百合の君(126)
日は沈んだ。珊瑚は星々を切り取る巨大な上噛島城を見上げていた。かつてそこで過ごしたはずの城はすっかり見違え、天を覆い尽くさんばかりにそびえている。
巨星が落ちたことは、もう木怒山の耳に入っているだろう。反撃は明朝か。珊瑚は懐から浪親の遺髪とお守りを取り出すと、それを篝火にくべた。
「生駒屋が、将軍にお会いしたいと申しております」
守隆の言葉に、珊瑚は耳を疑った。
「生駒屋だと? 今さら何のつもりだ」
「いかがなさいますか」
「言いたいこともある、入れてやれ」
生駒屋はずいぶん様子が変わったように見えたが、そうではなかった。衣装が派手な青の唐風になっているだけで、その小さな老体も狡そうな醜い顔も、なに一つ変わっていなかった。ちらと珊瑚に目をやると、悪びれもせず悠々と歩き、ひざまづいた。
「久しぶりだな、お前が貿易を放り出して、夜逃げして以来か」
生駒屋の目が大仰に開いた。白目に細い血管が走り、肌のシミと同じような黄疸があった。
「それは誤解でございます。私は自ら唐国に渡り、再び出海様のお役に立つため励んでいたのでございます」
「相変わらず口だけは達者な奴よ、喜林と組んだ私が木怒山を降して天下を取ると思ったのだろうが、来るのが早すぎたな。明日の決着を待ってから尻尾を振る相手を決めればよかったものを」
「出海様は決して負けません。そのために参ったのですから」
生駒屋が合図をすると、丁稚みたいな若い男が牛くらいはあろうかという大きな物を押して入ってきた。それは遠目には何だか分からなかったが、近くで見ると、二尋はあろうかという大きな鉄の筒だった。先が龍の口になっている。
「これは唐国の龍口という兵器でございます。この尾っぽの方に火を点けますと、龍の咆哮と共に炎を吐き出し、敵の城を焼き尽くします」
「そんなわけ「があるのです」珊瑚の台詞は生駒屋に飲み込まれた。
「一発だけ、試しに撃って御覧に入れましょう」
生駒屋が指示すると、丁稚が龍口の向きを上嚙島城に変えた。松明の火を龍の尾につけると間もなく、耳を聾せんばかりの音が轟いて、火の玉が吐き出された。
「どうです?」生駒屋は珊瑚に振り向いて、キキと笑った。「いくら喜林様が強かろうと、このような事がお出来になりますか? もう英雄の時代は終わったのです」
百合の君(126)