Waving Nova Number Novel vol.1
Parking area2
新青梅街道の地下には、誰にも知られていない第二の道路が存在していた。そこでは毎晩、スズメバチの死骸を詰め込んだ棺桶が、無音のベルトコンベアで西へ運ばれている。私はその確認作業に従事していた。VHSテープを再生し、棺桶の蓋が正しく閉まっているかを監視するだけの仕事だ。映像はいつも途中で乱れた。画面の下半分には蟹が映っている。蟹はネクタイを締め、料亭の座敷で無数の箸を動かしていた。誰かが「これが資本主義だ」と呟いた。
池袋のサンマルクカフェでは、当たり屋たちが微積分学について議論していた。彼らは事故を起こす角度を計算しているのだ。煮込み屋の親父は黒板にチョークで偏微分を書きながら、「人間の悲しみには極限値がある」と言った。すると入口のライオン像が咳をした。私はそれを見て、自分の血管がどこか別の都市へ延びている気がした。
母は厳格なムスリムだった。しかし彼女は礼拝のたびにテレビの砂嵐へ祈っていた。透視図法で描かれたアパートの壁面に向かい、「貧乏には奥行きがある」と言うのだった。夜になると、中目黒の安アパート全体がエンドルフィンの発光で青白く照らされた。解体工事のドリル音に合わせて、住民たちは光速より速く射精し、その記録は区役所地下の保管庫へ送られた。
私は裸足のまま、どぶ板通りを歩く肥満した女を尾行した。彼女の背中には「哀しみ」と刺青されていた。ライン作業員たちは川のように流れていた。ブルガリア鉄道の車掌が改札で切符を食べ、「歴史は全部誤訳だ」と怒鳴った。西武新宿線の終電では、アモキサンを三錠飲んだ男が、Jimi Hendrixが上石神井駅で野糞している夢について延々と語っていた。
国鉄ヤクザたちは乗降客の摩擦係数を酒の肴にしていた。孔子の肖像写真は酔っぱらいに破られ、「中庸とは誰の利益だ」と赤ペンで書き込まれていた。父は茶色いリンカーンを運転しながら、高円寺の薬剤師の叔母の家へ私を連れて行った。叔母は鮭を焼き、「人間の内臓はみんな山梨の河口湖へ繋がってるんだよ」と言った。
その夜、土星人がカキフライを食べながらパニック障害のカップルを診察していた。関内印刷の会長は戦闘機のようなベンツに乗り、愛犬ルビーと黙示録について会話していた。ルビーはWilliam S. BurroughsJr.の未完原稿に糞をした。誰も怒らなかった。山一証券の破綻以来、日本では犬と証券会社の区別が曖昧になっていたからだ。
顔面蒼白のT. S. Eliotが駅前で立ちションをしていた。「四月は残酷な月だ」と言いながら、満腹そうに笑っていた。身延線では狸の死骸が七面鳥と一緒に運搬され、MANZOKU誌のグラビアページでは、二人の女がケロイドを照らし合っていた。喫茶マイアミではAlbert Aylerが流れていた。オケラたちは静かにコーヒーを啜り、革命について話していた。
私は拝島駅まで冬眠した。額からペニスを生やしたかった。ただそれだけだった。親戚の叔母から怒号の電話がかかってきた。「不老のオカマたちがまた押し寄せてきたよ!」私は河口湖へキムチを投げ込みながら、PCエンジンの起動画面を見ていた。地質学の知識はいつも曖昧だった。
ランドセルから取り出したグラジオラスは腐敗していた。サングラス越しの人影がエチオピア人を殴り、東八道路のカップ麺の湯気が世界の結論を診断していた。肩が凝った。肩は次第にプラモデルへ変化した。説明書にはこう書かれていた。
「接着剤は使用しないでください。人体が完成します。」
Waving Nova Number Novel vol.1