百合の君(123)
迫りくる刀をはじいて、義郎は、天蔵の姿をじっくりと見た。縮れた髪は溶けた雪と汗でじっとりと濡れている。その力の目に見える発散であるかのように、興奮した体の熱で水蒸気が立ち上る。いくつもの着物の裂け目からは、舌のように赤い血が覗き、いつもは空っぽな瞳が、戦う喜びに満たされている。
敵が怯え、鬼とあだ名する男。喜林義郎の後継者。みなが若い頃の自分にそっくりだと言うが、川の向こう側とこちら側のように、目の前の男とは、ずいぶん離れているような気がする。それは、若い頃の自分を、遠くに置いてきたということだろう。
義郎は、園と話して感じた迷いに再び目を向けた。自分は今、珊瑚を守るために戦っている。それは、父親の愛情からなのだろうか? 幻に見た穂乃と珊瑚との三人の暮らしは、今からでも可能なのだろうか?
しかし、十分に考える時間はなかった。
「父さまー、勝負だー」
目の前を龍が過ぎたかのようだった。あと少し考え事をしていたら死んでいた。天蔵は夢中で攻撃を繰り出す。武道大会で木怒山と戦った時の自分なら、このような戦いを楽しいと感じるのだろうか。しかし、天蔵の喜びが大きければ大きいほど、それが重石となって義郎の感情をせき止めている。
「お前はそこから動く気はないのか」
國切丸の重い一撃を、天蔵は刀で受け流した。
「俺は誰よりも速く動けるぞー」
かざした國切丸の鉄の壁の向こうに、義郎はいくつもの金属音が響くのを聞いた。
「園と会ったぞ」
攻撃が止まった。
「本当かー」
「ああ、道案内をしてもらった。あやつがおらねば、私は間に合っていなかったろうな」
天蔵は目を丸くしている。
「どうする? もうじき乱世は終わる。お前は園と百姓に戻ることもできる」
「それは面白くないなー、俺は園と一緒に戦いたいぞー」
答えはすぐに返って来た。義郎の心もすぐに決まった。
「そうか、そこがお前の居場所か」
義郎は知らず目を細めた。襤褸をまとった赤目の少年が、木刀を構えている。振動する弦よりも速い義郎の剣は、降ると同時に天蔵の首を刎ねていた。空高く飛んだその顔は、笑っていた。
百合の君(123)