと震えましてね、それが尻に弾力となって伝わってくるんですよ。面白いので何度もやると、その度毎に女が震え、しまいには猿ぐつわの向こうから『ふうぅ』と呻き声まで漏らしましてね。続けているうちに段々鼻先が濡れてきて、舌から伝わる感覚にもヌルヌルして滑るような感触が加わってきました。女は空いている方の足で地面を蹴って腰を引っ込めようとするのですが、もうロープは完全に伸びきっていましたので、既に逃げる気はないことが分かりました。陰核を舌でクルクル舐めまわしてやると、腹を浮かせて悦んでいるんですよ。
目の前に広がる女の性器。匂い。感触。そして喜悦する女の反応。さすがに私もこれ以上は我慢ができなくなってきました。私はすっかり脳が 蕩けたようになってしまい、意識もせずにズボンを脱ぎ、正面から女の性器に自分のペニスを当てました。
きつく締まった女の中に無理やりにねじ込むと、さっきまで喜んでいたくせに、女が泣き喚いて縛られた手で私を引き離そうとしました。私は女の腕を掴んで、私の背中に回しました。そうすると、女が強く私を抱き締める恰好になるじゃあないですか、ふふ、こんなことを自分で言うのも何なんですが、愛を感じましたね。視界が女の振袖で覆われ、目の前の露わになった女の胸から立ち込める匂いが充満していました。衣服という異物がひどく邪魔な物に思えましたので、私は一度女から上体を離し、服を脱ごうとしました。すると女がですね、私の腰を掴もうとしてくるんですよ、その縛られた両手でね。女を見下ろすと、私と結合している性器から伸びる太腿もすっかり開いて、私を受け入れているのが分かりました。私に見られていることに気付いても、もはや抵抗もしてきません。
さんざ嫌がったふりをして、なんて可愛い女なんだろう、と私は思いました。そんな女と死ねると思うと、私のペニスを包み込む女の性器のように、幸福感が私の体全体を包んできました。
上衣を脱いで再び抱き合うと、私の背中を女の振袖が覆っているのを感じました、温かかったですね。私は胸を、首を、頬を舐めまわしていきました。すると微かに女の喘ぎ声が、猿ぐつわの隙間から聞こえてくるのです。
女を愛おしく思うほど、私のペニスがどんどん固く、大きくなっていくのが分かりました。先端は壁みたいなものを突き、血液が、私の心臓ではなくペニスを通って、女の体から流れてくるんですよ。強く突けば突くほど、女の声も明らかになってゆくのです。女の中に射精するのに、そう時間はかかりませんでした。
射精して女の体を引き離すと、女はうつ伏せになり体を痙攣させていました。頭の花飾りもすっかり乱れて下を向き、女の体の動きに合わせて揺れています。私も放心したような気になってきました。服を着て辺りを見回すと、相変わらず景色は雪に煙っていて、時折聞こえる滝の様な音と女の虚ろな声の他は、何の音もありませんでした。世界はその永遠性を何ら損なうことなく、私は充足した気持ちでした。ただ一つ気付いたのは、お経が阿弥陀如来の真言に変わっていたことです……」
オン
アミリタ
テイセイ
カラ
ウン
オン
アミリタ
テイセイ
カラ
ウン……
「……私はその祈りの合唱を聞いて何をすべきか、どうやってこの女を道連れにするべきかをすっかり悟ったような気になりました。
ですから私はナイフを持って、女の耳元で囁いたんですよ、『お前の子宮を見せてくれ』って。私の精子が女の中で、命になるところを見て死にたかったのです。
女の紅潮した頬が、僅かに頷いたように見えました。私はナイフを振り上げました。しかしその途端に、急に女に必要以上の苦痛を与えるのが躊躇われてしまいました。切っ先を女の下腹部にではなく首に向け、そのまま女の頸動脈を切ると、女の首から真っ赤な血が私に降り注ぎました。動かなくなった女の腹をさすると、私の顎から血が垂れて、その白い肌に染み入っているようでした。その時、私は自分が泣いていることに気付いたのです。涙が目の下の血を拭っていました。
私は再びナイフを振り上げましたが、どうしても自分の命を宿した女の腹を裂くことができず、自らの首を切りました……
……眼下に雪の舞う中、最期に見たのは、そう、真っ白な世界で咲いた赤い花の上、寄り添うように倒れている私と女の姿でした……
……もうじき、妻子に会えますよね? この苦しみのない世界で三人、一緒に幸せになりたいと思います……]
キリーク ~輪廻~