写真家はまだ外にいる
第八十八章 写真家はまだ外にいる
古い写真家は、今日も室内で寝転んでいた。
土田が訪ねていくと、写真家は目を開けずに言った。
「外に出たかね」
「出ましたよ」
「それなら、まだ中だ」
土田は玄関を振り返った。ドアは閉じていた。廊下には誰もいなかった。にもかかわらず、靴の先だけが濡れていた。
「六万二千円、返してもらわなきゃ困るんですよ」
写真家は笑った。
「金額は記録できる。返済は記録できない」
「どういう意味です」
「君が金を受け取ったとき、君は借りた人間になった。返したとき、君は返した人間になる。しかし、返済という行為そのものは、どこにも存在しない」
土田は写真家を殴ろうとした。
拳を振り上げた瞬間、壁に一枚の写真が現れた。
そこには、拳を振り上げた土田が写っていた。
写真の中の土田は、すでに写真家を殴り終えていた。
「ほらね」と写真家が言った。「君はいつだって、実際に行動するより先に記録される」
土田は拳を下ろした。
そのとき、廊下の奥から小太郎の声がした。
「土田さん。六万二千円の件なんですけど」
土田は振り向いた。
誰もいなかった。
壁の写真が一枚、増えていた。
写真家はまだ外にいる