白銀の茨(はくぎんのいばら)
第1章 サイラス:32歳 ルシアン:10歳
* °•. ☪︎ .•° 第1節 °•. ☪︎ .•°*
エストレア城内の静まり返った墓地に、サイラスの足音が小さく響いていた。
周囲には冷たく湿った風が吹き抜け、手入れされた石畳の隙間から細い雑草が顔を出している。その一角にある、妻と娘が寄り添うように眠る冷たい墓石の前で、サイラスは静かに立ち止まった。
彼は手向けるために持ってきた花を、そっと墓石の脇に添えた。
美しく光る銀髪と、透き通るようなエメラルドグリーンの瞳を持った妻と娘――。
失われてしまった温もりを思い出すたび、胸の奥が締め付けられる。いまだにその笑顔を、彼は昨日のことのように鮮明に思い出すことができた。
あの日、サイラスは多忙を極めていたが、久しぶりに親子水入らずで出かける約束をしていたはずだった。
しかし、思い出すのは仕事の焦りと、自分の不甲斐なさばかりだ。サイラスは残務処理に追われていて、約束の集合時間を少し遅れていた。
そろそろ約束の場所へ向かおうかという時だった。城内の廊下の向こうから、血相を変えた同僚や騎士団達が慌てた様子でサイラスの元に駆け付けた。
胸を突くような不穏な空気の中、告げられたのは信じがたい現実だった。運悪く、一帯をうろついていた野党に狙われたらしい。
全身の血の気が一気に引いていく感覚の中、サイラスはすぐさま現場へ駆け付けた。どうか神様、嘘であってくれと、心の底から願いながら。
だが、サイラスが目の当たりにしたのは、二人の変わり果てた姿だった。
野党はのちに捕らえられ、然るべき罰を受け、処刑された。法が裁きを下そうとも、失われた命が戻ることはない。
サイラスはずっと後悔の念に囚われ続けていた。
「俺は...いつも来るのが遅いんだよな...」
唇を噛みしめ、サイラスは終わりのない自責の念に自分を縛り付けた。
妻も子も、もう二度と戻っては来ない。
それでも、残酷なほどに時間は流れ、止まることなく「明日」はやってくる――。
* °•. ☪︎ .•° 第2節 °•. ☪︎ .•°*
うつろな追憶の底から引き戻されるように、城内の執務室に明るい声が響いた。
「おぉ、いたいた、サイラス!」
同僚の突然の元気な声に心底驚いて、山積みの資料整理に没頭していたサイラスは、手に抱えていた大切な資料を思わず床へとばらまいてしまった。
「なんだよ、急に」
焦る心とは裏腹に、サイラスは床に散らばった無数の資料をかき集め、拾い上げながら不機嫌そうに吐き捨てた。
「ガーネット長官がお前を探していた。応接室にすぐに来てくれって」
「ガーネットが?」
サイラスは上司の名前に眉をひそめ、急な呼び出しに対する警戒心を強めた。
(俺、何かしたっけな?)
思い当たる節を探りつつ、サイラスは拾い終えた資料整理を同僚の腕にパスすると、長官の待つ元へと早足で向かった。
重厚な扉を開け、応接室に足を踏み入れると、そこにはエストレア王宮魔導士長官のガーネットが泰然と構えており、その傍らには月夜の民の村長であるイレーネ、そしてその付添人たちが静かに控えていた。
そして、もう一人。イレーネの影に隠れるようにして、見るも麗しい一人の少年が居る。
その少年は、色素の薄い肌に美しい銀髪、そして目を奪われるほど透き通ったエメラルドグリーンの瞳を持っており、一目見るだけで彼が月夜の民の血を引く子供なのだと分かった。
初めて足を踏み入れたであろう厳かなエストレア城、そして見知らぬ大人たちが待ち受ける緊張の空間で、少年は怯えているのか、強張った表情のままイレーネの背後に小さく身を寄せて立っていた。
「何か御用ですか?ガーネット長官」
サイラスは一礼し、改まった声で尋ねた。
「サイラス、こちらに」
ガーネットは手招きして、自分のすぐ隣に来るように促した。
「ご無沙汰しております、イレーネ村長」
サイラスは丁寧に頭を下げた。イレーネもまた、慈悲深い瞳でそれに応えるように深く頷いた。
「リゼットの葬式以来ですね...」
イレーネの口からふと零れ落ちた妻の名前を聞いた瞬間、サイラスは喉元まで込み上げてきた熱いものをぐっと飲み込むようにして堪えた。
月夜の民という稀少な種族から妻を娶り、授かった大切な娘までも失ってしまった。守れなかったという消えない自責の念が、今も彼の心を蝕んでいる。
その複雑な心持ちは、同族である月夜の民の最高位・村長を前にして、申し訳なさと気まずさで彼の胸を重くした。
「今日はな、王宮魔導士の見習い候補として新たに人材を確保したんだ」
サイラスの動揺した表情を察したのか、ガーネットは気まずさを断ち切るように早速本題へと切り出した。
「へぇ...?」
サイラスはわずかに眉を上げ、どんな奴だろうかと興味を惹かれた。
エストレアの王宮魔導士として働きたいと望む者は山ほどいる。しかし、魔導の素養や技術的に一定のレベルまで達することは並大抵のことではなく、見習い候補の段階で挫折していく者も少なくなかった。だが、わざわざガーネットが自ら「人材を確保した」と宣言すると言うことは、年若いながらも相当に優秀な人物なのだろうとサイラスは推測した。
「ガーネット長官が認めるということは、相当な人物なんだろうな」
サイラスはわずかに笑みを浮かべ、ガーネットの顔を見た。
ガーネットはそんなサイラスの様子を見ると、意味深くにっこりと微笑んだ。
「あぁ、もちろんだ。おいで、ルシアン」
長官の呼びかけに、イレーネの影に隠れていた少年がびくりと小さな肩を揺らした。
イレーネが少年の背中にそっと優しく手を添えて押し出すと、少年はおずおずと、ガーネットとサイラスの前に一歩踏み出した。
「彼が、見習い候補だ。ルシアン、自己紹介を」
「ルシアン・ヴァン・エステラールです...」
ルシアンは緊張からか顔を強張らせたまま、目の前に立つサイラスをじっと見上げた。
その姿を見た瞬間、サイラスは息を呑んだ。まさか、目の前のこのあどけない少年が、王宮魔導士の候補生だとは微塵も思っていなかったからだ。
サイラスはそのエメラルドの透き通る瞳を真っ直ぐに見つめ返すと、なぜか胸の奥が締め付けられるような、どこか懐かしさを覚えるのだった。
「サイラス、お前が今日からルシアンの教育係だ」
「何!?」
予想の斜め上を行く提案に、サイラスは度肝を抜かれた。思わず声を荒げ、ガーネットの腕を掴むと、目の前の月夜の民たちに聞こえないよう、一歩引いた位置へと引っ張って小声で猛抗議した。
「おいおい、そんないきなり、ちょっと待ってくださいよ!」
「最近は毎日のように酒場に入り浸っているらしいじゃないか?どうせ、暇だろう?」
ガーネットの涼しげな横顔を見ると、冗談で言っているわけではないことが痛いほど伝わってきた。
「それは...」
「サイラス、お前の傷心も分かっている。だが、これは王宮魔導の未来にとっても、必要なことなんだ」
「だからと言って、俺である必要がどこに...!」
「ルシアンには、両親がいない」
「っ...!」
その言葉を聞いた瞬間、サイラスは喉の奥で詰まったように言葉を失った。そして、ガーネットがなぜ自分を指名したのか、その真意が痛いほど理解できてしまった。
「俺に、父親になれって言うのか...?無理だ、そんなの、俺には...」
「そうか。ならば、これは長官命令だ。サイラス、お前がやれ」
ガーネットは、心の傷に蓋をしたまま煮え切らない態度をとるサイラスに対し、無慈悲にも冷たく言い放った。
それ以上隙を与えないように、ガーネットはくるりと振り返り、イレーネとルシアンの方へと歩み寄った。
「快く引き受けてくれるそうだ」
「おい...!」
サイラスは堪らずもう一度抗議しようと口を開かけたが、ふと視線を感じてそちらを見ると、ルシアンが真っすぐで美しい綺麗な瞳をサイラスに向けてじっと見つめていた。その瞳のまっすぐさに気圧され、サイラスはそれ以上言葉を続けることができなくなった。
「では、あとはよろしく頼みます。ルシアン、月夜の民として誇らしいです。精一杯頑張るのですよ」
イレーネの温かい言葉に、ルシアンはこくんと深く頷いた。どうやら、まだ幼いながらにも自分が一族の期待を背負っており、王宮魔導士として働くことが栄誉なことであるのはしっかりと理解しているようだった。
そうして、イレーネは付添人たちを従え、静かに応接室をあとにしていった。
静けさが戻った部屋で、ガーネットは少年の目線に合わせるようにゆっくりとしゃがみ込んだ。
「ルシアン、これから我々と城で共同生活になるが、何か困ったことがあれば、サイラスに何でも言いなさい」
「はい、わかりました」
ルシアンは緊張の面持ちのまま、しっかりと頷いた。やはり、まだ見知らぬ環境への不安からか、体全体がこわばっているように見える。
サイラスは遠目からその様子を眺めながら、思わず小さく長いため息をついた。
ガーネットはすっと立ち上がると、今度はサイラスに向けてピリッとした鋭い視線を向け、厳しい表情を作った。
「サイラス。彼をぞんざいに扱うような不埒な真似があれば、容赦なく処罰の対象だからな?」
念を押すようにガーネットが忠告した。
「分かってますよ、そんなこと...」
サイラスは再び短いため息をつき、気まずそうに自分の頭を乱暴にかいた。
やがて、長官が席を外し、気まずい沈黙が流れる中、サイラスはルシアンと目線を合わせるように、彼の前でゆっくりとしゃがみ込んだ。大人の大きな体が、少年の小さな影をすっぽりと包み込む。
「俺はサイラス・モンフォールだ。これからよろしくな、ルシアン。堅苦しいのは抜きだ、俺のことはサイラスと呼んで構わないからな」
サイラスは、亡き家族を思い出させるその緑の瞳を真っ直ぐ見つめながら、できる限りの柔らかい笑みを浮かべて微笑みかけた。
ルシアンは、目の前の屈強な男が向けてくれた思わぬ優しさに気恥ずかしさを覚えたのか、ふっと頬を染め上げ、わずかに顔を赤らめた。
「よろしくお願いします...サイラス」
潤んだエメラルドの瞳が、少しだけ揺れたように見えた。
第2章 サイラス:39歳 ルシアン:17歳
* °•. ☪︎ .•° 第1節 °•. ☪︎ .•°*
「まぁ長いって言っても、2週間くらいで帰ってくるよ」
サイラスは、香ばしい肉料理を豪快に頬張りながら言った。
暫くの間、魔導研修のため遠征することが決まっていたサイラスは、その出発を間近に控え、ルシアンと二人で城下町のレストランに足を運んでいた。
店といっても気取った格式高さはなく、石壁の地下室に設えられたバーのような造りだった。あちこちの卓では演奏家たちが奏でる陽気で軽快な音楽が響き渡り、夜の喧騒が店内に満ちている。
「お前も俺が居ない間羽伸ばせるだろうし、たまにはいいだろう」
サイラスは、今度は籠から焼き立てのパンを掴み取り、豪快にかじりながら笑ってみせた。
テーブルを挟み、向かいの席に座るルシアンは、相変わらず黙々とサイラスの話を聞きながら、静かにフォークを動かしていた。
「あ、でも城の外に出るのは俺が戻って来るまで無し、な?」
サイラスは軽く笑いながら付け加えた。
いくら治安が維持されている城下町と言えど、王宮の一歩外には何が潜んでいるか知れない。
自分でも過保護すぎるとは頭の片隅で思いつつも、念を押さずにはいられなかった。
「わかりました」
ルシアンは一切の異論を挟むことなく、素直にこくんと頷いた。
二人は手早く食事を済ませると、夜風の冷たい石畳を抜けて王宮の自室へと向かった。
ルシアンの部屋の扉の前まで来た時、サイラスは腰に携えた革のポーチから、手のひらサイズの小さな木の箱を取り出した。
「これを渡しておく」
「何ですか?これ……」
ルシアンは、差し出された小さな金属の土台のような奇妙な機械を、不思議そうに両手で受け取った。
「魔法電信さ。これのダイヤルを回すと、登録した相手のホログラムが映し出されて、離れていても会話できるんだ」
初めて見る魔動機に、ルシアンの瞳が興味津々に輝いた。
「いいか?これに俺の台座の番号を登録して……ほら!」
サイラスが自分の手元の機械を操作すると、ルシアンの手のひらの上にある小さな台座から、すぐ横に立っているはずのサイラスの姿が立体的に映し出された。サイラスがその場でふざけた調子で奇妙なダンスを踊ってみせると、ホログラムの投影も完全に連動し、滑稽な動きをそのまま再現して見せる。
「ふふふ」
その思わず突拍子もない動きに、ルシアンは小さく噴き出して笑った。
あどけなさを残す可愛らしいその笑顔に、サイラスは胸の内で満足感を覚えた。
「魔導士の連中に、お前を見とくようには言っておいたけど……何かあったらすぐに連絡しろよ?」
「わかりました」
ルシアンはサイラスの顔をまっすぐに見据えて頷いた。
「そういや、研修先の街にはかなり美味いもんが沢山あるらしくてさ。お土産に食べ物とかいるか?」
サイラスは柔らかい笑みを浮かべ、ルシアンの反応を探るように尋ねた。
「いりません」
ルシアンは笑顔で間髪入れずに即答した。
「近くに鉱山があって、宝石とかも有名らしい。アクセサリーとか欲しいのあるか?」
ルシアンが本当に心惹かれるものは何だろうかと探りつつ、サイラスはめげずに畳みかけた。
「いりません」
これもまた、見事なまでの即答だった。
ルシアンの興味を惹くものは一体何なのか――サイラスは食い下がるように問いかけた。
「何か……欲しいものないのか……?」
「ありません」
サイラスはどうにかしてルシアンに喜んで欲しかったが、繰り出す提案はことごとく無残に砕け散った。
サイラスは目の前にいるルシアンのエメラルドグリーンの瞳をじっと見つめた。吸い込まれそうなくらい、あまりにも美しく澄んだ緑色だった。
ルシアンの答えはあまりに端的で愛想がないように思えるが、決して不機嫌なわけでも、拒絶しているわけでもない。本当にただ自分にとって「必要がない」からそう答えただけなのだということが、その飾らないルシアンの表情の端々からも痛いほど伺えた。
サイラスは小さく、短く息を吐き出した。
ルシアンはこれまで、一度たりとも我が儘を言ったことがなかった。あれが欲しい、これが欲しいとねだることも一切ない。振り返ってみても、サイラスは彼に対して厳しく躾けたつもりはなかったし、かといって過剰に甘やかして育てた覚えもなかった。
王宮魔導士として、一人の社会人として生きていくために必要な知識や技術は教え込んだし、世間を渡るための社会性というものも叩き込んだつもりだ。ルシアンは驚くほど素直だったし、魔導機の使い方についての飲み込みも驚異的に早かった。頭の回転も速く、周囲の大人が舌を巻くほど、彼はいつだって真面目だった。
だからこそ――それが逆に、サイラスの中でたまらなく不安で仕方がなかった。
年相応の子供らしさというものが微塵もないからこそ、もっと子どもらしく多少の我が儘を言ってほしかった。自分を頼って甘えてほしいと、サイラスは密かに願っていた。
(本当の親子じゃないから……心を開いてないわけじゃないよな……?)
ルシアンが年を重ねて少年から青年へと成長するにつれ、どこか決定的な距離を置かれているような、そんな寂しさを感じないでもなかった。これは多感な思春期特有の、親と一定の距離を取りたいという普通の心理なのだろうか?それとも、自分のこれまでの育て方が根本的に間違っていたのだろうか?――そんな迷いが胸をかすめる。
しかし、ルシアンはこれまで何一つ道を踏み外したことはない。それは彼が正しく、真っ直ぐに生きている動かぬ証拠であり、本来なら誇りに思っていいはずだった。
(良い子過ぎるんだよな……)
込み上げる形容しがたい感情に押され、サイラスはルシアンの体を優しく引き寄せ、しっかりと抱きしめた。強く抱き締められても、ルシアンは嫌がる素振りも見せず、微動だにしない。ルシアンはただ静かに、サイラスの胸元から伝わる体温に身を委ねていた。
「すまん、俺の方が……お前と離れるのが寂しいのかもな」
サイラスは腕の中に収まるルシアンの確かな温もりを、しかと確かめるように両腕に力を込めた。
ルシアンの年齢を考えれば、親が子離れするにはまだあまりにも早い時期だった。
「僕も……サイラスが傍にいないのは寂しいです」
胸のなかに顔をうずめたまま、ルシアンもか細く、しかしはっきりとそう答えた。
(くぅ~~!なんて可愛いんだ!)
愛おしさが爆発しそうになり、サイラスの腕の力が思わず強まる。
「ルシュ、必要なものがあれば遠慮しないで俺にちゃんと言ってくれ。我慢しなくていいから……」
サイラスは思わず、ルシアンがまだ幼かったころによく呼んでいた愛称を口走ってしまった。ルシアンが大きくなるにつれ、意識して避けていたつもりだったが、こうして寂しさが勝ると、いまだに昔の癖でうっかり零れてしまう。
もっとも、この愛称を呼ばれてルシアンに嫌な顔をされたことは一度たりともなかったのだが――。
サイラスは自分の今の素直な気持ちをそのまま言葉にして伝えた。そうすれば、少しはルシアンも自分の胸の内を明かしてくれるのではないかと思ったからだ。
「我慢……」
その瞬間、ふっとルシアンの表情がわずかに、しかし確実に暗い影を落としたように見えた。だが、サイラスが驚いて瞬きをした時には、いつもの物静かな表情へと戻っていた。
「いえ、今は何も問題ありません」
ルシアンは柔らかな笑顔を浮かべて答えた。
その穏やかな笑顔を目にしたことで、サイラスは自分の杞憂だったのだと無理やり胸をなで下ろした。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
二人は廊下の薄明かりの中で寝る前の穏やかな挨拶を交わすと、それぞれの自室へと戻っていった。
* °•. ☪︎ .•° 第2節 °•. ☪︎ .•°*
研修先の街に到着するやいなや、エストレアから派遣された優秀な魔導士たちの濃密な研修は容赦なく始まった。
朝から晩まで息つく暇もないほど根詰めたスケジュールが組まれ、目まぐるしく時間が過ぎ去っていった。
その日も、頭が沸騰しそうなほどの座学と実技の研修がようやく終わり、疲労困憊のサイラスは、いつもの顔馴染みのメンバーと共に食堂の一角で夕食の大きなテーブルを囲んでいた。
「そうだ、あなた研究室の管轄も兼任しているでしょ?研究チームにちゃんと日々の資材管理くらい徹底させてよね!」
すらりと伸びた背筋に、美しく手入れされた長い銀髪をきっちりと綺麗に束ねた女――キアラが、向かいの席から冷ややかな視線を向けながらサイラスに強く言った。彼女もまた「月夜の民」の血を引くサイラスの古くからの同僚だった。
「最近、研究室エリアの乱雑ぶりには困っています。管理表と資材調達の数がどうしても一致していません」
キアラの隣の席に腰を下ろしていたのは、独特な灰色の肌に、頭部から立派な白いラムホーンの角を生やしたティーフリングの男――エドガーだった。冷徹なトーンで説明を付け加えた。
「ははは!兼任と言っても名ばかりで、これと言って何もしていないもんな?サイラス」
サイラスのすぐ真横の席で、ワイングラスを傾けていた眼鏡の男――トリスタンが、からかうように声を上げて笑った。
サイラスはジョッキに口をつけ、横に座る同僚たちをジトッとした目で一瞥した。
「もう随分飲みにも来ないし。そんなに忙しいのか?」
「今抱えてる魔動機チームの仕事でいっぱいいっぱいなんだよ。すんませんね、お前らと違って暇じゃなくて」
サイラスはそう吐き捨てると、目の前のジョッキに残っていた酒を飲み干し、勢いよくテーブルに置き直した。
「その割にはさっさと仕事終えてるようですが……」
エドガーが涼しい顔で釘を刺す。
「そりゃぁ可愛い息子のことが心配だもんな」
トリスタンが悪趣味な笑みを浮かべながらサイラスの顔を覗き込む。
「もうそんな小さな子供じゃないんでしょ?親バカねぇ。あんまり過干渉だと嫌われるわよ」
キアラが呆れ果てたようにため息をつく。
「歳を考えたらまだ子供だぞ。心配になるだろ」
サイラスは不服そうに反論の声を上げた。
「それにしても、だいぶ大人しい子らしいじゃないか。我儘とか言わないみたいだし」
「そうだな...。もしかしたら俺に遠慮してるのかもしれん」
「子供がやりたいことはやらせてあげないとダメよ、お父さん」
「何を知った風に。男をとっかえひっかえしてるようなお前だけには言われたくない」
サイラスが余計なお世話だと言わんばかりに露骨に嫌そうな顔をすると、キアラは聞くに堪えないような罵詈雑言を間髪入れずに浴びせてきた。
そうして、決して上品で和やかとは言えないまでも、どこか腐れ縁のような気心の知れた4人は、目の前に運ばれてきた食後の甘いデザートのプリンを前に、一旦の落ち着きを取り戻した。
「そういえば、さっきの話じゃないけど、研究室と言えば……コルベインが最近、裏路地のバーに入り浸ってると聞いたな」
トリスタンが何かを思い出したように、スプーンを置きながら切り出した。
「ふーん?アイツも飲んだりするんだ?そういえば、今回の研修に参加しなかったな……」
サイラスは意外そうな声を漏らした。研究にすべての人生を捧げ、他のものには一切目をくれなかった男が酒場でグラスを傾けている姿など微塵も想像がつかなかったからだ。
「……そのことなんだけど、私も実は気になっていて。なんでも、街の裏路地にある怪しいバーに入り浸って、怪しい男と、怪しい魔法素材の取引をしてるらしいわよ」
キアラはテーブルに身を乗り出し、周囲を警戒するようにひそひそ声で告げた。
「なんだよ、その『怪しい』って。情報が抽象的すぎるだろ。何をしているのかは分からないんだろう?」
キアラのいつもの尾ひれがついたゴシップネタが始まったなと、サイラスは心底うんざりした顔をした。
「だから!あなたにちゃんと研究室の管理してって言ったじゃない!そもそもあなたが管理していれば怪しいかどうかだって……」
「あー!わかったよ、うるせーな」
サイラスは下手に突っ込むと、何倍もの怒濤の反論が返ってくることを知っているため、慌てて話を切り上げようとした。
「サイラス。真面目な話、王宮で管理していない未知の資材を勝手に研究室に持ち込んでいるようであれば問題だ。この研修が終わったらすぐに研究室を確認した方が良い。そのうえで、コルベインに不審な点があればガーネット長官に正式に報告しよう」
トリスタンの冷静な指摘に、サイラスはハッと表情を引き締めた。
確かに思い返してみれば、コルベインはかつて驚異的なペースで研究成果を上げていたが、ここ最近提出される報告書を見る限りでは、研究が行き詰まっているのか、どうにもパッとしない不自然な内容が多かった気がする。
(やれやれ……仕方ない、ここで一度バシッとメスをいれるか……)
サイラスは目の前に残っていたプリンを名残惜しそうにスプーンですくい上げ、一気に口の中に放り込むと、残りの厳しい研修期間を気合を入れて乗り切ることに決めた。
* °•. ☪︎ .•° 第3節 °•. ☪︎ .•°*
サイラスが魔導研修の遠征へと旅立ってから、すでに数日が経過していた。
そのころエストレア城では、王宮魔導士の見習いとして日々の公務に勤しんでいたルシアンに、思わぬ転機が訪れていた。長官であるガーネットの気まぐれともいえる提案により、普段は立ち入る機会のない「魔法研究室」を見学することになった。
「研究室はいつも騒がしいけどね。ほら、丁度みんな遠征中だろう?今なら少しだけ中を見せてあげよう」
ガーネットも多忙な執務の合間を縫って、ルシアンのためにわざわざ時間を作ってくれたようだった。
王宮魔導士のなかでも、実務的な文献調査や、サイラスの所属する「魔動機チーム」とはこれまで関わりがあったものの、純粋な魔法の根本的な研究となると話は別だった。それは非常に高度で専門的な分野であり、限られた一部の優秀な魔導士のみが立ち入ることを許された、閉ざされた領域だった。
ガーネットに促されて重厚な扉をくぐり、研究室へと足を踏み入れると、そこには見たこともない複雑な機材やガラス管が無数に並び、まさに今新しい魔法が生まれ出でようとする独特の熱気に満ちていた。
「す、凄い……」
ルシアンは純粋な感嘆の声を漏らし、周囲をキョロキョロと見回した。その様子を見て、ガーネットは満足そうに口元を緩める。
「ははは!どうだ?魔法研究にも興味があるかな?」
ガーネットは机に無造作に置かれたガラス管の機材を軽く手に取り、手慣れた様子で元の位置に戻した。
「サイラスと一緒にずっと魔動機を触っているのも退屈だろう?たまには別の分野の空気も吸ってみようか?……おい、コルベイン!」
そう言って、ガーネットは研究室の薄暗い奥の方で、背中を丸めて一心不乱に羊皮紙に何かを書き殴っていた男を大声で呼びつけた。
「はいっ!はいっ!な、なんでしょうか……っ」
コルベインは、びくりと肩を震わせ、頼りない足取りでふらふらとガーネットのもとへ駆け寄ってきた。
ガーネットは、そのおどおどとした冴えない態度に心底呆れたように、深い大きなため息をついた。
「コルベイン……前にも注意したが、その白衣はもう少しこまめに洗った方がいいんじゃないかね……」
心底うんざりしたような一瞥を向けながらガーネットが言う。
「は、はぁ……」
だが、コルベインは注意された意味すらまともに理解していないような、なんとも情けない間延びした返事をするばかりだった。
「まぁいい。少し研究室の仕事内容を、ルシアンに教えてやってくれないか?ずっと魔動機チームで学んでいたから、気分転換がてら魔法研究の基礎にも触れさせたくてね」
「は、はい……」
コルベインは何とも覇気のない、頼りない返事をした。
ガーネットはこれ以上彼と話すのを諦めたように、コルベインに背を向けてルシアンの方へと振り返った。
「ふぅ……。彼の身なりや態度はあんな調子だが、技術者としての頭脳や腕は確かなんだよ」
ガーネットはルシアンだけに聞こえるような小さな声で肩をすくめて言った。
「何か困ったことがあったら、いまサイラスは不在だからね……私に直接言いなさい。残っている魔動機チームのみんなに頼ってもいいからね」
ガーネットはそう言うとルシアンの肩を優しく軽く叩き、自分の執務室へと戻っていった。
取り残されたコルベインは、ルシアンにどう声をかければいいものか迷っているのか、その場で何度ももじもじと指先を絡ませていた。
「コルベインさん。ルシアンです。よろしくお願いいたします」
気まずい沈黙を断ち切るように、ルシアンはまず丁寧にお辞儀をして挨拶をした。
その日は、コルベインから現在行っている魔法研究の話を一通り聞き、見学一日目は何事もなく無事に終了した。
別れ際、コルベインが「もしよかったら、明日の朝食を一緒にとらないか?」と控えめに誘ってきたため、ルシアンは特に断る理由もなく、その誘いを快く了承したのだった。
* °•. ☪︎ .•° 第4節 °•. ☪︎ .•°*
翌日、ルシアンは約束通りコルベインと合流し、軽く朝食を共にした後、二人並んで研究室へと歩みを進めていた。
その途中、廊下の少し開けたスペースに、魔動機チームの同僚魔導士たちが何やら楽しげに集まっているのが見えた。彼らは、その場ですぐに被写体の姿を焼き付けられる最新式の撮影魔動機を取り出し、ふざけ合って遊んでいた。
遠くからルシアンの姿を見つけると、魔導士の一人が手を振って声をかけてきた。
「おっ、ルシアン! サイラスがいなくても元気にやってるか?」
気さくな同僚たちの気遣いに、ルシアンはほっとしたような笑みを浮かべてうなずいた。
ルシアンが興味深そうに撮影用の魔動機に視線を向けると、魔導士たちは「せっかくだから記念に一枚撮ってあげるよ」と気楽に提案してきた。
ルシアンは、今まさに一緒に歩いているコルベインを手前だけ置いて自分ひとりが写るのは気が引けた。
「あ、あの……コルベインさんも一緒にどうですか?」
ルシアンは遠慮がちに、隣にぼんやりと立っている男を誘った。
「えっ、僕かい……?」
戸惑いつつも、コルベインは促されるままルシアンの隣に並んだ。
カシャリ、と乾いた魔導の光が走り、即席で現像されたばかりの写真がルシアンの手に渡された。ルシアンはそれを確認すると、「どうぞ」とコルベインに手渡した。コルベインは手渡された写真に写る自分とルシアンの姿をじっと見つめ、なぜかどこか嬉しそうに、それを大事そうに自分の白衣の懐へとしまった。
その日も、コルベインから前日とは異なる魔法理論の話を聞き、見学の時間は滞りなく終わった。
* °•. ☪︎ .•° 第5節 °•. ☪︎ .•°*
そして、見学三日目。
その日は作業の手を止めたコルベインが、突然深い溜息をついてルシアンにぼやき始めた。
最近どうにも研究がスランプで、納得のいく成果が全く出なくて困っているのだという。
「僕で良ければ……何か力になれたらいいのですが……」
真面目な性格のルシアンが純粋な善意から返した。
コルベインはしばらくの間、じっと何かを思案するように黙り込んでから口を開いた。
「……君にしか頼めない手伝いがあるんだ。ちょっとこっちに来てくれないか」
コルベインに連れられ、二人が向かったのは、普段は誰も使っておらず、城の中でもすっかり忘れ去られていた古い塔の地下室だった。
足を踏み入れたそこは、本来はただの雑然とした物置であるはずだった。しかし、部屋の奥には見慣れない実験器具や魔導回路が勝手に運び込まれており、どうやらコルベインが個人的に私物化して作り上げた秘密の研究所のようになっていた。
「どうだい?僕だけの秘密の場所さ。ここなら誰にも邪魔されずに集中できるんだ」
ルシアンはさすがに嫌な予感を覚え、コルベインに不安げな声で確認した。
「あの……こんなところで勝手に研究なんてして、本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫さ、誰も使ってないし誰も来やしないよ」
コルベインは薄気味悪い笑みを浮かべて答えたが、エストレアの城内において、塔の地下を勝手に私物化し隠れ家のように使うなど、規律の厳しいこの城では本来あってはならないことだった。
この秘密の空間に足を踏み入れ、彼の手伝いをするということは、自分もこの男の規約違反に加担する「同罪」になってしまうのではないかという焦りが頭を駆け巡った。ルシアンの胸中に、徐々に言い知れない恐怖と警戒心が広がっていく。
しかし同時に、この男が他の魔導士たちや長官に隠れて、この地下でいったい何をコソコソと企んでいるのか――その正体をここでしっかりと見極めなければならないという正義感もあった。それを確かめた上で、戻ってきたサイラスにすべてを相談しよう――ルシアンはそう心に決め、警戒しつつも何も言わずにコルベインの後をついて地下室の奥へと進んだ。
地下室の奥は、長年放置されていたような澱んだ埃の匂いが鼻をついた。
「じゃあ、ルシアン。そこの壁に両手をついてくれるかい?」
「……壁?こうですか?」
ルシアンは特に疑うことなく、言われた通りに目の前の壁に両手をついた。
――その瞬間。
壁の隙間に巧妙に埋め込まれていた特殊な魔動機が突如として稼働し、ルシアンの両手首をガチャンと強烈な力で固定してしまった。
「っ……!?」
不意を突かれたルシアンは驚愕し、全体重をかけて思い切り両手を引っ張ったが、魔導の枷はビクともしない。
「なっ、何を……!」
慌てて首を後ろへ捻り、背後に立つコルベインに抗議の声を飛ばそうとした。
しかし、コルベインの鼻梁に乗せた丸眼鏡が、怪しくギラリと光った。
「さっき、何か力になってくれるって言ってくれたよねぇ?」
そう呟きながら、コルベインは這い寄るような不気味な足取りでルシアンの背後へと近づいてきた。
恐怖に凍りつくルシアンの口に、コルベインは容赦なく布のさるぐつわを噛ませ、声を封じた。
「んっ……! んーーっ……!」
「大丈夫、そんなに怖がらないで。痛くはしないからね?」
耳元で囁かれるねっとりとした声に、ルシアンの身体は恐怖で小刻みに震え始めた。
背後の闇の中で、カチャカチャと何やら聞き慣れない機材を準備するいやらしい金属音が響く。
やがて、再び近づいてきたコルベインの手が、ルシアンの腰元へと伸びた。ズボンと下着が乱暴に下ろされ、ルシアンの下半身が無防備に露出させられる。
「あぁ……綺麗な肌だね……」
白く透き通るような、見事なハリのあるルシアンの肢体を目の当たりにし、コルベインは下卑た歓声を漏らした。
背後から覆いかぶさるように、コルベインはルシアンの太ももを撫でまわす。
コルベインのねっとりとした手がルシアンの若々しい肉棒を掴み、執拗に扱き始めた。
「!!」
突然の屈辱的な感触に、ルシアンの身体が激しくビクリと跳ねる。
両手は完全に自由を奪われ、声も出せない絶望的な状況のなか、足を開かせられたまま下半身を弄ばれ続ける。
何とか逃れようと体を必死にもがくが、急所を直接刺激されているせいで思うように力が入らない。それどころか、暴れれば暴れるほど、背後の男の手の動きはさらにいやらしく速度を増していくのだった。
「こういう気持ちいいこと……お父さんは、まだ教えてくれてなかったのかな?」
耳元でささやかれたその卑劣な言葉に、サイラスを侮辱されたような激しい怒りが、ルシアンの胸の内で黒々と沸き上がった。
ルシアンは血走りかけたエメラルドの瞳で背後の男をキッと睨みつけ、無言のまま全身で抗議の意志を示したが、声を上げられない以上、その怒りは相手に届くはずもなかった。
しばらくして、手での愛撫を途中でやめたコルベインは、「次はこれを使おうね」と、別の不気味な弾力を持った器具を取り出してきた。
そして、恐怖に震えるルシアンの肉棒を、その異質な機材へと強引に押し込んだ。
素手とは違い、中は温かく柔らかい特殊な弾力性のある壁に締め付けられるような、これまでに味わったことのない異様な圧迫感に、ルシアンの身体は抗しきれず敏感に反応してしまう。
「もっと腰を動かしてよ」
コルベインはルシアンの細い腰をガシッと掴み、容赦なく激しく前後に動かし始めた。
機材のなかにルシアンの熱を持った肉棒が激しく出入りする。先ほどまでの激しい不快感と嫌悪感の裏腹で、頭が真っ白になるような抗いがたい快感が神経を焼き焦がしていく。
「んーーっ……!」
ルシアンの体が大きく弓なりに跳ね上がり、彼はその異質な機材の中でたまらず絶頂を迎えた。
ルシアンの肉棒から精液が機材の中に流れ落ちる。ルシアンが出し切ったのを確認するとコルベインは満足げに機材を引き抜いた。
「素晴らしい……! これだけ質の高い魔力を含んだ液体なら……!」
興奮で頬を紅潮させたコルベインは、採取した液体の入った機材を宝物のように大事そうに両手で抱え込んだ。
だが、悪夢はそれだけでは終わらなかった。
背後で衣擦れの音がしたかと思うと、なんとコルベイン自身が自分の下半身の衣服を乱暴に脱ぎ捨て始めた。
「!?」
正気を失いかけたルシアンの視界の端で、男の醜悪な肉体が露わになる。
コルベインはそのまま自分の下半身を、後ろから、濡れたルシアンの股へと生々しく擦り付け始めた。
「流石に、中に入れるのはまだちょっと早いかな……?」
独り言のように呟きながら、コルベインは自身の腰をルシアンの臀部に押し付け、ねっとりと小刻みに動かし始めた。
両手も口も完全に塞がれ、先ほどの絶頂ですでに体力の限界を迎えていたルシアンには、もはやこれ以上抵抗する気力も残されていなかった。
コルベインはルシアンの震える体に密着し、その腰を掴んだまま貪るように腰を振り続ける。男の生暖かい吐息が、ルシアンの無防備な首筋にねっとりと吹きかけられた。
「あぁっ……もう、イキそうだ……っ!」
狂ったような声を上げ、コルベインは自身の肉棒をルシアンの股から引き抜くと、そのままルシアンの尻の割れ目へと大量の精液を吐き出した。
ルシアンの臀部から太ももの裏をつたい、冷たい床へと、男の汚濁がドロリと滴り落ちていく。
恐怖と屈辱で、ルシアンの体は小さく、小刻みに震え続けることしかできなかった。
「はは……っ。すごく気持ちよかったよ……」
満足しきった様子でコルベインは醜態を晒したまま、近くにあった椅子に座った。
ルシアンの目から涙がとめどなく流れる。
それを見たコルベインはやっとのことでルシアンの口に噛まれていた猿ぐつわを外し、手首を固定していた魔動機の枷を解除した。
拘束が解けた瞬間、ルシアンのなかで限界まで抑え込まれていた怒りと拒絶が爆発した。ルシアンは全体重を乗せて背後のコルベインを力任せに床へと激しく押し倒した。
「ぐっ……!?」
不意を突かれたコルベインが、床の硬い石畳に体を打ち付け盛大に転がる。
ルシアンはその隙を見逃さず、足元に脱ぎ捨てられていた自身の衣服を拾い上げ、身につけると、半狂乱の状態でその地下室から必死の思いで脱出した。
白銀の茨(はくぎんのいばら)