百合の君(119)
真っ暗な視界に仄青く見えていた雪が、徐々に白くはっきりと見えるようになってきた。気が付くと、周りに誰もいない。そういえば、さっきから足音もしていないようだ。
それでも義郎は、歩みを止めなかった。わきには、根だけ生きている枯れた草が、氷の花を咲かせていた。義郎はそれを見ても美しいとは思わなかったが、どこかで見たことがあるような気がした。いつの間にか喜平が目の前にいて、氷の花を踏みつぶすと、馬上の義郎を見上げた。
「この敵を倒したら天下統一だ、とうとうやったな」
朝は、まだ喜平の青い瞳に何かを映すほど、完全に訪れてはいなかった。
「で、どうするよ、天下取ったら?」
義郎は返事をしなかった。喜平はそれに構わず喋り続けた。
「俺の国に来ねえか? お前、俺の国知ってるか?」
なおも義郎は黙っていた。
「ああ、知らねえはずだ。山から出て来たばっかりのお前は、異国どころか煤又原の町のことも分からねえだろうな。いや、バカにしてるんじゃねえよ、俺だって、まだ日の本に慣れてるってわけじゃねえからな。こうやってベラベラしゃべってんのも、言葉の練習なんだよ、お前、全然しゃべらねえな、もしかして言葉分かんねえのか? 冗談だよ。まあでも、女には慣れたな。こっちの女はいいな、小さくて。俺の国じゃ、女もデカくてカタくて、こっちの女を知っちまったら、もう抱く気にならねえよ。まあ、俺に抱いてほしいなんて女もいねえだろうけどな。お前はどうなんだよ? 武道大会で優勝したんだ、寝る間もねえだろうなあ。そういや、お前、嫁さんいるのか?」
「それを奪った奴を、殺しに行くところだ」
口には出さず、義郎は心の中だけで返事をした。
「父上ー」
振り向くとそこにいたのは天蔵だった。槍の先には黄色い髪の首が三つもぶら下がっている。しかしその一つは、珊瑚のものだ。幼さを残した桃色の頬が、急速に血の気を失ってゆく。
「次は誰と戦うんだー? 早く次の敵をくれー」
次の敵? 珊瑚が敵?
「出海を滅ぼしたのは父様だろー」
天蔵は槍の先にぶら下がった柿の実を取って齧った。義郎はこの期に及んでなおも断ち切れない迷いを見た。
そうだ、私にあるのは、戦いだけだ。出海を共に滅ぼした木怒山を、これから倒す。必要であれば・・・珊瑚もだ。
百合の君(119)